「…苗木君、ちょっといいですか?」
舞園一家の騒動から数日後、苗木は教室にて再び舞園に呼び出された。
「ん…いいよ」
「じゃあ、こっちに…ごめんなさい」
舞園に手を引かれるがまま、苗木は彼女と共に教室から出て行った。
「…今度はなんだろねアレ?」
「やっぱりアレか…?あの『噂』のこととかよ…」
「う~ん…。ネットにはあんまり変化はないんだけどねぇ…」
「…だが、心配はいらぬだろう」
「へ?さくらちゃんどうして?」
「舞園の顔から以前のような『陰』が消えている。…どうやらさほど心配するほどのことではないようだ」
「フン…ならどうでもいい」
「…そうね。苗木君がついているなら、きっと大丈夫よ」
再びそれを見送るクラスメイト達も以前とは異なる舞園の雰囲気にあまり心配を感じてはいなかった。
「…ごめんなさい、苗木君。また呼び出したりしちゃって」
「別にいいさ、気にしないで」
舞園と苗木は人気のない屋上まで来ていた。
「…それで、今日はどうしたの?」
「…苗木君、この間はありがとうございました。苗木君のおかげで、全部吹っ切ることができました。お父さんの事も…私自身の事も」
「…そんなお礼を言われるようなことじゃないさ。舞園さんならいつか向きあえたことだろうからね。それで…お父さんとはちゃんと話せたの?」
「はい!お互いに『本音』で話して…もう、ちゃんと分かりあえました。だから、もう大丈夫です」
「そう…なら良かった。ところで…結局お仕事の方はどうなったの?」
「あ、はい。引き受けさせてもらいました。社長や皆にも相談して、皆もやった方が良いって言って送り出してくれたので…」
「そっか、おめでとう舞園さん」
「ありがとうございます!…それで、なんですけど。苗木君、今度の日曜日空いてます?」
「日曜日?…大丈夫だけど」
「良かった!…実は、今度の日曜日新宿でゲリラライブやる予定なんです。明日には公式で発表するんですけど、苗木君にも、それに来て欲しくて…」
「ゲリラライブ?随分急だね…どうしたの?」
急な話に意図を問う苗木に、舞園は覚悟を決めた表情で答える。
「…私、そこでファンの皆さんとちゃんと『お話』しようと思ってるんです。苗木君には、それを見届けて欲しいんです」
「…ッ!そうか、…言葉は、決まったのかい?」
「はい…。分かってくれるかは不安ですけど、それでも…私の嘘偽りのない全部を、皆に伝える…伝えたいと思っています。苗木君にも、聞いて欲しいんです…」
「…必ず、行くよ。だから、頑張って…!」
「…はい!」
…そして週末、苗木は会場となる新宿の広場へとやって来た。
「…おお、もうかなり集まってるね。まだ一時間前だっていうのに…」
いきなり決定したゲリラライブとはいえ、流石は今をときめくアイドルグループとあってか、会場はかなり大がかりなセットになっており、既に大勢の聴衆が集まっていた。
「…あ、居たわ!苗木君、こっちよ!」
「え?…あ、紅刺さん」
声をかけられ振り向くと、関係者用のテントの近くで手を振る紅刺の姿を見つけた。…余りにも特徴的なので間違えようが無いのだが。
「来てくれてありがとね。…舞園ちゃん、今日のライブをあなたに一番見て欲しかったみたいだから」
「それは光栄ですね。…ところで、今回のってやはり…」
「…流石に察しが良いわね。そ、今回のライブは表向きはファンへの感謝サプライズってことになってるけど…実際は『例の噂』に関する対外的な『公式発表』でもあるわ」
紅刺と苗木の視線の先には、ファンに紛れているがあちこちで互いにけん制し合うマスコミの姿があった。
「彼らを納得させるのが、今回の…そして舞園ちゃんにとっての『目的』でもあるわ」
「…複雑でしょうね。舞園さんも、こんなことの為にファンの人たちを『利用』するようなことはしたくないでしょうに。…少しでも、勇気づけられたらいいんですけど」
「…言ったわね?」
「はい?」
その言葉を待っていた、とでも言わんばかりに紅刺がイイ笑顔で苗木を見る。
「舞園ちゃんを勇気づけたい…確かにそう言ったわね?」
「え、ええ…。言いましたけど…」
「ならちょうどいいわ。『男に二言は無い』って言うし、『有言実行』してもらおうかしら」
「え?」
意味を理解できぬまま、苗木は紅刺に引っ張られ関係者エリアへと引き摺られる。
「ちょ!紅刺さん、僕関係者じゃ…」
「男が細かいこと言わないの。『特別席』でライブ見せてあげるから、代わりに一仕事してきなさい!」
「ええ~…」
有無を言えないまま、苗木は紅刺に連れられて行った。
一方、関係者エリアの奥にある舞園達の仮楽屋では、本番を前に緊張感が張りつめていた。…しかし、それはいつものものとは少し異なるものであり、特に舞園は何度も何度も自分の言葉を脳内で反芻し、落ち着こうと必死になっていた。
「…だから…は……うん、大丈夫、大丈夫…!」
「…さやか、もう少し落ち着きなよ」
そんな舞園にメンバーの一人の羽山あやかが声をかける。
「あやか…大丈夫ですよ。私は落ち着いてます!」
「とてもそうには見えないんだけど…」
「めっちゃ心の声が表に出てるしね」
「え…!?そ、そうですか…」
「…あ!だったらさ、噂の『王子クン』に電話してみたら?」
「お、王子クン…?」
「ケータイ番号ぐらい交換してるんでしょ?確か…苗木君、だっけ?」
「ッ!?な…なんで苗木君の事を皆が!?」
「この間社長とカマーさんが教えてくれたの。ああ、もちろん内緒にするって約束でね。…聞いたよ~?中学の時から好きだった男の子とよりにもよって希望ヶ峰学園で再会できたとか、ロマンチックじゃない~!」
「そ、それは…!だ、駄目ですよ!そんなことできませんし…今の私じゃ苗木君とまともに話せそうにないですし…」
「なに初心な反応してんのよ!男の子ってのはこういう時に頼られたいものなんだから、甘えちゃえばいいんだって!」
「そ、そうなんですか…?」
舞園の緊張をほぐそうと他のメンバーも舞園に話しかけていると…
「…そうよ、舞園ちゃん。こういう時こそ、誰かに頼ることが大切よ」
「あ…カマーさん」
楽屋に紅刺が入って来た。
「舞園ちゃん、貴女に足りなかったのは『ソレ』よ。貴女はいっつも一人で頑張ろうとするから、見ているこっちも結構ハラハラしてるのよ。…心細い時には、もっと周りに甘えなさい」
「カマーさん…」
「…と、いう訳で…『サプライズゲスト』の登場よ!入ってきなさい!」
「え?」
いきなりの事にポカンとする舞園。そこに…
「…その煽りやめてくれませんか紅刺さん…」
気まずそうに苗木が楽屋へと入って来た。
「…ッ?!!な、なな…苗木君ッ!?」
「や、やあ…舞園さん。約束通り…来たよ。…なんでか知らないけどここまでね」
「…え!?苗木って…この人が『王子クン』?」
「お、王子…?」
「そーよ。彼ったら舞園ちゃんを元気づけたいってわざわざ来てくれたのよ」
「へぇ~…。ふぅ~ん…思ったより可愛い顔してるじゃん」
「背が低いのはアレだけど逆にイイよね。女装とか似合いそうだよね」
(…聞こえてるんだよなぁ…)
「女装…制服…ミニスカート…いいですね」
「舞園さん!?」
仲間内のひそひそ話に妙な電波を受けてしまった舞園を嗜めるように紅刺がコホンと咳を吐く。
「あ~…皆。そういう訳だから、お邪魔虫はちょっと退散しましょ」
『は~い!』
「み、皆ぁ!?」
「安心しなさい。ここのプライバシーはきっちりしてるから!マスコミ一匹通したりしないわよ。苗木君、舞園ちゃんのことお願いね~♡」
おばちゃんのようにニヤニヤと笑いながら、皆はそそくさと楽屋から出て行ってしまった。
「……」
「……」
後に残されたのは、互いに気まずそうに様子を窺い合う男女2人。
「え、えっと…ごめんね?なんかノリでここまで連れてこられちゃって…」
「い…いえ!そんな…私も、ちょっと心細かったので…来てくれて、うれしい…です」
「そ、そう…?」
「……」
「…その、舞園さん。今日は…」
「分かってます。今日は…私にとって、きっと『今までで一番大切』なステージですから…」
「…!そう、だね。紅刺さんから、大体の事情は聞いたよ」
「そうですか…」
そこまで言って、再び沈黙が訪れる。…が、間もなくそれを破ったのは舞園であった。
「…苗木君、ちょっとだけ『我儘』をきいてもらっても良いですか?」
「え?…僕にできることなら…」
「大したことじゃないです。…ただ、私まだ緊張してるみたいなので…。ちょっとだけ…ほんのちょっとだけ、『肩の力を抜いて』喋らせて貰いたいんです。ですから、その…苗木君の知ってる『私』と違うと思うかもしれませんけど、聴いてもらいたいんです…」
「…勿論。喜んで」
「ありがとうございます!じゃあ…、すぅ…はぁ…」
「…苗木君!私、頑張るから!ファンの人たちにも、皆にも…私の『本当の気持ち』が伝わるよう、精いっぱい頑張るから!だから…最後まで、見守って…お願い!」
「…!」
普段聞いた事のない『敬語ではない舞園』に、苗木は一瞬面食らった後、ニコリと微笑む。
「…うん。見ているよ。舞園さんの『覚悟』、この目で、この心でしっかりと見届ける。そして…キミが『笑顔』で戻って来るのを、待っているよ」
「…ッ!うんッ!」
苗木の言葉に、舞園は弾ける笑顔で応えたのであった。
そして数時間後、ついにゲリラライブが始まった。
『皆-!今日はいきなりのライブに集まってくれてありがとーッ!!』
『ウオォォォォォォッ!!』
ライブ会場は開始2時間前には収容予定人数を遥かに超える観客でごった返しており、その熱気は開始時間が近づくごとに高まり、そしてたった今舞園達の登場と同時に最高潮へと達した。
「……」
「…どうかしら?普段なら関係者だって早々立ち入れない場所から見る光景は?」
そんな光景を『舞台袖』の彼女たちの待機場所だったところから茫然と見ていた苗木に、紅刺が声をかける。
「…正直、圧巻です。今までも何度かライブを観に行ったことはあるんですけど、ここから見ていると…圧倒されますね。舞園さん達にも、ファンの人たちにも…」
「でしょう?…あなたには、ここの景色を見て欲しかったのよ。あの子たちが、『いつも見ているもの』を、舞園ちゃんが『憧れた場所』から、『今の舞園ちゃん』を見て欲しい…。他のファンの人たちには申し訳ないけど、貴方にだけは、ここから見る景色を知って欲しかったのよ」
「紅刺さん…ありがとうございます」
「…ほら、始まるみたいよ」
「はい。…頑張れ、舞園さん…!」
会場のボルテージが高まっていく中、横並びになったメンバーの中から舞園が仲間にひとつ頷いて前に出る。
「…皆さん。今日はこんなにたくさんの方々に集まっていただき、ありがとうございます。…ですが、その前に…ほんの少しだけ、私の話を聞いてください」
『ガヤ…ガヤガヤ…』
いつになく真剣な様子の舞園に観客たちも困惑の色を見せる。…しかし、その混乱が小さかったのは、同時に誰もがこれから舞園が話そうとしていることに予想がついていたからであった。
「最近、私に関するいろんな『噂』があることは、皆さんも知っていると思います。…皆さんの中には、そのことを不安に思ってくれている人もいると聞いています。…不謹慎ですけど、私はそれを嬉しく思っています。それだけ皆さんが、私の事を気にかけてくれているってことを、知ることができたんですから…」
『……』
「…でも!だからといって、皆さんにいつまでも心配をかけさせたままでいることは私は嫌です!ですから、この場を借りて、皆さんに私の『本心』を知ってもらおうと思います!」
『ザワザワ…!?』
舞園の言葉に皆が戸惑う中、舞園はちらりと舞台袖の苗木を見て…やがて意を決して話し出す。
「…私は今年、『超高校級のアイドル』として希望ヶ峰学園に選ばれました。これは私個人の力ではなく、皆さんの応援があってこそだと思っています。…ですが、皆さんには申し訳ありませんが、私は自分が『超高校級のアイドル』に相応しいと思ってはいません。何故なら…私は、皆さんが思っているよりずっと『弱い』人間なんです」
「……」
「私の家庭は、父子家庭でした。私がアイドルを志すようになったのは、そんな寂しさの中で唯一私が夢中になれたのが、テレビの中で輝くアイドルの姿だったからです。私は、いつか自分もそんな存在になりたくて、アイドルとしての道を選び、ここまで来ることができました。…それが、皆さんの知っている『舞園さやかがアイドルになった理由』の筈です。…でも、本当は少し違うんです。アイドルに憧れたっていうのは間違いありません。でも、アイドルを目指した『本当の理由』はそれだけじゃなかったんです。…私は、ただ『寂しかった』だけなんです。『孤独』でいることが、何よりも怖かったんです。だから私はアイドルになろうと決めたんです。テレビの向こうのように…たくさんの人が、私の傍に居てくれるように、ただそれだけの為に私はアイドルを目指したんです」
「……」
『……』
誰も、何もしゃべらなかった。メンバーの仲間も、ファンも、通りがかっただけの通行人すらも、舞園の独白をただ聞き入っていた。彼女の言葉は、それほどまでに心の籠った声音であったからだ。
「私は、ただ誰かに『愛されたかった』だけだったんです。ただ自分の『寂しさ』を誤魔化したくて、皆さんの求める私でいようとしていました。…私は、そんな自分に気づかないふりをして、ずっと皆さんの理想のアイドルであろうとしていました。…でも、こんな私を、『間違っていない』と言ってくれた人が居ました。誰かから愛されたいという気持ちは、決して恥ずかしい物なんかじゃあないって。大切なのは、その好意を疑ってしまう事だって。…だから私は、こうして皆さんの前に立つ『覚悟』を持ってここにいます。『アイドル』としての私だけじゃなく、ただの一人の『舞園さやか』を皆さんに知ってもらうために…」
「…舞園ちゃん」
「舞園さん…!頑張れ、頑張れ…ッ!」
舞園の表情が少しずつだが歪んできているのが苗木には見えた。彼女もまた、自分自身と戦っているのだ。そんな彼女に少しでも届けと、苗木は絞り出すように舞園にエールを送る。
「…ッ!」
その声が聴こえたのか、それともなにかしらを感じ取ったのか、舞園がハッとしたように苗木の方に視線を向ける。観客に気づかれないよう目だけであったが、見られていることに気づいた苗木は小さく、しかし力強く頷いた。
それを見て、舞園も頷き返す様に目を瞑り、一度深呼吸をすると自分の『想い』を観客にぶつける。
「私は…ッ!もう自分の気持ちを隠して皆さんの前に立つことは止めます!だから、この場で宣言します!…舞園さやかは、『独立しません』ッ!」
『ざわッ…!?』
「私がアイドルとしてここまで来れたのは、ここにいるメンバーと、それを支えてくれるスタッフさん達と、そして…私たちを応援してくれる皆さんが居てくれたからです。例え『超高校級のアイドル』と呼ばれるようになっても、それは私一人じゃなく、このメンバー『全員』が揃って、初めて意味のあるものだと思っています!もし私がそれを私一人のものにしたら、それはきっと皆だけじゃなく、ここまで応援してくれたファンの方々を『裏切る』ことになると思っています。私はそれだけは、絶対にしたくはありません!例えどんなことを言われても、私は宣言します。…『アイドル』舞園さやかは、皆さんを裏切りませんッ!いつか、皆がそれぞれ『違う道』を選ぶその時まで、『超高校級のアイドル』は皆さんあってこそだということを守りつづけます!」
思いの丈を全て吐き出すと、舞園は鎮まり返った会場を見渡し、一歩下がって礼をする。
「…私が言いたかったことは、以上です。皆さん…私の我儘を聴いてくれて、ありがとう…ッ!」
『……』
会場が、静まり返っていた。観客も、マスコミも、壇上のメンバーもただ黙って舞園を見ていた。
やがて…
パチ、パチ…!
「…!」
一人の観客が、小さな拍手をしたのを皮切りに
パチパチパチパチパチパチ…!!
一人、また一人と増えて行き、ついにその場に居る観客全員が舞園に温かい拍手を送っていた。
「み、皆…!」
『舞園ちゃーん!本音を話してくれてありがとー!』
『俺達はいつでも舞園ちゃんの味方だからなー!だから気にするなよー!!』
『頑張れーッ!応援してるよー!』
ファンからの声援に、舞園の目に涙が浮かぶ。ふと振り返ると、メンバーの仲間たちも嬉しそうに微笑んでいた。
「皆…ッ!ありがとう、…ありがとうッ!!」
『ワァアアアア…ッ!!』
とびっきりの笑顔の舞園に、観客たちは大歓声を上げて祝福を送った。
「…やりましたね、舞園さん」
「ええ…。グス…頑張った、本当に良く頑張ったわ…舞園ちゃん…!」
ハンカチで目元を抑えながら『男泣き』する紅刺と共にそれを見ていた苗木は、ふと何かを思いつくと徐にセットの脇にあった『紙吹雪』の山に近づく。
「…この紙吹雪、少し貰ってもいいですか?」
「え…?別に、いいけど…どうするのそんなもの?」
「ええ…。ちょっとだけ、僕からも『祝福』をさせてもらおうと思いまして…」
首を傾げる紅刺を横目に、苗木は紙吹雪を一掴みとる。
「『ゴールド・エクスペリエンス』…!」
シュオオオオ…ッ!
そして己のスタンドを呼び出すと、握りしめた紙吹雪に生命エネルギーを流し込む。それが終わると、苗木は持っていた紙吹雪を空高く放り投げた。
「よッ…!」
ブワ…ッ!
その瞬間
ブワアアアアアッ!!
上空に舞い上がった紙吹雪は日差しを受けると共に一枚一枚が蠢きだし、瞬く間に無数の『青い鳥』の群れと化した。
『おおおおおおッ!?』
「わッ!?な、何!?…鳥?しかも…青い!?」
「わー…綺麗な鳥…!あんなに一杯…」
「これってさ、所謂『幸せを呼ぶ青い鳥』って奴?」
「凄い…!」
突如現れ、会場の周辺を旋回するように飛びまわる青い鳥の群れに、観客や舞園達も驚きつつもその美しい見た目にうっとりとしていた。
「…!もしかして…」
舞園もまた同じように見上げていたが、ふとこんな不可思議な現象を起こせる人物に思い至り、ちらりと舞台袖に目を向けると、優しい微笑みを浮かべて自分をみつめる苗木と目が合った。
(やっぱり…!…苗木君、ありがとう…!)
想いを寄せた相手からのサプライズに、舞園はお礼の代わりに満面の笑みを送った。
一方、その鳥が現れる一部始終を見ていた紅刺は唖然としつつも、なんでもないかのように舞園を見つめる苗木に問いかける。
「…な、苗木君…?今の、何…?」
「…あの鳥の名前は『マウンテン・ブルーバード』。見ての通り羽がきれいなコバルトブルーの鳥で、飛行する姿は鳥の中でも有数の美しさを誇ります。メーテルリンクの童話の『青い鳥』に例えられることもあるそうですよ」
「い、いやそうじゃなくて…貴方、なにをやったの?…貴方は、何者なの?」
「…僕は、ただの『幸運』ですよ。…いや、『幸運でありたい』…と言う方が適切かな」
「幸運で…ありたい?」
「はい。…僕個人が幸運な訳じゃなく、誰かと幸運を分かち合いたい…。『幸せ』を『運ぶ』と書いて『幸運』…そういうもので、僕はありたい。これは、その為のちょっとした『手品』みたいなものです。僕の望みの為に、僕が『幸せであって欲しい』と願った人の力になるための…ただそれだけの、僕に『託された』ものなんです」
「…正直、よくわからないけど…これだけは言えるわ。…貴方、意外とロマンチストなのね」
「よく言われます…減点ですか?」
「とんでもない…!リアリストより、私はそっちのが好きよ。…ホント、イイ男ね、アナタ」
「…どうも」
「…よーし!綺麗な鳥さん達も加わったところで、早速一曲目から行くよーッ!!」
『オオオオオオーッ!!』
思わぬギャラリーの登場で色めきだった観客の割れんばかりの声援と共に、舞園達のゲリラライブは幕を開けた。
…翌日
「いや~…昨日は凄かったぜ舞園ちゃん!俺もう感動しっぱなしだったぜ!」
「ありがとうございます!…桑田君も見に来てくれてたんですね」
「おう!舞園ちゃんのファンとして行かねー訳にはいかねーからな!」
大成功に終わった先日のライブは、翌日のニュースやネットの一番の話題になり、またライブ前に行われた舞園の独白の内容もあって、各種新聞やゴシップ誌などでも取り上げられていた。
「ふむ…今朝の朝刊を見たが、どうやら舞園君に関する悪い噂は誤解が解けたようだな」
「でも…ネットや週刊誌の一部ではまだ色々言われてるみたいだけどねぇ…」
「いわゆる『マスゴミ』という奴ですなぁ。しかし舞園さやか殿、あまり気にしないほうがいいですぞ。こういうのは構ったら構っただけしつこくなりますからな」
「はい…分かってます」
「…案ずるな舞園。お主の言葉は、きっと皆の心に響いておる。下らん噂も、その内立ち消えになるであろう」
「はい…!」
クラスメイト達と会話をしながらも、舞園はどこかそわそわしていた。きちんと応対こそするものの、その視線はちらちらと教室の入口へと向けられていた。
「…聞いたか『生命の樹(セフィロト)の王』よ!昨日東京で『マウンテン・ブルーバード』が群れで発見されたそうだ!これは歴史的な事件だぞ!」
「アハハ…ソウデスネー…」
(あちゃー…思ったより大事になっちゃったか。まあアメリカにしか居ない鳥が東京のど真ん中で見つかったら、そりゃそうなるよね…)
そうこうしているうちに舞園の待っていた人物…先日自分が引き起こした生物学において歴史的な事件に興奮する田中に相槌を打つ苗木が教室に入ってくる。
「あ…!」
「おう苗木っち、おはようだべ!」
「おはよう。…じゃあ田中さん、僕はこれで…」
「うむ。ではまたな…」
「田中さんとなんの話してたの?」
「あ、あ~…まあちょっとね。なんというか…軽い気持ちでやったことが大騒ぎになっちゃったオオカミ少年的なアレって言うか…」
「…訳が分からん」
「…あ、あのッ!苗木君!」
クラスメイトと談笑していた苗木を、どこか緊張した様子の舞園が呼び止める。
「ん?…あ、舞園さん。おはよう」
「お、おはようございます…その、えっと…できればなんですけど、後でちょっといいですか?」
「え?…いいけれど、また何かあったの?」
「そういうんじゃないんですけど…とりあえず、お昼休みに屋上に来てもらえます?」
「うん、分かった」
「…!じ、じゃあまた…絶対に、来てくださいね」
「う、うん…」
「……」
「…いいの霧切~?なんかいい感じっぽいけど~?」
舞園と苗木が話をしているのを横目で見ていた霧切に、江ノ島がぬるりと忍び寄って声をかける。
「…なんのことかしら?」
「またまたとぼけちゃって~。アンタが苗木の事気になってんのぐらい分かってるって」
「…意味が解らないわ。私が、苗木君を…?」
「……ふ~ん、『超高校級の探偵』も自分の気持ちまでは推理できないってワケ?ま、どうでもいいけど…アレ、気になったりしないワケ?見なよ舞園のあの顔…アタシの勘からして、アレは『勝負』する気満々の顔だよ。盗られちゃってもいいの?」
「何を言ってるのか理解できないけれど…あの二人がどうなろうが、それはあの二人の自由よ。私が口を挟むことじゃあないわ」
「へぇ~…それでいいんだ?」
「ええ……そう、『それがいい』のよ。舞園さんは、ずっと苗木君のことが好きだったのだから…私なんかが、邪魔をしていい筈が無いのよ…」
「……うぷぷ、なんだか面白くなりそうな予感…!」
「……」
「…あ、アンタは余計なことしないでよ残姉ちゃん。どうせ行ったってバレるのがオチなんだし」
「!?そ、そんな…」
「…う~ん」
「どうした、朝日奈?」
「あ、さくらちゃん。…うんとね、よく分からないんだけど、舞園ちゃんと苗木が話しているの見てたら、なんていうか…ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ変な気分になるって言うか…」
「……ふっ。苗木よ、お主も罪な男だな…」
そして昼休み、苗木は約束通り屋上に向かうと、そこには既に舞園が待っていた。
「あ、舞園さん。ごめん、待たせちゃったかな?」
「…!い、いえ!私も、今来たところですッ!」
「そ、そう…?」
なにやらガチガチに緊張している舞園に小首を傾げつつ、苗木は舞園の歩み寄る。
「…それで、どうしたの?またなにか相談?」
「え、えっと…えっと…!?」
苗木と二人きりになったことで増々緊張し、顔を赤くしてしどろもどろになっている舞園に苦笑しつつ、苗木はまず舞園を落ち着かせることにした。
「…舞園さん」
「ひゃいッ!?」
「昨日も言ったけれど、改めて言わせてもらうよ。…ライブ、お疲れ様。凄かったよ」
「あ…あ、ありがとうございます」
「うん。すごく感動したし…月並みな言葉だけど、今迄見てきた舞園さんの中で…一番綺麗だった。そう言えるよ」
「…ッ!え、あっ…そ、そのッ…!」
「お世辞なんかじゃあないよ。本心から、そう思った」
「…は、はひ。…その、嬉しいです。正直、私の言いたかったことがちゃんと伝わったのか、まだ実感が湧かなかったので、そう言う風に言ってくれると…」
「…大丈夫だよ」
「え?」
「舞園さんの気持ちは、きっとファンの人たちに分かってもらえている。だって、君は自分の気持ちを嘘偽りなく曝け出したのだから。舞園さんの事が好きな人たちなら、それを真摯に受け止めてくれるハズさ。それを邪推するような人のことにまで、君が心を痛める必要はないよ」
「そうなんでしょうか…?」
「舞園さんは生真面目過ぎるんだよ。…もうちょっと楽になって、少しぐらい身勝手になってもいいんだよ。どんな世界でも、自分の気持ちに正直になれないと、自分も、周りの人も楽しくないからね。僕等ファンだって、それくらいの我儘は受け入れるよ」
「…はい」
少し談笑をしたことで気持ちが落ち着いたのか、舞園は深呼吸をして息を整えると、苗木に切り出した。
「…苗木君、今回の事ありがとうございました。苗木君のおかげで、お父さんと…『アイドルとしての私』のことに、けじめをつけることができました。…全部、苗木君のおかげです」
「僕は何もしてないよ。全ては君が決断し、君が行動した結果だ。舞園さんが自分で決めたからこそ、意味があることだったんだから」
「…でも、背中を押してくれたのは苗木君です。貴方が居なかったら、私はずっと…あそこで立ち止まってた。大切なことに、気づかないふりをしていたままだった…」
「……」
「…実は、あの後事務所に『電話』があったんです」
「電話?」
「はい。…『お母さん』と、『妹』からでした」
「ッ!お母さんって、その…舞園さんの?」
「はい。私の連絡先が分からなかったから、事務所の番号にかけてきて…あのライブを見に来てくれたらしくって、私の話を聞いて連絡してくれたんです」
「…それで、なんて言ってたの?」
「……自分たちの都合で勝手に離ればなれになってごめん、って。合わせる顔が無くって、会いに行くことができなくてごめんって…!私の事、ずっと応援してくれたって…ッ!!…私の事、忘れてなかった…!ずっと、ずっと憶えていてくれたんです…!」
「…うん」
「妹も、彩も…私の事自慢のお姉ちゃんだって…!今度、一緒に会おうって約束もしてくれて…、昔のようには戻れないけど、それでも…また会えるかもしれないって思ったら、嬉しくって…!」
「……うん」
ボロボロと泣きながら一生懸命に話す舞園を、苗木は相槌をしながら優しく見守る。
「…苗木君が背中を押してくれなかったら、きっとこんなこと夢にも思わなかった。だから、お礼が言いたかったんです。…ありがとう、苗木君」
「…どういたしまして。僕も、舞園さんが少しでも幸せになってくれたなら、嬉しいよ」
「…えっと、それで…なんですけど。もう一つだけ、言いたいことがあるんです」
「…聞くよ」
舞園は涙を拭い、決意の籠った眼で苗木をしっかりと見据える。
「…この間、杜王町で私が言ったことを憶えていますか?」
「…うん、もちろん」
「その気持ちに、今はっきりと『答え』が出たんです。だから、貴方にそれを伝えたい…」
「…苗木君、貴方が好きです」
「…舞園さん、僕は…」
「…あ、返事はまだしないでください」
「…へ?」
舞園の告白に返答をしようとし、その舞園にそれを止められた苗木はマヌケな声を出してしまう。
「ど、どういうこと?」
「その…告白しておいてこんなこと言うのもアレですけど、きっと…苗木君を好きになる人ってこれから沢山いると思うんですよ」
「ええッ!?さ、流石にそんなことは…」
「分かるんです、だって私…『エスパー』ですから」
「ええ…?」
「とにかく!苗木君のことは好きですし、誰にも渡したくないとも思ってます!…でも、好きなのにそのことを言えない人や、好きなことに気づいていない人がいるのに早い者勝ちって言うのも、ちょっともやもやするっていうか…私自身に『納得』ができないんです!」
「は、はあ…」
「だから、もう少しだけ返事を『保留』にしていれてください。もしこれから、苗木君が好きだって言う子たちが居たら…その時に、改めて返事を聞かせてください。それがどんな答えであっても、私はそれを受け入れます」
「…キミはそれでいいの?正直、もしそうなった時に僕は君が満足する答えを出せる自信が無い。それでも、君は納得できるのかい?」
「いいんです。…苗木君、さっき苗木君は私が幸せになってくれたら嬉しいって言ってましたけど、それは私も『同じ』なんです。どんな答えでも、苗木君がそれで幸せだと思えるなら、私はそれが一番いいんです」
「……」
「それに、だからといって何もしない訳じゃあないですよ?」
「え?」
「私、これから苗木君に猛アタックするつもりですから!もし苗木君を好きになる人が居ても、苗木君が私の事を好きになってくれるように、頑張りますから!…『超高校級のアイドル』を本気にさせて、逃げられると思わないでくださいね?」
「…手段と目的が逆転してないかい?告白してからアピールするなんて順序が逆でしょ…」
「それでいいんですよ。…『超高校級のギャング』を好きになったんですから、ちょっとぐらい変わった恋愛があってもいいんじゃあないですか?」
「……」
「……」
「…ぷっ、アッハッハッハ…!」
「フフフフフ…!」
気が抜けたように笑い出した苗木に、舞園も同調して笑い出す。
「アハハハ…舞園さん、思ったより変な人だったんだね」
「苗木君がそれを言いますか?…そういうの、嫌いですか?」
「esorbitante(とんでもない)。…僕は、それも舞園さんの魅力だと思うよ。…分かったよ。舞園さんの気持ち、しっかり預かったよ。いつか必ず、僕の答えを伝えるよ。それまで…待ってもらえるかな?」
「はい…!いつまでも、待ってます…!」
「…じゃあ、戻ろうか。お昼食べ損ねちゃうからね」
「はい…!」
二人は屋上を出ようとし…ふと苗木は立ち止まり、舞園が隣に来たのを待つとその手を優しく握った。
「ッ!?」
「……」
「…!」
いきなりのことに目を白黒させた舞園であったが、苗木の顔を見ると顔を赤くし、そのまま歩調を合わせて共に歩き出す。二人はまだ『恋人』ではないが、お互いの気持ちを伝えあったこの時間だけは、『恋人同士』でいよう。苗木のそんな提案を、舞園は受け入れたのであった。
…スッ
やがて屋上から校内に入ると、お互いにどちらからともなく手を放した。恋人同士の時間は終わり。これからはまた、『友達』としての時間に戻る。苗木が答えを出すその時が来るまで。
「…フフ」
「えへへ…」
手を放した後互いに顔を見合わせ、お互いに笑いあうと再び歩き出した。
どういう結末になるかは、二人にはまだ分からない。しかし、二人には『予感』があった。
例え苗木がどんな『答え』を出そうとも、きっとその先には『希望』があるということを。
互いが互いの『幸せ』を望んでいる以上、その未来だけは決して違うことは無いと、信じているのだから。
…我ながらこのオチはどうなんだろうか…?
でも舞園ぐらいしかこういうことを言いだせそうにないからな~…。批評があったらなんでもくださいな