精々、皆が普段何をしているのか、程度に思っておいてください
苗木達が希望ヶ峰学園に入学して早1ヵ月が過ぎた。最初こそお互いの距離感が分からず戸惑っていたクラスメイト達であったが、徐々にその内面を知るにつれ仲を深めていき、相も変わらずちょっかいをかける桑田とそれに困ったように相槌を打つ舞園のような関係から、既に親友と呼べるまでに良好な仲の朝日奈と大神のような関係まで多少差異はあっても十分クラスの友人として打ち解けあっていた。
…先日の杜王町の一件以降若干社交的になった霧切に比べ、相も変わらず周りを寄せ付けない十神と腐川にように変わらぬ者もいたが。
さて、学生というものは最初の人間関係に関する悩みがある程度解決してしまうと暇を持て余すのが常である。普通の高校であれば、委員会なり部活動なりを探して参加するのが定番であるが、ここは希望ヶ峰学園。普通である筈が無い。
まず第一に、生徒数が圧倒的に少ないため部活動というものが存在しない。無論スポーツの才能による生徒向けに最先端の設備を備えたトレーニング施設は存在するが、そういう目的でもない限りそれらを利用する機会などそうはないだろう。また文科系の才能を持った生徒の為に個室の作業部屋や一流漫画家も顔負けの参考資料の蔵書もあるがこれも同じである。
そして委員会であるが、希望ヶ峰学園では各種委員会をすべて『生徒会』で統一している。『超高校級の生徒会長』第76期生『村雨早春』を筆頭に一般的な委員会で見られるような肩書きの、しかしその分野における才能は世界最高レベルの生徒たちが揃った、まさに『小さな内閣』と呼ばれるほどの規模であり、当然その敷居はとんでもなく高いため選ばれるのは稀である。
つまるところ、希望ヶ峰学園は基本的に授業以外は暇なのである。そしてそれは、本拠地がイタリアにあるため現在特別仕事の無い苗木も例外ではなかった。
「…あー、なんだか暇だなぁ」
苗木は一人自室で寝転がってそうぼやいていた。基本的に苗木は普通の感性を持った普通の少年である。ギャングとしての切り替えスイッチを持ってこそいるが、それがOFF状態の時はイタリアで身についてしまった『シエスタ(昼寝)』が日課の普通の16歳なのである。
いくら中学まで特別部活や委員会をやっていた訳では無かったとはいえ、こうも暇では苗木も寝てばかりはいられないのである。
「なんか音楽でも聴いてようかなぁ~。…でもこないだ買った舞園さんのアルバムはもうだいぶ聴いたし、パット・メセニーやビートルズは聞き飽きたしなあ。…正直音楽の趣味が学園長寄りなのは今更ながらどうかと思うなあ。…なにか趣味でも見つけるか?でも一人でなんでも手を伸ばしたところで特に上達は…」
埒のあかないことを呟いていると、ふと苗木の頭で電球が光る。
「…そうだ。何も自分一人でやることはないんだよな。この学園には『超高校級』の、それこそ『お手本』となるような人が沢山いるんだから、仲良くなるついでにいろいろ教えて貰えばいいんだ。…よし!じゃあまずは…」
「…それで、僕に『料理』を教えて欲しいって?」
「はい、ご迷惑でしょうか?」
苗木がやって来たのは、ランチタイムを終えてひと段落ついたころの学園の食堂、『超高校級の料理人』花村輝々が腕を振るう学園の人気スポットであった。
「まあ教える分には僕も大歓迎なんだけど、…なんでまた料理をやってみようとおもったんだい?」
「…まあその、料理ってやっぱり一番身近にあるものの一つじゃあないですか。向こうに戻ったら当分一人暮らしみたいなものですし、使用人さんに全部お任せとか外食ばかりにならないように自分でもなんでもできるようになりたいな~…って。それに…」
苗木は頭の中に自分が最も愛する家族の顔を思い浮かべ、にこりと微笑む。
「やっぱり…母さんになにか恩返しができたらな、って思えて。子供の頃はそれらしいことができなかったし、偶にでも母さんの手伝いができたらいいな…って、そう思っただけです」
母、という単語に花村は一瞬ドキッとした表情になり、しばしぼんやりと考え込んだ後晴れやかに笑って応える。
「…うん!そうだよね、お母さんには恩返ししないとね!分かったよ、じゃあとびきりおいしい料理ができるよう教えてあげるね!」
「ありがとうございます!」
こうして苗木は週に2日、食堂が暇になったときを見計らって花村に料理の手ほどきを受けることになったのであった。
それから数日後、苗木は一人学園の5階にある植物庭園にて日課のシエスタの時間を過ごしていた。
「ふあぁ…。ここいい昼寝場所だよホント。…それにしても、花村さんやっぱり料理すごく上手なんだなあ。教え方も懇切丁寧だし、ちょっとしたコツも教えてくれるから上達しているのがハッキリ分かるぐらいだよ。…教える手つきがなんだかイヤラシかったけど、バイだっていうのマジなのかな…?」
微睡ながら先日からの花村との料理の勉強を思い出す。
ズチャ…ズチャ…
ベンチに寝転がって惰眠を貪る苗木に、『ソレ』はゆっくりと近づいていた。
『……』
ズチャ…ズチャ…
『ソレ』の足音は人間のものとは異なり、一歩歩くたびに何かが濡れるような音が鳴り、それを裏付けるかのように『ソレ』が通った後には水浸しの足跡が尾を引いている。
ズチャリ
『……』
やがて苗木のすぐ傍まで来ると、『ソレ』は無機質な瞳に殺意を宿らせ腕を振り上げると…
『…死ねッ!』
苗木の脳天めがけてそれを振り下ろした―
バキャ!
『何ッ!?』
―しかし、『ソレ』が砕いたのは苗木の頭蓋ではなく、苗木が寝ていたベンチだけであった。
「貴様…何者だッ!?」
『…逃げたのか、あの一瞬で。しかも…寝ていたというのに…。成程、こいつは確かに強いみたいだな…』
瞬時にスタンドの力を借りて後ろに回り込んだ苗木に対し、『ソレ』は苗木を値踏みするかのように呟く。それは人と機械を無理やり融合させたような見た目をしており、真っ黒な皮膚とカメレオンのような目が人ならざるものであることを表している。
「…お前は、スタンド使いなのか?」
『『フー・ファイターズ』…それが私の名だ!私自身の存在の為に、苗木誠…お前には死んでもらうッ!』
『フー・ファイターズ』と名乗ったそれは己の力を見せつけるかのように手近にあったコンパネを叩き壊す。それは植物庭園の放水システムを管理するものであり、それが破壊されたことでスプリンクラーが誤作動を起こして人工雨が二人を濡らす。
「…面倒くさいことをするんじゃあないよ。制服が濡れちゃったじゃあないか」
『そんなことを気にする必要があるのか?ここで死ぬというのに』
(…どうやら今のデモンストレーションからして近接パワー型なのは間違いないな。しかもあの姿からして、どうやらアレが本体ではない。となると遠隔操作タイプなのか?…だが気になるのは今の行動だ。単に力を証明するだけなら木をへし折るなりさっさと殴り掛かって来るなりすればいいのに、わざわざ操作コンパネを壊した…?何かあるのか?電子機器が苦手なのか、あるのは…)
『考え事をしている間はないぞッ!』
「ッ!」
いきなり飛び掛かって来た『フー・ファイターズ』。苗木は一旦様子を見るためにそれを躱して後方へと跳ぶ。そして着地すると同時に、足元の舗装された道に埋められたブロックをいくつか引っこぬく。
「『ゴールド・E』!」
スタンドを発現し、ブロックに生命エネルギーを流し込むとブロックはたちまち形を変え狼へと変化する。
「行けッ!!」
苗木の指示と共に狼になったブロック群が『フー・ファイターズ』へと襲い掛かる。だが、それに対して『フー・ファイターズ』は冷静であった。
『ふん…。下らん、教えてやろう…お前のスタンドと私は最悪の相性だということをな!』
その言葉と同時に『フー・ファイターズ』の指先から黒い何かが射出され、それは狼の口や目にへばりつくとぬるぬると体内へと入っていった。
「何だ…?」
苗木がその行動に首を傾げていると、ふと狼たちが動きを止める。
「…?おい、どうした…」
そして次の瞬間、
「…ウガアアアッ!!」
「なッ…!?」
突如として狼たちは方向を変え『フー・ファイターズ』ではなく苗木に襲い掛かる。
『無駄無駄無駄無駄ァッ!!』
すぐさま『G・E・R』で迎撃し全て叩き伏せるが、基本的に苗木の思うがままに動くはずの『G・E・R』が生み出した生命の反逆は流石に予想外であった。
「どうなっている…!?奴の能力は『洗脳』なのか…?だとすればあの黒い物体が原因…、いや、だとすれば…ッ!?」
と、たった今叩きのめした狼に目を落とした苗木は奇妙な光景を目撃する。
なんと、気を失っている筈の狼の目や口から、先ほど『フー・ファイターズ』から跳び出した黒い物体が漏れ出してきていた。それはうねうねと蠢きながらなおも狼に体に戻ろうとその体を這いずり回る。
「これはッ…!?『ゴールド・E』!一旦能力を解除しろッ!」
苗木の指示と同時に狼は再びブロックへと戻る。それと同時に、狼の体内に入っていた黒い物体もむき出しとなった。
「『無駄無駄無駄無駄ァッ!!』」
苗木はすかさずそれに『G・E・R』のラッシュを叩きこむ。が、それに触れた瞬間苗木の表情が驚愕の色に変わる。
「!?今の感覚は…ッ!」
『G・E・R』のラッシュを受け黒い物体は無残にはじけ飛ぶ。…が、飛び散った肉片は上から降ってくるシャワーを浴びると再び活発に動き出し、蛞蝓が這うように『フー・ファイターズ』の肉体に戻っていく。それを見て、苗木の『フー・ファイターズ』の正体を悟る。
「お前のその体…、そして今殴った時の生命エネルギーの感覚!お前の事を遠隔操作タイプのスタンドだと思っていたが、どうやら違うみたいだな…」
『……』
「さっき殴った時、あの黒い物体…お前の『一部』から微小だが大量の、しかも『個別』の生命エネルギーを感じた。そしてそれは『水』を吸収することでより活発なものとなった。…つまり、お前の正体は『水』を活動エネルギーとする微生物!いわば『プランクトン』のような小さな生命体が寄り集まった群生生命体…。さっきのもそうだ、あの時お前は僕が生み出した狼の体内に侵入し、脳を支配して操った!つまり、お前を構成する細胞一つ一つがスタンドであると同時に本体でもある、それがお前の正体だ『フー・ファイターズ』!」
『…かつて、『フレッド・ホイル』という天文物理学者がこう言ったそうだ。「この自然界で確率的にも生命が偶然誕生したと考えるのは間違っている…。この宇宙には『知性』という力が既に存在していて『生命のもと』を形作った」と…。つまり『知性』という力はこの宇宙の始源…ビッグバン以前から存在し、全ての生命や物質はその『知性』に導かれそれを保有しているのだ…』
「…要するに、『知性』があることは人間の特権じゃあないという訳か?小さい脳ミソ寄せ集めてるのか元から一つの『意志』が分裂しているのかしらないが、随分哲学的なことを言うじゃあないか…」
『…私を馬鹿にするか人間ッ!』
「…『知恵』の先人として言わせてもらうけど、あまり挑発に乗るもんじゃあないよ。怒りを堪えるのは『知性』を持つ者の特権なんだから」
軽口を叩いて『フー・ファイターズ』を挑発する苗木であったが、実際の所結構どうしようか考えあぐねいていた。
(さてどうするか…。『多細胞生物』が自分を分裂させているのなら手の打ちようはあった。そいつにとっての『急所』…『核』となる箇所を叩けばいいだけのことだからね。でも『単細胞生物』の『集合体』となると厄介だ。集合体ということは奴の肉の一片、細胞の一つですらも奴そのものといっても過言ではない。つまり細胞の一片残らず叩き潰しでもしない限り奴を物理的に殺すことは出来ない。いくら進化した『G・E・R』と言ってもそんなことを悠長にしている間は無い。しかも今ここは絶えることのない雨天下にある。奴の活動エネルギーである『水』が無尽蔵にある以上、現状は圧倒的に奴が有利!まずはここから出ることが最優先か…)
そう判断するや否や苗木は出口に向かって駆け出す。そして出入り口の扉を開けようとして…異変に気が付いた。
「こ、これは…!」
たった今苗木が触れようとした扉の表面は不気味に蠢く黒い何かに覆われていた。
『…馬鹿め。この私が自分の土俵から標的を逃がすと思っているのか?』
「ッ!」
『このわたしの体の一部を扉に貼り付けてそのまま増殖させた。壊そうとするなら好きにするがいい。最も既に1メートル以上あるそれを突破できるのならな…!』
あざ笑うかのように迫る『フー・ファイターズ』に対し苗木は早々に脱出を諦め距離を取る。
(マズイ…。出入り口からの脱出が不可能だとは。…いや、それ以前に下手にこいつを外に出せばいたずらに被害を大きくするだけだ。脱出は出来ない…。となるとやはりこいつをこの場で倒すしかない!)
苗木は決心すると『フー・ファイターズ』目掛けて駆け出しそのまま『G・E・R』のラッシュを叩きこむ。
『無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!』
ドゴゴゴゴッ!!
『うぶげぇーッ!!』
悲鳴を上げて飛び散る『フー・ファイターズ』。…が、拳大程に叩き潰されてもなお『フー・ファイターズ』の活動は止まらず、すぐさま元の形に戻ろうと…いや、それどころか『二つの個体』に増えようと再生を開始する。
「糞ッ!やはり物理攻撃じゃあ死なないか…!」
『凄まじいパワーだ。成程、確かにまともにやりあっては勝てんな。…しかも聞くところによるとコントロールできていないが攻撃を無力化する能力もあると聞く。『一個体』として貴様が私より上位にあるというのは認めざるを得んな。』
『だがそのスタンド能力…一体『何時まで』持つかな。スタンドは精神力の現れ、発現させ続ければ当然本体への負担も大きくなる。強力なスタンドであればなおさらだ。何時までスタンドを維持し続けることができる?この植物庭園のシャワータンクが無くなるまでか?だが残念ながら、ここのタンクの水はつい昨日補給が済んだばかりだということは分かっている。おそらく丸3日は出しっぱなしでも持つだろう。それともここの管理者が来るのを待つか?それでもいいぞ。最もそいつが死ぬだけだがな…』
「…一つ、聞いておきたい」
『…何?』
「お前は何故、そうまでして僕の命を狙う?お前ほど優れた生命体なら、僕一人の脅威など気にせずとも生きていけるだろう。なのに何故こうまでする必要がある?こんなことをすれば、下手をすればお前の存在が公にさらされ今以上に危機的状況を作るだけだというのに。…それとも、さっき言っていた『私自身の存在の為に』という言葉が関係しているのか?」
『…確かに、私はお前に対して恨みなど有りはしない。だが、私を『創り出した』者が言ったのだよ。『もし私に対してほんの少しでも恩を感じているのなら、苗木誠という少年を殺して欲しい』…とな』
『何故彼がお前を狙っているのかは知らん。だが、私は今のこの存在であることに『誇り』を持っている!有象無象の群生生命体でしかなかった私が、こうして感情を持ち、理性を得て、目的の為に行動できる!少なくともそのことだけは『感謝』している!だから貴様を殺す!私という存在を『守る』ために、私はお前を殺さなくてはならないッ!!』
「………そう、か」
感情を露わにする『フー・ファイターズ』の言葉を、苗木はしっかりと噛みしめた後顔を上げる。
「お前の気持ちは分かった。だが…、僕とて殺されてやるわけにはいかないんだ!僕にはやるべきことが、『果たすべき希望』が残っているッ!それを消さないためにも、僕は生きるッ!お前を倒して、僕が生き残る!」
『…ふん。口ではどうとでも言える。が…』
『この状況でもなおそんなことが言えるかな?』
既に下半身も構築し、多少見た目に差異はあっても二つの個体に分離した『フー・ファイターズ』がにじり寄る。苗木はそれに対し、ふっと軽く笑んで応える。
『…なにが可笑しい?』
「いや…。この状況を打破するとっておきの秘策が思いついたもんでね」
『何!?』
「僕には、ジョースター家という血筋が流れていてね…。そのジョースター家には、強敵と対峙した時にとる『とっておきの策』があるんだよ」
『とっておきの策…だと!?』
「お前が体を再生させている間に、その『策』を発動する段取りを整えさせてもらった…!宣言しておく…!今からの一挙一足をほんの少しでも逃せば、お前は『敗北』する、決定的にな!」
『何だと…!なんだ、その『策』とは!?』
「ふふふ…」
予想外の発言に戸惑いを隠せない『フー・ファイターズ』を嘲笑うかのように苗木は意味深な笑みを浮かべて『フー・ファイターズ』を見据え…
瞬間、180度反転する。
「逃げる」
『……は?』
『フー・ファイターズ』が反応を返すよりも早く、苗木は転身すると植物庭園の奥へと走り去っていった。
『…ふざけるなよ苗木誠ッ!!』
馬鹿にされたと認識した『フー・ファイターズ』は怒りを滲ませ2体で苗木を追う。やがて庭園の奥にある作業小屋の中に逃げ込んだのを見つけると、獲物を狙うライオンの様に追随する。
『それで隠れたつもりかッ!貴様の方が馬鹿丸出しだぞ、苗木誠ッ!!』
この時、『フー・ファイターズ』は怒りに駆られていた。少なくとも、人間すらも凌駕する生命体としての冷静さには欠けていただろう。故に気づかなかった
作業小屋の入り口付近にぶちまけられた、少し変わった『土』に。
ズリュ…ッ
『ッ!?な…』
『…にぃッ!?』
足元の土に触れた瞬間、『フー・ファイターズ』の足が崩れるように土に沈んでいく。
『こ、これは…!?』
『足が…い、いや『水分』が吸い取られている!?』
「…『バーミキュライト』って知ってるかい?」
『『ッ!?』』
声の方向を見ると、小屋の入り口を開いてこちらを伺う苗木が居た。
「小学生の理科の授業だったかな…。アサガオを観察の為に育てるときに使った物でね、正確には『土』じゃなくて『鉱物』らしいんだけど、『保水力』と『通気性』に優れる性質を持っていてね。…お前の体から水分を奪うだけならただの腐葉土みたいな『吸水性』のある土で充分だった。けどこれはただ吸うだけじゃなく水分を『貯め込み』、余分な水を『通過』してしまう。お前は『進化』したことで脳が発達し『知恵』を得たようだけど、脳が発達するということはそれに応じて『肉体』も発達する。それが生物の摂理だからだ。故にお前は、その『バーミキュライト』の隙間を通れない。つまり、水分だけが肉体から流れていく。水のろ過ででかいチリが細かい砂に引っ掛けるようにな…」
『う…おおおおおおッ!!?』
苗木に近づこうと一歩進むたびに『フー・ファイターズ』の体から水分が抜けて足元から無くなっていく。如何に降水中だったとしても、上から落ちてくる表面を濡らす程度の水よりも、土の中まで力の限り足を踏みしめる『フー・ファイターズ』の水分のほうが吸われる量は多い。だが、『フー・ファイターズ』にもまた狙いがあった。
(もう少し…もう少しで、届く…ッ!あと一歩踏み込んだら、『切り離せば』届くッ!)
足元から命が消えていく感覚を憶えながらも、『フー・ファイターズ』は強い一念で足を動かし、そしてその一歩を踏み出した。その瞬間、
『『今だッ!!』』
2体の『フー。ファイターズ』は同時に、自分の肉体を腰から切り落とした。
「ッ!?」
『分からんか?こういうことだッ!』
切り離された『フー・ファイターズ』の2つの上半身は空中でぶつかるとそのまま片方が下半身の形に変形し、元の1体の状態に戻る。そしてそのまま慣性の法則に従って切り飛ばされた勢いのまま土が敷かれた箇所を飛び越え、苗木の体に飛びついた。
『この程度のトラップで倒せるとでも思ったか?馬鹿め、狙い通りだッ!!これで貴様はもう動けない!あとはスタンドパワーが尽きるまで粘らせてもら…』
「…確かに、『狙い通り』だな。お前をこの小屋におびき寄せたという意味ではな…」
『…何?』
しかし、組み敷かれた苗木は不敵に笑う。
「この植物庭園を管理してるのはさ、『超高校級の植物学者』の色葉田田田さんって人なんだ。あの人のことは嫌いじゃないんだけど、僕のスタンド能力のことを『神に最も近い力』とか持ち上げてくれちゃって、ちょっと大げさなところがあるんだよね…」
『何を…言っている?』
「その人が今やっている研究がね、『砂漠に南国の植物を生育できるようにする』っていうものなんだ。そしてこの小屋には、その研究に使う化学薬品や肥料なんかが保管されている…。さっきの『バーミキュライト』もその一つさ」
『貴様、さっきから何を…!?』
「…まだ気づかないのか?砂漠では水はすぐに蒸発してしまう。故に水をより多くの量『保水』する為の土壌が必要だ。そしてこの小屋には、その最たるものが存在している…!」
苗木は手にした薬ビンの蓋を開け、その中身の粉末を『フー・ファイターズ』にぶちまけた。その瞬間
『…!?ぐ、おあああああああああッ!!?』
『フー・ファイターズ』の肉体が突如ゼリー状の物質に覆われ始め、『フー・ファイターズ』自身も苦悶の叫びを上げる。
『こ、これはッ…、さっきより『吸い取られる』ッ!?おまけに、呼吸が…できないッ…!』
「…『高吸水性高分子ポリマー』って知っているか?生分解性のプラスチックの粉末なんだが、こいつは自重のおよそ200倍の水を吸収することができる。それだけでなく、水分を吸収することで膨張し、ゼリー状になって高い保水性を発揮するんだ。一般的には紙おむつだとか携帯トイレなんかに使われるものだけど、土に還るから砂漠の土壌改善にも役立つものなんだが…、今のお前にとっては地獄の苦しみの筈だ…!」
『ぎゃあああああ…ッ!!』
みるみるうちに体の水分を奪われ、その水分がゼリー状になることで『フー・ファイターズ』の体を覆うことでその肉体を密閉し、群生生命体である『フー・ファイターズ』の呼吸を阻害する。
『くっ…、は、やく…外に…ッ!』
このままでは持久戦どころでは無いため、一刻も早く水分を補給すべく『フー・ファイターズ』は小屋の外に飛び出す。…が、その行為は自殺行為であった。
『よ、よし…これで…!』
『フー・ファイターズ』が人工雨の中に躍り出た瞬間、
『…なッ!?』
体の表面の膨張したポリマーがその範囲を広げ、あっという間に『フー・ファイターズ』の7割近い表面を覆い尽くしてしまった。
『ば、馬鹿なッ!?』
「…無駄だ。さっきお前に吹っかけたビンの中には、300gのポリマーが入っていた。単純計算でその量のポリマーが吸収する水の量は60000ml…60ℓにも及ぶ。南国のスコールならともかく、この程度の降水量じゃあ上から降ってくる水はお前に届く前にポリマーに吸われてしまう。…『詰み』だ、『フー・ファイターズ』」
『ウギョアアアアアッ!!?』
断末魔の悲鳴と共に、水分を奪われ力を失った『フー・ファイターズ』の肉体が四散していく。まだポリマーの付着していない部位もあったが、四方を『バーミキュライト』と膨張したポリマーに囲まれたこの状況では逃げ場など無く、再生する前に苗木に叩き潰されるのは目に見えていた。
『い…嫌だ…ッ!こんなところで、何も『生きた証明』を残せぬまま死ぬなんて…嫌だッ!』
散り散りになり、500円玉程度の大きさになってしまった『フー・ファイターズ』。しかし、『フー・ファイターズ』はそれでも生きようと足掻く。自分を生み出した存在からすれば自分の事などただの『偶然の産物』でしかないのかもしれない。だが、『フー・ファイターズ』自身にとっては今の自分は『奇跡』に等しい存在なのである。故に、『フー・ファイターズ』は知性を得る以前より『生』に執着する。今の自分がこの地球上に存在する有象無象のプランクトンの一つではなく、『知性』を得た一つの『価値ある命』であることを証明するために。
(私は…まだ、死にたく…。助け…)
そんな『フー・ファイターズ』に苗木が歩み寄る。それを見た瞬間、『フー・ファイターズ』は己の死を確信する。
(…わたし、は…)
そして苗木の手が伸びて
『フー・ファイターズ』の意識は、暗闇の中へと堕ちて行った。
トプンッ!
『…ッ!?』
次の瞬間『フー・ファイターズ』が感じたのは、自分の周りが水で満たされた感覚。知性を得る以前から知っていた水中にいる感覚であった。
『プハァッ!』
驚いた『フー・ファイターズ』が水面に顔を出すと、自分は今水で満たされた青い容器…バケツの中にいることを理解した。
『な、何故私は…!?』
「…気が付いたみたいだね」
『ッ!』
ハッとなって見上げると、そこにはどこからか持って来たのか傘をさした苗木が穏やかな眼で自分を見つめていた。
『貴様が…助けたのか?一体何故…?』
「…勘違いするなよ。僕は何もお前を憐れんだ訳じゃあない。僕は、強い『信念』を持つ者に敬意を表している。例えその目的が邪なものあったり他人を害するようなものであったとしても、自分がやろうとしていることに『誇り』を持ち、その目的をなんとしても果たすという強い『覚悟』を持っている者達を、僕は敵味方関係なく尊敬する。何かを達成しようとする心は、その人にとっての『希望』に他ならないからだ。…お前は自分の『存在を守る』という強い一念を持って僕を倒そうとした。結果お前を倒すことになったけど、僕はお前のその強い『信念』に僕は尊敬の念を憶えた。だから僕は、お前のその『信念』に敬意を表しただけの事…そこに憐憫や情けなんて余地は入ってないよ」
『………』
「…とはいえ、僕とてお前に殺されてやるわけにはいかない。僕の命は諦めてくれ。…代わりと言っちゃなんだけど、お前が助かるお膳立てぐらいはするよ」
そう言って苗木は『G・E・R』を発現させ、一羽の鶏を生み出す。
「しばらくこの鶏の体に寄生してそこの鶏舎でやり過ごしてくれ。2、3日もすればお前に命令した奴も失敗したと思うだろう。ほとぼりが冷めたら適当なため池にでも移してあげるよ。…ただし、そこで他人に迷惑をかけるようならまた懲らしめにいくからな」
『……』
「じゃあな。僕はこれから後始末しなきゃならない、後でまた様子を見に来るよ。…と言っても、あのコンパネの修理だけは無理だよなァ…。今度不二咲君と左右田さんに機械関係のことでも習おうかな…」
『…待ってくれ!』
「ん?」
ぼやきながら遠ざかる苗木の背中を、『フー・ファイターズ』が呼び止める。
「どうした?」
『一つ、教えて欲しい…。私の行動は、間違っていたのだろうか?自身の存在の為とはいえ、他の存在を害するという行為は、間違っていたのだろうか?私には、その答えが分からない…』
『フー・ファイターズ』の問いに苗木は思わず眉を顰める。
「…う~ん、難しい質問をしてくれるね。そりゃあ常識的に考えればどんな理由があろうとも殺すのは良くない。そいつを殺さなくては自分が死ぬのならともかく、恩返しとはいえ他人を害するようなことは間違っているのかもしれないな」
『そうか…』
「…でも」
『?』
「君が生きたいと願った『意志』…、そして自分という存在に『誇り』を持って行動したという事実は、間違っていないと思う。少なくとも、僕は君を肯定するよ。君は生きてて良い、この世界で生きる大切な命なんだということは、僕が保証するよ。…と言っても、僕なんかがどうこう言った所で何かが変わる訳じゃあないけどね」
『…そう、か』
「…納得いかないかい?」
『いや、有難う。…よく分からないが、なんだかスッキリした気分だ。私は…生きてて良いのだな』
「ああ、そうさ」
『…なあ、頼みがあるのだ』
「頼み?」
『君に…ついて行かせて貰えないだろうか?』
「へ?」
『君は、一方的に襲った私を助けただけでなく、私の存在を認めてくれた。私は今、奴に生み出された時以上に君に恩を感じている。そして…君のその在り方を、『美しい』と思った。そしてできれば、君と同じ道を歩んでみたいと…。奴から聞いたが、君は人間の組織のリーダーなのだろう?ならば私を部下の一人に加えて欲しいのだ。無論、役に立たないと判断したなら切り捨てても構わんし、信用できないならそれでもいい。ただ私は、君の輝きを傍で見たい、君の進むべき道を切り開く手伝いがしたいのだ。…無理な頼みだとは思うが、聞き入れてもらえないだろうか?』
「……」
『フー・ファイターズ』の問いに、苗木はしばし考えた後ゆっくりと『フー・ファイターズ』に歩み寄り答える。
「…正直、君の事を信用しきった訳じゃあない。君が僕の命を狙ったのは事実だし、第一僕は君の事をまだよく知らない」
『……』
「…だから」
苗木は優しく『フー・ファイターズ』に手を差し伸べ語りかける。
「まずはさ、部下とかそういうのは後にして…『友達』になろうじゃないか。君が僕の事を知りたいように、僕も君の事を知りたいんだ。だから…僕と、『友達』になってくれないかな?」
『!…い、いいのか?私なんかが、君と…友人になっても?』
「勿論さ。例え種族が違おうとも、こうして言葉を交わし、思いを伝えられるなら誰とでも友達になれる。それが、僕の信じる『希望』だよ」
『希望…か。良い…言葉だな』
「そうだね。…じゃあよろしく、『フー・』…なんだか長ったらしいな」
『そ、そうか?』
「…ニックネームがてら、縮めて『F・F』でも良いかな?その方が呼びやすいし親しみが湧くよ」
『…いいな、ソレ。じゃあこれから私は『フー・ファイターズ』、『F・F』…好きなように呼んでくれ』
「ああ、よろしく『F・F』」
『よろしく頼む、苗木…』
差し出された苗木の手を、『F・F』がとる。
こうして、種族間を越えた友情が結ばれ、『フー・ファイターズ』こと『F・F』がパッショーネの一員になったのであった。
という訳でF・Fがパッショーネ入りです
今作の苗木君はDIOに似て上昇志向なので、自分に少しでも理があることならなんでも覚えようとします
そして彼は「天才」ではありませんが父親の遺伝で要領はすさまじく良いのでどんなことも「普通」にこなせます。
…こんな「普通」もアリですよね?