ダンガンロンパ~黄金の言霊~   作:マイン

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前話更新後、久しぶりにランキングにタイトルが載りました。楽しんでもらえたようで何よりです。

みんな闇堕ち好きスギィ!…僕も好きだけどぉ!けどハッピーエンド主義者なんで救済展開がないと若干鬱になるんだよね。なのでハンターハンターの「ゴンさん」は読んでて辛かった…。ゴンが報われねえ…





交錯編:風に還る愛

「…ッイヤッホォォォウッ!!エックストリィームッ!!」

 雪染が引き裂かれ地に落ちると同時に、江ノ島の興奮は絶頂を迎えた。

 

「いやー、最高のおしおきだったね!アタシがやったおしおきが『CERO:D』なら今のは『CERO:Z』余裕だね!…ああそうさ、希望と絶望は表裏一体…方向性が違うというだけで所詮本質は『同じ』。『目的もなく残虐なことができる』のが絶望なら、『目的の為ならどんな残虐なこともできる』のが希望…ましてそれが『超高校級の希望』ならこの結果は当然だったってことだね」

 恍惚の表情を浮かべながら江ノ島は眼下で雪染を睥睨する苗木をうっとりと見つめる。

 

「さて…あんだけキレてるアイツの怒りがこんなもんで治まるわけが無いと思うけど…流石にこれ以上はアイツらが黙って見てる訳ないよねー」

 江ノ島がちらりと霧切たちを見て、つまらなそうに呟く。

 

「…ま、暇つぶしにはなったからもういいかなー。アタシとしても、苗木には『希望』でいて貰わなきゃつまんないし。…んじゃ、ばれる前にズラかろうっと…」

 

 

 

ボギュッ!

 

「…あ?」

 腹部に感じた違和感に、江ノ島は一瞬ぽかんとし…次の瞬間凄まじい激痛と共に吐血した。

 

「ゲブッ!?う、ぐ…ッ!」

 その場に崩れ落ちた拍子にふと自分のお腹を見た江ノ島は、その痛みと吐血の理由を把握し…同時に、『背後』にいたそれを成した『犯人』の姿を見る。

 

 

「な…て、テメーは…!?なんで、ここにッ…」

 そいつの姿に見覚えは無かったが、江ノ島はそれが『誰の物』かは分かっていた。…故に、理解できない。

 江ノ島は苗木の『レクイエム』により、『必ず死に、すぐに生き返る』というスタンド攻撃を受け続けている。だが江ノ島は苗木の気まぐれと既に500回を超える死を経験したことで『必ず死ぬ』という条件さえ満たしていればある程度自分で『死因』を決めることができた。…しかしそんな江ノ島でも、『絶対に嫌な死に方』が一つだけ存在する。それは『今背後に居る存在に殺される』こと…つまり『今の状況』であった。故に江ノ島は観戦しつつも自分が把握している『そいつの能力』を分析し、そいつに殺されるぐらいならその前に自殺できるように計算していた。

 つまり今の状況は、自分の分析が『外れた』ということを意味していた。

 

「…無様だな、江ノ島盾子。かつては『超高校級の絶望』、人類悪とまで呼ばれた女がこのザマとはな…」

「テン…メェ…ッ!」

 やがて江ノ島の推測を証明するように現れた『そいつ』に、江ノ島は怒りと困惑の視線を向ける。

 

「どういう、こと…?テメエ、この『能力』は…!?」

「答える義務はない。どの道死ぬとは言え、貴様は再び蘇る。…貴様が表だって苗木誠に協力するとは思えんが、少なくとも貴様が『私の敵』である以上答えることに意味は無い」

「この…ゲボッ!」

 悪態をつく『フリ』をしながら、江ノ島は自分が受けた『攻撃』からその『能力』を分析する。

 

(この傷、この射程…明らかに『以前の奴』とは能力が変わっている…!だが、広瀬康一やカムクラみてーにスタンドが『別の形態』に変化したわけじゃあない…これは『スタンドそのものが変質している』…?だが、この能力はまさか…)

「…考えているようだな江ノ島盾子。その状態でなおも私の能力を『分析』しようとするとは流石だ。…だが、これ以上貴様に余計な時間を与えるつもりは無い。止めを刺させてもらうぞ…!」

 『そいつ』の指示を受け、先ほど江ノ島に攻撃した『それ』が再び拳を握り、今度は江ノ島の頭にそれを宛がう。

 

「いいか、我が『スタンド』よ。むやみやたらと殴る必要はない。そこを攻撃するならただ一撃…それで十分だ。それ以上は必要ない。…お前はまだ『未完成』、無駄な事に時間をかけるな…」

「…ッ!」

 まるで子供に言い聞かせるように自分の『スタンド』に呟いた『そいつ』の言葉、そして江ノ島の超分析能力が、寸でのところで江ノ島にその『能力の正体』だけでなく、『そいつの目的』すらも導き出させる。

 

(…まさか、コイツの『目的』は…ッ!?)

「安らかに死ぬがいい…Amen」

『ウシャアアアアアッ!』

 

(…苗木、コイツ…マジでヤバいよ。止めるんだったら、死ぬ気でやんな…!)

 

 

 

グチャッ…!

 

 

 

 

 

 

 

ビュォォォォォ…

 風の音が聞こえる。…否、それしか聞こえない。それほどまでに、その場は静まり返っていた。先ほどまで苛烈な勢いで襲い掛かって来たゾンビたちは、操っていた雪染に呼応するように動きを止め、姿こそ見えぬもののただその場に呆然と立ち尽くしていた。

 雪染ちさによって仕組まれ、未来機関の主要幹部全員を巻き込んだ未来機関本部で起きたコロシアイ。疑心暗鬼と幾重もの擦れ違いが互いを傷つけあったその結末は…苗木誠の『怒り』に触れた雪染が一方的に叩きのめされ、四散した肉体を地面にぶちまけられるという、呆気無いものであった。

 

「う…あ…」

「…惨い、な」

 辺りに散らばる『かつて雪染だったもの』に、忌村や御手洗、安藤や十六夜ですら呻き声しか出ない。このような死体に経験が無いわけではないが、目の前で知り合いが…しかも『素手』でバラバラにされる光景を見て、まともな思考などできる筈も無かった。

 

「…凄い。あんな豪快かつ残虐な殺人は初めて見た…『殺人』としては文句なく100点だ…!」

「ひ、聖原さん、そんなこと言ってる場合じゃ…」

「…だが、『今のあいつ』は、美しくない。…あれはもう『超高校級の希望』じゃあない。あれはただの…『怪物』だ」

「……」

 人間では不可能であろうその惨劇に聖原は興味を示しつつも、それを成した苗木の様子に苛立たしげにそう呟く。

 

「…あれは、本当に…苗木君なのか?」

「……」

 黄桜は親友に託された『希望』であり、同時に心の通じ合う酒飲み友達の筈の少年のその姿に思わずそう呟き、天願はその言葉に言葉もなくただ押し黙るだけであった。

 

「……ちさ」

「……ッ」

 宗方は雪染の名を叫んだ後呆然と絶句したままであり、逆蔵はそんな『愛する男』の姿と四散したかつての『友人であり恋敵』に、なにも言う事が出来ず、そんな自分のふがいなさからか力の限り拳を握りしめていた。

 

「…じょ、仗助君…。どうしようか?」

「どうするって…言われたってよぉ…」

 一方、仗助や十神達は別の意味で動けずにいた。状況こそ理解できているものの、どうすればいいのかが分からないのだ。元凶である雪染は倒されたが、手放しに喜べる状況ではない。かといって苗木に接触しようにも、あの暴れようから果たして苗木が今『正気』なのかも分からないため、近づきようが無かった。

 

 

 

「…あ、あ…」

「ッ!!」

 その沈黙を破ったのは、脇から下を失い胸像のような状態に成り果て、なおもまだ生きている雪染の呻き声であった。

 

「…まだ、息があったか」

 雪染を一瞥し冷たくそう言うと、苗木は雪染の方に向き直り歩き出す。

 

「苗木…ッ!?」

 背を向けた苗木を呼び止めようとした承太郎であったが、思わず息をのむ。

 

 その『男』の姿を唯一知る承太郎には見えていた。苗木の背中に重なって見える、自分が知る中で『最も恐ろしい男』の姿が。

 

 

 

「…『DIO』…?」

 背格好も服も、見た目から何一つ共通点など無い。しかし承太郎には今の苗木が、あのエジプトで自分や仲間たちに絶望的な力をみせつけた、苗木の父にしてジョースター一族の宿敵『DIO』に見えていたのである。

 そんな承太郎の心情に気づくことなく、苗木は雪染の傍に立つ。

 

「う…あ、私…ま、だ…」

「…まだ死ねないか?まだ自分の希望を諦められないか?…ああ、そうだろうさ。ここまでやったんだ、自分が死ぬ程度じゃあ諦められる訳ないよな。…だが、それでも僕はアンタを許さない。アンタの希望を、全てを否定し破壊する。それが僕からアンタへの『レクイエム』だ…!」

 傷口から波紋傷による煙を噴き出しながら、それでもなんとか動こうとする雪染を見下ろし、苗木は拳を握りしめる。

 

「コォォォォ…ッ!」

 呼吸によって生まれた波紋エネルギーが拳に伝わり、苗木の拳が山吹色の光を帯びる。同時に苗木の身体にも凄まじい負担と激痛が走るが、苗木は意に介さず雪染を睨む。

 

「…ッ!」

「これで最後だ…!拳から放つ最大パワーの『山吹色の波紋疾走』…この一撃で跡形もなく消し飛ばしてやる。アンタには何一つ残さない…アンタの計画も、これでエンドマークだ…ッ!」

 戦慄に目を見開く雪染に、苗木は彼女の頭に狙いを定め、拳に力を籠める。

 

「…ッ、ま…待て苗木君ッ!」

「苗木…ッ」

 天願達の制止にも耳を貸さず、拳を振り上げ、そして…

 

 

 

「サンライトイエロー…オーバードライブゥゥッ!!」

 

 

 

 

 

「駄目ェッ!!」

「ッ!!?」

 

ピタァッ…!

 雪染へと拳が振り下ろされるその時、二人の間に割って入った舞園に驚き、苗木は寸でのところで拳を踏み留める。

 

「さやかちゃん!?」

「舞園君…!?」

 いきなり飛び出した舞園の暴挙とも言ってもいいその行為に皆が驚くが、苗木はそれ以上に動揺していた。

 

「…何の真似ださやか、そこを退けッ!!」

「嫌ですッ!退きません!!」

「退けェッ!!そいつは、父さんと母さんの死を侮辱した!僕のせいで…巻き込まれて死んだ二人の死体を、こんな風にしやがって…絶対に許せるものかッ!!…二人が殺されたというだけなら、まだ僕は耐えられた。世界がこうなってしまった一端が僕にあるというのなら、僕の家族が巻き込まれることは分かり切っていた。例え誰が、どんな理由で母さんたちを手にかけたとしても、僕が救えなかった時点で結果は同じだったろう。だから僕は塔和モナカを殺さなかった。…だが、だからといって『死んだ後』にまで利用される謂れなど無い筈だッ!そんなことが、許されていい筈がない!!それは君だって同じ気持ちだろう!」

「…確かに、そうです。私も、雪染さんは許せません…!例え『愛する人の為』でも、その為に他の誰かの『愛する人』を犠牲にするやり方が、正しい筈がないことは…分かってます。けど…ッ」

「…いいから退けェ!!この復讐を成さなければ、僕は…」

 

「けどッ…!貴方がその復讐の『犠牲』になることを、どうして黙って見ていろって言うのよッ!!」

「ッ!?」

 涙ながらの妻の叫びに、苗木の心が揺らぐ。

 

「な、何を言って…僕が犠牲になるって、どういうことだよ?」

「決まってるでしょう…。おじさまとおばさまなら、貴方がこんな復讐で手を汚すことを望んでなんかいない。私だって分かることを、貴方が分からない筈がないでしょう?」

「…それは、そうかもしれない。けれど、これは僕のケジメの問題なんだ!この怒りを、憎しみを晴らさなければ、僕は前に進めない。この気持ちがある限り、僕はそこから先を見る事ができないんだ!」

「…誠君。…貴方がここで雪染さんに止めを刺して、その憎しみを晴らしたとして…貴方が進んだ先の『未来』に、貴方が望んだ『希望』は、本当にあるの…?」

「ッ!」

 舞園の問いかけに、苗木は返事に詰まる。苗木とて、己に立てた誓いを、江ノ島に対する誓いを忘れてはいない。『己の絶望を理解し、それを受け入れる強さを希望とする世界』…今の怒りと憎しみに支配されかけた自分が、果たしてそれを成すことができるかと考えた時…苗木はそれに自信をもって肯定することができなかった。

 

「今の貴方は、おじさまとおばさまの誇りを傷つけられた怒りで『本当の自分』を見失っている…。このまま雪染さんを完全に殺してしまえば、きっと貴方は…もう『本当のあなた』に戻れなくなってしまう。…あのコロシアイで一時の感情で自分を見失った私だから分かる。貴方が本当は、こんなことを望んでいないってことを…」

「…それ、は…」

「…誠君」

「!」

 振り返れば、霧切、朝日奈、戦刃も苗木の傍に来て、舞園と同じ瞳で見つめていた。

 

「誠…おじさんとおばさんのことは、私だって悲しいよ。二人を殺した塔和モナカも、その死体をあんな風にした雪染さんも、絶対に許すことなんてできない…。けど、それでも…もうこれ以上は駄目だよ。そんなの、誠らしくないよ!」

「復讐したい気持ちは、みんな同じ…。でも、もう十分だよ。これ以上…誠君が苦しみながら戦う姿を…私は、見たくない」

「誠君…。確かに雪染さんは許されないことをしたわ。その罪は、死を以てでしか償えないかもしれない。だからこそ、宗方さんも貴方を止めなかった。例え罪を犯したとしても、宗方さんにとって雪染さんは『愛した人』に違いないのに。…貴方はそんな宗方さんから、貴方が守ろうとした『想い出』すらも奪うつもりなの?」

「…ッ」

 苗木はふと宗方に視線を向ける。宗方もまた、雪染が許されざる罪を犯したことは理解している。もし苗木が雪染を殺さなかったとしても、きっと宗方自身の手でけじめをつけていただろう。…だが、それはあくまで『希望』の為でなければならない。雪染が犯した絶望を、彼女の歪んだ希望を『正しい希望』によって決着をつけてこそ、宗方は彼女の『想い出』を胸に立ち直れるだろう。

しかし、それが今の苗木による『純粋な怒りによる暴力』によって成されたとすれば、宗方はきっと雪染ちさとの『想い出そのもの』をタブーとし、固く封じ込め忘れ去ろうとしてしまうかもしれない。ここで起きた全ての事を、自身の希望を惑わせた、『泡沫の悪夢』と思い込んで。

 

 

「貴方の怒りを、苦しみを、憎しみを…貴方一人で背負わないで…!貴方は一人じゃない、私たちが…皆が傍に居るのよ。だから…もう、いいでしょう?これ以上、自分の心を傷つけないで…どんなに憎くても、宗方さんの『希望』を傷つけないで…。貴方は、誠君は…『誠君のまま』でいて。自分の希望を、見失わないで…お願いします、お願いします…ッ!」

「…ッ!!」

 舞園の懇願に、苗木は顔を伏せギリギリと歯を食いしばり…やがて、溜め込んだ心を解き放つように叫ぶ。

 

「う、あ…あああああああああああああッッ!!!!」

 叫びながら苗木は雪染に向ける筈だった拳を再び振り上げ

 

 

「…あ゛ああッ!!」

 

 

ゴンッ!!

「ッ!?」

 

 『自分の額』に力の限り叩きつけた。

 

 

ブシュゥッ…!

 額が割れ、苗木の顔から血が噴き出す。踏み止まった際に波紋を止めたためそれ以上のダメージはないものの、見ていて痛々しい光景には間違いない。

 しかし、それを見ていた皆はその行為に『安心感』を感じていた。…なぜなら、コロシアイが起きる前の顔合わせの時に、頭に血が上ってキレる寸前だった苗木が自ら頭を冷やす為に、同じように自らの頭をぶん殴ったのだから。

 

ポタポタ…ポタ…

 

 

 

 

「…何を、やってるんだろうな…僕は…」

 額から血を滴らせながら、苗木は自虐的にそう呟く。…そこにはもう、先ほどまでの狂気じみた怒りの色は見られなかった。流れ出る血に比例するように、苗木の瞳と髪からも鮮血のような赤が抜け、黄金の輝きへと戻っていく。

 

「誠…君?」

「あれだけ、新月君に『憎しみだけで誰かを傷つけてはいけない』って、『その先には何も残らない』って、偉そうに説教しておきながら…僕自身がこの始末じゃあ、父親失格だよ…」

「誠…!」

「…皆、ありがとう。僕を止めてくれて…そして、ごめん。僕はまた、一人で終わらせようとしてしまった…。ブチャラティに誓った希望も、江ノ島さんとの約束も、全部放り出して、暴れて…また、君達を悲しませてしまった」

「…ッ!」

 

ガバッ!

 自己嫌悪と悔しさに身を震わせる苗木の胸に、舞園が飛び込むように抱き着く。自分が恋し、憧れた太陽のような暖かさを持つ苗木が、死体の様に冷え切っていくのを、自らの身体で温めるように。

 

「いいんですッ…!もう、いいから…誠君がここにいるだけで、私は十分ですから…!だから…もう、一人にしないで…一人にならないで…。貴方が信じる希望を、私を救ってくれた希望を…失くさないで。それだけでいいから…ッ!」

「…さやか」

 さめざめと泣く舞園を、苗木はただ抱きしめる事しかできなかった。それ以上、彼女に対して返せることが思いつかなかったからだ。その姿に、霧切たちも胸をなでおろしていた。

 

 

 

「…っはは…。ダメ、だよぉ…女の子を、泣かせちゃあ…さ…」

「!」

 背後から聞こえた弱弱しい声に振り向けば、そこには未だ地に伏せたままの雪染。

 

スッ…

 無意識の内に舞園たちを庇うように前に出る苗木。その背に舞園達は一瞬不安そうな表情になるも、僅かに視えた苗木の横顔を見て、黙って見送る。

 

 

「…まだ話せますか?」

「なんとか…ね。そろそろ…しんどくなってきたけどね…」

「お互い、醜態を晒しましたね…。これじゃ貴女の事を一概に責められませんね」

「…ん、ふふ…。そうだね、本当に…恰好、悪いや。こんな姿…『皆』には、見せられないなぁ…」

 目を瞑った雪染の瞼の裏に、自分の教え子たち…『77期生』の皆の姿が浮かぶ。かつての自分にとって宗方と同じぐらい大切な存在であり、同時に自身の手によって壊してしまった、彼らの事を。

 

「…ごめんね、皆…!皆は悪くないのに、皆には関係ないのに…私が弱いばっかりに皆を巻き込んで、…やり直せたかもしれないのに、私の都合で見捨てて…ごめんね…ッ!」

「…雪染さん」

 雪染は、『後悔』していた。宗方の為に起こしたこのコロシアイ、それ自体は雪染に後悔は無い。…ただ、一時的であれど『正気』に戻った雪染には、変わり果てた教え子たちを『救う』という選択肢があった筈だった。その一点に関してなら、苗木と協力することもできた筈だった。…その選択を放棄し、彼らを見捨てたのは雪染自身だ。そのことだけは、どうしても捨てきれぬ『しこり』として雪染の中に残っていた。

 

ボロボロ…

「あ…もっと、沢山…謝らないと駄目なんだろうけど、もう…時間が、ないみたいだね…」

「……」

 ふと腕を上げた拍子に崩れ落ちた右腕を見て、雪染は己の最期を悟る。…既に苗木の波紋は、雪染に致命のダメージを与えていた。

 

「…ねえ、苗木君。最後に…京助と、話をさせてくれないかな?…京助が嫌なら、仕方ないけどさ…」

「…はい。…宗方さん!雪染さんが、呼んでます」

「ッ!」

 雪染の頼みを聞き入れた苗木の呼び声に宗方は目を見開き、やがて無言のまま立ち上がるとゆっくりと雪染の元に歩き出す。

 

「宗方!」

「…心配するな、逆蔵。これが、俺の『役目』だ…」

「…ああ、そうだな。行って来いよ、宗方」

「ああ…!」

 逆蔵に見送られた宗方は迷いなく歩を進め、苗木達に道を譲られ…やがて雪染のすぐ傍にまでつき、その場にしゃがむ。

 

「…雪染」

「…きょう、すけ」

「何故…ここまでした?俺は確かに、苗木を羨み、嫉妬した。…だが、『苗木の力』を欲したことは一度も無い。苗木の力は、あくまで苗木自身が掴んだもの。力の有る無しに思うところが有っても、苗木の力そのものを奪うことなど、例え手段があったとしても俺は決してしない。…それはお前だって、分かっていた筈じゃあないのか…?」

「…うん。分かってたよ、京助が…そんなこと望まないことぐらい。無理やり奪った力を…しかも苗木君の力を貰っても、京助が喜ばないことぐらいね…」

「ならば何故ッ…!」

「決まってる、でしょ…。好きな人が、愛している人が『ヒーロー』になるところを…『見たかったから』だよ。恋する乙女なら…誰だって、そう思ってるもの…」

「…ッ!」

 雪染の望みは、結局のところそこに尽きた。半分残った絶望により歪み、制御しきれない強大な力に酔いしれ暴走したが、雪染の望みはただ一つ…愛する宗方に、誰からも認められる『希望』になって貰いたかった。例え宗方がそれを望まなくとも、拒絶されたとしても…希望の為、世界の為に尽力し、身も心も削る宗方に報われて欲しかったのである。そしてそれを見届けたかった…自分の命が果てる前に。

 

「…フッ…滑稽な話だな…。お前は俺の為に、俺はお前の為に戦った。その結果がこのザマだ…俺達はお互い、度し難い朴念仁だったようだな」

「本当だね…。これじゃ、相性がいいのか悪かったのか…分からないよ…アハハ…」

「フハハ…」

「…でも、京助。これだけは…言わせて」

「…?」

「私は…京助と出逢えて、良かったよ。貴方と巡りあって、貴方を好きになって…貴方の為に死ぬことができた今までに、後悔なんか…これっぽっちもないんだよ…!」

「…ッ!!…ああ、俺もだ…ちさ。例えお前が絶望であろうと、人でなくなったとしても…俺は、お前を愛している。この想いだけは、決して忘れたりなどしない。約束する…ッ!」

「…いい、の?私なんかを、愛してくれて…。私が、貴方の『心の中』にいても、いいの…?」

「当たり前だ…!俺はもう二度と、お前を…『手放さない』。愛している、ちさ」

「…え、へへ…やっと、『ちさ』って…呼んでくれた、ね…」

 にへらと笑う雪染に宗方は困ったような笑みを浮かべる。…それを後ろから見ていた逆蔵は強烈な『デジャヴ』を感じた。その光景は自分にとって酷く見慣れたもの…希望ヶ峰学園で友人として、そして同志として日々を過ごした中で何度も見た光景だったからだ。

 

「逆蔵君…ごめんね。『3人で』って、約束してたけど…私、ここで足抜けみたい…。ちょっと残念だけど、京助のこと…お願い、ね?」

「…ああ、任せろ。お前が居なくても、俺が宗方を守るさ。…お前の代わりに成れるかは、分からねえけどな」

「うん…お願いね…」

 逆蔵にそう告げると同時に、雪染の身体が端から砂の様に崩れ出す。

 

「…ちさッ!」

「いい、の…きょう、すけ…。これが、わたしの…ばつ、だから…」

「…ッ!」

「ね…さいごに、みみ…かして…?」

「…?ああ…」

 言われるがまま宗方が雪染の口元に顔を近づけると…

 

 

 

 

…チュッ

「ッ!?」

 宗方が顔を動かす前に、最期の力を振り絞った雪染が宗方の唇を奪う。

 

「お前…」

「えへ…さいごの、おもいで…ていうか、『マーキング』…?これできょうすけは、ずっと…ずー…っと…わたしの、もの…♡」

「…ああ、そうだ。俺の心は未来永劫、お前の物だ…!お前は俺の『希望』だ、ちさ…ッ!」

 

「ん……きょう、す…け……あい…して、る…」

 

 その言葉を最期に、雪染の身体は塵となり、潮風に吹かれ霧散していった。

 

「ち…さ…ッ!」

「…宗方」

「…ッ、く、う…ッ!」

 風となった恋人を見送った宗方は、未だ彼女の余韻の残る唇に触れ…やがて絞り出すように彼女の名を呼ぶ。逆蔵はそんな宗方の傍に来ると宗方に黙って自分の肩を貸し、宗方はそこで堰を切ったように涙を流す。

 

 その後ろ姿を見ていた麻野が、ふと隣の聖原に語りかける。

 

「…聖原さん。こんなこと言うの変かもしれないですけど、私…雪染さんの気持ち、ちょっとだけ分かるかもしれません」

「ん…?」

「私は、聖原さんが『キラーキラー』…殺人鬼であることは分かっています。殺人鬼を殺す殺人鬼…悪い人しか殺さないからといって、それが許されることではないことも分かってます。…けど、それでも…私は、聖原さんに『幸せ』になって欲しいと思ってます。聖原さんは殺人鬼ですけど、『悪い人』じゃないですから。だから…聖原さんがもし『幸せ』になれるのなら、私も…雪染さんほどじゃないけど、なにかをしようと…そう考えたかもしれないですから」

「……」

 

ギュッ

 感慨深そうにそう言った麻野を、聖原は黙って抱きしめる。

 

「ひ、聖原さん…!?」

「…お前は、今のままでいい。俺なんかの為に、自分の身の丈に合わないようなことをするな」

「…でも…ッ!」

「麻野。俺は『死』に美しさを見出したから、殺人鬼に…『キラーキラー』になった。…だが、お前のような奴が『自分を殺して』何かをしようとするのを、俺は美しいとは思わない。お前は、お前のままで良い。マヌケで、ドジで、そそっかしくて…それでも、俺を信じてくれるお前は、何よりも美しい…俺は、そう思っている」

「…はい」

 

 

「…やれやれ。またこの年寄りより先に逝きおって…」

 一部始終を見送った天願が愚痴る様にそう呟いていると…

 

…フッ

「…ッ!?これは…」

 突如皆の周囲に、無数の『死体』が姿を現す。雪染が消滅したことで『リンプ・ビズキット』の能力も消え、ゾンビ化から解放された死体の透明化が解かれたのだ。

 

「うへぇ…とんでもねえ数だな。まだ腐っちゃいねーからそうでもねーけど、こりゃほっといたら臭いとかヤバそうだな…」

 ざっと見る限り『1000人』近いであろうその死体の数に仗助が思わずそんな言葉を漏らす。

 

「臭いもだが、このままでは伝染病の温床にもなる。…彼らの供養の為にも、早く本土から応援を呼ぶ必要があるな」

「ああ…だが、その前にまだ『やること』があるだろう?」

「やることって…何?もう全部終わったんじゃあ…」

「…いいえ。まだです、まだ『一番大事な奴』が残っています…!」

 未だ緊張を解かない十神達に怪訝そうな顔をする御手洗に、霧切から上着を借りた苗木が答える。

 

「まだ私たちには、倒すべき『敵』が残っているわ。…江ノ島さんを煽り、塔和モナカを利用し、雪染さんを焚き付けた張本人。そして、この島のどこかに潜んでいる『あの男』が…!」

「…エンリコ・プッチ…!」

 その男の名を呼ぶと共に、苗木達は『管制塔』に顔を向ける。

 

「あそこにはウェザーっちが先に向かった筈だべ。…けど、そのウェザーっちのスタンドはついさっき急に止まっちまった…」

「奴を倒したのか、それとも…どの道、まだあれから『10分』も経っていない。奴はまだあの管制塔の中に居る筈だ」

「…うん、その筈なんだけど…」

「どうしたの誠君?」

 苗木は複雑な表情で自分の首筋の『星形の痣』に手をやる。

 

「奴の『気配』は間違いなく感じる。奴はまだこの島に居るのは確かだ。…だけど、なんていうか…『ぼやけている』というか、ハッキリとした位置までは分からないんだ」

「…生命エネルギーを探ってみてもか?」

「はい。…こんなこと初めて…いや、前にもこんなことが…。そうだ、この感覚はまるで…『ディアボロと混ざっている時の江ノ島さん』のような…」

 

 

 

 

 

 その時だった。

 

 

ズッ…

「ッ!?」

 突如苗木の周囲が『影』がかかったように暗くなる。苗木が思わず顔を上げると、上から何かが『落ちて』きていた。

 

「なんだ…!?」

「…『G・E・R』!」

 苗木は地面に落ちる前に『G・E・R』を飛ばし、それを受け止め…

 

 

「…なッ…!?」

瞬間、スタンドの『目越し』にみたその正体に目を見開く。

 

 

 

 

「…そんな、……『ウェザー』ッ!!」

 落ちてきた物体は、『あばら骨が外側に突き出た』ウェザーの…無残な亡骸であった。

 

 

 そして、その衝撃が皆に伝わる前に…『異変』は起きた。

 

 

 

 

 

フワッ…!

 

「…え?」

 いきなり視界が『上がった』ことに、朝日奈がポカンとしてそんな声をだし…直後、自分の『現状』に気づく。

 

「な…なんだべコレェッ!?お、俺の身体がッ…」

「身体が…違う、私たちだけじゃない!この辺りの物全てが…『浮き上がっている』ッ!?」

 朝日奈だけではない。葉隠も、霧切も…その場にいる全員だけでなく、倒れていた『死体』や『瓦礫』に至るまでの全てが、『宙に浮きあがっていた』。

 

「こ、これは一体…ッ!?」

「きゃああああッ!ヨイちゃぁんッ!!」

「流流歌ッ…!」

「なッ…み、皆ッ!!」

「ま、誠く…って、あれ…?」

「苗木だけ…『なんともねえ』だと?」

 そんな中、唯一『苗木だけ』がその現象の影響を受けることなく地面に足をつけて立っていた。その事実が、勘のいい面々にその現象の『正体』を知らしめる。

 

「苗木だけ無事…ということは、これは何者かからの『攻撃』…!つまりこれは『スタンド能力』だッ!俺達はスタンド攻撃を受けているッ!!」

「『物体浮遊』か、『それ以上の何か』なのか…能力の正体までは分からないけれど、少なくともこの場に居るスタンド使いの中に、そんな能力の持ち主はいない…ッ!」

「…ならば、こんなこととやらかすような奴など、『一人』しかいないッ!」

 承太郎が、霧切が、十神が言葉を繋ぎ、苗木が己の『直感』の示した方向…先ほどまで江ノ島が居た瓦礫の山(今は瓦礫が浮き上がって壁の様になっている)の方を向き、その名を叫ぶ。

 

 

 

 

「…エンリコ・プッチッ!!」

 

 

ザッ…

キシュ、キシュ…!

 その叫びに観念したように、浮き上がった瓦礫の向こうから左腕の『義手』を鳴らしてそいつは現れる。

 

「また会ったな、苗木誠。…これ以上、私とDIOの『天国』への過程の邪魔はさせん。この場でお前を止める…私の『希望』の為にな…ッ!」

 姿を現した全ての『元凶』となった男、『エンリコ・プッチ』は迷いなき目で宣戦布告をするのであった。

 

 

 

 

 

 

 夜明けはもう、すぐそこまで来ていた。

 




キャラが多いと話す段取りを考えるのが難しい…。特に文だけだと口調に特徴がないと誰喋ってんのか分からないんだよね。…「削る」か。…冗談だよ、冗談…フフ…



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