じれったいかもしれませんが我慢してくださいな
ピンポンパンポーン
『次は、杜王町~、杜王町~。お出口は、右側のドアになっております…。』
プシーッ…
「…着きましたね!」
「そうね…」
S駅から乗り換えて普通電車に揺られること十数分、M県最大の都市であるS市よりほど近いその町に、苗木達はやって来た。
「ここが杜王町、か」
総人口59万人弱、町花は福寿草、名産品は牛タンの味噌漬け。もともと歴史は古いもののこぢんまりとした町であったがS市の発展によりによって近年大きくなった模範的なベッドタウン。それが杜王町であった。
「…もうすこし田舎を予想していたんだけど、思っていたより大きな町ね」
「綺麗なところですねェ~!」
駅から降り立った苗木達は目の前の街並みを見てそんな感想を言い合う。
「…では皆様、私はこれにて」
「え?でも私たちこれからどこに行ったらいいか…」
「ご心配なく。駐車場にて迎えの車を手配していますのでそちらに向かってください。一応私はお帰りの日までこの駅に滞在していますので何かあったらお手持ちの財団の連絡用携帯でご連絡ください」
「…分かりました。ご苦労様です」
「では皆さん、良い一日を…」
財団の職員に別れを告げ、一行は指定された駐車場へと向かう。やがて目的の場所へと辿りつくと、そこには思いがけない人物が待っていた。
「…あ!来た来た、おーい苗木君!」
「…康一さん!?」
駐車場の一角にでんと鎮座したリムジンの前に立っていたのは、苗木がイタリアにいた時に承太郎と共にやってきた広瀬康一であった。今回は以前会った時のようなラフな格好ではなく、びしっと着込んだスーツとSPW財団のロゴが入ったキャップをかぶっている。
「…知り合い?」
「うん、以前面識があってね。ほら、こないだ話した杜王町の知り合いってのがこの人だよ。…お久しぶりです、康一さん」
「うん、久しぶりだね。…ところで、そのお二人は?」
「ああ、彼女たちは行きがけ上一緒に来ることになった人たちで…」
「初めまして!舞園さやかです!」
「霧切響子です」
「よろしく!…ん?舞園さやかって…まさかアイドルの!?」
「あ!ご存知でしたか!?」
「もちろんだよ!僕ファンなんだ!…不躾で悪いんだけど、後でサイン貰ってもいいかな?多分待ち合わせ先の友達も欲しがると思うんだけど…」
「はい!もちろんです!」
「やったぁ!…しかし苗木君、舞園さやかさんに加えてこんな可愛い子まで一緒に連れてくるなんて、なかなか隅におけないねぇ~!」
「…からかわないでくださいよ康一さん。大体彼女がいるんでしょう?そんなデレデレしてたら駄目ですよ」
「…だ、大丈夫だよ、バレなければ…。と、とにかく乗ってもらっていいかな、皆もう向こうにいるからさ!」
彼女の話になった途端露骨に顔を青くした康一に促され、苗木達はリムジンに乗り込み目的地へと向かった。
「…へえ、広瀬さんって彼女がいるんですか。どんな人なんです?」
「ん~、雰囲気は多分霧切さんに近いと思うけど…なんていうか、愛情表現が少し変わってるっていうか過激っていうか…」
「…へ、へえ…そうなんですか…」
「まあそう言うところも含めて僕は由香子さんのことを愛してるんだけどね」
「…なんだか素敵ですね、お二人の関係。少し憧れますね、そういうのに」
「はは、ありがと」
車内でそんな会話を交わしている内に、車は目的の場所へと辿りつく。
「…到着しました」
「あ、ご苦労様です!さあ皆行こうか」
「「「はい」」」
車から降りた一行の前に在ったのは、一軒の小さなレストランであった。
「『トラットリア トラサルディー』…?もしかしてお話にあったイタリア料理のお店ですか?」
「うん、実はここの店長もスタンド使いでね、僕らもよく食べに来てたりしてるから顔馴染なんだ。だからこういう集まりの時はここの方が都合がいいかと思ってね。…さ、中に入って!」
『本日貸切』と書かれた看板の掛かったドアを開けると、ちょうど教室程度の広さの店内にテーブルと椅子が置いてあり、、そこには十数人の男女が座っていた。
「お!やっと来たか康一ィ~!」
「お待たせ、苗木君を連れてきたよ!…あと、若干予定外のお客さんもいるんだけど…」
「ああん?客ぅ~?」
「…っておい!そっちの髪の長い女の子ってもしかして…アイドルの舞園さやかちゃんじゃあねーかッ!!」
「(ピクッ)」
「へえ…、アイドルに会うのは初めてだな。成程、今どきの若者はこういう女の子が好みなのか、漫画の参考にさせてもらおう」
「ほっほう!最近のアイドルは凄いのぉ~!まるで人形みたいじゃのう!」
「おおおおおっ!?良く見りゃその隣の娘もクールビーティで激マブじゃあねーか!」
「…なんかドキドキしてきた俺」
「…やれやれ、アイドルに学園長のご息女とはまた随分と大層なゲストを連れてきたものだな」
「ハハハ…、スイマセン、なんか…。とりあえず、お久しぶりです、承太郎さん。…それから初めまして、ジョセフ・ジョースターさん。そして杜王町の皆さん。僕の名前は苗木誠です」
ハイテンションな先客たちに呆気にとられる舞園と霧切を尻目に、苗木は承太郎とジョセフ、杜王町のスタンド使い達に向けて挨拶をするのであった。
急遽舞園と霧切の分の席を用意し、康一を含めた4人を加えて会合が始まった。
「…とりあえず、自己紹介からしとくべきッスかねぇ~。俺は東方仗助、今は警官目指してSPW財団の手伝いしながら勉強中ッス」
「んじゃ次は俺だな。虹村億泰!仗助と康一のダチだ。俺はちゃんとしたSPW財団の職員なんでそこんとこよろしく!」
「噴上裕也だ。今は康一と同じS市の大学に通ってる。好きなものは女の子、美人だろーとブスだろーと大歓迎なんで!」
「…岸部露伴、漫画家だ。今は週刊少年ジャンプで『ピンクダークの少年』を連載している」
「…山岸由香子です。康一くん『の』彼女です…!」
「ワシはジョセフ・ジョースターじゃ。そっちの承太郎の祖父でそこの仗助の父親じゃ。…それとこの子はワシの義理の娘の静じゃ」
「こ、小林玉美ですッ!」
「は、間田敏和ですッ!」
「私は支倉未起隆と言います。…表向きは、ですが」
「…おっと、間に合いましたカ。私、トニオ・トラサルディーと申しマス。このトラットリア(大衆向けの小さなレストラン。日本でいう食堂のような物)の店長兼オーナーシェフをやっていマス。どうぞお気軽にトニオと呼んで下サイ」
「空条承太郎だ。SPW財団の『超自然現象』部門の部長職に就いている。今回の会合の主催者でもある。…よろしく頼む」
「……舞園さやか、です。アイドルをやっています…」
「…霧切響子。探偵よ」
「まあ他にも呼んどきたい奴もいたんスけど、ここに来れなかったり学校だったりなんで都合つかなかったんで、…とりあえずよろしくッス!」
「「よ、よろしく…」」
色々と無視できない人物の名前やワードがちらほら混ざっていることについて行けきれず、二人はポカンとしたまま自己紹介を終える。
「…大丈夫、二人とも?」
「あ、平気ですよ。…なんとか」
「…スタンド使いばかりと聞いていたから一般人ばかりではない思ってはいたけれど、…日本を代表する漫画家に世界有数の不動産王までいるとは流石に予想外だったわ…」
「おや、女性なのに僕のことを知っているとは珍しいね」
「…残念ですけど以前事件資料として作品に一部を閲覧しただけです」
「あ、でも山田君が『ピンクダークの少年』が大好きだったっけ」
「山田…、聞いたことがあるな、最近有名になった若手同人作家だったか。…まあ僕としては同人作家なんぞ眼中にないけどファンだというなら今度会ってみたいものだな」
「ほっほっほ。御嬢さん方まあそう緊張せんでもよいぞ。見た所御嬢さん方はスタンド使いではないみたいじゃから確かに話についていけんかもしれんが、まあ気楽にしていればよいよ」
「はあ…」
「…では私はお料理をもってきマス」
「おっ!待ってました!今日も楽しみにしてるっすよぉ~!」
「…皆さん、少しいいでしょうか?」
会話が落ち着いたところを見計らって、苗木が全員に向かって問いかける。
「…どうした苗木君?」
「…この場を借りて、皆さんに聞いてもらいたいことがあるんです」
苗木は先日起きたラバーソールと狛枝の事を含めた『ホワイトスネイク』に関する事件の全容と、狛枝と七海のスタンドを手に入れた経緯について話した。その話にて『法王の緑』と花京院の話で最も反応したのはやはりジョセフと承太郎、そして『キラークイーン』と『振り返ってはいけない小道』のことではその場の全員が驚きの表情を見せた。
「は、『法王の緑』じゃとッ!?」
「しかも花京院の人格を持っているだと…!?」
「それだけじゃあねーッスよ…!まさか『キラークイーン』が、あのクソッタレの『吉良吉影』のスタンドをその狛枝って奴が持っているだなんて…ッ!!」
「まさかあの時の子がそうだったなんて…」
「…正直よぉ~、その花京院って人みてーに本体が乗り移っていないだけマシだけどよぉ~、…それでも俺たちにとっちゃあ信じられねえことだぜぇ~。隼人の奴を呼ばなくて正解だったなぁ~」
先ほどまでの陽気な雰囲気から一転、脂汗を滲ませ緊張感を帯びた雰囲気となった店内で、苗木達は皆の反応を伺う。
「…しかし、その狛枝って奴はあの小道で『声』を聴いたって言ってるんだよな」
「あ、はい。確か、『もうこの道に来る人が増えてはいけない』って言ってましたけど…」
「…露伴先生、もしかして…」
「…かもしれないな。まったく、成仏してもお節介な人だな…」
「……ま、なんにしてもよ、別に『吉良吉影』が生き返ったわけじゃあねーんだからそこまで慌てるこたぁねーんじゃあねーか?」
「そうよ、その狛枝って子ももう悪い奴じゃあなくなったんでしょ?だったら大丈夫じゃあない」
「むしろこういう経験をしたことで正しいスタンドの扱い方を考えるようになるかもしれません。僕はその『キラークイーン』とやらを見たことがないので何とも言えませんが、それほど強いスタンドならば味方になればその分頼もしい戦力になるのではないでしょうか?」
「…ああ、『ハイエロファント』にしろ『キラークイーン』にしろ強力なスタンドであることは確かだ。特に『ハイエロファント』の方には元々の持ち主である花京院の意志が存在している。苗木君もいることだし、とりあえずは大丈夫だろう」
「肉の芽の事も気がかりじゃが、希望ヶ峰学園には日向君もおる。万が一吸血鬼の生き残りがいたとしても彼なら楽勝で倒せるじゃろう。…じゃがそれよりも気になるのは…」
「『ホワイトスネイク』…ですよね?」
「ああ…、言動からしてDIOの関係者らしいことは分かったが、行動から奴の目的が全く掴めん。一体なにを企んでいるのだ…」
得体の知れない敵の存在に皆深刻な顔で考え込んでいると、ふと厨房から良い匂いが漂ってくる。
「お待たせしまシタ。普段はパーティ料理は出していないのであまり凝ったものはできませんでしたが、ピッツアといくつか摘まめるような料理をご用意させていただきまシタ」
「おおっ!今日もうまそうっすねぇ~!」
厨房から現れたトニオが押してきた台車には、マルガリータを始めとしたピッツアと取り分け易いラビオリなどの大皿料理の数々が乗っており、テーブルに上がる度に誰かの涎を飲み込む音が鳴る。
「…私には難しいことはよく分からないのですが、空腹のときに大事なことを話し合ってもベストな結論が出た試しはありまセン。お節介かもしれませんが、ここはまずお腹を満たしてからまた考え合ってはいかがでショウカ?」
「おう!そうだぜぇ!だから早いとこ喰っちまおうぜぇ~!俺腹減ってよぉ~」
「…億泰おめえよぉ~。まあ俺も腹減ってるし、トニオさんの言うことも最もだとは思うけどよぉ~」
「…そうだな。出来立てのピザをわざわざ冷めてから喰うのもアホらしいしな」
「冷めたピッツアはマズイからのぉ~。ほれほれ、御嬢さん方もどんどん食べなされ。ここの飯は格別うまいぞぉ~!」
「は、はい!」
「…では頂きます」
「ハハ…、じゃ僕も、頂きます」
和気あいあいとした雰囲気の中、皆は思い思いの料理を皿に取り食事を楽しみ始めた。
ンまぁぁぁぁぁぁぁいッ!!!!
「~っくはぁ~ッ!!喰った喰ったぁー!貧乏学生には嬉しい限りだぜぇ~!」
「あれ?噴上君って仕送り結構もらってるって聞いたけど…」
「あ?んなもんデートの為に使い切ってるに決まってんだろォ~」
「ケッ、いいよなお前らはよぉ。こちとらヤクザの下っ端に極貧浪人生だぜぇ~。食いだめに忙しいったらありゃしねえ」
「…やめてくれよ、余計惨めになるだけだって」
「このパリッとしたピッツアの生地の触感、そしてこのもっちりしたラビオリに絡んでる辛いソース…『アラビアータ』っつったかなぁ~、舌が溶岩の上でタップダンスしてんじゃあねーかってぐれえ辛いんだけどよぉ~!気が付いたら次のパスタがクチん中入ってんだよぉ~!まるで味の阿鼻地獄だぁ~!ンまぁぁぁいッ!!」
「…億泰何時まで喰ってんだよ」
「やっぱりこの味はなかなか盗めないわね。無理を言ってバイトさせてもらってるんだからもっともっと観察しないと…」
「いえイエ。私の目から見ても由香子サンの腕は大したものですヨ。卒業するころには私と遜色ないぐらいの腕前になっていますヨ」
「そうだよ!由香子さんの料理はホントにおいしいんだからもっと自信持ってよ」
「…ありがとう康一くん」
「…おいジジイ飲み過ぎだぞ」
「構うもんかい!スージーQがおらんこの時ぐらい思いっきり飲ませんかい!」
「…静、帰ったらお婆ちゃんに報告しておくんだぞ」
「…(コク)」
あっという間に楽しい会食の時間は過ぎ、目の前で楽しそうに談笑する杜王町の面々を苗木達は穏やかな目で見つめていた。
「…霧切さん、舞園さん、どうだった?」
「…え?…あ、すっごくおいしかったです!」
「…同感ね。正直あまり期待はしていなかったんだけど、学園の学食よりおいしかったかもしれないわ」
「アハハ…、花村さんが聞いたら嫉妬しちゃうかもね」
ほんわかとした笑顔で話しかけてくる苗木の姿は、普段の学校でのお人よしなものとも闘っているときの冷酷なものとも異なる物で、それを見た二人の顔も思わず微笑んでいた。
「…それで苗木君、今日の宿泊先なんだが…」
「あ、そうか。今日泊まることになってたんですよね。…舞園さんと霧切さんはどうする…」
「大丈夫です!明日もスケジュール開けときましたから!」
「私の方も問題はないわ」
「…とのことなんですけど、いいですか?」
「問題ない。どうせジジイを泊めるために杜王グランドホテルのスイートとその下の階層を貸切にしている。部屋の一つや二ついくらでも空いているだろう」
「また派手にやりますね…」
「まあジョースターさんの立場を考えればこれぐらい当然だけどね。仗助君の家に泊めるわけにはいかないだろうし…」
「お袋がなにするか分かったもんじゃあねーからなあ」
「…さて、そろそろお開きといこうか」
承太郎の一声により、楽しい会食の時間は終わりを告げた。噴上や未起隆、玉美、間田は一足先に帰っていき、露伴も舞園や霧切への取材を済ませると足早に自宅へと戻っていった。苗木達も、トニオと後片付けの手伝いの為に残る由香子を店に残し承太郎たちと共に店を後にする。
「…それで、このままホテルに行くんですか?」
「いや、その前に行くところがある」
「行くところ…?」
「…それなんだけどよぉ、ホントに会うつもりか苗木ぃ~?無責任な言い方かもしれねえけどお前見たら何しでかすか分かったもんじゃあねーぜぇ~」
「それでも会いますよ。僕にはその責任があるんですから」
「…止めても無駄だろうね」
「しょ~がね~なぁ」
「あの…、どこへ行くんですか?」
おずおずと聞く舞園に承太郎は静かに答える。
「…そこの億泰の自宅にいる人物に会いに行く」
「億泰さんの?どうして…」
「…億泰の父親は、かつてDIOの部下であり、DIOの肉の芽によって変わり果ててしまった人物の一人だからだ」
「「ッ!?」」
「…ふう、やっと一息つけた」
杜王グランドホテルの最上階の部屋の一室で、苗木はそんなことを言いながらソファーに腰掛ける。
「…しかし、やっぱりと言うべきか拍子抜けというか、億泰さんのお父さんには怖がられてしまったな。あのクソ親父ももう少し素直に死んでればこんなことにならずに済んだのになあ…」
億泰の家へとやって来た一行であったが、肝心の億泰の父は苗木の顔を見るなり人の物とは思えないような叫び声を上げて部屋の奥へと逃げ去ってしまった。やはり一度DIOのカリスマに支配されただけあって、苗木に残る微かなDIOの面影からその素性を悟ってしまい恐れをなしてしまったのである。
ショックだったのかしばしいじける苗木を余所に、事前に聞いていたとはいえ予想以上の外見だったことに少し引け気味になっている舞園や霧切も億泰達と共にフォローに回ることでどうにか対面させることができた。
ビクビクと震える億泰父にまずは父の事を謝罪した後、元の体に戻れないか色々と調べては見たがどうやら肉の芽は彼の人間としての体のつくりそのものを変えてしまったらしく、もはやそういう生物として完成されてしまっている為、如何に『G・E・R』をもってしてもどうにもならなかった。
しかし、その一生懸命な態度に感化されたのか、億康父も少しではあるが苗木に心を開いてくれるようにはなった。その事実が苗木に希望をもたらしたのは確かな事実であった。
「まあいつまでもしょげててもしょうがないか。今は素直にこの旅行を楽しむとしよう」
そう言って気持ちを切り替え、明日に備えて早めに寝ようとし時。
ピンポーン
部屋のインターホンが鳴る。
「?誰だろ…」
覚えのない来訪者に怪訝な顔をしてドアを開ける。そこには
「えへへ、こんばんは苗木君」
「まっ、舞園さんッ!?…ちょ、ちょっとこっち来て!」
「わわ、わっ!?」
寝巻を着た舞園が嬉しそうな顔で立っていた。想定外の人物に混乱した苗木は、何を思ったか舞園の手を引いて部屋の中に引き入れる。
「はあ~、…っていうか何してるんだ僕は。こんなことしたら増々マズイじゃあないか…ッ!」
「だ、大丈夫ですよ。この階層には私たち以外いないんですから」
「そうは言ってもさあ……というか、こんな時間にどうしたの舞園さん?」
混乱した頭でそう問いかけると、舞園は少し俯き顔を赤らめて話し出す。
「…お礼を言いに来たんです。苗木君の都合に、私たちを付き合わせてくれて。迷惑だったのに、本当にありがとうございます」
「…お礼なんていいさ。正直舞園さんと霧切さんがいなかったらもっと居心地悪かっただろうからね。二人には僕も感謝してる。ありがとう」
「いいえお礼なんて言わないでくださいよ」
「いや、これは…ってこれじゃあ」
「堂々巡り、ですか?」
「…へっ?なんで今言おうとしたことを…?」
「エスパーですから!」
「…そ、そう」
そう言って笑う舞園の笑顔は、普段テレビ越しに見る笑顔とは全く異なる、『アイドル』舞園さやかではなく一人の『少女』舞園さやかとしてのごく自然な笑顔であった。笑顔としては素朴なものであったが、それは今まで見た彼女のどの表情よりも眩しく見えて、風呂上りなのかほのかに香るボディーソープの匂いや身内以外見たことがないであろう寝巻姿と相まって、苗木の男としての本能をくすぐる物があったが、苗木の理性の中にあるジョナサン・ジョースターから受け継いだ英国紳士としての誇りがそれを押しとどめた。
「お、お茶でも淹れようか?立ち話もなんだしさ…」
「あ、いいえ、そこまでして貰わなくてもいいですよ。今日はただお礼を言いに来ただけですから」
「そ、そう…(今日は?)」
「…私、本当に今日は来てよかったと思ってます。苗木君が、中学の時から見た目は変わっても中身は何も変わってないってことが実感できましたから」
「中学の時…?」
「気づいてなかったかもしれませんけど、私学校にいるとき苗木君のことずっと見てたんですよ」
「へっ?ど、どうして?」
「ほら、中学の時学校に怪我した鶴が迷い込んだ時があったでしょう?あの時苗木君がその鶴のところに行ったら、しばらくしたら鶴が元気になって飛んでったじゃないですか。その時に苗木君の事が気になったんですよ」
「ああ、あの時か…」
それは中二の夏休み中の補修の時の事であった。休み時間中に校庭に一羽の鶴が半ば墜落するかのように迷い込んだ時があった。どうやら翼を傷めているらしく、放っておく訳にもいかず教師が獣医を手配しようとした時、たまたま外に出ていた苗木が鶴の近くに歩み寄り、草陰に逃げ込んだ鶴の後を追っていくと、しばらくしてそこから鶴が怪我などしていなかったのような元気な様子で姿を現し飛んで行ってしまったのである。
当初は見た目ほど大した怪我じゃなかったと思われていたが、無論苗木の『ゴールド・E』が治したというのが真相であった。他の生徒はそれを知る由など無かったのだが、一部始終を校内から見ていた生徒たちの間で『苗木誠超能力者説』が浮上し一時周囲がうるさくなった時が在ったのである。
「まさか舞園さんまで見ていたなんてなあ…」
「…思えば、最初に見た時からそうだったのかもしれませんね」
「ん?何?
「い、いやなんでもないですよ!…じゃあそろそろ戻りますね」
「そ、そう?それじゃあおやす…」
と、舞園に向き直ったその時、
ギュウッ
棒立ちとなった苗木を、舞園が力一杯抱きしめた。
「……え?」
突然の行為に思わず思考停止する苗木を余所に、舞園は満足すると苗木に向き合って恥らいながらこう言う。
「…私、本気ですよ。…それじゃあおやすみなさい!」
そう言い残し舞園は逃げるようにして部屋を出て行ってしまった。後に残された苗木は、体に残る舞園の感触を感じながら呆然と呟く。
「…どうしてこうなった?」
苗木は決して恋愛感情に鈍い訳ではない。むしろ人の感情を読み取るということに関しては天性のものがあるため他人の心情を悟ることは得意な方である。故に、今の舞園の行為と言葉がどういう意味を持つのかということもはっきりと分かってはいた。
しかし、苗木はまだ16歳、しかも見た目通りの根っからの草食系男子である。ギャング・スターとは言えど女遊びの一つもしたことがない苗木にとって、この事態は彼の処理能力を大きく超えているものであった。
「どうすればいいんだ。ブチャラティ、アバッキオ、ナランチャ、親父でもいいから教えてくれ…」
『何?アイドルに告白されてどうすればいいか分からない?それは相手がアイドルだと意識し過ぎているからだよ。逆に考えるんだ。食べちゃってもいいさ(性的な意味で)』
「……誰だアンタ」
どこかから聞こえてきた幻聴に突っ込みながら、苗木は悶々とした夜を過ごすのであった。
今回ここまで
番外編のストックが切れたので番外編は第一部終了後に更新していくかもしれません