『お疲れ様―…どうしたのこまるちゃん?顔紅いけど、風邪?』
「う、ううん!違うから!」
『?』
「そ、それより…なんかそれっぽいのがあるじゃんか…」
梯子を上った先には、戦車でも格納できそうな大きな『シャッター』が存在していた。
『じゃあ、シャッターを開けるね!』
「ほ、本当に『秘密基地』なんてあるんでしょうね…」
「さあて、鬼が出るか蛇が出るか…」
ガガガガガ…
シロクマがシャッター横の操作盤をいじると、鈍い音を立ててシャッターが上がる。その先に広がっていたのは…
「うわ…広い…!」
「これは…」
およそ『野球場』ほどもある広い空間に、沢山の大人たちが集まっている光景であった。
「おったまげたな…こんな『埋立地』によくもこんなでっかい地下空間を拵えたもんだ」
『もともとここは災害が起きた時に備えて水とか食料とかを備蓄しておく地下倉庫だったんだって。今はそれが幸いして、皆を隔離するための避難所になってるけどね』
「成程な…確かに、これほどの規模の備蓄倉庫なら多くの人間を当分の間養えるだろう」
「お、思ったより本格的じゃあねえか…」
『…さて!とりあえずここの『責任者』の人と会って欲しいんだけど…、その前にここの皆と話でもしてきたらどうかな?生き残った人同士、友好を深めるためにも大事だと思うんだ!』
「ふむ…確かに。ここの現状やほかの地域の状況を知るためにも、私は賛成だが…どうかね?」
「あ、はい。私も良いと思います」
「…ま、話してみないことにゃあ何も分からんわな」
「どうでしょうね…」
「んじゃあ、手分けして情報を集めてみようぜ!」
「チッ、しょうがねえな…」
シロクマの意見に同調し、皆は辺りの大人たちから話を聞くべく分かれていった。
…それから十数分後、シロクマの元に戻って来たのはどんよりした雰囲気のこまる、腐川、石丸、雪丸であった。
『おかえりー!どうだった?皆いい人だったでしょ?』
「…アンタ、アレを『いい人』って言えるんならこの世に『悪人』なんかそうそう居ないわよ…」
「うう…」
「…その様子だと、君たちも碌に話もできなかったようだな」
「はい…。やっぱり、皆まだ心の整理ができてないみたいで…」
「というより…ガキ共に心をへし折られて立ち直れてない奴ばっかりよ。何回八つ当たりされたか知れたもんじゃあないわ…!」
「…どうにも苛つくぜ。どいつもこいつも死んだ魚みてーな眼ばっかりしやがってよ…」
『あわわ…!ご、ごめんね!どうか許してあげて欲しいんだ。皆も、外で子供たちに心も体も傷つけられて、混乱しているんだよ…!』
話しかけた大人の大半に碌に相手にもされず、あまつさえとばっちりを受けたことに憤慨していると、ふとまだ戻ってきていない人が居ることに気が付いた。
「…あれ?悠太君とホル・ホースさんは?」
「あ?…そういや居ねえな。おっさんどこ行った?」
「…む?朝日奈君ならそこにいるが…」
「アイツ…誰と話してんのよ?」
石丸が指差した先には、柱の陰で座り込んでいる少女に必死に話しかけている朝日奈と、それを傍で見守る初老の男性の姿が有った。
さかのぼること数分前、朝日奈もまたこまる達と同様に大人たちから碌に相手にされず、それどころか若いことも有って『コドモ』の仲間かとも疑われかけたため、なかなか大人に話しかけれずにいいた。
「まいったなあ…。邪険にされるのはまだ良いけど、ガキ共の仲間だと思われたんじゃあたまったもんじゃあないぜ。…もうやめとこうかなあ」
と、早々に切り上げてシロクマの所に戻ろうとした時
「……ッ!」
「ん?」
ふと視界の端に映った、柱の陰で座り込む少女と彼女の傍で何かを渡そうとする燕尾服の男の姿が、朝日奈の足を止めた。
「…ミス・羽山、せめて食事だけでも摂ってください。もう三日も何も口にしていません…このままでは危険ですよ」
「…いいのよ。もう…こんな思いをし続けるぐらいなら、いっそ…」
配給の水と食料を差し出す男…『アロシャニス・ペニーワース』に対し、少女…『羽山あやか』はそれを頑として拒み続ける。彼等もまた、シロクマによってここまで連れてこられた避難民であった。ここに連れてこられた当初、ペニーワースは大人としてそれなりの『理性』を保っており、また『職業柄』多少状況は異なるが理不尽な状況というものに耐性があったため、率先して他の避難民たちへのケアや食糧管理などの仕事を手伝っていった。
…しかし、羽山は外での光景や現在の状況にかなりショックを受けており、ここに来てから水も碌に飲まずただただ茫然と過ごしていた。
「ミス・羽山…」
「…なあ、どうしたんだ?」
「…む?」
そんな二人に、朝日奈はそっと声をかける。
「君は…?初めて見る顔だが…新しくここに来た人ですかな?」
「あ、うん。俺もシロクマに連れられて来たんだ。…で、おじさん。この子大丈夫なのか?顔色悪いけど…」
「は…もう二日も碌に食べておりません。私としてもなんとか食事だけでもして欲しいのですが…非力な我が身が口惜しい限りでございます…」
「そう、なのか…」
朝日奈は羽山の前でしゃがむと、俯く彼女に話しかける。
「こんにちは!俺、朝日奈悠太っていうんだ。よろしく!」
「……」
「…君、本当に大丈夫?気持ちは分かるけど、体を壊したら元も子もないぜ。少しでもいいから食べといたほうが…」
「…気持ちが、分かる…?」
朝日奈の言葉に対し、羽山はゆっくりを顔を上げると幽鬼のような目を向けて唸る様に小声で叫ぶ。
「え…?君…」
「あなたに…何が分かるって言うのよ…!こんなところに押し込められて、助かったって思ってるようなおめでたい人に…『こんなもの』をつけられている私の気持ちの、何が分かるって言うのよ…ッ!!」
そう言って羽山が見せつける様に差し出したのは、右手首につけられた『モノクマ柄の腕輪』。
「ッ!その腕輪…君も…」
「これ…なんだと思う?…『爆弾』らしいわよ。これをつけた子供たちの仲間の人が言うにはね…。こんなものがある限り、私はもうどこにも逃げられない…。ここに居たって、子供たちの気分次第で、これを爆発させられるかもしれない…!そんな私の気持ちが、アンタなんかに分かるって言うのッ!?」
「……」
「……」
「分かりっこないのよ…。私の気持ちなんか、『さやか』や他のメンバーよりブサイクだからって、私はいっつも並びの端。なんとか他の部分をカバーしようと努力しても、結局ファンは皆『さやか』ばっかり。…それでも良くしてくれたメンバーとも挙句に離ればなれにされて、この街に閉じ込められて、あんな地獄に放り出された私の気持ちなんか…」
「…分かるよ」
「…ッ!?何を…」
「君の『境遇』とかはよく分からないけどさ、『今の君』の気持ちは、俺にも分かる。俺も…『同じ』だからさ」
朝日奈は自分の腕に付けられた『モノクマリング』を羽山に見せる。
「ッ!その腕輪は…!」
「じゃあ…あなたも…?」
「ああ…俺もあのガキ共にこいつをつけられたんだ。最初にこいつが爆弾だって知った時には、正直『絶望』したよ。俺の命が、アイツ等なんかに握られてるってことにさ。…でも、だからって立ち止まっていても何も変わらない。『生きる気力』が、『生きたいって気持ち』がほんの少しでもあるのなら、俺は前に進むべきだと思う。俺は馬鹿だから、そうするしかできないけど、少なくとも、今君が見ている景色とは少し違ったものが見られる筈…俺はそう思うんだ」
「……」
一生懸命な朝日奈の言葉に、暗い絶望に支配されていた羽山の眼にほんの少しだか光が戻る。
「…強いね、キミ。私なんかより、ずっと立派だよ」
「い、いやあ…俺はただ、『兄貴』ならこう言うかなって思ったことを言っただけで、俺だって『兄貴』に比べたらまだまだだよ…」
「いや、実に素晴らしいお言葉でしたぞ。このペニーワース、久方ぶりに『人間の強さ』というものを見せて頂きました」
「アハハ…」
「ふふ…ありがとう、少し気が楽になったわ。キミ、『王子クン』みたいでカッコよかったぞ♡」
「お、王子クン?」
「あ、『王子』って言っても私のじゃなくって、私の友達の『彼氏』のこと。ちょっと会っただけなんだけど、ホントに絵に描いたような性格イケメンでね、おまけによく分かんないけど喧嘩も強くって、『さやか』が骨抜きになるのも分かるんだよね~」
「…さやか?それに性格が良くて強い…なあ、君の友達の名前って『舞園さやか』って言わないか?」
「…え、なんで知ってんの?もしかしてアンタもさやかのファン?」
「…!そうか、じゃあ君『兄貴』と会ったことがあるんだな!」
「へ?…ってことは、もしかして…」
「お~い!」
と、そこにこまる達が走り寄ってくる。
「あ、姉ちゃん!」
「探したよ悠太君。…この子知り合い?でもどこかで見たことある様な…」
「…あ、そうだ!姉ちゃん、この子舞園さんの知り合いみたいなんだ」
「え…!?『さやかお姉ちゃん』の?…あ、思い出した!君さやかお姉ちゃんのグループメンバーの…羽山あやか!」
「さやか…お姉ちゃん!?」
「ちょ、早いのよアンタ…もう少しこっちの事を考えなさ…」
「…ッ!?あ、貴女は…」
「へ?…あ…、あ、アロシャニスさん!?」
「冬子様!ご無事でしたか!」
「ええ!?」
思わぬ再会であった。
「…まさか冬子様だけでなく白夜坊ちゃま…いや、もう『白夜様』と呼ぶべきでしょうな、お二人がこの街においでだったとは。このアロシャニス、真っ先にはせ参じることができず、不覚の極みです」
「し、仕方ないわよ…貴方だってアイツらに捕まっていたんですから…」
「申し訳ありません…」
「あの…十神さんは、その…」
「気になさらないでください苗木さん。白夜様もあなたが責任を感じることを願ってはいない筈です。…それに、私は信じております。白夜様なら、きっとご無事でいる筈です」
「はい…」
「と、当然よ…!白夜様がアイツ等なんかに後れを取る筈が無いわ。…そう、『絶対に』よ…!」
「腐川さん…」
「…あの、ちょっといいですか…?」
「へ?な、何よ…?」
「あん…君、『王子クン』の…『苗木誠』君の妹さんなのよね?」
「そ、そうだけど…」
「だったら!さやかがどこに居るのか知らない!?」
「え?さ、さやかお姉ちゃん?わ、私はちょっと…」
「…あの『アイドル崩れ』なら『未来機関』に居るわよ」
「ッ!!」
「え!?腐川さん、さやかお姉ちゃんと知り合いだったの!?」
「く、クラスメイトだったんだから当然じゃない!…それに、ちょっと『色々』あったのよ。ともかく、アイツは無事だから安心しなさい」
「…良かった…!さやか、生きてた…!良かったぁ…ッ!!」
「…良かったな、羽山さん」
「…お~い!」
「…あ、ホル・ホースさんだ!…あれ、誰か一緒だ」
しんみりした雰囲気になりかけていると、向こうから『女性』を伴ったホル・ホースがやって来た。
「…おいオッサン。女連れみてーだがまさかナンパしてたんじゃねーだろうな?」
「いやいや違ぇって!ま、ちょいと『訳あり』でよ…」
「訳あり?」
「まあ、彼女の名前を聞けば分かると思うぜ?」
「はぁ?」
「…んじゃ、改めて自己紹介しよっか。アタシの名前は『葉隠浩子』。よろしくね」
「なッ…!?」
「葉隠…?もしや、地下鉄で言っていた君たちの仲間の…!?」
「おう。彼女、康比呂の『お袋さん』なんだよ」
「『ホルっち』から大体聞いてるよ。ウチのバカ息子が世話になってるみたいだね。母親として礼を言わせてもらうよ」
「ぷっ!?…ほ、ホルっち?」
「ああ…、どうやら康比呂のネーミングセンスは母親譲りだったみてーだ」
「全くよ…。アイツのせいで何度要らない苦労をする羽目になったか…」
「ちょ、腐川さん!」
「いいのいいの、昔からあーいう子だったし。ところで…」
「あ、私苗木こまるっていいます」
「…腐川冬子よ」
「オッケー、『こまるっち』と『腐川っち』だね。インプットしたよ」
「あ、やっぱり…」
「…なんで私だけ苗字なのよ」
「気にしない気にしない。…ま、それでも私の息子だしね。馬鹿な子ほど可愛いともいうし、もし会ったらよろしく頼むよ」
「は、はあ…」
「…ううむ、『放任主義』というかなんというか…」
「こんなモンだろ、母親なんざ」
「そうかなあ…?」
こうして偶然にもできた交流の輪で話し合っていると、やがて向こうからシロクマがやって来た。
『おーい!皆~!』
「あ、シロクマ!どうしたの?」
『そろそろここの『責任者』の人が帰ってくるらしいんだ。だから呼びに来たんだよ!』
「む…もうそんな時間でしたか」
「爺さんや嬢ちゃんや浩子はそいつの事知ってんのか?」
「顔見たくらいだけど…」
「まあね…正直あんまり好きにはなれないけど、まあココの連中を纏められるのはアイツ以外にはいないだろうからね」
「会う前から期待を下げるんじゃないわよ…」
「…それよりよ、こんな大勢で押しかけんじゃなーだろうな?俺は嫌だぜ、そんな群れンのはよ」
「またお前は…」
「いや、雪丸君の言うことも最もだ。あまり大勢で行っても失礼だろう。ここは代表を決めて会った方がいいだろう」
「んじゃま、とりあえず未来機関代表で俺と腐川の嬢ちゃんで…」
「ちょ…勝手に決めんじゃないわよ!」
「じゃあここに居残るか?」
「…し、仕方ないわね」
「ならば、警察を代表して私が…」
「あー…っと、『隆秋っち』にはちょっと『頼みたい』ことがあるんだけど…。ついでに『悠太っち』と『竹道っち(たけみっち)』にも」
「お、俺達にも?」
「いや、しかし…」
「…こまるアンタも来なさい」
「ええッ!?わ、私も!?」
「被害者代表ってことでいいじゃない。それに、少しアンタも『現状』って奴を知っておいた方がいいわ…」
「そんなぁ…」
「んじゃ、俺と腐川の嬢ちゃんとこまる嬢ちゃんの三人ってことでいいな」
『…決まったかな?じゃあ僕についてきて~』
話し合いの結果決まったこまる、腐川、ホル・ホースの3人はシロクマの後について行く。
『ところで…あの人たちと仲が良さそうだったけど、もしかして知り合いだったの?』
「うーん…まあ、そんなところかなあ?」
『わあ!それは良かったね!思わぬキューピッドになれて、僕もとっても嬉しいよ!』
「なに気色悪いこと言ってんのよ…」
『えへへ…あ、ココだよココ!』
シロクマに連れられてやって来たのは、避難所の奥にあるひときわ大きな『プレハブ小屋』であった。
『さあ皆、入って入って!』
「お、お邪魔します…」
「ホントに大丈夫なんでしょうね…?」
「さて…どんなヤツなのやら」
シロクマに促され小屋の中に入るこまる達。中は会議用にセットされたのであろう机や椅子の他に、ロッカーや生活雑貨が点在する質素なものであった。しかし…
「…あれ?誰もいない…」
肝心の代表者らしき人物はどこにも見当たらなかった。
『あれ?まだ帰っていないのかな…多分もう少ししたらここに来ると思うから、ちょっとだけ待ってもらえるかな』
「この期に及んで待たせるとかいい度胸ね…」
「まあまあそうツンケンすんなって。勝手に押しかけたのは俺たちの方なんだからよ。…まあ適当にその辺の本でも読んで待ってようぜ…」
そう言ってホル・ホースが手近にあった本を手に取り開く。が…
「……ッ!」
「…?どうしたのホル・ホースさん?」
「…嬢ちゃん、こいつ見てみな」
「え?」
中身と見た途端突然血相を変えたホル・ホースを訝しげに見るこまるに、ホル・ホースは手にしている本を彼女に見せる。
「…『行方不明者一覧』…『犠牲者一覧』…!?これって…!?」
「ああ、どうやらそいつには今までに死んだ連中や連絡の取れない連中が記録されてるらしい」
「こ、こんなに!?」
そこに書かれていたのは、おそらくここの人間が記録したものであろう大人たちの犠牲者や行方不明者の名前であった。しかも、パッと見る限りでもどちらも『数十人』以上の名前が記されてあった。
「こんな…酷い…」
「ああ、ヤベえな。…だが本当にヤベえってのは『そこ』じゃねえ。そいつに書かれているのはあくまで『ココの連中が把握できている人数』ってことだ。つまり、ここの人口を考えるに実際にはその『倍以上』の大人が犠牲になっていると考えてもいいだろうな」
「そ、そんな…!?」
「…見てるだけで陰気な気分になるわね。こんなの『殺人』を通り越して『戦争』よ…」
『…コドモたちは、『革命』って呼んでるけどね』
「そ、そんなの…言い方を変えただけじゃん!」
『うんそうだよ。結果的には『虐殺』には違いないんだけど…そうやって正当化することで彼らはここまで残酷になれるんだろうね』
「…正当化、ね。子供にはありがちな『逃避』ではあるんだが…こうまでスケールがでかいと笑えねえな。『道徳』の授業を真面目に聞いてなかったのかねえ?」
「…にしてもアンタ、その口ぶりからするとあのガキ共についてなんか知ってそうね」
『それって、彼らのリーダーの『希望の戦士』のことだよね?…僕も、詳しいことは知らないんだ。ただ、彼らは元々『希望ヶ峰学園付属小学校』の生徒だったって聞いた事が有るよ』
「ッ!!?」
「な、なんですってぇッ!!?」
「え?腐川さんどうしたの…って、そういえば腐川さんも『希望ヶ峰学園』の生徒だったんだよね」
「それもそうだけど…そんなことどうでもいいわよッ!…ホル・ホース!」
「ああ…、どっかで訊いたことがあんなと思っていたが、あの子が『大将』の言っていた…」
「え?」
と、その時。
ガチャリ
「俺に客が来てると聞いてきたんだが…どこのどいつだ?」
「「「ッ!」」」
突如入り口の扉が開き、やや横暴な言葉と共に一人の『男性』が入って来た。
『あ!『灰慈君』!ここだよここ!』
「シロクマ…また一人で外に行っていたのか?危ないからやめとけと言っただろう」
『ご、ごめんね…』
「…まあいいさ。どうせ止めたってまた何度でも行くんだろうしな。…で、俺に用があるのはアンタらかい?」
「…ああ。アンタは…」
「俺の名は『塔和灰慈』。一応、この『レジスタンス』のリーダーをやらせて貰ってる」
「…へ、へえ。結構イケメンじゃない…」
「ええ…?」
「…ハッ!?い、イケナイわ…!私は白夜様一筋と心に決めているのにッ…!!」
「…おい、こいつは大丈夫なんだろうな?」
「ま、まあパッと見よりはまともだから安心してくれや。…多分な」
元はそれなりに良い物であったであろう、ヨレヨレのジャケットとジーンズを着込み、しばらく剃っていないのか無精ひげを伸ばし、右腕には痛々しい『ギプス』をはめた男…『塔和灰慈』はこまる達を一通り見渡すと手近な椅子にどっかりと座って話し出す。
「ところで、アンタらの名前は?」
「おっと、こりゃ失敬。ホル・ホースだ。外人だが日本語は慣れてるから気にしなくてもいいぜ」
「ふ、腐川冬子です…」
「苗木こまるです…」
「よろしくな。…で、俺に用ってのはなんだ?見たところ新顔みてーだが…」
「その前に、一つ聞かせてくれや。『塔和』ってことはお前さんもしや…」
「…ああ、俺は『塔和の人間』だよ」
『灰慈君のお父さんはね、『塔和グループ』の会長さんなんだよ!』
「ええッ!!?」
「…成程、アンタが『噂』の跡取り息子かい」
「あ、アンタ知ってたの?」
「仕事の付き添いで来たときにちょっとな…。なんつーか…、『変わり者』の息子がいるって聞いていたんだが…」
「…無理に気遣わなくてもいいぜ。俺が社の連中に『ロクデナシのドラ息子』呼ばわりされてたのは知ってるさ。…実際、事実だしな」
「あ、そ…そうなんですか…」
「まあ今となってはどうでもいいことさ。…もう俺には何も残っちゃいない。全部あのガキ共に奪われちまった…ッ!!街も、グループも、地位も、何もかもだッ…!」
「……」
「…そのことなんだが、お前さんは首謀者のガキ共について何か知らねえのか?」
「……さあな」
「じゃ、じゃあ…」
「アイツ等の仲間の、『モナカ』っていう子供の事についても…何か知りませんか?」
「ッ!?」
腐川からその質問を聞いた途端、灰慈の顔色が目に見えて険しくなる。
「は、灰慈さん?」
「…いいや、知らねえ…。なんで、そんなこと聞くんだ…?」
「じ、実は…私達の知り合いがそのモナカって奴の事を探してるんですよ。理由は知りませんけど…」
「そいつについて分かってんのは、そいつが『希望ヶ峰学園付属小学校』の出身だということだけだ。もし知ってんなら色々聞きたかったんだが…知らねえんじゃしょうがねえな」
「ああ…悪いな…。この街の人間だってんなら、親父なら事件の事も含めて色々知ってるかもしれねえが…生憎ガキ共の襲撃のゴタゴタで『行方不明』でな」
「行方不明…。私も、なんです。お父さんもお母さんも見つからなくって…。お兄ちゃんは無事みたいだけど連絡が取れなくて…だから、一刻も早く帰らなくちゃいけないんです!お願いします!この街から出る方法を教えてくださいッ!!」
頭を下げて灰慈に頼み込むこまる。そんなこまるに対し、灰慈は半ば投げやりに吐き捨てるようにこう言った。
「この街から出る方法…?…そんなもんがあるんなら、俺が教えて欲しいぐらいだ…」
「…え?」
「この街のあらゆる交通機能は、既にガキ共に掌握されちまってる。本土との唯一陸続きルートの橋はこの間爆破されちまった…。おまけにウチの会社や親父が個人で持っていたヘリコプターやセスナの類は全て壊されちまった…。もうこの街に、外と連絡を取る手段なんざ残っちゃいねえんだよ…」
「そ、そんな…」
「それに、その『腕輪』…お前もあのガキ共にそいつをされたクチなんだろ?ここにいる奴から聞いた話じゃ、そいつ『爆弾』なんだってな。だったら、どこに行こうが奴らからは逃げられねえよ」
「じゃ、じゃあ…せめて、この腕輪を外す方法とか、それを知っている人を知りませんか…?」
「………」
「う、嘘…」
『ごめんね…僕も力になってあげたいんだけど…』
「…嬢ちゃんよお、そう落ち込むなって。今すぐそいつが爆発するってんじゃあねえんだ。もう少し頑張って、方法を探してみようじゃあねえか」
「で、でも…」
「まあそう悲観するこたねーさ。ここに居る連中が見つかってないってことは、幸いそいつには『どこにいるのか』が分かる機能は無いみたいだしな。少なくとも、アイツ等にはまだここの事は知られちゃいない。ほとぼりが冷めるまで、ココに隠れて居りゃとりあえず『安全』だろう」
「ずっとここに…ですか?」
「どの道ガキ共からは逃げらんねーんだ…。だったら、やり過ごす他に方法なんざねーだろ?」
「…そう、ですよね。今はここに居れば、安全ですよね…」
「…どうして、闘わないのよ」
「ん?」
灰慈に同調しかけたこまるに、どこか怒りを滲ませた腐川が割って入る。
「ここって…『レジスタンス』なんでしょ?あの狂ったガキ共に対抗するための集まりなんでしょ…?だったら、いつまでも隠れてないで、戦えばいいじゃない…!」
「ふ、腐川さん!?」
「…俺もそいつにゃ賛成だ。いつまでも引き篭もってたって、事態は変わりゃしねえぜ?」
「ホル・ホースさんまで…」
ホル・ホースも同じように問いかけるが、灰慈は呆れたような表情で答える。
「戦うだ…?おいおい無茶言うなよ…、俺たちゃ『丸腰』なんだぜ?それに、アイツ等に刃向ったってどうしようもねえってことは、俺のこの『腕』が証明してるよ…」
灰慈はギプスをはめた右腕を突き出す。
「その腕…まさか、モノクマに?」
「ああ…スナック菓子でも握りつぶすみてーにクシャってな…。あっという間だったぜ…。しかもそれだけじゃねえ…、アイツ等は、血だまりの中でのたうつ俺を見て『笑って』やがったんだ…!アイツ等は『コドモ』なんかじゃあねえ…『悪魔』だッ…!」
「悪魔…」
「…ま、幸いっつーかなんつーか、神経までズタズタにされたから痛みはねーんだけどな。…けどそれってよ、もう『治る見込み』がねーってことなんだよな…!」
「…フン。で、アンタはその腕と一緒に『心』までへし折られたってことね」
「…あ?」
「腐川さん!」
「黙ってなさいこまる…。アタシはこういう奴がなにより嫌いなのよ…、自分の『無力さ』を言い訳にして、『絶望』から目を背けて隠れてるようなことが…昔のアタシを見てるみたいで、イライラすんのよ…!」
「…おいおい、随分刺々しくなったじゃあねえか。さっきまでの丁寧口調はどこ行ったよ?」
「さ、『サービスタイム』はもうお終いってことよッ!」
「え?あれ演技だったの?」
「と、当然よッ!言ったでしょ、アタシはいつでも白夜様オンリーよッ!」
「…ま、腐川嬢ちゃんのことは置いといてだ。お前さんの気持ちは分からないでもねえ。人間、誰だって『圧倒的な力』ってもんの前じゃあ心でどう思っていようが体は膝を着いちまうもんだ。…だがよ、それでも『折れちゃあいけねえ』っつーもんがあるだろう。どんなに怖くても、動かなくっちゃあいいことなんざねえぜ?」
「…別に、怖がってる訳じゃあねえ。ただ、チャンスを窺ってるだけさ…」
「そんな言い訳、犬にでも喰わせてなさい…」
「…殺されるって分かってて、立ち向かったところでどうなるっつーんだ!死んだら意味ねーだろうがッ!!」
「…今のアンタらなんて、『死体以下』の存在でしかないわよ…!」
「腐川さん!ちょっと言い過ぎだよッ!!」
「…嬢ちゃん、他人事じゃあねえんだぜ」
「へ?」
「アタシは、アンタにも言ってんのよ。こまる…!」
「ええッ!?」
苛つく灰慈だけでなく、困惑するこまるに対しても、腐川は容赦なく言葉を投げかける。
「こんな奴なんかも同調してるんじゃあないわよ!…確かに、アンタが『巻き込まれた側』の人間なことは否定しないわ。『アイツ』の妹だからって、いろんな奴に目をつけられてるってことは正直同情するわ…。でも、だからって何もしないで言い訳が無いでしょう!?生きる為には、生き残るためには理不尽であっても『闘う』しかないのよ!どんなにご立派な『才能』があっても、コイツみたいに『心』が屈したら意味ないのよッ!大事なのは、どんなに絶望的な状況でも『立ち向かう心』を捨てないことでしょうが!」
「で、でも…わたしなんかが…」
「…嬢ちゃん、お前さんのスタンドが『不安定』な威力な理由が今分かったぜ」
「え?」
「嬢ちゃん、キツイ言い方だが、お前さんは『半端者』なんだ。目の前のことをどうにかしようってことしか視えていねえ。悪に立ち向かう『意志の強さ』もねえ、かといって弱いなりになにかをしようっていう『開き直り』もねえ。だからお前さんのスタンドもその時の『感情』に左右されるような『不安定』な威力になっちまうんだ」
「そんなこと…言われても…」
『ま、まあ二人とも落ち着いて!ほら、怖い顔してたらいいこと無いよ?スマイルスマイル…』
「アンタもいちいちお茶を濁してんじゃあないわよッ!!」
『ご、ごめんなさいッ!?』
「…これだけは言っとくわよ。どんな絶望的な状況だろうと、『誰かがなんとかしてくれる』なんて考えをしてたって何も変わりはしないわ。自分の『進むべき道』すら自分で見いだせないような奴に、『希望』なんて当たりっこないのよ…。私だって、『アイツ』に会わなかったら、アンタみたいに…」
「腐川、さん…?何を言ってるの…?」
「……」
いつにも増して感情的な腐川の様子に、こまるは戸惑いを隠せない。
「…随分偉そうなこと言ってくれるが、だからって当てもなしに動いたところで馬鹿を見るだけじゃねえかよ」
「こ、こんなところに引き篭もってたって見つかるわけないじゃない…!」
「だったら、お前にはあるのかよ?この街から逃げ出す『策』が、そいつの『腕輪』をどうにかする方法が…お前の言う『希望』って奴がよ…!?」
『は、灰慈君!』
「あ…有るわよッ!!こんなポンコツの腕輪ぐらい…『未来機関』に戻って『音石』のアホンダラに頼めばちょちょいのチョイよッ!!」
「…え?」
「…何、だと?」
「お、おい馬鹿ッ…!こっちの手の内を喋んじゃねえよッ…!」
「…あ」
機密事項である『機関所属のスタンド使い』の情報を漏らしてしまったことに思わずハッとする腐川。しかし…
「…今、なんて言った?『未来機関』だと…?お前ら、アイツ等のことを知っているのか…!?」
「は、灰慈さん?」
『未来機関』の名を聞いた瞬間、灰慈はそんなことなど気にも留めた様子もなく態度を一変させる。
「えっと…というか、腐川さんとホル・ホースさんは未来機関の人で…」
「な、何ッ!?」
「…だ、だったら何なのよ…?」
「…まあ、この際だからしゃあねえや。そういう訳だから、俺達としては手段が見つかり次第『未来機関』に連絡して応援を乞うつもりだ。そうすりゃここの連中の救助も…」
「…必要ない」
「え?」
ホル・ホースの言葉を碌に聞こうともせず灰慈はそっぽを向いて立ち上がる。
『は、灰慈君ちょっと!?』
「そういうことなら、もうお前たちと話すことは何もない…!俺たちはお前らなんかの力なんざ求めていない…、さっさと出て行ってくれ…ッ!!」
「お…おいおいッ!そりゃどーいう…」
「は、灰慈さんッ!?待って…」
こまるの引き留めにも反応せず、灰慈はそのまま出て行ってしまった。その余りにも一方的にして理不尽な『拒絶』の意志を、こまる達は唖然として見送ることしかできなかった。
どうでもいいけど、遊戯王劇場版の姑息な前売り特典に悩みが尽きません。
メインデッキがブルーアイズデッキなのでオルタナイティブは最低2枚は欲しいんですよね。でもガンドラX…それに、最終週のカードってたぶん遊戯の切り札ですよね。でも映画にそんだけ金かけるのもなあ…どうすっか。以上、遊戯王プレイヤーの本音でした