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「…これがあなた方が知りたがっていた真実、あらゆる『希望』が『絶望』へと還る、この私の考案した計画の全てだよ」
すべてを聴き終えた皆の表情は、表現の仕様がないものであった。自分たちの信じていた世界が、常識が、そして『希望』が、全てこの女の手のひらの上で踊らされていただけのものだったという事実は、許容できるものではなかった。
「…あなたが、私たちの記憶を奪ったのは、この『真実』を知らしめるため…?」
「その通り、最初から現状を知ってしまっているんじゃあ、この学園から出る気なんて起きないだろう?そうなっては殺し合いが始まらないからね。きっかけを作る為に、君たちの記憶を奪ったという訳さ」
「…何の為にだ?」
「ん?」
「何の為に殺し合いなんぞをさせたッ!?貴様の計画通りなら、既にこの世界は『絶望』に染まっている筈だッ!…なのに、何故こんな茶番をさせる必要があったッ!?」
十神の問いに、江ノ島は嘆息するように答える。
「…外にはね、まだ少しだけど残っているんだよ。『絶望』に屈することなく、『希望』を信じて抗う往生際の悪い連中がね」
「何…!?」
「……!」
「私はそう言う連中に心当たりがあったからね、例え『人類史上最大最悪の絶望的事件』が発生したとしても、その連中の禍根を完全に絶つことは出来ないだろうと踏んでいた。だからこそ、この舞台を用意したんだ。連中の信じる、『最後の希望』同士が殺し合い絶望していく様を見せつけるための、この舞台をね…」
「絶望…」
「…!まさか、あなたは謎が解かれることも想定していたというの…!?真実を知った私たちが、その現実に『絶望』する様すらも見せつけるために…」
「はい。少なくとも霧切さんがいる時点で多少の犠牲はあったとしてもこの結末には到達できたでしょうし、苗木君という精神的支柱の存在が有れば無理心中するなどということもあり得ないでしょうから、こうなることは予測できました。…ま!苗木の記憶が戻ることは想定外だったが、ここまでくりゃそんなモン誤差程度のモンだしなぁ!」
「…も、もういいべ!オメエがスゲーのは十分分かったから、早く俺たちを助けてくれッ!」
「…は?何を言ってるんですか…?」
『アーアー、マッタク情ケネエナア。もうチット往生際グライ良クシタラドウナンダヨ?』
「そーじゃねーってッ!この学級裁判が始まる前に言ってたろ!俺たちがこの学園の謎を解くことができれば俺たちの勝ち。…だったら、もう全部のことが分かっちまった以上、俺たちはコイツに勝ったことになんじゃあねーか!だったら俺たちを助けて欲しいべよ!」
喚く葉隠に、江ノ島は心底落胆するかの如く息を吐き返答する。
「…ハァ~、葉隠君さあ…。早とちりしてもらっちゃ困るんだよねえ。これは『学級裁判』なんだよ?だったら、『決着』のつけ方だって分かりきってることでしょ?」
「決着って…もしかして…」
「そう!いよいよ全人類お待ちかね!投票の時間がやって来たってことだよ!…ちなみに、今回の投票形式は、今までとはちょっと異なるからよく聞いててね!」
江ノ島は嬉々として最後の投票のルールを説明し始める。
「今回、あなた方に決めて頂くのは『クロ』ではありません。あなた方に与えられた選択肢は、『希望』と『絶望』の二つ。言うまでもありませんが、『希望』はあなた方、『絶望』は私のことを指します。…そして、『希望』側であるオマエラ、『絶望』側である僕のどちらの『勝利』を支持するかをお前らには決めてもらうよ!あと、いつもなら多数決で決めるところだけど、今回はガチで白黒はっきりつけるために、『希望』側を支持する票が全員一致であれば君たちの勝ちだけど、もし一票でも『絶望』を支持する投票があった場合、僕の勝ちということにさせて頂きます!」
「い、一票でも!?」
「…ああ、安心して。僕は投票には参加しないから」
「そ、それでもお前に有利すぎんじゃあねーのか!?」
『インチキもいい加減にしやがれ!』
「…それに、投票側には貴様の腹心だった戦刃もいる。こいつがいる以上、俺たちに勝ちの目は無いに等しい…」
「…それは、大丈夫」
「…戦刃さん?」
「私は、絶対に『希望』に投票するから。だから、安心して…」
「…そんな根拠もない言い分をどう信じろと?」
「…根拠は、無い。でも、私はこれだけは誓う。絶対に、苗木君を裏切ることだけはしない。だから…信じられないかもしれないけど、それでも…信じて欲しい」
「…戦刃さん」
「け、けど…それでも俺たちの誰かがアイツを選んだら…」
「落ち着いて葉隠君。…よく考えてみて、今まで彼女の悪事を散々に聞かされておいてもなお、彼女の肩を持つような人がこの中にいると思っているの?」
「そ、そうですよ!江ノ島さんの味方をする理由なんてどこにも…」
「…あ、そうそう。僕が勝った時の君たちへのおしおきなんだけど…」
江ノ島はニヤリと顔を歪ませ
「この学園で穏やかに穏やかに『老衰』してもらうことにします…!」
「ッ!」
現状に置いては余りにも甘美な誘惑の言葉を言い放つ。
「それって…この学園に、留まるってことだよね?」
「…生き残れるってことじゃあねーの?」
「た、確かに…外の世界がホントにとっくに滅んじまってるんだとしたら、この学園に居れば安全だべ。けんど…」
「……」
過酷な現実から逃れられるという事実に、皆困惑した表情となる。江ノ島はその隙を見逃さず、間髪入れず次の一手を打ち込む。
「…あ、言い忘れてたけど、外の世界は『汚染』されてるよ」
「ッ!?汚染…?」
「うん。『人類史上最大最悪の絶望的事件』の時に、ある企業が極秘裏に開発していた『ウイルス兵器』が世界中にばら撒かれたの。即効性はないけど、じわじわと体の抵抗力を弱めていく極めて危険なウイルスだよ。この学園内が平気なのは、物理室に置いてある『空気清浄器』のおかげ。アレは私の死と連動して停止するようになっているから、あなた達が勝った場合嫌でもこの学園から出ていかなければなりません。…『死』と『絶望』が蔓延する外の世界にね」
『………』
誰も言葉を発しない。この女の言いなりとなる代わりに、『絶望』も『希望』もない平穏な日々を得るか。元凶を打ち倒し、『絶望』の溢れる世界へと茨の道を突き進むか。皆前者を否定したいという気持ちは同じである。しかし、後者の道を選んだ時に待っているであろう数々の困難への恐怖が、その決断を躊躇わせる。
…しかしそれでも、彼の決意は揺るがない。
「……」
「『だからどうした?』…とでも言いたそうな表情だねえ苗木君?」
どれほどの誘惑を受けようとも、苗木の心が揺れ動くことは無かった。自分の信じる道の為に、死してなお力を貸してくれた友の為に、そして…目の前にいる『絶望』に屈しない為に、苗木の決意は消えはしない。
「けれど分かるよ苗木君…。君が何故それを口にしないのか…君は待っているんだろう?彼らが自分たちで『決断』するのを…。君が一言『絶望には屈しない』とでもいえば、皆の気持ちはそちらに傾くだろう。けれど、自分の信念で決めた訳ではない選択をして仮に私に勝ったとしても、君と一緒ならともかく彼等だけでは外の世界の『絶望』に膝をついてしまう。君はそれを危惧している訳だ…」
「……」
「だったら、私様がそのお手伝いをしてやろうではないか!」
「…お手伝いだと?」
「皆聞いてー!やっぱりさー、ただ老衰してもらうってのは視聴者の人にとっても退屈だよねー?…だからよ、もし私が勝った場合、『希望』を選んだ連中をおしおきしない代わりに、この中の一人にとびっきりのおしおきを受けてもらうことにするぜ!」
「一人って…まさか!」
「決まってんだろ!苗木、オメーだよ!」
「…ッ!」
「つまり、苗木を見捨てりゃ自分たちだけは確実にこの学園で生き延びられるってことだよッ!!」
『!!』
それは、苗木にとって余りにも理不尽極まりないルールであった。もし誰か一人でも『絶望』を支持してしまえば、苗木は確実に殺される。皆の脳裏にあの時『キング・クリムゾン』によって瞬殺された苗木の姿がフラッシュバックする。そんなことは皆承知できるはずもない。だが…
「………」
「……チッ」
「……う…」
外の世界への『絶望』、友と殺し合っていたという現実への『絶望』、そして江ノ島を否定したとしてその先に待っているであろう『絶望』の未来への不安。その全てが、彼らの決断を鈍らせる。苗木を見捨てるという選択肢を捨てきれずにいる。
「…イイ…!すっごくイイ…、ディモールト・ベネです皆さん。その表情だけでご飯3杯はいけますよ…!」
そんな絶望溢れる表情の皆を恍惚な笑みで見やる江ノ島。その現状に、流石に一石を投じるべきかと悩んだ末に苗木が口を開こうとした、その時。
ジジ…ジ…
「…あら?故障でしょうか?」
突如モニターの一つから異音が生じ、画面がブレていく。不審に思った江ノ島が振り返ると
『…待ってたぜ』
「…?」
『この瞬間(とき)をよぉ~ッ!!』
いきなり画面から聴き慣れない声が聞こえてきたかと思うと、モニターがスパークを起こし電流が迸る。
「な、何だべッ!?」
「これ、は…?」
いきなりの現象に江ノ島ですら驚きの表情を浮かべていると、異変が起こったモニターから何かが浮き出てくる。
「え?なにコレ?もしかして噂の3Dテレビ!?」
「そんな訳があるかッ!あれはどう見ても…」
「中から…何か出てくるッ!?」
モニターより現れた存在、その姿に苗木は見覚えがあった。
「お、お前は…!」
人に近い骨格を持ちながらも、恐竜を思わせる頭部と嘴、そして臀部から生えた尻尾がそれが異形の存在であることを示している。電流が迸るモニターを窓を潜るかのように自然と通過して現れたソレ。その名は…
「『レッド・ホット・チリ・ペッパー』ッ!!」
『レッド・ホット・チリ・ペッパー』。かつて杜王町にてその圧倒的な力で好き放題していた悪人、『音石明』の操るスタンドであった。
「チリ・ペッパー…?…ああ、そういえばSPW財団の捕縛しているスタンド使いにそんなスタンドの持ち主が居たね」
「ってことは…お前、『音石明』か?なんでここに…!?」
『ハッ!苦労したんだぜぇ~!電気自体は学園で自家発電してるみてーだったから、衛星放送を受信しているテレビから電波辿ってようやくたどり着いたんだ!苗木のいる場所と放送電波の受信先が繋がるこの一瞬を狙ってなぁ~!…そんなことより!』
『チリ・ペッパー』は苗木の姿を捉えると電流の尾を引きながらモニターから飛び出し、苗木に手を伸ばす。
『来い、苗木!俺はお前を助けに来たんだよ!』
「助け…?」
『承太郎の奴に言われただろ!…世界はもう終わりだ、この戦いには負けしかねえ。けど、テメエさえ生きていればまだ『希望』は繋がるんだ!それぐらいテメエなら分かんだろ!だから、早くこっちに来いッ!!』
『チリ・ペッパー』が伸ばした手を、苗木は複雑な表情で見つめる。もしこの中の誰か一人でも江ノ島を支持すれば、自分は死ぬ。しかし、だからと言って仲間たちを見捨ててここから出る。そんなことをして、自分を許すことができるのか…。思い悩む苗木。そこに
「…行ってください、苗木君」
舞園が躊躇いなくそう声をかける。
「舞園ッ…!?」
「舞園さん…」
「…私、その『チリ・ペッパー』さんの言っていることが分かる気がします。きっと苗木君は、たくさんの人にとっての『希望』になれる人なんです。だから、こんなところで死んじゃうなんて、そんなことがあってはいけないんです!」
「あなた…」
「…ふ~ん、でもいいの?もし苗木君がこのまま逃げちゃったら、彼の代わりに誰かがおしおきを受けることに…」
「…それなら、私が受ける!」
「い、戦刃…ちゃんッ!?」
「苗木君は、皆の『希望』だから…私に残された、最後の『希望』だから…。苗木君の為に死ねるなら、私は…後悔しない!」
「私もですッ!苗木君は、私にとっても『希望』なんです!…一度は裏切ってしまった私だからこそ、今度は私が苗木君の未来の為に闘います!だから…行ってください、苗木君ッ!!」
舞園、戦刃の言葉と瞳に嘘はなかった。苗木には本能的に分かった、彼女たちは本気で自分の為に命を賭けようとしていると。ふと周りを見れば、皆の表情もどこか自分を窺うようなものになっている。特に朝日奈、霧切は口には出せずにいるが、それでも何かを期待するかのような眼になっている。皆思っているのだ、苗木を殺したくはない。いっそそのまま逃げてくれた方が気が楽になる、と。
そんな皆の様子に、苗木はある決心を固め『チリ・ペッパー』へと向き直る。
「…確かに、僕がこのままここに残ることに旨みは無い。このまま逃げた方が、僕自身の為としては正しいのかもしれない」
「…ッ!」
「……」
『そうだ!こいつらには悪いが、早くここから逃げ…』
江ノ島の失望するかのような視線を意に介さず、『チリ・ペッパー』が苗木の腕を掴もうとし…
「…だが、断る」
『ゴールド・E』に跳ね除けられた。
「!?」
『なッ…!?』
その事態に、その場の全員が驚愕する。
『お、お前ッ…!なに考えてんだ!早く逃げねえと殺されんだぞ!?』
「ああ、そうだ。このままじゃあ殺されるだろう。逃げるのが一番賢い選択だ。…けど、ここで皆を置いて逃げるぐらいなら、僕は死んだ方がずっとマシだ!」
「苗木…」
「音石さん、僕は逃げるために闘って来たんじゃあない。『絶望』から、江ノ島さんから目を背けず、『希望』は負けないということを証明するためにここに居るんだッ!ここで逃げ出したんじゃあ、これからもずっと僕らは負けたままだ!今の僕たちは、『絶望』に屈してしまった『マイナス』なんだ!ここから『ゼロ』に向かっていく為に、今この場を逃げ出してはいけないんだッ!…だから音石さん、今まで苦労したでしょうけど、お引き取り願います」
『…んなこと言ったって、テメエ…!』
「あーもー、うっとおしいなあ!苗木君がいいって言ってんだからさっさと消えろってのこの三下!『キング・クリムゾン』!」
ボゴォンッ!
『うげぇッ!?』
なおも粘る『チリ・ペッパー』であったが、痺れを切らした江ノ島の『キング・クリムゾン』に避ける間もなくぶん殴られ、出てきたモニターまで吹っ飛ばされる。
『ち、チクショウ…。この音石明様ともあろうものがなんてザマだ…!ええい、分かったよ!この場はしっぽ撒いて逃げ帰ってやる!だが苗木!テメエ絶対勝てよな!じゃねえと承知しねえぞコラァ~ッ!!』
捨て台詞を言い残し『チリ・ペッパー』は再びスパークをまき散らしながらモニターの中へと消えていった。後に残されたのは、覚悟を決めた表情の苗木とその苗木が選んだ選択に戸惑いを隠せない面々、そして黙って事の推移を窺う江ノ島。
「…あの、苗木君」
「…何故、逃げなかったの?」
舞園が恐る恐る声を掛けようとしたところに、霧切が割って入る。
「…不満かい?」
「……ええ、不満よ。私はあのまま逃げて欲しかった。私たちのことなんか放っておいて、一人で逃げて、生き延びて欲しかった。…なのに、どうして残ったりしたの!?あなた…怖くないのッ!?」
「怖いさ、怖いけど…だからといって逃げるだけが正しい選択じゃあない。霧切さんも探偵なら分かるでしょ?」
「……」
「ふ~ん、『逃げ』がお家芸のジョースター家の男児の言葉とは思えませんねえ…」
「それはジョセフさん限定だから…」
苗木はそこで一旦息をつき、再び表情を改めて皆に向き直る。
「…皆には、今から本当に辛い選択をしてもらうことになるだろう。けれど僕は、それに対して一切口を挟むつもりはない。僕は君たちに、『殺さないでくれ』と命乞いすることも、『一緒に闘おう』と願うつもりもない。僕と同じ道を選べば、十中八九死と隣り合わせの日々を送ることになるだろうからね。…だけど一言だけ、僕の最も信頼する『友』の言葉を借りて宣言させてもらう…」
『……』
「僕は、自分が『正しい』と思う道を選択したんだ。こんな世界だからこそ、自分自身が『信じられる道』を歩んでいきたい。…その道がどれほど過酷であろうと、僕は歩みを止めるつもりはない。『絶望』には膝を着かない…、『希望』は前に進むんだ!」
「………」
「………」
「………」
再び訪れる静寂。皆は一様に顔を俯かせ、苗木の宣言に対しても言葉を返さない。
「…え~、では苗木君のチョーカックイイ決め台詞も終わったところで、いよいよ投票にうつりまーす!オマエラ、自分が投票する陣営を決めてくださーい!」
江ノ島のその言葉により、ようやく皆にピクリと反応が見られる。…そんな中、一番に声を発したのは…意外にも葉隠であった。
「…苗木っち、やっぱおめえスゲェよ…。苗木っちは、自分の行動に嘘をつかずに、いつだって堂々としていられる。それはスゲェ立派なことだってことは分かる。…でも、それでも…俺は怖いんだッ!俺みたいな、『白』にも『黒』にも成りきれねえ、どっちつかずな『灰色』の人生を生きてきた俺には、苗木っちは眩しすぎるんだ…」
「……」
「…ヒャァハッ!」
バチィンッ!
「…けど、けどよぉ~ッ!だからこそ俺は、そんな苗木っちに憧れちまったんだ…!俺みたいな奴でも、苗木っちと同じ道を歩んでいると、『勇気』が湧いてくる…!自分が、今正しい『白』の中にいるってことを自覚できる!もう後の事をうだうだ考えるのは止めだッ!俺は今、俺の『直観』を信じる!苗木っちと一緒に闘う、それが俺の一番輝く『未来』なんだべ!この占いは、100%当たるッ!!」
『希望』のスイッチを叩きつけるように押し、葉隠は苗木の傍へと歩み寄る。
「なっ!?」
「葉隠君…!」
「へへっ…」
そんな葉隠に続くかのように、朝日奈もまた顔を上げる。
カチッ
「…苗木、前に言ってくれたよね。私の信じるさくらちゃんを信じればいいって…。私の知っているさくらちゃんなら、きっとこう言うと思うんだ。…『強さは困難に立ち向かうことでしか得られん。ならば我は、敢えて茨の道を進もう』。…今の私は、強さが欲しい。私の居たい場所に向かうための強さが…。だから、私は一緒に闘う!私の一番の友達と、…私が一番好きな苗木を信じて、前に進む!」
「朝日奈さん…」
「…葵って、呼んで?」
「え?」
「…そう、呼んでたんでしょ?」
「…うん。一緒に行こう、葵」
「はい…!」
ピッ
「…苗木、以前にも言った筈だぞ。『俺が№1、貴様が№2だ』とな!ならば貴様が歩む道を、この俺が先に行くのは当然のことだ。十神家が既に無いならば、この俺の手で『再生』させるだけのこと!俺がいる限り、『十神』は不滅だッ!」
「…ッ!十神君、今の…まさか、記憶が…!?」
「…ふん、やはりそうだったか。思いがけず口走ってしまったが、この十神白夜ともあろうものが、随分甘っちょろい言葉を言っていたものだ。だが…悪くない気分だ」
「…そう、か…」
バンッ!
「うっひょーッ!そのツンデレマジサイコーです白夜様!一生憑いていきます!…つーか、アタシのぶっ殺リストのマストと殿堂入りがそっち行ってんのにアタシがコレ(絶望)選ぶとかマジあり得ねーっつーの!」
「あ、アハハ…」
十神、腐川もまた『希望』を選んで苗木の元へと向かう。そんな二人の後ろを何事も無かったかのように、いつの間にか『希望』のスイッチを押していた戦刃と舞園が続く。
「…どうやら嘘は言っていなかったようだな」
「当たり前。私は苗木君に数えきれないほど救われてきた。苗木君がいなかったら、私はずっと盾子ちゃんの為だけに動く機械になっていた。…私はそれでもいいと思っていた。でも、苗木君が教えてくれた。『誰かの為に生きるということは、自分を犠牲にすることなんかじゃあない。自分が守りたい、大切にしたい人が道を誤った時、それを正す為に動くことができることこそが大切なんだ』って…。だから私は、盾子ちゃんと闘う。盾子ちゃんが『絶望』を望んでいるのなら、私が教えてあげる…。一人ぼっちの『絶望』より、弱くとも、皆で同じ道を歩むことができる『希望』のほうが、ずっとずっと温かくて幸せな事なんだって…!」
「…君は、きっとこの学園生活で一番苦しんだと思う。江ノ島さんに殺されかけてから、ずっと君は悩み続けてきたんだろう。自分の何がいけなかったのか、自分にできる本当に正しいことはなんなのか…とね。正直、僕は君が江ノ島さんを選んでも構わないと思った。それが君に許された、自分の『希望』を選択するチャンスだったのだから。…それでも、僕を選んでくれて、僕と一緒に闘うことを選んでくれたのは嬉しい。ありがとう、いく…いや、むくろ」
「…うん」
「…ちょっとちょっとお二人さん!私の事忘れないでくださいよ!」
「ま、舞園さん…」
「…さやかです!」
「へ?」
「さ・や・か!」
「さ、さやか…?」
「よろしい!…前にも言ったかもしれませんけど、私は皆に、苗木君にたくさんの迷惑をかけてしまいました。ですから、私は決めたんです。この先どれだけ辛い事が有っても、苗木君を信じて傍で支えていくって!だから、私が苗木君と道を違えるなんてことは、それこそ世界がひっくり返ってもあり得ません!」
「…ありがとう、まいそ…さやか。保証できるか分からないけど、約束するよ。もう君を『居場所』のことで苦しませたりはしない。君の帰る場所は、僕が守る、と。…だからさやか、君も僕の戻るべき場所になって欲しい…」
「はい!喜んで!」
『…全く、見せつけてくれる』
『なんか俺、背中が痒くなってきたぜぇ~』
『…後は』
「…いや~、さっぶいテンプレご馳走様。まアンタ達には期待してなかったからどーでもいいけどね。…私様の本命はあっちだからね」
そう吐き捨てる江ノ島の視線は、未だに答えを発せずにいる人物…霧切響子へと注がれていた。
「………」
「…霧切さん」
「…ま、そういうことだ。君がどれだけ立派な言葉を並べようと、その『黄金の精神』で照らそうと、所詮人間には『肉親の絆』を断ち切ることなんてできはしない。…いや、むしろ『希望』を信じているからこそ、そんなものを捨てることすらできないんだろうけどね」
「………」
『あ、アバッキオ!いいのかよぉ~!?このままじゃ…』
『…うるせえ。黙って見てろ』
「…霧切さん、君がこの学園に来たのは君のお父さんに会うためだろう?どれだけの苦労をしたのか分からないほどに、彼女にとっては自分のお父さんに会うことが全て…もはや彼女のお父さんこそが全てと言ってもいいね。この学園は、そんな君のお父さんが君たちを、…いやむしろ『君』を守る為に創り出した箱舟なんだよ。この学園は『絶望』の学園なんかじゃあない。君と君のお父さんにとっては、ここは『希望』の学園なんだよ。…分かるだろう?もし君の中に少しでも父親を想う気持ちがあるのなら、ここに残る事こそがお父さんが望んだ…」
「…茶番はもう結構よ。江ノ島盾子…!」
「…は?」
江ノ島の言葉を遮ったのは、他ならぬ霧切自身であった。
「随分人の事を知ったように話してくれたけれど…あなたは私の事も、父の事も全然分かっちゃあいないわ」
「…ほう?では君はお父さんの遺志を無下にすると?あんな置き土産を遺してくれたというのに、それでもお父さんの願いを無視するというのかい?」
「…だからこそよ」
「何?」
「どうやらあなたもあの映像を見ていたみたいだけど…あの映像の中で、父が一度でも私に『学園に残れ』だなんて言っていたかしら?」
「……」
「…あの映像の中で、父は私たちに『絶望と相対している』と、そして『絶望に屈するな』とも言っていた。…つまり、父は私たちがあなた達『絶望』と闘っていると信じていた。だからこそ確信したの、この学園は私たちを隔離し、守るための場所じゃあない。私たちが『絶望』と闘うための『最後の砦』だったのだということを!…ならば私は、敢えてこの学園を捨てるわ!父が闘い、生き残ることを願っていたのなら、私は闘う。父の想いに応えるために、私は貴方と闘うわ!」
ピッ
『希望』のスイッチを躊躇いなく押し、霧切は苗木の方へと歩み寄る。
『…な?この女は俺たちが思ってる以上にしたたかでおっそろしい女なんだよ…』
「潰されたいのかしら?」
『…すまん』
「…霧切さん」
「…それにね、苗木君。私が分かったことは、もう一つあるの。きっとあなたは、『運』なんかでこの学園に来たわけではないわ。あなたがここに来たこと、そして父や私たちと出会ったことは、きっと最初から決められた『運命』だったのよ。…今の私には分かるわ。父があなたに何を願い、託したのかを。貴方は、『絶望』に『立ち向かう』ための人類に残された最後の『希望』…。輝くような『黄金の精神』と躊躇うことのない『漆黒の意志』を持って闘うあなたこそ…本物の『超高校級の希望』と呼ぶに相応しい…、そうあって欲しい…そう願ったのだと私は信じているわ」
「…そうだ。僕たちは学園長から、たくさんの人たちからの『希望』を『受け継いでいる』んだ。だからこそ、今は闘うとき、『立ち向かう』時なんだ!」
「ええ。…そして、これは『超高校級の探偵』霧切響子としてではなく、『ただの』霧切響子としての言葉よ。…あなたを愛しています、苗木君」
「響子…」
「わ、私も好きだもん!愛してるもん!」
「霧切さん、抜け駆けはよくない…」
「…またですか?そろそろ我慢すべきと思うんですけどねえ…?」
「…なんのことかしらね?」
「…おい、オメーの嫁共だろ。何とかしろよ」
「僕にだって、できないことは…あるッ…」
「……」
「…色ボケ連中は置いておいて、大勢は決したようだな?江ノ島盾子」
「そうだ!これでオメー以外の全員が『希望』側!もうオメーに勝ち目はないべ!」
ほぼ全員の答えが出尽くし、あとは苗木を残すのみとなった状況で、江ノ島は十神と葉隠の啖呵に対ししばし沈黙を保っていた。
…だがやがて
「…さっぶい」
そんな呟きが漏れ出し、
「…オマエラの言葉が、仕草が、存在が…オマエラの信じる『希望』が…」
そして爆発した。
「さぶいさぶい!今どきそんなの流行んないって!そんなくっさい台詞で世界が変わるわけがないじゃん!」
江ノ島の言葉に、苗木は毅然として向き合う。
「変わるわけない?そんなことはやってみなくちゃ分からない!…それが無理だと皆が言うなら、僕がその『常識』を壊してやる!」
「今は『絶望』こそが正しい世界なんですよ?あなたがやろうとしていることは、その世界を壊すという暴挙に他ならないんですよ?」
「ああ、後でいくらなじられようが構うものか!こんな世界僕がぶっ壊してやるッ!…だか僕はお前の様に壊した後に放っておくなんてことはしない!礫岩のように壊れて凝り固まった世界を再び破壊して、その世界を『希望』ある世界になるよう正していく!」
「気持ち悪~い!そんな大言壮言吐いて恥ずかしくないの~?ていうか何様~?神様にでもなったつもり~?」
「…生憎そんな大層なものになったつもりはない。僕はただ世界が『あるべき場所』に向かうよう促すだけだ。世界が『絶望』に伝染されたから今の世界はああなってしまった。…だったら僕は、僕自身の中の『希望』を伝染させて、再び世界を、人の心を突き動かしてみせる!」
「お前程度が私様の真似事をするつもりか?そんな二番煎じが通用するものか!諦めて『絶望』にひれ伏すがいい!」
「真似事じゃあない…!僕はお前の様に死と恐怖を振りまくような破壊なんか絶対にしないッ!どんな困難だろうと、皆の『希望』を繋いで、皆の力で乗り越えていく!お前の様に自分の後を追わせるんじゃあない…。僕は皆と共に、前に進むッ!!」
「ふざけろ『希望』ッ!そんな叶わぬ理想、抱いたまんま溺死しちまいなッ!!」
「叶わない『理想』なんかじゃあないッ!僕らが力を合わせれば、必ず世界は変わる!これは目指すべき『未来』なんだッ!」
「そろそろしつこいんだよッ!」
「こっちの台詞だッ!僕の性格を知っているなら、引くわけがないことぐらい知っているだろうッ!」
「ああッ!もちろん分かってるよッ!だからこそウザいんだよッ!…なんで、なんで諦めないんだよ!?アンタ達に『希望の未来』なんか無いッ!あるのは『後悔の過去』と『絶望の現在』だけだッ!オマエラがやっていることは、無駄な足掻きでしかないんだよッ!」
「例えそうだとしても、貴様のシナリオ通りに生きるなぞ真っ平御免だッ!」
「そうだべ!俺たちは自分で考えて動ける人間なんだべッ!」
「つーか今のオメーの方が足掻いてるみてーじゃんか!くはー!ダサッ!」
「私たちは、私たちの望む明日の為に生きる!」
「…盾子ちゃん、もう皆を止めることなんてできないよ」
「そうです!もう私たちに迷いはありません!」
「無様でも、みっともなくとも、必死に足掻いて、生きて…何時だって、人間はそうして未来を創って来たのよ。貴方一人でその流れを止めることなんて、できやしないわ」
『弾丸』の如く放たれる江ノ島の呪詛を次々と『論破』していく苗木達。そのたびに、江ノ島の表情が歪み、遂に彼女本来のキャラが顔を覗かせ始める。堅牢だった『絶望』という名の壁が、崩れていくように。
「…ウザいウザいウザいウザいウザいウザい…ッ!ダサいダサいダサいダサいダサいダサいッ!!オマエラ全員ウザすぎるんだよッ!明日に『絶望』しろッ!思い出に『絶望』しろッ!!未来に『絶望』しろォーッ!!『ジョースター』ァーッ!!!」
「『絶望』なんかしないッ!何故なら、僕らは『希望』を信じているからだッ!!」
「なんなんだよ…なんなのよアンタはァーッ!!?」
「僕は苗木誠、『ギャング・スター』苗木誠だッ!!」
ピコォォォォンッ…!!
苗木が投票スイッチを押すと同時に、画面にスロットが映し出され回転を始める。皆が固唾を吞んで見守る中、激しく回転していたスロットはやがてゆっくりと速度を落とし、敗者を示す顔…『絶望』江ノ島盾子を指し示した。
「あ…?」
「…終わりのようだな。江ノ島盾子」
「全員一致、俺たちの完全勝利だべ!」
示された結果に呆然とする江ノ島に、十神と葉隠が勝利宣言をもたらす。それを聞いていたのかいないのか、江ノ島はやがて力なく嗤いながら呟く。
「…は、あ…ハハハハ。そっか、アタシ、負けたんだ…」
「…盾子ちゃん」
「二年も前から念入りに準備して、最大の懸念であった苗木にも十分に警戒して、この舞台を創ったって言うのに、…負けたんだ」
「そうよ、あなたは負けたのよ。苗木君に、『希望』に『絶望』は敗北したのよ」
「そんなの…そんなのって…!」
「な、何!?認めないつもり!?」
「素直に認めてくださ…」
「…チョー最高じゃあなーいッ!!!」
「…は、あ?」
「貴様、何を言って…」
「…と、言おうと思ったんだけど、…正直、そこまで『絶望』感じてないんだよね」
「…なんですって?」
「…アタシさ、この計画を練っている時にずっとシミュレーションしてたんだよね。アンタ達の性格とか学園の仕掛けとかを徹敵的に分析して、どうすれば最も完璧に計画を成功できるかってね。…でもさ、何千何万回シミュレーションを繰り返しても、絶対に覆らない『可能性』が残ったんだよね」
「…可能性?」
「…それは、『苗木誠が記憶を取り戻して私様を華麗に打ち倒してハッピーエンド』っていう、『絶望』の欠片もない『希望』に溢れた糞みたいな可能性だよ。何度も何度も修正を重ねて、小数点以下に確率を減らすことができても、絶対に消えることだけは無かった。…何故だと思う?」
「……」
「…私もね、心のどこかで期待していたのかもしれないな。この私の完璧な計画を打ち破る『可能性』という奴をね…」
「な、なんだべそりゃ?自分で計画しておいてそれをぶっ壊されたいとかおかしいんじゃあねーか?」
「君らだって、自分で問題とか迷路を作ったりしたら、簡単に解けない様に工夫はしてもいつか誰かに解かれることを期待するだろう?そういうものなのさ。…特に自分と同じ地平に立つ存在を知ってしまえば、なおさらね…」
「…あなた、もしかして」
「ああ勘違いしないでくれよ。私は別に苗木にゾッコンだとかそういう訳じゃあ…まあ子供ぐらいは欲しいと思っているけどそこまで入れ込んではいないよ」
「…その前提はおかしい」
「…ま、強いて言うなら…この世に『天敵』の一人や二人ぐらいいないと私様も生きるという『絶望』に飽きてしまうと思っただけさ。苗木君、おかげで退屈せずに済んだよ」
「…江ノ島さん」
「…ねえ苗木。最後に一つ聞かせてよ。前に絶望した奴の一人がこんなことを言っていたんだ。…『希望っていうのは、性質の悪い伝染病だ。力のない人間を無理やり闘いの場に引きずり出し、悪戯に人を傷つける…。どんな奴でも平等に立ち向かう力を失くす絶望より、ずっとずっと残酷な在り方なんだ』って。…苗木、確かに『希望』は人を奮い立たせる。けれど、その結果より多くの人が傷つくことになるかもしれない。そんな可能性があるとしても、アンタはそれでも『希望』を背負って進むつもりかい?」
「進む。例えこれからどれだけたくさんの血が流れたとしても、僕たちは前に進む。許しは請わない、咎めを受ける覚悟はできている。…けれど、今の世界が変わる時までは、僕は前に進み続ける。『どこまでも強く在れ』…それが親父の最期の願いだから」
「…全く、ここまでくると脱帽だね。ま、最後の花道ぐらいは整えてあげるよ」
『…おい、江ノ島盾子!貴様、まさか貴様ッ…!!』
「アンタは黙ってな三下以下の小物が。これは私様からの『希望』への最初で最後のプレゼントなんだよ。…さて、喋りつかれたし、そろそろ終わりにしようか」
「ッ!!終わりって…!?」
「そう!いよいよお待ちかねのおしおきの時間って訳だよ!…ああ~、楽しみだわ~!『死の恐怖』って、一体どんな絶望なのかしら!?一生で一度しか味わえない『絶望』をやっと楽しむことができるのね!」
「ちょ、ちょっと待ってください!な、何も死ななくても…」
「やめてやめてやめて!私がこの瞬間を、どれだけ待ち望んだと思ってんの!?この世に生を受けて18年、生きながらにずっと『絶望』してきた私の最大最後の『絶望』の機会なんだよ!?邪魔しないでよ!!」
「そ、そんな…」
「…つくづく救えんやつだ」
「盾子ちゃん…」
鬼気迫る表情で救いの手を拒否し続ける江ノ島。そんな彼女に、意外な賛同者が現れる。
「…そうだね、罪には罰が必要だ。世界を混乱させ、多くの命を失わせた江ノ島さんにはそれ相応の『報い』を受けてもらう必要がある」
「苗木君ッ!?」
「…アッハァ♡やっぱり苗木君は分かってくれる。それじゃあさっそくおしおきター…」
「…だから江ノ島さん、そろそろ引っ込んでもらっていいかな?」
「…へあ?」
しかし、彼の言葉は江ノ島の思惑と異なるものであった。
「な、苗木っち?引っ込めって…何言ってんだべ?」
「…ホント何言ってんの?今罰が必要って言っておいて、なんで私が引っ込むのさ?アンタ言ってることが滅茶苦茶…」
「別におかしなことを言っているつもりはないよ。罰は与える、けれど僕にも『やらなければならないこと』が残っている」
「やらなければならないこと…?」
「江ノ島さんに『罰』を与える、僕の『やるべきこと』を成し遂げる。それを一度に成す方法が、たった一つだけ存在する…!」
苗木はそこで向き直り、江ノ島に…正確には江ノ島の『内』に向かって叫ぶ。
「出てこい『ディアボロ』ッ!決着をつけるぞッ!!」
「「「「「「「ッ!!?」」」」」」」
『…いよいよ、か』
「ど、どういうことだ苗木ッ!?ディアボロが…あの男がここにいるのか!?」
「ああ、いるよ。…そこにね」
そう言って苗木が指差したのは、江ノ島であった。
「……」
「な、何言ってんだ?ディアボロは男だろ!?江ノ島盾子は女じゃあねーか!つーか江ノ島盾子にディアボロがいるってどーいうことだべ!?」
「…多重人格」
「あ?」
「それって…腐川ちゃんみたいな?」
「ええ、江ノ島盾子にディアボロがいる…。それを説明できるとしたら、それしか考えられない!」
「けどよ~、アタシと違って盾ちゃんとカビ頭は性別も体つきも違うんだぜ?それなのに多重人格とかありえんの?」
「…以前なにかの資料で読んだけど、多重人格者の中には性別の異なる人格や、それどころか顔や体格まで変化する事例もあるそうよ。実話を基にした『24人のビリー・ミリガン』という本にはボクサーのような体格の人格が存在していたと記述されていた筈よ」
「じゃ、じゃあホントに…!?」
「…あの時感じた『違和感』は間違いじゃあなかった。戦刃さんがあの場に居たのなら、君が居ても不思議じゃあない。あの瞬間、アイツはあの体から逃げ出したんだ。君の中にね…」
「……ハァ、好きにしな。どうせアタシが敗北を認めた時点でアンタたちのスタンドに掛けられた不可侵のルールも無効になってる。精々頑張んなよ…」
苗木の意図を悟った江ノ島はそう言って己の着ているシャツの裾に手を掛ける。
「ちょ、何を…!?」
その行動に戸惑う皆に構うことなく、江ノ島はシャツを脱ぎ捨てる。…しかし、その下から現れたのは、江ノ島の豊満な肢体ではなかった。
捲られるシャツの下から見えたのは、とても彼女のものとは思えない軽く引き締まった男の肌。豊かな双丘は胸板へと変わり、髪の毛もシャツが潜るとピンクがかったブロンドからカビが生えたような紅色へと変化する。
そしてシャツを脱ぎ捨てた後、江ノ島盾子が立っていた場所に存在していたのは。
「…よくぞ言ったぞ苗木誠。それでこそこの俺に殺される価値はあるッ!!」
悪魔の名を冠するスタンド使い、ディアボロがそこにいた。
「ッ!?な、なな…!?」
「うおッ!マジかよ!?アタシ以外の多重人格者なんて初めて見た!」
「…こいつの場合は人為的な多重人格だから腐川さんとは少し違うんだけどね」
「…無駄話とは随分余裕だな苗木誠…」
ディアボロの発する殺気にも苗木は以前の様に激高することなく向きあう。そんな苗木の前に立ち塞がる様に、『S・フィンガーズ』、『ムーディ・ブルース』、『エアロスミス』が割って入る。
『やっと会えたな…、ディアボロッ…!』
『今度は不意打ちなんか喰らわねェ~ぜェ~ッ!!』
『貴様の命、ここで断ち切らせてもらうッ!!』
「…ふん、便所に吐き捨てられた痰カス以下の連中が何度死に損なおうと、例え不可侵のルールなど無くとも、もはやこの俺の進化した『キング・クリムゾン』に触れることすらできん…。もうあの女…いや『負け犬』も必要ない…!」
「お前ッ…!」
「それにしても…、随分と愚かな選択をしたものだな苗木誠よ。あの女の最期の慈悲を甘んじて受けていれば死なずに済んだものを…」
「……」
「じ、慈悲ぃ?」
「あの女はこの俺が貴様らに刃を向けることが無いよう、己の敗北による処刑でこの俺もろとも死のうとしたのだよ」
「何…!?」
「…成程、それがプレゼントの意味だった訳ね」
「…それを、わざわざこの俺を引きずり出してまで殺されようとするとは、そんなに死にたいのなら…望みどおり一瞬で殺してやろうッ!!」
ディアボロの怒気と共に『キング・クリムゾン』が現れる。そんな状況で苗木は…薄く笑んだ。
「…?なにが可笑しい?」
「…ディアボロ、お前は一つ思い違いをしている。僕が何の勝算も無しに貴様を引きずり出すと思っているのか?」
「何…ッ!?」
その言葉に、ディアボロの脳裏に一瞬あの『スタンド』の姿が浮かぶが、直後に現れた苗木の『ゴールド・E』の姿を見て、胸をなでおろす。
「…フ、フハハハハハッ!ハッタリをぬかしやがって!今の貴様はただの『ゴールド・E』!そんなスタンドでこの俺の『キング・クリムゾン』を倒せるものかッ!!」
「…ディアボロ、記憶が戻ったということは貴様の最も恐れている『アレ』の存在も思い出してるということなんだぞ?」
「ッ!!?」
安心しきったディアボロの心境を、再び苗木の言葉がかき乱す。
(ど、どういうことだッ!?落ち着け…。今のアイツは『アレ』を持ってない筈だッ!『アレ』失くして、あの『力』を得ることなど出来ん筈!第一、奴が二度も『アレ』に選ばれることなどあり得んッ!!)
「…お前の次のセリフは、『調子に乗るなよクソガキが』だ」
「調子に乗るなよクソガキがッ!……ハッ!?」
「…僕はあの『力』を得てからずっと、『アレ』を肌身離さず持っていた。だけど、この学園で僕が目覚めた時『アレ』はどこにも無かった。…記憶が戻った時、てっきりお前が持ち去ったのかと思ったが、すぐに気が付いたよ…」
苗木は己の右腕を突き出し、袖を捲りあげる。
「記憶を奪われた時、あの『力』は『ゴールド・E』から消えた。しかし、失われたわけではなかった。あの『力』は、記憶と一緒に封じられていただけだったんだ」
捲り上げた右腕には、まるで何かが埋め込まれたかのように皮膚が隆起していた。そしてその隆起は、やがて手の方に向かって動き始める。
「…ならば、あの『力』の根底たる『アレ』は何処へ行ったのか?そこまでくれば見当はつく。…僕の記憶が戻った時、それがあの『力』を取り戻すとき…!つまりッ!」
やがて手首まで到達したとき、苗木は手のひらを握る。そして、再びそれが開かれたとき、苗木の手に握られていたのは…
「…『切り札』は最初から、僕の中にあったッ!!」
石でできたあの『聖なる矢』の矢じりが、確かにそこに存在していた。
なんか生殺しな気もしますけどご勘弁を…
何しろ最後のスタンドバトルがすさまじい密度なのでどう書いていいやら難しくて…