IS - the end destination - 作:ジベた
鈴が来てから3日が過ぎた。初日こそゴタゴタしていたが、今ではセシリアと並ぶクラスの中心人物になっている。
やっぱ、鈴はすごいよな……昔の俺でさえ前向きに変えられちまったんだから。
鈴は旅行のときでさえ荷物が極端に少ない。「女子なのに何で少ないの?」と前に聞いたが「旅行先に人が居るなら借りればいいじゃない」の一言だった。おそらく中国から日本に来たときも手荷物は一つだけだったんだろうな。
「じゃあ早速始めるわよ、箒」
「よろしく頼む」
今日から放課後の自主訓練にも鈴は混ざってきた。で、うちのクラスにいる専用機持ちの実力を知りたいからと模擬戦を提案してきたのだった。それでまずは箒が鈴と戦ってみることとなった。本当は俺が最初にやるつもりだったのだが鈴に「デザートは最後」とか言われて却下された。
「一夏さん、鈴さんはどれほどの実力なのでしょうか?」
隣に居るセシリアが訊いてくる。しかし俺がその答えを持っている理由がない。
「知らない。少なくとも、最後に俺が会った時の鈴はISなんて知りもしなかったはずだぜ?」
「えっ!? それは本当ですの? 1年前でしょう?」
セシリアが目をこれでもかと見開いている。それも当然か。代表候補生という立場は、彼女がもっと前から教育されて辿りついた境地なのだろうし。国は違えど、それを鈴は1年……いや、実質は1年に満たない期間でやり遂げているわけだ。
早速俺は鈴のISの観察を始める。正確には打鉄が、だが。
『ISネーム“
かなり特徴的な外見のISだった。まず、手に何も武器を持っていない。代わりといっては何だが装甲と呼ぶには大きい籠手が圧倒的な存在感を放っている。ってかピンク色かよ。そして、両肩には陰陽道とかで見られるような白と黒で塗り分けられた球体が浮いていた。おそらくであるが、この非固定浮遊部位が特殊装備なのだろう。
対する箒の打鉄・紅葉はいつも通りの二刀流と4枚のシールドだ。ちなみに箒は俺との戦績で勝ち越しているくらいの実力者だ。セシリアにも言われたが相性が悪いのもある。
スピード重視の近接格闘をする俺の機体は相手の射撃を掻い潜って攻撃していくというコンセプトだ。接近されることや先に攻撃されることが前提の箒のISだと攻めにくくてしょうがない。勝ったときはヒット&アウェイがうまくいったときだけで、一度でも捉えられたら俺はすぐに負ける。
山田先生から聞いたナイショの情報では箒のIS適性はCらしい。つまり持ち前の剣術だけで俺を負かしていることになる。腰を据えて接近戦を行う打鉄・紅葉は箒の良さを最大限に生かしたまさしく彼女の専用機だった。
箒と鈴。俺にとっては、どっちが勝っても不思議ではなかった。
どちらも声を発しない。個人間秘匿通信で会話してるのか? ま、俺には関係ないか。鈴の力をじっくり見せてもらうだけだ。
しかし、これは模擬戦と言っていいのか?
どんな会話の応酬があったのかは知らないが、鈴も箒も目がマジだ。
「はああああ!」
声を張り上げて先に仕掛けたのは箒。盾を前面に全て展開しながら突撃する。
対する鈴は移動しない。ISから送られた情報通り、近接の格闘型だということだ。相手が間合いを詰める分には問題はない。しかし、鈴のISは武器どころか盾らしきものも見あたらなかった。
『圧力変化を感知』
打鉄・雪花から情報が来る。それは目では見えない変化。甲龍の肩に浮いている球体付近に異常が見られた。球体前方に圧力の特異点が円形に何層も並んでいて砲身のよう。次の瞬間、箒の盾の一枚がひしゃげた。
「何が起きてるんだ?」
「“衝撃砲”ですわね。空間自体に圧力をかけて砲身を形成し、余剰圧力を射出する特殊装備。簡単に言えば見えない大砲で見えない砲弾を発射する武器ですわ」
セシリア、解説サンキュー。見えない射撃武器か……見てから避ける俺にとっては天敵のような代物だな。一応ISが攻撃を認識してくれているが、反応が遅れることは間違いない。
衝撃砲とやらは打鉄・雪花にとっては致命傷な威力でも箒の盾を打ち破るほどの威力は無いようだ。
箒は4枚の盾を維持したまま鈴に接敵する。そして二刀の射程に捉えると同時に盾に打ち下ろした。
対する鈴は武器を持たない左腕でガードをする。追いつめられたときの行動にしか見えないはずなのに、鈴は不敵な笑みを浮かべていた。
箒の刀は止められていた。いや、肉眼では箒が止めたようにしか見えない。なぜならば、箒の刀と鈴の左腕の間に空隙があったからだった。
◆◇◆―――◆◇◆
(くそっ! 何がどうなっている!?)
一番混乱しているのは攻撃していた箒だった。接近するときもどうやって攻撃されたのかがわからない。そして今も見えない壁に阻まれているかのように刀が止められている。
『驚いた? これがあたしの甲龍の特殊装備“
得意げな鈴がキッと箒を睨む。すると箒の刀と鈴の籠手は磁石の同極同士による反発力のように弾き飛ばされる。体勢が崩れたままでは危険と判断し、箒は一度距離を離す。その際に鈴から追撃はなかった。
『どういうつもりだ? 私を許せないのではなかったのか?』
放課後の自主訓練前までは人なつっこさを感じさせていた鈴が提案していたこの模擬戦闘。始まってみれば鈴はその態度を豹変していた。
アンタたちのせいで一夏がどれだけ苦しんだと思ってるの? と言われた。
貴様に何がわかる、と叫びながら考えなしに突っ込んだ。否定しなければ箒はここに立っていられない。
鈴は一夏の元を何も言わずに去った箒を責めていた。実際に一人残された一夏を見てきた鈴の言葉は箒の心を深く抉った。
一夏は7年間のことを全て話さなかったが、鈴によって初めて箒たちが一夏を傷つけてしまった事実を突きつけられた。
そして傷ついた一夏を癒したのは目の前の少女であると理解させられた。
自分の知らない7年間の一夏を目の前の少女は知っている。
彼女と一夏の距離は箒よりも近い。
セシリアには対等でありたいと思っておきながら、その実、自分が一番一夏の近くにいると思っていた。
自分の心の汚さに反吐がでる。
自分の心の痛みは一夏を苦しめたという罪悪感ではなく、一夏の一番近くにいるのが自分じゃないという嫉妬によるものだったことに気づいた。
(一夏と会うわけにはいかなかったんだ。そのことを知らないくせに!)
自分の心に言い訳をする。自分を正当化する。
箒はこの勝負に負けるわけにはいかなかった。鈴が一夏と過ごしていた期間、箒はISで戦い続けていたのだ。もしISで負けてしまえば、自分の存在意義を失ってしまう気がしていた。
不退転の意志で二刀を構える。しかし、鈴から箒の戦意を削ぐような声が届いた。
『昔、アンタを許せなかったのは事実。ごめんね。あたしにとって篠ノ之箒は一夏を苦しめる敵だったの。……でも今のアンタの攻撃で、アンタがどれだけ必死なのかがわかったわ』
ニカッと鈴は楽しそうな笑い方をする。まるで小学生の笑みだと箒は感じていた。
『アンタ、一夏のことが好きでしょ?』
『なっ、何を!?』
模擬戦開始直後の攻撃的な態度から一転し、鈴は修学旅行の夜のように箒に問う。コロコロ変わる鈴の話題に箒は振り回されていた。
『アンタと一夏の関係については詳しく聞かない。でも、これだけは覚えておいて。あたしはISでも一夏との恋愛でもアンタより先に居る。アンタなんか敵じゃない』
箒は自分の胸の内が見透かされている気がしてならなかった。
ここで鈴の方から動いた。少し反応が遅れたが、箒は4枚のシールドを前面に並べて鈴からの攻撃に備える。
衝撃。
頭が強く揺さぶられた箒は、気づいたら地面へと落下していた。
◆◇◆―――◆◇◆
次は鈴の攻撃のターン。防御態勢の箒に鈴が手甲で殴りかかっていた。
俺は軽い気持ちで戦闘を眺めていた。そして、そこで戦闘が終わった。
箒の盾の一つがバラバラに砕け散り、盾を貫いた鈴の拳が箒の顔面を捉えていた。箒はきりもみ回転をしながら落ちていく。
「箒さんっ!」
セシリアが箒の落下地点へと飛んでいくのに俺も続いた。
「大丈夫だ、まだ動ける」
頭を押さえながら箒が起きあがった。絶対防御が発動して箒の体は大丈夫なはずだがどうやら様子がおかしい。セシリアが「無理をしてはいけませんわ」と箒を窘めていた。
「おい、鈴! やりすぎだ!」
俺は上空から降りてきた鈴を叱りつける。正直に言うと俺はこの戦闘で何が起きたのかを把握していないのだがな。俺の言葉を無視して鈴は箒へと近づいていく。
「ごめん。でも今のあたしの本気を箒にも知って欲しかったの。だから箒、幼なじみ程度の関係で満足していると何も残らないわよ?」
「くっ……」
鈴が箒に謝っている。内容は俺にはちんぷんかんぷんだけどな。しかしながら、どうして謝られてるのに箒は歯噛みしているんだろう? 鈴が言ったのは嫌みなのだろうか?
俺と同じことを思ったのか、セシリアが臨戦態勢だった。なんか最近やけに箒と仲がいいからな。
「鈴さん。連戦で申し訳ないのですけれど、わたくしとも模擬戦をしてくださるかしら?」
「いいわよ」
最初の頃の薔薇のセシリアが蘇ったようだ。綺麗な花でも棘がある。そして空気を読まない鈴は敵意剥き出しのセシリアに対して即了承していた。
『一夏さん。申し訳ありませんが、箒さんを保健室へと連れて行ってもらえますか?』
『そうだな。行ってくる』
『お任せいたします』
セシリアが腕を水平に伸ばすと愛銃であるスターライトmkⅢが姿を現す。直後にセシリアと鈴が上空へと飛び立った。
「ひゃあっ!」
「動くなよ、箒」
俺はISを展開したまま動けないでいる箒を抱えて保健室へと飛んでいった。
◆◇◆―――◆◇◆
箒を抱えて飛んでいく一夏を見送った後でセシリアは鈴と向き合った。
「先ほどは箒さんに何を言いましたの?」
セシリアは箒の様子がおかしいことにすぐに気づいた。一夏は攻撃によるショックと思いこんでいるようだったが、ISの絶対防御はちゃんと働いていた。衝撃砲程度で操縦者にダメージがいくことは無い。
「アンタのせいで一夏の心が壊れそうだった。あたしはISでも一夏との恋愛でもアンタの先にいる。そんな感じのことよ」
セシリアは目を見張った。鈴の回答はスッキリするくらい本当のことだった。
実はセシリアはコアネットワークへの接続適性が高く、近くにあるISの情報を入手することができる。先ほどの戦闘での個人間秘匿通信を傍受していたからこそ、箒のために怒っている。……ついでに自分の怒りもあった。
「恋愛でも先にいってるとはどういうことです! あなた方は付き合っていないのでしょう!? いくら最近まで親しかった友人とはいえ、一夏さんのことをなんでも知ってると思わないでもらえます?」
「そうね。付き合っていないわ。でも、アンタこそ一夏のことを何も知らない。もし一夏に惚れてるんだったら、悪いことは言わないから諦めなさい。これは助言よ」
「何ですって!?」
鈴の口調からは誇張も何も感じられなかった。鈴は本気で諦めろと言っている。願うだけ無駄なのだと言っているのだった。
だがセシリアの望みを果たすために一番近い存在である一夏だ。
他人に言われて、はいそうですかと諦められるはずがない。
セシリアはこめかみをピクピクさせた笑顔を鈴に向ける。
「一度あなたには痛い目に遭っていただいた方がよろしいですわね」
「最初からそのつもりなんでしょ? だったら一つ賭けをしない?」
鈴が人差し指を立てながらセシリアに提案をする。
「アンタが負けたら、一夏を諦める」
「ではわたくしが勝ちましたら、あなたが一夏さんを諦めますの?」
「あ、それは無理。対等な条件じゃないかもしれないけど、無理な理由も含めてあたしの知ってる一夏についてアンタに教えてあげるってのでどう?」
鈴の知っている一夏。それをセシリアは知っておきたかった。負けたら一夏を諦めるという条件はきついが、ここは退くところではないと直感した。
「いいですわ。受けて立ちましょう」
「後での言い訳は……無しだからね!」
ハイパーセンサーが空間の歪みを察知し、セシリアは上へと飛び上がる。同時に4機のBTビットを展開させ、鈴を取り囲む。
「先制の奇襲とは、意外と姑息ですわね」
「それだけ厄介な相手だって認めてんのよ」
セシリアは4機のBTビットとスターライトmkⅢによる全方位攻撃を行う。それを鈴は回避しようとするが、BTビットのビームが少しずつ被弾する。
予想通り、鈴の籠手は肩にある衝撃砲と全く同じ系統のものだった。それが箒の攻撃を防いでいた見えない盾の正体。空間に圧力をかけた際に斥力を生じさせて刀を弾き飛ばしていた。
――そして、衝撃砲ではエネルギー系の攻撃を防ぐことはできない。
箒の盾を打ち破ったのも同じ衝撃砲。本来は砲身を展開、射出という手順を踏む衝撃砲であるが、砲身の展開を省略して衝撃砲のエネルギー全てを威力に回した格闘武装だ。
(つまり、わたくしは近寄らせなければ負けない)
セシリアが格闘型ISにすることはいつも同じ。5つの火線で敵機の接近を阻み、じわじわとシールドエネルギーを削りきる。
鈴のISには射撃武器があるが、セシリアにとっては何の問題もなかった。射撃戦では誰にも負けるつもりはない。
砲身は見えなくとも、自分を狙っているのか、BTビットを狙っているのかが読める。鈴は決して射撃に関してのレベルが低いわけではない。だからこそ攻撃するであろう場所を予測できるのだ。
クラス代表決定戦で一夏に後れをとったままのセシリアではない。彼女の攻撃はより狡猾に洗練されていた。いつかの箒のように鈴は一方的に蹂躙されていく。
いける。
セシリアの中で勝利は確信に近づいていた。自然と眉間の皺もゆるむ。すると、鈴の顔に笑みが浮かんだ。
(何ですの? その顔は)
セシリアが疑念を抱きながらスターライトmkⅢを放つと、あろうことか鈴が自分から当たりにいった。
当然ビームライフルの衝撃で吹き飛ばされる。しかしセシリアの頭に思い描かれた軌道とは全く逆の方向へと鈴は吹き飛んだ。つまり、急速に接近してきている。
装甲がボロボロの鈴が近づいてくる。両手を引いた双手突きの構え。接近を阻止しようと、撃って当てるほど、鈴の加速は止まらなかった。
瞬時加速の一種だとは思われるが、セシリアには見当もつかない。おそらくは
この勝負は、甲龍のシールドエネルギーが尽きるのが先か、セシリアが接近を許すのが先かに委ねられた。
(ならば、ミサイルで……)
セシリアはBTミサイルの2発を発射する。現在のブルー・ティアーズの最高火力だ。これで落ちるはず。高速で向かってくる鈴にミサイルは見事に命中した。いくらなんでも盾無しでは耐えられないはずだ。
これで勝利。
しかし、どこか腑に落ちない。
セシリアは同じような展開で負けたばかりだった。
爆煙で鈴の姿が見えないことも不安だった。
(あっ! しまった!)
ここでセシリアは思い至った。鈴の甲龍には、物理的衝撃ならば防げる盾があることを……
「あたしの勝ちーっ!」
黒煙の中から飛び出したのは黒とピンクのIS。その構えた拳を当てられれば負けは確定する。
スターライトmkⅢもBTビットも間に合わない。この状況を打開する武器は……ブルー・ティアーズには一つだけ備わっていた。
セシリアは恥も外聞も投げ出して、叫んだ。
「インターセプタァアアア!」
……鈴が拳を突き出す前に、セシリアの手に現れた近接ブレードによる突きが命中し、甲龍のエネルギーが底をついた。同時に鈴の両腕を覆っていた異常値の圧力も元に戻り、甲龍は力なく地面へと落下した。
「わたくしが、勝ちましたの……?」
無我夢中で慣れない武器を使ったために、セシリアは決着の瞬間に起きたことを把握できないでいた。
「油断したわ。アンタの勝ちよ。約束通り、あたしの昔話をしてあげるから降りてきなさい」
地面に大の字に寝たまま、鈴はセシリアに微笑みかけた。
◆◇◆―――◆◇◆
セシリアに言われるまま、俺は箒を連れて保健室に来た。とりあえず今は普通に歩けており、俺が抱える必要はなかった。
それにしても、箒には代表候補生と戦っては負けてここに来るジンクスが生まれつつある気がする。
「箒、先生は今いないみたいだ。呼んでくるからベッドで寝て――」
俺の後ろについてきていた箒に声をかけるが、それは背中への衝撃で止められる。箒がぶつかってきたのだ。箒は俺の制服をギュッと握り、顔を俯かせている。彼女の手は震えていた。
「……さっき、鈴と何かあったのか?」
俺は箒の様子がおかしくなった心当たりを口にする。
一瞬だけ震えが強くなった箒。
それからしばらく同じ体勢のまま動かない。
沈黙の時間が続き、俺から声をかけることなくただ待っていた。
そして決心がついたのか箒が自らの思いを吐露し始めた。
「一夏。私は彼女たちの友人である資格はあるのだろうか?」
「おいおい。代表候補生友人検定っていう資格試験なんてどこにあるんだよ?」
資格。俺も時折考える言葉だが、今回は同調しない。すると、箒は俺の背中から離れて声を張り上げる。
「私はまじめな話をしている! ふざけるな!」
「俺だってまじめだ! ふざけてるのは箒の方だろ! なんで友達に資格なんてのがいるんだよ!」
軽口で返していたが、俺の主張は至極まじめなものだ。もし箒が専用機持ちの資格と言い出したなら話は別だが、今の箒の悩みはセシリアや鈴たちを愚弄している。
急に大声を出した俺に驚いた箒は、内容に関して言い返せずに口をつぐむ。今の彼女は刃がボロボロになった日本刀だった。
俺が修繕するしかない。
言葉がうまく出てこない箒の思いを、俺が引き出さなければ。
「もう一度訊くぞ? さっき鈴と何を話してたんだ?」
「……すまないが、言えない。それに今の話とさっきの模擬戦は関係がない」
再会したときのような、言いたいのに言えないという雰囲気は微塵もなく、箒は自らの意志で口を閉ざしている。ま、何でも踏み込むべきではないし、言いたくないことは放置しよう。
「じゃあ、セシリアの方か。最近、仲良さそうじゃないか。それで何か問題があるのか?」
俺は話の切り口を変える。すると箒が小さな声でボソボソと話し始めた。
「仲が良さそう、か。私もそうであることを望んでいる。だがな、一夏。私は彼女と対等になれていないのだ。彼女に、話せていないのだ」
「対等でない? 何の話だ? 人は誰だって隠し事くらいするだろ? セシリアだって箒に隠していることがあるだろうし」
俺には箒が言いたいことが全くわからない。問題点が見つからないから解決策も見当がつかなかった。
箒は輝きの無い瞳で俺を見つめる。
「IS学園の地下施設。トロポスを開発、運用している敵。姉さんの所在。私の生活は常にこれらの事柄が絡んでいた。一夏も知っているように、誰にも知られてはいけないことだ。そんな私がセシリアと何を話せる? もう7年前までの話はした。しかし、それ以降やこれから先の話を私は彼女に正直に話すことができない。話せば彼女も巻き込む。話さなければ、私はずっと誤魔化していかなければいけない」
箒の顔は今にも泣きそうだった。しかし涙は流れない。今の彼女の涙腺は水を放出しきったダムなのかもしれない。
「嫌なんだ。誰かと親しくなる度に、秘密を抱えていることが枷になる。私は鈴がうらやましい。自分を出せているあの子がうらやましい。私は狂ってしまいそうなんだ。なぜ私ばかりこんなことに巻き込まれて、なぜ私は一緒にいたい人間と距離を置かねばならないのだ? なぜ私は――」
俺は耐えきれずに箒の頭を抱き抱えた。箒は抵抗せず、されるがまま俺に身を預けている。
「もういい。俺はわかったから。俺は箒の秘密を知ってるから。俺が聞いてやる。俺がいてやる。俺とお前は秘密を共有してるんだから、一人で抱えて壊れるんじゃない!」
「いち……か…………」
箒は俺の腕の中で眠るように気を失った。張りつめていたモノが少しは緩んだのだろう。その顔は少し明るさを取り戻していた。
俺は気を失った箒をベッドに寝かし、養護教諭に電話で連絡後、自分の部屋へと走った。
◆◇◆―――◆◇◆
「一夏……。あたし、アンタのことが好きなの! だから付き合いなさい!」
セシリアと鈴のみとなった第2アリーナ傍の更衣室で、鈴は誰もいない方向に向かって告白をする。その演技の臨場感にセシリアは興奮しっぱなしだ。
模擬戦はセシリアが勝利した。その時刻は、実を言えばアリーナの使用可能時間を過ぎていた。今日はたまたま管理が甘かったらしく、セシリアと鈴は2人でアリーナを出て行くことになった。
そして更衣室での着替え中にセシリアが賭けの話を持ち出し、現在に至る。ちなみに鈴はノリノリで語っていた。
「それでどうなりましたのっ!?」
セシリアの目が輝く。鈴という太陽を見ているひまわりのようだった。
今、鈴は陰気な少年であった一夏との出会いから、1年前の転校する日までを一気に話していた。ちなみにセシリアの「一夏さんのどこが良かったのですか?」という質問には答えられなかった。いや、答えてはいたが「知らないうちに好きになってた」という回答だったため、そのときのセシリアは残念そうにしていた。
ともかく、今のセシリアの興味は日本での最後の日に一夏に告白をした後の返事にある。鈴はなおも当時の一夏になりきって語る。
「ありがとう。でも、今の俺は誰とも付き合う気はない。お前も知ってるとおり、俺の大切な人は俺の元を去っていく。俺はそれを止めることができないくらい弱い人間なんだ。俺は“大切な誰か”を護りきる自信がない。今のお前だってそうだ。お前は俺の前からいなくなる。それを俺は引き留めるだけの力を持っていない。また大切な人が離れていくのを見ているだけしかできない。俺は怖いんだよ。“大切な人”をつくるのがさ」
セシリアの顔は明るさから一転し、暗くなる。
「今の話に誇張などは入っておりませんの?」
鈴に確認をとる。事実ならば、一夏は誰とも付き合う気がない。誰にもチャンスなどなく、セシリアの願いは叶わない。
「残念ながら完全再現よ。で、話は続くの」
鈴はセシリアの顔色の変化などお構いなしで演技を続ける。
「俺が強くなったら、必ず返事をする。だから待っていて欲しい。ってね」
一夏は男として最低の返しをした。はっきりと断らなかったということは、一夏は鈴に気があったということなのか、とセシリアは思う。同時に、普通ならばその時点で女性側が愛想を尽かすのではとも思った。
しかし、鈴が普通でないことをセシリアは理解している。
「それで、あなたは待ってるっておっしゃったわけですわね」
「そんな感じ。正確には、どんな返事でも真っ先にあたしのところに来なさい、だけどね」
そこで鈴の演技は終了したのか更衣室内に設置されている長椅子に腰掛ける。ぬるめのスポーツドリンクを飲み、一息をついた鈴がセシリアを真っ直ぐに見た。
「一夏はまだあたしに返事をしていない。つまり、一夏は“自分は弱い”と今も思っているということなの。誰とも付き合うはずがないわ。一夏が強くなるまでね。セシリアは何年、いいえ、何十年でも待つ覚悟はある?」
鈴が一夏のことは諦めろと言ったその真意をセシリアは理解した。待っていても自分を見てくれる保証がない。
セシリアはこれまでの生活で一夏が奥手だとは思っていた。しかし鈴の話を聞く限り、一夏は草食系と呼ばれる日本男子とは違っている。大切な人をつくってはいけないという強迫観念のようなモノが一夏にはあるのだ。
だからどうした。
セシリアは鈴を真正面から見返した。
「待つ覚悟なんて必要ありませんわ。一夏さんにわかってもらうまでです。一方通行な保護でなく、支え合ってこその男女の愛なのだと」
待てば海路の日和ありというが、セシリアには関係ない。一夏の都合だけに合わせるのもおかしい。セシリアは彼女の都合を一夏に押しつける気だった。
「あっはっはっは! アンタ、クールそうで意外と熱いじゃない! 実はあたしも同感よ。あのバカにわからせてやらないとね」
鈴はセシリアに手を差し出す。セシリアはその手を握り返した。
「あなたもライバルですわね」
「まだ並んでないわ。アンタも箒も。まずは一夏に告白して振られなさい。話はそれからよ」
◆◇◆―――◆◇◆
「カミラちゃんよぉ、オレの準備はOKだぜ?」
右腕に巻かれた包帯を外しながら男がからかい混じりの声で傍にいる女性に声をかける。右の頬に傷のある男だった。年齢は20代後半から30代くらいで、肩までテキトーに伸ばされているボサボサの長い赤髪が外見に気を使わない男であることを示している。彼の態度とたてがみのような髪型から獅子を連想させた。
「ご指定の通りにルー・ガルーの調整を行いました。“ゴーレム”の方も起動に異常なしです。いつでもいけます」
たてがみの男とは対照的にカミラと呼ばれた女性はきっちりとしたスーツ姿で、腰まで伸びる長い髪を三つ編みで一束にまとめている。その色は自然とは思えない水色だった。髪の色以外は堅物に見える女性は言葉遣いも丁寧なものだった。
たてがみの男は機嫌良く「ごくろうごくろう」と言って、紫色の狼男のトロポスへと向かう。それをカミラは手で制した。途端に男の機嫌が反転する。
「なんだぁ? いつでもいけるんじゃねえのか!?」
「上の許可が出ればいつでも、です。ご安心ください。すぐにでも許可は下りるでしょう」
「ったく! 頼むぜ」
たてがみの男は自らの愛機を前にして、これからの戦いを想像した。自然と口元が緩む。
(あのISに乗った男とまた戦える。オレの右腕に深い傷を負わせたガキと)
今度は前のようにはいかないと、男は生まれ変わった愛機を眺めていた。