IS - the end destination -   作:ジベた

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07 凰鈴音

 今日の授業はグラウンドに出ている。初見では馬鹿でかいグラウンドだなと思っていたが、実際にISを動かしてみると狭く感じてしまう。

 これまで2週間ほどの間、座学中心でグラウンドに出ても専用機を持っていない生徒がISを起動してみるだけだったのだが、本日より本格的な授業に入っていく。

 

「専用機持ちの皆さんは訓練機の運搬をお願いします」

 

 山田先生の指示で俺、箒、セシリアがISを展開して打鉄とラファール・リヴァイヴを2機ずつ運ぶ。

 

 運び終えると山田先生が授業の開始を宣言する。

 

「それではISの飛行訓練から始めたいと思います。そうですね……このクラスは専用機持ちが3人いますのでお手本をお願いしますね?」

 

 さあ、どうぞと言わんばかりに山田先生が俺たちに手を向ける。まあ、山田先生は専用機が無いようだし、俺たちの腕前を信用してのことだろうな。快く引き受けてすぐさま飛び上がる。

 

 俺、セシリア、箒の順番に急上昇すると、セシリアから個人間秘匿通信(プライベートチャネル)による通信が送られてきた。

 

『流石ですわね。とても追いつけそうにはありませんわ』

『いや、それは俺のISの特性だから気にすんなよ』

 

 むしろスピード特化してある打鉄・雪花に追いつかれたら俺の立つ瀬がないしな。

 

『今日の放課後、わたくしにコツを教えていただけますか? 一夏さんも対射撃戦闘の練習もする必要があるでしょうし、このわたくしが付き合いますわよ?』

 

 セシリアが誰かに教えを請うなんて、やっぱり変わったな。俺としてもセシリアほどの射撃の腕前の相手を想定した練習をするのは願ったりかなったりだし――

 

『ああ、いいぜ。むしろお願いしますと言いたい』

 

 俺は快く承諾をした。

 

『お前たち、何をやっている? 先生が急降下を指示しているぞ』

 

 俺とセシリアは箒の注意によって授業中だったことを思い出し、地面へと急降下する。

 俺は加減した速度で降り、地面すれすれで停止する。これぐらいはすぐにできる。否、できなければ勝てない。

 俺の後をセシリアが続く。さすがは優等生。俺よりも動きに無駄がない美しい操縦だった。

 そして――

 

「うわあああああ!」

 

 3人目では地面にクレーターができた。

 

「箒っ!」

「箒さんっ!」

 

 慌てて俺とセシリアが駆け寄る。そうだった。箒は空中での高速機動が苦手なのだった。

 

「無事だ。ISの操縦者保護ならばこの程度問題ない」

 

 強がりでも何でもなく、箒は元気そうだった。しかし、山田先生の「しっかり訓練しないとああなるので集中してやりましょうねー」という声が聞こえてきて箒は目に見えてヘコんでいた。

 

「大丈夫ですわ、箒さん。誰にでも得手不得手があって当然です。わたくしたちと一緒に後で練習いたしましょう」

「ああ。頼む」

 

 セシリアが手を差しだし、箒がその手を取る。

 ……ああ、もうここにコミュ障だった箒はいないんだな。

 それは嬉しくもあり、少し寂しくも感じていた。

 

「専用機持ちの皆さーん! クラスの皆の方を見てください」

 

 見ると、クラスメイトが半分に分かれていた。山田先生と箒が片側を、俺とセシリアでもう片方を教えることになった。ちなみに出席番号の奇数と偶数で分けられた。「よし! 織斑くんと同じ班!」とか「やまやと篠ノ之さんかぁ……」という声が聞こえてくる。……ま、さっきの箒の墜落を見ていたらそう思ってしまうのも無理はない。

 

 1年1組は1クラスで29人であるため、俺たちの班が15人、先生たちの班が14人となった。そして各班に2機ずつ訓練機が使用できる。

 一応クラス代表でもあるし、こちら側は俺が仕切るとするかな。

 

「じゃあとりあえず順番に動かしてみようか」

「はーい!」

 

 なんだろう。俺が先生になった気分だ。意外と気持ちいいな。

 まず、最初に相川さん(だったっけ?)が打鉄を操縦する。そして1mほど浮遊したところで停滞した。

 

「うまいうまい。ってか俺が教えられることなんて無いんじゃ……」

 

 なにせ俺は感覚でやっている。実を言えばISがどうして浮いているのかとかも説明できない。なんとなくで理解しているだけ。

 俺が首をひねっているとセシリアが代わりに指示を出す。

 

「相川さん、先ほどわたくしたちがしたように急上昇と急降下をやってみてください」

「わかったよ、セシリア」

 

 急上昇といっても第2世代の防御型ISである打鉄の最高速度は遅い。その上操縦者が慣れていない。ぎこちなく飛んでいく姿は箒よりも遅かった。

 

「大丈夫か?」

「う、うん! 大丈夫!」

 

 相川さんの返事は元気のいい体育会系らしいものだったが、顔は納得のいかない顔をしていた。多分、想像していたのと違ったんだろう。今度こそはと思ったのか、はりきって急降下してくる。

 

 ――そして地面にクレーターを空けていた。

 

 全員で様子を見に行くと、クレーターの中心で相川さんが両手を地面について落ち込んでいた。

 

「気に病まないでください。誰だって最初は失敗するものですわ。これから頑張りましょう」

 

 セシリアが箒のときと同じようにフォローに入っていた。相川さんの顔が赤くなってるが「恥じることではありませんわ」とセシリアが諭していた。あのセシリアがだ。人は変われば変わるものだな。

 とりあえず、箒、相川さん以外にも数人が墜落してグラウンドは穴だらけになっていた。

 

「さて、次は武器を取り出してみましょう」

 

 山田先生が全体に聞こえるように大声で指示をとばす。一度全員を集めるようなことはしないということだった。これは俺への信頼だろうか。それとも職務怠慢だろうか。後で轡木さんに相談しておこう。

 

 とにかく、これは訓練だ。俺たちにとっては既に通り過ぎたことであるが(俺は訓練もせずに近接ブレードを呼び出せたような気がするが置いといて)、皆にとっては経験が少ない。まじめに取り組むべきだ。

 

 ――敵を斬る。そのための力……

 

「来い! えーと……」

 

 近接ブレードが右手に握られていた。俺は呼び出せたにもかかわらずヘコんでいた。一体どうしたのかと皆が集まってくる。

 

「い、いや、何でもない。とりあえず武器を取り出すときに必要なのはイメージだ。あとはISの方が勝手にやってくれるよ」

 

 言っても理解されないから言わない。ただ、名前を決めていなかったことを忘れていただけだ。

 と、ここで個人間秘匿通信でセシリアが声をかけてくる。

 

『そういえば一夏さんは武器を取り出すときいつも叫んでおられますわね? 苦手なのでしょうか?』

『いや、別に苦手というわけじゃない』

 

 通信中にもセシリアは右手を水平に伸ばし一瞬でスターライトmkⅢを取り出していた。普通に俺よりも速い。ただ横に手を伸ばしていると前の敵を撃つまでのタイムラグが大きいのでは?

 それはさておき、俺は一つ気にかかることがあったので訊くことにする。

 

「そういえばセシリア。この間のクラス代表決定戦の最後に、どうして武器の名前を叫ぼうとしていたんだ? あれって初心者用の呼び出し方だろ?」

「そ、それは……」

 

 セシリアが言いにくそうに顔を伏せる。しまった。個人間秘匿通信で話すべき内容だったのかもしれない。

 

 ……待てよ。むしろ皆に知ってもらった方がいいんじゃないか?

 

「もしかして、セシリアは近接武器を呼ぶことが苦手なんじゃないか?」

「――っ!?」

 

 もしかしても何も、それしかないだろう。何かと射撃を自慢するということは近接戦闘に自信がないことの裏返しだったのだ。そしてその苦手意識が武器の呼び出しにまで影響している。

 

 きっと彼女は今でも心のどこかでは完璧でなければと思っているのかもしれない。これは、そんなことは無いんだよと伝えるいい機会だ。ついでに他の子にも無駄に気負う必要はないことを伝えられる。

 

「そうですわ。わたくしはどうしてもこれだけはできないのです」

 

 しょぼくれた顔で「インターセプター」と呟く。彼女の手には中型の近接ブレードが握られていた。俺はSなのだろうか。彼女の落ち込む顔はとても綺麗に見える。

 見とれていた後、俺が元気づけてやろうとしたら、先ほど墜落した相川さんが先にセシリアに寄っていった。

 

「さっきセシリアが言ってたでしょ? 誰にでも得手不得手あるって。それにまだこれからの時間もあるって自分でも言ってたじゃん。頑張ろう!」

 

 セシリアが「そうですわね」と顔をほころばせる。さっき思ったことは訂正する。やはり笑顔が一番綺麗だった。

 彼女たちのやりとりを見て、「ああ。ここは学校なんだ」とここに来て初めて感じたかもしれない。そんな一幕だった。

 

 授業後にグラウンドの穴を埋めるよう山田先生に言われたが、全員で片づけたから全く苦にならなかった。

 

 

***

 

 

「一夏さん! 一緒にお食事にいきませんか?」

 

 午前の授業直後にセシリアがすぐに俺の元へとやってくる。その後ろには数人の女子も集団でついてきていた。

 

「ああ、いいぜ」

 

 断る理由はなし。むしろ大歓迎だ。初日に覚悟していた暗い学園生活とは真逆になったことを心の底から喜んでいる俺がいる。

 俺の返事に女子の集団が「やったー!」と叫んでいると、セシリアは俺の前から離れ、窓際へと向かっていく。

 

「箒さんも行きましょう!」

「い、いや、私は……」

 

 セシリアは箒も一緒に連れて行こうとしていた。しかし箒は俺の近くにいる女子たちを見て尻込みしているようだった。

 

 ……まだ少しだけ時間がかかるかな?

 

 7年前まで人付き合いが苦手だった箒は、先月に再会するまでずっと、人知れず戦ってきていたのだ。人との関わりが極端に少ない。慣れるまで苦労しそうだ。でも、俺はそんなに時間がかかると思っていなかった。ここなら箒も普通になれる。なんとなくだけど、そう思うんだ。

 

「行こうぜ? 箒」

「あっ……」

 

 俺も箒の元へと行き、箒の左手を取る。俺とセシリアで両手を引っ張る形となったところで箒が手を振り払う。

 

「わかった! 行けばいいのだろう! 行けば!!」

 

 箒が折れて、素直についてくる。これでいい。俺なんかが護れるくらい弱いってのは箒には似合わない。彼女は強くなったのだから……

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「箒さん? セシリアですが……」

 

 自室でシャワーを浴び終えた箒の部屋をセシリアが訪れていた。またかと頭をバスタオル越しに抱えつつ、箒は扉を開ける。

 

「何だ? また一夏の昔話でも聞きにきたのか?」

 

 鬱陶しいという態度を表に出していたが、セシリアの訪問は実際には満更でもなかった。箒自身はまだそのことに気づいてはいない。

 

「流石に7年以上前の話だし、覚えていることなど印象的なことだけだ。あらかた話し終えた私に何を言えというのだ」

「その節はありがとうございました。一夏さんに少しだけ近づけた気がしました。でも、ここから先はわたくしの努力次第です」

 

 拳を握るセシリアの目は未来を見据えている。今が精一杯の箒にはとても眩しい姿だった。

 

「では、今日は何の用だ? ……っと、立ち話もなんだ。入れ」

「失礼いたします」

 

 いつものようにセシリアは箒の部屋へと入っていく。最初と違い、その行動に迷いは無く、箒が来客用……実質セシリア用にしているイスを勝手に持ち出して着席する。

 対面に箒が座ると、セシリアが話を始める。

 

「実は箒さんに悪い気がしていまして……」

 

 セシリアがとても申し訳なさそうにしている。しかし箒には謝られるような心当たりは何もなかった。

 

「どうしたのだ? 何を気にしている?」

「いえ、一夏さんがクラス代表になってからわたくしばかり一夏さんの訓練の相手をしている気がして、独占してしまっているのではないのかと……」

 

 一夏を独占? 箒はセシリアの言いたいことがわからなかった。別に一夏とは毎日会っているし、遠ざけられている印象は受けていない。むしろ昼食時など、セシリアのおかげで一緒にいる時間が増えたくらいだ。

 

「いや、そんなことは――」

 

 否定しようとしたときに箒は気づいてしまった。

 放課後に一夏とセシリアが訓練を終えた後、箒は一夏とISを使った格闘戦の練習をしているのだ。……秘密の地下アリーナで。

 箒はセシリアにそのことを話せない。箒とセシリアは対等ではなかったのだ。ISでも、一夏とのことでも。

 

 話したい。第一印象は最悪だったけれども、今は大切な友人だ。恋もISも対等でありたい。セシリアも対等であることを求めているからこそ、ここに来たのだ。

 でも話せない。ここから先はISが抱える闇の部分。できれば巻き込みたくない。

 

 箒は一夏のときに味わった葛藤を再び抱えることになった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「ええとですね、今日は転校生を紹介します!」

『はいっ!?』

 

 朝のHR。山田先生のいつもの連絡事項だけだと思っていたら、不意打ちすぎる言葉が返ってきた。

 

 ――まだ4月中だぞ!?

 

 最近団結力が高まってきた我がクラスでなくてもハモるのは容易だろう。普通なら事前に情報が出回ってそうなものなのに誰一人として知らなかったのも驚きの要因の一つである。俺に至ってはクラス委員なのに教えてもらってなかったぜ。

 山田先生が廊下にいる転校生を「入ってきてください」と呼ぶ。全員の視線が集中する中、現れたのは――

 

(リン)っ!?」

 

 俺はイスをガタンと倒して飛ぶように立ち上がった。

 たった1年の話だ。外見なんてそんなに変わるもんじゃない。髪型も当時のままで、金色の留め金で結ばれたツインテール。女子としても小柄な体格までそのままだ。

 忘れることなどできない。1年前に中国へと帰っていった少女、(ファン)鈴音(リンイン)が俺のクラスへとやってきたのだ。

 

「いっちかーっ!」

 

 山田先生の手招きもなんのその。俺の姿を確認した鈴は陸上選手も真っ青の華麗なスタートダッシュで駆け出し、踏み切った。距離にして3m強。勢いに乗った鈴の跳躍はスーパー○ンやウルトラ○ンのような飛翔だった。到達予測地点は俺の首あたり。俺は物理の演算などできないが、鈴の質量と飛翔速度から考えられる衝撃は俺の首が耐えられるレベルではないだろう。もし避ければ鈴は俺の左後方の席の子へと飛んでいく砲弾と化す。

 

 感動の再会から一転して、冷や汗が流れ落ちる。

 ……まったく、久しぶりに会ったってのに、すぐ俺を困らせるんだからな、コイツは。

 

 俺は飛んできた鈴を受け止める。首に鈴の腕が巻き付いたところで、鈴の二の腕をがっしりと掴み、衝撃が殺されるまで右足を軸としてグルングルンと回った。回転が治まったところで鈴は俺にぶら下がった状態になる。

 

 ふぅ。今日は朝から疲れるなぁ。でも、笑顔で疲れるって言えるのは幸せなことなのかもな。

 

「うふふ! 元気にしてた?」

「ああ。おかげさまでな。弾も居たし」

 

 互いの息がかかるくらいの至近距離に鈴の顔がある。普段なら恥ずかしくてすぐに離れるのだが、今は会えた嬉しさが勝っていた。

 

「な、な……」

「織斑くんの知り合い!? しかも抱き合うくらいの仲!?」

「そんな、皆スタートラインは同じだと思ってたのにっ!」

 

 ん? 教室中が騒々しくなってきたな。

 

「離れんか、貴様ら!」

 

 結局鈴は箒によって無理矢理引き剥がされた。そのタイミングを見計らって山田先生が手をパンパンと叩き注目を集める。

 

「というわけで、転校生です! 早速自己紹介をお願いしますね!」

 

 鈴は教壇の方へルンルンと軽い足取りで移動し、箒は俺を目で斬り殺しかねないくらい睨みつけて自分の席へと去っていった。今宵の箒は血に飢えている。……ガクガクブルブル。

 

 そんな俺の心境など知ったことかと鈴が明るい声を響かせる。

 

「あたしの名前は凰鈴音。中国の代表候補生にして専用機持ち。鈴と呼んでもらって結構よ。できれば凰さんとか他人行儀に呼ばないでほしいわ。よろしくね!」

 

 鈴が離れてやっと気づいた。なんだこの空気!? 今朝までの清々しさがどこにもなく、なんというか色で例えるなら黒と赤のマーブル模様な感じだ。俺は物理的にも精神的にも教壇の鈴とクラスの皆との狭間にいるせいなのか、その温度差がわかってしまう。

 この居心地の悪さをどうにかしたい。俺は助けをセシリアに求めて後方をチラリと見た。

 

 ……目が点になっている人を、俺は初めて見たかもしれない。

 

 瞬き一つせずに、姿勢良く座ったまま、セシリアは石になったかのように固まっていた。これじゃ何も期待できない!

 

 一縷(いちる)の望みをかけて箒を見た!

 精神世界の俺は一太刀で斬り伏せられた。

 

「それでは皆さん! 仲良くしてあげてくださいねー?」

 

 山田先生がHR終了を告げて教室を去っていく。あの人はこの空気が読めているのだろうか? まさかわざと読んでない……? 考え過ぎか。

 

 

***

 

 

「はぁ~」

 

 ギスギスした午前の授業が終わり、俺は盛大に息を吐き出した。皆、頼むから俺と目が合う度にため息をつかないでくれ!

 

「なに爺くさい息を吐いてんのよ」

 

 この状況の元凶様は今の俺を鼻で笑っていた。昔からそうだ。コイツは空気を読まない。今も周囲の視線なんて気にしていない。

 

「アンタ、ごはんは? 学食?」

「そうだよ」

 

 俺は投げやりな返事をする。そんな俺の態度すら気にもせず、鈴は俺の右腕にくっついた。

 

「じゃ、あたしも行く!」

 

 ドンッ!

 

 ……教室のどこかで机を叩く音。俺にはそれが日本刀を打つ槌に思えて仕方がなかった。

 

「一夏……」

 

 俺を呼ぶ声。よもや声でも人が斬れるんじゃなかろうか。俺が首をギギギと回すと、名刀が妖刀と化していた。

 すると、鈴が俺からスルッと離れて箒の元に歩いていく。

 ――待て! 何をする気だ!?

 席に座っている箒の脇に立った鈴は、箒に手を差し伸べていた。

 

「あなたも一緒に行きましょ?」

 

 本当に何をする気かわからない奴だ。箒も呆気にとられたのか、どうしようと困惑気味に周囲を見回していた。

 ……箒も変わったよな。セシリアと仲直りしてから特にだ。

 

 教室内の妖気が減った気がする。俺に霊能力など無いがそんな気がした。

 

「では行きましょうか、一夏さん」

「あ、待ちなさいよ! あたしを置いてくな!」

 

 いつの間にか俺の左手はセシリアに捕まえられていた。再び右腕に鈴がひっつき、なんとも歩きにくい状態で食堂へと向かっていった。

 

 

***

 

 

「――ということは、一夏さんと鈴さんは元クラスメイトだった、と?」

「そういうことだ。千冬姉がいなくなってから、俺は弾のとこと鈴のとこに交互に顔出してたからな。週の半分は鈴の親父さんの世話になったよ」

「途中からそんな気はしておりましたわ」

 

 食後に早速、俺と鈴についてセシリアの質問責めに遭った。今答え終わったところでセシリアがため息をつく。疑問は氷解したようだ。

 

 千冬姉が行方不明になったのは俺が小学3年の時。一人残された俺は千冬姉の帰る家を護りたかった。力の無かった俺は、五反田の爺さんに頭を下げた覚えがある。家はそれでどうにかなったのだが、いかんせん一人での生活は俺には耐えられなかった。

 当時は千冬姉が帰ってくること以外は何も考えてなかったように思う。一人は嫌だと思いながらも、自分から誰にも話しかけなかった。話していたのは弾くらいだったし、それも弾から話しかけてきてくれたからであって、自発的なものではなかった。

 

 今思えば暗い子供だったんだろう。全身から自分は不幸ですオーラをまき散らしていた。そんなときだ。

 

(うじうじするな! 男だろ!)

 

 鈴に会ったのは……

 

 思えばあちこち引っ張り回されたもんだ。鈴がいなかったら俺は出身地の街のことすら知らずに生きてきただろうな。

 鈴が現れてから弾も笑うようになった。すると自然と俺もそうなっていった。そして気づかされた。

 

 千冬姉が帰ってきたときに、俺は笑って出迎えなきゃいけないって。

 

 俺は彼女に笑うことを教えてもらった。そうして俺という存在が護られたといっても過言じゃないと本気で思ってる。

 

 彼女との話はまだ続きがあるのだが、セシリアに言うことでも無いだろう。本人も納得しているようだし、これで昔話はお終いだ。

 

「一夏……本当にすまない……」

「気にするな」

 

 心底悔しそうに箒が俯いていた。机に滴り落ちる雫が止まらない。

 ――箒、もう過ぎた話だから気にするな。そんなに涙がついてると、自慢の日本刀が錆付いちまうぞ?

 

 箒の様子を見て鈴が俺の袖を引く。

 

「ねえ、箒はどうして泣いてるの?」

「ごめんな、鈴。後で説明する」

 

 俺はハンカチを取り出して箒に渡した。弾が「ハンカチは常に余分に持っておけ。いつか役に立つ」と言っていたが、その通りだった。

 

 

***

 

 

 俺は自室に戻ってすぐにベッドに倒れ込んだ。

 なんだか今日はいつもより長い一日だった気がする。

 幸いなことに午後からは教室内の空気は元通りだった。きっとセシリアが何とかしてくれたんだろう。

 

 ――俺だって何でも鈍いわけじゃない。俺はクラスでアイドル扱いされてて、鈴が恋人だと思われたことくらいはわかるさ。

 

 とりあえず昼の話で誤解だとセシリアには伝わり、教室にも伝わったんだろう。

 昼は鈴が余計なことを言わないか心配だったが杞憂だったようだ。これでしばらくは落ち着ける。別にアイドルにされても構わないから――

 

 俺に色恋沙汰を持ち込まないでくれ。

 

 俺には“特別な誰か”を護りきるだけの力も自信も無いのだから……

 

 

 コンコン。

 

 俺の部屋を誰かが訪ねてきたようだ。今日、このタイミングだと一人しかいない。俺は疲れ切った体に鞭打って移動し扉を開ける。

 

「鈴……」

「一夏、入るわよ」

 

 男の部屋に臆することなく鈴が入ってくる。風呂上がりで髪を下ろしており、シャンプーの匂いが鼻をくすぐる。

 

「おいおい! 一応、男の部屋だぞ? 少しは警戒をだな――」

「え? もしかして、アンタ強くなったの!? あたしてっきりあと10年はかかるもんだと思ってた! ってことは返事も聞かせてもらえるってことよね?」

 

 俺はその場で即座に土下座した。

 

「ヘタレですみません」

「……何よ、期待させといて。上げて落とすなんてゲスのやることじゃないの?」

「すまん。本当に、すまん」

 

 本当に残念そうにする鈴に俺は謝罪を重ねた。鈴は拗ねたまま「面を上げい」と命令してくる。素直に従う。

 

「ま、どっちにしろ、あたしがいない間に強くなったって誇られても信じないけどね。この目で見てからじゃなきゃ。で、本題に入るけどいい?」

 

 俺は願ったり叶ったりと首を縦にブンブン振って肯定する。鈴は両手を腰に当てて慎ましやかな胸を張って話を切りだした。

 

「箒が昔アンタの言ってた幼なじみなのね」

「なんだ。言わなくてもわかったのか」

 

 鈴が「まあね♪」と得意げな顔で答える。

 

「会えて良かったじゃん。あとは千冬さんだけってこと?」

「ああ」

 

 正確には束さんにも会えていない(柳韻先生たちには会ったけど)。束さんに会えるかもしれないということを、代表候補生である鈴に言うわけにはいかないんだよな。

 

 トロポスを使う“敵”のことも言えない。だから鈴への返事ができない理由を説明することもできない。

 狼男型のトロポス、ルー・ガルーを駆る男。背後には巨大な組織があり、今や俺は最重要人物の枠に仲間入りをしている。当然、俺の身の回りにいる人は狙われる可能性があるし、“恋人”ならばIS学園内ですら安全とは言えない。

 

 何度でも言う。

 俺には“特別な誰か”を護りきるだけの力も自信も無い。

 

 だから俺は1年前の鈴の告白の返事をできないでいるんだ……

 


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