IS - the end destination - 作:ジベた
白い湯気が立ち上る個室。
人肌よりも熱いシャワーを金髪の頭から浴びながら、セシリアは両手を壁につき項垂れている。
「わたくしは……思い上がっていたのでしょうか?」
思い返されるのは今日の試合。つい最近になってISを動かし始めたばかりの“男”との試合は、ただの消化試合だと思っていたはずだった。
負けた。完膚無きまでに……
セシリアが当てられた攻撃は最後のミサイルのみ。ブルー・ティアーズを駆るようになってから初めての経験だった。当てられなくても、射撃の包囲網は完成していた。それでもなお戦意を失わぬ彼の強い意志に負けたのだ。
常勝不敗であることを求められてきたセシリアにとって、今日の敗戦は汚点でしかなかった。イギリス最新鋭の第3世代型ISが日本の第2世代型ISに手も足も出なかったのだ。この失態が本国に伝われば、最悪の場合、代表候補生から降ろされる可能性すらある。
しかし、セシリアの目には先への不安は無い。ただ胸中に宿っている思いは、自分を倒した一夏への興味だった。
――いくらでも受け止めてやる。度が過ぎる奴には代わりに殴りに行ってやる。
戦闘後に彼が言い残していった言葉が頭から離れない。自分のことを親の仇でも見るかのように見ていた男が言ったセリフだとは今でも思えなかった。
「わたくしの代わりに殴りに行く……?」
一夏と戦う前のセシリアならば『殴りに行く』という言葉のみを聞き取り、なんて野蛮なのだろうと思ったに違いない。しかし今のセシリアは『代わりに』という言葉ばかり耳に残っている。
いつも自分の力のみで道を切り開いてきた。特に両親が死んでからの3年間の努力はセシリアの誇りであり、生きる柱である。周りにいる人は皆が敵であり、ずっと戦い続けてきていた。
そんなセシリアの傍らに、仲間は皆無だった。
自分に代わって何かしてくれる人なんて、誰も居なかった。
もう既に疲れ果てていたことに、負けることによって気づかされた。
「いつからわたくしは一人でいたのでしょうか……」
両親の姿を思い出す。気の強い母に包容力のある父。今思えば、重大な問題は全て2人で解決してきていた。
セシリアが目指していたのは完璧な女性だっただろうか? 否。両親が健在だった頃からの夢は全く違うモノだった。
母のように、互いに支え合うパートナーと共に生きていきたい。
それが彼女の願いだった。
「あの人は、わたくしの隣でも歩いてくれるでしょうか……」
豊満な胸に手を当てて彼のことを想う。強い者に媚びることのない強い眼差しは父を連想させた。自分を様々なしがらみから、父のように護ってくれるかもしれない人に出会ってしまったのだ。
自らの理想の、強い瞳をした男と。
――もっと知りたい。
既にセシリアの頭の中からはクラス代表になることやイギリス代表候補生の誇りなどは抜け落ち、一夏一人のことで埋められていた。
◆◇◆―――◆◇◆
いつの間にか慣れてきたなぁ。
俺は今、例の薄暗いエレベータで下降している最中である。ちなみに一人でだ。なぜならば、これは俺の部屋からの直通である専用エレベータだからである。
IS学園に入学してからの俺の部屋は、教員寮から生徒寮に移されていた。そう、女子寮にだ。
あのまま教員寮にいた方が良かったのではないかと思って轡木さんに言ったのだが「君も我が学園の生徒だ。遠慮することはない」とかニヤニヤしながら言っていた。あの人は良かれと思ってしているのか、からかうためにしているのか良くわからないところがあるのでこちらからは「やめてください」と強く言えない。
廊下を歩く時の注目のされ方がハンパないからどうにかして欲しいとは言った。それを轡木さんは注目されていると地下に行くことができないと聞き取り、俺の部屋にエレベータを造ってしまったのだった。
一人部屋だということだけが唯一の救いだろうか。IS学園の寮は2人部屋が基本なのだが、女子と2人部屋だとか言われたら俺は気まずい空気に耐えられそうにない。
「はぁ。ぶっちゃけ、今日のセシリア戦の精神的疲労とタメを張るぞ? この生活……」
一人呟く小言は少し言い過ぎな内容だったが、それだけ疲れるってことだ。性別の垣根というのは歳と共に広がっていくものなんだなと実感する。
いや、単純に相性の問題か。中学時代も女友達なんてアイツ一人しかいなかったしな。確か中国に帰ったんだっけ。今頃何してるんだろう?
考え事というのは意外と時間を浪費するもの。待ち合わせの約束をしていた俺は昨日訪れた地下アリーナへとやってきた。
「遅いぞ、一夏。私を待たせるとはいい度胸だ」
そこには抜刀状態の目をした箒が待っていた。元の箒に戻ったようで嬉しいのだが怖いことには変わらない。……だがそれがいい。
「あれ? 7時の約束だったよな? まだ5分前なんだけど……」
「そ、そうだったか?」
おや? 時間には厳しかった箒にしては珍しく本気で俺が遅刻したと勘違いしていたようだ。鋭い目は鞘に納められる。
「で、箒が俺を呼び出すなんて珍しいんじゃないか?」
「一夏に礼を言いたかったのだ」
俺が暗に何の用なんだと尋ねると、箒は顔を明るくさせ答える。再会してから初めてじゃないだろうか。こんな箒の嬉しそうな笑顔を見るのは……現代でも日本刀が芸術品として残っている理由がわかった気がする。
「元はと言えば私が自分を抑えきれなかったのが問題なのに、一夏は私のために戦い、そして勝った。その心意気に私は感謝している。ありがとう」
「元を辿るなんてこと言い出したら、お前は一ヶ月前に俺を助けてくれたじゃないか。そういや、俺はまだあのときのお礼も言えてないな。ありがとな、箒。お前のおかげで俺は今を生きてる」
互いにありがとうと感謝を言い合う。今の俺たちは、確実に7年前よりも仲間としての絆が強くなったと思う。
絆……か。
俺はふと思い出した。俺が欠かさず行っているあることを、再会した箒とはしていない。
制服の内ポケットを探る。それは使っていなくてもいつもそこにあった。
「デジカメ……まだ続けてたんだな」
「ああ。千冬姉の教えだからな」
俺はデジカメを持ち歩いている。別に携帯のカメラでもいいのだが、なんとなく専用で持っていたかった。
『過去に誰と居たのかを記録しておくのだ』という千冬姉の言葉があった。それに従うことで、今でも千冬姉とつながっていると錯覚させてくれているのだと思う。
だから俺は親しくなった人、全員と写真を撮ってきた。そしてそれはそのまま、今まで俺を支えてきてくれた人たちとも言い換えられる。いつか俺が強くなったときに、皆に恩返しをするのだ。その人たちを忘れないためにもこの行為は必要なことだ。
俺が箒の隣に歩いていくと、箒はビクッと反応して俺から少し距離を取った。
「ど、どうしても撮らなくてはいけないか?」
そういえば以前も俺とのツーショットを嫌がっていた気がする。あのときは俺が頼み倒して『そうか、仕方がないな、一夏は』とか言われながらも撮ってもらった。一応箒との写真はあるのだが、やっぱり今と全然違っている姿だ。IS学園で再会した証として俺はやっぱり記録をしておきたかった。
「どうしてもだ!」
「うぅ……」
おお? 今回は押せばそのままいけそうな勢いだ。よし!
俺は箒が顔を下に向けている隙に近寄り、素早く左肩に手を回して隣にホールド。
「――な!?」
「じゃ、撮るぜ?」
そして右手に持ったデジカメを自分たちに向けて、シャッターを切った。
その後すぐに俺は突き飛ばされた。
「いきなり肩を抱くとは何事か!?」
俺は箒が叫んでいるのを左から右に受け流し、デジカメで今撮った写真を確認する。しかし箒は下を向いていたままだったため、顔が写っていなかった。
「箒が下向いてたからうまく撮れてないな。もう一回撮るぞ?」
「も、もう一回だと!?」
箒が信じられないという目で俺を見る。はて、俺は何か変なことをしているのだろうか? ……そんなはずはないよな。
というわけで俺が再び箒に近寄ろうとすると――
「わかった! 私の負けだ! ちゃんと撮らせるから!」
箒が自分から俺の隣に来てくれた。再び右手のデジカメを掲げると、左手で箒の体を俺に寄せる。
「ひゃあっ!」
「はい、チーズ!」
箒が妙な声を上げていたが、今度は撮れただろうか?
すぐにチェック……OKだ。しかも普段クールな箒がやや慌て気味に写っている写真というのは随分と貴重な一枚であった。
「いい感じだ。ありがとな、箒。ってあれ?」
写真の確認を終えて箒の方を見ると、床に突っ伏していた。
「不覚……」
声は大丈夫そうだし、まあいっか。
◆◇◆―――◆◇◆
姿勢良くモデル歩きをする金髪女子、セシリアが夜の寮の廊下を歩く。その服装はまだ制服のまま。彼女にとって、まだ今日という日は終わっていない。
彼女が廊下を歩いていると、向かいから歩いてきた女子がセシリアの姿を確認して端に寄る。
「ごきげんよう」
「え!? え、と……ご、ごきげんよう」
セシリアに道を譲っていた女子が目を見張る。いつも中央を堂々と歩いていたセシリアが雑誌に載っているようなスマイルで挨拶をし、廊下の片側に身を寄せたのだ。
困惑する女生徒をよそにセシリアは歩を進める。そして目的の部屋にたどり着いた。
コンコン。
夜9時。1組でいつものほほんとしている女子ならば寝ていそうな時間にセシリアは他人の部屋を訪ねたのだ。
(仕事以外で誰かの部屋に行くことなんて、いつ以来でしょうか)
セシリアが待っていると中からの返事は扉が開けられることで返ってきた。
「セシ……リアだと!?」
そこにいたのは箒だった。箒が戸惑いを見せると、セシリアは仕方ないことだと思いながら口を開く。
「篠ノ之さん。わたくしはあなたにお話があって参りました。聞いていただけますか?」
箒は再び驚くことになった。今のセシリアの声には棘が一切なかったからだ。
実はセシリア自身も自分がこのような優しい声を出せるのだと内心では驚いていた。
「幸い私の部屋は一人部屋だ。中でじっくりと聞こう」
首を傾げつつも箒はセシリアを部屋の中へと招き入れる。セシリアは箒の対応にホッとしつつ入室する。
中へと入ったセシリアは入り口傍のシャワー室の扉を通りすぎたところで立ち尽くしていた。
「どうした、オルコット? 私の部屋は汚くてそれ以上入ることができないとでも言う気か?」
「いいえ! 決してそんなわけではありませんわ!」
箒の部屋に対するセシリアの評価はむしろ良い。彼女は自分の話をどう切り出せばいいのかがわからないだけだった。セシリアが箒にまず伝えたいことは謝罪だった。だが、セシリアは恐ろしいほどに謝った経験がなかったのである。
悪気はないと必死に否定しながら右往左往するセシリアを見た箒は、クスッと笑いながらベッド脇のイスを差し出す。
「とりあえず座れ。それと茶を出そう。大事な話ならばまずは落ち着くことが肝心だ」
イスを向かい合うように並べた箒は、自分用に煎れておいた緑茶を湯飲みに注いでいく。セシリアはそれをぼんやりと見ながら与えられたイスに腰掛けた。
「さ、飲め。熱いから気をつけるんだぞ?」
「ありがとうございます」
湯飲みを受け取ったセシリアは早速緑茶を口に付ける。しかし思いの外、口に合わなかった。つい顔をしかめてしまう。
「口に合わなかったか?」
「申し訳ないのですが、少し苦手な味ですわ」
「ならば水に変えてこよう」
「いえ、お構いなく」
セシリアは湯飲みを奪おうとした箒を手で制する。セシリアが落ち着きを取り戻していたのを見て取った箒は対面のイスに腰掛けた。ようやくセシリアは本題に入る。
「一昨日はあなたを専用機持ちに相応しくないと罵倒してしまい、本当に申し訳ありませんでした」
イスに座った状態でもセシリアは綺麗な姿勢のお辞儀をする。セシリアの謝罪を聞いた箒は少々不満げな顔になる。
「お前はそんなことを言いにきたのか?」
少しずつ変わろうと思った矢先だ。急に態度を変えた人間への言葉として箒は普通である。そのようにセシリアは勝手に納得した。ただし、続く箒の言葉はセシリアを攻撃する言葉ではなかった。
「お前が言ったことは間違いではない。私に専用機持ちとしての資格が無いというのは事実なのだ。私こそ謝らねばならない。私はISで喧嘩を売ったのだからな。本当にすまなかった」
箒も頭を下げる。セシリアは慌てて箒に頭を起こすよう告げる。謝罪に来て謝られても困った。セシリアは右手を胸に当てて主張する。
「篠ノ之さんが攻撃してきたのはわたくしが先に一夏さんを悪く言ったからですわね? やはり悪いのはわたくしです。ですから謝るべきはわたくしだけです」
「そうか。ならばその謝罪は受け取ろう。それでチャラだ。いいな?」
「はい。ありがとうございます」
一夏を罵倒したことに対する謝罪は素直に受け取られた。
戦闘後の一夏、今目の前で話している箒。互いに護り合っている2人の関係がセシリアには羨ましく思えた。
なにはともあれ、一夏の言っていたとおりに箒への謝罪をすませたセシリアは手にしている湯飲みをあおり、緑茶を一気に飲み干した。
……苦い。でもそれで胸の内がスッキリとした気がした。
空の湯飲みを箒に返したセシリアはもう一つの本題に入ることにした。
「わたくし、篠ノ之さんがうらやましいですわ」
「何がだ?」
「一夏さんのような殿方が傍にいることです」
「ああ。一夏は強いからな」
一夏は強い。
それはISでの戦闘のこと?
それとも困難や理不尽に立ち向かう意志のこと?
箒がどんな意図で言った強さなのかセシリアには掴めていないが、強いということには賛成だった。
「篠ノ之さん、一つだけ正直に答えていただけますか?」
「何だ?」
一夏と箒に深い絆のようなものがあることは一目瞭然だった。だからセシリアのこれからのために聞いておかねばならないことがある。
「篠ノ之さんは一夏さんと付き合ってらっしゃいますの?」
「な、つ、つ、付き合――」
箒は顔を赤くしながら口をパクパクさせていた。それだけでセシリアには十分な回答として伝わっていた。
(つまり、まだわたくしが入る余地はありますわ!)
セシリアは満面の笑みで両手をパンと合わせる。
「そうでしたの! それは良かったですわ!」
「まだ何も言っておらぬだろうがっ!」
勝手に納得するセシリアに対し箒が吠える。そんな箒の心中を知っていて敢えてセシリアは言葉を紡いでいく。
「篠ノ之さん……いいえ、もう箒さんとお呼びしてよろしいでしょうか? 一夏さんのことをわたくしはもっと知りたいのです。教えていただけません?」
箒は頭を抱えた。結局セシリアが自分の部屋に戻ったのは日が変わった後の話だ。
◆◇◆―――◆◇◆
セシリアとの戦闘の翌朝。俺はあくびをしつつ教室へと向かう。
「織斑くん、おはよう!」
「ああ、おはよう」
初日と違ってすれ違う女子とも挨拶くらいは交わすようになった。ま、大抵は挨拶をするとすぐに女子の方が走り去ってしまうから、天気がいいですねとかの簡単な雑談すらできていないけどな。やはり男慣れしていない生徒が多いんだろう。
「あ、おりむー! おはよう!」
「ああ、おはよう。……おりむーって俺のことか!?」
教室近くの廊下でいつものほほんとしているクラスメイトと会った。名前は、えーと……のほほんさんだ。寮ではいつも着ぐるみのようなパジャマを着ているけど、流石に校舎内では制服だった。
のほほんさんは他の女子と違って気さくに俺に話しかけてきてくれる。今日も挨拶で終わらず、続く言葉があった。
「昨日はカッコよかったよ!」
「ああ、サンキュー」
軽い会話でのほほんさんと別れる。最後に「頑張ってねー! 色々と」とか言ってたのが少し気になった。
……その理由はすぐにわかった。
「おはよう」と言いながら教室の扉を開けると、教室中の視線が俺に集まった。だけに止まらず、群がるように数人の女子が俺の元にやってくる。
「織斑くん! クラス代表おめでとう!」
「あ、ああ。ありがとう」
「昨日はスゴかったよ! あのセシリアの攻撃をほとんど避けるなんて、もしかしてどこかで秘密特訓でもしてるとか?」
「い、いや……そんなことないけど」
質問の雨あられ。答えるわけにはいかないものまで混じっていて答えづらい上に、俺は聖徳太子ではない。
それにしても一日でこの変化は何なんだ? 教室中の空気が変わってしまった気がする。
その謎の答えは窓際の前から3番目の席にあった。
「箒さん、今日のお昼ご一緒しません?」
「別に構わないが……」
あれ? 箒とセシリアが一緒にいる。しかも昼飯の約束までしてる。雨降って地固まるということなんだろうか。困惑気味の箒だったが、満更でもなさそうだった。傍目から見ていても仲の良い友人に見える。
「織斑くん! 聞いてるの?」
「ねえねえ、今付き合ってる人とかいるの?」
ああ、俺の周りの質問責めをなんとかしてくれ。そう思って箒を見ていると目が合った。背を向けていたセシリアも気づき俺を見る。するとセシリアがこちらへと歩いてきた。
「皆さん、“一夏さん”が困ってらっしゃいますわ。慌てなくてもわたくしたちは1年間同じクラスでしょう? ゆっくりと知っていきましょう。お互いのことを」
セシリアが柔らかい言葉で場を諫めていた。静かになった後でセシリアが「ね?」と俺にウィンクをしてくる。俺はその彼女の姿を綺麗だなと素直に思った。
初めの頃のトゲトゲしていた彼女はもういない。そういえば俺をちゃんと名前で呼んでるしな。箒と自分のために彼女と対立したが、俺の行動は彼女のためにもなったのか。
「セシリアって綺麗だったんだな」
「ふふふ、当然ですわ。わたくしはセシリア・オルコットですから」
セシリアが左手を腰に当てたいつものポーズを取る。同じポーズでも今の彼女はカッコよく見えた。
俺とセシリアは笑い合う。やはりクラスメイトとはこうでないとな。
「いーちーかーっ! い、今のはどういう意味だ!」
自分の席でおとなしくしていた箒が突如立ち上がり俺へと迫ってくる。その形相は鬼とか夜叉とか呼ぶべきものだった。
「あら、箒さん。一夏さんは事実をおっしゃっただけですわ。そうですわよね?」
「あ、ああ。深い意味はない」
セシリアのフォローに俺が乗る。少し寂しそうなセシリアの表情がまた美しいと思った俺は不謹慎だろうか?
俺たちのやりとりを見て箒はわざとらしく「ぐぬぬ」と言いながらも、怒りを鞘に納めた。ふぅ。良かった良かった。世の中、平穏が一番だぜ。
「はい、皆さーん! 席についてくださーい!」
教室内に山田先生が現れ、全員が自分の席へと戻る。
「まず最初にクラス代表についてのお知らせです。昨日の試合の結果、1年1組のクラス代表は織斑一夏くんに決定しました」
周りから「先生、全員見に行ってたので知ってますよ」と野次が飛ぶ。
……そういえば昨日の試合ってクラス代表を決めるものだったな。
俺にとってはセシリアと戦う名分でしかなかったので、実を言えばクラス代表などやりたくないんだ。ようし!
「先生! 俺、代表を辞退しま――」
「ダメだ!」
「ダメですわ!」
「ダメですよ?」
Oh!? 全部言い切る前に箒、セシリア、山田先生の3人に即行で却下されたぜ!
「織斑くん。自分の言ったことには責任を持ちましょうね?」
「……はい、先生」
山田先生の正論に言い返す言葉はなく、俺はクラス代表という雑用を引き受けることになった。
ま、いっか。誰かの人生を左右するような責任を負うというわけじゃないし。気楽に考えていこう。
「大丈夫ですわ、一夏さん。わたくしもお手伝いさせていただきますから。学園の雑用でも、ISの訓練でも何でもお付き合いいたしますわ」
セシリアの一言を発端として、クラス中から「私も」という声で溢れていく。活気がついてきたなぁ、うちのクラスも。箒の方をチラリと見ても満足げだった。
俺が雑用程度を引き受けるだけで明るいクラスになるのだというのなら喜んで引き受けるとするか。
◆◇◆―――◆◇◆
「1年ぶりのこの空気! やっぱ帰ってきたって気がするわね!」
大型旅客機から降り、自分の荷物であるボストンバッグを吊り下げた小柄な少女が空港から出るなり大声で叫んだ。
帰ってきた。故国と呼ぶほどではない日本であるが、ここで5年を過ごした少女にとって日本は心の故郷なのだ。
「元気にしてるかな、アイツ……」
頭の高い位置で結んだツインテールの黒髪を揺らし、スキップをしながら停車しているタクシーに向かう。少女の頭の中には1年前に別れたある少年の顔が浮かんでいた。
少女の中にあった強い男の概念をひっくり返した少年。
もう一度その少年に会うために。
はるばる中国からやってきた少女は、今ここに居るために1年もの間、血の滲むような努力を重ねてきた。
「アイツ、女子だけの中でやっていけてるのかな?」
ヘタレの中のヘタレ。草食動物からみてもヘタレであろう。それが少女の持っている少年像だった。少女がイメージする限りでは、少年は女子たちとの距離感がわからずに困っていそうだった。
「さあて、と。少しは強くなっててよね、一夏」
少女が向かう先は――IS学園だった。