IS - the end destination -   作:ジベた

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42 轡木創始

 弾は通路を駆けていた。出来うる限りの速さで走る。彼は少女を背負っており、幾分か走りにくそうであった。

 

「待って!」

 

 慌てて走っていた弾の前に妹の蘭が立ちはだかった。必然的にそこで弾は足を止めることとなる。

 

「お兄、私……」

「……蘭、お前は自分の部屋で大人しくしとけ」

 

 言い淀む蘭が何を言おうとしているのかはすぐにわかった。誘拐から助けられてからというもの、蘭は自分にもできることはないかとしつこく弾に言ってきていたからだ。今回もそうに違いなかった。顔を見る限り、図星のようだ。

 だが、今回は続きがあった。

 

「鈴さんをどうする気……?」

 

 蘭が指さす先は弾の肩辺り。背負っている少女は、未だに目を覚まさない鈴だった。

 これには弾も強く言えない事情がある。まともに戦線に復帰できる状態とは思えない少女を戦いの舞台に上げようとしているのだから……

 

「お前には関係ない」

「どうして鈴さんを連れて行かなきゃいけないの? どうして一夏さんたちが戦わなきゃいけないの? どうして……私は関係ないの……?」

 

 弾は蘭の苦しみをわかっているつもりだ。自分の親しい人たちが生きるか死ぬかの戦いに身を投じているのに、いつも自分は後方で見ていることしかできない。今もこうして、鈴を背負って彼女を戦場に導こうとしている。

 ISは女性にしか使えない。

 女尊男卑だとかそんなことはどうでもいい。

 こんなときに体を張るのが男でないことが悔しかった。

 

「勝手なことを言うな!」

 

 今までに溜まっていた不満を妹にぶつけてしまう。普段は決して見せない弾の剣幕に蘭が後退った。それでも弾は自分を止めない。

 

「俺だってアイツらと一緒に戦いてえよ……なんで俺だけアイツらを送り出さなきゃいけないんだ? なんでこんな状態の鈴も戦わせなきゃいけないんだよ!」

 

 左手で壁を強打する。反射的に道を空けた蘭の脇を通り過ぎた。

 つい口に出してしまったことは自分で既に答えを出している。弾には弾にしかできないことがある。全員が生き残るためにできることがあるのだ。

 何も言えなくなった蘭を置いて弾は先を急ぐ。

 目的地である司令室に到着し、扉をくぐった。

 

「弾くん。どこに行っていたのだね? それに……鈴くん?」

「説明は後でします。とりあえず束さんの席を借りますよ」

 

 いつも束が座っていたイスに鈴を座らせ、横からキーボードを操作する。自分に調整できるのかはわからなかったが、今はこれでしか一夏たちの支援をする方法を思いつかなかった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 噴水の前にいる一夏と白騎士を置いて箒は創始の後を追った。二刀を構えての臨戦態勢で創始が入っていった建物へと入っていく。まるで神殿を思わせる荘厳な建物は創始の趣味によるものだろうか。扉も何もない入り口をくぐると、内部には広大な空間が広がっていた。円上の床には幾何学的な紋様が描かれ、天井までは長い柱が幾本も延びている。箒の入ってきた入り口とは反対側には横長の上り階段が設けられていて、その先には2階があるわけでなく、踊り場のような場所があるだけだった。その頂上のフロアに豪奢な椅子があり、背もたれに背中を預けている人物は箒の求めていた人物である。

 

「姉さんっ!」

 

 椅子に座らせられていたのは束だった。目を閉じ、頭を左肩に乗せているところを見るに意識はない。束の存在に気づいた箒が中に飛び込んだ瞬間に、束の前を灰色の壁が覆っていった。同時に退路も塞がれ、建物の内側全てが灰色に染まる。

 

「白騎士から逃げられるとは驚いたよ。これも織斑一夏の力なのか、それとも千冬の自我がそうさせているのか。どちらでも僕は困らないけどさ」

 

 声がして改めて自分の目的を思い出す。部屋の中央には全ての元凶である男、轡木創始が立っていた。箒は左半身を前に出して構え、創始の出方を窺う。

 

「なるほど。君はいきなり斬りかかっては来ないみたいだね。念のためアルマ・ウィースを展開させたけど、その心配は無か――」

 

 箒は創始の言葉を遮る形で雨月を放つ。刀の周囲に自動で展開された6つの光弾が創始へと殺到するが、それらは創始の正面で見えない壁に阻まれて消滅する。

 

「……訂正。少しは落ち着いてくれ。少なくとも僕には束の妹である君と戦うメリットが皆無だからさ。まずは話でもしないかい?」

「私も一夏と同じだ。貴様と話をすることなど何もない! 戦いたくないのなら素直に姉さんを解放して、世界中のトロポスを停止させろ!」

 

 雨月が効かなかった時点で創始は普通の人間ではない。トロポスやアルマ・ウィースを造りだした男のことだから、箒から見れば何をしてきても不思議ではなかった。本来ならば力づくで束を取り返したいところだが、武装が雨月と空裂しかない今の箒では荷が重い相手だと本能で悟る。悔しいところだが、少しでも創始の口から情報を引き出した方が良いと判断した。例えば、創始の人となりとか……

 

「なかなか無茶な要求だね。僕が君の要求に乗るメリットを教えてくれないか?」

「メリットメリットうるさい! 逆に訊くが、貴様が姉さんをここに連れてくるメリットでもあるのか?」

「当然だよ。束に傍にいて欲しかったんだ。他に何か理由は要るのかい?」

「姉さんの意思は!?」

「ん? 束が僕といることを嫌がるわけ無いだろ? 束を助けにいったときも『会いたかった』って言ってくれたし」

 

 なんて自分の欲に忠実で自分勝手な男なのだろうか。一夏が自分の想いを口に出すまでにどれだけ苦労してきたのかを箒を含め、多くの友人たちが彼を見てきた。創始はまさにその逆をいっている。他者がどうなってでも自らが最優先。不都合なことは全て切り捨てる。おそらくは束が言ったことも曲解している。……反吐が出る。

 

「轡木創始。貴様の答えは?」

「もちろんノーだ。ようやく始められたこの祭りを、君の我が儘で止める理由はないよ」

 

 創始から見れば、箒の方が我が儘を言っているらしい。この男とは話になる気がしなかった。すかさず箒は空裂を振るい横一閃のビームを放つ。それも創始は涼しい顔で受け流していた。

 

「好戦的な子だな。本当に束の妹なの? ……と思ったけど、そういえば束のお父上は束に全然似てなかった。むしろ束が特殊だったのかもね」

「そうかもしれない。だが、それでも私と姉さんは正真正銘の姉妹だ!」

「姉妹……ね」

 

 姉妹、と聞いてから創始の表情が変化する。どこか笑みのようなものが垣間見えていた先ほどまでとは打って変わり、箒を睨むように見据えてくる。

 

「血のつながりが何だって言うんだ? それだけで無条件に相手が自分を見てくれるとでも言うのかい?」

 

 何かが創始の琴線に触れる言葉だったようだ。真面目なトーンで訊いてくる創始だったが、その内容は箒にとってちゃんちゃらおかしいと言わざるを得ない。

 

「無条件? ハハハッ! 何をバカなことを言ってるんだ?」

「……何がおかしい」

 

 創始が初めて怒りを浮き彫りにした。だが箒は嘲笑をやめない。ここまでの大事を起こした人間が、あまりにも小さく見えたのだ。

 

「メリットがどうこう言っていた割には、そんなことも見えてないとはな。察するに貴様は身内に自分を見てもらえてないとでも感じていたのだろう?」

 

 創始が黙り込む。それは無言の肯定だった。箒はなおも口撃(こうげき)を続ける。

 

「自分が相手を見ていないのに、自分のことだけを見てもらおうだなどと、おこがましいにも程がある。そこに血縁関係は何も関係ない。人と人が1対1で向き合えばいいだけの些細なことだ。それすら出来ていないとは、貴様は人付き合いが苦手なのだな」

 

 憐れみ混じりの視線を投げかける。自分が口にしている内容に内心驚いていたりもした。それはそのまま昔の自分だった気がする。白騎士事件が起きるまで、箒は束の本質を見ようとはしなかった。7年ぶりに再会した一夏のことを見ないまま、ずっと自分を見てくれていると盲信していた。

 人との付き合いが苦手だ。言葉というものが苦手だ。そう言っていられるのも今の内だけ。いつかは誰かの好意に甘えることから卒業しなければならない。それを一夏が教えてくれたから、箒は一人でもこの場に立つことが出来たのだ。

 

「貴様と私は相容れることなど無いな。剣を持て。その性根、この篠ノ之箒が叩き直してやる」

 

 沈黙を保っていた創始が顔に手を当てる。肩を震わせていたのかと思えば、高笑いを屋内に響かせた。

 

「そうか! 君も束の邪魔をする存在なんだね! じゃあ仕方がない。僕が君を消してあげるよ」

 

 創始の体が金色の輝きに包まれる。やがて金色の装甲に身を包んだ姿の創始が見えてきた。ISと呼ぶにはややゴツい、創始より二回りほど大きい甲冑であった。唯一装甲が覆っていない頭部の小ささにアンバランスさを感じる。人が入った金色のゴーレムといった印象を受けた。しかし、これはトロポスではないと紅椿が教えてくれる。

 

「IS……なのか?」

「そう。これが僕の専用機“金の方舟(ゴルド・アーク)”だ。といってもただのISじゃない」

 

 見た目から推察するに典型的な防御型だ。推進機の類は一切確認できない上に、巨大な図体である。灰色ではないが、最初から箒の攻撃を防いでいたものの正体はアルマウィースだろう。

 

「それにしても驚かないようだね。僕がISを使えることをさ」

「生憎だが男がISを使えたところで私には何も関係ない。ただ私たちの未来を邪魔するのなら、この剣を以て相対するまでだ」

 

 男がISを動かせるということは一夏で十分驚いた。今更2人目が出てきたところで『そうなのか』で箒は済ませる。それよりも問題は創始のアルマ・ウィースをどうするかだ。確か弱点は他に武装を積めないことだったはずだが、創始の言う『普通ではない』ことがその点ならば何かしらの攻撃手段を持っている。

 とりあえずは攻撃してみるしか知る術はなさそうだ。箒は雨月で突きを放つ。案の定、箒の攻撃は創始の目の前で弾かれていた。

 

「その顔はわかってて攻撃してきたね。君の予想通り、この方舟はアルマ・ウィースによって守られている。それも通常の灰色のものよりも強固なものでね。壊したければ織斑一夏を連れてくるといい。僕は彼の存在の前では無力だよ」

 

 わざわざ自分から話してくると思っていなかった。べらべら喋るということは、それだけ創始に余裕があることになる。もしかしたら白騎士がここに残っていた理由は一夏対策であったのかもしれない。

 

「それで、僕の性根がどうこうと言っていたけど、どうしてくれるのかな?」

 

 一夏がここに来れば敗北が確定している割には、創始の顔から余裕が消えない。創始は確信しているのだろう。一夏が千冬を殺せないのだと。その点に関しては箒も概ね同意だった。だから、創始を倒すのに一夏の援軍は期待できない。箒が倒さなければならない相手なのだ。

 空裂を振るう。刀の軌跡に沿って出現したビームが創始に迫るが、やはり虚しく弾かれた。

 

「抗うことはやめない、か。そういう姿勢は嫌いじゃない。僕にはそれを否定することができない。僕もそうだからさ」

「黙れ。貴様と一緒にされるのは心外だ」

「全てが同じとは言わないさ。ただね、人は違う点があって当然でも、似たところがある人間も居て当然だよ。尤も、僕と君は束を愛している点は同じでも、決して相容れない存在だけどねっ!」

 

 創始が巨大な機械腕の指を器用に鳴らす。同時に創始の周りに4体のキャバリエが出現した。

 ――これはメール・デュ・シエルのトロポス召喚能力……!?

 

「一つ、話をしようかな。ISが何故インフィニット・ストラトスと名付けられたのかという起源の話をさ」

 

 金ピカのゴーレムに搭乗する創始はすぐに攻撃に移らずに箒に話しかけてくる。今度は箒もその内容に興味があった。

 

「名付けたのは姉さんのはずだな?」

「ああ。そして、妹の君ならば知っているだろうけど、束は外国語全般が苦手なんだ。彼女お手製のISや武装の名前も物語っている。それではなぜISなどという名前となったのか。それは彼女なりの皮肉に他ならない」

「皮肉……だと?」

「一般的には宇宙を示すと言われてるけれど、それは違う。この名前には、『宇宙に無限の可能性を見いだせる代物でも、人間は成層圏から出ることすら出来ない。青い空の下で人は争い続ける』という人類に対する失望が込められている。別の訳としては、無限の軍事力。今の力を否定された人類が、新たに力を求めてISに群がったのは7年の月日が証明している」

 

 ……無限の軍事力? それが束がISに込めた意味?

 

「ふざけるな! それは貴様の解釈だろう! それに人々が兵器に手を伸ばし始めた原因は、貴様の行動にある! 姉さんがISを兵器だなどと認めるはずがない!」

「そうだよ。だからこそ、束は一度姿を消した。束自身が兵器以外の可能性を信じられなくなったからだ。僕としては束が人の愚かさのために心を閉ざすのは許せなかったから、君たちを利用して束に気づかせてあげたんだ」

 

 箒たちを利用したと聞いて、思い出す。あのショッピングモール、レゾナンスでの爆発事故の日の報道がきっかけで束がIS学園に帰ってくることになった。箒たちは同じ日にこの男とレゾナンスで会っている。つまり、あれは事故ではなく、

 

「貴様の差し金だったのか!」

「正義を見せるなら、脅威を生み出す必要があったからね。少し面倒だったけど一定の成果は出たよ」

 

 自分たちが介入しなければ被害は2倍にも3倍にもなっていたという事故。それは創始によって引き起こされた事件であった。ただ、束に表に出てきてもらうという理由のために無関係な人間をも巻き込んだ。当時の一夏とシャルロットの口論を思い出す。自分たちは力をどう扱えばいいのかを必死に模索していた。そんな自分たちの苦悩すら冒涜されているとしか思えない。

 

「つくづく外道な輩だ」

「道を外れて歩くことは悪いことじゃない。他人の敷いた道を考えなしに歩くような単細胞の方が知的生命体として問題があると思うよ」

 

 決定的だ。創始には理性がない。あるいは倫理が取り払われている。

 箒は雨月を放つ。創始の周りのキャバリエたちには散開して避けられ、創始自身には障壁によって阻まれる。

 

「話が逸れたね。何が言いたかったかというと、僕は無限の軍事力としてのISを形にしたんだ。その集大成が“ラグナロク”であり、この“方舟”である。君たちが使っているISと違い、1機で国を落とせる代物だよ」

 

 箒はキャバリエに取り囲まれる。さらに創始の傍には6体のティラールまで出現していた。

 

「せいぜいエネルギーが尽きるまで足掻くといい」

 

 創始のその言葉を合図にキャバリエたちが一斉に突進してくる。箒は雨月を頭上に突き上げ、発生した光弾を四方八方に拡散させた。4機のうち、3機に命中したが倒すには至らず、残る1機の突進を空裂で捌く。その間にもティラールの集中砲火が浴びせられ、避けることも防ぐことも適わない箒に直撃する。

 

(くっ! やはり私一人では紅椿の性能を半分も引き出せない!)

 

 シールドエネルギーの最大容量は通常のISよりも圧倒的に多いが、いつまでも保つものではない。アルマ・ウィースとトロポスの召喚だけしか行わない創始の方舟は今後のエネルギー消費がほとんどないと言っていいだろう。持久戦で勝ち目はない。

 ティラールの集団に空裂を放つ。横一閃のビームで3機のティラールを斬り裂いた。その箒の背中にキャバリエのランスが突き立てられる。「舐めるな!」と叫びながら攻撃してきていたキャバリエに雨月を突き立て、光弾を全弾命中させることで破壊する。残りのトロポスは……キャバリエ4にティラール6。また追加されていた。

 

「もう少し頑張らないと、すぐに終わってしまうよ。僕としてはどっちでもいいけどさ」

 

 創始はただ箒の戦いを見物していた。やけくそ気味に雨月を創始に向けて放つも、何事もなく弾かれるだけ。殻に籠もる司令塔に攻撃が届かず、ひたすらに出てくるザコの相手をさせられることを余儀なくされていた。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 噴水から飛び出し続けている水の音が辺りに響いている。風が吹き、木々がざわめく声が鮮明に聞こえてくる。それら自然の音しか聞こえない状態のまま、俺と白騎士は互いに剣を向け合っていた。

 どうやら俺から仕掛けない限り、白騎士は動かないようだ。だったら俺は剣に訴える前にしたいことがある。

 

「千冬姉。俺さ、まだ千冬姉と話したいことがいっぱいあるんだ」

 

 反応はない。攻撃に移る素振りも見せない。だから俺は話を続ける。たとえ千冬姉に届いていなくても……

 

「まずは、顔も覚えてない父さんと母さんのことかな。千冬姉に2人のことを聞くといつも『私たちは捨てられたのだ』としか言ってくれなかったっけ。でも、俺は不思議と父さんたちを恨んだりしなかった。真実を知らなかった頃の俺でも千冬姉が父さんたちを憎んでないことを感じ取っていたのかもしれない」

 

 千冬姉が親代わりになってくれていたから気にすることがなかったというわけではなかった。千冬姉が『捨てられた』と言う度に俺に伝わってきた想いが負の感情などではなかったからだ。だから俺はそれまで憎むことを知らずに生きていた。

 思えば、シャルの親と同じ扱いにするのは間違っていた。俺はシャルの話を聞いたとき、近しいものを感じていたが“自分たちを捨てた親”に共感を覚えたわけではなかった。世界の理不尽さを知らなかった自分が、大切な人と引き離されることで現実を見せつけられたことが彼女との共通点だったんだ。だからこそ、俺はシャルを他人とは思えなかった。

 

 両親の話をしても白騎士は何も反応を示さない。

 

「そういえば千冬姉は俺の零落白夜の根源には“ISへの憎しみ”があるって言ってたよな? それは事実だし、今でも憎くてたまらない。こうして千冬姉と向き合ってるけど、俺は“白騎士”の存在を消したくて仕方ない。白騎士がなければ千冬姉は俺の近くに居てくれたと信じてる」

 

 箒と話した“もしもの話”。『もし俺がISに関わらなかったら』ではなく『もし白騎士事件が起きなかったら』という話ならば、千冬姉が今も俺の傍にいてくれたことは確実だろう。しかし、いつも結論は同じだ。

 

「けどさ……もしもの話なんて意味はない。それにそんなもしもはあり得ないよ。千冬姉がVAISになったのは創始に捕まえられたからじゃなくて、自分から進んでVAISになったんだよね? 俺には千冬姉を捕らえられる人間が居るとは思えないんだ」

 

 千冬姉から聞いたわけではないが、もうなんとなくわかっていた。束さんがISを兵器として扱うことには反対してて、創始が賛成していた。亡国機業を潰したがっていた千冬姉がどちらを選ぶのかを考えると、認めたくはないけど創始としか思えなかった。

 束さんを救出したという話は創始との取引だったのかもしれない。束さんを戦いに巻き込みたくないという千冬姉の意思だったのだと思ってる。

 

「千冬姉は憎しみに生きた。子供だった俺にはわからなかったけど、それが千冬姉の生きてきた道なんだね。今、千冬姉が俺の前に立ちはだかってるのは、創始との契約の代償みたいなものでしょ?」

 

 白騎士に問いかけるが当然返事はない。今ぶつけている言葉は俺の解釈であり、俺の自己満足。肯定も否定もされない方が都合が良かった。

 

「だから俺は決めたよ。やりたいことを終えた千冬姉を、創始の呪縛から解き放つ。俺が千冬姉を自由にする」

 

 俺は雪片を上段に構える。氷燕は高速機動形態で固定。白騎士相手に盾も射撃も意味を成さない。俺の変化に呼応してか、白騎士も大剣を下段に構えて突っ込んでくるつもりのようだ。

 

「俺が千冬姉を止める!」

 

 俺と白騎士は同時に前へと飛び出した。

 

 始めの交錯は雪片と大剣がぶつかり、互いが受け流してすれ違う。背中越しに見える白騎士は空中に壁があるかのように、何もない場所を蹴って急速反転していた。俺は同じことはできないため、急制動から反転しイグニッションブーストを使用する。2度目の接触も互いの剣同士が受け流し合うだけに終わる。

 白騎士は再び三角跳びでターンをする。白騎士のPICの使い方は独特であった。白騎士は一度として“飛んでいない”。跳ぶ、あるいは空中を走っていると言った方が正確なのかもしれない。だから俺は俺の武器を有効に利用する。2度目の接触で斬り抜けた後、俺は勢いを殺さずに上空へと軌道を変え高く飛び上がった。上空を旋回し、地上近くの白騎士に向かってイグニッションブーストを使用して急降下する。目一杯加速した状態での3度目の衝突は剣同士をぶつけ合うこととなった。体勢的には俺が上から押さえ込む形になっていて、白騎士が受けている。しかし、これはISでの戦闘であり俺に有利はついていない。押し切れないどころか押し返されていたため、俺は剣を引き宙返りをしながら距離をとる。

 すかさず白騎士が追撃してくる。一歩で間合いを詰めて、振り切ったはずの大剣を返してくる。対する俺は逃げることはせずに前に出た。雪片で大剣を受ける際に刀身を斜めにして滑らせ、そのまま白騎士の後ろにまで抜ける。仕切り直しのための手段だった。逃げの一手を一つとるのにも、並大抵のことでは適わない。もしあのまま下がっていたら白騎士の連撃を受けていたことだろう。

 

 ――ここで仕掛ける!

 俺に“奴”ほどの練度があるかはわからない。白騎士に通用するかなど未知数。はっきり言って無謀だが、スピードがほぼ互角な上にパワーで負けている俺では多少の博打はやむをえない。

 

 すれ違った後に再び急停止からの急速反転をする。白騎士は俺よりも一足先に反転を終えて俺に剣を振りかざして向かってきていた。俺も出来うる限りの加速をして雪片を大剣に合わせに行く。4度目の交錯。しかし今回は剣同士をぶつけるフリだ。

 

 ――見極めろ。白騎士の剣の軌跡を。ギリギリまで引きつけろ。全ては俺の一撃を一方的に当てるために。

 

 迫る剣閃。迎撃に向かうはずの雪片を無理矢理停止させる。ISであっても無理な挙動だ。イメージインターフェースによる精密なPICの制御が要求される。直前までとは逆のイメージを構築する必要があるため、頭の中が焼き切れそうになる。奴は……メルヴィンは俺と戦っている間、ずっとこんなことを続けてきていたのか。ギリギリで念じたとおりに俺の腕は止まり、白騎士の剣は俺の胴体へと伸びてくる。

 次は俺自身だ。雪片を動きを警戒してか白騎士は普段よりやや遠い位置にいる。攻撃を空かすことは可能だ。次に要求されるのは、1m弱のイグニッションブースト。後方に爆発的加速をした後で急停止し、前方へと再加速する。

 

「うおおお!」

 

 声を上げなければやってられない。まず第一段階。十分な初速を得るためのイグニッションブースト。このとき、止まることをイメージしてはいけない。止まるイメージは加速を鈍らせる。この一瞬だけは白騎士の剣から逃げることだけに集中する。

 白騎士の剣が俺の腹部すれすれを通過していった。回避は成功。問題は白騎士の2撃目に移るまでの速さだ。体勢は全く崩れていないに等しい。つくづく化け物である白騎士を倒すにはこちらも化け物じみた動きで対応しなければいけない。

 

 ここより先はメルヴィンも到達していない領域。踏み入らなければ白騎士には勝てない。

 

 ――止まれ。

 

 思考を切り替える。白式の戸惑いを感じる。俺の体に負担がかからぬようにと補助を加えてくれるが若干追いついていない。ISに乗って初めて“戦闘機動だけで”体に衝撃がくる。

 息苦しい。だがあの男と違い、俺が使っているのはISだ。できないはずがない!

 

 体が止まる。白騎士の剣はまだ止まることも返すこともしていない。明確な攻撃チャンスだ。ここで前に出る! もう難関は過ぎた。後先は考えずに雪片で斬りかかれ!

 

 氷燕を稼働。イグニッションブーストの段数は2。未だ体勢の整わぬ白騎士に、腕の振りのほとんどない自身のスピードに頼った斬撃を行う。雪片は白騎士の右腕の肘辺りを捉えていた。俺の右手は確かな手応えを感じる。何かを砕く手応えを……

 

 攻撃が通った。白騎士の右手が大剣から離れる。残る左手だけだと戦闘能力は減っていることだろう。そして今の俺は白騎士の右側の位置をとっている。白騎士の攻撃が届くまでに最も時間がかかる位置だ。俺は雪片を大上段に構える。

 

 俺が先に攻撃できる。

 この一撃で俺が勝てる。

 ただ白騎士の脳天に雪片を振り下ろすだけ。

 これで千冬姉は悪夢から解放されるんだ。

 VAISから千冬姉を解き放つには殺すしか――

 

 無いわけじゃない……

 

 一瞬の躊躇が俺の行動を遅らせる。それを見逃す白騎士ではなく、隙を晒していた俺の胴を白騎士の回転斬りが薙ぎ払う。余りにも致命的だった。俺は衝撃を逃がす方向へと吹き飛ぶ。その先にあった噴水に叩きつけられ、壊れた噴水から大量の水が頭に浴びせられる。

 

 ……絶対防御が発動した、か。やべえ。次の攻撃を受けたら死ぬ。

 

 ミスをした後だというのに比較的冷静に状況を確認できた。勝てる状況をみすみす逃した。そればかりか一発逆転まで許している。俺はすぐに動けず、白式もエネルギーの残量が深刻だ。

 

 千冬姉は俺に自分を殺せと言った。本当にそれしか無いのなら、躊躇いももう少し小さなものになったと思う。仕方がないと自分を言い聞かせられた。

 でも今の俺には……VAISを無力化できるかもしれない手段がある。それを使うこともできず、こうして迷いが生じている理由はただ一つ。

 

 ……1人にしか使えないからだ。

 

 助けたい人は2人いる。シャルと千冬姉だ。どちらも俺が護りたいと願った大切な人だ。白式は答えを示してくれた。1人だけなら救えると。

 なぜ、俺が選ばなくてはいけない? 始めから無理だと言われていた方がまだ気楽だった。苦しまなくて良かった。この状況は、どちらかを俺自身の意志で殺せと言っている。俺にその責任を抱えて生きろとでも?

 

 どうして“両方”を選ばせてくれないんだ!

 

 そんな俺の中途半端な意志を白騎士が咎めた。俺の甘さで1人を救うこともできず、他にも多くの人間を巻き込むのだという現実を見せつけられた。俺自身が救いたい人は限られている。しかし、俺のこの戦いは、これからの世界の行く末を決めるほどのものでもある。身の程を弁えない我が儘で全てを棒に振ってしまった。

 

 白騎士が石畳に降り立ち、徒歩で俺に近づいてくる。目元がバイザーで覆われた顔は無表情ながらも、もう決着だとでも言いたげな挙動だった。確かに今の俺には逆転の目はない。

 

 ……ああ、俺は何も護れなかったのか。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「ここまでキャバリエ18機、ティラール13機か。思ったよりは頑張ったね」

 

 創始が今までの箒の戦果を淡々と口にする。その数が合っているのか、箒にはわからない。息を切らせて肩を上下する箒には戦闘以外に意識を割く余裕など皆無だった。

 創始が指を鳴らす。それを合図にしてキャバリエとティラールが全て消えていった。半ば折れそうだった心は一瞬だけ安堵を覚えたが、創始がこのまま引き下がるはずがないと気を引き締め直す。

 

「何の真似だ?」

「このまま遊んでいようと思っていたけど、一つ大変なことに気がついたんでね。少し勝負を急ごうか」

 

 創始が次のトロポスを呼び出す。ただ1機のトロポスだった。見た目はゴーレムとそっくりである。機体カラーは赤で、体のあちこちに砲口と思われる穴が開いている。

 ヴォルカン。まだ箒が戦ったことのない敵の最新型トロポスである。

 

 先手必勝、とまではいかなくとも最初から守勢に回るつもりはない。箒は雨月による先制攻撃を繰り出した。様子見を兼ねた攻撃。キャバリエ程度ならば一撃で破壊できるが、赤い巨人から吹き出した炎のようなものによって光弾は消されてしまう。

 データにはあったが、鈴の甲龍の龍咆の上位互換ともいえる装備らしい。見えないという利点は消えているが、エネルギー系の攻撃を防ぐことが出来るという利点の方が大きい。そして、これは現状の紅椿ではダメージを与えることが困難であるということを指している。

 巨人が迫る。射撃が無いわけではないのだが、接近戦を仕掛けてきていた。確実な威力を以て箒を倒しにかかってきている。創始の先ほどの言葉には偽りが無く、本当に勝負を急いでいるらしい。

 

 ヴォルカンは鈍重だった。イグニッションブーストを使えない箒でもその攻撃を避けられるくらいに。火炎に包まれた右腕を振り下ろしてくるが当たる義理はない。左に避けて敵の隙だらけな右側をとった。わざわざ敵から近づいてきたのだ。箒は空裂で直接、敵の肩を狙って斬りつける。

 

「くっ! やはりか!」

 

 空裂は敵の体まで届かない。体を包む炎が刀の接近を拒んでいた。同時に放たれていたゼロ距離のビームをも弾いている。鈴との模擬戦でも経験していたことだからここまでは想定の範囲内だ。しかし、直後に箒は体をくの字に曲げて吹き飛ぶことになる。

 

「がぁっ!」

 

 吹き飛ばされた箒は背後の灰色の壁に叩きつけられた。油断しているつもりはなかったのだが、敵の防御手段が全て攻撃手段でもあることを失念していた。武器は腕だけではなく、全身が砲口なのだ。攻撃が止められた状態の箒はいい的でしかなかった。

 

 刀をついて立ち上がる。まだ戦える、と気合いで持ち直す。だが紅椿は限界が近い。目の前に赤い巨人が立っている。いかに鈍いトロポスでももう今の箒には攻撃を当てられるだろう。振り上げられた右腕をただ見つめる。何かするということもなく見ているだけしかできない。

 

(ここまで……か。私のIS適性の低さが恨めしい)

 

 納得はしたくないが、順当な流れだ。一人でどうにかできるなんて箒自身が思っていない。紅椿があっても束なしでは弱いままだ。己が分を弁えて、素直にIS学園の防衛に残り、この場は他の誰かに頼むべきだったのだ。

 

 火炎の拳が迫る。刀で受けたところで意味を成さないだろう。

 しかし、体は意思に反して勝手に動いていた。刀を交差させて拳を受けようとする。自分の何が体を動かしているのだろうか。

 

(なんだ。私は一夏に見せたかっただけなのだな。もう一夏の力を借りなくても、大丈夫だって胸を張りたかったんだ……)

 

 一夏の顔が浮かんで箒は納得する。ならば諦めることなど愚かしい。たとえ勝てなくても最後の最後まで抗おう。

 

『同感ね。一夏に見せてやりましょ? あたしたちなりの強さってのをさ』

「え――?」

 

 箒の頭に声が響く。通常のプライベートチャネルとはまた違った感触は普段ならば束の声しか聞こえないはずだった。

 

 ×の字に構えた刀の前に“勝手に”移動した紅椿の左の翼は巨大な左手に変形する。束が使ったことのない形だった。左手が箒の代わりにヴォルカンの攻撃を受け止めてくれる。そして、箒の右側には巨大な右手が拳を作って浮いていた。

 

『3倍返しよ』

 

 右の鉄拳がヴォルカンを襲う。敵は炎の防壁を張ってきたが、拳の接触と同時にヴォルカンが風船に針が突き立てられたかのように破裂した。

 声だけで誰かはわかっていたが、目の前で起きた現象は、やはりよく知る友人のものであった。

 

『鈴、なのか……?』

『そうよ。一緒にいけなくて悪かったわね。だからこうやってアンタをサポートしてあげる』

 

 ようやく理解が追いついた。束しか使えないと思っていた紅椿の複座を鈴が使っている。弾の計らいだろう。鈴が使えたことも、彼女の単一仕様能力が使えていることも驚きであった。何はともあれ、これで紅椿は全力で戦える。

 

「ふぅん……ヴォルカンを倒しちゃうんだ。でも、その残り少ないエネルギーでは今更どうしようもないね。これで終わりにさせてもらおう」

 

 反撃開始と思っていたところで、創始の背後に5mを越える巨体と2門の大砲が出現する。この閉鎖空間で創始はリュジスモンによる攻撃をするらしい。たとえ囲衣を使えたとしても防ぎきることは適わない。シールドエネルギーの残量的にも、箒が生き残ることは難しいと言わざるを得ない。

 

『行くぞ、鈴っ!』

『ええ! 遠慮なくやっちゃうわよ!』

 

 箒は鈴の補助によるイグニッションブーストで創始へと向かっていくが、接近するよりもリュジスモンが赤い閃光を放つ方が早い。箒は針路を変えない。箒の体は正面からの赤い奔流に呑まれていった……


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