IS - the end destination -   作:ジベた

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04 ブルー・ティアーズ

「彼の専用機の進行状況は? 明日までにどうにかできるか?」

 

 IS学園の長、轡木十蔵が傍らにいる白衣を着た若い男に問う。数多くのコンピュータや機械部品で溢れかえっているこの部屋は、倉持技研の中の研究室の一つだ。この空間において、轡木のきっちりとしたスーツ姿は浮いている。

 

「無茶言わないでくださいよ。ISの操縦テストのデータが来たのが昨夜です。俺が納得のいく出来になるまで一月はかかりそうです」

 

 若い技術者の方も変わり種だった。若いというよりまだ少年と言える年齢。少年技術者は依頼主に対して納期を守る気がさらさらないことを堂々と告げている。

 

「なぜ一月もかかるのだ? まさかまた妙な装備を搭載する気ではないのか?」

 

 轡木の問いに対し、技術者は手を止めて振り返った。その顔は幼い子供のように笑っている。

 

「妙とは失礼な。俺は最高の操縦者に最高のISを提供してやりたいだけなんですよ?」

 

 技術者は昨夜送られてきたという操縦者のデータを記載した紙束をパラパラとめくっていく。格闘能力、射撃能力など試験結果が記されている中、総合判断と書かれているページで手が止まる。

 

 IS適性:S。

 

 この技術者は多くのIS操縦者のデータを見てきたが、初心者でこの適性というのは見たことがなかった。

 そもそもS適性というのはIS操縦者としての最終到達地点だ。IS適性はISを操縦することで上げられるもの。IS世界大会“モンド・グロッソ”での上位入賞者たち、通称“ヴァルキリー”たちは全て適性Sであるが、彼女たちははじめから適性Sだったわけではない。

 

 データの操縦者、織斑一夏が特に異常だったのはハイパーセンサーが示していた値だった。通常、コアが自動で操縦者に適した設定をするのだが、時間に関する項目のみ振り切れている。勿論、過去にそんな例はない。モンド・グロッソの格闘部門を過去2回とも制している日本のヴァルキリーでもありえない。

 

 ISを装着した織斑一夏には、世界が止まって見えるのかもしれない。技術者にとって彼は特殊装備なんていらない“ISを着けただけの怪物”だった。

 

「まず、彼の場合はハイパーセンサーから特別製を用意する必要があります。それこそ常人なら発狂するレベルのものをです。規格外すぎてすぐにできる代物じゃないですよ」

「わかった。ならばそれができるまでの代用のISを用意できるかね?」

「それもちょっと……。今ここにある彼の専用にできるコアなんてコイツしかないですよ」

 

 技術者は傍にある打鉄をゴンッと叩く。一夏が篠ノ之神社で見つけたISだった。

 

「ならばそれを彼専用に今できるところまでチューニングしてくれ。君の言う“納得のいく出来”や“最高のIS”には後から順次追加していってくれればいい」

 

 轡木からの無茶な注文。IS本体の無い場所でハイパーセンサーやら専用武装やらを造れということだった。

 しかし技術者が文句を言うことはなく、轡木に確認をとる。

 

「ヤバイ状況ってわけですね?」

「……念には念を、というだけだ」

 

 技術者は轡木が見せた一瞬の焦りを見逃さなかった。

 

「わかりました。とりあえず形だけでも専用機にしてそちらに送ります」

「任せる。頼んだよ」

 

 轡木は用件が済んだとばかりにさっさと部屋を出ていった。残されたのは技術者一人。作業の手を止めたまま天井を見上げて呟いた。

 

「……やっぱ無理だったか。これが運命って奴なのかもな」

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「はい、全員揃っていますねー? では一人ずつ自己紹介をしていってくださーい!」

 

 教壇で大きめの黒縁メガネをした小さい女性が、豊満な胸を張って着席している生徒全員の点呼をし終わったところだ。

 

 4月7日。入学式が終わった直後のHRだ。俺はクラス分けで掲示してあったとおりに1年1組の教室に来ている。しかしまだ午前中だというのにこの疲れ方は何なんだ?

 いや、理由はわかってる。気疲れだ。3週間ほど前からわかっていたはずなのに、現状は想像を遙かに超えていた。

 

 ……まさか全校生徒の注目を浴びるとはな。

 

 特別に女子が苦手というわけでなく、中学時代も普通に女子の遊び友達がいたくらいだ。だからなんでもないと思っていたのだが、予想以上に相手方の様子が尋常じゃない。まるで俺は珍獣だった。

 

 ……ここに来てる生徒のほとんどが共学未経験だというのは想定外だ。

 

 少し考えればわかることだった。ISについて学ぶだけならば何もIS学園に限る必要はない。中学までの間で、IS操縦者に必要な教育を受けさせるということもできるわけで……。でもってそんな教育プログラムを取り入れてるのは例外なく私立の女子校になる。ここに入学するのはそんな学校のエリートばかりなのだ。

 

 そして何よりも厄介なのは、全然話しかけてきてくれないことだ。つかず離れずで常に見られている。興味津々だけど関わるのは恐いということなんだろうな。

 

「織斑くん。次は君の順番なんだけど、自己紹介してくれるかな? ダメかな?」

「や、やりますよ。山田……先生」

 

 俺の真正面にズレ気味のメガネの顔が近づいていた。俺がISに触れてから3週間、最も長く行動を共にした人である山田さん、訂正、山田先生だ。

 箒がさんづけで呼んでいたから年上なんだろうとは思っていたけど、まさか先生だったとは思わなかった。ちなみに学校では先生とつけないとすぐに拗ねる。逆に先生とつければどう呼んでも構わないみたいだった。さっきも、のほほんとした女子が“やまや先生”と呼んでたけど、むしろ上機嫌だったし。

 

 俺は席を立ち、後ろを向く。そういえば何故わざわざ俺をど真ん中の一番前なんて席にしたんだ? おかげで疲労度が3割増しにはなってるぞ。

 

 さて、つかみが肝心だぞ織斑一夏! ここで失敗すれば、この教室に俺の居場所なんて無いぞ!

 

 俺は無駄に意気込んでみせる。きっと俺を見ている女子たちは、すでに俺の熱意を受け取ってくれていることだろう。これでいい。

 

「織斑一夏です! よろしくお願いします!」

 

 俺は一礼してクルリと反転し即座に着席する。色々しゃべってほしいオーラが漂ってきているのはわかっているが、敢えて何も言わない。

 ……言えないんだ。今の俺では、周りの女子たちを楽しませるような話は何もできない。俺のことに興味を持ってもらっても、暗い話にしかならないから。

 横目でちらりととある女生徒を見る。同じ組になった篠ノ之箒だ。多分、轡木さんが気を利かせて同じクラスにしてくれたんだと思う。

 彼女は多くを語らない俺の真意に気づいたのか、顔を暗くしていた。結局どう転んでも俺の存在は暗いな。

 

 もういっか……。クラスの女子に暗い奴と思われても。誰にも理解されないわけじゃないんだ。

 

 すると、後ろの方の席から俺に聞こえるようにわざと大きく声量を上げたようなクスクス笑いがしていた。

 俺はイスに座ったまま振り向いた。発生源は一人。周囲の他の女子も困惑している雰囲気が伝わってくる。

 

「世界で唯一ISを使える男と聞いて、わたくし期待しておりましたのに、てんでお話になりませんわね。やはり男は男。自己紹介すらまともにできないヘタレしかいないのですわ」

 

 金髪の女子だった。染めているわけでなく地毛だろう。瞳も青色で、カラーコンタクトをしているわけではない自然体。肌も日本人と比べて白かった。腰の辺りまで伸びる長い髪は少しロールしていて、俺の中での貴族の令嬢という感じだった。言葉遣いも丁寧だが、内容が侮蔑である。これが慇懃無礼というやつか。彼女の日本語がうまいのは、IS関係者の必須技能だからここでは別に不思議なことではない。

 

 ……しっかし、典型的な現代女子だなぁ。

 

 世界の常識とは7年もあれば簡単に変わってしまうのだった。ISが軍事力の頂点に君臨したとき、世界各国は優秀な操縦者を欲した。そして世界的に女性優遇制度がつくられていき、極度の女尊男卑によって男を奴隷と思っている女性まで姿を見せ始めていた。初対面の男性をパシリに使う女性など珍しくもない。社会の法という暴力を振りかざす女不良が世に出てきている感じか。今多くの男たちは法に攻撃されている……。

 

 ま、このての女子には関わらない方が身のためだ。不良とまでは言わないが、俺にとって不利益にしかならないだろうし。

 金髪の彼女はまだ何か言っていたようだったが、俺は無視して前を向き続けていた。

 

***

 

 HR終了直後、俺は山田先生に呼び出されて、第2アリーナのピットにまで来ていた。てっきりこの3週間の影響か、箒も来るものだと思いこんでいたが、この場には俺と山田先生と轡木さんがいるだけである。

 

 そして、正面には兜と胴体部分の無い武者鎧が静かに佇んでいる。

 

「やあ、一夏くん。しばらくぶりだね」

「轡木さん? これってもしかして――」

「そうだ。君が初めて動かしたあのISだ」

 

 約3週間(もうすぐ一ヶ月)ぶりの再会だった。しかし、この打鉄は色々と違っている気がする。全体的に銀色だったはずなのに、今はほぼ真っ白になっている。打鉄の特徴である肩の物理シールドは健在だったが、他の装甲がシャープになっているなど、細部が記憶と違っていた。

 

「これが、ですか?」

「ああ。君の戦闘データ、試験データを元に調整した君の専用機だ。さっそく装着したまえ」

「俺の……専用機……」

 

 専用機。俺だけの“力”。あの最初の日に共に戦った相棒が俺の元に帰ってきた。ゆっくりと近づいていき、俺は優しく触れた。すると打鉄は白い輝きと共に、自ら俺に装着される。

 

「見たかね、真耶くん」

「はい。専用機でないISが自ら織斑くんを選んだように思えます」

 

 驚愕している2人を見ながら、俺はハイパーセンサーで見る世界に没頭していた。打鉄はエラーを吐き出しているが、問題のあることじゃない。

 

 ……ああ、打鉄が俺を理解しようとしてくれている。

 

『操縦者“織斑一夏”を登録。初期化(フォーマット)開始』

 

 俺は初期化と最適化処理(フィッティング)が終了するまでの間、無重力の揺りかごに身を預けて漂っていた。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「ちょっと、よろしくて?」

「ん? 私か? 何の用だ、オルコット?」

 

 一夏が山田先生に連れられて出ていくところをぼんやりと眺めていた箒の元に、自己紹介で悪い意味で目立っていた金髪の少女、セシリア・オルコットが近づいた。スカートの丈が他の女生徒と比べ長いお嬢様は、自己紹介でも高飛車な雰囲気を隠さなかった。そんな彼女に話しかけられ、箒はあからさまに顔をしかめた。もちろんそんな箒の反応に、セシリアはいい気などしない。

 

「何ですの、その態度は。せっかくわたくしが話して差しあげていますのに」

「ほう。随分と上からの目線だ。イギリスの代表候補生は少なくとも徳が低いのだな」

「何ですって?」

 

 会話の最初から互いに喧嘩腰となりつつあった。険悪な雰囲気は周囲に伝わり、傍にいた女子も巻き込まれたくないと離れていく。

 

 この状況のきっかけは最初の箒の態度とセシリアは思っているのかもしれないが、箒にはセシリアを嫌う理由があるのだ。

 

(何も知らない癖に。一夏のことを何も知らない癖に!)

 

 箒の目にはセシリアのことが世間知らずのお嬢様にしか映っていなかった。たとえ国の代表候補生に選ばれるような実力者といえど、本当の実戦を経験していないのだ。

 ぬるま湯に浸かっていた人間に一夏の何がわかるのか。

 そう思うと余計に箒は腹が立ってしょうがなかった。

 

「篠ノ之さん。あなた専用機持ちらしいですわね」

「そうだが、それがどうした?」

「実はさきほど学園のデータバンクにアクセスしたところ少々不思議なデータを見つけまして。篠ノ之箒さん、あなたはIS適性がCではありませんこと?」

 

 セシリアの一言で箒は雷を打たれたような衝撃を受けた。セシリアの言っていることは本当だ。箒は、IS適性が最低ランクなのだ。しかしそれは隠されている情報のはずで、公開情報では適性Aということになっているはず。

 セシリアはどこにアクセスしたのだろうか?

 

 箒の顔を見たセシリアは情報が真実であると確信し、言葉を畳みかける。

 

「IS適性がCでは代表候補生になどなれるはずもないのですが……。日本が深刻な人材不足かと思えば、何人もA適性がいらっしゃいます。あなたのISは元日本代表のISのコアを使用しているというデータも拾いましたが、そんな価値があなたにあるのですか?」

 

 セシリアの言うことは一部を除いて正確な情報だ。そして箒が自問していたことをズバズバと言ってくる。

 不出来な自分がISを使っていていいのだろうか? と。

 

「篠ノ之博士の妹だから、特別扱いを受けていらっしゃるのではないのですか?」

 

 箒は口に手を当ててわなわな震えていた。何も言い返せない。変わり者だが優秀だった束。ただの変わり者だった箒。7年間の戦いも、自分の力じゃなかった。

 

「まったく。良くわかりませんわね。さきほどの男子といい、あなたといい。どんな生活をしてくればこんな人たちに育ってしまうのか、親の顔を見てみたいものですわね」

「……黙れ」

 

 箒の雰囲気が一変する。セシリアは箒の触れてはならぬ領域に入った。束と比較されたり、束の妹だから特別扱いされていると言われることには慣れている。箒自身が罵倒されるのはもう気にならない。でも――

 

「貴様に、一夏の何がわかるっ!!」

 

 一夏が悪く言われることは我慢ならなかった。

 

 元々箒は人付き合いが苦手だ。厳格な父の元で剣と共に成長し、父の口調が移り、気づいたときには周囲の子供たちと言葉づかいで壁ができていた。

 話す度に何を言っているのかわからないと言われ、江戸時代とか戦国時代の人間だとからかわれていた。

 そんな箒と周りの子たちをつなげてくれていたのが一夏だった。一夏自身も大変なはずなのに、自分を気にかけてくれた。幼い頃に抱いた尊敬の念は今も消えてはいない。

 

 箒の全身が赤い光に包まれ、赤い武者鎧が構築されていった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 アリーナ外での、それも緊急時以外のIS展開。明確なルール違反にまで発展するとはセシリアも予想していなかった。しかしこちらも展開しなければ間違いなく死ぬ。セシリアも青い光に包まれる。そこに二刀を交差させた箒が突進した。2人はその勢いのまま窓を突き破り校舎の外へと飛んでいく。

 

 赤と青の軌跡が途中で別れ、それぞれが宙に静止する。

 片や赤い武者、そしてもう片方は青い王国騎士だった。

 

 ISネーム“ブルー・ティアーズ”。イギリス代表候補生、セシリア・オルコットの専用ISである。右手にある2mを越える長大な銃、67口径特殊ビームライフル“スターライトmkⅢ”からもわかるとおり、射撃戦が主体の機体。そして背中に従えている4枚のフィン・アーマーこそがこの機体の名の由縁である。

 

「まったく、非常識ですわ! あなたは専用機持ちとしての自覚と誇りが――」

「ああああ!!」

 

 箒は二刀を構えて突撃する。すでに冷静さは無く、ただセシリアを敵と認識していた。

 

「猿みたいですわね。……いいでしょう。このわたくし、セシリア・オルコットが、あなたのような不適格者を蹴落として差し上げます」

 

 猪突猛進する箒の突撃コースからセシリアは余裕をもって離れる。その青い軌跡は、5つだった。一番大きい軌跡はセシリア自身のもの。あと4つは、背中に浮いていた4枚のフィン・アーマーだった。

 

 この4枚のフィン・アーマーこそ、イギリスの開発した第3世代兵器“ブルー・ティアーズ”である。先の尖った浮遊物体の内部には特殊ビームを撃ち出す銃口が取り付けられている。移動させるのも引き金を引くのもセシリアの意思により行うマニュアル制御。見えない手で操る空を飛ぶ銃だった。

 セシリアの専用機は、この特殊装備の実戦投入の一号機であるからブルー・ティアーズと名付けられたのだ。

 

「さあ、不様に踊りなさい」

 

 セシリアの意のままにBT(ブルー・ティアーズ)ビットが箒を完全に包囲し、射撃を開始する。理性のない状態ながら、箒は4枚の物理シールドで全て防いだ。その瞬間――

 

「がら空きですわ」

 

 セシリアのスターライトmkⅢが光を放ち、箒の胴体に到達した。

 簡単すぎる。

 それがセシリアの抱いた感想だった。

 

「く、そおおおお!!」

 

 箒が獣のように吠える。弱い犬ほど良く吠えるとセシリアは聞いたことがあったが、その通りだなと思った。

 

 なおも突撃しようとする箒にセシリアは真正面からスターライトmkⅢを撃ち込む。それを箒は物理シールド2枚がかりで受け止め、その隙を4機あるBTビットが狙い撃つ。

 箒は近寄ることもできず、じわじわとダメージが蓄積されていくだけだった。

 

 本当にくだらない。あんな男ごときのために問題を起こすなんて……。

 

 すでにセシリアは箒への怒りを忘れ、憐れみの目で見つめていた。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「箒っ!!」

 

 箒が怪我をして運ばれたことを聞いた俺は、保健室へと駆け込んだ。

 事情は大体教室で、いつものほほんとしている人に聞いてきた。

 

 箒とセシリアがISを持ち出して喧嘩を始めたということだった。

 

「一夏か……。一応ここに居るのは私だけだが、病室では静かにな。常識だぞ?」

 

 いつもどおりの話し方の箒に俺はほっとしつつ近寄る。しかし、箒の顔を見た瞬間、俺は怒りを覚えた。

 彼女に覇気が全く感じられなかったのだ。日本刀に例えている切れ味のある目つきも、虚ろであった。

 

「箒……」

「ふふふ。自分のことを棚に上げるなと言いたいのだろう? 返す言葉もない。私は未熟者だ。それでいて慢心していたから、より質が悪い」

 

 目の前にいるのが普段の箒ならば俺はそう言ったと思う。でも今のお前に俺が言いたいことはそんなことじゃないんだよ、箒。

 

「俺がセシリアにバカにされていたんだろう?」

 

 箒の目に少し光が戻る。窓に大穴のあいた教室で聞けたことは、箒とセシリアが言い争いをしていたというだけだった。内容はわからないが、箒が自分のことで手を出す人間ではないことは俺が一番良く知ってる。そして、人付き合いが苦手で、この学園に俺以外に親しい人間がいないこともな。

 

「それでも、私がしたことはルール違反だ。専用機を持たない他の生徒を危険に巻き込みかねない重大な違反だ」

「それでも、俺は嬉しかった。ありがとう、箒。俺のために怒ってくれて」

 

 正直に言えば、俺は事の重大さがわかっていないのかもしれない。それでも嬉しかったことは事実だ。どうせ箒は轡木さんや山田先生からお叱りを受けるのだから、俺がお礼を言ったところで問題はあるまい。

 

「ダメだ、一夏! お前にそう言われては……私は私を許してしまう」

「いいや、撤回しない! これだけは譲れないね! 俺が嬉しかったのは事実なの! わかったら今日はさっさと眠れ」

 

 上半身を起こしていた箒の額を小突いて寝かせ、布団をかけてやる。

 

「すまない……一夏」

「違うっての。お前が俺に言うことは『どういたしまして』だ」

 

 俺が小突いた箒の額を一度撫でてから保健室を出ていった。

 

 

***

 

 

 喧嘩騒動の翌日。箒が欠席する中、1年1組のHRが始まった。

 

「――というわけで、1組のクラス代表を決めたいと思いまーす!」

 

 山田先生が小さい体で大きな声を出す。なんだか余計に子供に見えて仕方がない。

 

「すみません、クラス代表って何やるんです?」

 

 俺が先生に一番近いから軽く質問を投げかけておく。すると山田先生はエヘンッと胸を張りながら意気揚々と答えてくれる。教師扱いされると大変喜ぶことが最近わかってきた。ってか轡木さんといるときと全然違う人に見える。

 

「主に生徒会の会議などに出席したり、教員と生徒とのパイプ役などの雑用です。ただ、競技会などでは組単位で競争するので、そのリーダーにもなります。IS関連の企業の目にとまりやすいという利点もありますね」

 

 1組のリーダーとなる。その言葉が出れば上等だろう。山田先生が「立候補は誰かいませんかー」と募ると一人が手を挙げた。

 

「わたくしがやりますわ。専用機持ちはわたくしと篠ノ之さんだけですが、彼女では力不足でしょう。ただ専用機を持っているだけの人には任せられません。異論はありませんわよね?」

 

 予想通りセシリアが立候補した。俺が彼女に抱いている人物像は、自意識過剰で目立ちたがりの仕切りたがり。自分が代表にふさわしいと当然のように思っているのだろう。

 

 俺は昨日の喧嘩騒動を見ていないから知らないが、周囲の反応を見るにかなりの実力者なことは証明済みのようだ。

 

 しかし臆すことはない。クラス代表になど興味はないが、お前が舞台に上がってくれたなら俺は喜んで同じ位置に立とう。

 

「あ、俺も立候補します。専用機もあるんで」

「何ですって!?」

 

 セシリアの怒声が響きわたる。山田先生が「あのー、他に誰かいませんか」と訊く声に反応する声はどこからも上がらなかった。

 

「えーと、それでは織斑くんとオルコットさんで多数決をとりましょうか」

「先生、待ってください!」

「何でしょうか、オルコットさん」

「1組のリーダーとして競技会に出るというのならば、実力で選ぶべきだと思います。多数決ではただの人気投票。男という物珍しさだけで代表に選ばれるということは納得がいきませんわ」

 

 セシリア……。それは自分を選んでくれるわけがないと自分で断言してるだけだぞ? 悲しくならないか?

 

「オルコットさん。人望のない人が代表になることの方がおかしいと先生は思いますよ」

「ですが!」

 

 山田先生が諭すように多数決にしようとしている。正論だったし、おそらく山田先生的には俺が代表の方が都合がいいのだろう。しかしセシリアは食い下がっていた。

 

 さて、そろそろ俺が口を出すべきだな。このまま多数決になってしまっては、俺が困る。

 

「先生、実力で決めましょう」

「えっ?」

 

 おっと、俺の一言で教室内の時間が一瞬止まった気がする。そんなに変なことを言ったか?

 静寂を破ったのはセシリアの高笑いだった。

 

「まさかあなたから提案してくれるとは思ってもみませんでしたわ。代表候補生であるわたくしに、ただISを使えるというだけのあなたで勝負になると思っていますの? あなた、中々ユーモアのセンスがあるんじゃなくて?」

 

 やったー! 人生で初めてユーモアのセンスがあるなんて言われたぞ! ……ちくしょう! 褒め言葉じゃねえ!

 

「織斑くん、本当にそれでいいんですね?」

 

 山田先生がまじめな顔で訊いてくる。つまり、セシリアは強敵だということを教えてくれていた。俺の周囲の女子からも「織斑くん、やめておきなよ」と声をかけられるしな。

 

 ただ俺は思うんだ。セシリアは、ルー・ガルーの男や巫女のISが纏っていたような雰囲気を持ち合わせていない。ここでセシリアに勝てないようだったら、千冬姉にたどり着けない。そんな気がしている。

 

「いいですよ。そもそも自分の人望を信用できない奴が強い人間のわけがありませんから、俺が勝つに決まってます」

 

 ヒクヒクとセシリアの口元が震える。大変お怒りのようだ。別に構わないけどな。

 

「随分と自信がおありですこと。いいですわ。完膚無きまでに叩きのめして差し上げます!」

 

 この場はこれで終わった。アリーナの空きの状況から、クラス代表決定戦は明後日と決まった。

 自分から面倒を背負い込むことをしたが、俺の心は晴れやかだ。

 だって、当たり前のことをしているだけだし。箒が俺のために戦ってくれたんだったら、俺も箒のために戦ってやる。

 それが仲間ってもんだろ?


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