IS - the end destination -   作:ジベた

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final destination : 限られた中での確かな答え
39 コア・ネットワーク


 束は後ろ手に手錠をかけられていた。

 銀髪とも白髪ともいえる髪をオールバックにした壮年の男性、ブレイスフォードが彼女を招待した部屋は何もない部屋だった。縦長の直方体の空間にあるのは、壁や床に見える模様のような正方形の継ぎ目くらいしかない。手持ち無沙汰な束は、歪な造りを思わせる元凶である正方形の数を1つ、2つと目で追って数え始めた。

 

「さて、ここならばゆっくりと話ができそうだ。篠ノ之博士、これからのことを相談しようではないか」

「私はお前たちに相談することなんて何一つないよ。あと、博士ってのはやめてくれる? 勘違いしてる人が多いんだけど、私は博士号なんてとってないから」

「いやいや。あなたが博士を名乗れないようだったら、博士号なんてただの飾りと同じだ。相応しい人間にこそ付けるべき敬称だと、私は思う」

 

 視線が完全に部屋の床や壁に向いたままで束がぞんざいな回答をしたにもかかわらず、ブレイスフォードは上機嫌そうに受け流していた。その胸の内は束にはなんとなく見えている。ISを正式に発表してから近づいてきた人間と同じ目をしているのだ。これが理由で一度は身を隠していたことにだけは気を使ってもらえないのだろう。いや、本当にわかっていない。

 

「敬称を付ける前にやるべきことがあると思うんだけど?」

「そうだな。おい、彼女の手錠を外して差し上げろ」

 

 ブレイスフォードの指示で束の後ろに立っていた兵士が束の両手を解放する。だからと言って束の何かが変わるわけではないが、少しは気が楽になった。

 

「さて、では早速これからの話といこうか。……そろそろこちらを向きたまえ」

「めんどくさいなぁ。で? 早く話してもらえる?」

 

 自由になった手で自分の髪を弄くりながら束はとりあえず体をブレイスフォードに向けた。視線はやはり指の先である。ブレイスフォードの足は小刻みに床を叩き始めていた。

 

「単刀直入に言おう。あなたには我が軍の“ゲイル”を今よりも強力なモノに――」

「ごめん、それ絶対に無理」

 

 ブレイスフォードの依頼を最後まで言い切らせることなくバッサリと切り捨てた。ブレイスフォードの口元が、横に広がっていた形から中央へと寄っていく。眉間にも皺ができていた。彼の表情の変化がスイッチであるかのように束を取り囲む兵士4人が一斉に銃口を彼女に向ける。

 

「言い忘れていたが、あなたに拒否権などない。我々のために働いてもらえないのであれば消すしかなくなる」

「何か勘違いしているようだねぇ。私は『やらない』と言ったわけではなく、『不可能だ』と言ったのだよ」

 

 束の発言に兵士も含めた全員が固まっていた。誰も反応を示さない。理解が追いついていないのだろうと束は回答を追加する。

 

「ISの生みの親。確かにそれを言うのならばこの私をおいて他にはいないよ。ISコアを造れる人間もおそらく私一人だけ。でも、私は一度として“兵器としてのIS”を造ったことはないの」

「嘘だ。あなたの妹が使っているISはどうなる? 世界で最初の白騎士もあなたが造ったのではないのなら誰が造ったというのだ!」

 

 ようやく思考が会話に追いついたブレイスフォードが声高く束に詰問した。やれやれと肩をすくめた束は、問題児たちに特別指導をしてやる。

 

「箒ちゃんの専用機を私が与えたことは知ってるみたいだけど、誰も全部私が造ったなどと言ってない。私が紅葉に積んだものはハリセンだけ。あ、一応、刀も載せたっけ。でもあれって束さんの技術はほとんど入ってない。紅椿に搭載した束さん製のものもデュアルコアシステムと展開装甲(可変システム)だけ。武装のノウハウは全て借り物ってことだね。それはお前たちの国のものも含まれてる」

 

 これは全て真実。箒に最初に与えた打鉄・紅葉は攻撃能力を低めにしていたわけでなく、単純にできなかったためだ。当時の束は兵器に興味がなかったため、身近にあった武器である“刀”しか知らなかった。箒の技能や、IS同士の戦闘で有効であることがプラスに働いてある程度の形になっていただけであった。紅椿の武装も米軍のIS“福音”の特殊装備の情報を轡木から受け取っていなければ完成していない。福音を開発した国の技術を束は越えることができていないのだった。

 

「白騎士は確かに規格外の強さを持ってる。でも、私はISを公表したときに言ったはずだよ? あれはISが自ら生み出した単一仕様能力だと。私は新しいコアを造ることができても、コアに無理矢理に能力を覚えさせることはできない。たぶん、それは“そうくん”だって出来やしないんだ」

「そうくん……? 誰だそれは?」

「IS学園が喧嘩を売っている相手。ISを兵器にした張本人だよ。今、そうくんはきっとお前を殺しにくる計画を立ててるはず。私をさらうために。もう私が生きてようが死んでようがお前はそうくんに殺される」

「ふっ。亡国機業という奴らの一人か。ならば受けて立つまでだ。この基地には150機のゲイルを配備している」

 

 自信満々に答えるブレイスフォードであったが、彼は知らないのだ。IS学園にやってきて白騎士を追い払えた理由は、『白騎士が単機で無かったから』でしかないことを。ましてや、150機の第3世代兵器を搭載した有人トロポスがあったところで1機のVAISを倒すことですら困難であることも。

 だが束は指摘するつもりはない。どう言ったところでブレイスフォードが納得することはないだろう。己の力を過信している時、人に否定の言葉は耳に届かない。

 

「では博士にはISコアを造ってもらえるかな。もちろん男性にも使える形でだ。ゲイルはコアを入れ替えるだけでも性能が上がるだろう」

「それも無理」

「ふざけるな。今更、『何故か女性にしか使えない』などと言うわけではないだろう? 開発者であるあなたが設定せず、誰がそうするというのだ?」

 

 束の無理という返答には嘘偽りはない。そして、その後のブレイスフォードの指摘もあながち間違っていなかった。

 

「認める。ISが女性にしか使えないように設定したのは私だよ。でも、今のISコアは私の干渉を拒んでる。もう無理なんだ」

「どういうことだ!?」

 

 束はある目的のために女性にしか動かせないという制約をISに設けた。その結果、ISコアが束に強制されることを嫌ったのだろう。束は全てのISに装着を拒否されている。束に使えるのはコア・ネットワーク関連のものだけだった。

 

 束は“世界で唯一のISに乗れない女性”となった。

 

 新たに造りだしたコアも他のコアと情報を共有して同様の状態だった。自己進化機能とコア・ネットワークは密接なつながりがあるため、コア・ネットワークのみを排除することもできない。

 

 紅椿に搭載したデュアルコアシステムはISコアを騙して自分が戦うためのシステムでしかない。でなければ束が前線に出ない理由などない。

 

「……ではあなたには何ができる?」

「だから言ったでしょ? 私は博士なんて呼ばれる資格はないよ」

 

 ブレイスフォードが頭を抱えていた。わざわざ大がかりな軍事行動に出てまで確保した要人が、コアを造るしか能がない人間だとは思いもしなかったのであろう。一応、束は技術者としてかなりのスペックがあると自負しているが、ブレイスフォードの目的を果たせる役者は他にいたのだった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 もう何度目となるだろうか。俺は手慣れた動作で真っ白な空間を移動する。この空間の正体はもう何となく掴めていた。ここはコアが見せる仮想空間なのだ。意識を失っている俺に対して、コア・ネットワークを通じて伝えに来ているのだろう。やはり、今回も俺の行く先に白騎士が待ちかまえていた。

 

『お前の望む力は手に入ったか?』

 

 今回は白騎士から話しかけてきた。俺と反対側を向いたままだったが、先に話しかけてきたことは異例である。つまり、俺から振られたくない話題があることに他ならない。その思惑は読めている。千冬姉としてではなく、白騎士として話すつもりなのだ。

 

「いいや。どれだけ頑張ってもさ、俺は失いたくないものばかりが増えて、大切なものができて、最後には失うばかりだ。力があっても何も変わらない。それに、その力もアンタには届かなかったしな」

 

 俺は白騎士に思いを吐露する。力さえあれば護れると、最初はそう信じていた。事実、俺が護れたものはゼロではない。だけど全部護ることなんてできなかった。白騎士に敗れ、シャルが連れて行かれた。また俺は離れていく大切な人を引き留めることができなかった。

 

『……一つ教えておいてやろう。零落白夜はお前の力ではない』

「え――?」

 

 白騎士の発言に俺は頭が真っ白になる。

 ――零落白夜が俺の力じゃない!? じゃあどうして俺には……白式には単一仕様能力があったんだ?

 

『単一仕様能力とは、その人間を映す鏡のようなもの。兵器自体を憎んでいた私が得た力と、兵器としてのISを憎んだお前では、似ているようで違う。似ているために私の力の一部を貸し出せただけに過ぎない』

 

 白騎士、千冬姉が兵器を憎んでいた。その千冬姉だからこそ発現した単一仕様能力こそが真の零落白夜であり、俺が手にしていたのはその内の一部だということなのだろう。俺が無効化できるのがISエネルギーの関わる兵器ばかりだったのは、白騎士の言ったとおり、俺がISを憎んできていたことに起因するようだ。

 

「兵器を、憎んでいた……?」

 

 俺の零落白夜が千冬姉からの借り物だという事実はショックだったけど今はどうでもいい。俺が知らない千冬姉を知るチャンスはこれが最後のような気がしていた。俺は知りたい。幼き日の俺が知らなかった千冬姉の思いを。俺は一つ思い当たることがあり、訊くことにする。

 

「もしかして、俺たちの父さんと母さんに関係してるのか?」

 

 俺が父と母のことを口走った瞬間に、白騎士は余裕を感じさせない慌てぶりで俺の方へと振り返った。その反応で十分だ。俺たちは……捨てられたわけじゃなかったんだな。

 

『いつから気づいていた?』

「今、聞いたことからだよ。千冬姉が父さん母さん自身にではなく兵器を憎む理由で、俺が思いつくのは一つしかない。兵器に関わる何かによって殺された。違う?」

 

 今思えば、篠ノ之家との距離が近かったのは、俺たち自身を守るためだったのかもしれない。柳韻先生自身が武術の達人だし、轡木さんというコネもあったのだから俺たちを守る場所として最適だったのだろう。自分で身を守る力を得るためにも篠ノ之道場は千冬姉にとって都合が良かったのだ。

 

『もう隠す必要もないか。多くを語る時間は無いから単刀直入に教えてやる。お前の両親である織斑京介(きょうすけ)と織斑春香(はるか)は私立探偵と新聞記者だった。無駄に正義感を発揮して、とある犯罪組織を追って殺された、バカな親たちだったよ』

 

 白騎士の口元が緩む。それは決して侮蔑の嘲笑ではなく、尊敬からくる誇りにしか見えなかった。口でどう言おうと、千冬姉が両親を嫌っていなかったことがわかるし、結果的に俺たちを置いて死んでしまったことを両親に責める気もないこともわかる。

 そして、千冬姉が責める相手は彼らしかいない。

 

「父さんたちは亡国機業と戦っていたんだ……それで千冬姉は束さんと協力してISを造ったんだろ? 奴らと戦うために」

『少し違う。私が束たちを利用したのだ。ただ空の上の可能性を見つめ続ける天才2人を、私怨のために利用した愚か者なのだ、私はな』

「ふた、り……?」

 

 ISの開発に関わる束さんの背後関係に俺の知らない人物がいる。千冬姉が束さんと並べても天才という人物に心当たりがなかった。

 すぐに問い返そうとしたが、このタイミングで白い世界が揺れ始める。もう時間がないらしい。俺が質問する前に、白騎士が先に問いかけてくる。

 

『もう一度、あの時と同じことを問おう。お前は、力を欲するか?』

 

 雪花が白式になったあの時のことだ。あの時は皆と共にいることを願って力を手に入れた。千冬姉から零落白夜を譲り受けたのだ。でも、零落白夜があることによってISは兵器となった。俺が手にした零落白夜も争いを拡大させている気がしている。そして、零落白夜があっても……シャルは引き留められなかった。俺の答えは決まっている。

 

「俺は……こんな力が要らない世界が欲しい。護る必要のない世界だ。綺麗事すぎる理想論だけどさ。俺は力なんて要らない」

『……その思いこそがお前の本当の力だ。後は、思うようにやってみろ。他ならぬあの子のためにな』

 

 白騎士の言うあの子とはシャルのこととしか考えられない。千冬姉の中では確信になっているのかもしれないな。VAISから操縦者を解放する術があるのだと。

 

「千冬姉のためでもあるよね?」

『バカを言うな。お前はあの子を救うことだけ考えていればいい。前にも言ったが、私のことは殺せ。人を呪わば穴二つ。そこに入るのは私とソウシだけでいい』

「千冬姉っ!」

 

 白騎士に手を伸ばした瞬間、白い世界は崩壊し――

 

 

 ……俺は手を天井に伸ばした状態でベッドに横たわっていた。

 

「ここは……?」

「起きたか、一夏」『やっと起きたね、一夏』

 

 すぐ傍から女子の声が聞こえて俺は体を起こす。ここは医務室だ。結構な頻度でお世話になっているから理解もすぐに追いつく。俺はすぐさま脇腹を撫でた。そこには穴なんてもちろん無い。

 

「無事で良かった。一度は死んだと思ったのだぞ?」『無事で良かったよ。死んじゃったかと思ったんだからね?』

「ごめんよ、シャル」

「おい、本当に大丈夫か!?」

 

 俺は肩を掴まれて勢いよく揺さぶられていた。そこでやっと俺の傍にいたのが箒だったことに気づく。

 

「大丈夫だよ、箒。それで、俺は何日寝てた?」

「……2日だ。軽く説明をしておこうか?」

 

 俺は「頼む」と返事をして箒の話す内容に耳を傾ける。

 

 俺を撃った後、シャルが亡国機業の元へ逃げていった。

 白騎士と戦闘した鈴が俺と同様に眠り続け、未だに目覚めていない。

 攻めてきていた敵勢力は米軍のトロポス部隊によって追い払われた。

 見返りに束さんが米軍に連れて行かれ、今に至る。なおIS学園は米軍の手に落ちてはいないとのこと。

 

 まとめると以上だ。山田先生も意識不明であるらしい。今回はIS学園が受けた被害が大きいと言わざるを得ない。第3勢力の介入によって亡国機業が勝利しなかったことだけが救いなのかもしれない。

 

「束さんは大丈夫なのか?」

「わからない。プライベートチャネルもつながらないんだ……」

「すまん、箒。俺から訊いといてなんだけど、束さんなら大丈夫な気がしてる。束さんだけ連れて行った米軍は“ISの開発者”を利用したいって考えてるはずだから危ない目には遭わないはずだよ」

 

 気休めだ。だが、束さんなら上手くやってくれていると信じるしかない。今の時間も束さんが稼いでくれているのかもしれないので、俺はすぐに行動するべきだ。ベッドから跳ね起き、すぐに目的地へと向かう。箒が肩を掴み、それを阻止してきた。

 

「一夏っ! まだ寝ていろ!」『一夏。まだ安静にしてないとダメだよ』

 

 ガツンと頭を殴られたような気がした。実際に殴られたわけではない。さっきから箒の声と共に幻聴が聞こえてくる。全部シャルの声だ。ここに居るのは箒だと自分に言い聞かせてドアに手をかけながら手短に答える。

 

「やることがある。箒は俺が起きたことを弾にでも伝えておいてくれ」

 

 俺は箒の手を振り払って廊下を走り出した。

 

 

***

 

 

 やってきたのはIS学園内の茶道部の部室である屋敷だ。戦闘時には校舎内に避難しているが、今はここにいるはずだった。俺は早速屋敷に入り、家主である柳韻先生の部屋へと歩く。途中に誰ともすれ違うことはなかった。ノックをするとすぐに「入ってきなさい、一夏くん」と返ってくる。おそらくは足音だけで俺だとバレたのだろう。遠慮なく「お邪魔します」と言って入室した。

 

「箒からは意識不明と聞いていたから心配したよ」

「もう大丈夫です」

 

 柳韻先生はどこか元気がなさそうだった。それも仕方がないのかもしれない。束さんの安否がわからない状態となっているのだから。柳韻先生には酷かもしれないが、束さんのことで訊くことがあってやってきた俺はすぐに本題に入ることにする。

 

「束さんの中学の卒業アルバムとかって残ってますか?」

「ああ。あの子たちが普通の生活を送っていた頃の写真は全て私が預かっている」

 

 千冬姉の教えである『誰と居たのかを記録しておくのだ』という言葉。これは俺だけのものではない。きっと千冬姉の近くにいた束さんも同じように記録していると思った俺は、当時の2人の人間関係を調べられると思っていた。

 柳韻先生に渡されたアルバムを開き、千冬姉と束さんの2人がいる写真を探していく。なかなか見つからない。予想はしていたが、2人とも人付き合いが苦手っぽかったから写ること自体が稀なのだろう。写っていてもふてくされたような束さんや、不良みたいな目つきの千冬姉が写真の隅に入ってるくらいだった。

 そんな中、一枚だけ異質な写真を見つける。旅行先の写真だろうか。浴衣姿の束さんが子供のような笑みを浮かべて線香花火をしている。隣にいるのは千冬姉ではなく、一人の少年だった。メガネをかけていて真面目そうな少年はどこかで会ったような気がする。

 顔を把握したので、千冬姉と束さんのクラスの男子の顔のリストを見ていく。すると、該当する顔はすぐに見つけられた。顔写真の下の名前には、見覚えのある漢字が並んでいた。

 

 ――轡木創始(そうし)、と。

 

「……柳韻先生。この人って」

「轡木の息子だ。今はどうしてるのか聞いていないが、とても賢い子だった記憶がある。そういえば一夏くんと箒は会っていないかもしれないな。よく束と千冬くんと3人でいたはずだよ」

「ありがとうございました!」

 

 俺はアルバムを柳韻先生に返して、挨拶をすることなく学園に引き返す。全てつながった。今考えれば、柳韻先生の知り合いだからという理由だけで束さんが轡木さんのことを“轡木おじさん”なんて親しく呼ばないはずだった。束さんがISを開発できた資金源もこれで解決する。俺の知らない3人目が轡木さんの息子ならばクリアだ。千冬姉が残した名前も“ソウシ”だったから間違いない。

 

 

 校舎に入り、PICエレベータを降下して地下司令室に辿りつくと車椅子に腰掛ける轡木さんを見つけ俺は傍にまで走り寄った。箒の話ではシャルに足を撃たれたようだが、それほど大きな怪我ではなさそうだ。

 

「一夏。どこ行ってたんだ? 箒から起きたとは聞いてたが、いなくなったとも聞いて正直焦ったぜ」

「悪い、弾。後で話す。今は轡木さんに息子さんについて聞かなきゃいけない」

 

 偶々ここにいた弾が声をかけてきたが今は弾と話している場合ではない。弾の方を見ることなく、轡木さんに視線を集中させていると、轡木さんは額に手を当てて顔を伏せた。

 

「知ってしまったようだね。創始のことを」

「はい。轡木創始……あなたの息子さんが千冬姉や束さんと親しい人物であり、IS開発にも関わりを持っていた。そして、今は亡国機業のトップにいる。そうですね?」

 

 俺の推測を聞いた轡木さんは観念したのか顔を上げ、俺と真っ直ぐに向き合った。

 

「概ねその通りだ。だが、一つだけ訂正させてもらうならば、創始は亡国機業のトップなどではない。実はね、一夏くん。もう亡国機業など存在していないのだ」

「どういうことですか? 現にトロポスが俺たちを攻撃してきて――」

「正確には、織斑京介が追っていた亡国機業は存在しない、だ。白騎士事件の後、2年もかからなかっただろうね。創始と千冬くんによって主立ったメンバーが消されたのだろう。創始は指導者のいなくなった組織を乗っ取ったのだ」

「父さんが追っていた亡国機業を……千冬姉が創始と共に打ち倒したということですか?」

「そのとおりだ。これは他ならぬ千冬くんの望みだったのだろう。一度として私に反発をしたことの無かった創始が、私の反対を押し切ってまでISの開発を進めたのだ。亡国機業を倒す兵器としてのISを」

 

 千冬姉の言った“人を呪わば穴二つ”とはそういうことなのだと解釈せざるを得ない。千冬姉が亡国機業を殺してやりたいと願っていたことは事実だ。

 

「じゃあ、7年前に束さんが亡国機業にさらわれたっていうのは……」

「私も後で束くんから聞いて知ったのだが、創始が連れ去ったのだ。ISコアを製造させるために。私の協力が得られないと知った創始は、ターゲットであるはずの亡国機業に入り込んでいたよ。千冬くんは創始が敵に回ったと思い、束くんを助けに向かった。結果的に千冬くんは束くんを亡国機業から逃がすことに成功していたが、彼女自身が囚われの身となってしまった。しかし、私が思うに千冬くんはわざと捕まっていたのかもしれない」

「千冬姉が白騎士になることを望んでいたから、ですか」

「おそらくは。その後、私は束くんを家族ごと匿ったのだが、束くんだけは千冬くんを諦めることができず、彼女はISを使ってでも救出に向かおうとしていた。束くんが造っていた最初期の2つのISの片割れを使ってね。しかし、知識にある武器が刀だけだった彼女が造った最初の打鉄は彼女に反応しなかったらしい」

 

 束さんに反応しなかった……? つまり、束さんはISに乗れないということになる。それが発覚したときのISが世界で最初に造られた打鉄であり、7年の間篠ノ之神社に放置されていたのだろう。今は白式となって俺の手にある。

 

「ISに拒絶された束くんは半ば自暴自棄になっていたようでね。どうやったのかは未だにわからないが、彼女は世界の数カ所のミサイル基地のシステムを掌握した。私にシェルターに籠もっているように伝えた直後、彼女は日本に向けてミサイルを放った。当時の彼女は、取り返せないのなら壊してしまえばいいと言っていたよ」

「それが……白騎士事件の真相なんですか?」

「ああ。後は知っての通り、ミサイルは全て白騎士に無効化され、世界が“兵器としてのIS”を知るに至るわけだ。……以上が真耶くんにも伝えていない、私と束くんの隠していた罪だ。軽蔑してもらって構わない。私の指示に従えないと言うのであれば、直ちに私はこの学園を去ろう」

 

 白騎士事件の主犯は束さんだった。決してISを宣伝するためのマッチポンプなどではなくて、本気で日本ごと創始と千冬姉を殺すために実行したのだ。それを創始は利用したにすぎないのだろう。いつかのラウラ襲撃を轡木さんが演習に仕立て上げたように……

 轡木さんはこれらのことを隠していた。それも当たり前だ。束さんの犯した罪を考えるに、危険人物であるという認識を持って当たり前だし、敵のリーダーが息子であることを轡木さんが言えば、轡木さんに対する信頼が無くなる恐れは十分にあった。

 ……でも、できれば教えてほしかった。そんなことで俺は2人の亡国機業と戦う意志を疑う気は無かったのだから。そもそも、俺がこの歳まで過ごせてきたのは、弾の爺さんのおかげじゃなかったと思ってる。

 

「なあ、弾。俺の家ってさ、お前の爺さんが何とかしてくれたって話だったけど、あれって嘘だろ?」

「知ってたのか」

「どう考えてもそんな金はないし、当時の俺はまだそこまで弾の家族と親しかったわけでもない。だから、その辺りの便宜を図ってくれていたのは……最初からあなただったんですよね、轡木さん」

「その程度で罪滅ぼしになるとは思っていない」

「でも、あなたは陰ながら俺を守ってくれていた。俺がISを動かしたときに、その事実を持ち出せば俺はすぐに言うことを聞いたはずなのに、言わなかった。俺がどうしたいのか俺の意志で決めさせてくれた」

 

 弾の頼みなのか、轡木さんからの厚意なのかはわからない。ただ、先ほどの口振りでは父さんとも知り合いだったみたいだし、今言った罪滅ぼしは創始の件だけではない気がする。

 でも、俺が思うに轡木さんは黙って責任を負いすぎてる。俺が轡木さんを責めるような内容はこれっぽっちもなく、むしろ感謝したいくらいだ。見えないところでとはいえ、父さんの代わりに俺を支えてきてくれていたのだから。

 

「だから俺はあなたを信用する。早いところ次の方針を提示してください、司令官殿」

「一夏くん……すまない。ありがとう」

 

 轡木さんは車椅子を操作して俺と反対側を向いた。轡木さんの顔が見える位置にいるクラスメイトの女子たちが目を細めているのを見るに、照れているのかもしれない。

 

 

***

 

 

 敵の正体が掴めたが、それで状況が変わったわけでもなかった。轡木さんからの指示は現状のまま待機だ。現在は米軍との交渉と創始の捜索しかやれることがなく、俺の出番は無さそうだったのだ。必然的に時間が空いてしまった俺は、亡国機業には関係のないとある問題に決着をつけようと動き始めることにする。

 カラカラと引き戸を開けると、白を基調とした内装で清潔感のある部屋だった。俺が寝ていた場所とは別の医務室である。2つあるベッドの奥側に寝かせられている人物の傍にまで俺は歩いていった。

 

「鈴……」

 

 俺と同じく怪我自体は完治しているらしいが目覚めていないということだった。見ていてもただ寝ているだけのようにしか見えない。鈴の額を撫でてみる。熱もないようだ。しかし、やはり目覚めない。

 この状態の鈴に話しかけたら、以前の俺の時のように聞いてくれているのかもしれない。だけど今から俺が鈴に言いたいことは直接言わなければいけないことだ。そういう“約束”だった。俺が前に進むために必要不可欠な儀式なのだ。

 俺は目を閉じる。白式に、鈴と話をさせてほしいと頼む。すると、不思議なほど簡単に俺の意識は現実から乖離していき、独特の浮遊感に包まれた。

 

 周囲に広がるのは一面の白。何度も見てきた光景だが、自分の意志で足を踏み入れるのは初めてだった。今回は、この世界に白騎士はいない。ここにいるのは、今も眠っている彼女のはず。何もない空間を飛ぶこと数分、俺は彼女の姿を発見する。彼女も俺の存在に気づいたようだった。

 

「一夏っ! 何なのよここは!?」

「悪い。俺がお前をここに連れてきたんだ。ここはISコアが俺たちに見せている仮想空間さ」

 

 俺の説明を聞いても鈴は口に人差し指を当てて首を傾げるだけだった。この説明でわかってくれないのなら俺にはどうしようもない。

 

「じゃあ、夢でも天国でも無いのね?」

「もちろんだ。今見えている俺達の体は仮初めのモノだが、ここは現実だし、俺たちの意識も俺たちのモノだ」

 

 言ってしまってから余計に混乱させることを言ったかと後悔して俺は頭を抱えた。だが、鈴の反応は――

 

「そっか! 一夏は死んでないんだ! 良かったぁ……」

 

 喜色満面といったものだった。目の端にはうっすらと涙も浮かんでいる。元よりここがどういった場所なのかなど鈴にはどうでもよかったのだ。……俺が生きてさえいれば、それで良かったのだ。

 

 今も鈴は俺を想い続けてくれている。そんな鈴に俺は言ってしまっていいのだろうか?

 強くなってから返事をするという約束だった。でも、もう結論は決まっている。いくら後に伸ばしても結果は変わらない。だからもう終わらせよう。俺はまだ強くないけど、これを耐え抜かなければ、俺の手はシャルに届かない気がしていた。

 

「鈴。俺がわざわざこんな場所に来た理由がわかるか?」

「知らないわよ。というより、何でもかんでも推測してもらえると思うな! あたしだって察してほしいことくらいあるけど、どっかの誰かさんは知らん振りをするからハッキリ言ってきたのよ。だから……アンタもハッキリ言いなさい」

 

 本当に俺はダメな男だな。自分で決心して来たつもりなのに、遠回しに話し始めてさ……結局、鈴に促して欲しがってた。鈴に引っ張って欲しいという甘えが残ってる。これではいけない。俺も鈴のようにハッキリとした態度で向き合わなければならない。そうでなくては1年以上の期間を待たせてきた鈴に対して申し訳がない。

 

「鈴に言わなきゃいけないことがあるんだ」

 

 鈴の目が大きく見開かれたが、それは一瞬のこと。何を言い返すこともなく彼女は黙って俺を見続ける。俺の言葉を待ってくれている。彼女の目に宿っているのが期待なのか諦観なのかはわからないが、何かしらの強い意志、覚悟と言えるようなものを俺は感じ取れた。だから俺は鈴に告げる。

 

「俺、好きな奴ができた」

 

 鈴が微笑む。どこか安らいだようなその顔は、俺の次の言葉で反転するのだろうか。だとしても止まるわけにはいかない。

 

「だから真っ先にお前に言う必要があった。それがお前との約束だったからな。もう一度言う。好きな奴ができた。俺は鈴の気持ちには応えられない」

 

 ハッキリと……鈴の告白の拒絶を口にした。1年以上の歳月をかけた末の結論がこれだ。俺と再会するために血のにじむ努力をしてきた鈴に対する仕打ちがこれだ。でも、俺は俺の気持ちを知ってしまったし、もう逃げることはしたくなかった。

 そんな俺を、鈴は変わらぬ笑みで受け入れてくれている。

 

「一夏。アンタは“強く”なれたってことなの?」

「それはわからない。ただ俺がわかったことは、たとえ弱いままでも、俺がシャルを護りたい気持ちに嘘偽りがないってことだ」

「そう。わかったんだ、アンタにも」

 

 俺の正直な胸の内を吐露したら、この白夜の世界に際限なしに眩しい太陽が昇った。目の前で太陽は頬を掻いた。

 

「でも悔しいわ。あたしがそれをアンタに教えてあげたかった」

 

 俺は黙って鈴を見つめ続ける。ここで謝ってはいけない。全ては俺の勝手な都合だ。鈴に対して申し訳ないと口にすることは彼女に対する侮辱になる。

 

「ねぇ。一つ訊きたいんだけど、もしあたしとシャルロットが同時に死にそうな目に遭ってたらアンタはどうする?」

 

 問いかけられたなら答えなければならない。この鈴の質問は愚問だ。鈴だとかシャルロットだとかは関係ない。俺の答えは当然――

 

「どっちも助ける」

 

 鈴の張り手がとび、俺の頬が強打された。

 

「バカ! そこはシャルロットを選んでおきなさいよ、朴念仁! いい? あたしの前だからこれで勘弁してあげるけど、シャルロットの前で同じことを言うんじゃないわよ!」

「いや、誰の前でも同じことを言うさ。彼女ならきっと――」

「それでこそ一夏だよ、とか言うでしょうね。あたしだってそう思ってるもの」

 

 実際にその場に遭遇して理想論を振りかざせるのかはわからない。でも、最初から無理だと決めつけたくなんか無いんだ。ギリギリまで足掻いてみせる。それが俺の素直な思いだ。

 

「それにしても、鈴の言い方はまるで俺が普通じゃないみたいだな」

「その通りじゃない? だって普通の奴なら『護る』とまでは言えても、それで自分を追い込んだりしないもの」

 

 ああ、そうなのか。だったら俺は普通じゃないのかもな。

 

「合格よ。今のアンタは十分に強くなったわ。このあたしがそれを認めてやろうじゃないの。時に、周りの誰かを傷つけることになろうとも、それが自分であろうとも、自分の思いを最後まで貫き通しなさい。それでこそ、あたしが惚れた一夏なんだから」

 

 本当に……俺は良い友人に恵まれたよ。散々振り回したあげくに突き放したのに、まだ俺の背を押してくれるんだからな。

 もう次に行かなければと立ち去ろうとしたところで、「あ、ちょっと」と鈴に呼び止められる。

 

「アンタ、いつものカメラは持ってる?」

 

 制服姿で実体化しているため、胸ポケットを漁ってみた。するとそこにはちゃんとデジカメがある。しかし、この空間で使えるのだろうか?

 

「なぜか持ってるけど、どうする気だ?」

「まだ再会してから一度も2ショットを撮ってないわよね? 折角だから撮りましょ!」

「あ、ああ。別に構わないけど」

 

 何がどう折角だからになるのかはわからないが、鈴からの提案を断る理由もなかった。早速俺たちは隣に並ぶ。

 

「おい、鈴。そんな離れてたら上手く写らないぞ?」

「わ、わかってるわよ! ……少しは意識したっていいじゃない」

 

 鈴の小声の一言は敢えて無視。俺は写真を撮るときに限っては仙人にでもなってやる。真っ白な背景の元、俺と鈴の2ショットが出来上がった。しかし、これは現実には持ち帰れないだろうな。

 

「写真、もらえる?」

「あのな、プリンタも無しに……っていつの間にか俺の手に写真が!?」

「じゃあ、もらうわね」

 

 鈴が俺の手から写真を掠め取っていく。この写真の出所は良くわからない。まあ、ここがある程度なんでもありな空間だってことだろうけどな。鈴が写真をどうするつもりなのかは知らないが、欲しがっているのなら譲ることに躊躇いはない。

 

「アンタはこれから他の子のところに行くのね?」

 

 写真を両手で持って見下ろしたまま、鈴が俺に尋ねてくる。

 

「ああ、行ってくる」

「いってらっしゃい。必要以上にアンタが傷つくことなんてないんだからね」

 

 結局、最後まで鈴に背を押されていた。そんな気がする中、俺は鈴に手を振ってこの世界を後にした。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 一夏が見えなくなるまで鈴は手を振り続けていた。それが終わったところで、どっと疲れが押し寄せる。

 

「まったく……最後まで世話を焼かせるんだよね」

 

 一夏は強くなった。そう言ったことは嘘であるつもりはない。しかし、一夏は一夏だ。まだまだ安心して見てられないところがある。危なっかしさも健在だ。だから――

 

「ホント、アイツはあたしがいないとダメなんだから」

 

 本当は認めたくなかった。一夏の決めたことを。なんとなく呟いた言葉が全てを物語っていた。そのことに気づいた鈴から乾いた笑いがこぼれる。

 

「アハハ……。あたしったら、未練タラタラじゃない。なのに格好付けてさ。バカだよ、あたし……」

 

 今写真を撮ったのも、写真を欲しがったのも未練からかもしれない。手にある写真がいつまでも諦められない象徴に見えた。だから――

 

 鈴は写真を破り捨てた。

 

 紙屑となった写真は存在意義を無くし、光の粒子となって消えていく。自分の思いもこのように簡単に消えればいいのに、と鈴は心から思う。

 

「何であたしじゃなかったんだろ……ちくしょう」

 

 一夏の前では雲一つ無い晴れだった顔が、今は土砂降りの雨が降っている。この雨は、誰かが傘を差し伸べるまで止まないのかもしれない。


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