IS - the end destination -   作:ジベた

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32 月誅

 束さんがIS学園に現れたことは瞬く間に全世界に知られていった。同時に轡木さんの亡国機業への宣戦布告も全世界に発信された。もう今まで通りではいられない。ISの扱いを巡って、時には言葉で、時には武力で、争うことになる。ここ、IS学園を中心に……

 

 現在IS学園に在籍する生徒は100名余り。大半が元々の実力者ばかりで、2、3年生だ。1年生は1組総勢23人のみである。正直に言ってしまえば、俺が思っていたよりも残ってくれている。思惑はどうあれ、俺たちと共に戦ってくれることに変わりはない。あとは、このメンバーが共に戦える体制を作るだけだ。

 

 その点について話があるということで、地下アリーナや司令室よりも下層にまで弾に連れてこられた。今まで立ち入ったことのない、IS学園の最深部にして心臓部らしい。

 

 薄暗い空間だった。だが構造自体はシンプルなもので、ドーム状に広がる中、中央に3mほどの大きさの歪な物体が鎮座しているだけ。

 

「なあ、弾。ここは一体何なんだ?」

「言っただろ? IS学園の心臓部だって」

 

 弾からは同じ答えしか返ってこない。いつもはわかりやすいように何度も言い換えてくれるのだが、それもしない。つまりは、見て驚け、ということなのだろう。

 

「いっくん! だんくん! こっちこっちー!」

「姉さん、そのような大声を出さずとも聞こえているはずです」

 

 この部屋には先に束さんと箒が来ていた。他にも轡木さんと山田先生の姿もみられる。

 

「これから何が始まるんです?」

「いっくん、今こそ封印を解き放つ時なんだよ!」

 

 ……どうしよう。さっぱりついていけない。弾も説明してくれないし。俺は救いを求めて箒を見るしかなかった。って、箒がツッコミを入れてない……だと!? どうやら俺だけがわかってないらしい。

 

「じゃあ箒ちゃん、順番にはめ込んじゃって~」

「わかりました」

 

 束さんと箒が中央の物体に何かをはめ込んでいく。合計で10個だっただろうか。全てはめ終えたところで、中央の物体が輝きを放つ。装置の起動でようやく俺は、その正体に気づいた。

 

「まさかISコア!?」

「ご名答。あれはIS学園のために束さんが作ったコアだ」

 

 弾が俺の解答を正解と言う。だが、俺はより驚きを大きくせざるを得なかった。

 

「IS学園のコアって、どういうことだ?」

「お前は気づいていただろ? アリーナのシールドも、地下へのエレベータもISの技術が使われていることに」

 

 それは確かに知っている。それは今まで山田先生の専用機のコアで動かしていたはずだ。ということはそれの代用ということになるのか。しかし、話はそれだけで終わらない。

 

「それらの機能は氷山の一角だ。実はIS学園の機能はほとんど稼働していなかったんだ」

「どういうことだ?」

「IS学園は世界最強の要塞だってことさ」

 

 今まで敵に侵入を許していたのは完全でなかったから。そういうことになるのだろう。一体どういう意味なのかはイマイチ把握し切れていないが、これが封印とやらの解放なのだろう。

 あ! そういえば、学園のコアが別に用意されたってことは……山田先生が学園に縛り付けられなくなるってことになるのか!? むしろ解放されたのはこちらなのかもしれない。

 

「さて、一夏くん。君にはこれから一仕事してもらうよ」

 

 俺の肩を轡木さんがポンと叩く。

 

「わかりました。何をすればいいんです?」

「本音くんと協力して、1年1組の生徒の中から10人を選んできて欲しい。欲しい適性については本音くんに既に話を通してあるが、一応、君も手伝ってきてくれ」

「確か、今は教室に集まっているはずですよね。では、行ってきます」

「揃ったら司令室の方まで来てくれればいいよ」

 

 轡木さんに見送られて俺は出ていく。それにしても、轡木さんもあの部屋を“司令室”と呼んでいるとは思わなかった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 一夏が立ち去ったのを確認してから、箒は束に切り出すことにした。

 

「そういえば姉さんはどうしてここに戻ってくる気になったんですか?」

「箒ちゃんがここにいるからに決まってるよん♪」

「まじめに訊いています」

 

 姉妹での暗黙の了解。箒が手出しをしないときは、真剣に話をしたいときだということだ。束は顔つきを急変させる。学園に来てから終始陽気だった顔は微塵も残っていなく冷たい目をしていた。

 

「私がIS(この子)たちを見捨ててたことに気づいたからだよ」

 

 学園のコアに触れながら、寂しげに束は語る。箒は一番訊きたいことを訊くことにする。一夏がこの場を離れている必要があることを。

 

「千冬さんのため、ではないのですね」

 

 名前を出しただけで束は胸を苦しそうに押さえていた。その様子に気づいた弾も傍までやってくる。

 

「どうかしたんですか?」

「大丈夫だよ、だんくん。気にしないで」

 

 普段の破天荒な束しか知らない人間から見れば異常でしかない。束の素顔を知っていても、無理をしていることがわかるから、束の大丈夫だなどという言葉を信用する人間はいない。

 

「ちーちゃんは……まだ、いっくんの前には出てきてないんだよね?」

「どういうことですか、姉さん!?」

「ごめん。わからないなら言いたくない。言ったら本当のことになりそうなの。ごめんね、箒ちゃん……」

 

 明らかに異常だった。箒が知らない何かがある。束に見えている絶望は、千冬絡みのことなのだと直感した。これ以上、束に心労をかけたくない箒は話題を変えることにする。

 

「話は変わりますが、姉さん。私の紅葉のことで話したいことが――」

「そうそう! 束さんも箒ちゃんに是非とも言いたいことがあるんだったーっ!」

 

 箒の話題転換と同時に束のテンションも急変する。これが空元気なのか、素の束なのかは実妹である箒にも区別がつかない。

 

「箒ちゃんもいっくんの力になりたいよねぇ?」

「もちろんです。今の私では足を引っ張ることしかできないから」

「そうそう、そうだよね! これ以上、他の子に負けてられないよね!」

「姉さん……一体何の話ですか?」

 

 束の言いたいことはわかっている。わかっていて箒はとぼけた。

 ……もう一夏の一番にはなれない。その資格がない。何より、親友と争えない。

 そう確信している箒は、自らの想いを押し殺した。束が帰ってくるために一夏を利用していたと思うと、罪悪感が胸を締め付ける。両親も健在で姉もいる自分が、セシリアや鈴を押しのけて一夏まで欲しているのは独占欲の強さの表れなのだろうか。それでいて、セシリアたちと友達でありたいとも考えている。

 家族が揃っていて、一夏が恋人で、セシリアも鈴も皆も友達で居てくれる。そんな理想の世界が箒には見えなかった。

 

「箒ちゃん! どうしたの!?」

 

 からかうような態度を取っていた束が箒の肩を掴んで真摯な目で箒を見つめてくる。束の様子がころころ変わるのはいつものことだから、と不思議には思わなかったが、顎にまで流れてきた水分で何が起きているのかを把握した。

 

「あれ……? どうしたんだろう。私、姉さんが戻ってきてくれて、十分幸せなのに。セシリアたちと違って、家族が居てくれるのに、どうして泣いてるの? 私はもう十分なんだよ……」

 

 もう自分だけのヒーローだった一夏はいなくなった。彼は今、IS学園の生徒たちの柱となっている。独り占めをしていいわけがない。彼の支えを必要としているのは、自分のような幸せ者じゃない。

 それに、一夏に必要以上に背負わせてはいけない。この状況になった時点で、彼は全校生徒全員の命を背負っている。少なくとも彼はそう思っているに決まっている。姉を失ったままの彼は死に物狂いで大切なものを護るだろう。恋人は彼にとって『護らなくてはならない』存在だ。告白するだけでも、彼の負担が大きくなることは箒には容易に想像がついた。

 だから、今のままでいいんだと、そう言い聞かせている。

 

 涙が止まらない箒の頭を束は優しく撫でた。その手を箒は強引に振り払う。

 

「子供扱い、するな!」

「子供扱いなんてしてない! 妹扱いだよっ!」

「そういう意味じゃない! 私は姉さんがいない間も戦ってきたんだ! もう私は一夏に護られていただけの、弱い頃の私とは違う!」

「それで……強い気になった箒ちゃんは逃げるんだね?」

 

 逃げる。束の口にした言葉は卑怯だ。段々と箒にとって良い環境となりつつあるため、箒は今の状態を壊しかねないことから逃げているのは事実だ。せっかく独りじゃなくなったのに、逆戻りなのは嫌だった。

 

「逃げちゃ……ダメなんですか?」

 

 逃げることを否定できなかった箒は開き直る。そうすることで無理矢理心を落ち着ける。

 

「ごめん、姉さん。話はまた後にして」

「……わかったよ、箒ちゃん。私は待ってるからね」

 

 待ってると告げた束に言葉を返すことなく、箒は自分の部屋に帰って休もうとエレベータに乗り込んだ。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「どうするんですか、束さん。箒を怒らせたみたいですよ?」

 

 姉妹のやりとりの一部始終を見ていた弾が束に声をかける。弾の知っている束は、精神的に打たれ弱い人だった。それを表に出そうとしないから厄介極まりない。

 

「大丈夫大丈夫! こんなのいつものことだから!」

 

 満面の笑みで答えてくる束の本心はわからない。弾には束の胸の内を知ることなど到底できないだろう。それは弾自身が良くわかっている。だから、今できることは先ほどの話を進めることだ。姉妹喧嘩で作業が滞ってしまうのは勿体ない。

 

「それなら俺は気にしません。で、箒の専用機ですが――」

「うん! もう後は紅葉と合体させるだけだよ!」

「流石ですね。でも、今のままだと全開で動けないはずじゃ?」

「うん……それもわかってるよ」

 

 目に見えてトーンが落ちる。箒の専用機造りを無理矢理手伝わされた弾は、束が箒のために造っていた楽しそうな顔を知っている。そして、新しい専用機の特性も把握している。既存のISの常識を打ち破った束にしか造れないISだが、このままでは欠陥品になってしまう。

 一夏は箒をコミュ障だと言っていたが、弾は束の方がひどいものだと感じている。この2人が素直に和解するまで時間がかかることは目に見えていた。

 

(仕方ねえ。こんなときはアイツに頼るか)

 

 弾は携帯を取り出して、素早い手つきでメールを打った。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 轡木さんに言われたとおりに1年1組の教室にまでやってきた。今はもう授業を行なっていない。しかし、彼女ら一般生徒にやることがないわけでなく、これからの説明や訓練が行われるのだと聞いている。中からは様々な黄色い声が飛び交っているのが聞こえてきた。

 ……それにしても騒々しいな。我がクラスの女子たちは神経が図太いのだろうか、いつも通りの教室が中に広がっていそうだ。自分の教室に入るのにノックする必要もないだろうと、戸をガラガラと開ける。

 

「あ、おりむー! ちょうどいいところに来てくれたね~」

 

 教壇に立つのほほんさんが俺に向けて手を振っている。見たところ、教室内には誰も先生がいないようだった。

 ――なるほど。事情はのほほんさんが知ってるから、説明役に教師を割く必要がなかったんだな。そういえば俺はのほほんさんが何者なのか知らないや。後で聞いておくか。今は轡木さんの言うとおりに1組から何人かを連れて行かないといけない。

 ……誰を連れていけばいいんだ? その辺は全部のほほんさん任せでいいのか? そこはかとなく不安である。

 

「えーと、のほほんさん。今、どんな感じなのかな?」

「そーだね~。今は人選が終わったところかな。5人がIS部隊の方で、残りの12人が司令室行きに決まったよ」

 

 正直、ついていけてないが、現在教室内にいる17人で役割を分けたようだ。

 相川さんを中心とした5人の集まりがIS部隊。おそらく束さんによってコアが造られ、一人ずつに専用機が与えられることになる。

 一方、谷本さんや鷹月(たかつき)さんを中心に集まっている11人が“司令室行き”なのだろう。

 俺が何をわかってないかはハッキリしてるし、訊いた方が早そうだ。

 

「司令室行きって、何をするんだ?」

「移動しながら説明するよー」

 

 俺はのほほんさんに背を押され、教室から出される。後ろを見れば、先ほどの11人のグループもついてきていた。

 

「おりむーは学園の一番下にある装置は見てきたー?」

「ああ、ついさっきな。なんでも、IS学園のコアだってことらしいけど」

「つまりー、IS学園もISなんだよねー?」

 

 俺の返答を聞いて、のほほんさんが得意げに訊いてくる。IS学園もIS。そして、轡木さんに言われた人数が10人で、学園の最下層の装置にはめられていたコアの数も10……

 

「そういうことか。司令室ってのは、学園自体に指令を送る場所。つまり、操縦席なんだな」

「そうだよ~。みんなにもさっき説明したとこ」

 

 エレベータを下り、司令室に入る。いつもの薄暗さは無く、全体に強めの照明が入っている。中央の高台には既に轡木さんが待っていた。

 俺が入り口で呆けていると、後ろに来ていたクラスメイトたちが司令室周囲の座席に座り始める。その数はやはり10だ。いつも使われていなかった飾りのような椅子が、使われることになるとは思っていなかった。

 

静寐(しずね)くん。ハイパーセンサーの調子はどうだね?」

「はい。訓練機のISのものより、クリアに見えるとでも言えばいいのでしょうか。学園の周りの様子が手に取るようにわかります」

「ティナくん。兵装の呼び出しをしてみたまえ」

「了解でーす」

 

 轡木さんが指示を出すと、グラウンドに突如無数のミサイル群が現れた。「片づけてみてくれ」と指示され、すぐにミサイルはその場から消える。

 それにしても轡木さんは全校生徒の顔と名前を覚えているのだろうか。俺にはとてもできない芸当だな。

 その後も学園全体を覆うシールドバリアの展開などが行われ、IS学園の要塞化が進んでいく。いや、元々要塞だったIS学園の機能の確認を行っているんだ。

 ここが彼女たちの戦場になる……

 

 俺は残っていた2人のクラスメイトの方に振り返って尋ねてみることにした。

 

「これから俺は皆を戦いに巻き込むんだなって実感してきたよ。でも、どうして残ってくれたんだ?」

「私には私の事情があるんだよー。……私が逃げたら、かんちゃんが戦わされるからね」

 

 のほほんさんの顔に陰りが見える。その顔で言った言葉が、もしかしたら彼女の本音なのかもしれない。だが、「私の問題だから、気にしないでねー」と言われてしまったら、俺ができることは無い。俺には俺の問題があるから……何でも抱え込むわけにはいかない。

 

「私は本音と違って、ハッキリとした理由じゃないかもしれない。でもね、織斑くん。私も清香も他の皆も、皆と一緒にいる場所を護りたいって思ったの。いつも頑張ってる織斑くんたちの助けになりたいって思ったの」

「十分な理由だと思う。ありがとう。俺、これからも頑張るよ」

 

 谷本さんは対照的に明るい顔で答えてくれた。俺が最近になって見出した答えと同じことを皆が思ってくれている。その思いを無下にはできない。だから俺は謝らない。感謝をするだけだ。

 

 ちょうどそのとき、鷹月さんが大きな声を上げたのが聞こえてきた。

 

「学園長っ!」

「どうしたのだね、静寐くん」

「海上にこちらへと高速で接近する機影が複数あります」

「映像を出してくれ」

 

 俺も轡木さんと同じ映像を見る。それは見慣れた機体の集まりだった。

 

「トロポス……!? こんな大っぴらに攻め込んでくるのか!」

 

 キャバリエの姿はもう見飽きるくらい見ている。だからこれは亡国機業が攻め込んできたことを意味する。その数はドイツでの戦闘の比じゃない。さらに、ゴーレムが複数体にリュジスモンまでいる大部隊による攻撃だった。

 

 俺はすぐに迎え撃とうとエレベータに向かう。そこで、俺は中から現れた弾と束さんとぶつかりそうになる。

 

「一夏。そんなに慌ててどうした?」

「敵の襲撃だ。それも本気で攻めてきてる」

 

 このまま攻め込まれれば学園内部までの侵入を許してしまう。早いところ撃墜しておく必要があった。だが、俺の肩を束さんが掴んで離さない。

 

「束さん! 今はふざけてる場合じゃないですよっ!」

「ふざけてないよ。ただ、いっくんが出るまでもないから、邪魔しないでね」

 

 俺が……邪魔? 一体どういうことなんだろうか。弾に答えを求める視線を向ける。

 

「束さんの言うとおりだ。まだお前が出ていくような状況じゃない。ここで黙って見とけ。お前が無理をしなくても、IS学園は守れることを見せてやるからよ」

 

 弾にも言われては仕方がない。俺は素直に轡木さんの立つ高台の傍にまで移動し、事の成り行きを見守ることにした。

 

「ふむふむ。まだ距離があると思って敵は油断してるねぇ。おじさん、アレを一発決めよー!」

「私もそう思っていたところだ。ティナくん。兵装リストから“月誅(げっちゅう)”を呼び出してくれ」

 

 Get you? 一体、どんな武装なのかと見ていたら、グラウンドに凄まじいサイズの大砲が現れた。全長は……50mくらいあるんじゃないだろうか。ところどころに見えるケーブルの類の群により、大砲全体が生物的な存在感を放っている。

 

「はい、照準。敵の一番でっかいのでいいかな? どうせ余波で吹っ飛ぶから割と適当でいいよ」

 

 束さんの発言に轡木さんがゆっくりと頷く。

 

「照準、敵トロポス“リュジスモン”」

「照準、完了しました。チャージ完了まで5秒」

 

 大砲が接近してくる敵の部隊に向けられている。この大がかりな武器からどんな攻撃が繰り出されるのか、俺には見当もつかない。

 

「チャージ完了しました。いつでもいけます!」

「よろしい。――陽電子砲“月誅”、撃てぇええ!」

 

 轡木さんの指令の直後、大砲の先端から白い極光が放たれた。同時にIS学園自体にも大きな揺れが伝わってくる。学園にもあるはずのPICでは相殺しきれない反動があるのだろう。これだけの高威力ならば、敵の大半に大打撃を与えられる。

 ――でも、俺の考えは甘かったようだ。大打撃は大打撃でも想像以上だ。

 光が途切れた後、モニターに現れた敵の部隊には大穴が開いていた。まるでそこには何もなかったかのように何も残っていない。この1発で敵の8割が無くなっていた。仮にもシールドバリアのあるトロポスがだ。

 

「月誅、1時間の冷却時間に入りまーす」

「月誅を回収後、通常の対空戦闘に移行。接近する敵の残党を迎撃せよ。真耶くん、IS部隊も迎撃に当たってくれ」

「了解した。……と言っても私たちがすることはほとんど無さそうだがな」

 

 巫女の姿をした山田先生を先頭にISの部隊も出撃していた。セシリア、鈴、ラウラ、シャルの姿も見える。箒は、いないみたいだ。

 危なげなく戦っている様子を見る限り、俺の出る幕は本当に無いようだ。敵にメルヴィンがいるようなら話は違うのだろうが、ザコしか残っていない現状では俺は必要がない。

 

 これが今のIS学園の力か……

 俺は亡国機業と戦う力が形となったことを実感しつつ、皆が戦う姿を眺めていた。

 

 

***

 

 

 敵の襲撃をいとも簡単に退けたため、俺の出番は全くなかった。すっかり日も暮れて、やることがなかった俺は部屋に戻って休むことにしたのだ。すぐにベッドに倒れ込む。別に疲れたわけじゃない。張りつめていた糸が緩み、安心できるようになっただけだ。

 ……俺は一人で戦ってるわけじゃない。それが良くわかった。

 

「ふーっ。おっ、一夏。戻ってたのか」

 

 俺が横になっていると、シャワー室から弾が現れた。轡木さんの宣言が発表されてから弾も隠れる必要が無くなったため、俺の部屋に移ってきている。男にしてはやたら長い髪を乱暴に拭いている後ろ姿に向けて、俺はまじめな話を切り出すことにした。

 

「なぁ、弾。白式はもっと強くならないのか」

「今以上の攻撃力を得ることは不可能だな。俺がいくらイジろうと単一仕様能力のもたらす恩恵を越えられることはない」

「すまん、俺の言い方が悪かった。白式に盾は付けられないか?」

 

 以前は弾に容量の関係で無理だと言われていたことだった。しかし、今の俺はそれだけで引き下がれない。前は『雪花にあったから』などというしょうもない理由で欲しがったのだが、今はちゃんとした理由がある。

 盾は“護る”ことの象徴だ。それは他者に対してでもあるし、自分に対してでもある。先日の会長戦、ブリュンヒルデ戦、そしてメルヴィン戦でも盾の一枚があれば状況は大きく違っていたはずだ。

 どうせダメだという答えしか返ってこない。それでも俺はくらいつくつもりだった。だが、弾は呆気なく、

 

「ああ、そう言うと思って現在鋭意製作中ってところだ」

 

 なんて返しやがった。当然、俺は頭上に疑問符を点灯させることしかできない。

 

「あれ? 前は容量の関係で無理って――」

「今でも追加するのは無理だな。だが、追加しなければ何とでもなる。束さんが来てくれて技術的な問題は解消できた。後は仕上げるだけになってる。まだもう少しだけ時間がかかるから待ってな」

 

 どうやら弾の中では次の構想が立っていたらしい。だったら俺に一言あってもいいんじゃないのかとは思うが、ちゃんと形になるまで言わないつもりだったんだろう。やってくれるということなら、俺は信じて待つだけだ。

 

 と、ここでノックの音がする。

 

「一夏さん? 居られますか?」

「ああ、セシリアか。鍵は開いてるから入ってきてくれ」

「では失礼いたしますわ」

 

 扉が開けられ、セシリアが優雅に一礼してから部屋まで入ってくる。

 

「あら? 五反田さんもこちらに来てらしたのですか?」

「ああ。今まで地下の簡易ベッドでしか寝てなくてな。っと、俺のことはどうでもいい。一夏に何か報告でもあったんだろ?」

「はい」

 

 俺がセシリアにイスを用意すると、彼女はそこに腰掛ける。やや緊張した面もちをしているため、これから話す内容は亡国機業関連の内容だと察する。

 

「実は本日の戦闘の際、撤退していくトロポスの1体に発信器を付けることに成功いたしました。コア・ネットワークを利用したブルー・ティアーズ専用のものですので、敵に察知される可能性が低い代物です」

「いつの間にそんなものを用意してたんだ?」

 

 質問しつつ、俺は隣の男を見る。俺の視線に気づいた弾はニヤリと笑みを浮かべるだけ。そういうことなのだろう。

 俺が自己完結したことを理解しているセシリアは構わず話を続ける。

 

「先ほどその反応を追ったところ、こちらで停止したことを確認しました。その後、その反応は移動をし続けています」

 

 セシリアが壁に地図を表示していた。彼女の指さす先は太平洋側の洋上。海に面しているIS学園から多少距離がある程度の場所であった。

 

「つまり、敵の拠点である船、もしくは潜水艦の座標が把握できてるってことだな?」

「はい。これから轡木氏に報告に行こうかと思いましたが、まずは一夏さんに聞いてもらおうかなと思いまして、こちらに来ました」

「よし、そういうことなら早速轡木さんのところに行こう。IS学園に籠もってるだけじゃ亡国機業は倒せないしな。ありがとう、セシリア」

「どういたしまして、ですわ」

 

 俺が礼を告げるとセシリアは笑顔で応じた。

 ……セシリアには助けられてばかりだな。何はともあれ、これが反撃の狼煙になるといいのだけど。後はこの拠点に敵の中枢につながる何かがあることを祈るばかりだ。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 戦闘を終えた後、轡木と今後について話していたラウラが部屋へと帰ってくる。とりあえず、現在は情報収集中であり、すぐにこちらから動くことはないという結論だったため、一戦闘要員にすぎないラウラは大人しく部屋で休むことにしたのだ。扉に手をかける。鍵を開けることなく、その扉は開かれた。

 

(シャルロットはもう戻ってきているようだな。ちょうどいい)

 

 そろそろ本人にハッキリと訊かねばならないと思っていたところだった。ラウラは後ろ手に扉を閉めると、ツカツカと中に入っていく。

 

「あ、ラウラ。おかえり――って、え!?」

 

 ベッドに座り込んで呆けていたシャルロットの胸ぐらを掴み上げる。困惑しているシャルロットに構わず、ラウラは話を始める。

 

「シャルロット。最近のお前はどこかおかしいぞ?」

「どこがおかしいか言ってくれないと良くわからないよ。それにいきなり乱暴な真似するラウラの方がおかしいよ」

「……それもそうだな」

 

 シャルロットの言うことに従い、ラウラは彼女を解放する。今思えば、こんなことしなくても話くらいできるはずだ。

 

「すまない、シャルロット。どうしても訊きたいことがあると、このような行動に出てしまう」

「気にしなくていいよ。ラウラがボクを傷つけようとしてないのは知ってるからさ」

 

 笑顔で済ませる。それがシャルロットのいいところであり、卑怯なところだ。今回はそれに騙されないと誓い、本題に入る。

 

「最近、一夏と会ってないのは何故だ?」

「毎日会えるわけじゃないから仕方ないよ。生徒会長になってから忙しくなったみたいだしさ。ラウラやセシリアは毎日会えてるかもしれないけどボクはそうじゃないんだ」

「いや、私も毎日会えてるわけじゃないぞ?」

 

 ラウラの否定も「そうなんだ」と興味なさげにシャルロットは答える。話の矛先を変えられつつあると判断したラウラは強引にでも元の話題に戻す。質問の前に眼帯も外しておいた。

 

「では訊き方を変えよう。何故一夏と目を合わせようとしない?」

「……そんなことしたかなぁ? たまたまじゃない?」

 

 愛想笑いしながらシャルロットは否定する。しかし、ラウラの左目はシャルロットの微少な変化を見逃さなかった。笑顔を形作る前に一瞬だけ、悲しげな顔をしていたことを。

 確認すべきことを確認したラウラは眼帯を付け直す。シャルロットが眼帯を外してすぐに付けるラウラを不審そうに見てくるが、そんなことはどうでもいい。

 

「シャルロット。私は一夏に告白した」

「え……?」

 

 シャルロットがその場で硬直する。まるで心ここに在らず。笑顔での対応ができなくなっているシャルロットは糸の切れたマリオネットのように何もしなかった。

 

「安心しろ。私とは付き合えないそうだ」

「……あ、そうなんだ。その、なんて言ったらいいか」

「正確には『まだ付き合えない』だそうだ。だから私を哀れまなくてもいいぞ。最後に一夏が私を向いてくれればそれでいい」

「どういうこと……?」

 

 笑顔を形作ることを忘れたシャルロットが訊いてくる。つまり、彼女が本心から答えを欲しがっていることになる。ラウラにも最近になってそのことが良くわかってきた。

 

「一夏は臆病だからな。その上、戦いの恐ろしさを知っている。これから亡国機業と一戦交えるというときに“恋人”を作っておきたくはないのだろう。自分が死んだときにその人を悲しませないために。その人が死んだときに自分が悲しまないために。一夏のことだから、恋人でなくても嘆くことは変わらないとは思うのだが、アイツ自身はわかっていないのだろうな」

 

 ラウラなりの答えをシャルロットに言ってやる。すると、ようやくシャルロットがいつもの調子を取り戻し始めた。

 

「そういえば一夏は、皆と一緒にいるために敵を倒すって決めたんだったね。ねえ、ラウラ。一夏はさ、皆っていつも言ってるけど、ボクたちは一夏にとって一括りなのかなぁ?」

「多分そうだ。残念だが、一夏は私一人を見ていない。他の女子にも同じように思っているはずだ」

 

 ラウラは嘘をついた。1年の専用機持ちの5人は一夏にとって特別であるはずと思っている。もし、IS学園の独立宣言で、5人のうちの誰かが欠ければ、彼は立ち直れないくらいの精神的ダメージを受けただろう。

 中でも、きっとシャルロットが居なくなることが一番彼にとって辛いはずだ。ラウラは一夏がシャルロットに誓った言葉を知っている。

 

『居場所が無いのなら俺が居場所になってやる』

 

 一夏がシャルロットを引き留めるために言い放っていた言葉を盗み聞いていた。当時は青臭いとしか思わなかったが、一夏の人となりを知った今となっては、一夏らしくない言葉だとしか思えない。

 スパイだという少女を引き留めること自体は一夏らしい。しかし、彼女の将来を左右しかねないことを一夏が背負うような発言をしたことが不可解だった。

 きっと、一夏は……と、これ以上考えることはやめることにした。想像するだけ無駄だ。ここから先は悲観的な憶測でしかない。

 

「心配してくれてありがとう、ラウラ。でもさ、正直なところボク自身、どうしたらいいのかわからないんだ」

 

 シャルロットが悩みの一部を打ち明ける。ラウラは自分が恋愛に疎いと感じていたが、目の前の少女が一夏と同じように恋愛に臆病だということは感づいている。最後に、これだけは聞いておきたかった。

 

「“ボク”じゃなくて、“わたし”としてのシャルロットはどう思ってるんだ?」

 

 この質問に対し、シャルロットは目を丸くする。一人称の使い分けをしていることにはラウラも流石に気づいている。この少女は無意識的に演技をするところがある。そのときは決まって“ボク”と言うのだ。だからラウラはシャルロットの中の“わたし”に語りかける。

 

「わたしは……一夏が好きなのかもしれない」

「そうか」

 

 ラウラはシャルロットの話を噛みしめるように何度も頷いた。本来、対立しか生まないはずの事柄であるが、目の前の友人が自分に正直になってくれる方が大切なのである。

 

「でもさ、ラウラ。わたしは一夏に合わせる顔がないんだ」

「どういうことだ? それが今の状況の理由なのか?」

「わたしはね、一夏みたいに皆の場所を護りたいなんて全く思ってない。わたしは一夏さえ居てくれればそれでいい。一夏が居る場所がわたしの居場所なんだ。一夏が亡国機業と戦うなんて今でも反対したい。逃げられるなら一夏と一緒に逃げたい。でも、セシリアもラウラも一夏と一緒に戦ってる。わたしが逃げた現実と戦ってる。わたしにはそんな意識はこれっぽっちも無い。こんな惨めな自分に嫌気がさしたんだ。こんなわたしを一夏に見てほしくないんだよ」

 

 ラウラは唐突にシャルロットの頬を叩く。

 

「何す――」

 

 抗議するシャルロットに対し、もう1発入れる。結局暴力に頼った自分を恥じたが、これしか伝える手段を思いつかなかった。鈴に強引に思いの丈をぶつけられた経験からも効果的だと判断している。頬を押さえて黙ってしまったシャルロットに言いたいことを言ってやる。

 

「シャルロットは自分のことが嫌いなのかもしれない。しかしな、私にとって、シャルロットは大切な存在だ。亡国機業と戦う意志は関係ない。そんなものは軍人である私が矢面に立てばいい。セシリアが介入しすぎているだけだ。何も気にすることはない。私の帰る場所にシャルロットが居てくれればいい」

「ダメだよ。今のIS学園は防衛能力は高いけれど、外に出せる戦力はほとんどない。敵の狙いは十中八九、篠ノ之博士だから先生たちを外に出す余裕は無いと思う」

「それはこれから変わって――」

「いつまで待つつもりなのさ。現状、生徒でまともにIS戦闘ができるのは専用機持ちだけしか居ない。自画自賛に聞こえるかもしれないけど、ボクは現状ですぐに戦える貴重な戦力の一人のはずなんだ。ボクが戦わないと示しがつかないことはわかってるよ」

 

 シャルロットは戦う意識が無かったと言いつつもIS学園の現状を冷静に分析できていた。ラウラも良くわかっている。一夏と2人だけで出て行ったところで、あの時……ヘルガの時の二の舞になる気がしていた。

 ラウラは頭を下げる。

 

「戦いたくない人間を戦わせる。軍人として申し訳なく思う」

「ごめんね、ラウラ。戦いたいと言えば嘘になるけど、戦いたくないわけでもないんだ。一夏を死なせたくないからね。もちろん、ラウラにも死んでほしくなんかない。だから“ボク”は戦うんだ。これは間違いなく自分の意志だよ」

 

 ラウラにはこれがシャルロットの本音とは思えなかった。それでも、無理を通そうとしているシャルロットを問いつめることはできない。

 ラウラは顔を上げる。

 

「その覚悟があるなら、なおさら何も負い目を感じることなどない。もっと胸を張って一夏と向き合っていればいいと思うぞ」

「うん、そうかもね。ありがとう、ラウラ。少しは気が楽になったよ。でも……少し時間が欲しい。色々と整理したいんだ」

「そうか。ならばこれ以上私が口を挟むことはない。あとはシャルロット次第だからな」

 

 シャルロットの中で何か進展があったようだ。

 少しは話をした甲斐があったと感じ、ラウラはシャワー室へと入っていった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 暗い部屋の中、箒は膝を抱えて座り込んでいた。ずっと頭の中を朝の束との会話の内容が巡っている。

 束は箒に逃げていると言った。それを箒は否定しなかった。それの何が悪いと開き直った。内心とは裏腹に……

 

「今はやるべき事が他にある。千冬さんを取り返すためにできることをやらないといけないのだ。一夏のことなど、考えるな。私は、私のために戦うだけだ。離ればなれになってしまった家族が、あと一人で揃うんだから……自分勝手なことを考えるな」

 

 自分に言い聞かせる。何事も優先順位があるのだと。一夏に負担をかけるだけのことをするわけにはいかないと。

 

「それってアンタの本音なの?」

 

 急に明かりが点けられる。膝を抱えたまま顔を上げると、入り口には鈴が立っていた。

 

「鈴、人の部屋に入るときはノックを――」

「何度もしたわよ、バカ。鍵も開けっ放しだし、中は真っ暗だったから、何かあったんじゃないかって無駄に心配したわよ」

 

 考え事や独り言の間、鈴がノックしていたようだ。全く気づかなかったとは不覚である。

 

「で、アンタはそこで何やってるの?」

「……考え事だ」

 

 嘘はついていない。だが先ほどの独り言を聞かれていたのなら鈴は間違いなく切り込んでくるだろう。

 

「一夏のこと、でしょ?」

「それもある。だが、私の中で結論が出ていることだ。私は大丈夫だぞ、鈴」

「嘘ね」

 

 即答だった。鈴は一つの確信を持ってここに来ているとしか考えられない。

 

「アンタは一夏が好きで好きでたまらない。一夏は周りの悪意から自分を護ってくれるヒーローだった。一夏さえ居てくれれば自分は孤独を感じない。アンタは今でもそう信じてる。だから、昔を取り戻したがってるだけ。アンタだけを見てた頃の一夏を幻視してんのよ、アンタはっ!」

「黙れっ! わかった風な口を聞くなよ、鈴。いくらお前でも許せん」

 

 箒は素早い動作で立ち上がり、壁に立てかけてある木刀を手に取ると、切っ先を鈴に向けた。

 

「箒。今のはね、弾の入れ知恵なのよ。アンタが武器を持ってまで威圧したいくらい触れられたくないことだってことがわかるってさ。アンタの行動が、今のが本当のことだって物語ってるのよ」

「くっ……」

 

 言い返せない箒は木刀を取り落とす。ほとんど反射に近い行動だったのだ。つまりは、認めたくないことを突きつけられたということになる。

 今日までで箒は一夏との距離が開いてしまったと感じていた。今は自分よりもセシリアやラウラ、そして鈴が近い場所にいる。束が帰ってくることにばかり目を向けている間に、一夏は新しい絆を作っていった。その絆の輪に自分が入っていることはわかっている。しかし、昔には当たり前にあったものが手に入らない気がしていた。

 今、自分は何のために千冬に戻って欲しいのだろうか。求めているのは千冬自身ではなく、当時の一夏だと言われて否定できなかった。つまり自分は千冬を一夏が振り向いてくれるための道具と思っていたことになる。

 

(何が千冬さんを取り戻したいだ。所詮は一夏に自分を見て欲しいという独占欲でしかないじゃないか)

 

 自分の語っている言葉は綺麗事なだけでなく、欲望の隠れ蓑だった。一度は一夏を見捨てて束のために戦いに身を投じていたのに、今更一夏に自分だけを見て欲しいなどとはおこがましい。隠すべき秘密が無くなり、ようやく対等になれた友人たちと笑い合いながら、その裏では自分の理想だけを求め続けていた。

 箒は力なく膝をつき、項垂れる。幾度となく友人と一夏の間で揺れていた心は、初めからいいとこ取りだけを狙っていた事実が箒を責める。どれほど自分に言い訳をしても、納得する答えは出ないままだった。

 

「……今、初めてアンタに話すんだけどさ。あたしは1年前に一夏に告白したの。まだ返事もらってないけどね」

 

 鈴の突然の発言に内心では驚いていたが、箒は顔を上げない。

 

「アンタがいなくなった後の一夏については話したよね? あたしが会ってから最初の1年はヒドいものだったわ。でも、あたしの性格のせいか、逆に放っておけなかった。その頃は手の掛かる弟分みたいに思ってた。しばらくして、笑顔を見せるようになってさ。段々とアイツらと一緒にいるのが楽しくなってた。あたしん家の中と反比例するみたいにね。結局最後は家族がバラバラになって、あたしは母さんと一緒に中国に帰ることになったの。そしたらアイツ、飛行機に乗る前のあたしのところにまで走ってきて『諦めるな』とか言ってきたのよ? デリカシーの欠片もないそんな一言だったけど、あたしは嬉しかった。あたしと一緒にいたいっていうアイツの思いが込められてたから。それですぐに『好きだ』って言ったのよ」

 

 鈴は自分とは違うと思わせるエピソードだった。おそらく箒だったならば、そこで告白などできるわけがない。

 

「鈴は……強いな」

「なんで皆すぐにそう言うのかなぁ。そもそもあたしと箒って何が違うの?」

 

 鈴の問いは本当にわからないといった様子だった。箒も一緒になって考えてみる。

 

「すぐに告白なんてできるものじゃないぞ」

「それは性格の問題じゃない? 実際セシリアも一夏に告ってるし、シャルロットとかラウラも、もしかしたらそうかもしれないわ」

 

 その状況になることは、一夏ならば十分に考えられる。今の一夏が恋人など作るはずがない。しかし、鈴の告白は1年前だから仕方ないとしても、他のメンツが今の状況の一夏に告白したことは箒には信じられなかった。

 

「皆、勝手すぎるな。どう考えても一夏を追いつめているだけではないか」

「そうよ。でもさ、それでアンタは自分を追いつめてるでしょ?」

 

 言われてみてその通りだと実感する。自分さえ我慢すればと言い聞かせていたのもその典型だ。

 

「そこがあたしとアンタの違いね。自分が傷つくことを恐れて、最初から傷ついておく。ハッキリ言ってバカよ」

「だが、一夏が――」

「一夏はもっと大きな傷を抱えてる。それはアンタも知ってるでしょうが。それでも立ち上がったアイツをどうして信じてあげられないの? あたしらの想いで潰れるような柔な奴じゃない。それに潰れそうになっても支えてやればいいじゃない。何のためにアイツが一緒に戦う仲間を求めてたのかはわかってるでしょ?」

 

 確かに、箒は一夏のことをわかっているつもりで……彼を過小評価していたのかもしれない。

 

「あたしもセシリアも傷つく覚悟はできてる。あとは一夏が“自分がどうしたいのか”をわかってくれればいい。もちろん、最後にあたしを向いてて欲しいに決まってるけど、このことに関してだけは、一夏の都合だけで決めて欲しいと思ってる。それができたとき、アイツは本当に強くなったと思うから」

「……やっぱり、鈴には適わないな」

 

 箒は力なく立ち上がる。鈴の一夏への想いは強い。自分の想いなど半端ものでしかないと思い知らされる。

 

「何をバカなことを言ってんのよ。一夏があたしを受け入れなかったのは誰のせいだと思ってんの? 一夏の中にアンタの存在があったからでしょうが! あたしはあの時点ではアンタを越えられてなかった。だから勝手にアンタをライバル視してた。今のアンタじゃ相手にならないけどね」

 

 一夏が自分を想ってくれていた? 鈴の思い違いの可能性はある。しかし、傍にいる誰かを大切にしていた一夏が鈴の告白を断る理由が、箒にないという根拠は何もなかった。

 

 3月に再会した日を思い出す。トロポスとの戦場に紛れ込んだ一般人だった一夏。7年も経って、見た目は大きく違っているのに、彼はすぐに箒だとわかってくれた。

 

「で、箒。アンタはそのまま諦めるの? 言っとくけど、今の一夏は告白されていない相手には簡単に振り向かないわよ」

 

 箒は拳を握る。このまま回りくどく待っているだけのスタンスで居ていいわけがない。ここまで鈴に言われて、納得ができるはずもなかった。

 

「そうだな。私は難しく考えすぎていたらしい。姉さんと違って、頭は良くないのにな。迷惑をかけてやる。その代わり、他で一夏を支えてやるんだ」

 

 箒はすぐに束の元へと向かう。背後からは「あーあ、めんどくさかった」と肩をすくめる世話焼きな親友の声が聞こえてきていた。今の一言ですら、箒が気にしすぎないように配慮しての言葉だと箒にはわかった。


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