IS - the end destination -   作:ジベた

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27 疾風の再誕

 トーナメントも残すところ3試合のみとなった。つまり、準決勝である。勝ち残った4人は鈴にとっては予想通りのメンツ――

 

 優勝候補筆頭である更識楯無生徒会長。1回戦のラウラ戦以降は近寄らせることもなく一方的に勝利を収めていた。

 現生徒最強の準決勝の相手こそが凰鈴音である。ここまでの試合では予定通り“火輪咆哮”を使用することなく勝ち進んできた。ここで全力を出しきってでも楯無を潰しておくことこそが自分の役割だと思っている。

 もう一つの準決勝に勝ち上がったのはシャルロット。第2世代型のISとはいえ、最早その技は単一仕様能力といってもいい領域に踏み込んでいる実力者だ。鈴と彼女が勝てば決勝は消化試合のようなもの。

 ただし、一つ誤算がある。

 シャルロットの対戦相手が一夏である点だ。別に一夏がここまで勝ち上がることには違和感を感じていない。問題は、今の一夏は1ヶ月前とは別人のような強さを持っていることだった。一夏は1回戦以降、全ての試合で相手を秒殺している。白式のスペックならば可能なことは鈴も知っている。“零落白夜”はそれだけ強力な能力なのだ。相手に接近する腕前にしても、雪花の頃にセシリアと戦えていた時点で会得していた技術に機体が追いついたと考えれば妥当である。

 ――でも、わからない。

 

(どうして、躊躇いもなくその剣を振れるようになったの……?)

 

 鈴がずっと懸念していたこと。それは、一夏が得た(アイエス)が人のつながりを壊すものだということを、一夏自身が自覚していなかったことだ。臆病で責任からは逃げる癖に、人とのつながりだけは大切にしていた一夏だから、自分がそれを奪う立場になったと気づいたら、心が耐えられるはずがない。その心配は1ヶ月前に現実のものになってしまっていた。

 

 もう、一夏は戦えない。だから、一夏を戦わせようとする元凶を潰すと決めた。シャルロットの提案は鈴の目的と合致していた。5人全員で誓ったはずだった……

 しかし、セシリアもラウラも既に目的が変わってしまっている。この大会に臨む姿勢からして鈴とは別物だった。あくまで予想だが、今の一夏になってしまっているのは、この2人の影響があるからだろう。

 ――だからどうした。自分は彼女らとは違う。一夏の優しさを奪うつもりならば、誰だって敵に回すつもりだ。一夏は戦士になるような奴じゃない。

 

(関係ない。あたしが勝てばそれでいい。あたしが亡国機業とやらをぶっ潰せば、一夏は戦わなくていいんだから!)

 

 右拳を左手で受け止め、気合いを入れた後にISを展開する。中国の第3世代型ISにして、単一仕様能力持ちの機体“甲龍”。敵の国家代表のISは未だ底を見せていないが、機体性能差はそれほどない。否、むしろ甲龍の方が上である可能性が高いはずだ。

 肩の後ろで浮いている非固定浮遊部位の衝撃砲を開閉し、動作確認。続いて、腕部衝撃砲“龍咆”の正常作動も確認。OK。鈴はピットの出口から試合の場へと飛び出す。

 

「あなたならここまで来ると思ってたわ、鈴ちゃん」

「勝手にちゃんづけで呼ばないでくれる?」

「あら、怖い怖い」

 

 先にアリーナに出てきていた楯無が鈴を出迎える。鈴が睨みつけるのに対して「怖い」と言いながらも全く動じてはいない。

 

「試合前に一つ訊いて良いかしら?」

「何よ」

「織斑くん、強くなったわね。それはどうして?」

「あたしに訊かないでよ。大体ねえ――」

 

 楯無自身が本当に疑問に思ってることを訊いているように見えたが、今の鈴にとっては挑発も同然だった。依然、鈴の敵視は変わらない。それと、鈴から言っておきたいことがある。

 

「今のアイツが“強い”なんて、あたしは認めてない」

 

 同時に、一夏自身も自分のことを“強い”などと思っていないはずだ。鈴との約束がそれを証明している。だから、

 

「まだ一夏は弱いんだから、あたしがアンタをぶちのめすっ!」

 

 鈴がここで楯無に勝つ。そして、シャルロットには悪いけれど、できれば決勝で本気の一夏と相対したい。

 

「十分な威勢ね。この勝負もラウラちゃんの時くらい楽しめそうね」

 

 不適に笑う楯無の周囲を水が覆っていく。今回、楯無が手にしている武器はランスではなく剣だった。

 

 試合開始の合図が鳴る。

 

 当然のように、鈴は接近を開始する。楯無はその場に佇んだまま……ラウラ戦を見てもわかるとおり、楯無は水を変幻自在に操り、攻防一体の武器としている。おそらく、今、目の前にただ立っているだけの彼女の周囲には幾重にも罠が張られていることだろう。

 ――だからどうした。どんな罠が待ち受けていようと、鈴がすることは昔から何一つ変わってなどいない。

 

(押し通るっ!)

 

 牽制に衝撃砲を発射しつつ前進する。衝撃砲による不可視の弾丸は、前方に集められた水の障壁によって防がれていた。それでも関係ないと言わんばかりに鈴は水の壁に突撃する。そして、左手の龍咆を開き、殴りつけた。ダイレクトに衝撃を伝えられた水の壁は、全体を激しく振動させ――弾け飛んだ。正面に見える楯無の顔が狡猾な笑みを浮かべる。

 

 鈴の周囲には、先ほどまで壁だった水が漂っている。IS越しにも異様な湿気が伝わってきているくらいジメジメする。そして、この水は、ただの水ではない。

 

 鈴の視界が霧で白く染まった次の瞬間、景色は光の白へと変貌する。吹き荒れる爆風と体を焼く熱が、鈴を全方位から襲ってきた。鈴は龍咆の防御に回すも、防ぎきれる代物ではない。

 ――だからどうした。甲龍の足はこの程度では止まらない。今までも逆境を力に変えてきた。文字通りに……

 

「はああああ!!」

 

 火輪咆哮。爆風の衝撃を全て、楯無の方向への移動に還元し、強引に攻め込む。鈴にはシャルロットやラウラのような多彩な攻め手はない。不器用で結構だ。何か一つを極める方が性に合っている。

 

 楯無を正面に捉えた。後退する様子も見せず、手にしている剣を下段に構え、迎え撃つようだ。

 右の龍咆には余剰分の衝撃が蓄えられている。ラウラのレールカノンを防ぎきる盾すら持たない楯無では、受けることなど不可能な一撃が放てる状態だ。避けるタイミングを逸した時点で、鈴の攻撃が当たることは確定的。

 

 鈴は右の龍咆を解き放つ。龍の咆哮が迫るのに対し、楯無はやはり――笑っていた。

 

 轟音。そして、鈴には確実に敵を捉えた感触が残っていた。普通ならば今の一撃で終わりである。だが、ここで初めて鈴は自分の失策に気がついた。

 

(威力が……足りない?)

 

 思えば最初の楯無の一撃は、派手ではあったが破壊力はセシリアのBTミサイルにも劣るものだった。だが、その時点では十分にダメージを確保していた。水の壁を突破した後の楯無の位置が“思っていたより”遠い位置であったという誤算が無ければ、だったが……おそらくはラウラ戦でも見せていた水による分身で、鈴の距離感を狂わせていたのだろう。

 

「結構ギリギリだったわ。さすがは単一仕様能力持ちね」

 

 鈴の右拳は楯無の体に届いている。しかし、勝利には届かなかった。

 楯無の持つ剣が鞭のようにしなる。水も纏ったソレは鈴に叩きつけられ、全身に絡みついてきた。硬くもなく、柔らかくもない水の鞭は鈴を雁字搦めにして地面へと固定する。

 

「まだあたしには武器が残ってんのよ!」

 

 非固定浮遊部位の衝撃砲は拘束されておらず、残りのエネルギーが少ないと思しき楯無を狙って撃つが、軽く躱されてしまう。セシリアにも言われていたことだが、自分には射撃の基本はできていてもセンスは無い。

 だからこの攻撃は楯無の攻撃を誘うものだ。今、この拘束を抜けられなくても、何かしらのダメージを受ければ、火輪咆哮によって引きちぎられる。その時こそが勝負。

 

「じゃ、フィナーレにしましょう」

 

 楯無が優雅なバックステップをして大きく距離をとる。観客を意識した機動だった。その間に、彼女の手にはラウラ戦で手にしていたランスが握られている。

 

「フィナーレ? まだ甲龍には十分にエネルギーが残ってるわよ」

「そうね。あなたの甲龍は攻撃力も耐久もエネルギーの運用効率も全て標準以上だったから、まだ余裕のはず。今まで私が見せてきた技では、ね」

 

 楯無の周囲に漂っていた水が急速にランスに集まっていく。それは鈴を捕らえている水以外にも影響があるのか、不快感を催させる湿気が無くなり、逆に極度に乾いた状態となっていった。

 

「わかるかしら? 今、この“蒼流旋”の中には入りきるはずのない量の水が詰め込まれているの。もちろん、装甲を貫通するように攻性形成を加えてあるわ。それで、耐圧限界を迎えると……後は説明しなくても大丈夫よね?」

 

 限界を迎えると、破裂する。内容物はもちろん周囲に拡散する。圧力次第だが、拡散速度は音速の数倍にもなる。その速度で水の刃が無数に襲ってくることになり……突き刺さった刃は装甲内部で爆発する。

 

 蒼を通り越して、光を通さない紫色に染まったランスを楯無は投擲した。狙いはもちろん鈴。直撃させる必要はなく、鈴から5mほど手前にランスは突き刺さった。

 

「――ミストルテインの槍」

 

 楯無の呟きと共に、紫紺のランスは弾け飛んだ。ペットボトルロケットなど比にならない、本物のロケット並の爆音で水が周囲に拡散する。鈴の視界に映るそれらは、無数の矢だった。見たイメージ通り、全身に水が突き刺さる。

 

「くぅぅっ!」

 

 火輪咆哮を発動して、拘束を引きちぎる。だが無情にも、楯無に接近するだけの力も時間も無かった。

 

 甲龍の内側と外側の両方で同時に爆発が発生する。全身がガクガクと揺さぶられ、甲龍の警告音が鳴り響く。

 

(あたしは。あたしはあああ!!)

 

 文句なしの衝撃が鈴を襲っている。これを利用して近づいて殴れば勝ちだ。

 ――負けるわけにはいかない。一夏を戦わせてはいけない。

 頭の中にはそれしかなかった。

 

 楯無へと向けて最後の飛翔をする。もう飛んでいるのか、吹き飛ばされているのかはわからない。それでも、近づいてくる障害(てき)を倒さなければ一夏が壊れてしまう。

 

 鈴は右拳を楯無の胸に振り下ろす。その右手を楯無は優しく迎え入れた。

 ……もう装甲も無い鈴の右手を。

 

『凰鈴音、シールドエネルギー0。勝者、更識楯無』

 

 負けていた。きっと最後の爆発の時点でだ。全て楯無の予定通りの戦闘だったのだろう。結局、自分は力不足だ。そう痛感すると、鈴はその場に崩れ落ちそうになる。

 

「ビックリしたわ。最後のあなたの攻撃だけは予想外だった」

 

 力尽きようとしていた鈴を楯無が抱え起こす。鈴は虚ろな目で楯無を見た。楯無は素直に感心していたようだった。

 

「届いたわよ、あなたの思い。どうしても私に勝ちたいだけの理由があったのね」

「勝てなきゃ意味が無いじゃない……」

 

 鈴がふてくされると、楯無は「確かにそうね」と同意していた。だが、続きがあり、

 

「でも、勝負の場所を間違えてたら、そうでもないわ。あなたが私に勝ちたかったのは目的でなく手段。まだ諦めるには早いとおねーさんは思うけどな」

 

 楯無がにっこりと満面の笑みを見せる。

 楯無の言うとおり、この試合に勝つことは、一夏に戦わせないための手段だった。それが間違っている?

 

「そろそろ戻りましょ。次の試合の後、決勝まで時間が空くから、正面からぶつかってみなさい。鈴ちゃんくらい素直な子だったら得意じゃない?」

 

 正面からぶつかる。確かにそれは鈴の戦闘スタイルだ。と、同時に日常生活でも同じだった。いつだって、誰とでも真っ正面から付き合ってきた。それなのに……この1ヶ月の間、一夏とまともに顔を合わせてない。

 

(逃げてたのは……あたしだったんだ)

 

 一夏の弱さを言い訳にしていただけだった。本当は自分が弱いことを理由に、一夏に言う資格が無いと決めつけていただけだった。

 ……何が資格だ。言えば良かったじゃないか。今までだってそんなものとは無縁だったはずだ。愛の告白をしておいて、今更何を躊躇っている?

 

 楯無と同じピットに戻った鈴は即座にISを解除する。生憎、こちら側のピットに居たのは一夏ではなく、シャルロットだった。鈴は戦闘準備中のシャルロットに話しかける。

 

「ねえ、シャルロット。一夏はさ、どうしたいのかなぁ……」

 

 いつもの覇気が無い鈴の声に動じず、シャルロットは鈴の方に振り返って、いつもの笑顔で答えた。

 

「それはこれから、ボクが確かめてくるよ。でも、ボクが一夏を止めたい思いだけは変わらない」

 

 ここで気づいた。シャルロットは一夏を戦わせないことに拘っている。それは先ほどまでの自分と同じだった。鈴はいつの間にか、一夏の意志を無視して、自分のことしか頭に考えていなかった。

 

 しかし、シャルロットの意志は固い。その気持ちは良くわかるから、間違ってるとは言えない。箒がいつも言っている“初志貫徹”の精神に則り、鈴はシャルロットを送り出すことにした。

 

「ふざけたこと考えてたら、容赦なくボコボコにしてやってよ」

「鈴に言われなくてもそのつもりだよ」

 

 シャルロットとハイタッチを交わしてからピットから出ていく。鈴の向かう先は、反対側のピットだ。もう準決勝前には間に合わないだろうけれど、迎えくらいはしてやるつもりだった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 準決勝までたどり着いた。轡木さんの提示した優勝までは残すところ2試合となっている。俺の対戦相手はシャル。実力的にも……精神的にもキツイ相手だ。

 

「一夏。決勝は予定通り会長さんが相手になったぞ」

「そうか。それは良かった」

 

 俺は試合を見ずに、ずっと心を落ち着かせていた。試合の方は弾が見てくれているからそれでいい。結果は生徒会長の勝利で、鈴は敗退となった。負けた鈴には悪いが、俺にとってはシャルと鈴の連戦よりは気が楽だった。

 それだけじゃない。おそらくは俺が生徒会長を倒さないと意味がない。

 

「それで、一夏。この試合、戦えそうか?」

 

 やはり弾は俺の胸の内を見透かしている。ここまでの試合と違い、親しい人物が相手だ。それも『俺が居場所になってやる』などという分不相応な誓いを立てたシャルだ。

 その俺が、競技とはいえ彼女に剣を向けることを想像すると、脳裏にあの死神のISの姿が過ぎる。焦げ茶色のフードの中がシャルだったら、俺は――

 

「おい! 本当に大丈夫か!?」

「わりぃ。ちょっとバカなことを考えてた。もう大丈夫さ」

 

 一瞬、意識を失いそうだった俺は弾に体を支えられていた。少しマイナス思考すぎたのかもしれない。それでも、もう大丈夫だと弾と自分に言い聞かせる。

 

 箒に言った『皆で皆の居場所を護る』は俺の結論だ。そして、そのために俺は……亡国機業を打ち倒す。千冬姉につながっているかもしれないなどという理由ではなく、今の“俺を取り巻く世界”を護るために、成し遂げなければならない。

 俺はこの剣を振るえる。シャルたちが、あのラウラの部下のようにならないために必要ならば、この試合でシャルに勝つ。そう決めたんだ。

 

「じゃ、行ってくる。辛気くさい顔してんなって。もっと景気よく送り出してくれよ」

「それもそうか。行ってこい、一夏。男の意地を見せてやれ」

 

 適当に「ああ」と返してピットから飛び立つ。……別に男の意地を見せることは関係ないのだが、別にいいか。

 

 アリーナに入場すると、衝撃波のような歓声が俺を襲ってきた。そのほとんどが黄色い声援。1年1組のクラスメイトたちが「頑張れ」と言ってくれているのが良く聞き取れる。

 指定された開始位置へと移動する。やや遅れてシャルが入ってきた。彼女はスムーズな機動で開始位置につく。

 

「遅れてごめんね、一夏」

「別に規定以内の時間なら問題ないだろ」

 

 他愛もないやりとり。シャルは見たところいつも通りだった。箒や鈴のように鬼気迫るような印象を受けない。だが、本当の顔はわからない。シャルのいつも通りの顔は作ったものであることが多いからだ。

 

「試合の前に一つ訊いても良いかな?」

「いいぜ」

 

 予想通り、何かありそうだった。

 

「一夏は生徒会長になりたいの? それとも、ボクたちと一緒に居たいの?」

 

 シャルの質問は二者択一を迫るものだった。まるで、このまま生徒会長になった場合、皆が俺から離れていくかのような、そんな問いかけだ。

 

 残念だが、その質問の答えはこれしかない。

 

「両方だな。片方を切り捨てなきゃいけない理由がない」

「じゃあ、生徒会長にならなきゃいけない理由はあるの? 一夏は気づいてないかもしれないけど、裏の学園長の狙いは――」

「束さんだろ? 大丈夫、わかってるさ。俺が力を示して、束さんに亡国機業と戦う意志を取り戻させるのがこの大会の目的だってな」

 

 その答えに辿りついたのは俺ではないけどな。むしろセシリアにこの話を聞いていなければ、俺が無理に優勝する理由はなかった。しかし、今の俺の目的を果たすための一番の近道だとわかってしまえば、やるしかない。

 

「一夏はどうしても、敵と戦うことを止めないんだね?」

「ああ。俺が護りたい人たちを護るには……護りたい人をこの手にかけないためには、先に奴らを倒す必要がある。そのために俺は全力を尽くすつもりだ」

 

 戦闘開始の時間が迫る。俺は雪片を出さないまま、ウィングスラスタにエネルギーを蓄えておく。対するシャルは事前に近接ブレードを2本展開した。

 

「一夏のしたいことはわかった。だからこそ、ボクは全力でそれを阻止する!」

 

 シャルの叫びと共に試合が始まる。俺たちは同時に互いに向かってイグニッションブーストで接近した。2本のブレードを交差させた状態で突撃してくるシャルに対し、俺は居合いのイメージ通りに雪片を抜き放ち、ブレードごと斬り払う。雪片のエネルギーブレードはシャルの近接ブレードを易々と斬り裂き、そして――

 

 シャルの胴体を真っ二つにした。

 

 一瞬、何が起きたかわからなかった。しかし、軽すぎる手応えや、肉の焦げる臭いがしなかったことで、違和感の正体にすぐに気づく。俺は即座に上昇し、その場を離脱する。直後、俺の居た位置を散弾が通過していった。つまり、俺が斬ったものはシャルに似せた囮の人形。シャルならば、俺が気づかない位の速さで呼び出すことなど造作もないのだろう。

 

「ねえ、一夏……」

 

 シャルから語りかけられる。その声は、どこか悲しげであった。ショットガンをだらりと下げ、立ち尽くしている。俺も雪片を一度しまうことにした。

 

「今、なんとも思わなかったの?」

 

 シャルが聞きたいことは理解している。シャルと同じ姿をした人形を斬ってすぐに動けたのは何故だ、という質問なんだ。でも、それには答えたくない。俺の経験が、さっきのシャルが偽物だと理解させたことを彼女には言いたくなかった。

 黙っていると、シャルは改めて俺を見据える。その顔にいつもの笑みは微塵もなかった。

 

「全力で行くから――」

 

 シャルが手榴弾を投擲する。俺は逆に接近することで爆発の範囲から逃れつつ、シャルを剣の間合いに収める。再び、雪片の抜刀。対するシャルはいつも通り物理シールドを召喚していた。当然、それだけでは雪片の攻撃を止めることはできない。でも、呼び出されていたのは盾だけじゃなかった。盾には丸い物体が付けられている。

 

 ――手榴弾!? しまった!

 

 雪片でシャルの呼び出した手榴弾を直に攻撃してしまう。その瞬間に爆発が俺とシャルを襲う。吹き飛ばされた俺は、再びシャルとの距離が空いてしまった。シャルも同様に吹き飛ばされていたが、俺よりもダメージが少ない。

 

「一夏はさ、ERAって知ってる?」

「知らん。せめて日本語で言ってくれないか?」

 

 シャルが二丁のマシンガンを撃ち続け、俺はシャルの周りを旋回する。

 

「Explosive Reactive Armour ……つまりは爆発反応装甲のことだよ。簡単に言えば、敵の攻撃を爆発物による力で弾き飛ばす防御方法でね。過去には戦車の装甲に使われていたこともあるけれど、随伴する味方歩兵を殺傷するデメリットから使用されなくなったものなんだ」

 

 きっとデュノア社で得た知識だろう。古い技術のようだが、今シャルが語ったデメリットは、この戦闘においては全く関係ない。むしろ、俺相手ではメリットだ。近づかなければ有効打を与えられないからな。

 そして、防御方法としても理に適っている。エネルギーの消耗が激しい代わりに高威力なエネルギーブレードと、相手のエネルギー兵器を無力化する零落白夜が組み合わさった俺の攻撃を止めるには、攻撃する俺の腕を止めさえすればいい。零落白夜では爆風は抑えられず、こうしてシャルは俺の攻撃から逃れられている。

 

「会ったときから思ってたけど、シャルって凄いな。こんな手段で止められるなんて思ってなかった」

「一つに特化すると、強力にはなるよ。でもね、一つじゃ全てには対応できないんだ。白式は強いけど、何でもできるってことはないんだよ」

「ああ。良くわかってるさ。俺一人じゃ亡国機業と戦えないってこともな」

 

 俺の言葉でシャルの顔に動揺が浮かぶ。その隙に俺は弾幕を掻い潜り、再びシャルに接近する。イメージするのは居合い。

 

「何度やっても、それだけじゃボクには届かないよ!」

 

 俺は雪片を抜き放ち、シャルが手榴弾と物理シールドを併用した盾を召喚した。だが、俺が抜いた雪片は刀身であるエネルギーの刃が存在していなかった。

 刀身無き雪片を振り切ったところで、シャルの顔に驚愕が浮かぶ。だが、それも一瞬のこと。すぐさま左手の盾をパージし、シールドピアースで俺を攻撃する準備をする。明らかに俺の右腕が返す刀よりも、シャルのシールドピアースの方が速いからだ。

 

「シャル。お前のおかげで、俺ができることは増えてるんだよ」

 

 右手に握られていた雪片を拡張領域に戻す。そして、俺の左手は既に突きを繰り出していた。あとは、そこに雪片があることをイメージするだけ。左手に雪片が構築され、エネルギーの刀身がシャルの腹部を捉える。シャルの左手が俺に届くことはなかった。

 

『シャルロット・デュノア、シールドエネルギー0。勝者、織斑一夏』

 

 文字通りの一撃必殺。実戦ならば、まだもう一撃いるのだが、競技においては規定されたシールドエネルギー以下になった時点で敗北扱いとなる。

 俺は雪片をしまい、シャルと向き合う。彼女は武装を全て収納した後から、俯いて動かない。

 

「シャル、俺は――」

「何も言わなくていい! ボクと一夏は互いの意地をぶつけ合った。それで一夏が勝ったんだ。それでいいよ」

 

 俺が声をかけるとシャルが大声を出し、逃げるようにピットへと向かおうとする。俺は慌てて彼女の肩を掴んだ。

 

「離してよ。ボクたちが負けた。それが結果なんだ。一夏なんて勝手に敵と戦って、勝手に野垂れ死んじゃえばいいんだ!」

 

 シャルは俺の手を振り払おうとする。だけど俺は離さないことに必死だった。このまま別れたらダメだと本能が告げている。

 

「そんなこと言わないでくれ……俺は皆と一緒に居たい。その中にはもちろん、お前も居るんだ」

「じゃあ、どうしてテロリストと戦う必要があるのっ! 一夏はわかってないのかもしれないけど、ボクたちみたいな子供が戦う相手じゃない。一つ間違えただけで一夏が死んじゃうんだよ?」

「俺は死なない」

「そんな都合のいいことがあるわけない! 自分の言ってる意味わかってるの!? 無理に決まってるよ……」

 

 シャルが暴れるのを止める。今にも泣きそうな声で、俺が死ぬと彼女は言っていた。自然とシャルの肩を掴む力が強くなった。

 

「無理じゃない。俺一人じゃ無理だけど、俺には頼れる仲間が居る。俺は俺を護れないけど、皆が俺を助けてくれる。そして、俺が皆を護る」

「そんな青臭いことで何とかなる問題じゃないよ」

「それでも何とかするしかないんだ。俺たちはISに関わってしまった時点で部外者では居られない。それもただのIS学園の生徒じゃなくて、専用機持ちだ」

「……やっぱり一夏はISが不幸を運ぶと思ってるんだね」

「なんだかんだ言っても兵器だからな。でも、俺はISが厄介者なだけとは思ってないぞ?」

「え?」

 

 俺の言葉にシャルは首を傾げながら振り向いた。俺は彼女の肩から手をどけた。

 

「今の俺にはISがつないでくれた仲間がいる。ISのおかげでできた絆みたいなものだ。さっきも言ったとおり、俺は皆と一緒にいたい。お前と一緒にいたいんだ。一緒に、俺たちの居場所を護ろうぜ、シャル」

 

 今度は右手を差し出す。シャルは少し躊躇っていたが、俺の意志に応じて手を取ってくれた。

 

「……仕方ないね。ボクが一夏を護るよ。その代わり、一夏は“わたし”を護ってね?」

 

 正直、その一人称の使い分けは卑怯だと思う。久しぶりに見ることができたシャルの素の笑顔は、額縁に飾っておきたいレベルだった。

 

 

***

 

 

 ピットに帰ってきて白式を解除する。すぐに決勝の準備に取りかかろうと思ったのだが、どういうわけか弾の姿が見あたらなかった。弾を探しに行こうと出口へと向かっていると、急に視界が何かで塞がれた。同時に、両肩に柔らかい人肌温度の負荷がかかる。

 

「鈴。どういうつもりかは知らんが、お前だってことはすぐにわかるぞ」

 

 目を覆っているのは手。それだけだと誰かなんてことはわからない。しかし、俺の目を塞いでいる奴は俺の肩の上に乗っている。勝手に肩車させられているような状態だ。これだけ身軽で、俺にこんな悪戯をするのは鈴以外にあり得ない。

 しかし、どういうわけだか返事がない。もしかするとラウラと間違えたか? だとすれば彼女はひどく落ち込んでしまう気がする。どうしたものか、と考えていると、向こうからようやく話しかけてきてくれた。

 

「ねえ、一夏。アンタはさ、強くなれたの?」

 

 推測通り、鈴だった。だが、いつもハツラツとしている彼女らしくない静かな声だった。もしこれが弾やラウラに訊かれていたのなら首を縦に振るかもしれないが、鈴とセシリアからの質問では意味合いが違う。

 

「俺は弱いよ。戦う力を身につけるほど、弱くなってる」

 

 今思えば、力があれば何でもできるのにと悔しがっていた頃の方が、色々と踏み出せた気がする。知らない方が幸せだ、という言葉をどこかで聞いたことがあるが、昔の自分はそれだった。その平穏に帰れないと理解しながらも、俺はこの道を突き進んだ。願った“力”を手にすることができたから……

 

 でも俺が欲しかったのは力なんかじゃない。力はただの手段だ。俺は、本当は……“居場所”が欲しかったんだ。五反田の爺さんの世話になっている間も、俺の中の空白は埋まらず、過去の居場所を求め続けていた。まるで、そこにしか俺の居場所がないと決めつけているようだった。

 

 いつからだろうか。今の俺が、もう自分の居場所を手に入れられてると気づいたのは。自分が恵まれてることに気づいたのは……

 

 知ってしまったら、失うことが怖い。日に日に失う恐怖は強くなるし、敵の強大さも増していく。立ち向かうために力を身につけるほど、向き合う敵の強さがわかってきて――悪循環だった。

 

「実はね、一夏。アンタだけじゃなくて、あたしも弱いことに気づいたの」

「どうしたんだ? 鈴らしくないだろ、そんなの」

 

 俺は軽く答えてやるが、鈴はかなり思い詰めているようだった。

 

「アンタ1ヶ月前の自分を覚えてる?」

「……たぶん一生覚えてると思うぞ」

 

 助けるはずの人を殺したこと。塞ぎ込んで学園の生徒の危機に何もしなかったこと。目の前にいたら全力で殴ってやりたい。「お前はヒーローじゃない」ってさ。

 

「あたしはね、アンタがあの状態になるかもしれないってずっと考えてたの。でも、それをはっきりと伝えられなかった」

「それこそ鈴らしくないな」

「そうね。あたしらしくない。無意識に、そんなことすら気づかない振りをしてた。一夏の邪魔になるんじゃないかって、怖がってたんだと思う」

「バーカ。今更お前が何しようが邪魔だなんて思うわけないだろ?」

 

 右目が解放され、頭に拳骨が落とされた。痛ぇ。すぐにまた右目が隠されてしまう。

 

「言われなくてもわかってるわよ。……アンタはさ、この大会のあたしらの目的を知ってる?」

「なんとなく。俺に優勝させないこと、だろ?」

「正解よ。あと、5人のうちの誰かが優勝するっていうのも目標だった。あたしらは勝手に一夏の代わりになるつもりだったんだ」

 

 それも知っている。だから俺は決めることができた。俺の代わりに誰かが戦うことだけは納得できないことだった。

 

「今思えば、回りくどいことをしてきたわ。あたしには資格がないって言い訳をしてきてさ。もうそれは止めた。だから今、はっきりと一夏に言いたいの」

 

 鈴の手が目から離れて、彼女は俺の頭を包むように丸くなる。

 

「あたしは一夏に戦って欲しくない。一夏が苦しむのを見るのはもう嫌なの」

 

 鈴の心からの言葉。正直なところ、俺ももう戦いたくはないし、あの苦しみを味わいたくはない。でも、シャルにも言ったように、もう手遅れなんだ。だから俺は、鈴の願いを聞き届けられない。

 

「ごめん。俺は戦う。また苦しむかもしれないけど、何もしなかったら、もっとひどいことになるかもしれない。俺はここに居たい。皆の場所を護りたいんだ」

 

 そう言ったところで、鈴が肩から俺の前方へ飛び降りる。華麗な着地の後、振り向かないまま出口へと歩み始めた。

 

「一夏がそう決めたなら……あたしも付き合うわ。もう二度と一夏だけに背負わせないから」

「ああ。これからもよろしく頼む」

 

 そのまま俺の方を向くことなく、鈴は去っていった。声に影響は出ていなかったが、鈴の顔は大体想像がつく。俺の前髪が濡れているのは、そういうことなのだろう。やっぱり俺は泣かせてばかりだな。

 

 そして、覚悟しておく必要がある。近い将来、鈴かセシリアの内、どちらかは必ず泣かせてしまうだろうから。


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