IS - the end destination -   作:ジベた

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26 更識楯無

 肌を優しく撫でる程度の風が吹き、周囲に生えている松の木の枝がさわさわと揺れている。他に音といえば、ちょろちょろとした水の流れる音がよく聞こえてくる。やはり水あってこその日本庭園だなと感じ入る。水は鹿おどしの中へと流れ入り、自然な重みでカッコンと竹と石が奏でる風情を届けてくれる。

 

 俺は朝日の中、胴着に袴という姿でここに立っている。履き物も草履で、足袋まで履いている。腰には日本刀が提げられていた。

 

 砂利が混ざっている地面を音を立てずに巻藁の前にまで歩いていく。

 腰に帯びている刀に手をかけたところで、息をゆっくりと吐いた。

 

 一閃。

 

 無心に振り抜いた体勢のまま、しばらく動きを止める。1秒と経っていないが、遅れて反応したかのように、巻藁が斜めにズレ落ちる。藁も竹も、この一刀で斬れた跡しか見られない綺麗な断面であった。

 

「7年もの間、君を見てやれなかったことが悔やまれる。よもや、3週間でここまでの形になるとは思わなんだぞ」

 

 刀をもう一振りした後で、鞘に納めていると俺は屋敷の中にいる人物に声をかけられた。轡木さんと同じ年齢であるが、独特な話口調から、周囲の人間には少し年上に見られている男性だ。俺は庭の音よりも静かな足取りで屋敷へと向かう。

 

「俺なんてまだまだです。付け焼き刃でも真剣に触れておきたかった俺の我が儘に付き合ってくださって、ありがとうございました」

 

 腰から鞘ごと刀を取り、幼き頃の剣の師匠に両手で差し出す。師匠……篠ノ之柳韻先生は上機嫌にそれを受け取った。

 

「この歳で隠居生活をしている私のことなど気にすることはない。若い者に道を示せること以上の喜びがあるものか。尤も、最後に道を見つけるのは己でしかない。覚えておきなさい」

「はいっ!」

 

 もう一度頭を下げてから、一歩後ろに下がる。

 あの訓練機の暴走事件から3週間が経過した。俺はあの日の後から毎朝欠かさず、この屋敷に訪れていた。IS学園の敷地内、剣道場と弓道場に併設されている屋敷であり、表向きは茶道部のものとなっている場所だ。そこに箒の父さんであり、俺たちの剣の師である柳韻先生が匿われていたってわけだ。そのこと自体は3月の時点で知っていた。

 

 俺がここに来ようと思い至った理由は、ラウラに銃を教えてもらうことになった理由と同じだ。武器を持つということの意味を噛みしめておきたかった。ただそれだけのこと。7年以上ぶりに生身で振った真剣は、重たいものだった。3週間、ひたすらこの重みを体に刻み込んできた。

 それもとりあえずは今日まで。今日は轡木さんが言っていた例のトーナメントの日だ。

 俺は訓練機暴走事件の時に思い知らされた。護るためにできることをするべきだと。結果ばかり意識して、動けなくては本末転倒だと……

 

 俺は先に進みたい。この先に千冬姉が居ると信じてる。

 

 踵を返し、寮に戻ろうというところで「待ちたまえ、一夏くん」と柳韻先生に引き留められた。

 

「なんでしょうか?」

「私が言えることではないのかもしれないが……娘たちをよろしく頼む」

 

 先生が頭を下げる。箒はもちろんのこと、世界中に狙われているであろう束さんのことまで俺一人でどうにかできるのだろうか。

 ――やっぱ、一人じゃ無理だな。

 

「わかりました。俺たちに任せてください」

 

 そう返した俺はもう一度会釈してから立ち去った。

 飛び石の上を歩いて屋敷の門まで来ると、日本庭園に縁の無さそうな銀髪眼帯少女が待ち受けていた。

 

「いよいよ今日だな。ISにほとんど触れていなかったようだが、勝てるのか?」

 

 塀にもたれ掛かって腕を組んでいるラウラが問いかけてくる。返事はもちろん――

 

「勝つよ。何度も言うけど、俺は護られるだけなのは嫌なんだよ」

 

 勝ってやる。俺がもう大丈夫だと皆にわかってもらうにはそれしかない。

 俺の意思を聞き、ラウラが何回も頷く。俺の言葉がラウラにとって誇らしいものであるかのように頭に刻み込んでいるようだった。

 

「おはようっす。今日の鍛錬は終わってるようだな、一夏」

 

 弾も現れた。これで、この3週間共に居たメンツは揃った形となる。

 

「じゃあ、行くか。……言っとくけどラウラ、試合で当たったら遠慮はいらないからな」

「それはこちらのセリフだぞ、一夏。私にはシャルロットたちとの約束もあるのでな。負けるわけにはいかない理由がある」

 

 互いにフフッと鼻から笑いが漏れた後、別々の方向へと歩き出した。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 6月も半ばに差し掛かる頃……じわじわと気力を奪っていくような日光が第1アリーナを照らす中、アリーナの客席はほぼ満員となっていた。今日は轡木が企画した専用機持ち限定の個人戦トーナメントの日だからである。客席にはIS学園の生徒や教職員はもちろん、招待された各国の政府関係者や研究者たちで溢れかえっていた。

 

(ふっ。まさか私が一番手だとはな。皆のためにも、ここで終わらせておきたいものだ)

 

 ラウラがピットでの準備を終える。ピット内のモニターを見上げれば、トーナメント表が載っていた。

 

 1回戦第1試合、ラウラ・ボーデヴィッヒ VS 更識楯無。

 

 5人の目標である「打倒、楯無&一夏」を達成するには機会があまり無かった。

 まず、楯無と一夏は別のブロックに配置されていて、2人は決勝まで当たることはない。つまり、楯無と一夏のつぶし合いは期待できなかった。

 次の問題が、鈴とセシリア、箒とシャルロットが1回戦で当たってしまっていること。5人のうち2人が1回戦でいなくなることが確定してしまっている。

 最後に、鈴かセシリアが楯無と戦え、箒かシャルロットが一夏と戦えるのが共に準決勝だということだった。

 このトーナメント表には明らかに轡木の作為を感じる。

 

(だが、私が易々と敗れると思っていてもらっては困るな)

 

 準備万端で後は試合の開始を待つばかりだった。今は開会前に来賓が挨拶をしているが、そんなことはラウラには関係なかった。

 ――その中に身近な人間が居なければ、だったが。

 

『えーとー、紹介されましたドイツ代表のテレーゼ・アンブロジアです。本日はわざわざロシア代表が手の内を見せてくれるということで、勝手に来ちゃいました!』

 

 ラウラは頭を抱えた。招待されたわけじゃないのかとか、一国の代表らしくしっかりとした挨拶をしてほしいとか、いろいろな思いが頭を過ぎる。

 しかし、これで負けられない理由が増えた。テレーゼの前で不甲斐ない自分の姿を見せるわけにはいかない。

 

 アナウンスが選手の入場を告げる。ラウラはピットのゲートを潜って光の中へと飛び込む。

 周囲は人で溢れかえっている。ラウラが転入してからアリーナが人で埋め尽くされたのは初めてであった。世の中にはこんなにも人がいたのだなと、ほくそ笑む。

 そして、正面には対戦相手である更識楯無がいた。キャバリエの装備している突撃槍(ランス)と似た武器を持ち、体を覆う装甲は少なめの機体であった。ただし、半透明のドレスのようなものを纏っているため、見た目通りの紙装甲と判断できない。おそらくはそれが特殊武装。

 

「やたらゴツイ機体ね。それで燃費は大丈夫なの?」

 

 楯無の言うゴツイ機体とはシュヴァルツェア・レーゲンのことである。なぜならば、一回戦の相手が楯無とわかった時点で、ラウラは“パンツァー・カノニーア”の装着を決めていたのだ。

 

「貴様が気にすることではない。言っておくが、容赦はしないぞ?」

「あら、奇遇ね。私もそう言うつもりだったのよ」

 

 試合開始の合図が鳴る。同時にラウラは全射撃武装をオープン。様子見だったのだろうか、接近もせず立ち止まったままの楯無に向けて全弾一斉に発射する。無数のミサイルが雨霰と降り注ぎ、楯無の居た地点は爆炎に包まれた。

 ラウラは即座に弾薬を補充し、パンツァー・カノニーアをパージしながら黒煙へと接近する。ワイヤー銃を闇雲に撃ちながら疾駆すると、案の定内部から反応があった。

 

 ――水。黒煙を突き破り、姿を見せたそれはドリルのように螺旋を描きながらラウラへと迫っていた。ラウラは右手を水のドリルの先端に向け、AICを発動させる。水は見えない壁にぶつかったようにその動きを止めた。水は止められた攻撃に未練が無いかのように、先端だけ切り離して黒煙の中へと戻っていく。

 しかし、敵の攻撃は終わってなど居なかった。ハイパーセンサーがAICで止めている水の急激な温度上昇を確認する。ラウラは咄嗟の判断でAICを解除し、水から距離を置いた。直後、水が爆発を起こす。

 

「よく気づいたわね。さすがはドイツの冷氷。戦い慣れしてるといったところかしら?」

 

 黒煙が薄れていき、楯無が姿を見せる。半透明のドレスだったものが、彼女の周囲に水の壁として存在していた。最初の一撃も全て、あの障壁で防がれてしまったのだろう。ランスにも水が纏われており、先ほどの楯無の攻撃はランスの水を飛び道具として使用したものだったと推測できる。つまり、あの特殊装備は攻防一体の兵装だということ。

 ラウラはレールカノンを放つが、楯無の水のヴェールに触れた時点で弾速が急激に落ち、ヴェールを貫通した弾丸は簡単に回避される。

 

「“ミステリアス・レイディ”の水を突破するなんて、結構な威力ね」

「当たらなければ意味がない」

 

 おそらくは楯無の嫌み。あの水の防御は元々鉄壁などではなく、通過する弾丸の速度を落とすためだけのものだ。尤も、これで一つ証明できたことになる。楯無を守る水のヴェールは、ドイツで出会った灰色の盾と違って打ち破れるものだと。

 

 ラウラは両手のプラズマ手刀を展開し、ワイヤー銃を乱射しながら接近を開始する。弾数で押すラウラの攻撃を楯無は水の壁を作ることで防いでいた。周囲を回りつつ牽制し続けるも、楯無が盾を展開する方が速い。

 ちょうど半周分回ったところで、ラウラは攻勢に出た。レールカノンを発射し、直後にイグニッションブーストで接近を試みる。大口径の弾丸は先ほどのように水の壁を貫通したが、楯無にひらりと避けられる。その隙にラウラは水の壁に接敵していた。「はあ!」というかけ声と共に両手のプラズマ手刀を水の壁に叩きつけると、蒸発する音と共に大穴が開いて楯無への道が開く。

 なおも前進するラウラに対し、AICを警戒したのだろうか、楯無は後退を選択した。そして、それがラウラの狙いだった。

 

(今だ。“シュトゥルム”、全弾発射!)

 

 8連装ミサイルポッド“シュトゥルム”とは、パンツァー・カノニーアの主武装の一つである。そう、それは先ほどパージしたものだ。今は楯無の背後にあるそれらが、ラウラの意思により一斉に発射される。競技に相応しくない罠まで仕掛けた。だが、後方のミサイル群だけで仕止められるとも限らないため、ラウラはレールカノンの照準を定め、だめ押しの一撃を放つ。全方位からの攻撃。回避は不可能だ。

 

「ふーん、面白い攻撃ね。でも、小細工で倒せるほど、国家代表は甘くないわよ?」

 

 対する楯無はランスを正面に構えて突撃してきた。後方からミサイルが迫ってきていることに構わず、展開している水のほぼ全てをランスに回している。楯無はレールカノンの弾丸を突き破り、ラウラへと迫る。だが楯無の速さは、ヴァルキリーである山田真耶はもちろんのこと、一夏よりも遅い。ラウラはシュヴァルツェア・レーゲンの切り札を使用する。

 

「停止結界!」

 

 水のランスを左手で受けつつ、楯無本体に向けてAICを使用した。これで互いに動けない。だが、この場には、まだ生きている攻撃が存在する。動けない楯無の背中にミサイルの群れが迫っていた。

 

「これで終わりだ。生徒会長」

「ええ、そうね。あなたの負けよ」

 

 勝ったと思っていた。しかし、楯無は“その場から移動した”。未だAICは働いている。楯無の姿をしたものの動きを停止させている。ラウラの右手の先にあるのは楯無の抜け殻とでもいうべきものだった。ここで初めて気づく。楯無が全身を水で覆っていたことに……ラウラが停止させたものは楯無の表面を覆っていた水の分身だったのだ。

 

 しまった、と思ったときには遅かった。楯無がこの試合で初めてのイグニッションブーストを使用し、ラウラの背後からランスを突き立てる。そして――ラウラのミサイルが彼女自身に向かってきていた。

 

『ラウラ・ボーデヴィッヒ。シールドエネルギー0。勝者、更識楯無』

 

 無数の爆発の衝撃を受けて、ラウラは崩れ落ちた。

 

 

***

 

 

(ふっ。結局、私は完敗だったな。だが、これが次につなげられるのであれば、それでいい)

 

 試合後、ラウラは客席に移っていた。ラウラの後の試合も順調に進み、今は鈴とセシリアの試合が終わった直後である。

 

「なんかセシリアの動きが悪かったよね。どう思う?」

 

 隣に座っているシャルロットがラウラに問う。結果を言えば、鈴とセシリアの試合は鈴の勝利だった。シャルロットが言うことは尤もで、本気になったセシリアを知っていれば、ありえないくらい簡単にBTビットの包囲網が突破されていたことがわかる。

 

「五反田による調整がうまくいっていないのではないか? それならばBTビットの調子が悪いだろう。的確に動かせなければセシリアの戦術は成り立たない」

「ううん。あれは絶対に手を抜いてた」

 

 不機嫌そうな鈴がやってきて、シャルロットとは反対側に座る。

 

「多分セシリアのことだから、ラウラと会長の戦闘を見て、自分では不利とか勝手に思ったんだろうけど、なんかこう……スッキリしないわね」

「それでセシリアは?」

 

 シャルロットの問いに対し、鈴は肩をすくめる。

 

「やることがあるとか言って外に行っちゃったわ。何してるのか知らないけど、問いつめるのは後にしとくことにした」

 

 左手の平に右拳をぶつけ、鈴は自分を鼓舞していた。今は、自分がすべきことをする、という彼女なりの意思の表し方だろう。

 

「もうそろそろ一夏の試合が始まるようだぞ。2人とも、話は一度やめて、一夏の戦いを見てやろう」

 

 言いながらラウラは左目の眼帯を外した。当然、シャルロットが首を傾げる。

 

「ラウラ? どうして急に眼帯を外したの?」

「簡単なことだ。ISなしでは、何が起きたかを把握することが困難だろうからな」

 

 と言っても、シャルロットはヴォーダン・オージェのことを知らないため、回答としては不適切であるのだが、ぼかしておくことにした。

 

 1回戦の後半。最初の試合の入場者は、一夏。雪片を持っていない状態だ。対戦相手は上級生のイタリアの代表候補生。

 

「テンペスタⅡ型だね。あの機体は――」

 

 シャルロットの機体解説が始まろうとしていたところで試合開始の合図がなった。そして、

 

『勝者、織斑一夏』

 

 もう、終わっていた。一夏は相手を挟んでスタート位置と反対側に立って、いつの間にか展開していた雪片を腰に納めるように格納する。試合の終了を確認したラウラはすぐに眼帯を付けなおす。

 数秒の間、アリーナ全体が静寂に包まれていた。鈴とシャルロットも声を発することができずにいる。それは嵐の前の静けさのようなもので――事態を把握した人たちは一斉に歓声を上げた。

 

「今の、何……」

 

 観客が盛り上がっている中、鈴は対照的に絶句していた。

 

「多分、開始と同時にイグニッションブーストで接近して、ラピッドスイッチで剣を呼び出すと同時に斬りつけたんだと思う。でも、こんなに早く決着が付く試合なんて見たことがない。ラウラはどう思う?」

 

 シャルロットが自分の意見を言った後で、ラウラに訊いてくる。あくまで予想であるシャルロットに対し、ラウラは答えを提示することにした。

 

「概ね正解だ。だが事はそう単純じゃない。イタリアの代表候補生は中々の早撃ちでライフルを放てていたのだ。対する一夏は一直線にイグニッションブーストをした」

「それって自分から弾にぶつかるから、自滅するじゃない」

 

 口を挟む鈴の言うことは尤も。だから、そう単純ではなかった。

 

「一夏はイグニッションブーストの加速途中に体をひねり、直線軌道を変えぬまま弾丸を回避してのけたのだ」

「でも、そんなことしたら最高速度に達する前にPICの安全装置が働いて速度が落ちるはずだよ!」

「だから一夏は2段目のイグニッションブーストを使っていた。それで白式の射程内に収めれば、ラピッドスイッチからの一撃で片が付く。確かあれは居合いというのだったか?」

 

 シャルの疑問に、ラウラは2段イグニッションブーストで解決したと答える。イグニッションブーストの連続使用など、ヴァルキリーである山田真耶や、アメリカ代表のリボルバーイグニッションブーストしか使用はされていない。つまりは今の一夏は操縦技術は既に国家代表に並んでいると言えた。

 ちなみに攻撃するときのみに雪片を出しているのは、零落白夜によるエネルギーの消費を最小限にするためのものである。別に一夏は見栄えでやっているわけではない……とラウラは思っている。

 

「さて、シャルロットの出番ももうすぐだろう? そろそろ行ったらどうだ」

 

 シャルロットは「うん、そうするよ」と言って席を立ち、小走りで客席から出て行った。

 そのタイミングを見計らったかのように、頬杖をついた鈴がラウラに疑惑の目を向けた。

 

「ラウラ、アンタが一夏に何かしたんでしょ?」

「私がしたことは、一夏に銃の撃ち方を教えただけだ。今の一夏になったのは、紛れもなく、今の一夏の意志によるものだ」

 

 心から思っていることを素直に言ってやる。しかし、鈴は不機嫌そうな顔を崩さなかった。

 

「ま、いいけどさ。あたしが会長をぶっとばして、箒かシャルロットが一夏を倒してくれればそれでいいし」

 

 3週間前、訓練機の暴走事件の直前までは「一夏を戦わせない」ことで合意していた5人だった。しかし、実は5人の願っているものはそれぞれ違っている。セシリアの意図は不明だったが、鈴と箒とシャルロットの3人は、一夏自身の安全を優先しているようにラウラには見えた。そのラウラはと言うと、

 

(すまない、鈴。私は、一夏が立ち直ってくれれば、それが一番いいと思っている)

 

 既に同じ志ではなかった。だからか、自身の敗北もさして気になってはいない。元々、楯無のISの情報を知らないというハンデも負っていたこともあるが、それだけでは軍人である彼女ならば誇りが許さないはず。それも敬愛するテレーゼの前での敗戦である。

 しかし、自分の戦いが、後の一夏のためとなると考えると、むしろ誇らしく思えていた。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 間もなく1回戦の最後の試合の時間だった。ピットにたどり着いた箒は、すぐさまIS“打鉄・紅葉”を展開する。3年以上の月日を共にしてきた相棒のコンディションはあまり良いものではない。もう既に束の手が加えられた部分はほとんど残っていなく、カスタム機と言ってもほとんどが訓練機の部品の流用であり、束に渡された初期状態よりも性能が落ちていた。だからと言って、負けるつもりで戦うつもりはない。

 アリーナへと飛び立つと既に対戦相手であるシャルロットが待ちかまえていた。彼女は箒を見て、不安げな顔をする。

 

「遅かったね。何かトラブルでもあった?」

「心配はいらんぞ。私も紅葉もいつも通りだ」

 

 虚勢を張って言い返す。嘘は言ってない。いつも通り、未熟な操縦者と、不完全なISなのだから……

 

「こうして1回戦で当たってしまったのも仕方があるまい。どちらが勝っても我々がやるべきことは変わらないのだ。シャルロット、わかっているな?」

「わかったよ。勝った方が一夏を止める。だから、お互いに全力を尽くそう」

 

 シャルロットの目つきが変わる。箒に負けず劣らずの鋭さを持った攻撃的な目だった。

 ――これでいい。

 シャルロットと箒は機体性能の差はほとんどなくとも、操縦者の技量は雲泥の差だ。そして、先ほどの試合で見せつけられた一夏の驚異的な試合。もう結論は出ている。だが、自分の意志を託すにしても、自分の意地を見せなくてはいけない。

 

 試合開始の合図。同時にシャルロットがショットガンを取り出し、発砲する。箒は4つの内の2つの盾を前面に展開し、シャルロットの先制射撃を防いだ。残りの2つは背後に展開しておく。すると、後方から爆風が襲ってきていた。

 

「相変わらずの手だな。それだけで私を落とせると思われては困る」

 

 シャルロットの基本戦術の一つ。ショットガンで盾を出させて目をつぶし、手榴弾を背後で爆発するよう調整して放り投げる。意識していない相手が後方からの攻撃に怯んだところを接近戦に持ち込んでシールドピアースのフィニッシュまで持って行くのが一連の流れ。

 だが、シャルロットの攻め手が一つのはずがない。続いて、左右からの爆風が箒を襲っていた。盾は間に合わず、爆発した破片が箒のISに打ち付けられる。

 

(落ち着け。紅葉のシールドバリアならば、この程度は余裕だ)

 

 攻撃を受けながらも箒は冷静に周りを見る。シャルロットが右側に回り込んでいた。彼女は両手にアサルトライフルを構えている。すぐに盾を回し、シャルロットの攻撃を防ぐ。そして、後ろには手榴弾が投げられていた。

 ここで、箒は勝負に出ることにした。今回のシャルロットの戦術はセシリアの戦術を真似たものだ。この調子で戦闘が続けば、敗北は必至である。箒が勝つには、接近戦に持ち込むしかないのだ。

 

(お前がセシリアの真似なら、私は――鈴の真似をしよう)

 

 箒の背後で手榴弾が爆発する。それを盾で防ぐことはせず、箒は前へと進む。爆風が背中を押し、疑似的にイグニッションブーストを使用した接近方法となった。シャルロットとの距離が急速に縮まり、箒は二刀を上段に構え、まだ銃を持っているシャルロットに向けて振り下ろした。

 だが、刀は急に現れたシャルロットの盾により防がれる。彼女のラピッドスイッチは常人のものと性質が違い、手に持たない状態でも呼び出すことができる。ISの“固有領域”内ならば量子変換した武器を取り出せるのだ。

 本来、固有領域はPICの影響範囲の事で、箒の盾や鈴の衝撃砲などの非固定浮遊部位の可動範囲のことを指す言葉だが、シャルロットのみ、武器取り出し可能範囲という定義が追加される。ライフルも近接ブレードも手で持たなければ意味を為さないが、盾ならば呼び出すだけで十分に壁となる。

 

 わかっていても、箒の攻撃より、シャルロットの盾の展開の方が速いため、箒の攻撃は届かない。PICの影響を受けているわけでもなく、手で持っているわけでもない、ただの板であるが、一時的にでも箒の攻撃が止められていることには変わらない。……少なくとも、箒にとってはそうだった。

 

 すかさずシャルロットの右足による回し蹴りが箒の右腕に当てられる。蹴りの一発で箒は両腕を刈られ、体勢が左に崩れた。対するシャルロットは左手の盾をパージし、そのまま箒の右わき腹へと当てる。

 

「ボクの勝ちだよ」

 

 3発連続でシールドピアースが発射される。箒の体が3回ほど大きく揺さぶられ、絶対防御が発動した。

 

『篠ノ之箒、シールドエネルギー0。勝者、シャルロット・デュノア』

 

 勝敗は決した。箒は武器を取り落とし、地面に膝を突いた。

 

「シャルロット。あとは任せた」

「箒……」

 

 シャルロットがゆっくりと近寄ってきたが、今の顔を見せたくはなかった。箒は武器を慌てて回収し、逃げるようにピットへと帰った。

 

 わかっていたことだ。自分にはISを扱う才能がない。これは必然だった。箒では一夏に勝つことは到底できないのだから、これでいい。悔しくないと言えば嘘になる。それでも、現実を認めるべきだと虚勢を張っていた。そんなときに――

 

「よっ、箒。惜しかったな」

 

 一夏がピットで出迎えていた。知らない間に、精神状態が回復していた一夏を見て、箒は何がしたかったのかがわからなくなる。

 

「どうしてお前は、そんな顔ができているのだ?」

 

 箒は問いかける。今の一夏は、今までの一夏とは別人のようだ。もしこれが“忘れる”ことによって現れた顔ならば、問答無用で斬りかかるところだ。一夏は箒の質問の意図を察したのか、右手で後頭部を掻きながらも、はっきりと答える。

 

「俺、やるべきことが見えたんだ。まだ曖昧なものと言われるかもしれないけどさ、自分のことを自分で決めないことだけは絶対にしないつもりだ。俺は『俺の代わりに皆が戦うこと』だけは絶対に認められない。いつも言っていた、護られるだけは嫌だ、って気持ちは今もある。でも、俺は弱いからさ……いや、誰だって、一人だと弱いからさ、皆で立ち上がりたかった。皆で皆の場所を護りたくなったんだ」

 

 一夏の答え。皆で皆の場所を護る。その理想が随分と高尚なものに見えて……『一夏の無事』のみを優先した箒の考えがひどく醜いものに思えてしまった。

 

「だからさ、箒。そんな顔するなよ。せっかくの美人が台無しだろ?」

 

 そういって一夏がハンカチを取り出したところで、やっと箒は自分が泣いていることに気づいた。受け取ってすぐに涙を拭う。

 

「お前はいつもハンカチを持ち歩いてるのか?」

「ああ。弾がしつこいんだよ。『ハンカチはいつも余分に持っておけ。必ず役に立つ』ってさ。事実、その通りだから困る。俺はいつも誰かを泣かせてばかりだからな」

 

 一夏が自虐的な笑みを浮かべる。その姿に対して、箒は笑ってやることにした。

 

「なんで笑うんだよ!?」

「一夏、お前が女を泣かせてるだけの男ならば、私たちは誰もお前の心配などせぬぞ? 私たちはお前に救われている。お前という存在に護られている。だから、お前は大切な存在なのだ」

「そう、なのかな?」

「ああ。だから胸を張れ。お前のしてきたこと全てが間違いだったなどとは誰にも言わせん。少なくとも私はお前を肯定する」

 

 自信なさげな一夏に対して力強く頷いてやる。すると、一夏は顔を引き締めた。

 

「ありがとう、箒。俺、やれるだけやってみる。一人じゃなく、皆でさ。もちろん、箒も一緒だからな」

「当然だ。では私は客席に移るとする。その……頑張れ、よ」

 

 箒は早足でピットから出ていく。その顔は試合直後の暗いものとは全く縁がなかった。

 

(私は、無力なんかじゃない。一夏と居ることで一夏の活力となるならば、十分だ。何より、私自身も一夏の理想を護りたい。その先に、姉さんと千冬さんが居てくれるはずだ)

 

 最後は希望的観測にすぎないことだ。しかしながら、絶望だけ見て何もしなければ、今の束と同じになってしまうと気づかされた。

 ――まだ抗える。

 箒一人の力ではダメでも、一夏たちとなら願いが叶えられるのでは、と箒はその先にある光を見つめていた。


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