IS - the end destination -   作:ジベた

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24 山田真耶

 ――一夏とラウラが帰ってきてから1週間が経過した。

 

 この日、1年1組の最後の授業は座学であったのもあり、終わる頃には疲労を隠そうとしない生徒で溢れかえっていた。

 覇気も活気もない雰囲気に包まれている教室。

 放課後になったというのに、すぐに動きだそうとする人間はほとんどいなかった。

 

 専用機持ちの“5人”を除いて……

 

「鈴! 今日は第4アリーナをとっておいたよ!」

「山田先生の都合もつけてきた」

「ありがとう、シャルロット、ラウラ。箒、セシリア、さっさと行くわよっ!」

 

 放課後になった瞬間に嵐のように5人は去っていく。教室中から彼女らに向けられる視線の大半は好意的なものではなかった。

 

「なんかあの5人、急に生き生きしてきてるよね。……織斑くんがいないのに」

「仲が良いにこしたことはないよ~」

 

 癒子は本音の傍に寄っていく。いつもノリがいい彼女だったが、今はクラスメイトへの不信感が顔に現れていた。

 

「むしろクラス代表が来なくなってからではありませんか? タイミングが一致しすぎていますね」

 

 本音の隣に座る瑞希がメガネの位置を直しながら話に加わってきた。普段は本音や癒子から話を振らないと喋らない彼女にしては珍しかった。

 

 それも仕方がないことなのかもしれない。

 

「おりむー、どうしたのかなぁ。もう一週間も学校に来てないよー」

「先生は怪我で入院したって言ってるけど、どこまでが本当なのか……」

「事情を知っていそうな人たちは、全員揃ってバカみたいに訓練し続けてますし。一体、何が起きているのでしょうか」

 

 織斑一夏の不在。それだけで、クラスの空気が変わってしまっていた。

 きっと全員が自覚している。

 彼が居るからこれまでIS学園でやってこれたのだと。

 彼が居るからIS学園(ここ)にいても安全なのだと1年1組の生徒は思っている。

 だから、今は不安で仕方がないのだ。

 

「よーしっ!」

 

 本音は唐突に立ち上がる。いつもののんびりとした動きではなく、きびきびとした動きだった。

 

「本音っ!? どうしたの?」

 

 本音らしからぬスピーディな動きと、何かの決意を持ったような握り拳を見た癒子は2つの意味で彼女に問う。本音は、にへらっと笑うと癒子の手を取った。

 

「私たちもー、特訓しよ~」

「えっ!? どうしてそうなるのよ!?」

 

 本音が癒子の腕を引っ張る。いつもより強引な本音に、癒子は戸惑わざるを得ない。

 渋る癒子だったが、今日はどうしたことか、本音が引き下がらなかった。そのことも戸惑いに拍車をかけている。

 

「いつまでも、おりむーに頼っていてはいけないと思うのです」

 

 本音は別に大きな声を出してはいない。だが、普段ののんびり口調と明らかに違う彼女の言葉は、教室中に通っていた。

 

「みんな、IS学園に残ってるのは何でかなー?」

「そ、それは……」

 

 癒子は黙らざるを得なかった。癒子なりの答えはあるはずなのに、今それを言える状況ではないのだろう。

 沈黙する教室の中、本音は話を続ける。

 

「ここは怖いところだよ。でもねー、みんな、ここに残ってる。やりたいこと。やらなきゃいけないこと。人それぞれで理由は違うかもだけど、逃げなかった。それは誰かを貶めるためじゃないよねー?」

 

 シーンと静まりかえっていた教室にガタガタと音がし始めた。一人、また一人と立ち上がっていく。

 

「ちょっと今から訓練機の使用を申請してくる!」

「あ、私のもお願い!」

「今は……まだ第1アリーナが空いてるわね」

 

 ぞろぞろと1年1組の女子たちが一斉に教室を出て行く。まだ戸惑っていた癒子はすぐ傍を通った相川清香を捕まえて問う。

 

「どうして、訓練なんて続けるの? 結局は専用機持ちじゃないと役に立たないじゃない!」

「癒子……本当にそう思ってるの?」

 

 癒子の質問は質問によって返された。答えられない癒子に対し、清香は静かな口調で話を続ける。

 

「私は最初、学歴にIS学園っていう箔をつけたくて入学してきた。多分、ほとんどの子がそうじゃないかなって思う。IS学園を卒業さえすれば将来は約束されてるって信じてた。でもさ、ただ卒業するだけじゃダメなんだよ。確かに私たちは専用機持ちの人たちと比べて、できることなんてないかもしれない。またテロ組織が攻めてきたら隠れることしかできない。それでいいの? 専用機のない私たちは戦わなくていい? 私は違うと思う。織斑くんたちは専用機があるから戦ってるんじゃない。皆が一緒にいるために戦ってるから、専用機を与えられてるんだよ」

「何でそんな悟ったようなことを言えるの!? 死んじゃうかもしれないのに、どうして戦おうとできるの!?」

「癒子はどう考えてるのかはわからないけど、IS操縦者って戦闘機のパイロットと同じなんだよ。どれだけお偉い様がスポーツだとか競技だとか言ったところで、私たちは兵器を扱わされてることに変わりないの。私はその意味を最近まで良く考えてなかった。今も答えなんて出てない。けど、織斑くんたちに全部押しつけるのはダメなんだってことだけは間違いない!」

 

 “頼る”という言葉は聞こえが良いかもしれない。癒子は自分たちよりも強い専用機持ちたちが戦ってくれているということに安心して、今もIS学園に残っている。彼らに頼っていた。それは“甘え”なのだろうか。

 

 癒子も清香と同じく、ただ学歴に箔がつくからというだけの理由で入学した。危険と隣り合わせである実態に気づきもせず、目先の利益に目が眩んだ親の教育の結果でもあるのだが、癒子も同じように考えてきていたのだ。

 

 今までこの学園に在籍していたのは学歴のためだっただろうか。

 テロ組織が襲ってくるような学園から逃げなかったのは何故なのだろうか。

 

(……そっか。私は、このクラスの皆と一緒に居たいんだ)

 

 まだ3ヶ月も過ぎていない。それでも、このクラスの居心地の良さはこれまでに感じたことのないものだった。

 癒子は清香の言っていることがわかった。

 このまま守られているだけでいいのかという問いかけ。答えはノーだった。

 

「ごめん。目が覚めた。本音、どうせもう訓練機も確保済みなんでしょ?」

「そうだよー。じゃあ、皆で行こっか~」

 

 他のクラスメイトたちに遅れて癒子たちも教室を出口をくぐる。するとそこで本音が教室に振り返った。

 

「みずきちは行かないの~?」

 

 教室内にはただ一人、本音の隣の席のメガネの少女が座って読書中だった。彼女は読んでいた本をパタッと閉じ、癒子たちの方を見る。

 

「あなたがたの理念は立派です。ですが、それはある種の洗脳のようなもの。そう思ってしまった私は、今しばらくは付き合えそうもありません」

 

 メガネの少女、南雲瑞希は本音たちの誘いをきっぱりと断り、再び手にしていた本を開く。癒子もついさっきまでは彼女と似た考えだったため、強く言えない。

 

「時間も無くなるし、早く行こ?」

 

 時計を見た清香が指摘したところで、本音たち3人は第1アリーナへと向かっていった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「どうでしょうか、五反田さん? わたくしのブルー・ティアーズは……」

 

 セシリアは第4アリーナのピットにいた。他の4人の専用機持ちは既にアリーナで山田先生のしごきを受けている中、この場に残り、日本の技術者である弾に自分の機体を見てもらっている。本来、国の機密の塊である第3世代型ISを他国の技術者に見せるなど御法度なのだが、今のセシリアは強くなるために手段を選んではいられなかった。

 

 福音戦で自分が気絶していた間に行われていた戦闘データは驚異的なものだった。

 自分たち代表候補生4人を短時間で全滅させた福音。

 その福音を一分ほどで撃墜した一夏。

 一夏の強さはその技量にあることはわかっている。だが、その裏で白式を造った技術者の存在を気にしないわけにはいかなかった。

 

 セシリアは確信している。

 白式は現行の第3世代型ISのスペックを大きく上回っている、と。

 

 本国の技術者たちには危機感がほとんどない。彼らが目指しているのは単一仕様能力の発現、ただ一点のみ。セシリアには、戦うための手段を得るのに頼れる技術者がいなかった。

 

 そんなセシリアの元に、弾の方から声をかけてきていたのだった。

 

「とりあえず驚かされた。君は一夏とは違った方向での化け物だな」

「な――! 女性に対して化け物とはどういうことですの!」

 

 ロン毛の技術者は顔の前で両手をあわせて「すまんすまん」と謝罪を口にする。

 

「俺なりの誉め言葉だから許してくれ。俺が注目しているのは君のハイパーセンサーの知覚範囲の広さだ。通常の狙撃特化型ハイパーセンサーよりも広範囲ってのは異常としか思えない。君にとってアリーナはとても狭く感じられるだろうな」

「そ、その通りですわ」

 

 セシリアが常日頃から思っていたことだった。アリーナの中に存在するものは、遮蔽物がない限り全て認識できていた。ISは元々宇宙用として開発されたのだから、自機の位置の把握のために必要である機能だと思っていたが、それは本来、意識下の話である。意識せずとも、全方位、長距離の情報がセシリアに届いていることは異常らしい。

 

「で、ざっと見たところ、この機体は君に合わせる気がないようにしか見えないね」

「どういうことですの? わたくしの専用機ですのに」

「このBTビットは全て独立したPICによって浮遊していて、使用者の思考を受け取って稼働する。その最大範囲が君に合ってない。まだまだいけるのにな」

 

 BTビットの射程の話である。セシリアの中では200~300mほどという感覚だった。しかし、弾はそれが限界ではないと語る。

 

「ついでに言うと、ハイパーセンサーもお粗末なものだ。今の知覚範囲もISコアの成長のみによるもので、技術者が全く手を着けてない。これじゃISコアの成長も遅くなるぞ」

「では、今のブルー・ティアーズは――」

「悪く言ってしまえば欠陥品だな。ま、実験機なんだろうから仕方ないっちゃ仕方ない」

 

 実験機だということは最初に本国からも伝えられている。しかし、それを理由に実戦向きでないISで戦わなければならない理由はなかった。

 

「五反田さん。お願いがあるのですが……わたくしの機体を亡国機業と戦える状態にしていただけませんか?」

「ああ。片手間で良ければ調整くらいしてやるよ。だがそれは本国を裏切る行為だってわかってるだろうな? 俺を巻き込むなよ?」

「あら? 初めにわたくしに声をかけてきたのはあなたの方ではありませんこと? 何に使う気か知りませんが、わたくしの射撃戦闘のデータを見に来たというのが本音でしょうに」

「さすがにバレてるか」

 

 弾はやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。

 

「俺も手段を選ぶ気がないからな。アイツのためにやれることは何でもやるつもりだ」

 

 危険な橋を渡ろうとしている割には、楽しそうな顔だった。それだけ一夏のことを大切に思ってるのだとセシリアにも伝わってきた。一夏もいい友人を持っている。そう思うと、少し気が楽になった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 ――第4アリーナ。ここでは4人の専用機持ちがたった1機のISを取り囲んでいた。しかし、取り囲んでいる4人の息が上がっていて、中央の人物は涼しい顔をしている。

 中央に立つ機体はラファール・リヴァイブ。訓練機としてIS学園に置いてあるISで、尖った戦闘力は無い機体である。そして、搭乗者はメガネをかけた担任教師、山田真耶だった。

 

「皆さん。この1週間でかなり上達してきましたね」

 

 周りの4人の生徒に微笑みかける真耶だったが、今の箒たちには嫌みにしか聞こえなかった。

 

「これでは、足りないのです!」

 

 箒は気合いを入れ直して、二刀を構える。箒は真耶の本気を知っている。その実力が今のリヴァイブでは半分も発揮されていないことも知っている。相手がヴァルキリーの一人とはいえ、専用機でない真耶を4人がかりでも倒せなければ、亡国機業と戦うことなど夢のまた夢である。

 

「はぁあああ!」

 

 腹の底から声を出し、前に突撃する。箒の動きに呼応した反対側の鈴も同じく接近を始める。

 

 真耶はすぐに回避行動に移らず、そのままの位置で停止していた。彼女の右手には近接ブレード、左手にはアサルトライフルが握られている。

 アサルトライフルが鈴の方を向き、ためらい無く引き金が引かれ、鈴は不可視の籠手で防ぐ。

 その一瞬のタイミングのずれ。

 先に箒が真耶に斬りかかる形となり、左右から挟み込むように力任せに振った箒の刀は容易くいなされた。すれ違いざまに箒の背中が蹴りつけられ、箒は鈴と正面から衝突する。

 

 この一週間、何回も繰り返されてきたことだった。その度に戦闘技術だけで世代差も戦力差もひっくり返せることを思い知らされてきた。

 

 ――しかし、今回こそは倒す気でかかる。どれだけ卑怯でも、やれること全てをつぎ込んで勝つつもりだった。

 

 箒は全力で“鈴”を攻撃した。

 

「いっくわよーっ!」

 

 火輪咆哮。ダメージの衝撃を任意方向のベクトルに変換する単一仕様能力。それは敵の攻撃だけで発動させる必要はない。味方の攻撃でも使えないことはないのだ。鈴は箒とは真逆の方向へと飛んでいく。当然、その先には蹴りの硬直が残る真耶がいる。

 鈴の右手の龍咆が口を開く。その咆哮はリヴァイブで受けられる代物ではない。しかし、真耶は蹴った後の体勢からイグニッションブーストを使用して大きく左へと回避し、龍咆が地面に大穴を開ける。鈴の口からは舌打ちが漏れた。

 

 だが、これは想定内だ。真耶が飛んだ先には、手榴弾が撒かれていた。

 

 広範囲にわたる金属片に対し、真耶は盾でカバーせざるを得なかった。その間にも、煙幕の中をオレンジ色の機体が駆ける。煙を抜けて現れたシャルロットの左手にあるはずの盾はそこになく、リボルバー状に並んだ杭が剥き出しになっていた。

 

「させませんよ!」

 

 シャルロットの接近に対し、射撃で牽制をする真耶。しかし、銃弾は全て、唐突に現れた盾により防がれる。シャルロットは一発も被弾することなく真耶に接近することに成功した。その距離はシャルロットの必殺の間合い――渾身の左ストレートを繰り出す。

 

 だが、この間合いは真耶の得意な距離。アサルトライフルを捨てた真耶は、空いた左手でシャルロットの左腕を掴んでいた。シャルロットは攻撃の勢いを一切殺されることなく、回転しながら地面へと投げ飛ばされる。

 

「うあっ!」

 

 シャルロットが地面に墜落する。この作戦において、彼女の役割はここまでだ。真耶に余裕を与えないための、次の攻撃は始まっている。

 

「どりゃあああ!」

 

 真耶の直上に両腕の龍咆を構えた鈴がいた。装甲部分は、先ほどよりも大きく損傷をしている。それもそのはず。シャルロットが手榴弾で攻撃したのは真耶だけではなかった。鈴は手榴弾のダメージを利用して、再び真耶にガード不能の龍咆の準備を整えていたのだ。真耶は再び距離を取ろうとする。

 そこへ箒がそこに一刀を振りかぶって斬りかかった。今度は突撃でないため、鈴と衝突させられることはない。

 対する真耶は箒に向かってイグニッションブーストで接近してきた。真耶の剣と箒の刀がぶつかり合い、鍔迫り合いとなる。推進力を利用されることを恐れた箒はいとも簡単に押され、真耶の脱出を許してしまい、鈴の攻撃は空振ってしまった。

 

「ラウラっ!」

 

 箒は今まで戦闘に参加していなかった少女の名を叫ぶ。ラウラは箒の真後ろにいた。正確には、箒がラウラの居る方へと誘導していたのだ。

 

 ラウラが箒と真耶に向けて右手をかざす。

 

「停止結界!」

 

 鍔迫り合っていた状態のまま箒と真耶はAICに捕らえられた。ラウラがレールカノンを真耶に照準する。これでチェックメイト。

 

 ……しばらく同じ体勢のままだったが、真耶が口を開いたことで動き出す。

 

「合格ですね。4人がかりとはいえ私に勝てるのなら、そろそろ次のステップにいきましょうか」

 

 合格という言葉と共にAICが解かれる。真耶が手に持っていた武装を拡張領域に戻したのを見てから、箒もそれにならって刀を仕舞う。ちなみに先ほどの戦闘の最中、鈴と衝突した際に落としてしまった方の刀を拾っておくのも忘れない。

 

「遅くなって申し訳ありませんわ」

 

 全員が武装を解除した後になって、セシリアが現れた。全員が彼女の元に集まったところで、箒は早速、彼女の方の話を聞くことにした。

 

「結局、ブルー・ティアーズはどうなるのだ?」

「はい。もうアリーナでの競技は考えないことにしました」

「つまり、遠距離に特化するわけだな」

 

 セシリアの返答から、ラウラが先を推測して納得する。元々、セシリアの戦闘スタイルが中距離向きではないと言い出したのはラウラだった。彼女がそんなことを言い出した理由は箒も察しがついている。VTシステム発動前の福音戦でセシリアが見せた狙撃は、軍人の彼女から見ても称賛に値する腕だったのだろう。

 

 他にも理由がある。これから、この5人で亡国機業と戦っていくわけだが、チームとしての構成が近距離に寄り過ぎだった。シャルロットとラウラは中距離戦闘もこなせるとはいえ、福音の時のように常に遠距離に居られては手数がほとんど無くなってしまう。その隙間を埋めるのにセシリアが最適だと判断したわけだ。

 

「で、具体的には? スターダスト・シューターの出力調整とハイパーセンサーの交換だと思うのだが」

「それがですね。どうやらBTビットの射程も伸ばせそうなのです」

「はぁ!? じゃあ、なんで今までやってなかったのよ!」

「それはわたくしにはわかりません。本国の技術者に訊くわけにもいきませんし」

 

 勝手に他国の技術者に専用機を見せたことで発覚したことだ。当然言うわけにはいかない。だがセシリアのことだ。それよりも、もしBTビットの射程を伸ばせる要因が弾の技術力によるものだとしたら、本国側のプライドを傷つけるとも考えているのかもしれない。

 

「皆さん。とりあえず、ピットに戻りましょうか。五反田くんも一緒に話した方がスムーズにいくでしょう?」

「そうですね。では戻りましょう」

 

 真耶のみ逆方向のピットへと向かい、シャルロットの先導で箒たちは弾の残るピットに戻った。

 

 

***

 

 

「やあ」

 

 箒が会いたくない人がそこにいた。あと3週間先だと油断していた自分を恥じ、箒はため息をつきながら頭を抱えた。ちなみに弾の姿はない。箒は弾もこの人を苦手そうにしていたのを知っていたため、逃げたのだと想像がついた。

 

「箒ちゃん、意外とひどいわねぇ。それが久しぶりに会った先輩に対する態度ぉ?」

「あなたでなければ違う態度をとりますよ、楯無さん」

「あれ? この人って箒の知り合い?」

 

 鈴が指を指しながら箒に問う。

 何故かピットで待ち受けていた人物は更識楯無。昨年度の2月頃からずっとロシアに居たため、今の1年生は顔も知らないだろうが、このIS学園の生徒会長だ。鈴が知らないのも無理はない。

 

「これはこれは。更識生徒会長ですわね。初めまして。わたくしはセシリア・オルコットと申します」

「あ、ご丁寧にどうも~。知ってるみたいだけど更識楯無よ。堅いのは好みじゃないから、楯無さんって呼んでね? 敬意を込めて、たっちゃんでも可」

 

 セシリアが制服のスカートを摘みながらお辞儀をすると楯無も同じ動作を短いスカートで再現する。

 それにしても、さすがはセシリアといったところ。IS学園の現生徒会長のことは既に調査済みというわけだった。今のは自己紹介を兼ねた、鈴たちへの説明だったのだろう。“生徒会長”と聞いて鈴の目の色が変わる。

 

「アンタが……?」

「怖い目しないでよ~。別に喧嘩するわけじゃないんだからさー」

 

 敵意を見せた鈴に対しても楯無はニコニコと応対する。だが箒は知っている。この人は心から笑うことなど滅多にないということを。そして、何の用もなく姿を見せるわけがないことを……

 

「ところで……織斑くんはここにも来てないんだね」

 

 案の定、楯無は火種を持ち込んできた。鈴どころか、一番温厚なシャルロットでさえ、楯無を見る目に鋭さが混じる。ここは箒が間に入って穏便に済ませたいところだった。

 

「楯無さん。一夏は現在休養中ですのでしばらくは学園内でも会えませんよ」

「あ、そうなの? どんな子か見ておきたかったんだけどなぁ」

 

 白々しいにも程がある。轡木との繋がりがあることもあり、楯無自身の情報網に、一夏の状態が引っかからないわけがない。

 であるからして、こうしてここに来た目的は一夏にあるはずなどない。だから箒は単刀直入に訊く。

 

「何をしに来たのですか?」

 

 箒がジト目で楯無を見るも、彼女は「何のこと?」と言わんばかりに首を傾げるだけだった。

 

「とぼけないでください! あなたが何の理由もなくアリーナに現れる理由があるわけ無いじゃないですか!」

「じゃあ、箒ちゃんに会いたかったからってことで!」

 

 ――その瞬間に壁から鈍い音がした。

 

 全員が目を向けた先には、壁を殴りつけた体勢で止まっている鈴が居た。

 

「ああ、もう! 鬱陶しいっ! 面倒くさいやりとりは要らないわっ!」

 

 皆が見守る中、鈴は大股で楯無の前へと歩いていく。対する楯無はただ不敵な笑みを浮かべているだけ……

 楯無の前まで来た鈴は、彼女の顔を指さして宣言する。

 

「今度の大会。アンタはあたしが倒すっ! 一夏の出る幕なんて無いんだから!」

 

 鈴の宣戦布告。直後、楯無は笑みを消して「ふむふむ」と頷く。そして、どこからか扇子を取り出して、顔の前で広げて見せた。扇子には達筆な文字で『破顔一笑』と書かれている。

 

「受けて立ちましょう。中国代表候補生、凰鈴音。あなたみたいな子がいないと、私が帰ってきた価値が無いわよね。そう思わない? 箒ちゃん」

 

 やっとわかった。楯無がここに現れた理由は、箒たちのことを見に来たのだと。つまり、楯無は既に一夏を対戦相手と見なしていないのだ。一夏の強さを認めてもらえないと思うと箒としては少し複雑な気持ちになるのだが、箒たちが目指すものを考えれば今の状態でもいい。

 

 楯無に問われた箒は、鈴に続くことにした。

 

「鈴だけじゃありませんよ。ここに居る5人全員があなたを倒しにかかります。3週間後を楽しみにしていてください」

 

 箒が言い終えると、セシリア、シャルロット、ラウラの3人が同時に頷いた。その様子を見た楯無は、

 

「んふ。本当に楽しみにしてるわ」

 

 実に楽しそうな顔をしていた。この6人の話している姿は、実に良くある学園の風景の一つだろう。

 

 

 ――だが、ここIS学園は普通の学園ではない。正確には、普通の学園ではなくなった。

 

 

 何気ない日常は一瞬で砕け散る。

 ある時は、アリーナの障壁を貫く荷電粒子砲だった。

 また、ある時は第3世代型ISの侵入だった。

 

 そしてそれはまた別の形でやってくる……

 

 

「お嬢様っ! 大変です!」

(うつほ)ちゃん、学園ではお嬢様はやめてって何度言えば――」

 

 息を切らしながらピットに駆け込んできたのは、メガネに三つ編みの、いかにも知的そうな女子だった。箒も過去に何度か顔を合わせたことがあるが、彼女の名前は布仏虚。更識の家の使用人ということは聞いている。

 

 楯無が途中で言葉を失った理由も箒にはなんとなくわかった。布仏虚という人物は、外見のイメージ通り堅物であり、落ち着き方は歳不相応なものだった。そんな彼女が声を荒げるなど、一度も耳にしたことなどなかった。

 

 このタイミングで全員のISに一斉に通信が入る。

 

『こちらは山田真耶だ。学園内の全ての専用機持ちに告ぐ。現在、IS学園内で訓練機、約50機が一斉に暴走を始めた。既にアリーナの外に出て破壊活動を始めている機体もあり、事態は急を要する。一般生徒の安全を第一とし、全ての訓練機の無力化を開始せよ』

 

 一方的に突きつけられた内容は、あまりにも唐突で、信じられないものだった。だが、山田真耶の口調から、彼女が専用機を展開したことは間違いない。山田真耶は表向き、専用機を手放したことになっている。それでいてもなお、専用機を展開したということは、今が緊急事態であることの何よりの証拠だった。

 

「どういう……こと?」

「訓練機ってことは、乗ってるのは生徒の誰かってこと!?」

 

 シャルロットと鈴は事態が飲み込めず、混乱している。箒だってそうだ。そして楯無も――

 

「本音ちゃんが……それに乗ってるって言うの……?」

 

 彼女らしくなく、動揺していた。虚がパニックを起こしていた理由も同じ。暴走した訓練機に、虚の妹であり、箒たちの同級生である布仏本音が乗っていることが発覚したからだった。

 

 全員、突然のことで何からすればいいのかわからなかった。ラウラですら、ISの展開をしたはいいものの、すぐに行動に移れないでいる。

 

 そこに“男”が現れた。男性にしては長い髪で、白衣を羽織った弾が姿を見せていた。

 

「状況は大体把握した。オルコット。君は一度外に出て、暴走している全ての訓練機の座標データを収集次第、すぐに専用機持ち全員に送ってくれ」

「は、はい!」

 

 弾の指示によりすぐにセシリアが外へと飛び出していく。彼女が出て行く姿を見送ることもなく、弾は話を続ける。

 

「残りはバラバラに散って、一般生徒の安全を確保しに行ってくれ。避難場所はここ、第4アリーナとする。今回の異常の原因が特定できていないため、教員部隊も専用機持ちしか出撃できない。生徒の命は君たちの働きにかかっている!」

 

 生徒の命。その単語が飛びだした瞬間にラウラは外へと飛びたっていった。鈴とシャルロットも続いて出ていく。

 

「五反田くん。本音ちゃんの居場所はわかる?」

「専用機でないですから、オルコットの情報が来ても彼女一人を特定する手段はありません。それよりも他に、あなたにはやるべきことがあります」

「そう……よね」

 

 力ない声で楯無も出撃していった。自分も行かねばと、箒は紅葉を展開する。だが、そこに「待て、箒」と制止の声がかけられた。

 

「どうしたのだ、弾?」

「お前にだけは言っておくが、この騒動の狙いは間違いなく一夏だ。暴走した訓練機の一部は確実に一夏の部屋を襲う。お前は一夏の元へ向かってくれ」

 

 ここで箒はやっと冷静になる。混乱した頭では、この騒動が起きた理由にまで頭がいかなかった。きっとそれはこの場にいた皆がそうだった。こんなことをしでかす連中など心当たりは一つしかないというのにだ。

 

「亡国機業か!?」

「そうだ。前回の福音と違い、外部からの侵入は無かった。間違いなく内部にいるスパイの仕業だな。今、トロポスに攻められればひとたまりもない。敵もそれくらいはわかっている。だから一夏の安全を確保した後、オルコットと合流して速やかに敵のスパイを叩いてくれ」

「わかった」

 

 箒は全速力でアリーナから飛び出す。行き先は学生寮。後手に回ってしまっている現状をなんとかひっくり返さねばならなかった。


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