IS - the end destination -   作:ジベた

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22 シュヴァルツェ・ハーゼ

 ――日本時間の深夜4時頃。ドイツ某所。

 

 そこは広大な工場だった。製造ラインを多くの機械部品が流れていく。見た目はただの部品工場。しかし、ベルトコンベアの最終的な行き先は段ボール箱ではなかった。地上で造られた部品はそのまま地下へと送られ、表ではできない続きの作業を行っている。

 

「ネズミは捕らえたか!?」

「ああ。まさか2匹も紛れ込んでやがったとはな」

 

 銃で武装した男たちが縛り上げた女性を2人、地面に転がす。2人とも意識が飛んでいるようで乱暴な扱いを受けても声一つ上げない。

 

「君たち。今の世の中、女性は貴重な資源だよ。もっと丁重に扱いたまえ」

「はっ! 失礼しました!」

 

 武装した男たちは一人の青年が現れることで、姿勢を正す。年上の男たちが20代半ばの若輩者に必要以上に畏まっている姿を見て、青年はクスクスと笑う。

 

「ごめんよ。いつもの冗談だ。女性は生きてさえいればどうとでもなる」

 

 青年はメガネの位置を直しながら残虐な笑みを浮かべた。そのままの顔で質問を重ねる。

 

「この基地には“VAIS(ヴァイス)”が余っていたよね?」

「“ファルクス”のみですが……まさかコイツらを核に使うおつもりで?」

 

 部下の男が倒れている女性を指さす。青年は顎をさすりながら、やはり(わら)った。

 

「適性は申し分ない。わざわざドイツがかき集めた人材だろうしね。君たちはコレらをネズミと呼んでいたが正確にはウサギだよ。黒ーいウサギさんさ」

 

 青年は女性の内、短髪の方を指さした。

 

「ソレはファルクスに乗せちゃって。3時間もすればVAISとして機能するかな。ファルクスの指揮権は君にも分けておく」

「もう片方はどうされます?」

「日本に連れてくよ。海中研究所の防衛用VAISを造ったはいいけど、肝心の中身が無くてさ。ちょうど良かったよ」

 

 青年が指示するとおりに男たちは女性を運んでいった。

 

「ついでだし僕も直接日本に赴くとしようか。疑似コア搭載トロポスの実戦もこの目で見ておきたいし、何より――」

 

 青年は低い高度にある赤く染まった満月を見上げた。青年の狂気を鏡に映したかのような色だった。

 

「そろそろ束を引っ張り出したいからね」

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「失礼します」

 

 未知の原理で壁が開き、薄暗い地下司令室に一人の女子が入室した。

 

「来たね、楯無くん。真耶くんの送った報告書には目を通してもらえたかね?」

 

 出迎えたのは地下の主と言っても過言ではない男、轡木十蔵だ。普段温厚な轡木であるが、ストレスが溜まっているのか、髪に白髪が増えて、やつれているようにも見える。

 

「はい。アメリカの強奪された第3世代型IS“銀の福音”を単機で撃破。それもほぼ無傷でとは驚愕に値します。十蔵さんの言うとおり、末恐ろしい少年ですね」

 

 手にしたファイルをパラパラめくりながら、楽しげに話す女子の名は更識楯無。このIS学園の生徒会長であり、ロシアの国家代表でもある、現在の生徒の中で最強と言ってもいい存在である。

 

「それにしても十蔵さんは人が悪い。来月のトーナメント戦は私と織斑一夏を戦わせるためだけにセッティングしたんですよね?」

 

 表情を変えずに楯無は轡木に問う。轡木は「ハハハ」と笑って誤魔化していた。

 

「別に構いません。ただし、私は踏み台になるつもりはありませんとだけは言っておきます」

「当然だよ。楯無くんには踏み台でなく“壁”でいてもらわねば意味がないからね」

 

 楯無はすぐに出口へと向かう。今は、ロシアから帰国した挨拶だけのつもりだったからだ。

 今回の帰国理由はロシア側には“ISを使える男子”の調査と伝えてあり、一ヶ月後の大会までは滞在できる予定だ。

 

「じゃあ早速、見せてもらおうかな? ISを使える唯一の男子の実力というものを」

「実はだな、楯無くん」

 

 楯無が独り言を呟くと、轡木が罰の悪そうな顔で声をかけてきた。

 

「今、一夏くんはドイツに向かっている。帰ってくるのは早くても明後日だよ」

「えっ?」

 

 予想外の言葉に楯無は固まってしまった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「今日は連絡事項があります。突発的に決まったため、日程はまだ具体的に決まっていませんが、大体一ヶ月後に専用機持ち限定のトーナメント戦が行われる予定です」

 

 朝のHR。昨晩に一夏から聞いていた試合の概要を、担任の山田先生が壇上で話していた。

 

「うちのクラスは、織斑くん、篠ノ之さん、オルコットさん、凰さん、デュノアさん、ボーデヴィッヒさんの6人が出ることになると思います。候補生といっても国の名前を背負っています。そのことを自覚して、ギリギリまで自分の実力を磨いておいてください」

 

 山田先生の挙げた6人はIS学園1年生の専用機持ち全員である。つまり、専用機持ちはこのクラスに集中していた。それは全て、“世界で唯一ISを使える男子”の存在のために仕組まれたことだということは容易に想像がついた。

 

 シャルロットは隣の空席をちらりと見る。本来そこにいるはずの“男子”は何故か来ていない。シャルロットにはその原因に心当たりがあった。朝目覚めたときに、同室のラウラがいなかったのだ。昨日のように一夏の部屋にでも忍び込んでいるのかと思っていたが、自分より起きるのが遅いはずの一夏も部屋にいなかった。

 

 2人でどこかに行った。そう結論づけたシャルロットに怒りに似た感情が沸き上がる。

 

(“わたし”の……居場所は……?)

 

 同時に悲しくもなってきていた。何も言われずにいなくなられては折角見つけた居場所が無くなってしまう。

 

 

 空白の席を見つめていたら、山田先生が「以上です」と告げて退室する。それでピンと来た。今日、一夏とラウラがいないことには先生も関係している。だから、欠席者について生徒の誰にも聞かなかった。シャルロットはすぐに廊下に出た山田先生の後を追った。

 

「山田先生。一夏さんとラウラさんはどちらへ行きましたの?」

 

 先にセシリアが山田先生に訊いていた。後ろには箒と鈴もついてきている。

 

「病欠だと連絡をもらっていますよ」

 

 明らかな嘘だ。そもそもラウラと同室であるシャルがすべき連絡のはずである。だからきっと先生は、矛盾を突かせようとしている。

 

「部屋にいないのに病欠? 揃って緊急入院でもしてるの? そんなわけないじゃない!」

 

 鈴が先生に対して吠える。まっすぐな彼女の言葉を受け、山田先生がニヤリと笑む。

 

「そういえばボーデヴィッヒさんはデュノアさんと同じ部屋でしたね。私はやっぱり嘘を言うのが苦手のようです」

 

 このやりとりは茶番。山田先生は追ってきた4人に全て話すつもりだったのだと感じた。

 

「ただし、あなたたちを巻き込むかは、一ヶ月後の試合までに私が判断します。その時まで、授業をちゃんと受けてくださいね」

 

 優しい口調で山田先生は言っていたが、この場にいる全員が感じ取っていた。

 山田先生が……ヴァルキリーの一人が、力を示せと言ってきたということを。

 今の自分たちには踏み込む資格が無いと断言していることを。

 

 

***

 

 

 山田先生の言うとおり、授業のためにグラウンドに出た。

 

「でも、どうしてラウラだけ一夏と一緒なのよ!」

「鈴さん、落ち着いてください。ラウラさんは軍人で、わたくしたちと少々立場が異なっているのです」

 

 先ほどの山田先生の物言いが気にくわなかった鈴が文句を言っている。正直、シャルロットも同感だったりするのだが、セシリアの言うこともわかっているため何も言えない。

 

「立場で思い出した! ちょっと箒! アンタは何か聞いてないの?」

「もし聞いていたら、私も一夏たちと同じように欠席だろうな」

「そ、それもそうね」

 

 昨晩にセシリアが言っていた轡木学園長の存在。シャルロットはその時に学園長と箒が昔からの知人であると教えられていた。その箒にも情報が伝わっていない。鈴が問いただすのに対し、箒は涼やかに返していたが、彼女の心中は穏やかではないだろう。

 

「なになに? 何の話ー?」

「ちょっと、本音! なんか難しい顔してるから下手に関わるなって!」

谷本(たにもと)さん。その態度はクラス代表が目指す団結を損ねるものと思われます」

瑞希(みずき)。触らぬ神に祟りなしって知ってる?」

 

 専用機持ちだけで話をしているところに3人の女子が割って入ってきた。正確には割って入ったのは1人なのだが、どちらにしろ普段はあまり見られない光景だ。

 

 最初に話しかけてきた女子が布仏(のほとけ)本音。一夏のことを“おりむー”と呼び、彼も“のほほんさん”とあだ名で呼んでいる天然そうな少女だ。見た目は完全に子供であるが、実はラウラよりも少しだけ背が高い。寮では露出の少ない服(というよりも着ぐるみ)を着ているために目立たないがスタイルもいい。

 本音を止めようとしている女子が谷本癒子(ゆこ)。いつも本音と一緒にいるおさげが似合う少女だ。

 その癒子に小言を告げながらメガネの位置を直している、ツインテールの女子が南雲(なぐも)瑞希。普段は一人で行動していることが多く、教室でも最後尾で一人で頬杖をついているが、偶に本音に連れられる形で行動を共にしている。

 

「物事に関わらなければ禍を招くことはない、ですか。浅はかです。自分さえ良ければそれでいいという自己中心的な考え方を肯定するためのものでしかない。あなたはクラスの仲間が禍の渦中にいても何もしない薄情な人間なのですね」

「いや、別にそこまで言ってないし……曲解しすぎじゃない? ってか今のアンタの言い様の方がヒドいっしょ!?」

 

 2人が言い争いをしていることを全く気にもせず、本音はセシリアに顔を向けていた。

 

「“せっしー”が“やまや先生”に訊いてたのって“おりむー”のことだよねー? 今日はどうしていないの?」

「山田先生は病欠だとおっしゃってましたわ」

「そうなんだぁ。後でお見舞いに行こーっと」

 

 セシリアはさらっと事実に反することを言ってのけた。嘘をついていないところが流石である。

 いつの間にか周りに集まっていた他の女子たちからも「織斑くん、風邪なんだって」とか「看病しに行かなきゃ!」などという声が上がっていた。

 

 シャルロットはセシリアの耳に顔を寄せ、小声で確認する。

 

「いいの? あんなこと言っちゃってさ。一夏が部屋にもいないことなんてすぐにバレると思うよ」

「問題があったとしても、お粗末な情報統制をしている学園側の責任ですわ。わたくしたちが気にすることではありません。それに、一夏さんはこのクラスの心の支えにもなっているようです。わたくしが止められるはずがないではありませんか」

 

 それもそうかと頷く。既に2度も亡国機業に襲撃を受けているが、学園側の対応は『外部に漏らすな』の一点張り。生徒たちは不安で仕方がない。こんな危険が伴う場所に居られないと学園を飛び出してもおかしくない。事実、1年生の何人かは自主退学をしている。

 しかし、2度の襲撃を退けた“男子”がいる。彼がいる限りは大丈夫だ。そう思わせるだけの何かが一夏にはあった。内容は違えど、シャルロットも一夏の存在に支えられている一人である。クラスメイトが一夏を心配する気持ちが痛いほどわかる。

 

「せっしー、もう一つ訊きたいんだけどいいかな~?」

「構いませんわ」

「最近、訓練機の調子がおかしいんだけど、何か知ってる?」

 

 本音が普段見せない真面目な顔をしていた。訓練機と聞いてシャルは話に入ることにした。

 

「訓練機ってリヴァイブ?」

「うん。というよりも打鉄も含めて全部かな」

「おかしいってどんな感じで?」

「うまく言えないんだけど、いつもより動けちゃう感じ」

 

 それは本音のスキルが向上したからなのではないだろうか。しかし上達と無関係にということなら妙なことではある。

 

「別に悪いもんじゃなければそれでいいんじゃないの?」

「そう、だよね。ごめんね、変なこと言って」

 

 鈴の一言で本音は首を傾げながらも無理矢理納得しようとしていた。「それじゃーね、りんりん」と言って本音たちが離れていくのに対し「りんりんって呼ぶなぁ!」と鈴が激昂する。頭が沸騰している鈴をなだめていると、校舎から山田先生が歩いてくる姿が見えた。

 

「箒さん。今の話はどう思われます?」

 

 間もなく授業開始であることにも構わず、ここまで口数が少ない箒にセシリアが話を振る。IS開発者の妹であり、この中で最もISに関わっている時間が長い箒ならば何かを知っているかもしれない。

 

「普通ならば、訓練によりIS適性が向上したと考えるところだ。だが、IS適性は本人が自覚しない内に上がっているもので、違和感を感じることなど聞いたことがない」

「じゃあ何か問題でもあるの?」

「わからない。訓練機は専用機と違って操縦者から離れる度にコアのデータが初期化されるからIS側の問題ではないとは思うのだが、今のISは姉さんから見てもブラックボックスになってしまっている部分があるからな……」

 

 結局、何もわからないということだった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 目が覚める。けれど視界は真っ暗だ。何かが目を覆っている。邪魔だからどかそうとするも……

 あれ? 体が動かない。って俺、両手両足が縛られてる!?

 

「起きたか、一夏」

 

 誘拐されたかと本気で焦った俺は陸に打ち上げられた魚のようにビチビチと跳ねていたが、敵が関わっている心配はかけられた声によって消失したため大人しくする。

 

「これは何の真似だ、ラウラ?」

 

 多少……いや、かなり怒気を含ませて問いかける。なぜ俺が縛り上げられなきゃいかんのだ。

 

「我がシュヴァルツェ・ハーゼで問題が発生した。それで一夏、貴様の力を借りたい」

「質問と返答が噛み合ってないぞ、ラウラ。俺はどうして縛られているのかと訊いているんだ」

「最初からそう言え」

 

 声だけでしか判別できないが、ラウラは俺が悪いとでも言いたげな返事しか返さない。

 しかしツッコミを入れるだけの気力も出ないから、おとなしく彼女が話す内容に耳を傾けよう。

 

「輸送機に乗るまで、説明する時間も惜しかったから薬を嗅がせて縛り上げて運んだ」

「俺に人権は!?」

「学園長の許可はでているから問題ない」

 

 よりによって轡木さんのGOサインまで出ていた。それにしても輸送機ってことは、今どこかに向かってるのか。さっきシュヴァルツェ・ハーゼって――

 

「って、ドイツに向かってんの!?」

「ああ。もう少しで到着する」

 

 どうやら色々と手遅れらしい。観念したし、今の状態から解放されたいからこの拘束をどうにかしてもらうか。

 

「じゃ、解いてくれないか? もう暴れても無駄だろうから。あと、説明もよろしく」

 

 やっと解放される。俺はどことなく不安定な鉄の箱の中に居ることを認識する。操縦者は別に居るみたいだが、側には軍服姿のラウラが居るだけであった。

 ちなみに俺は完全にパジャマ姿だった。ま、着替えさせられていても反応に困るのだが、ドイツまでこの格好で行くことには抵抗があるぞ?

 

「それでは早速、本作戦についての説明を開始する」

「待て」

 

 俺はラウラが説明を始めるのを制する。説明しろと言ったのは貴様だろうと言いたげな顔をしているが、順番を間違えるな。

 

「いきなり作戦と言われても困る。まずは何が起きているのかを具体的に言え」

「詳細は言えないが、簡単に言えば、亡国機業の拠点の一つを発見したのだ」

 

 俺の顔色は急変する。“敵”絡みのことならば、確かに轡木さんが許可を出すだろうな。そして俺も説明されればついて行くに決まってる。ラウラの行動はある意味で正解……なのか?

 そういえば説明する時間が惜しいって言ってた。つまり、これは緊急事態……

 

「既に我が部隊の工作員が潜入しているのだが、日本時間の02:00を境に定時連絡が途絶えた。救出を試みたいところだが、我が部隊が保有している3機のISの内、戦闘に使用できるものは副隊長であるクラリッサのシュヴァルツェア・ツヴァイクと私のシュヴァルツェア・レーゲンのみ。鹵獲したトロポスはあるにはあるが、亡国機業との戦闘では戦力不足感が否めない」

「それでラウラがドイツに戻ることはわかったけど、なぜ俺が呼ばれるんだ? 山田先生とか生徒会長とか俺より強い人がいるんじゃないのか?」

 

 その2人が無理だったとしても、戦うのなら数を揃えた方がいいに決まってる。俺の白式はトップクラスの攻撃力を持っているが、攻撃範囲は雪片の届く距離という狭いものだ。トロポスの軍勢との戦闘では俺よりもセシリアたちの方が活躍できるだろうに……俺だけという理由が見あたらない。

 

「山田真耶はIS学園防衛の要だぞ? 離れられるわけがない。生徒会長とやらは……知らん。探す時間が惜しかった」

「シャルは? 同じ部屋だし、俺を連れ出すよりも時間がかからなかったんじゃないのか?」

「そうだな。手伝ってもらえると良かったかもな。だがな、一夏。私はお前を連れていくのも、本当は心苦しいのだ」

 

 連れ去った人間の言うことじゃねえ。

 しかし、ラウラが嘘を言うはずがない。巻き込みたくないというのが本心であるにもかかわらず俺を連れてくる。ということは――

 

「敵に、福音クラスの奴がいるっていうのか?」

 

 俺の予想に対し、ラウラが首肯する。

 単なるザコトロポスの集団ではないということだった。

 

「ドイツの代表……ブリュンヒルデは?」

「どこにいるかはわからない上に、連絡がつかない。テレーゼは特異体質で生活周期が常人と違うから24時間以上眠り続けることもある。おそらくこの作戦に間に合わない」

 

 ラウラの最終判断は俺に託すことになったわけだ。ならばやるしかない。

 

「作戦の概要は?」

「ああ」

 

 俺が話を戻すと、ラウラが壁にどこぞの建物の地図を表示する。見た印象は工場であった。2つ分の進行ルートが記入してある。

 

「作戦自体は極めてシンプルなものだ。私と一夏の2人で上空から襲撃をかけ、混乱の隙にクラリッサが率いる救出部隊が捕虜の救出を行う」

「襲撃のときに俺は何をすればいい?」

「ここはトロポスの製造工場だ。だからトロポスを破壊して回ればいい。できれば製造ラインを無傷のままで制圧したいのだが、こちらの戦力的に制圧自体が不可能だろう。設備も遠慮なく破壊して構わん」

 

 ただ破壊のために力を振るえってことか。

 若干抵抗があるが、その行為が巡り巡って誰かを護ることにつながるだろうし、ラウラの部下を護ることにつながっているのならば俺はやれる。

 

「予想される敵の戦力は?」

「キャバリエやティラールが大半だ。だが、敵の新型の情報が入ってきてな」

 

 ラウラが地図の表示から問題の新型トロポスの情報の表示に切り替えた。

 映し出されたのは写真。近くに映っているキャバリエと比較して、巨大な砲台が映っていた。正確には砲台ではない。人型の足があり、ゴーレムのような複眼のセンサーをつけた頭部も存在している。ゴーレムと違って両腕の代わりに、巨大な大砲が合計2門とりつけられている。歩く砲台と思える大型のトロポス。

 キャバリエを基準にサイズ比較すると、およそ5m。大砲部分はもっと長いかもしれない。

 

「これが敵の新型だ。我が隊が掴んだ情報によれば、機体名は“リュジスモン”。大型の荷電粒子砲を撃つためだけに造られた移動砲台型トロポスだ。本来射程が長くない荷電粒子砲だが、過去に敵が使用した兵器を考えるに、コイツの射程は我々の常識から外れたものだろう。もし潜入部隊に攻撃されれば被害は……考えたくもないな」

「コイツが戦闘に参加してくるから、俺が倒せばいいんだな?」

「そうだ」

 

 状況は理解した。目的は亡国機業に捕らわれた隊員の救出のための時間稼ぎ。俺がすべきことは敵の新型の破壊だ。おそらくはあのゴーレムよりも重装甲だが、零落白夜を使用した雪片の攻撃ならば迅速に破壊できる。それが俺を連れてくる必然性につながるわけだ。

 

「でも、俺たち2人だけで相手にできるような数なのか?」

「心配はいらない。ザコならば全て私が引き受けよう」

 

 ラウラがISを展開する。その姿はいつもより武骨だった。

 まず目に付くのはレールカノンか。右のみについていた武装が左にも取り付けられている。どこかアンバランスなシルエットだったラウラの機体も、これで左右対称になった。

 そして、全体を武骨にみせているのが、体中の至る所に取り付けられた大小様々な黒い箱上の物体である。具体的な場所はふくらはぎ、太股、胸、腕、背中だ。ここまでの重装備は明らかに防御用などではない。

 

「まさかそれ全部がミサイルかなんかか?」

「そうだ。これが私のシュヴァルツェア・レーゲンの拠点攻撃用装備“パンツァー・カノニーア”だ。IS戦闘では大質量すぎて使い勝手が悪い代物だが、ザコの掃除ならばこれ以上のものは無いだろう?」

 

 まさしく“黒い雨”が降るわけだ。巻き込まれないように注意しないとな。

 と、ここで操縦席の方の扉が開く。

 

「もうすぐ到着だな。一夏、お前も早く準備しろよ」

「弾。お前も来てたんだな」

 

 姿を見せたのは白衣を羽織った弾だった。俺は弾に言われたとおりに白式を展開する。

 

「ただの技術要員だ。白式にトラブルがあったときは俺しか対処できないからな。多分大丈夫だとは思うが、気をつけろよ」

「ああ、わかってる」

 

 これが軍事活動だということ。

 俺がISを兵器として使うということ。

 わかってるさ。

 それで護れるものがあるなら、俺は……

 

 ラウラが輸送機のハッチを開け、俺は弾に片手を挙げながらそちらへと向かう。

 

 夜明けが近い空。

 地上が見えないくらいに雲が覆っている。

 でも通常のスカイダイビングをするわけじゃないから尻込みなどしない。

 

「行くぞ、一夏」

「ああ」

 

 俺は黒い鉄塊と化しているラウラの後を追って飛び立った。

 

 PICをカットした。できるだけエネルギーは温存しておきたい。それはラウラも同様だった。同じ速度を維持しながら俺たちは地上へと落ちていく。

 厚めの雲を抜けた後、高度が200mを切った地点で俺たちは同時にPICを再起動した。俺はラウラの後ろを追従する。まだ前には出られない。

 

 落下ではなく飛行で高度を下げていく。眼下には事前に輸送機内で見た地図と同じ建造物。ラウラは装備している全ての武装を開いた。

 

「パンツァー・カノニーア、全弾斉射っ!」

 

 ラウラの声と共に、全武装が一斉に火を噴いた。ミサイル、機関銃、レールカノン……数多の火器が地上を襲う。機械油に引火でもしたのかあちらこちらで爆発炎上を繰り返し、辺りは火の海と化していた。

 

「ラウラ、やりすぎじゃないのか!?」

「言っただろ? 地上は飾りだ。人が居ないことも既に確認させている。すぐに地下からヤツらが出てくるぞ」

 

 ラウラの言うとおり、地下からキャバリエやティラールがわらわらと出てきていた。あとは例のデカブツが顔を見せれば俺たちの陽動は成功となる。

 

 俺は一番近くのキャバリエに接近し、一刀の元に斬り捨てる。雪片と零落白夜の前では、絶対防御の無いトロポスの装甲など紙に等しい。

 

『一夏、ザコにエネルギーの無駄遣いは止せ。キャバリエ程度なら零落白夜は要らん』

 

 弾からの通信が入る。言われてみればそのとおりだ。節約して戦わないと後で痛い目に遭う。

 

 これが実戦……いや、戦争なんだな。

 

 命を懸けた真剣勝負はしてきたつもりだ。だが、それらは目の前の敵を倒せばそれで終わるものばかりだ。

 今回は倒しても終わりが見えない。有限のエネルギーで戦う以上、常に全力を出すのも危険だった。

 

 慣れない大規模な戦闘に緊張感を高めていたため、いつもより音にまで敏感になった気がする。そのおかげか、俺は何も無いはずの空間に風切り音が鳴ったことに気づいた。

 距離にして1m以内――

 

「くっ!」

 

 俺は咄嗟に雪片を立てると目に見えない何かがぶつかった。その後、すぐに僅かな音を残して俺から離れていく気配。

 

『どうした、一夏?』

『わからない。ただ“何か”がいる』

 

 心配する弾の声に即座に返答する。

 まだ俺の標的であるリュジスモンというトロポスは姿を見せていない。だが、そいつよりも俺が相手にすべき存在が隠れている気がした。

 

 ラウラにプライベートチャネルをつなぐ。

 

『ラウラ! 敵に姿を消せるヤツなんているのか?』

『情報にない。我々も掴んでいない敵かもしれん。戦えそうか?』

『やってみる。でも、その間にリュジスモンが現れたら、そっちは多分無理だ』

『了解だ。一夏は全力で姿を消す敵を倒してくれ。リュジスモンは私が片づける』

 

 敵の戦力は事前の情報よりも多いということだった。既に敵の戦力を見誤った状態。時間を稼ぐことが目的であるのに、時間が経つほどプレッシャーがのし掛かる。

 

 キャバリエの槍の攻撃を避けつつ、その胴体を斬り抜ける。現状、俺を囲んでいるトロポスはキャバリエが5機。だが、

 

「ぐあっ!」

 

 背中に一撃入れられてしまった。ザコの中に紛れている正体不明の敵が俺を攻撃してきている。

 攻撃を受けて仰け反る俺にキャバリエの槍が殺到する。

 

「なめるなぁああ!」

『落ち着け、一夏!』

 

 俺は零落白夜を発動して周囲のキャバリエの槍を全て斬り払った。

 弾の言うことを頭では理解している。

 でも、冷静になれない。

 

 雪片をがむしゃらに振り回していると今度は右腕に攻撃が加えられた。

 

「くっ!」

 

 白式の装甲は破られていないが、シールドエネルギーをチマチマと削られていく。ただ焦燥が募っていくばかり。

 

『一夏! 敵の狙いは――』

「白式のエネルギー切れだって言うんだろっ! そんなことはわかってる!」

 

 焦りが冷静さを奪い、理性を浸食していく。弾に八つ当たりするくらい余裕がない。

 

 俺は、見えないことがここまで怖いことだとは思ってなかった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 拡張領域に保存してある弾薬は3割を切った。それでもトロポスはしぶとく残っており、今もラウラは敵に包囲されている。

 その状況でもなお、ラウラはただの作業のように淡々と全身の火器を敵に放ち続ける。

 

『クラリッサ。そちらの状況は?』

『敵の構成員らしき人物を3名捕らえましたが、ヘルガとミーネの居場所すら掴めていません。残り時間は?』

『もって20分だ。私よりも一夏の方がもたない。急いでくれ』

 

 クラリッサが『了解』と告げて通信を切る。仲間の命は信頼する片腕に任せるより他に無かった。

 

 ラウラがすべきことはこの場に立って敵の戦力を引きつけ続けること。

 20分などもつ保証はどこにもない。

 パンツァー・カノニーアの弾薬はあと10分撃ち続けるだけの量も残っていないのだ。

 だが目的達成までは離れるわけにはいかない。

 

(もう戦場に向かった仲間が帰ってこないのは嫌なんだっ!)

 

 思い返されるのは忌まわしき7年前。

 白騎士事件。

 上の命令で最前線に出向いた遺伝子強化素体(なかま)はテレーゼ以外帰ってこなかった。

 空っぽだったはずの心にも、何か穴があいてしまった気がしていた。

 

 クラリッサは言う。それは大切な人たちだったからだ、と。

 テレーゼは言う。遺伝子強化素体(わたしたち)も人である、と。

 

 この作戦自体が指揮官失格に値することだと承知していた。

 それでも、ラウラは誰一人失いたくなかった。

 送り出した側として、帰りを迎える責任があるはずだと、ラウラは強く思っている。

 

 

 両腕のガトリングガンが、近くのキャバリエを打ち抜いたところで弾切れを起こした。使えなくなった武器を捨てると、戦場に変化が生じる。

 

(おでましか)

 

 地下より現れたのは大砲。ISは言わずもがな、トロポスでも最大級のサイズ。事前情報にあった敵の新型“リュジスモン”だ。

 

『五反田。一夏は?』

『まだ例のヤツと戦闘中だ!』

 

 一夏は間に合わない。やはり自分でやるしかない。

 ラウラは砲台に向かって飛翔する。決して速くはないが、リュジスモンが攻撃態勢に入るより早く射程に入った。

 

「くらえっ!」

 

 レールカノン2発と残りのミサイル全弾を胴体部分を狙って発射する。うまくいけば、大砲との接続部分にダメージが与えられるかもしれない。

 

 連続した爆発音。無数の爆風。だが、無情にもそれらはリュジスモンに届いてすらいなかった。

 

「な……に……」

 

 リュジスモンの前に一機のトロポスが出現していた。サイズはISと同程度。黒いマネキンに亀の甲羅をつけたようなトロポスが手足を大の字に広げて背中を向けている。

 問題は、そのトロポスを中心に直径5mの円状の灰色のガラスのようなものができていたことだ。ラウラの射撃攻撃は全てその壁の前に防がれていた。

 

 防御能力に特化したトロポス。これも情報になかった存在だ。ましてや、パンツァー・カノニーアの攻撃は、防御型ISですら防ぎきることは困難だというのに、敵の新型は難なくやってみせた。

 

 敵の灰色の盾が自分から道をあける。この射程でラウラが撃てる武器は両肩のレールカノンのみ。対して敵は、あの巨大荷電粒子砲だった。

 

(しまっ――)

 

 赤い光の奔流がラウラへと迫る。


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