IS - the end destination - 作:ジベた
ラウラを拘束していたと思しき翼のようなものを俺が斬ってやると、福音は俺から距離を離していた。
『ISネーム“
ISから情報が送られてくる。セシリアと同じ中距離型か。いや、さっきラウラが近距離で捕まっていたことを考えると、距離を選ばないだけの技量はあると考えるべきだ。
俺は福音に接近を試みる。後退している間に斬り落とした翼を再生させていた福音は、無数の光弾を生成し俺に向けて射出する。ラウラと同じ、無差別に弾幕を張る戦法。だが、今の俺を面への射撃で捉えられると思ってもらっては困る。
俺は福音が光弾を発射したことを確認してから動き出した。
非固定浮遊部位である翼型の大型推進機にエネルギーをため込み、一気に爆発させる。イグニッションブーストだ。敵の30以上もの光の群は俺のいない見当違いの方向へと飛んでいく。元は俺が居た場所だがな。
すると敵は俺のスピードに対応するために、体を回転させながら全方位に光弾をばらまいてきた。隙間だらけじゃないか。多分、難易度MAXの弾幕系シューティングゲームの方が避けるの厳しいと思うぜ。
俺が軽く隙間を縫っていくと、福音は後ろに下がり始める。なかなかのスピードだが、速さで競っている時点でもう勝負は見えている。音速域での高速戦闘。福音は猛スピードで追撃しようとする俺に向けて、やや密集した弾幕を発射する。
さすがに推進機は全て前進に使っている。一応、急停止からの横へのイグニッションブーストで回避は可能だが、距離も開くし無駄にエネルギーを消費するだけだ。俺は刀を振りかぶり――
迫っていた光弾を全て斬りすてた。
ISネーム“
弾が造った俺の新しい専用機。雪花も弾が調整をしていたらしい。道理で俺の性格を把握した造りになってやがったんだな。ってか、お前がISの技術者だなんて知らんぞ。そりゃ、昔は神童とか言われてたのは知ってるけどよ。
弾の話はさておき、白式のコンセプトは雪花の時から変わらない。敵に高速で接近して斬る。ただそれだけの機体だ。だが変わった点は多くある。
まず、両肩の物理シールドの廃止。この白式の全身の装甲はそれ自体が推進機の役割を果たす上に、耐久力も打鉄の物理シールドに勝るという仕様らしい。……早く欲しかったぜ。
次に、両肩の非固定浮遊部位の大型推進機。イグニッションブースト専用と弾のヤツは言っていたが、確かに今までにない大出力の移動を可能にしていた。
福音が口元にエネルギーを収束させる。敵の最大火力の攻撃が来ることが想像できたため、俺は右手の刀を“変形”させた。
俺の新しい愛刀。武器リストに載っていた銘は“
雪片は普段は通常と同じ日本刀の形状をしている近接物理ブレードだが、刀身が割れるように変形しエネルギーの刃が現れる。要するに、物理とエネルギーの刃を切り替えられる可変型の近接ブレードだ。
福音の口から高エネルギーのレーザーが発射される。俺はそれをエネルギーで構築された刀身で受けた。
通常、エネルギー系の射撃兵器をエネルギー系のブレードで受けることはできない。当然、この白式の設計では避けるしかない。だが、白式は製作者が思いもしなかった機能を自ら生み出していた。それが――
発動中、雪片に触れる全てのエネルギーを消失させる単一仕様能力。
この能力がある限り、俺と白式にエネルギー兵器を当てることは容易ではない。
「敵機の情報を更新。攻撃レベルAで対処する」
福音は背中のみならず、体中の至る所から翼を広げていた。情報にあった36という数を大きく上回っているエネルギー弾を生成してひたすらに乱射してくる。
「少し、勝負を急ぐか」
俺は雪片を前面に構えて加速した。雪片で防ぎきれない弾は当たっても構わない。
それよりも白式の燃費の悪さが問題だ。おそらく雪花の半分の時間も戦えない。
ま、問題はない。
この一撃で決着はつく。
「うおおおおお!」
音速の追撃戦は、俺の突きによって終わりを迎えた。
零落白夜は雪片に触れるエネルギーを消滅させる。もちろんシールドバリアや皮膜装甲も触れるだけで消滅する。雪片のエネルギーの刃を防ぐことになるのは、金属装甲と絶対防御だけ。バリアのない金属装甲はエネルギーブレードの前では紙も同然だ。
よって、白式の攻撃は絶対防御でしか防げない。IS戦闘における必殺の一撃となる。
福音は体中に生えていた翼を消滅させ、地面に落下していった。
「やべっ! あのまま落下したらマズい」
詰めが甘い。絶対防御を使えない消費状態で、この高さを落下すれば命に関わる。
落下していく福音を追う俺だったが、先に福音を受け止める人が現れた。
「ご苦労だった、織斑。お前のおかげで学園の生徒の被害はゼロだ。怪我人はいるがな」
あの“巫女”だった。シャルの話では、トロポスを操縦する男、メルヴィンと戦闘していたらしい。
「あの……そちらの戦闘はどうなりました?」
「ゴーレムは2機とも撃破したが、幹部らしき男には逃げられた。是非とも捕らえたいところだったのだがな」
まだあの男がいる。再び俺の前に現れることは想像に難くない。だが、今の俺なら……白式ならヤツにも楽に勝てる。そのはずだ。
「この件に関しては明日に学園長から説明がある。“公式”のな。余計なことを言えば私がその首をはねることになるからそのつもりでいろ」
つまり、事実とは違う発表をするわけね。たとえば福音のこと。アメリカの第3世代型ISが強奪されて、IS学園を強襲するなどという事実は知っているべき人間だけ知っていればいいってのは俺も同意見だ。
「その人はどうなるんです?」
「我々で預かることになる。心配するな。後は大人でやっておく。お前は疲れただろう。明日からもみっちりと訓練を課すからそのつもりで今日は体を休めておけ」
そう言って“巫女”は去っていった。行く先は轡木さんのいる地下だろうけど、俺が行くと睨まれそうだし、今日のところは寝るとしようかな。シャルが心配するといけないし……
「そういえば俺たちの部屋ってボロボロじゃん!」
寮の中は戦いの痕が少なかったが、俺たちの部屋は別だった。壁も床も天井も隣の部屋とつながっていないのが不思議なくらいだった。
「はあ、医務室のベッドで寝ようかな」
俺はとぼとぼと歩く。すると急に視界が何かで覆われた。これは手か?
「だ、だーれだ?」
「ラウラ。俺は疲れてるんだ。っていうかお前はそんなことするヤツじゃないだろ」
「……それもそうだな。では私流に言わせてもらおう。貴様の背後をとるのは容易すぎた。貴様は狙われている立場であることを理解しているのか?」
ラウラにだったら、後ろをとられて当然だろ。俺はISを装着してないと一般人だしさ。
「だから、今日は私の部屋に泊まるといい。幸い私は一人部屋だしな」
「いや、それはちょっと……」
「なんだ? この私がボディガードでは不服か?」
この軍人娘に男女がどうのこうのって話は通じないのかもしれないな。
「いや、普通にマズいから。俺は医務室にでも行くよ」
しかしラウラは頑なだった。俺の左手を掴んで離さない。
「……初めてだったんだ」
「何が?」
「私を助けてくれて、私を仲間だと言ってくれる“男”は貴様が初めてだと言っている」
ラウラが急に顔を赤くする。なぜか涙目だった。
「教えてくれ! 私は貴様をどうしたいんだ!?」
「…………それは俺が教えることじゃないよ」
大きく混乱しているラウラの頭を撫でてやる。普段の不遜な態度で気づかなかったが、女子の中でも体が小さいのだなと思った。撫でているうちにラウラから力が抜け、俺に身を預けてくる。
「ラ、ラウラ!? ……お疲れ様」
スヤスヤと寝息が聞こえてきた。疲れていたのだろう。それもそのはず。さっきまであの福音と死闘を繰り広げていたのだから。
「一夏? どうしたの?」
「あ、シャルか。ちょっとラウラがこんなとこで寝ちゃってさ。悪いけど彼女の部屋まで運んでやってくれないか?」
「……一夏が運べばいいよね。“わたし”はついてくけどさ」
あれ? シャルの言葉の端々から若干の棘を感じる。俺に向けてくれるその笑顔は仮面だろうか? そう思うと、仮面の下が薔薇の茎にでもすり替わってそうだ。
「シャル? 何か怒ってない?」
「……ふふっ、別に怒ってないよ。早く行こっか。とりあえずボクたちは今日のところは医務室のベッドを使えって山田先生が言ってたから早いとこ休もう」
ありゃ? 今度は呆れ顔だ。シャルにこんな仮面は無いから本当に呆れてるんだろうな。ま、いいか。今日は疲れたし。考えるのは明日だ、明日。
◆◇◆―――◆◇◆
学園の地下。一夏も箒も知らない最深部に轡木十蔵と“巫女”の姿があった。
「これがISだと言うのかね」
「ああ。7年前に現れた白騎士と同じ処置が施されていると考えられる。尤も、戦闘能力はかなり劣るものだが」
2人が見ているのは横たわった少女だった。彼女は福音の中に入っていた少女。一夏の最後の攻撃によって再起不能と思われたISは自己再生して彼女を再び覆い始めていた。
「これが亡国機業のやりかたというわけか」
「手段を選ぶつもりが無いのだろうな。あなたと同じで」
巫女の辛辣な発言に轡木は言葉を失う。
――そのとき、寝ていたはずの福音が起きあがり、轡木を狙って銀の鐘を起動する。
だが発射には至らない。
瞬く間に、福音は巫女の薙刀によってコアを破壊された。
人体に影響を与えないはずの的確な攻撃だった。しかし――
……コアの破壊と同時に少女から生体反応が、消えた。
轡木が壁を叩く。
「私は違う! こんなものを造る組織は打ち倒さねばならないのだ!」
「そのための力が“織斑一夏”か?」
再び轡木は口を閉ざす。その轡木の小さい背中を見て、巫女は失望のため息をついてから部屋を出ていった。
◆◇◆―――◆◇◆
夢だ。
そう思うだけの理由がある。
白色しかない世界も、目の前にたたずむ女性騎士も見たばかりだった。
『これで一つ、お前は近づいた』
女性騎士が呟いた。俺に言っているようで、それは独り言のようにか細かった。
「近づくって何にだ?」
待てども待てども、俺の問いかけに女性騎士は答えない。代わりに一方的な言葉を残す。
『戦う力とは本来“奪うモノ”だ。お前は力を手にした。その意味を常に己に問え』
ピシッと白い世界が割れる。
同時に俺は――
「あ、一夏。目が覚めたんだね」
「シャル……か?」
目が覚めた。俺の左頬にシャルの手が触れている。か、顔が近い。
「なかなか起きないからビックリしたよ。一夏っていつも朝は早いのにね」
「心配かけてすまないな。さて、着替え……ってそういえば昨日は制服のままだった」
辺りを見回して、ここが自分の部屋ではなく医務室であることに気づく。
「じゃ、飯にでも行くか」
「ゴメン。ボクは用事があるから一緒にいけない。教室にも先に行っててね」
舌をちょろっと出して俺に断りを入れるシャル。それが不安を隠す仮面であると俺は思った。
「何か、あったのか?」
「大丈夫だよ、一夏。“わたし”は自分の在り方を決めただけだから。少し怖かったり、残念だったりするけど、こう在りたいって思うことができたんだ」
少し怖いとシャルは笑顔で語る。決意がそこにはあった。
『わたしには、わからない!』
選ぶことができなかったシャルが自分で決めた。ならば俺はその後押しをしてやるべきだ。
……例え、それが俺とシャルの別れだったとしても。
「わかった。それじゃ先に行くよ」
俺はシャルを残して医務室を後にした。
***
朝のHRの時間になってもシャルは現れなかった。ラウラもいないが彼女は昨晩の戦闘の負傷が原因だろう。あとで見舞いに行かないとな。
時間通りに開けられた扉から現れたのは山田先生だ。しかし、何故かふらふらとした足取りで入ってくる。
「み、皆さん。おはようございます……」
何かひどく疲労が溜まっているようにみえる。もしかすると弾から聞いた昨晩の戦闘で戦っていた教員の中に山田先生も居たのだろうか。だとしたらゴーレムと戦っていたわけだから、今日ここに顔を出せる時点で凄い腕前ってことじゃないか! いやあ、人は見かけによらないもんだ。
「織斑くん、人を見た目で判断するといつか痛い目に遭いますよ」
なんてこった。山田先生は俺の思考を読みとれるらしい。だったら、心の中で謝っておこう。すみません、先生。
ただ、山田先生は「今の私のようにです」と話を続けていた。
「……今日は、ですね。転校生を紹介します。ええと、正確には転校生ではないのですが、書類の手続き上、そうなってしまいまして……とりあえず会えば全てわかってもらえると思います。入ってください」
「失礼します」
もう転校生という言葉に反応を示さない我がクラス一同だったが、山田先生の普通ではない前置きで全員が注目する。声がした段階で首を傾げている人もいた。
でも、俺はなんとなくわかっていた。
「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」
彼女が自分を隠すことをやめようと決めたことを……
スカート姿のシャルはお辞儀をしたまま顔を上げない。その胸の内は不安でいっぱいなはずだった。
ざわざわと騒がしくなる教室。「え、デュノア君って女だったの?」とか「そうだと思ったぁ」とか「狙ってたのにぃ!」とか予想通りの声がクラスメイトたちから上がっていた。
何気ない一言にも、今のシャルは神経質に反応していそうだったが、顔を上げない彼女の胸中は計れない。
受け入れては……もらえないよな。きっとシャルもそう思っていた。
でも――
「そういうことならー、もっと早く言ってくれれば良かったのにね~。顔上げてよ、でゅっちー」
「ちょっと、
「今はそんなこと、どうでもいいでしょ」
「……そうですわね。わたくしたちはデュノアさんを勝手に男だと思いこんでいた。それでいいですわね、みなさん?」
誰もシャルを責めなかった。
何かを察してくれたセシリアの発言の後も肯定する言葉しか出てこない。
皆、“女”である“シャルロット”を受け入れてくれたんだ。
俺の胸の中で温かい何かがこみ上げてくる。
シャルはまだ顔を上げない。震える彼女の足下には、数滴の涙が溜まっていた。
俺は立ち上がり、彼女の前へと歩く。俺がクラス代表だ。はっきりと俺が言ってやるのが筋ってもんだろ。
「ようこそ、シャルロット。俺たち、IS学園1年1組はお前を歓迎する!」
最後まで言い切ったところで、同意の拍手が教室を満たす。同時に俺の涙腺も決壊した。
本当に、良かった。これで本当に、ここがシャルの居場所になったんだ。ありがとう、皆。
俺の言葉を聞いたシャルは、やっと体を起こす。男を演じていたときから変わらぬ美しい姿勢。泣き痕は残っていたが、もう彼女の目に涙はない。「うん!」と飾らない言葉の返事をして微笑む彼女の自然の笑顔をいつまでも見ていたいと、そう思った。
――不意に俺の両肩がポンと叩かれる。
「で、一夏。アンタはいつから知ってたの?」
右後方には龍が笑みを浮かべていた。俺は知っている。龍が現れるときは、嵐の時だと。
「男女七歳にして同衾せず。常識……だよな?」
左後方には研ぎ澄まされた日本刀。
「説明責任を果たしてもらいますわよ、一夏さん」
後ろの方の席で花が咲いている。しかし綺麗な花には棘が――って、BTビットのみの部分展開……だと……!? 棘なんてレベルじゃねえぞ!
……あれ? 俺の体が震えてる。おかしいなあ。もう6月になるのに、寒気までしてきた。よしっ!
「今日は早退しまーすっ!」
「逃がすかっ!」
「鈴さんは一番近い出口に先回りを! 他の皆さんには校舎の全ての出口の封鎖をお願いいたします!」
「もう、勝手にして……」
ちくしょうっ! こんなときばっかり、抜群のチームワークを発揮しやがって!
ま、これでいいんだけどな。シャルも含め、皆、笑ってるし。一人を除いて……
山田先生。めげずにこれからもよろしくお願いします。
◆◇◆―――◆◇◆
男が目を覚ます。戦闘の疲労からか、退却後すぐに倒れるように眠っていた。自分がどれだけ寝ていたのかも把握していない。
「お目覚めですか。メルヴィン様」
すぐ傍には副官という名目の監視役である女性が腰掛けていた。ボリュームのある赤い髪を掻きあげながら、メルヴィンは上半身だけ起こす。
「オレはどんだけ寝てた?」
「丸1日です。ひどい損傷でしたから」
ひどい損傷。そうだ。自分は負けた。ゴーレム2機を含めたトロポス部隊を率いながら、惨めに敗走したのだ。ただ一機のISによって……
ヴァルキリー。IS世界大会“モンド・グロッソ”の各部門の入賞者に贈られる称号、あるいは入賞者のことをそう呼ぶ。上層部から、相手にするなと指示を受けていた存在だった。
(なぜ、ヤツがオレに向かってきた?)
今回の襲撃は二段構えだった。上層部より与えられたヴァルキリークラスのISを単独で突入させ、それで対象を捕獲できればそれで良し。逃げられてもISが囮となって戦闘を続行しつつ、自分が率いるトロポス部隊で対象を包囲して作戦は完了という手筈だった。
(ISを使える男。それ以外にも織斑一夏には何かがあるのか?)
メルヴィンには異常に思えて仕方がなかった。上層部が執拗に織斑一夏を狙っていることも、IS学園がヴァルキリークラスのISを放置してまで織斑一夏を守ることも。
(だが、もう関係ないか。ここまでの損害を出して、結果が出せなかったオレに次は無いだろう)
だが、傍らにいる女性は、自分が目覚めるまで待っていた。いつナイフを突き立てられても、銃弾で打ち抜かれてもおかしくないのにだ。
何も語らぬ女性に自分から訊くことにした。
「なぜ、まだオレを生かしている?」
女性、カミラは心底不思議そうに問い返す。
「なぜ、あなたを殺す必要があるのです?」
その返事で十分だった。上層部はまだ自分を必要としているらしい。ただ、これだけは言っておかなければならない。
「上は何て言ってる? はっきりと言ってやるが、今のオレでは目的達成は不可能に近いぜ」
メルヴィンの言葉がスイッチだったかのように、カミラはすっくと立ち上がる。
「ついて来てください。お見せしたいモノがあります」
ベッドから立ち上がる際に全身が痛んだが、メルヴィンは意地で抑え込んでカミラについて基地内を歩いた。
やって来たのは格納庫。そこに見慣れぬモノが置いてあった。
紫色の鎧だった。
メルヴィンのパーソナルカラーである紫。と、いうことは自分のためのモノだ。
しかし、いつもと違って、頭部と胴部に何の装甲もなかった。
「おいおい、これが見せたいモノか、カミラちゃんよぉ」
未完成なトロポス。メルヴィンにはそう見えた。察しの悪いメルヴィンを見てカミラは鼻で笑った。
「てめ――」
「メルヴィン様にもわかるように説明しますと、これは次の段階に進んだトロポスです」
怒りを露わにするメルヴィンを無視してカミラは話を続ける。
「従来のトロポスで再現していたISの機能は“PIC”と“シールドバリア”の2つでした。ですから、“特殊な処置”を施さない限り、人が乗ったトロポスはISには決して勝てないのです。その要因は――」
「ハイパーセンサーだな」
「ご名答。ようやく頭が回ってきたようですね」
次の段階。ISの要素。ここまで話されればメルヴィンも大体の内容がわかる。
「つまり、トロポス用のハイパーセンサーができたってことか?」
「話はもう一つ先まで進んでいます」
カミラが頭部の存在しないトロポスに触れる。すると、装甲が開き、内部に“コア”があることが確認できた。
「
つまり、これはもうほぼISだということだった。
「無い機能は?」
「絶対防御とコアネットワーク、自己進化機能ですね。どれもあなたには要らないものでしょう」
「ふん、違いねえ。自己進化機能とやらで、また女性のみの兵器になってもらっちゃ困るしよ」
メルヴィンは装甲を開いた新たな愛機に歩み寄る。
「で、コイツの名前は?」
「“クリニエール”です。通常のISと違い、
「おいおい。随分と悠長だな」
「今までと違って替えはありませんから」
クリニエール。フランス語で“たてがみ”。この機体が自分のために造られたのだと理解する。
「……仕方ねえか。これでヤツらに勝てるってわけだしな」
メルヴィンは込み上がってくる笑いを抑えようとしなかった。