IS - the end destination -   作:ジベた

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18 VTシステム

 一面の白。

 ISのPICが働いているかのような無重力感。

 この空間において、上下の概念は無い。

 

「ここは、どこだ?」

 

 俺は自分の体を見る。ISスーツのみを着ている状態で、肝心のISは装着されていない。

 

「まさか……天国?」

 

 段々と記憶が蘇ってくる。

 俺はやられたんだ。天使の姿をした銀色のISに。

 雪花はもう動いていなかった。

 

「あれからどうなったんだ? シャルは、大丈夫なのか? ラウラも……」

 

 もし俺が死んでいるのだとしても、どうでもいいことではなかった。どこかに出口はないのか。俺は辺りを見回した。

 

 すると、一点だけ違和感のある場所を見つけた。何かがあるはずだと俺は近寄っていく。それは出口ではなく――

 

 

 純白の女性騎士だった。

 

 

 上下の無いはずの空間で仁王立ちをしており、地面に大剣を突き刺したような状態で両手を大剣の柄に置いている。

 

 その後ろ姿を、俺はどこかで見たような気がした。

 

『力を欲するか……?』

「え……」

 

 女性騎士は後ろを向いたまま問いかける。ここには俺と女性騎士しかいないわけだから問われているのは俺だ。

 少々考えたが、俺は素直に答えることにした。

 

「欲しい」

『それは、何のために?』

 

 なぜ、と理由を問われて俺は再び考える。

 きっと少し前までの俺ならば、大切な人を護るためと言っていただろう。

 でも、今の俺の答えはちょっとだけ違う。

 

「そうだな。大切な人たちと一緒にいるために、かな?」

 

 護った後に“俺”がいないと、大切な人たちに俺と同じ思いをさせてしまう。それは怖いことだった。

 

『そうか』

 

 女性騎士は俺の方へと振り返った。顔の上半分はガードで隠されていて見えない。ただ、視認できる口元にはうっすらと笑みを浮かべていた。

 

『その道はおそらく過酷だ。様々なものがお前の敵となるだろう。だが、途中で折れてくれるなよ』

「あ……」

 

 白い世界にヒビが入っていく。俺と女性騎士だけの空間の崩壊だった。

 なんとなく理解した。これは夢のようなもので、俺は現実へと帰っていく。

 

 もう目の前にいた女性騎士はいなかった。

 そういえば、誰かに似ていた気がする。

 

 白い――騎士の女性。

 

 

***

 

 

 目を開く。ここは……IS学園のアリーナか?

 

「一夏っ!」

「シャル……?」

「良かった……。本当に、良かった……」

 

 オレンジ色のISを纏ったシャルが俺に抱きついてきた。わけもわからないまま彼女を抱きとめる。涙混じりで見せる彼女の笑顔は、嘘偽りのない嬉しさの結晶だった。自然と俺の顔も綻ぶ。

 

「さて、一夏。体の調子はどうだ?」

「ああ、別に何ともない……ぞ!?」

 

 声をかけられて初めて、俺はその存在に気づいた。白衣を羽織ったロン毛の男、五反田弾の存在に……

 俺は困惑した目を弾に向けるしかなかった。

 

「どう……して……?」

「ああ。怪我が治ったことか? お前も知っての通り、ISには操縦者の生命を守る機能が存在する。で、そのコアは特別製らしくてな。IS自体が機能さえしていれば、操縦者の怪我を治すことは造作もないらしい」

「そんなことはどうでもいい。弾……なんだよな? どうしてお前がIS学園に来ているんだ?」

 

 弾は俺の戸惑う声を聞き、ばつが悪そうに後頭部を掻いた。その仕草は俺が普段から見慣れている親友のものと全く同じだ。

 

「一夏、俺に訊きたいことがあるのはわかるがな……今は先にすることがあるんじゃないのか?」

 

 問われて思い出す。俺たちを襲撃してきた敵はどうなった? うっすらと残る記憶ではラウラが一人だけ残って戦っていた気がする。

 

「気を失っていただろうから、俺が現状を説明する。現在、IS学園は“敵”の襲撃を受けている。敵の陣容はキャバリエが22、ティラールが14、ルー・ガルーが5機でその内の一機は例のカスタム機、ゴーレムが2機、そしてお前たちの部屋を襲撃した第3世代型IS“銀の福音”だ。銀の福音……長いから福音と呼ぶが、福音とはラウラ・ボーデヴィッヒが単独で戦闘を行っている。教員、ならびに生徒の専用機持ちたちは他のトロポスと戦闘中だ」

 

 福音とやらの戦闘能力は知らないが、火力が高いことだけはわかっている。ラウラ一人で大丈夫だろうか。

 あと、弾はさらっと言ったがゴーレムが2機ってのはマズいんじゃないのか!? 俺はとどめを刺すときにしか戦闘に加わっていなかったが、鈴たちが3人がかりでようやく倒せた化け物だろ!?

 

 俺の顔色から言いたいことを察した弾が話を付け加える。

 

「ゴーレムに関しては、教員が相手をしているから心配するな。情報ではお前たちが以前に戦った個体より性能が低いらしいしな。だがお前も知っているとおり、ゴーレムを戦闘不能にするまで時間がかかる。教員たちが福音の元へと行く時間がな。だから一夏には先に福音へ向かってもらい、教員部隊が行くまでの時間稼ぎをしてほしい」

 

 俺は自分の体を見下ろす。ここで俺は初めて気づいた。

 

 ……俺がISを装着していることに。

 

 雪花とは違う。

 まるで、俺自身であるかのようにここに在る。

 

 わかる。これが一体何なのか。

 わかる。今、俺にできることが。

 わかる。今の俺には“力”がある!

 

「なあ、弾」

 

 俺は不敵な笑みを見せる。今まで持ったことのないほど大きな自信で満ち溢れている。

 

「俺が福音ってISを倒せばいいんだろ?」

 

 辺りがシーンと静まりかえった後、「はっはっはっは!」と弾の笑い声が響いた。

 

「ああ。それでいい。やっぱお前は最高だぜ、一夏」

 

 弾が親指を立てて俺を見送る。俺はシャルと共に戦場へと急いだ。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 戦場は寮から外へと移っていた。限定空間ではISの機動性が殺されるだけ。それは福音も同じ。銀色の天使はシュヴァルツェア・レーゲンを遙かに上回る速度で急上昇する。ラウラは忌々しげに舌打ちをする。

 

「やはり、情報通り“銀の鐘”しか武装がないのだな。あの翼はバカデカい推進機ってわけだ」

 

 福音はイギリスのブルー・ティアーズと同じく中距離の射撃型だ。得意レンジはあくまで中距離。しかし、敵は遠距離を維持しようとしていた。

 敵は命中精度を下げてでも、確実に勝てる手段をとってきていた。

 今まで相手にしてきた亡国機業の無人機や有人トロポスとは違う。

 

 ラウラの頭上に陣取った福音は、頭部から生える一対の翼を体に巻き付ける。同時に展開される36の光弾。福音が翼を広げながら回転すると、地上に光の雨が降り注いだ。

 距離が遠い分だけ、その弾幕には隙間ができている。ラウラは金色をした左目で安全圏を見極め、回避する。

 

 “越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)”。

 脳へと送る視覚情報信号の速度向上と、高機動下における動体視力の強化を目的とした、ナノマシン移植処理をされた目のことをそう呼ぶ。

 使用中、その目を持つものは世界がゆっくり動いて見える。

 

 ドイツの代表候補生にはIS適性を向上させるべく、この疑似ハイパーセンサーとも呼べる処置を全員に施してある。絶対安全な代物であるはずだった。現にラウラ以外のシュヴァルツェ・ハーゼの隊員は全員が適合している。だが、ラウラは違っていた。処置を施した左目が金色に変色し、常に稼働状態のままカットできなくなった。

 ヴォーダン・オージェの発動は使用者の脳に多大な負荷をかける。眼帯は封印そのもの。一度外せば、短期決着をさせなければならない。

 

 まるで福音はラウラの胸中を理解しているかのように持久戦に持ち込んできていた。

 

(どうする? この射程で使える武器はレールカノン(ブリッツ)しかない。だが、この距離で当たってくれるほど甘い敵ではない。接近も難しい)

 

 考えている最中も光弾が降り注ぐ。ラウラを外し、地面へと到達したそれはあちこちで爆発していた。

 

 しかし、ここで状況が動いた。

 

 突如、福音の頭が右に大きく傾く。いや、弾かれた。シールドバリアによって防がれた頭部から、多少のダメージが通ったのか、白い煙が上がっている。それはエネルギーライフルによる射撃攻撃。

 

「初弾命中。鈴さん、お願いいたしますわ」

「わかったわよ。ドイツのと共闘なんてイヤだけどさ」

 

 オープンチャネルの会話が聞こえた後、戦闘空域に中国代表候補生、凰鈴音が現れた。もう一人の声の主、イギリス代表候補生、セシリア・オルコットの姿は見えない。

 

『ラウラ、助太刀する。指示を頼む』

 

 プライベートチャネルの送り主は篠ノ之箒だった。日本の代表候補生ということになっている少女だ。

 

 手詰まりのときに現れた援軍。だが、とりあえず言っておくべきことがあった。

 

「小娘ども。これをアリーナでの試合や、無人トロポスとの戦いと同じに考えているのならば、直ちに逃げろ」

 

 遊び気分で関われば命がない。ここは戦場だとラウラは告げた。返ってくる言葉は容易に予想できるものだったが、軍人として言っておくだけ言っておいた。

 

「ふざけんな! アイツは一夏を襲ってきたんでしょ! だったらやるしかないじゃない! それにアンタだって小娘でしょうがっ!」

「わたくしは狙撃に専念させていただきます。それが最も有効打になり得そうですので」

「ラウラ。私たちは既に一夏と共に戦うと決めているのだ。アレが一夏の敵だというのなら迷いなど無い」

「お前たちは、バカだよ」

 

 ラウラはフッと笑った。“バカ”という言葉に込められた意味はラウラしか知らない。

 

(共に戦うとなれば、遠慮なく利用させてもらうことにしよう)

 

「オルコットは狙撃を続けろ。おそらく福音はお前の位置を把握できていない。ただし、ポジションは常に変えておけ」

「了解ですわ」

 

 実はラウラもセシリアの位置を把握できていない。おそらくはラウラのハイパーセンサーには引っかからない場所にいる。狙撃型特有の広範囲にわたる特殊なハイパーセンサーを搭載していると推測した。それは大きな武器だった。遠距離戦闘で福音が不利になっているのだ。

 

「私と篠ノ之、凰の3名は3方向から同時に福音へ接近を試みる。銀の鐘による迎撃は脅威ではあるが、近づけば脆いはずだ。接近に成功した者は直ちにヤツの翼を壊せ。機動性さえ奪ってしまえば我々の勝利だ」

「しょうがないわね。やってあげるわよ」

 

 鈴は納得がいかないと言いたげだったが、勝つことを優先したらしい。素直にラウラの指示に従った。

 

 3方向に散った後、ラウラと鈴はそれぞれの射撃武器を発射しながら近づいていく。当てることが目的ではない。ただ、敵の行動を阻害できればそれで良かった。

 

 福音は全身からエネルギー弾を射出し、衝撃砲やレールカノンの砲弾の半数以上をたたき落としていた。しかし、その迎撃の隙を青のスナイパーは見逃さない。

 

「そこですわ!」

 

 片翼を狙ったセシリアの新武装、大型BTエネルギーライフル“スターダスト・シューター”による狙撃は目論見通りに命中したが、破壊には至らない。

 福音は変わらず、接近してくる機体への迎撃を続けていた。盾で受け止めるラウラと箒はなかなか近づけずにいる。そんな中――

 

「はあああああ!」

 

 逆に前へと進んでいく姿があった。単一仕様能力、火輪咆哮。弾幕を張って、敵を近寄らせないスタイルの福音にとって、それは天敵とも呼べる能力。急速後退する福音に、音速に近い速度に到達した鈴が迫る。右手の拳の顎門が開き、福音の翼へと喰らいついた。

 

 龍が咆える。

 

 一瞬の交差で翼が引きちぎられて地上へと落下していく。

 

「ダメージが危険域に突入。戦闘空域より離脱を開始」

 

 オープンチャネルで無機質な声が聞こえてきた。

 

「逃がさん! 停止結界!」

 

 ラウラが接近に成功し、AICを使用する。動きを縛るこの兵器は、動かなくても使用できる福音の銀の鐘と非常に相性が悪い。1体1ならばラウラは無駄に隙を晒しただけになる。だが、動きを止める意味が他にあれば別だ。

 

「でやああああ!」

 

 最後に箒が二刀を残った翼に叩きつけた。セシリアの狙撃を受けていた翼は、箒の攻撃に耐えられずに切断される。

 

(勝利は見えた)

 

 3人の力を借りての勝利。まだ自分は国家代表にはほど遠いことを実感させられるが、これは実戦だと割り切る。負ければそれまでだ。

 とどめとばかりにラウラがブリッツを福音に照準する。

 

 ……そこで異変が起こった。

 AICが強制解除され、福音がその場にうずくまる。その周囲を蒼い稲妻が球状に奔り、強力な斥力によって接敵していた3人は吹き飛ばされた。

 

(何が起こっている?)

 

 混乱するラウラにオープンチャネルでセシリアから通信が届いた。

 

「福音のエネルギーの値が急速に上昇しています! 皆さん、気を付け――きゃあああ!」

 

 セシリアの叫びに反応したかのように福音は顔を上げる。36の銀の鐘が顔の前で一つに収束し、一筋の閃光となって遠方へと飛んでいった。そして、通信で聞こえてきた悲鳴――

 

「セシリアっ!」

 

 鈴の叫びに対し返事はない。間違いなく、今の攻撃はセシリアを狙ったモノだった。敵の知覚範囲が拡大している。ラウラにはそれ以外にも焦る要因があった。

 

(冗談ではないっ! 今のはまるで――)

 

 まるでブリュンヒルデ、テレーゼのISの攻撃だった。

 

「キアアアアアア!」

 

 獣のような声を上げて、福音は高速で鈴に飛びかかる。翼の推進機を失ってもなお、その速度は衰えていない。いや、むしろ速くなっていた。

 突然の挙動で虚を突かれた鈴は足を掴まれてしまう。

 

「あたしからやろうっての? 接近戦とは上等じゃない」

 

 戦う意志を捨てない鈴。未だ健在な両拳を構える。確かに戦闘タイプ的にはこの状況は鈴に分がある。

 

 先ほどまではそうだった。

 直後、最悪な光景が繰り広げられる。

 

 さなぎを破る蝶のように、福音の背中からエネルギーの翼が生えてきたのだ。

 

「まずいっ! 凰っ! すぐに離れろ!」

 

 ラウラの声は届かない。福音のエネルギー翼は鈴を抱くように包む。

 内部で激しい閃光。銀の鐘のゼロ距離射撃だ。火輪咆哮による反撃もできぬまま、鈴はボロボロになって地上へと落下していく。

 

「よくも鈴をっ!」

「よせっ! 逃げろ! 今のコイツは――」

 

 目の前で鈴がやられたことで箒が逆上して突撃する。それに対して福音はエネルギー翼を真横に広げ――イグニッションブーストを使用した。

 ラウラの制止は間に合わず、箒は福音とすれ違う。エネルギー翼による一閃。箒が展開していた全ての物理シールドは砕け散り、手にした二刀は半ばで折れ、四肢を包む装甲はズタズタになっていた。そして鈴と同じように落下していく。

 

 ラウラの声の続きはこうだった。

 今のコイツは、ブリュンヒルデをトレースしている。

 

 最初に福音を劣化テレーゼと判断した。今もそれに変わりはない。だが、模倣のレベルが高い。高すぎるのだ。

 

「VTシステム……!?」

 

 正式名称はヴァルキリー・トレース・システム。過去のモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きを模倣するシステムだ。誰が、何のために造ったのかは不明だが、実在していることをラウラは知っている。

 現在は、IS条約で研究・開発・使用の全てが禁止されているはずの代物。それがなぜか福音に積まれている。

 

 だが、今は考察をしている場合ではない。目の前で稼働しているソレは“敵”なのだから。

 

「くそっ!」

 

 ラウラがブリッツを放つ。しかし80口径の砲弾は回転する福音の翼によって消滅させられていた。

 続いて6機のワイヤー銃で射撃を開始するが、福音の翼から放たれたエネルギー弾によって全てのワイヤー銃が破壊される。

 適わないと見て下がり始めるラウラだったが、今の福音は戦闘開始時よりも速い。当然、逃げきれない。

 

 ――ここで賭にでる。後退のベクトルを急速にゼロにし反転。ラウラはプラズマ手刀を展開し、接近してくる福音に自分から突撃する。

 

 福音はラウラを捕らえようとエネルギー翼を伸ばすが、それは見えている。そのためのヴォーダン・オージェ。金色の瞳に映る世界は通常よりも遅い。ラウラはこのタイミングでイグニッションブーストを使用した。空を切る福音の翼を置き去りに、ラウラはゼロ距離にまで接近する。その勢いのまま手刀を胴にめがけて叩き込む。

 

「やはり、それも模倣しているか」

 

 ラウラのプラズマ手刀は福音の手首から現れた新たなエネルギー翼によって防がれた。それは翼と呼ぶよりも、ラウラの手刀と同じような剣だった。

 

「だが、あの人の模倣だけで私に勝てると思うなっ!」

 

 距離をとろうとする福音に意地で食らいつく。ラウラが福音に唯一勝算があるのは、この至近距離だけ。背中のエネルギー翼はこの射程では使用できず、銀の鐘の発射前にプラズマ手刀を届かせることができる。

 

「はああああ!」

 

 互いに斬撃を返し返されながらも、徐々にラウラが押し始める。そして油断もしていない。腕以外の場所から翼を出すくらいの芸当をしてきても不思議ではないからだ。だがそれもヴォーダン・オージェがある限り、奇襲となり得ない。

 

 ついにできた福音の隙。慢心のないラウラの一撃。勝負はそれでつく……はずだった。

 

「ぐあっ!」

 

 頭痛。もう限界だった。ヴォーダン・オージェから送られる情報に、脳が耐えきれないと悲鳴を上げた。

 

(くっ、こんなときに――)

 

 動きを止めたラウラを福音が突き飛ばす。距離が開き、今のラウラには近寄るだけの気力は無い。左目を押さえたまま動けないラウラを福音の翼がゆっくりと包み込んでいく。

 

(これまでか……。すまない、テレーゼ。クラリッサ、後を頼む)

 

 光がラウラを包んでいく。箒たちと違ってシールドエネルギーを大幅に消費しているため、絶対防御が最後まで発動してくれる保障はない。銀の鐘の一斉射撃は秒読み段階に入り、それはそのまま、ラウラの命の終わりまでのカウントダウンであった。

 

(やっぱり、戦いに生き、戦いに死ぬ。そんな人生だったよ、テレーゼ)

 

 自分の姉気取りの遺伝子強化素体を思い出す。自分と同じく、戦うために生み出された存在であるが、彼女は生きる目的を見いだしていた。

 

『女の子はね、突然変わっちゃうのよ。ラウラちゃんもわかる時がくる。そんな出会いがいつか必ずやってくるよ』

 

(いつか……か。すぐとは言えない時点で不確かだ。結局、私はわからないまま、先に逝くのだな)

 

 自分は何を成してきたのか。

 白騎士事件で変わった世界でIS適性:Cという底辺に落ち、ヴォーダン・オージェの処置で完全な失敗作に成り下がった。

 遺伝子強化素体の有用性をテレーゼが示していなければ、ラウラはここにいない。落ちこぼれていたラウラを引っ張り上げてくれたテレーゼが居なければ、ラウラはISを使うこともできていない。

 クラリッサが支えてくれなければシュヴァルツェ・ハーゼは部隊として機能していない。隊員たちも不器用に生まれついた自分などについてきてくれている。

 

 まだ何も返せてない。テレーゼにも、クラリッサにも、誰にも……

 

(いやだっ! まだ、死にたくないっ!)

 

 輝きを増す翼。もうダメだ、とラウラは右のまぶたをきつく閉じた。

 

 

 ……閉じた視界を光が赤く染めていた。だがその赤い明かりは急速に減衰し、真っ暗になる。周囲を覆っていた翼から伝わる熱も消えていった。

 

(な、何が起きて……)

 

 異変に対し、混乱しつつラウラは右目を開く。

 

 目の前にあったのは大きな背中だった。

 大きな翼が付いた白い侍。

 右手に日本刀を持っただけの白い侍。

 ISと呼ぶにはシンプル過ぎる攻撃手段しか持っていない“男”。

 

「俺の仲間は誰一人としてやらせねえ!」

 

 男、織斑一夏はラウラをその場に残して、エネルギーでできた翼を半ばで切り裂かれた福音へと向かっていった。

 

 ラウラは戦いに向かう男を見送った。その胸の内には安堵。その目つきは軍人のそれではなくなってしまっていた。

 

(なんだ? この胸の安らぎは……? それでいて、なぜ鼓動が速くなる?)

 

 ラウラはその感情を初めて自覚した。

 

『女の子はね、突然変わっちゃうのよ』

 

 テレーゼの言葉が蘇ってくる。

 わかってしまった。

 これがテレーゼやクラリッサたちが言っていた――


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