IS - the end destination -   作:ジベた

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17 銀の福音

 一夜明けた日曜日の朝。普段ならばアリーナで自主訓練を行うのだが、今、俺は一人でIS学園の事務室へと向かっている。手に持つ書類は『外出届け』。

 IS学園は将来のIS操縦者たちを護るための箱庭だ。当然、無断で敷地外に出ることはできない。

 届け出には織斑一夏とシャルル・デュノアの2つの名前が連ねて書いてあった。

 

 それにしても、昨日は眠れなかったな。

 

「おい。どこへ行くつもりだ、一夏」

 

 アクビをしながら歩いていると、予想外の人物から声をかけられた。

 

「箒!?」

 

 泣いて去ったのは昨日の話だったが、錆びついていた刃を研ぎ直してきた箒の目は鋭い。

 すまん、シャルロット。俺は約束を守れそうにない。……なんて言うわけにいくかっ!

 

「待てっ! 待ってくれ、一夏!」

 

 俺は箒から逃げようと事務室へと走り始めていた。でもすぐにその足を止めた。箒の声に必死さを感じたからだ。

 ……観念するか。

 俺は振り返って箒の元へと歩いていく。昨日、箒を怒らせた原因を、俺は未だにわかっていない。それでも、今逃げたらダメだと本能が訴えていた。

 さあ、煮るなり焼くなり好きにしろ。

 

 しかし、向き合った箒の目つき(かたな)は鞘に納まっていた。

 

「昨日はすまなかった。つい取り乱してしまって……」

「気にするな。俺が悪いんだからさ」

「わかって……くれたのか?」

 

 言葉を間違えた。しかし、『きっと俺が悪い』と言ってしまっていたら、素晴らしい抜刀術を披露してくれるだろうしなぁ。

 

 この場を切り抜ける言葉は、箒の意図がわからなければいけない。

 思い出せ。あのとき、箒が言っていたことを――

 

『もう知るかっ! 廃人にでも何にでもなってしまえ! この分からず屋がっ!』

 

 廃人……か。あの時は白騎士が生体兵器だという話題だった。俺はそれを肯定した。箒は俺がそうなってしまうことを恐れている。

 

 ふと、俺は右手に掴んでいる書類に目を落とす。

 そこに書いてある名前、シャルル・デュノア。

 本当の名前はシャルロット。

 本当はかわいい女の子。

 この学園でその事実を知っているのは俺だけだ。

 俺が彼女の居場所になると決めたんだ。

 

 ――ああ、そうか。

 “俺”がいないと、シャルロットは“また”居場所を失っちまうんだな。

 

 他にもある。思い出せ。俺が強くなろうとしたきっかけはなんだ?

 千冬姉がいなくなってしまったからだろうが。

 千冬姉が帰る場所を護る為じゃないか。

 “俺”がいなくなって、千冬姉はどこに帰ればいいんだ?

 

「わかったよ。俺が“俺”じゃないといけないんだ。俺を必要としてくれる人が居るからな」

 

 箒が目を見張る。俺の解答は正解だったようだ。自分でもしっくりと来ている。

 

「ありがとう、箒。俺はいつのまにか護るものを見失っていた」

「ふん。わかればいい」

 

 箒はふくれっ面をしてそっぽを向いた。こんな態度を取るが、なんだかんだで俺を心配してくれていた。俺はいい幼なじみを持ったと、心から思うよ。

 

 さて、箒と仲直りできたことだし、気分良く遊びに出かけるか!

 

「それじゃな」

「ん? 今からアリーナではないのか? 私は今から行くところなのだが」

「今日は休もうと思ってさ。ちょっくらシャルルと男2人で街の方に出てくるよ」

 

 俺は手にしている書類をひらひらさせながら事務室へと歩いていく。すぐさま隣まで箒が走ってきた。

 

「待て! 私は何も聞いてないぞ!」

「そりゃ言ってなかったし、昨日の夜に決めたからな」

「なぜ何も連絡しない!」

「え、むしろ今まで何か連絡してたっけ?」

「今回は必要だろう! お前はIS学園の生徒なのだ。土曜日は大体第2アリーナで自主訓練しているのが普通だと私たちは思っているんだぞ!?」

 

 IS学園の生徒ならば時間がある限り操縦訓練をすべきだ。しかし操縦者は人である。休みも必要だ。箒はそれを教えてくれたんじゃないのか? その箒が自主訓練してて当たり前とか言ってるけど矛盾してないのかねぇ。

 

「そうか、今度から連絡するよ。じゃ、そういうわけで!」

「待て! 私も行く!」

 

 予想通り、そうきたか。しかし今回は俺も譲れない。

 

「実はな、箒。シャルルは女の子の前だと緊張してしまうウブな奴なのだ。それを知った俺が、シャルルが楽しめるようにとセッティングしたイベントなんだ。お前が自分を女子だと自覚しているのなら、今日は身を引いてくれ」

 

 という設定を即興で作ってみた。どうだろうか?

 

「ぐぬぬ。仕方があるまい。だが約束しろ! 次は私も連れて行け!」

「あいよ、了解」

 

 効果覿面(てきめん)。俺は悠々と事務室まで向かった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「というわけらしいのだが……どう思う?」

 

 一夏と別れた後、箒は第2アリーナで待っていた友人2人と合流した。そして先ほどの経緯を全て話し終える。

 

「わたくしの感想としては“今更”ですわね。確かにデュノアさんが転入されてからすぐに、わたくしたちとの練習試合というスケジュールでしたから論理的に無理はないのですが……」

「でも、今の一夏が外に遊びに出る時点で何かおかしくない? 箒、アンタが何か言ったんじゃないの?」

「そ、そうかもしれん」

 

 箒もセシリアや鈴と同じ感想を抱いている。しかし、昨日困らせた手前、なんとなく引け目を感じてしまっていた。

 

「鈴さんはどう見ます?」

「自分から遊びに行くこと自体は良い傾向なんだけど、野郎だけでってところはヘタレなまんまね。危うさみたいなのはなくなったけど、あたしらが頑張らなきゃいけないってことに変わりはないわ」

「そうですわね……」

「一体何の話だ?」

 

 箒は話についていけなかった。しかし、セシリアと鈴は2人で勝手に話を続けていく。

 

「さて、鈴さん。わたくしたちはこれからどういたしましょうか?」

「そうね。急に訓練する気が無くなって、急に暇な時間ができちゃったしね」

 

 悩んでいる言動のようで、やることが決まっていた。さっさと2人はアリーナから出て行く。箒は慌てて彼女たちを追った。

 

「待ってくれ、2人とも。一夏を追うつもりなら覚悟をしておいた方がいい」

 

 覚悟、という言葉を箒が使ったことで、鈴とセシリアは硬直した。

 

「箒さん?」

「今日の一夏は、デュノアのためにと張り切っている。それをもし邪魔してしまったら……一夏に嫌われるぞ」

「うっ……」

 

 鈴とセシリアが呻き声を揃えた。

 箒とて2人が一夏に想いを寄せていることくらい理解している。しかし、今日の箒は一夏の味方だった。次の約束をしたから……

 

「ああ、もう! 今日は女だけで訓練よ! 一夏に一日休んだことを後悔させてやるんだから!」

「ええ、そうしましょうか……」

 

 2人は再びアリーナに引き返す。箒ももちろん後に続く。

 

(これでいいだろ、一夏。ゆっくり羽を伸ばしてくるといい)

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「シャルロット、準備はできたか?」

「わたしはOKだよ。行こう、一夏」

 

 がちゃりと部屋の扉を開ける。すると部屋の前で待ちかまえていた軍人と遭遇してしまう。

 

「アリーナにいないと思ったら、まだ部屋にいたとはな」

「ラウラ!? なぜ俺の部屋の前に……?」

「学園長にお前のことを頼まれてしまってな。私が責任を持って、お前を強くしてやろう。さあ、アリーナに行くぞ」

「悪い、今日は先約があるんだ。明日からにならない?」

 

 轡木さんの仕業か。確かに昨日、はっきりと『俺を強くすることが目的である』と断言してたし、そういう手回しもしてくるよな。でもなぜラウラなんだ? 俺としてはあの巫女からの方が学ぶことが多い気がするのだが……

 

 とりあえず手を合わせてラウラに頼み込んでみた。するとラウラは俺とシャルロットを交互に見た後にニヤリと笑む。

 

「確かに休養も必要か。そういうことならば仕方ない。今日は見逃してやろう。一応言っておくが、()()は男性操縦者なのだから、周囲の安全確認は常に怠るなよ」

 

 なぜかはわからないが、特に問題なく出発できそうだった。セシリアや鈴に見つかる前に出て行ってしまうことにしよう。俺はシャルロットの手を取り、歩き出す。

 

「だいぶ遅れちまったし、急ごうぜ。シャルロ――」

「い、一夏っ!? 手なんて握らなくてもちゃんとついて行くから!」

 

 あ、危なかった。ついラウラの前で本名を言ってしまうところだった。しかし流石はシャルロット。俺のミスのフォローがすごく自然だ。これなら誤魔化せただろう。

 

 ……片目だけでジーッと見つめる軍人がそこにあり。

 くっ! 怪しまれてるのか!? ええい! もう逃げてやる!

 

「待ってよ、一夏! 廊下は走らないで!」

 

 

***

 

 

 やってきたのは俺の実家の近くのショッピングモール。ちなみに何かを買うって予定はない。

 なぜこんな場所にしたかって? 予定を立てる時間がなかったんだよ。

 

「わああ。こういうところに来るの久しぶりだよ!」

 

 久しぶり……か。多分それは2年以上ぶりということなんだろうな。

 

 お金の持ち合わせが無いのに来たから、ウィンドウショッピングだけで終わってしまうのだが、シャルルが楽しそうで何よりだ。来た甲斐は十分にあった。

 

「見て見て、一夏!」

「ぷぷっ」

 

 昔ながらのパーティーグッズである鼻メガネ(だったかな?)をかけているシャルロット。

 なぜそんなものがここにあるんだ?

 なぜそれをわざわざ着けるんだ?

 シャルロットはツッコミ待ちなのか?

 ま、楽しそうで何よりだ。

 

 しばらく並んで歩いていると、女性向けの服が立ち並ぶ店が視界に入る。店頭のマネキンが来ている服をジッとシャルロットが見つめていた。

 

「入るか? シャル……ル」

「そういうわけにはいかないよ。いくらIS学園の外だからって誰の目があるかわからないから。今のボクには過ぎたものだよ」

 

 くそっ! またシャルロットに悲しい笑顔をさせてしまった。俺はなんとかしたいと思い、必死に言葉を探した。こういうときなんて言えばいいんだ!?

 

「でさ、一夏」

「ん?」

「いつか、ボクが男のフリをしなくても良くなったら、また一緒に来てくれる?」

 

 首をコテッと傾けながら俺に微笑みかける。男装してても十分魅力的だった。だから、俺はシャルロットが男のフリをしなければいけないということを忘れがちになる。

 

「もちろんだ。着飾ったシャルロットは綺麗なんだろうなあ」

「い、一夏っ!? ダメだよ、その名前で呼んじゃ。……う、嬉しいけどさ」

 

 しまったな。俺はシャルロットほど切り替えができていない。つい“シャルロット”と呼んでしまう。今朝はラウラの前でやらかしそうだったし……。そうだ!

 

「なあ、お前のこと、シャルって呼んでいいか?」

「え?」

 

 言ってから気づく。そういえばシャルロットという名前は母親からもらった大切な名前だって言ってたじゃないか。これは失礼なことをしたかな。

 

「いいよ! 是非そう呼んで! 皆の前でも、2人きりのときでも、どっちでもそう呼んで!」

 

 おっと、意外と好評だった。しかも俺が呼びやすいようにという配慮でもないみたいだし。

 

「いいのか? お母さんがくれた大切な名前なんだろ?」

「知っていてくれれば全く問題ないよ。それに――」

 

 シャルが胸の前で形のないモノを大切そうに握りしめた。

 

「一夏が“わたし”だけのためにつけた愛称が嬉しくないはずがないよ」

 

 不意打ちだった。その笑顔も。素で出てきてしまった“わたし”も……

 

 

***

 

 

「もうそろそろ帰るか、シャル」

「うん、そうだね。あんまり遅くなったら明日に響きそうだし」

 

 日が傾いた頃になってようやく駅へと向かい始める。そのとき――

 

「お兄! もっと速く歩くっ!」

「いや、お前……俺が持ってる荷物の量をわかってて言ってんだろうな?」

 

 俺の耳に聞き覚えのある声が届いた。

 すぐに声のした方を見ると、大量の買い物袋を抱えたロン毛の男と、その前方を手ぶらで歩く女の子がいた。

 

「弾っ! (らん)っ!」

 

 俺は彼らの名前を呼ぶ。すると、すぐにこちらに気がついたようだった。

 

「い、一夏さん!? お、お久しぶりです」

「おう、久しぶり。今日は買い物か?」

「はい! 夏になる前に色々と用意しときたかったので」

 

 俺の前にやってきた少女の名前は五反田蘭。弾の妹で年は一つ下。有名私立女子校に通っている優等生だ。

 

「一夏さんも買い物ですか? でも確かIS学園って全寮制で外出できないって聞いてましたけど」

「ああ。一応、許可が出ればこうやって出てこれるんだ」

「おい! 一夏っ!」

 

 蘭と話していると遠くから弾が呼ぶ声がした。仕方がないので近寄っていく。

 

「どうしたんだ、弾?」

「見ればわかるだろ。あんまり自由に動けないんだよ!」

 

 確かに、巨大トロポスのゴーレムがスマートに見えるくらいに、今の弾は買い物袋を“装備”していた。俺の隣にいるシャルも気の毒そうに弾を見ている。

 

「ん? 一夏、コイツは?」

 

 弾がアゴでシャルを指す。蘭も聞きたそうにしていた。

 

「ああ、IS学園のクラスメイトのシャルだ」

「シャルル・デュノアです。えーと……」

「俺は五反田弾。一夏とは腐れ縁って奴だ」

 

 弾に続いて蘭も「弾の妹の蘭です」と自己紹介をする。

 

「しっかし、かわいい子連れてるじゃねえか。こんなところに買い物ってことは彼女か?」

「いやいや、シャルルは男だから。それに、俺は誰かと付き合うことなんてできないって弾も知ってるだろ?」

「あれま? IS学園だから女子だと思ってたぜ。ってことは2人目の男子ってことだな」

 

 危ない。弾は妙に勘がいいところがあるから気づかれたのかと思った。

 ……そういえば、世間的にはシャルルのことは知られていないのかな?

 俺が一人目だったから目立ってただけかもしれんけど。

 

「ねえ、一夏。誰かと付き合えないってどういうこと?」

 

 俺と弾の何気ない会話にシャルが割り込んできた。色々と遠慮しがちなシャルにしては珍しい。

 

「言ってなかったっけ? そういや昨日、俺の話は途中で終わってたな。長くなるから後でゆっくりと話すか」

「うん! 絶対だよ!」

 

 そういえば俺たちは帰る途中だったな。向こうも弾が辛そうだし、今日のところはそろそろ別れよう。

 

「じゃ、そろそろ行くか」

「え? もう行っちゃうんですか!?」

「また食堂の方に顔を出すよ。積もる話はそのときにゆっくりとしよう」

「絶対ですからねっ!」

 

 絶対という言葉が流行ってるのか? ま、いいや。

 俺とシャルが五反田兄妹に手を振り、帰ろうとする。

 

「待て、一夏。一つだけ聞かせてくれ」

「なんだ?」

 

 背を向けた俺に、弾がまじめなトーンで訊いてきた。まじめにはまじめで返す。それが俺流の礼儀。

 

「IS学園で、ちゃんとやれているか?」

 

 ……だからコイツは俺の親友なんだ。俺が不安だらけだったこともわかって心配してくれてる。俺は、弾の危機なんてものがあったら絶対に駆けつけたい。

 

「ああ。充実してるくらいだ。箒も鈴も居るし、新しい友達もできた。お前が居たらもっと楽しいんだろうけどな」

「そか。そいつは良かった」

 

 それだけ話せれば大丈夫だ。2ヶ月会っていなくても、俺たちは変わらぬ友情で結ばれている。

 

 

***

 

 

 寮に帰る頃には空が真っ暗になっていた。それもそのはずで、あと2時間もすれば日付が変わる。夕食も外になって意外と出費してしまったものだ。今は日々の食費やら光熱費やらを払わなくていいから別にかまわないのだが、つい気になってしまうのは貧乏人の性か。シャルとは別会計で支払ったのだが、『カードで』と払っていた姿を見ると、彼女が別世界の人間のように思えてくる。

 

「ちょっと遅くなりすぎたかなあ」

「学園側から連絡が来てないから心配する必要ないと思うぜ。とりあえず、明日からはまた訓練が始まるんだから、今日はさっさと寝よ」

 

 鍵を開けて俺たちの部屋に入る。入り口傍のスイッチで明かりをつけ、俺たちはそれぞれのベッドに腰掛けた。

 大した荷物など無い。2人とも出て行くときに持った鞄くらいだった。

 

「今日は楽しかったよ、一夏。ありがとう」

「お、おう。この程度ならいくらでも付き合うさ。次はシャルの方から誘ってくれてかまわないぜ」

 

 何でもないことのはずなのに、ドキッとさせられてしまった。何というか、シャルの笑顔は深く入り込んでくる感じがするんだよな。……そうか、タイミングが自然なんだ。きっとそうだ。

 

「一夏、どっちからシャワー浴びる?」

「俺は後で構わないぜ。シャルは早くコルセット外したいだろ?」

「そうだね。そうする」

 

 シャルが着替えを持ってシャワー室へと入っていく。いつも部屋着にしてるジャージなのだが、昨日のインパクトも手伝ってつい意識してしまう。今頃、脱衣所では……っと、いかんいかん!

 意外ときついぞ。女子と同じ部屋って……

 

 こういうときは、まじめに考え事をするに限る。例えば、今、誰を信用すべきか、だ。

 

 現状、シャルをIS学園に残すために必要な条件は、

 

・IS学園の運営側にシャルが女子だとバレてはいけない

・デュノア社側に俺が全て知っていることがバレてはいけない

 

 この2点だ。これはほぼ全ての人間を味方にできないことと同義だ。

 俺たちだけで隠し通すには限界がある。いずれはバレて当然のことなんだ。何か、手を打つ必要があるのはわかってるんだけど……思いつかない。

 

「一夏、上がったよ――って、どうしたの?」

 

 苛立って頭をひっかき回していたら、シャルがシャワー室から出てきていた。ま、この焦りは俺の胸の中だけで留めておこう。

 

「なんでもない。ちょっと考え事を――」

「わたしのことで?」

 

 うぐっ。俺ってわかりやすいんだろうかね。多分顔に出しちまったからシャルなら気づいてしまっただろうな。

 ――って、シャル? なぜ顔を紅くしてんの!?

 

「い、一夏もシャワー浴びてきなよ! わたしは先に寝るから」

「お、おう」

 

 シャルが俺の前を横切って自分のベッドへと向かう。

 

 着替えを手にした俺は、彼女から漂ってくる甘い香りに誘われ、つい目をシャワー室と反対側に向けてしまっていた。

 

 だから見えてしまった。

 

 カーテン越しでもはっきりとわかる、無数の光点が――

 

「シャルっ!」

 

 直感的に危険だと判断した俺は雪花を展開し飛び出した。シャルは全く気づいていなかったようでISを展開していない。俺はシャルに抱きつくようにして彼女と窓の間に割って入った。両肩の盾はもちろん両方とも背中に回している。

 

 窓ガラスが割れる音。

 窓枠が吹き飛ばされる音。

 壁や床、天井が崩れていく音。

 背中の盾が砕け散る音……

 

 徐々に近づいてきた音の後、俺の背中を衝撃と熱が襲っていた。全身が軋み、上げた悲鳴が脳を焼く。辺りは閃光で真っ白に染まっている。

 

「ぐあああああっ!!」

 

 耐えろ、雪花。耐えろ、俺の体。ISを展開していないシャルがエネルギー兵器の攻撃をくらえば、確実に死ぬ。

 

「い、一夏っ!」

 

 ホワイトアウトしていた視界が正常に戻ってくる。目の前には泣き顔のシャルが俺を見上げていた。

 

「ぶ、じ……」

 

 無事で良かった。

 そう言おうと思ったのに、口からはうまく声を出せなかった。

 そうだ、一体、この攻撃は誰が――くっ! 全身の痛みで振り向くことすらできない。

 

「一夏! いちかぁ!」

 

 シャルが俺にしがみつきながら泣き叫んでいる。彼女はあちこち血まみれだった。どこか怪我したのか? いや、見たところ彼女には傷らしい傷がない。

 

「かはっ!」

 

 俺の口から何かが飛び出す。それは鮮やかな赤い液体――血だった。シャルに付いていたのは、俺の血だったんだ……

 

 雪花のシールドエネルギーはゼロ。盾を突き破り、シールドバリアをも打ち破った敵の攻撃は、雪花の絶対防御を発動させた。しかし、攻撃を防ぎきる前に、エネルギーが切れた。

 

 俺の体がぐらりと揺れ、膝をつく。その際に偶然、クルリと反転し、窓の外の敵の姿が見えた。

 

 全身が銀色だった。翼が頭部付近から生えているが、まるで天使のような外見をしていた。

 天使が手をかざすと、再び複数の光が生成される。

 

 今のシャルにいつもの冷静さは全くない。ISも展開せずに俺を抱き抱えているだけ。

 

 このままでは2人ともやられる。

 頼む、雪花! 動いてくれ!

 しかし雪花は何も応えない。

 俺の体も、動かない。

 

 ただし、代わりに応える発砲音があった。一度戦ったから覚えている。この音はまるで雷の轟き……

 

「無事か!?」

 

 ラウラが来てくれた。これでシャルは助かる、と安心する。

 

「デュノア、何をやっている! 織斑を早く医務室へ運べ!」

「う、うん!」

 

 シャルがISを展開し、俺は彼女に担ぎ上げられる。

 

 ダメだ。意識が朦朧としてきた……

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

(行ったか……。全く、アレで良く10日も隠し通せたものだ)

 

 ラウラは一夏を抱えて去っていくシャルロットを見送る。今はISスーツのおかげで男性に見えている。正確には、見えないこともないというべきか。

 

 一夏のことはシャルロットに任せて、ラウラは銀色の機体に目を向けた。

 

「ISネーム“銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)”。アメリカの第3世代型ISで、ごく最近、何者かに強奪された機体か。やはりコアネットワークにプロテクトがかかっている」

 

 ラウラが話には聞いていたISだった。ブリュンヒルデであるテレーゼの単一仕様能力を再現しようとアメリカの研究チームが開発していた機体。実験がどこまで進んでいるのか情報は入っていないが、強奪されたことが事実ならば、それは盗んだ者たちにとって強力な武器となりえるからだ。つまり、特殊装備は完成していると見ていい。

 

「おっと、私は眼中にないとでも言うつもりか?」

 

 福音が一夏を追おうとしたところを、6本のワイヤー銃からの射撃で足止めする。

 福音はお返しとばかりに、36個の光弾を前面に展開していた。次の瞬間に全ての光弾がラウラのいる辺りを襲う。

 

「36か……。この弾幕の前では、私のISの名が泣いてしまうな」

 

 盾で受けながらラウラは不適に笑む。間違いなく強敵だ。だが攻撃を受けてわかる。テレーゼ(ブリュンヒルデ)ほどじゃない。福音を倒せねば、ドイツ代表の座をテレーゼから奪い取ることはできない。

 

 良い練習台の出現を喜んだ。そして、福音を奪った組織は一つしか考えられない。

 

「劣化テレーゼであり亡国機業でもある。こういうとき、日本語では『カモがネギを背負ってきた』と言うのだったか?」

『合ってるぞ。日本語も……おそらく、貴様の予想も』

 

 ラウラの独り言に対して、プライベートチャネルの通信で返事があった。

 

「あなたも轡木もそう判断したか」

『先ほどアメリカから銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の情報が送られてきた。目を通せ』

「感謝する」

 

 特殊装備“銀の鐘(シルバー・ベル)”。現ブリュンヒルデの単一仕様能力“紅炎翅翼(こうえんしよく)”を模したエネルギー系の射撃兵器。砲身を必要とせずに皮膜装甲から直接エネルギー弾を撃つことができる。同時に36発まで発射が可能。

 

「砲門の数はおよそ6倍か。おまけに連射速度もそう変わらない。エネルギー弾をAICで止めることができない以上、私の分が悪いな」

『私が行くまで持ちこたえられるか?』

「あなたは他の生徒の心配でもしていればいい。先生」

 

 ヴァルキリーがここに来れば、すぐに決着はつく。できれば自分一人で倒したいところだ。しかし戦況は芳しくない。

 躱しきれず、少しずつ盾が削れていく。こちらの射撃はビームは当たるが、本命のレールカノンは掠りもしない。このままでは負けは見えている。

 

(では、本気を出すとしよう)

 

 ラウラは左目の眼帯を投げ捨てた。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

(早く! 速く!)

 

 シャルロットは手の中の熱が少しずつ冷えていっている気がしていた。そこにはISごと抱えた一夏の姿。血まみれだ。普段ならば冷静に対処できたことがまるでできていない。ラウラの言うとおりだった。何をやっているのだろうか。

 

 考え事は後だ。今は一夏を助けるために全速力で医務室へ行かないといけない。

 

「はっ! 見つけたぜ、織斑一夏!」

 

 先を急ぐシャルロットの前に、立ちふさがる“敵”がいた。紫色の狼男……その姿をシャルロットは初めて見るが、今まで戦ってきた相手とは何かが違う。本能が恐怖を訴え、手が勝手に震え出す。

 

「シャ……ル」

「一夏!?」

 

 腕の中で一夏が自分を呼ぶ。自分の震えが伝わってしまったらしく、ボロボロの一夏が必死で声を振り絞っていた。

 

「逃げ、ろ……」

「わかってる。絶対、助けるから」

 

 一夏が言おうとしていることは「自分を置いて逃げろ」だろう。シャルロットの選択肢にそんなものは存在しない。一夏とシャルロットが2人とも揃って居る世界しか望む未来は存在しない。

 

 しかし現実は理想を押しつぶす。既に囲まれていた。シャルロットの戦闘能力を以てしても、一夏を抱えながら相手にできるはずがない。

 

 ……理想が叶うとしたら、現実を変える何かがあったときだ。それは自分の力とは限らない。

 

 敵の包囲の一角が何者かによって薙払われていた。

 

 そこに立つは、桜色の衣装に身を包む“巫女”。

 

「“円月(えんげつ)”だと……? なぜ、てめえがこっちに来てやがる! そこまでしてソイツを護る必要があるってことか!?」

 

 狼男が驚愕の声を上げる。余裕など微塵もない。

 

「デュノア。織斑を第一アリーナのピットに運べ。そこに、織斑を助けられる人間が待機している」

「は、はい! ありがとうございます、先生!」

 

 シャルロットが巫女の脇を通り過ぎる。敵からの銃撃があったが、それらは全て薙刀によって叩き落とされていた。

 

「トロポス共、相手をしてやろう。そして知るといい。格の違いをな」

 

 シャルロットは絶対の安心と共に第1アリーナへと向かった。

 

 

***

 

 

 以後、何にも邪魔されることなくシャルロットは目的地にたどり着く。そこには、白衣を羽織ったロン毛の少年が立っていた。シャルロットには見覚えがある。

 

「こりゃ派手にやられたな。やっぱり、一晩でやった程度じゃ無茶だったか」

「君は……」

「名乗ってなかったか? それとも忘れられたのか? ま、いいか。俺は五反田弾だ。さて、さっそく始めるとしよう」

 

 今日の昼のことだ。シャルロットはしっかりと覚えている。一夏が親友だと語っていた男。わからないのは、彼がここに居る意味だ。

 

 弾はゆっくりと歩み寄ると、一夏に声をかける。

 

「一夏。きついだろうが、雪花をパージしてくれ」

 

 一夏から返事はない。きっと意識もない。だが、一夏は弾の言葉通りにISを外した。

 

「シャルルだっけ? 5分ほど一夏を看ててくれ。作業中に死なれたら適わん」

「どういうこと? 君が一夏を治してくれるんじゃ……?」

 

 救急セットのようなものを渡されてシャルロットは困惑する。弾はシャルロットの言葉を無視して、雪花の部品を総入れ替えしていた。

 

「医者が診るよりも確実に一夏を治せるんだよ。俺でもお前でもなく、ISがな」

 

 弾の手際は凄まじいものだった。次々と雪花のボロボロの装甲を外しては新しい装甲を付けていく。

 気づけば、全く違うISがそこにあった。コア以外が別の機体になっている。

 

 “白”だった。

 

 雪花も白かったのだが、アレは白く塗装していたに過ぎない。そう思わせるほどに純白に輝いていた。

 

 ISのコアは自己進化機能を有している。実はそれが仇となって、構築したばかりのISはコアが装甲に馴染むまでに時間がかかる。体に神経が巡っていないような状態になり、コアが体を把握するまで時間がかかるはずなのだ。

 

 だが、目の前の“白”は以前からそうであったかのような存在感を放っていた。まるで今までの雪花の方が仮初めの肉体だったよう――

 

「よし、できた! 一夏を乗せてやってくれ」

 

 シャルロットは言われるままに一夏の体を“白”に託す。一夏を確認した“白”は開いていた装甲を閉じ、周囲を白く染めるほどの光を発した。

 


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