IS - the end destination -   作:ジベた

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1st destination : 戦うための力
01 織斑一夏


「中学も終わりか……」

 

 3月10日。この日、俺は義務教育を終えることになった。しかし3年間世話になった校舎を見上げていても何も感じない。何もというのは言い過ぎかもしれないが、別れを経験しすぎた俺にとっては卒業という行事はただの消化試合のようなものだった。

 

一夏(いちか)、たかが中学の卒業なんかで湿気た顔してんじゃねえよ!」

 

 唐突に背中をバシッと叩かれる。振り向けば、かれこれ8年ほどの腐れ縁である五反田(ごたんだ)(だん)が「よっ!」と右手を挙げていた。嫌みを感じさせない気持ちのいい笑い方をする親友と共に中学校の校門へと向かう。

 

「違うって。何も感慨が無いなと思っていたところだ」

「そっか。ま、普通はそうじゃねーの? 今生の別れでもねえし」

 

 弾の言うとおり。ここで生活を共にした友人たちは次に行く場所こそ違えど、会おうと思えば会える奴らばかりだ。まあ、1年前に転校していったアイツは国が違うから難しいけどな。それでも金と時間さえあれば会える。

 

 ……会えない別れに比べれば、なんてことない。

 

 俺は学ランの内ポケットから一枚の写真を取り出した。古い写真だ。まだ自分の携帯電話を持ってなかった頃の写真。それは小学校低学年の少年と女子高生のツーショットだった。

 

「今日も持ってるんだな」

「当然だろ? 俺の卒業を見てほしい人なんて他にいないし――っと、ごめんな。暗い雰囲気にしちまって」

 

 俺の取りだした写真を見た途端に弾の顔が暗くなる。そこに写っているのは昔の俺と、俺の唯一の肉親である千冬(ちふゆ)(ねえ)だからだ。

 

 千冬姉は弟の俺から見ても立派な人物だった。才色兼備という言葉が相応しい、何でもできて、きれいな人だった。といっても大和撫子という感じではない。見かけから既に凛々しく、か弱さなんて微塵も感じさせない千冬姉は獅子のように厳しく俺に接していた。でも俺は千冬姉に感謝こそすれ、恨むことなんてあり得なかった。千冬姉は一人で俺の世話をしてくれていたんだ。俺にとって姉であり、母だった。そして、その千冬姉は――

 

 ――俺が小学3年のときに行方不明となった。

 

 以来、俺は一人で暮らしている。家とか土地のこととかは当時の俺は全くわからなかったけれど、五反田食堂の爺さんが俺の後見人になってくれてなんとかしてくれた。施設に入るとか五反田の家に世話になるとか選択肢はあったが、俺は千冬姉が帰ってくる家を護っていたかったから一人ででも残ることに決めた。

 

「一夏、今日はこれからどうする?」

「そうだな……」

 

 中学校の校門を出たところで弾が俺に訊いてくる。そこで俺は一つやっておくべきことを忘れているのに気がついた。早速デジカメを取り出す。

 

「男2人でむさ苦しいが、写真撮ろうぜ?」

「またそれか。本当に好きだな」

「んー、別にそう好きでもないんだけどな」

 

 適当に後輩を捕まえてデジカメを渡す。校門を背景として弾と並んだ写真を撮ったところで返してもらい、礼を言って別れた。撮れた写真を確認する。うん、これでよし。

 

「他の奴はいいのか?」

「今から捕まえるのは面倒だしお前だけでいいや。集合写真もあるしな」

「で、話は戻るが、これからどうする?」

 

 デジカメを鞄に閉まっていると弾がしつこく訊いてくる。ってことは今の弾は暇で暇でしょうがないということだな。いつもならこのまま駅前にまで遊びにいく流れだが、今日はそんな気分じゃなかった。

 

「悪い。今日は家でゆっくりするつもりなんだ」

「そか。じゃ、またな」

「ああ、飯はそっちに食いにいくよ」

 

 夜に再び会う約束を交わし、俺たちは別々の方向へと歩きだした。

 ちなみに“そっち”とは弾の実家である五反田食堂のことだ。週の半分は通っている。自炊できないわけではなく、一人の食事が寂しいものだったからだ。あそこでの暖かい食卓は、俺の生きる糧だと断言できる。学校で習うような五大栄養素だけで人は生きていけないぜ。

 

 

***

 

 

「別れ……か」

 

 俺は一人歩きながら呟いた。このまま真っ直ぐ家に帰っても一人だ。

 俺は両親の顔を知らない。千冬姉が言うには、俺たちは捨てられたのだそうだ。経緯も何も知らない。だから物心ついた頃の俺が家族と言えたのは千冬姉と、篠ノ之(しののの)の家の人くらいだった。どんな縁で知り合ったのかをよく覚えていないが、千冬姉が篠ノ之道場の門下生だったことは覚えてる。俺も一緒に剣道を習ってたっけな。今思えば剣道とは思えない鍛錬もあった気がするが些細なことだ。

 

 ……今はその誰も近くにいない。篠ノ之一家は千冬姉が行方不明になったとほぼ同時期に遠くへ引っ越していった。行き先も聞けないくらい急だった。

 

(ほうき)、元気にしてるかなぁ」

 

 俺は仲の良かった同い年の幼なじみの顔を思い出す。第一印象は暗い子だった。一体どんな世界を見てくればそうなるのかと問いただしたいくらいに鋭い刀のような目つきを持つ少女の名は篠ノ之箒といった。

 

「ま、流石にあの極度のコミュ障はなんとかなってるだろ」

 

 小学校低学年にして、近づいたら怪我をさせられるような雰囲気を纏っていたなぁ。それでガキ大将みたいな男子に目を付けられて心ないことを言われてたんだっけ。

 当時のことを思い出しながら歩いていたら、いつの間にか家に帰るコースから外れていた。知らない道ではない。昔は当たり前に通っていた篠ノ之神社への道だった。

 

「ここまで来ちまったし、神社に行ってみるのもいいかもな」

 

 思い立ったが吉日。幼き日への郷愁を胸に足を向けることにした。

 

 神社までの道は何も変わっていなかった。ただ、7年前と比べて人が少なくなった気がする。結局誰ともすれ違うことなく神社の入り口にたどり着いた。懐かしの場所は7年も誰も手入れをしていないために結構荒れていた。鮮やかな朱色をしていた鳥居も砂や埃で大きく汚れている。誰かのいたずらだろうか、傷も増えている気がする。

 自分の知っている場所から変わってしまったという事実を入り口で突きつけられたが、かまわず鳥居をくぐって参道へと足を踏み入れた。箒が竹箒を持って掃除させられていた参道も汚れが目立っている。管理する人間がいなくなっても踏み入る人間はいるのか、土の靴跡もちらほらと見受けられるし、石でできた参道であるのにところどころ丸い穴が空いてしまっている。穴といっても何か硬いもので削ったような跡だ。

 

 ん? 丸い穴?

 

 俺は立ち止まって周囲を見回す。境内に生えている木々はところどころ枝が折れている。本殿も参道にあるような丸い穴が無数に空いていた。

 

 ――何かが変だ。

 

 7年で自然にここまで朽ちるだろうか。それも穴なんていう局所的な損傷をだ。なにかしら人為的にできてしまったと考えた方が自然だ。折れた枝も良く見ればささくれている中身が妙に白い。

 

 誰が何をしたらこうなるのか。

 

 俺が想像できる答えは一つだけだった。そしてそれは、ここにいることが危険であることを示していた。すぐに帰ろうと入り口の方へ振り返ると、鳥居の下には――

 

 鉄でできたような人型のモノがいた。

 

「な――!?」

 

 肌が一切確認できないため、装甲を着た人なのか、自立駆動のロボットなのかは全くわからない。しかし危険だということはわかる。異質な人型の手には身丈を超える円錐状の巨大な槍があった。そう、槍だ。つまり、目の前のコイツは“人を殺せる武器”を持っている。

 人型はその穂先を俺へと向ける。よく見れば円錐の根本付近に4つほど円形の穴が空いている。境内のあちこちにつけられた円形の傷と同じくらいの大きさの円だと思われる。

 第六感の危険信号が頭に電気ショックを与え、俺の体を右へと跳ばせた。砂利の混ざった地面を転がる。痛え。痛覚と同時に聴覚が複数の破裂音と、石と金属がぶつかる高い音を捉えていた。

 すぐに起きあがった俺の目に飛び込んできた映像は、4つの穴から煙を出している槍と、無惨な姿になった石の参道だった。

 

 ……咄嗟に跳ばなければ、ああなったのは参道ではなく俺だった。

 

「なんなんだよ、お前は!」

 

 半ばヒステリーを起こし気味の俺の問いに対する返答は沈黙のまま武器を俺に照準する事だった。話が通じない。すぐに林の中に逃げ込む。俺の通過した場所を弾痕が追ってきていたが、木で俺の姿を捉えられなくなったのか、銃撃の音が止んだ。

 

 なんで、この日本に銃を持ったロボットがいるんだ?

 なんで、俺が撃たれなきゃいかん?

 奴はこんな場所に何の用があるんだ?

 

 少し落ち着いた俺の頭に一気に疑問の波が迫り来た。でも答えてくれそうな人はいない。直感だが、俺を襲ってる奴は人じゃない。

 ……それにしても人生では何が役に立つかわからないもんだな。銃は初めてでも、なぜか俺には真剣と相対した経験がある。ありがとう千冬姉。おかげで腰が抜けずにすんだよ。

 さて、とりあえずこのまま奴を撒いて交番に行こう。それでなくても人が多い場所に行かなければ。

 

 パキッ。

 

 ……足の裏に枝を折った感触。マズい。

 音がするや否や木々の枝を折りながらこちらに近づいてくる気配がする。俺は音を出すことに構わず走り出した。時折振り返るが、視界に敵の姿は見えない。折れる枝の音だけで、敵の足音が全くしないことが気にかかったが木々の間を通る分には俺の方が速いらしい。このままなら逃げきれる。

 

 はずだったのに――

 

「嘘だろ?」

 

 正面には奴がいた。いや、後ろから追ってきている音はしている。だからコイツは正確には奴じゃない。同じ形をした敵だということだ。気づけば枝の折れる音は後ろだけじゃなく、右からも左からも聞こえてきていた。俺は包囲されていたってわけだ。

 正面の敵がフワリと浮き上がる。二足歩行の形状の癖に。そりゃ足音なんてするはずがないな。敵は槍を両手で構えて俺に向ける。

 

 本当、俺の人生って何だったんだよ?

 千冬姉、篠ノ之一家、五反田一家、他にも色々な人に支えられてきて、甘えてきて、護られてきてさ。

 俺、まだ皆に何も返せてないのに。与えられるばかりだったのに。

 ここで死ぬのかよ……

 

 槍を構えた敵が予備動作なく俺に向かって飛んできた。俺は敵の軌道を先読みするべく凝視した。

 

「死ねるかよ!」

 

 今できること。それは足掻くことだ。諦めだけはあり得ない。それは俺を護ってくれた人たちに対する裏切りに他ならない。

 俺はさっきのように右に跳ぶ。しかし今度の敵は軌道を修正して跳んだ俺に真っ直ぐ向かってくる。左手を突きだしてガードを試みる。片手が持ってかれてでも、俺は生きるんだ!

 

 

 ……来るであろう左手を襲う激痛は来なかった。目を閉じてしまったために何が起きたかはわからないが、俺の耳には金属同士の衝突の音が届いていた。今度は甲高い音ではなく鈍い音。質量の大きな物体同士の衝突だった。

 

 俺は恐る恐る目を開ける。

 

 武者がいた。赤い武者だった。戦国時代に使っていた甲冑っぽいものを着ていたからそう思った。その両手にはそれぞれ日本刀が握られているのもその要因だ。

 でも武者と呼ぶには軽量に見えた。鎧は肩や腕、足といった四肢にしか見えず、肝心要の胴体には鎧がない。あまりにも薄着なそれは女子のスクール水着という方が的確なものだった。太股の付け根や脇あたりにチラリと垣間見えるきめ細かい肌が、中に女性がいることを俺に伝えてくれた。

 

「お前、そこで何をやってる! さっさと逃げろ!」

 

 敵の槍を盾で食い止めている女武者は長めのポニーテールを揺らしながら俺の方に顔だけ向けながら檄を飛ばす。俺を助けてくれる内容なのに、相手を威圧する攻撃的な口調だった。彼女が俺を見る目は、まるで日本刀のように鋭い。

 

 俺は動けなかった。

 萎縮したわけではない。

 彼女の肢体に見とれていたわけでもない。

 

「ほう、き……」

 

 彼女が7年前に姿を消した幼なじみ、篠ノ之箒だったからだ。

 

「一夏……なのか?」

 

 日本刀の目から刃が消え、困惑が見てとれる。やっぱりこの女武者は箒だった。俺は再会の嬉しさから駆け寄ろうと、ようやく足を前に出すことができた。その瞬間、

 

「くっ!」

 

 苦悶の声と共に箒が地面に叩きつけられていた。

 

「箒っ!」

「馬鹿者っ! 逃げろと言っているだろう!」

 

 箒はすぐに体制を立て直し、空中の敵へと斬りかかる。二刀流の手数で攻める箒と槍のリーチで攻める敵が人の目でついていけないスピードで打ち合っていた。

 つまり……“戦い”になっていた。

 人と関わるのが苦手で、俺がいつも護っていた少女はそこにはいなかった。

 

「インフィニット・ストラトス(Infinite Stratos)……」

 

 箒が人の限界を超えた戦いができる理由は、彼女の纏う中途半端な甲冑にある。

 それが『インフィニット・ストラトス』。通称『IS(アイエス)』。既存の宇宙服に代わるマルチフォーム・スーツとして造られたものであるが、その驚異の性能から宇宙進出ではなく兵器として使われている飛行パワードスーツ。世界のバランスを崩壊させ、俺から様々なモノを奪っていった全ての元凶である“力”だ。

 

 実物を見るのは初めてだが、自然と握る拳に力が入る。きっと周りから見れば、今の俺は鬼のように見えることだろう。

 だがISの中にいるのは箒だということを思い出して、熱くなった頭をクールダウンさせる。今の俺には何の力もない。箒の言うとおり、逃げるしかないんだ。

 

「箒、無事でいてくれよ!」

 

 彼女の耳に届いたのかはわからないが、もし聞こえていたら「それは私の台詞だ」とか返しそうだ。俺はただがむしゃらにその場を走り去った。

 

 走る道としては最悪な木々の間のデコボコ道を抜ける。自分がどこにいるのかなんて把握していない。

 道なんて考えて走れるほど、俺の脳の容量は大きくない。

 俺の頭の中は一つの思いで埋められていた。

 

 また、護られた……

 

 15年生きてきて成長している、来月から高校生だし自分でできることは確実に増えてきていると思っていた。

 でも、実際はどうだ?

 唯一、護っていたと思っていた女の子に護られているじゃないか!

 俺は変われちゃいない。むしろ俺が護れる人間なんて誰もいない。

 

 俺には……力がない……

 

 

 林を走り抜けると、元の参道にまで戻ってきていた。すぐそばに本殿がある。あとは鳥居に向かって走っていけばいい。俺は参道に沿って駆け出す。しかし、鳥居の下にまた槍の敵が姿を現した。俺を見つけたのか敵は槍を構えて射撃の体勢をとる。

 周りに障害物は――。目に留まったのは本殿の柱だった。俺は柱を盾代わりに使って移動し、そのまま本殿に飛び込むことにした。祀られていた神様、ごめんなさい。

 木でできていた扉をぶち壊して中に転がり込む。体についた木片を払いながら起き上がり、敵が来る前に次の逃げ道をと考えていると、本殿の中にあり得ないものが置かれていた。

 

 武者の甲冑だった。色は銀色。端午の節句に飾られるようなモノとは違う。おそらく最も印象的であろう兜がない。ついでに言うと胴体を覆う鎧もない。人によっては鎧と言わないかもしれないが、肩にかかる部分が本で見た戦国時代の甲冑に酷似している。いや、そんな本で見た知識とは別に俺はコイツの色違いを見ているじゃないか。それもついさっき。つまり、コイツは――

 

 ISなんだ……

 

 篠ノ之神社に何故こんなものが置いてある? そう自問したが、別に不思議でもないのかもしれない。ここはISを一人で造り上げた天才の実家なのだから。おまけに本人曰く、一般常識とは違う常識で動いているらしい。人はそれを非常識と呼ぶのだが、あの人には理解されない。

 もしかしたら敵の狙いはコイツなのか? 俺は無意識に近寄っていく。

 

 これがあれば、俺も誰かを護れるのだろうか。

 

 目の前には純粋な“力”が鎮座している。

 目の前にあるのに!

 手が届く場所にあるのに!

 箒が手にしていたこの力を、俺が手にすることはできない。

 

 ISは致命的な欠陥を抱えている。それは、男性には扱えないということだった。

 強大な軍事力となるISが女性にしか使えないという事実から世界的に女尊男卑の社会へと変わっていった。義務教育を終えたばかりの俺でも論理的でないことくらいはわかるがそれこそが事実だ。俺は別に男尊女卑であるべきとまでは言わないが、この社会風潮は俺が護られる存在であることを当たり前であるかのような空気をつくる。

 

「俺はもう……護られるだけは嫌なんだよっ!」

 

 ただの八つ当たりでISを殴りつけた。その刹那――

 

 

『手にするといい。誰かを護るための力を』

 

 ――純白の女性騎士が見えた気がした。

 

 

 ハッと気づくと、甲冑のISが白い輝きを纏っていた。

 様々な情報が流れこみ、音声となって頭に響く。

 

『IS、打鉄(うちがね)起動。操縦者、織斑一夏を認識』

 

 一瞬の内に鎧は俺の眼前から消え、俺の四肢に装着されていた。

 

皮膜装甲(スキンバリアー)展開』

 

 装甲のない場所を見えない装甲が覆っていく。

 

『PICおよび推進機(スラスタ)正常』

 

 フワリと体が浮き上がる。無重力ってこんな感じだろうか。

 

『ハイパーセンサー最適化……エラー。最適条件への到達不可。最大稼働で代用』

 

 つい先ほどまでの憤りはなく、すっきりとした清涼感が支配する。時の流れがゆっくりになったような錯覚すら覚えるくらい落ち着いている。

 

『警告。後方に熱源あり』

 

 IS打鉄から伝わってくるのは敵の接近だった。俺の後方10mほどにある壁を突き破って神域に侵入する。俺はそれを振り返ることなく見ていた。俺は今自分の周りが3次元に広がっていることを視覚を通して実感している。

 

『敵機確認。生命反応なし。量産型トロポス“キャバリエ”と断定』

 

 知らない単語であるのに、今の俺は当たり前のように理解できる。敵はトロポスと呼ばれるISになれなかった粗悪な模造品だ。今の俺がこの程度の相手に負けるはずがない!

 打鉄が敵機の射撃を警告し、俺は肩の物理シールドで防ぐ。石でできた参道を抉った銃弾は打鉄の盾を前に楽に弾き飛ばされる。直接の被弾ならばともかく防御型ISの盾を破るには火力が無さすぎる。

 

 こうなればおそらく相手は槍による接近戦を仕掛けてくることだろう。望むところだ!

 俺は保存領域にある武装の一覧を表示させる。あるのは近接ブレードが1本のみ。俺には十分すぎる武装だ。銃と違って慣れ親しんでいる分、即戦力だ。来いと念じると、光と共に現れた日本刀が俺の右手に握られていた。PICによって重さを感じず、まるで自分の手であるかのように馴染む。

 

 俺が刀を取りだすと同時にキャバリエが長槍を構えて突撃してくる。生身では見ることすら適わなかった敵の突進が、まるでジョギングしてくるみたいにゆっくりに映る。俺は余裕を持って回避しつつ、すれ違いざまに敵機の胴体を斬りつけた。敵機の突進速度を利用した返し技だ。俺の剣は金属でできた胴体をシールドバリアごと斬り裂き、敵の上下を一刀両断した。突撃の慣性を残したまま後方へと飛んでいった敵機は本殿の壁の一部を巻き添えに爆散し、戦闘が終了する。

 

「一体、俺は何に巻き込まれているんだ?」

 

 戦闘が一段落し、ようやく今の自分について考えることが許された。

 疑問は尽きない。

 トロポスという名の機動兵器は何だ?

 誰が何の目的で篠ノ之神社を襲う必要がある?

 どうしてここにISがある?

 どうして男である俺がISを使うことができる?

 

 どうして居なくなったはずの箒がここにいるんだ?

 

「そうだ! 箒っ!」

 

 考えていてもわからない。打鉄も教えてくれない。唯一事情を教えてくれそうなのは、あの無愛想な幼なじみだけだった。


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