一言:中国には行ったことないよー。そもそも国外にいったことないよー。
「私は、人呼んで常山の昇龍――
――趙子龍だ!!」
「えええええ!!」
その名乗りに驚く横島。
勇猛果敢、義に篤く、槍を得意としたと言われる蜀漢が誇る五虎大将軍のひとり。単騎にて敵陣を駆け抜け、主君劉備の子を守り通したと言われる『長坂の戦い』は、趙子龍の数ある武功の一つにして、最も有名な話であろう。
それが、横島が知る忠義の
(趙子龍って言えば、三国志に出てくる武将じゃねーか。あ、でも趙雲子龍じゃないから違うのか。だよなー、こんなエロい姉ちゃんが趙雲なわけねーか。いや、ここは異世界だしな)
「ふむ。私の名前がどうかしましたかな?」
横島の驚きように趙子龍と名乗った女――星が疑問を口にする。稟と風も疑問に思ったようで、横島の顔を見つめている。
じっと見つめられているのに焦りながら、横島は言葉を返す。
「あ、えっと……、聞いた覚えがある名前だなぁって。何でも槍の名手だと、オレの地元でも有名だったんで。まさか、女性だとは……」
「ほう、私の名も有名になったものですな。しかし、真名のことといいアナタは大陸の出ではないようで。今の大陸で名が通っているものは、女性ばかりというのがここの常識ですからな」
「そうなの?」
その言葉に稟を見る横島。幼い容姿である風より、物を知っているだろうという無意識の判断からである。
「ええ。涼州の董卓、北と南の両袁家の当主もそうですね。また、先の争いで当主孫堅が亡くなり、袁術の配下に降った孫家の新当主、孫策も有名でしょうか。最近では陳留の刺史である曹操殿も有能な統治者として、世に知られていますね。彼女が治める陳留は、今の世においても治安がよく、また彼女は有能な人物なら出自を問わず登用することで有名で……」
「あー、稟ちゃん、稟ちゃん。曹操さんのことが大好きなのはいいですけど、お兄さんが引いてますよー。それに、それ以上は……」
「ぶはっ!!」
「あー、遅かったですねー。はい、稟ちゃん。トントンしますよー」
「え? なにこれ?」
突如、鼻血を天高く噴出する稟と、その稟の首筋を手馴れた様子でトントンと叩く風。稟が鼻血を噴出すると同時に、安全圏へと退避する星。
そして、三国志で有名な登場人物たちが軒並み女性になっていることに衝撃を受けていた横島。彼は全身を朱に染めながら、呆然としていた。
「いやー、お兄さんも災難ですね。近くの川に着くまでに血が乾かないといいのですがー」
「いや、服がダメになるくらい気にしないけどさ。志才さんのアレは病気?」
「稟ちゃんは、ムッツリさんなのですよ」
「いや、オレも大概スケベな方だが、アレは……。その内、鼻血多量で死ぬぞ?」
血染めにされた横島を加えた一行は、ある程度血を落とす為に川を探して歩き始める。顔や髪についた血は携帯していた水で流したが、流石に服を洗うには足らなかった為である。
近くの村を目指すという意見も出たが、今のご時勢で血染めの男を中に入れるような所はないだろうと却下になっていた。
「まぁ、こればかりは稟ちゃんの努力次第ですねー。治療しても、妄想癖が治らないと意味ないですから」
「せっかく美人なのに、台無し……。いや、エロい先生キャラだと思えば……でも、鼻血かけられるのはなー」
「毎回、風がトントンする訳にもいかないので、稟ちゃんには努力して欲しい所なんですが。さて、稟ちゃんのお話は此処までにして。お兄さん、川に着くまで風とお話しでもしましょうか。例えば……お兄さんが何処から来たのかとか」
「そりゃ構わないんだけど……その飴は何処から……?」
「ほへ? ほふぇでふふぁ? ……ダメですよ、お兄さんはまだ風の中の飴をあげてもいい人に入ってませんから」
「いや、欲しいって訳じゃ」
和気あいあいといった感じで会話をしながら歩く横島と風。そんな二人の前を時折、振り返りながら歩いているのが、星と稟の二人であった。最も、稟は星に手を引かれながらではあるが。
「あの御仁は悪い人間ではないようだな。稟はどう思う?」
星の問いに鼻に詰め物をした稟が答える。
「悪い人間ではないでしょうね。多少、視線がいやらしい所が見受けられますが、年頃の男性などあんなものでしょう。それに、星の槍に驚いていたようですし、槍を見慣れていないのでしょう。彼の故郷というのは、余程平和なのかもしれません」
「ふむ。“エロい”が何かは知らぬが、胸元ばかり見ておったからな。私の槍の間合いを見切っていたように見えたが、武術を嗜むものの歩き方ではない。狩りか何かで、勘が磨かれていたのだろう。槍を見て必要以上に警戒していたことだし、平和な所から来たと言う意見には同意だ」
「私たちの見立てが正しかった場合、彼が何故あんな場所にいたかということですね。故郷を追い出されたのでしょうか。まぁ、風が聞き出してくれるでしょうから、私たちは川を探しましょう。確か、こちらの方にあるとの話でしたし」
「ん? 彼処ではないか? 木々が見える」
星が槍で指し示す先、距離にして三百メートル程の地点に木々が見える。見渡す限りの荒野に現れた木々。それは、近くに水があることの証左であった。
「さ、さっさと洗ってしまいましょう。向こうで稟ちゃんたちが火の準備をしていますから。ついでにお昼も用意するんで、お兄さんもご一緒にどうですか?」
「いいの? オレお金持ってないよ?」
「それくらい構わないのです。その代わりと言ってはなんですが、お兄さんのお話を聞かせてください。結局、さっきはお兄さんの話術で何も聞けませんでしたから」
「いやいや、そっちがボケるからこっちがツッコミを……」
「ま、どうでもいいのです。はい、脱ぎ脱ぎしましょうねー。下も脱がして欲しいですかー?」
「あぁ、小さな子に言われるとそこはかとなくイケナイ感じが……」
風に促されるままに、上着――ジージャンを脱ぎ手渡す横島。自身はジーパンを脱ぐと水洗いを始める。
「あー、やっぱ落ちないな。金もないってのにどうすれば……。つーか、所持品ゼロの状態で拉致とかやめてくれっての」
『おうおう、兄さんは人攫いにあったのかい? ま、長い人生そういうこともありゃあ』
「うわっ! ……って、仲徳ちゃん?」
「今のは風ではないのです。
「あ、それ宝譿って言うんだ。腹話術かー、オレも出来るぞ? 昔、女にモテると思って覚えたんだよ」
「で、モテたんですか?」
「……そ、そんなことより、早く乾かそう!」
「モテなかったんですね」
「なんのことかなー?」
自爆した横島は、稟たちが火を起こしている場所まで足早に去るのであった。
「面白いお人ですねー、宝譿?」
『気にいったかい?』
「さぁ、どうでしょうねー」
「さて、ようやく落ち着いたことですし、粥が出来るまで話をしましょうか」
火にかけられた鍋を囲みながら、稟が切り出す。既に、血は止まっている為、鼻には何も詰めていない。
「そうですねー。稟ちゃんが鼻血をかけなければ、とうにお話出来ていたという点はこの際置いておくとして、お兄さんも聞きたいことがあったら言ってくださいね。人攫いにあったのなら、色々知りたいでしょうし」
「何と! 人攫いに……それで、武器も持たずあのような場所で」
風の言葉に眼を見開く星と稟。横島は、銅鏡に攫われたのだから間違いではないと、そのまま話を進める。
「故郷にいた筈が、気づいたらあの場所で寝てたよ。それで、途方にくれてた所に、キミたちが来たんだ」
「それはまぁ、災難でしたね。真名を知らないということは、少なくとも大陸の出ではないのでしょう?」
「大陸ってのが何処を指すのかも、イマイチ(多分、中国なんだろうけどさ)。オレの故郷は日本ってんだけど……知ってる? 島国なんだけどさ」
横島の問いに、首を横に振る一同。予想していたこととは言え、その反応に思ったよりショックを受けない自分に横島は驚く。
「日本という国は聞いたことがありませんね。噂では、ここより東方の海に倭という国が存在するらしいですが……」
(倭!? 最近、補習でやったような……。昔の日本だっけ? これで、ここは昔の中国――しかも、歴史上の人物が女になった世界で決まりだな。ま、ここは異世界だから、オレの知ってる歴史通りになるとは限らんが)
横島がこの世界について考えていると、稟が確認を取るように尋ねてくる。
「倭ではないのですね?」
「え? あ、ああ。倭ではないです」
「そうすると、こちらでは分からないですね。アナタはこれからどうするつもりなのですか?」
「んー、右も左も分からん状況なんで、何とも。服はどうにかしたいですが。あと、バンダナも」
「バンダナとは?」
「あー、これっす。いつも頭に巻いてるんで、オレのトレードマークというか」
「トレードマークとは何です?」
「あー、何と言えば……特徴?」
「何となく理解出来ました。風の宝譿や私の眼鏡のようなものですね。外見的特徴ということですね」
「そう、それっす。服もバンダナも血濡れになりましたからね。出来れば、変えたいとこですね」
その横島の言葉に気まずそうな顔をする稟。服をダメにした原因なので、仕方がないことであろう。その稟に助け舟を出すように、風が提案する。
「お兄さんも風たちと来ますか? 稟ちゃんが汚してしまったお詫びに、服の替えを用意しますよ? それに、お兄さん面白いですから、もう少し観察したいと思っていたところです」
「観察って……。まぁ、助かるんだが仲徳ちゃんの一存で決めていいのか?」
「別にひとり増えたところで私は気にしませんが?」
「服をダメにしたのは私ですから。その責任は取ります」
「……ありがとうございます。くー、拉致られた直後はどうしようかと思ったが、こんな美人と過ごせるとはオレって、実はついてる?」
「やっぱり、変な人ですねー」
「前向きというか何というか……」
「ははは、素直な御仁ではないか」
横島の同行が決まった後、昼を済ました一行は、食後の休憩と称して横島に様々なことを教え始めた。漢王朝のこと、通貨のこと、乱世が近いと思われることなどである。
「乱世ねぇ……」
「その乱世に備える為、私たちは見聞を広める旅に出ました。丁度、揚洲を見て来たところです。彼処は、未だ孫家の影響が強いところでしたね。袁術程度では、孫家は抑えられないでしょうから、遠からず孫策は独立するでしょうね」
「そうですねー。彼処は地元の豪族たちが軒並み孫策派ですから、乱世になれば一気に状況は変わるでしょうね」
「へぇー。それで、次は何処へ?」
「予定では荊州にあるという水鏡女学院を訪ねようかと。そのあとは、洛陽、幽州と周り、最後に陳留の予定ですが」
「お兄さんは、服を買ったあとはどうします? そのまま、風たちと行きますか?」
「そうだなー、女学院は見たいかな。だって、女学院というからには、学問を教えてんだろ? どんな事を教えているのか気になるし、それまでは同行しようかな。そのあとは……分からん(女学院ってことは、女生徒に女教師。これで行かないとか、オレじゃねぇ!!)」
横島は本音を口に出すことこそなかったが、締りのない顔をしている為、何を考えているのかは丸分かりであった。
「ま、焦って決めることもあるまい。女学院以後については、あとで決めるといい」
「そうですねー。あ、そうそう乱世と言えば、お兄さんが言ってたあの言葉。あれも乱世に関係があるんですよー」
「あの言葉?」
風の言うあの言葉が分からず、首を傾げる横島。そんな横島の態度を気にもせず、風はある言葉――予言を詠みあげる。
『一筋の流星、白き光を纏いし者なり。即ち、天より遣わされた御使い。智を以て乱世を平定せんとす』
『碧き剣、碧き盾を持ち天より遣わされし者。人智を越える者なり。其れ即ち、天の御技なり。其のもの、数多の軍勢を前に……』
「これについての解釈は様々ですが、乱世が近いのではという不安から急速に拡がっています」
「有力なのは、天の御使いが知恵で乱世を平定しようと立ち上がり、碧き剣と盾を使い立ちふさがる軍勢を撃退すると言うものですね」
それを聞いた横島の感想は、何処の神話? だった。
「だが、風はその解釈とは違うのだったな。二人の御使いだったか?」
「そうなのです。星ちゃんが言ったように、風は御使いは二人いると思うのです」
「へー、何で?」
「簡単なのです。白い方の御使いですが、そちらは“智を以て乱世を平定せんとす”とあります。ですが、碧の御使いは、“人智を越える者”“天の御技”とあります。とても、同一人物を指す言葉とは思えません。それに、碧の御使いは武器を持っています。白い方と同一なら、“武と智”となる筈です」
「途中で武器を手に入れたんじゃないのか? 登場と戦闘の部分の予言みたいだし、その間の出来事が抜けてんだよ、きっと」
横島の言葉に星と稟が頷く。彼女たちは予言を信じている訳ではないが、横島の言うようにひとりの人物の英雄譚と考えた方が面白いと思っているようである。
「ま、ひとりでも二人でもオレには関係ないさ」
「うーん、そうですかねー。お兄さんにとっても、大事なことになる気がしますが」
――風の言葉が正しかったことを、後に横島は知るのであった。
四話です。次回は、あの娘が登場。
因みに、横島の服装については然程注目されませんでした。理由は、ジーパン、ジージャンでは制服程の光沢はない為。変わった生地だと思われる程度でした。靴はスニーカー。
風たちの旅程。予言について。
これらは拙作内設定です。
ご意見、ご感想お待ちしております。
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