「曹子孝です」
「うん? お前は子孝だろ? 前から知ってるぞ?」
「姉者……他にあるんじゃないのか?」
華琳たちを迎えに来た姉妹――夏侯姉妹に向かって、横島が改めて自己紹介をすると、姉である夏侯惇元譲、真名を春蘭が惚けた返事をする。それに対し、そんな姉も可愛いと思いながら妹である夏侯淵妙才、真名を秋蘭が告げる。
それに対し、数秒考え込んでいた春蘭は敬愛する主を見て、横島に対し無言で太刀を向ける。
「ちょ、待って! 何で無言でこっちに……!」
「貴様、よりによって華琳様の姓を騙るとは何事か!? 子孝などという字を持つ曹姓の男子など知らんぞ!」
「姉者……姉者が知らない曹家の人間という可能性はあるぞ。大体、そこは横と名乗っていたことを追求すべきだ」
「それもそうだな。流石は秋蘭だ。で、貴様の言い分はなんだ?」
太刀を突きつけたまま尋ねる春蘭。彼女の行動に慣れている風たちは咎める様子も見せないが、ここにはこの光景が何時ものことと知らない人物が一人いた。彼女は、腰に下げていた自身の武器である鞭を取り出そうとするが、雛里と朱里に抑えられる。
「だ、大丈夫でしゅから」
「そ、そうでしゅ。アレくらい、子孝様はどうってことないでしゅから」
「本当ですか?」
頷く二人の様子に本当のことなのだと判断した彼女――澪――は、鞭にかけていた手を離し頬に持ってくると小さく呟き、微笑むのであった。
「流石は忠夫様です」
そんなやり取りを他所に、春蘭は横島へと更に詰め寄っていた。姉には助け舟を出す秋蘭も、疑問に思っているのは同じなので横島を助けることはしない。そんな三人のやり取りを微笑みながら見守っていた華琳であったが、時間が勿体無いと自分が割って入ることを決める。
「落ち着きなさい、春蘭」
「か、華琳様~。ですが、子孝の奴が!」
「いいのよ。忠夫は訳有って曹姓を隠していたの。横なんて、適当な偽名でね。で、隠す必要がなくなったから、元に戻したのよ」
「そうだったのですか……確かに横なんて姓は聞いたことがありませんでしたね」
うんうんと納得する春蘭に、姉者は可愛いなぁと思う秋蘭。彼女は姉とは違い、華琳の説明で全てを納得することは出来ないが、敬愛する主が真名を呼ぶ相手であり、わざわざ庇うのだから特別な事情があるのだろうと追求することはしない。
そこに、横島が助かったとばかりに華琳に話しかける。
「いやー、助かった。元譲にぶっ飛ばされると痛いもんな。にしても、もう少し早く助けてくれても良かったんじゃ?」
「春蘭の一撃を痛いで済ますのは、忠夫くらいよ。それに、あれくらい自分でどうにかするのが普通よ。今回は時間が勿体無いから助けたけど、それくらい出来るようにしなさい」
「まぁ、確かに何でも頼ってたらいけんよな。華琳にも悪いし」
「私は別に頼るなとはいってないわ。大事なのは、出来ることをすること。それと、出来るように努力すること。その過程で誰かに頼るのは悪いことじゃないし、出来ないことを出来ないと放置するより断然いいもの」
「華琳って先生も出来るんじゃないか?」
「私に不可能はないわ」
横島の軽口に軽い口調で答える華琳。そこには、本当に出来ないことはないと言わんばかりの自信が漲っていた。
そんな二人の応酬に衝撃を受けたのが、春蘭と秋蘭の姉妹である。横島が華琳と真名を口にしたときは、主が手を下す前に自分がと武器に手をかけたが、あまりにも自然に会話を続ける二人にその手はすぐに離された。その上、華琳が忠夫と真名を口にした瞬間、二人は今までにない衝撃を受けていた。自分たちが華琳のいいつけで演習をしていた数時間で何が起きたのだろうかと。
「あ、あの、華琳様?」
「どうしたの、春蘭?」
「そ、その、子孝とは真名を?」
その春蘭の言葉に顔を見合わせる横島と華琳。本当だったら、澪の紹介とかを先に済ませている筈だったが、仕方ないと華琳が口を開く。
「そうよ。忠夫とは真名を交換した。彼女たちともね。ああ、孔明と士元はまだよ。何れ交換するでしょうけど、今は彼女たちの願掛けを妨げない為に交換していないわ」
その言葉に改めて風たちを見る二人。一人見慣れぬ者がいるが、恐らく司馬家の人間だろうと秋蘭はあたりをつける。あれほど固辞されていた仕官の話がまとまったのかと思うと同時に、華琳と彼女たちの間に何があったのか気になる秋蘭であった。
そんな秋蘭とは違い、深く考えず仲間が増えたのだと理解した春蘭の行動は早かった。
「私は夏侯惇元譲だ。華琳様が真名を許したのなら、その僕たる私も真名を許すのが道理。私の真名は春蘭だ。宜しく頼む」
姉の潔い態度に感銘を受けながら、秋蘭も真名を告げる。
「私は夏侯淵妙才。真名は秋蘭。姉者共々宜しく頼む」
それに戸惑ったのは澪だけであった。彼女の常識からすれば、主が真名を告げた相手だといっても、簡単に真名を告げるものではないからである。春蘭の言う道理は、彼女の知る道理ではなかったのである。風たちは短い付き合いとはいえ、二人――特に春蘭――の心酔振りを知っているだけに驚きはなかったし、真名を交換しても構わない人物だとも思っていた。
そんな中、横島が二人の前に歩み出る。すると、後に続くように風たちも前に進む。
「オレは曹仁子孝。真名は忠夫。宜しく!」
「風の真名は、風です。宜しくお願いします」
「あ、あの私と士元ちゃんは願掛けがありまして……」
「そ、その願掛けが無事終わったら」
「ああ、その時で構わん。私たちも願掛けが成就することを祈ろう」
「姉者の言う通りだ。何を願っているのかは知らんが、私も祈ろう」
ありがとうございましゅと二人仲良く噛んでいるところに、澪が歩み寄り口を開く。
「私は、姓は司馬、名を懿、字を仲達と申します。真名は澪。この度、忠夫様の忠実な僕となることを許されました。宜しくお願いします」
彼女の常識は、横島が真名を告げた瞬間から崩れていたようである。
「華琳様、仰せの通り黄巾党討伐の準備を始めております」
「ご苦労。それで、問題は?」
「兵糧の方が、担当者が指示した量より少なく用意しているそうです」
その言葉に眉をあげる華琳。そこに、馬を並べて走っていた澪が口を挟む。
「失礼ですが、何日分の遠征で幾らの兵糧を用意させたのですか?」
その言葉に、華琳が答えると横島と一緒に黒風に乗っていた風が口を開く。
「ふ~む。まぁ、妥当な数ですね。それを減らすということは」
「余程、自信があるのですね」
澪の言葉に、華琳が尋ねると今度は朱里が口を開く。
「恐らく、その兵糧を用意した者はこう思っているのです。この量で十分だと」
「十分……ね。でも、何も言わずこんなこと通るわけがないじゃない。戻ったら、話を聞く必要があるわね。ああ、そういうこと」
面白いものを見つけたような顔で納得する華琳に、横島と春蘭が首を傾げる。そんな横島を見た澪たちが解説を行う。
「つまり、兵糧を用意した者は華琳様なら、理由を聞きに自分の元へと来ると読んだのです」
「そして、華琳さんの前で、自分が集めた兵糧で実行できる策を提示するつもりなのです」
「人材収集家と呼ばれている私なら、その策が可能だと判断すれば実行させてみるでしょうね。それで軍師が見つかれば儲けものだもの」
面白いわと笑う華琳に、若干引いている横島だったが、改めて自分の周りの子たちの能力の高さを確認するのであった。
――その頃、ハムちゃん――
「誰がハムだ!?」
「どうされた、白蓮殿」
「ああ、何でもないよ星」
今日も公孫賛率いる幽州軍は黄巾党退治に出ていた。御使いたちは一度の出撃で、名声をあげ大勝利を挙げたこと、賛同できる理想に、天の御使いという威光、劉備のカリスマ性とで思った以上に民兵を持っていかれた為、ここのところ疲れているのかなと公孫賛――白蓮――は思っていた。
瑠里もいなくなり、一時はどうなることかと思っていたが、客将という身分のままではあるが星が残ってくれた。今では真名も交換しているし、何度も馬を並べた仲である。
「いや、本当星が居てくれてよかったよ。うちの軍は兵を指揮する人間はいても、将を指揮できる人間がいないからなぁ」
「私も将を指揮できる人間ではないのですが……まぁ、これも自身の武の向上の為と思うことにしましょう」
「でも、良かったのか? 星も御使い殿に誘われてたんだろ?」
「まぁ、誘われはしましたが……メンマがないというので、今暫くはこちらに身を寄せることにしました」
「何だよ、それ」
そう笑う白蓮と星の二人。星は白蓮には言っていないが、天の御使いに誘われたとき、こう答えて断っていた。
『伯珪殿には一宿一飯の恩義がありますからな。それに、今の幽州に伯珪殿は欠かせぬ人物。そなたらが民を助けてくれるのなら、私くらいは伯珪殿を助けてやってもいいではありませんか』
そして、これは誰にも言っていないことなのだが、立ち去る瑠里からも白蓮のことを頼まれたのである。そして、風からの言伝という形で興味深いことを聞いたのである。
『子考? あの男が?』
『はい。今は陳留に身を寄せています。その内、世に住む人々が名を知る時が来るでしょう、その時来たら面白いですよ、と仲徳ちゃんが』
『ほう。覚えておこう』
「ま、それまで伯珪殿をからかうというのもありですかな」
「何かいったか?」
「何も」
ようやく姉妹が登場。彼女らは簡単に真名を交換していますが、それだけ華琳に心酔しているということですね。
黄巾党退治が華琳側でも本格的に始まりました。つまり、彼らとの第一次接近が近いということです。
あと、不定期連載、その頃シリーズ。今回はハムちゃんです。
横島の偽名が曹仁。
これらは拙作内設定です。
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活動報告の関連記事は【恋姫】とタイトルに記載があります。