一言:セレソン……
陳留太守、曹操孟徳――真名を華琳――の案内で城主の間に通された横島たち。華琳は、優雅な仕草で腰掛けると横島たちに向け口を開く。
「さてと……食客にするかどうかの前に、まずは自己紹介といきましょうか。知っているでしょうけど、私は陳留太守曹孟徳。で、アナタたちは?」
「横子考。ただのしがない旅人にございます」
横島が見事な礼をとり名乗りをあげる。それは、華琳の目から見ても見事なものであり、言外に横島がただの旅人ではなく、それなり以上の教育を受けた者であると語っていた。
教育を受けた者という華琳の考えは間違ってはいない。何故なら、横島の礼儀作法は、風たちによって旅立ち当初から叩き込まれたものだからである。今でこそ表情に出すことなく淡々と行っているが、練習を始めた頃は気恥かしさからか、言葉に詰まったり、悶絶したりと言うことを繰り返していた。
ナンパ時には気取った言葉や動作をごく自然に行えるのだが、真面目な場面では恥ずかしさが先に出てしまうらしい。何とも勿体無い男である。
横島の後は、風、雛里、朱里の順に名乗りをあげていく。彼女たちも横島同様に、見事な礼儀作法を見せる。
「程仲徳。子考様の臣にございます」
「鳳士元。同じく子考様の臣にございます」
「同じく、諸葛孔明。私と士元は、曹太守のご推察通り水鏡女学院に在籍しておりました」
朱里が水鏡女学院のことを口にすると、周囲の文官たちが少々騒めくが、華琳が一視するとすぐに治まった。その後、風が真桜と凪のことを紹介する。
「彼女たちは、途中立ち寄った村で護衛兼案内として雇った者たち。楽文謙殿と李曼成殿です」
「楽文謙です」
「李曼成です」
風の紹介に合わせて名乗る二人であったが、その内心は何故ここにいるのだろうという疑念で一杯であった。
自己紹介が終わった所で華琳は改めて全員に視線を向ける。
「さてと……色々と聞きたいことはあるけど……まずは、楽にしなさい。それと、ここからは敬語も要らないわ」
「よろしいので? 部下の前で太守様が一介の旅人と対等に会話して。太守様の評判に関わりませんか?」
「私が許したのだから、問題ないわ。それに、私に不利になるようなことを吹聴するような愚か者はここにはいない。そうでしょう?」
華琳の言葉に、傍に控えていた者たちが頷く。それを見た風たちは、部下たちが太守と言う役職に従っているのではなく、華琳個人に従っているのだと悟る。最も、城主の間に控えるような人物たちが、信用出来ない者たちであっては困るのだが。
「勿論、ここから先の会話の内容に関して、不敬だと処断することはないと約束するわ。一々言葉を選ぶのも面倒でしょうし、私も飾った言葉を望んでいる訳ではないもの」
「それでは、遠慮なく。いや~、助かりました。堅苦しいのは苦手でして。それで、何を知りたいので? 風たちの能力ですか? それとも……仕官ではなく食客を望む訳ですか?」
そう言いながら、何処からか取り出した飴を咥える風。いくら自分が許可したこととは言っても、すぐに砕けた態度を取ることが出来る風に感心する華琳。
だが、そのことをおくびにも出すことなく華琳は話を進める為に、口を開く。
「そうね……。まずは私の質問に答えて貰おうかしら?」
その華琳の言葉を聞いた風は、気を引き締める。食客となれるかがこれからの問答にかかっているのだから当然である。
元々、華琳の元で食客をすることは、風たちの計画の一つではあった。しかし、それは華琳や曹軍の情報を収集、分析し自分たちが確実に、かつ有利な条件で食客になれると確信した場合でのことであり、それまでは接触を避け情報収集に徹するつもりであった。
しかし、現実は風たちの意に反し、早々に華琳と接触してしまった。
(せめて城門で声をかけてきたのが曹太守以外の人だったのなら、少しは準備出来たのですが……いえ、こうなることも覚悟で忠夫さんに食客と言わせたのです。それに、曹太守本人に興味を持たせることが出来た。考えようによっては、これ以上ない好機)
想定外の事態ではあるが、どんな苦境の中にあっても活路を見つけることこそが、横島の筆頭軍師(予定)の役割だと風は自分に言い聞かせるのであった。
華琳と風による問答は、華琳の問いかけから始まった。
「まず、アナタたちは皆そちらの……横子考殿の臣と言うことだけど……。何故一領主でしかない私の食客になろうと?」
「そうですね~。こう言っては何ですが、消去法ですね」
「消去法ね……」
「はい。お兄さん……あ、子考様のことですが、彼は“ある事情”のせいで目立つのは得策ではないのですよ。そして、同じ理由で仕官する訳にはいかないのです。今は……ですが」
「今は……ね。まぁ、いいわ」
周囲に視線を向けながら含みを持った言い方をする風に、華琳はこれ以上追求する気はないようである。
凪と真桜と言う部外者がいることから追求しても、風たちが“ある事情”について口を割ることはないと判断したからである。更に、華琳には“ある事情”が何なのか予想できていたことも要因である。
(可能性が高いのは、あの男が何らかの理由で追われている場合ね。次点で、素性が問題となる場合。異民族の出身だとすれば、両方を満たす可能性はあるけど……私の方針は出自問わず有能な者を採用するというもの。それを知っているのなら、出自だけならこの場で口にしても構わない筈。そうしないと言うことは方針を知らないか、更に厄介なのか……)
この時、華琳はある可能性について無意識の内に排除していた。それは、華琳からすれば荒唐無稽の笑い話。漢王朝に追われる可能性がある厄介な出自を持つ存在。
即ち、目の前の男が天の御使いであると言う可能性を。
横島の秘密に辿りつきかけたことなど知らない華琳は、話を続ける。
「食客になったとして、何ができるのかしら。私は、無駄飯ぐらいを養うつもりはないわよ?」
「そですね~。多少は、智に自信がありますから文官の真似事は可能かと」
「あら、智に自信があるというのに文官の真似事なの?」
華琳が挑発するように言うが、風は動揺することなくその言葉を肯定する。
「事実ですから。食客はあくまでも客。真似事以上のことは客の領分から外れますし、正規の文官たちの仕事を奪うことにもなりますので。無論、太守様が求めれば知恵を貸しますよ?」
「では、食客ではなく私に仕えたとしたら……アナタたちは、私の為に何をしてくれるのかしら?」
「何もしません」
風のその言葉に、控えていた文官たちは身を震わせる。華琳が風の言葉に激怒すると思ったのである。
だが、文官たちの予想に反して華琳は微かに笑っていたのである。
「何故? 客の時はその領分内で力になるというのに」
「まず、前提が違いますので。太守様に仕えることがあるとしたら、それはお兄さんが太守様に仕えると決めた時です。その場合でも、風たちはお兄さんを主として動きます。風たちがお兄さんの為に動き、結果太守様の利となることはあるでしょう。ですが、太守様の為だけに何かをすることはありません」
その風の宣言に、雛里と朱里も同じ気持ちだと言うように頷く。それを見た華琳は、横島に意識を向ける。
そこには、そわそわと落ち着きのない男がいた。それだけを見れば、風たちが忠誠を誓うに値する男には到底見えない。
(長身で細身……ウチの兵士たちの方が筋肉はあるわね。まぁ、むさ苦しいよりはマシね。顔は……いいとこいって中の上ね。礼儀作法はしっかりしているし、高い教育を受けているのは確か。人を見る目もあって、部下を信頼することも出来る。人柄までは分からないけど、主としての資質はありそうね。でも、ここまでの忠誠を誓わせるには弱い。ということは、“ある事情”という部分が彼女たちの忠誠の理由?)
華琳が横島のことを考えているが間、横島は横島で華琳のことを考えていた。最も、美少女に見つめられた横島の思考なんて、語る必要もないので割愛する。
華琳の思考を遮ったのは、風の言葉であった。
「それで、風たちを食客にするので?」
「そうね……。結論を出す前に横子考殿と話させて頂戴」
「へ? オレ?」
名指しされた横島は、突然のことに驚くが雛里と朱里に促され風のとなりへと進み出る。
「で、わ、私に何か……?」
「そんなに固くならなくていいわ。一つ聞きたいだけだから」
「はぁ……」
華琳の言葉に気の抜けた返事をする横島。そんな横島の横で風は密かにため息を吐く。
(流れ上仕方がなかったとはいえ、少しお兄さんに興味を持たせすぎましたか。まぁ、反省は後です。おそらく、食客にはなれるでしょうが……)
風の思いを他所に華琳が横島へと問いかける。それは、当然と言えば当然の問いであった。
「あなたは、彼女たちのような臣を得て、この天下で何を為す? どんな世を目指すというの?」
華琳の問いかけは、ここ数日横島が自問自答していたことでもあった。
乱世が近いという世で、横島は天の御使いという立場となった。次期皇帝候補という響きは心地いいが、そこから次期や候補という言葉を取る為には現皇帝を廃す必要がある。
さらに、もう一人御使いが現れる可能性がある以上、そちらとも争うかもしれない。そうまでして、皇帝になりたいかと問われればNOなのである。だからと言って、何かやりたいことがあるのかと言えば、それも見つかっていない。その上、天の御使いである以上、世の為に何か行動を起こす必要があるのではないかと思っている自分がいるのも確かなのである。最も、その割合は果てしなく低いのだが。
とにかく、迷い続ける横島は未だ結論を出すことが出来ず、結局華琳の問いにいつもの答えを返すしかなかった。
「オレは……美人の嫁さんを貰って平穏に暮らしたい。そんな普通な世界がいい」
その瞬間。風たちの心は一つとなった。
(((あ、やっちゃった)))
その横島の言葉を華琳は、少々の落胆と少しの感心、多大な興味を持って聞いていた。
(高い理想を語る訳でもなく、具体的な指針がある訳でもない。ただただ平凡な願い。だからこそいいのかしらね。平穏が普通となる世。遠からず乱世は訪れる。その時、彼は平穏の為にどうするのか……)
この時、華琳は横島たちを食客とすることを決めたのである。
それは、横島の先を見てみたいと言う気持ちと、風たちと横島の間に何があるのかを見極めたい気持ち、そして、風たちと言う智者を得ることが出来るという計算からであった。
最も、風たちは食客としての領分を守るつもりらしいが、そこは考えようである。これからの世は、戦時の方が多くなる。その時、存分に働いてもらえば良いのだから。
華琳から食客にすると告げられた横島たちは、最初に驚き、次に大いに喜んだ。半ば以上諦めていたのだから仕方ないのかもしれない。
また、それまで居心地悪そうに成行きを見守っていた真桜と凪の二人も、大きく驚いていた。同時に、華琳の懐の広さに感心していた。
そんな一同に、華琳が次の言葉を紡ぐ。
「で、食客とすることにしたのはいいんだけど……一つ問題があるのよね」
「問題……ですか?」
「ええ。食客なんて今まで居なかったから、私の屋敷にはアナタたちを滞在させる場所がないのよ。一応、城下に空いている屋敷があるから、そこを使って頂戴。ただ、すぐは無理よ」
「何故ですか?」
「侍女がいないからよ。日替わりにしてもいいんだけど、どうせなら専属の方がいいでしょ?」
「おお、専属……何かいい響きだ」
横島の戯言は全員が流し、結局屋敷には明日から入ることとなり、侍女は華琳が選ぶまでは日替わりということに決まるのであった。
――おまけ:忘れられたあの人たち――
「なぁ、凪」
「何だ?」
「ウチら何でここおるんやろな」
「それは……成行き?」
「そやな。太守様が兄さんたちと一緒にって言うからついてきて。で、放ったらかしで今に至ると」
「それがどうしたと言うんだ。今、子考殿たちが食客になれるかどうか大事なとこなんだぞ」
「それは、わかっとるんやけど……暇なんやもん」
小声で凪と会話する真桜。そんな彼女を冷ややかな眼で見る凪。そこに横島の声が響き渡る。
『オレは、美人の嫁さんを貰って平穏に暮らしたい。そんな普通な世界がいい』
それを聞いた二人は、これはダメかもしれないと顔を見合わせる。
「いや、ウチはいいとは思うで? そう言う平々凡々とした夢持っとったって。でも、この場面でその答えはアカンやろ。こう普通は建前でもええから、もっとマシなこと言うんとちゃうの?」
「……多分」
横島の言葉に気を取られていた二人は、続く華琳の言葉に驚く。
『いいわ。アナタたちを食客として迎えましょう』
「なぁ、凪」
「何だ」
「太守っちゅうのは懐が広くないと出来んのかな?」
「かもしれないが……。食客というのは衣食住の面倒を見る代わりに、力を借りるというものだからな。理想や夢なんてのは、重要視されないのではないか?」
「ああ、せやったら納得や。嬢ちゃんたちは頭ええし、兄さんは色々規格外……いや、常識外? まぁ、とにかく力は間違いないしな」
その後、彼女たちが話しかけられたのは城主の間から移動する時であった。
長かった一章も終盤です。あと、二話くらいですかね。
意外と夏侯姉妹が絡ませにくいです。凪も。
横島たちの屋敷。
これらは拙作内設定です。
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