一言: 師走は忙しい……筈
「じゃ、風ちゃん話を進めてくれる?」
朱里と瑠里の勧誘に成功した横島が、風に会話の主導権を渡す。未だこの世界のことをよく知らない横島は、陳留に行くという希望だけ述べて後は、風たちに丸投げするようである。
「では、改めてこれからのことをお話しますねー。よ~く聞いてくださいね?」
そう前置きすると、説明する為に口を開くのであった。
「まず、今後のことですが……ああ、その前に改めて自己紹介しましょうか。風は、姓は程、名は昱。字を仲徳といいます。軍師になる為の勉強を詰んできましたので、多少は智に自信があります。そして、これが宝譿」
『風の嬢ちゃん共々よろしくな、嬢ちゃんたち! 兄さんも改めてよろしく! 旦那って呼んでもいいか?』
「ん? ああ、別に構わないが……何で、旦那?」
宝譿の言葉に首をかしげるも、さしたる問題はないと許可を出す横島。宝譿に注目していた横島は気がつかなかったが、この時風は口元を微かに緩めていた。どうやら風は宝譿を経由して、横島のことを旦那扱いする気満々のようである。
風の次に自己紹介を始めたのは、風の次に横島と出逢った少女――雛里――であった。彼女はいつも被っている帽子を胸の前に抱き、横島と風を見据えてしっかりとした口調で話し始める。
「姓は鳳、名は統。字は士元と申します。水鏡女学院で色々学びましたが、得意なのは軍略……でしょうか?」
こてん、と首を傾げる様子は大変愛らしく、軍略を得意とするとは到底思えない。しかし、彼女は水鏡女学院で一番の軍略家であることは紛れもない事実であった。
雛里に続き、朱里と瑠里が口を開く。彼女たちは横島に向かって礼をすると、緊張した面持ちで話し出す。
「姓は諸葛、名は亮。字は孔明。この度は、未熟な我が身を旗下に加えて頂き、感謝致します。師からは政略に特に才があると評されました」
「姓は徐、名は庶。字は元直。母のこと、感謝してもしきれません。この身果てるその時まで、貴方の為に。武も嗜みますので、多少はお役に立てるかと」
朱里と瑠里の挨拶を少々堅苦しく感じる横島。この世界に来てから何度か経験しているが、自分が想像している以上に礼儀を重んじる世界に来たのだと横島は感じ入るのであった。
「さ、お兄さんも」
風に促された横島は、先程までの堅苦しい雰囲気から逃れる為にボケようとする本能を必死に抑え、真面目に自己紹介を始める。
「オレは横子考。士元ちゃんは知ってることだし、すぐバレると思うから先に言うけどさ。この名前って偽名なんだ」
朱里と瑠里は、いきなりのカミングアウトに全く動揺する素振りを見せない。その様子に、風に聞いていたのかと彼女に視線を向ける横島。横島の視線に気づいた風は、横島が言いたいことに気がついたようで、口を開く。
「別に風が言った訳ではないのですよ。勿論、士元ちゃんが言った訳でも。お二人ともお兄さんが天の御使いと知っていますから、偽名を名乗っている可能性はすぐに思いついた筈です。ああ、それとお兄さんの名前は今後も伏せてくださいね。お兄さんの名は大陸では聞かない響きですので、以前言ったように異民族と思われる可能性があります。それだけならいいですが、御使いだと勘ぐられると最悪……」
そこまで言って、首を掻っ切る仕草をする風。それだけで何を言いたいのかを悟った横島は、少々顔を引きつらせながら朱里たちの方へと向き直る。
「と、言う訳で偽名だけど勘弁してくれ。三人になら、本名を教えてもいいんだけど……」
「ダメですよ、お兄さん。そうホイホイと名乗られると、偽名にした意味がなくなるのです。それに、今や真名としての役割もありますから、孔明ちゃんたちも受け取っていいものかと困ってしまいます」
その風の言葉を肯定するかのように、朱里が口を開く。
「出来れば、私たちが真名を預けるその時まで待って頂けると……勿論、その時私たちが真名を預けるに値しない場合を除いてですが」
「そっか。なら、その時が来るのを待っているよ」
横島の言葉に、三人は力一杯頷く。“その時”が訪れるのは、そう遠くはなさそうである。
「さて、自己紹介も終わりましたので、これからの基本方針を説明するのです」
風が仕切り直すように口を開くと、雛里が台の上に荊州一体の地図を広げる。最も、現代の地図とは違い、大まかな街の場所が記されているだけのほぼ白紙に近いものである。
その地図の一箇所を指差しながら、風は言葉を紡ぐ。
「ここが、今いる街です。で、ここが目的地の陳留。因みに、洛陽はここですねー」
風があげた地名を確認した横島は、陳留と洛陽が今いる場所から見て、同じ方向にあることに気がつく。
「あれ? 洛陽と陳留って同じ方向だったの?」
「そですが、それがどうかしましたか?」
「いや、それなら子龍さんたちと洛陽に行ってから、陳留に行けば良かったかなって。それか、途中まで一緒に行けば……」
横島はその方が安全だったのではないかと言う。横島がそう考えるのも無理はない。何せ、趙子龍という槍の名手と行動を共に出来るのだから。
無論、そこは横島。安全だけが理由ではない。今、彼の周りにいるのは幼い容姿の少女たちばかり。煩悩の権化とでも言うべき横島としては、星や稟と行動を共にしたいと考えるのは当然の帰結である。
そんな横島の考えなど知る筈もない雛里が、その訳を話し始める。
「す、すみません。子考しゃんが洛陽に行くのは、少々危険なのです。洛陽は現皇帝のお膝元ですから」
「勿論、途中まで一緒というのも考えましたが……ここを見てください。地図には書かれていませんが、ここには陳留へ向かう隊商が立ち寄る村があるのです。ここまで行けば、そこから先は隊商と一緒に行けばいい話ですし、この村までは賊はほとんど出ないそうです。何でも、やたらと強い方々が村を守っているそうで」
そう説明する風の言葉に納得する横島。洛陽に一緒に向かわなかったのは、洛陽に近づくことが危険であることに加え、陳留までなら比較的安全に行けるからであったのか、と。
なるほどと頷く横島を横目に、風は昨日の会議の時に雛里が話した“強い方々”について考えていた。
(出来れば引き抜きたいところですが……その方々は女の子らしいですからね。忠夫さんの戦力は欲しいですが……悩ましいことです。それに、彼女たちを引き抜けたとしても、彼女たちが抜けたことで村の安全が脅かされては……まぁ、こればかりは行ってみないと)
そこまで考えると風は、口元に薄く笑みを浮かべる。
(人の為に考えを巡らすことが、こんなにも楽しいとは……それとも、これも全て忠夫さんの為だからでしょうか?)
風は横に佇む横島を見上げる。横島は、風の視線に気づくとどうしたのかと尋ねる。それに対し、何でもないと返し、風は続きを説明し始めるのであった。
「……と、このような道程で陳留へと向かうことになります。まぁ、その前にある程度の路銀を確保しようと思っていますが、これは風たちが交代で担当します。お兄さんには、この間に大陸の基礎知識を風たち全員で叩き込んであげます。それに、能力も確認したいですしね」
陳留までの旅程を説明し終えると、風はにっこりと横島に向かって話しかける。その笑顔に、嫌な予感がした横島は助けを求めるように周囲を見渡すが、誰一人として味方はいないようである。何故なら、朱里たちは揃って意気込んでいたからである。
「「「頑張りましゅ……あ、噛んじゃった……」」」
十四話です。またまた短いですが、ご容赦を。
師走のせいなんですよ……と言い張ってみる。
やたら強い人が守る村とその位置。
これらは拙作内設定です。
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活動報告の関連記事は【恋姫】とタイトルに記載があります。割と更新してます。