艦隊これくしょん 奇天烈艦隊チリヌルヲ   作:お暇

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資材が……資材が貯まらないでござる……


着任十三日目:叢雲、小説を書く (後)

 

「実体験、実体験ねぇ……」

 

 

 机に向かい、真っ白な紙を眺めながら叢雲は青年の言葉を思い出す。

 

 天龍、龍田、五月雨と別れた後、叢雲はすぐに司令部へと戻り自室に篭った。絶対に天龍よりも面白い作品を作る、と意気込んで執筆を始めたはいいものの、実際に書いてみると中々筆が進まない。小説を読むのと書くのとではここまでの違いがあるのか、と叢雲は想像以上の苦労に頭を悩ませていた。

 とりあえず参考になりそうな資料を探そうと、青年の執務室へと向かった叢雲は、執務室で休憩中の青年と出会う。丁度いい、と叢雲は参考になりそうな小説を探すついでに、青年にもし自分が小説を書くとしたらどうするか意見を聞くことにした。

 叢雲自身が小説を書く、と正直に言うのは恥ずかしいので、知り合いの艦娘が小説を書いているという体(てい)で話を進める叢雲。今の現状をぼかして説明し、青年に意見を求めた。もし短時間で完成度の高い小説を書くとしたら、青年はどうするか、と。

 

 

「短時間で完成度の高い小説を書きたいって贅沢な話だなぁ。んー、そうだな……自分の実体験とかを基にする、かな。空想の話を一から作るのは大変だけど、実体験ならある程度話もできてるでしょ?あとはそこに脚色を加えたりとか……」

 

 

 確かに、それならある程度シナリオも出来上がっているし、実体験だから話の全貌もあらかた把握できている。これなら何とかなりそうだ、と青年に礼を言った叢雲は本棚から小説を数札持ち出し自分の部屋に戻っていくのだった。

 

 そして現在、叢雲は青年のアドバイスを元に小説を書き始めていた。

 自分の実体験。叢雲がその言葉で真っ先に思い浮かべたのが、深海棲艦との出会いだ。おそらく、いや、絶対に他の艦娘では経験できないようなことを自分は経験している。この強みを生かすべきだと考えた叢雲は、主人公を自分に見立てて深海棲艦たちとの出会いを文章として書き出していった。

 主人公の自分を人間に設定し、深海棲艦たちは人類に害のある存在、参考資料として持ち出した小説に書いてあった『魔物』という存在にしよう。ある日怪我をしている魔物を見つけ、治療したらなつかれた。そして、それから引き寄せられるように魔物たちが自分の下へとやってきて……。

 一度走り出した筆は止まらない。調子付いてきた叢雲は軽快に筆を走らせ、あっという間に一ページ目を書き終えた。その後も途中でオリジナルの設定を加えてみたり、出会い方を少し変えてみたりと自分なりのアレンジを混ぜながら筆を進めていく叢雲。順調に書きあがっていく原稿を見て、叢雲は自分が思っていた以上の作品が出来上がることを期待するのだった。

 しかし、二日後。叢雲の筆はぴたりと止まった。物語は終盤に差し掛かり、いよいよクライマックスの場面といったところで、叢雲はあることに気づいたのだ。

 

 

「これ……矛盾していないかしら?」

 

 

 そう、途中でオリジナル設定に懲りすぎた結果、話の大筋とのつじつまがあわなくなったのだ。

 叢雲は大慌てで設定とシナリオを修正し、途中まで書いた原稿をゴミ箱へ捨てると、新たな紙を取り出し筆を走らせる。しかし、一つを修正すればまた別な所で矛盾が生まれ、新たに生まれた矛盾を修正すれば別な場所で矛盾が生まれる。一向に改善しない文章に、叢雲は苛立ちを感じていた。

 このままではダメだ、イライラで頭が回らなくなっている今の状態では現状を打破できない。そう悟った叢雲は一度大きく深呼吸をすると、右手に持っていた筆を机に置いた。現時刻は正午。約束の日は明日。まだ時間は十分にある。今は休むことに専念して、文章はまた後から考えよう。

 叢雲は椅子に座ったまま大きく伸びをした後、うなだれるように顔を机に伏せた。そして、そのまま左頬を下にし、叢雲は机の冷たさを感じながら山積みになった資料用の小説を眺める。今叢雲の視線は、ある一つ小説に集中していた。

 叢雲の視線の先にあったのは『恋愛小説』だった。何故こんなものが青年の部屋に、と最初は半ば興味本位で持ち出した小説だったが、一度目を通してみるとこれが中々面白く、結局最後まで読みきってしまった叢雲。その後も、小休憩や気分転換を挟むたびに読み返したりと、叢雲は執筆中にも関わらず『恋愛小説』という別の事柄に興味を持ってしまったのだ。

 そしてその結果、書いている小説がおろそかとなり、今色々と苦労する羽目になっているのだが、それを本人は知る由も無い。

 

 

「恋愛……か……」

 

 

 そうつぶやきながら、叢雲は新たに取り出した真っ白な紙に筆を走らせる。心の中で「これは気分転換だ」と言い訳をしながら、叢雲は自分の頭の中で思い描いた新たなストーリーを書き出していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘッ、逃げずによく来たな。褒めてやる」

「…………」

 

 

 四日前の約束どおり天龍、龍田、五月雨の三艦と叢雲は再び対峙した。

 腕を組みながら仁王立ちする天龍は、叢雲が手に持つ紙の束を見て鼻息を鳴らすと、大きく開いた右手を叢雲に向かって突き出した。

 

 

「じゃあ、早速その紙を渡してもらおうか」

「…………」

 

 

 対する叢雲は、天龍の言葉を聞いて顔を赤くした。四日前は堂々と天龍と目を合わせていた叢雲だったが、今はどういうわけか視線を合わせようとしない。しきりに視線を泳がせどこか落ち着かない様子だった。

 叢雲の様子を見た天龍は叢雲の心境を理解していた。叢雲も自分と同じで、初めて書いた小説を他人に見せることに抵抗を感じているのだろうと。だが容赦はしない。宣言した以上、約束は守ってもらう。にやり、と嫌な笑みを浮かべた天龍は叢雲に向かって言葉を発した。

 

 

「フフフ、怖いのか?嫌なら逃げてもいいぞ?」

「っ!……ぐっ……」

「もし見せたくないのなら……そうだな、『偉そうなことを言ってすみませんでした』って頭を下げろ。そうしたら見逃してやるぞ?」

「~~~っ!だ、誰がアンタなんかに!欲しけりゃくれてやるわよこんなもの!!」

 

 

 叢雲は右手に持っていた紙の束を天龍に押し付けると、早足でその場を去っていった。叢雲の後姿を勝ち誇ったような顔で眺めた天龍は視線を手元の小説へと移し、龍田、五月雨のニ艦も交えて、その場で鑑賞会を始めるのだった。

 

 

 

 

 

タイトル:月に叢雲花に風

 

 私には夢があった。司令部の主力である第一艦隊に籍を置き、威厳ある提督の下で幾多の任務をこなし、いずれ後世に語り継がれるような戦歴を残す。もう何度想像しただろうか。寝る前に頭の中で何度も思い描いた私の未来予想図。

 司令部への着任を控える周囲の娘たちは「提督に愛を捧げる」だとか、「一目惚れしたらどうしよう」だとか言っているが、その言葉を聞いた私は「くだらない」と内心呟く。

 私たち艦娘が提督に服従するのは当然の事で、愛を捧げようが一目惚れしようが関係のないことだ。その『愛』だの『惚れる』だのが加わることで何かが変わる、そう、劇的に世界が変わるような効果が出るのであれば話は別だが、たかが気の持ちようで世界が劇的に変わるなどあり得はしない。無駄に気を張って疲れるだけだ。

 彼に出会うまで、私はそう思っていた。

 

 

「よろしく。これから一緒にがんばっていこう」

 

 

 最初は何が起こったのかまったく分からなかった。ただ彼の前にいると何故だか恥ずかしい気持ちになって、いつも以上に自分の身なりを気にしたことは覚えている。

 熱を帯びた私の顔を見て、彼は私の事を変に思っていないだろうか。瞳がうっすらと潤んでいることに気づかれていないだろうか。この騒がしい鼓動は外まで聞こえていないだろうか。私は自分の身に起きた異常事態に対処するのが精一杯で、彼の口にした言葉のほとんどを右から左へ受け流していた。

 司令室を後にした私は真っ先に自分の部屋へと向かい、部屋に入り扉に鍵をかけた。そしてそのまま扉に背を預け、自分の中で渦巻く熱を冷ますように大きなため息を漏らす。耳障りなほど高鳴る胸の鼓動を沈めようと両手で胸を押さえつけるが、その行為自体に意味は無い。ただ、私は自身の身に起きた現象を認めたくなかった。

 私の動悸がおかしくなった原因、それは既に分かっていた。彼の顔が頭をよぎる度に高鳴っている私の鼓動がいい証拠だ。異性に対して顔を赤くし、胸を高鳴らせる。知識では知っていたが、まさか自分で経験することになろうとは思ってもみなかった。

 

 私は、彼に恋をした。それも一目惚れだ。

 

 その事実がどこか恥ずかしくて、私は布団の上で体を丸める。

 私は必死に否定した。こんなことあるはずが無い。あんなぱっとしない男に恋心を抱くなんてありえない。何度も何度も、頭の中で自分に言い聞かせ平静を装う。これは何かの間違いで、私の本当の気持ちではないのだと。

 でもふと気がつけば、彼の姿を目で追っている自分がいた。彼に褒められ、思わず顔を綻ばせる自分がいた。彼の事を放っておけない自分がいた。否定すれば否定するほど、私は彼に好意を抱いているのだと自覚させられる。いつの間にか、私は自分の気持ちを否定しなくなっていた。

 最初は思った。何故、私はこんな男を好きになったのだろうと。彼が有能でないことは一目でわかった。明後日の方を向いた部隊運用。後先を考えずに資材を浪費し、報告書にいたっては誤字だらけ。唯一の取り得と言えば、相手の言うことを素直に聞いて学習するところだろうか。私の口うるさい指摘を嫌な顔一つせずに聞き、自分の誤りを訂正してくれる。私の言葉で一喜一憂する彼の表情はとても魅力的で、それだけで、何故自分がこんなヤツを、という疑問はどこかへ吹き飛んでしまった。

 今なら分かる。あの娘たちが言っていた言葉の意味が。『愛』だの『惚れる』だのがどれほど重要な要素なのかを身をもって経験したからかそ、はっきりと理解できる。認めざるを得ない。だって私の世界が、こんなにも劇的な変化を遂げたのだから。

 一日が過ぎてゆく度に変わっていく私の世界。自分の思い描いた未来予想図からどんどんかけ離れていくにも関わらず、私はこんな生活も悪くは無いと思っていた。ぼけっとした顔の彼が隣にいて、それを私が注意して、苦笑いをしながら雑務をこなす。主従と言うよりも友達に近い彼との距離感を、私は心地よく感じていた。

 

 だからこそ、私は自分の想いを口にしない。口にできない。

 

 私は彼から拒絶されることを恐れた。表面上では私の言うことを素直に聞き入れてくれてはいるが、内心では口うるさい自分の事を嫌っているのではないか?そもそも、私は彼の眼中に入っていないのではないか?真実を知るのが怖い。今の関係が崩れてしまうのが怖い。でも、彼が自分の事をどう思っているのかは知りたい。私の中で渦巻く二つの矛盾した気持ちが、私の頭を混乱させた。

 元々、自分が素直じゃない性格だというのは分かっている。彼に面と向かって「自分の事をどう思っている」とは口が裂けても聞けないし、聞きたくもない。もし、彼の口から自分を否定するような言葉が出てきたら、私はきっと立ち直れないから。でも、逆に私に好意を持っている言葉が出てくる可能性も捨てきれず、どっちつかずの私は悶々と悩み続ける。その日、私は初めて夜更かしをした。

 そして私は決意した。彼の前では優秀であり続けることを。言葉を口にしてもらわなくてもいい。少しでも自分の評価を上げ、頼られ、良く見てもらえればそれでかまわない。自分のいいところだけを見せて、自分の悪いところはひた隠しにする。過去の自分が今の私を見たら、きっと馬鹿にするだろう。何を腑抜けたことをやっているのだと。

 でも、私の世界は変わってしまったのだ。私の世界の中心には彼がいる。彼がいるから、私は戦える。『愛は沈まない』のだと、堂々と言うことが出来るだ。かつて寝る前に頭の中で思い描いていた未来予想図は、既に彼と共に過ごす幸せな日々の妄想で塗りつぶされていた。

 私と彼、艦娘と提督の関係がいつまで続くかは分からない。出会いがあれば別れもある。いずれ私たちの関係も終わる日が来る。その日が来るまで、私は彼に頼られる存在であり続けよう。

 

 でもいつか、いつか本当の自分を見せられる日が来ますように。そう願いながら、私は今日も彼の隣で歩みを進める。

 

 

 

 

 

 ぺたん。

 

 突然、天龍は原稿を半分に折りたたんだ。読み終える前に突然原稿を折りたたまれ、一緒に読んでいた五月雨や龍田からは抗議の声が上がる。

 

 

「べっ、べべべ別に今急いで読む必要はねえだろ!?と、とりあえず、俺は用事を思い出したから先に帰るぞ!」

 

 

 上ずった声でそう言い残し、その場から全速力で去っていく天龍。その場にぽつんと取り残された五月雨と龍田は顔を見合わせると、互いに苦笑いをこぼした。

 

 

「なんていうか、分かりやすいですね」

「この程度で顔を真っ赤にするなんて、天龍ちゃんったら純情なんだから」

「でも意外でした。叢雲さんのことだから、てっきり天龍さんに対抗したジャンルで挑んでくるものだとばかり思っていたんですけど……」

「何かトラブルでもあったのかしらぁ?」

 

 

 その通り。五月雨の予想も、龍田の予想も完全に的を射ていた。

 確かに、叢雲は天龍に対抗して冒険物の小説を書いていた。しかし、途中から叢雲の興味を惹いた『恋愛小説』の存在が、叢雲のスケジュールに大きな狂いを生じさせたのだ。

 息抜きのつもりがいつの間にか本気になっていた。誰しも一度は経験したことがあるこの怪現象を、叢雲は数時間前に身をもって経験した。最初は息抜きのつもりで書き始め、「適当に一時間くらいで切り上げれよう」と考えながら筆を走らせていた叢雲だったが、いつの間にか時間を忘れるほど没頭してしまい、恋愛小説を書き終えた頃には既に日付が変わってしまっていたのだ。

 予想外の時間経過に驚いた叢雲は慌てて執筆作業を再開したが、矛盾点の修正やらシナリオや設定の変更やら焦りやらで執筆は思うように進まず、結果として、叢雲は小説を書き終えることが出来ないまま朝を迎えた。

 約束の時間まで後一時間。叢雲は今からこの小説を書き終えるのは不可能だと悟る。プライドの高い叢雲に未完成品を他所に晒すような真似は出来ない。だが書くといった手前、手ぶらで待ち合わせの場所へ向かうことも出来ない。一体どうすれば。刻一刻と迫る約束の時間を前に、叢雲の焦りはピークに達していた。

 その時だ。ふと、叢雲の視界の隅にあるものが映った。そしてそれを見た瞬間、叢雲はある一つの突破口を見出した。

 

 

「……これなら!」

 

 

 叢雲の目に映ったのは、気分転換で書いた恋愛小説だった。この小説ならば最後まで完結しているし、未完成品を持っていくよりは幾分かマシだろう。すぐさま恋愛小説の原稿を手にした叢雲は、そのまま部屋を出て行こうとドアノブに手をかけた。

 

 

(だけど……これを……これを見せる……?見せていいの?)

 

 

 ドアノブに手をかけたまま、叢雲の動きはぴたりと止まった。叢雲の中にあった『ある考え』が彼女の行動に歯止めをかけたのだ。

 叢雲はこの恋愛小説が出来上がるまでの経緯をなぞる。叢雲は最初、恋愛小説をどんな風に書けばいいのか分からなかった。だから、青年に言われた「自分の実体験を基にする」というアドバイスに従って書いてみることにしたのだ。そう、叢雲がこの司令部に着任して、そして経験した初めての……。今自分が手に持っている小説が、自分の内に秘めた想いを赤裸々に語っている小説だということを思い出した叢雲は顔を真っ赤に染めた。

 二者択一。未完成品を持ち出し天龍に馬鹿にされるか、自分の内に秘めた想いを人前に晒すか、叢雲は自身から重要な選択を迫られる。

 

 

(……そうよ。これは私じゃなくて、あくまで物語の主人公の気持ち。そう、これは私の気持ちじゃない。だから……だから大丈夫)

 

 

 主人公のモデルが誰かなんて、読み手には分からないだろう。そうタカをくくった叢雲は、恋愛小説を手に約束の地へと赴き、天龍たちと対峙したのだった。

 だが、小説のタイトルが思いっきり叢雲の事を示唆するものだったため、読み手であった天龍、龍田、五月雨の三艦には主人公のモデルが誰なのかはっきりと伝わってしまったのだが、それは叢雲の知るところではない。

 

 この日、叢雲が青年の前に姿を見せることは無かった。ただ、叢雲の部屋から何やら悶絶するようなうめき声が一日中聞こえたそうだ。

 

 




次回・・・ブイン基地アイドル頂上決戦!~那珂ちゃん、暁に散る~

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