船久保浩子はかく語りき   作:箱女

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十一

―――――

 

 

 

 振動音と一世代前のロック・ミュージックが着信を知らせる。

 

 ( 寝ようと思った矢先に……。ま、明日休みだから別にいいんだけどねぃ )

 

 自己主張を続けるスマートフォンのもとへとスリッパで向かう。十月の終わりの夜なんてものは沖縄でもなければ冷える。この時期のフローリングの床を素足で歩きたがる二十代の女性はいないだろう。ひらりひらりと寝間着の袖や裾が揺れる。

 

 いざ電話を手に取ろうとしたその瞬間、ひどくイヤな感じが彼女の脳裏をかすめた。ディスプレイには “戒能良子” と名前が表示されている。彼女からの電話で悪い事態が発生するなど想像しにくいのだが、こういうときの三尋木咏の勘というものはどういうわけだかよく当たる。一番の問題は、最終的にこの電話からもたらされる事柄はどうあっても回避できないだろう、と勘がささやいていることだった。

 

 咏は画面を睨んで少しのあいだ考えていたが、結局は電話に出ることにした。画面をタッチしようとする指はその小さな体躯に比べて細長く、美しいものだった。“通話” の箇所に指が触れ、こちらとあちらが電波でつながる。携帯電話の仕組みなど知らないし知る気もないが、ほとんど魔法だよな、と咏は思う。線でつながっている固定電話でさえきっと自分には想像もつかないような技術が使われているのだろうし。そういった余計なことで気を紛らわせながら咏は電話に出た。

 

 

 「もしもし?」

 

 咏の表情が一拍置いて苦々しいものに変わっていく。決して人前では見られない表情だ。スリッパをぱたぱたと鳴らしながらベッドへと向かい、そのまま腰かける。

 

 「ふん、戒能ちゃんだと思ったらお前だとか心臓に悪すぎじゃね?わかんねーけど」

 

 「あー、そういうのはいいから要件をさっさと話しなよ」

 

 「……年末?ちっと待ってな」

 

 今後の予定が書きこまれた手帳を取りに、鞄の置いてあるリビングルームへと歩き始める。実際のところ、咏は年末年始には休みを入れていることを忘れてはいなかったが、それを素直に電話の相手に告げるかどうかというのは別問題だった。

 

 「そうさねぇ、具体的な日付の指定ってのは?」

 

 「……まぁいいだろ。で、目的は別にあんだろ?知らんけど」

 

 「あっそ。ま、私が勝てばどうでもいい話にゃ違いないねぃ」

 

 「ああ、首洗って待ってなよ、赤木。じゃーね」

 

 通話を終えてスマートフォンをベッドの上に放り投げる。耳を澄ませると、防音設備の行き届いたマンションの外から車の走行音が聞こえてくる。その低い唸りは、いつだってあなたの人生から離れないよ、と主張しているような気がした。

 

 

―――――

 

 

 

 月が替わって一気に色が変わったように感じられる空の下、浩子はクラスメイトとともに学校へ向かっていた。話題は今日の時間割についてだ。やれ日本史の授業は眠くなるだの古典が異国の言葉にしか思えないだの、日本全国の各世代で聞かれる言葉がここでも聞かれた。しかしそんな愚痴を続けてもしょうがないので、千里山の友達の授業中の失敗談などで笑いながら下駄箱のほうへと歩いていく。

 

 もう浩子が宮守女子に通い始めて二ヶ月が経った。フツウの女子高生とは価値を置いている場所が多少は違うとはいえ、もともとが親しみやすい性格のおかげかクラスの中心的存在として過ごすようになっている。文化祭のときの裏方としての働きぶりは隣の席の子をして “浩子は起業とかすればいいんじゃない?” と言わしめるようなものだった。クラスの利益を計算して高笑いしていた姿はクラスメイトたちの記憶に新しい。ほかにも数学の授業の後には浩子の机のまわりに生徒が殺到するなどというシーンも見受けられた。学校の授業に限らず、難しいなぞなぞ等の問題を解いたときなどには中指で眼鏡の位置を直すしぐさがパターンとして定着してしまっているそうだ。

 

 千里山から離れて変わったことの一つが、料理への意識である。実家にいたころは当然のように母親にお弁当を作ってもらっていたのだが、宮守ではそうはいかなかったのだ。トシは教師ということもあって朝はかなり早くに出ていってしまう。そうなると朝食は昨日の残り物が中心となるのだが、時にはお弁当にしにくいものだってある。その場合は自力で作るか学食で済ませるかのどちらかになるのだが、頻繁に学食を利用するわけにもいかない。浩子の手持ちにも限度というものがある。そこで豊音に目を向けてみると、彼女は鼻歌を歌いながらお弁当のおかずを作っていた。これは浩子にとって衝撃だった。たしかにインターハイ前の合宿を行う際に、体の強くない先輩のために栄養士の方に料理メニューの指示を仰いだことはある。だがどちらかといえば実戦経験は少ないほうに分類されるのは間違いない。それならば、と浩子は挑戦することに決めた。せっかくの麻雀漬けではない日々なのだ、大きなチャンスだ、と浩子は気合を入れた。余談ではあるが、その決意をした数日後に浩子は母へと感謝のメールを送ったという。

 

 

 その積み上げられた素敵な日常は、これから浩子にちょっとだけ辛い体験をさせることになる。

 

 

―――――

 

 

 

 「おい、ひろ、二学期が終わる前には出る準備整えときな」

 

 それはしばらく前に入浴を済ませて、豊音とテレビを観ていたときのことだった。赤木は居間の入り口を通りがかったように上半身だけをのぞかせており、言うだけ言ったかと思えばそのまま奥へと引っ込んでいってしまった。うすうすわかっていたこととはいえ、それはやはり浩子の心に暗い影を落とした。いっしょにテレビを観ていた豊音がぽかんとした顔で浩子を見ている。ついでじわりと目尻に涙が溜まっていく。

 

 「ひっ、浩子ちゃん、いなくなっちゃうの……?」

 

 「あはは……」

 

 はっきりとその通りだ、と言うのもためらわれる。目の前のダムが決壊してしまいそうだ。もともとこの宮守にやってきたのは麻雀のトレーニングのためであり、それを考えればいずれここから離れるであろうことは浩子にはわかっていた。ただあまりにも居心地が良すぎて、その事実に蓋をしてしまっていたのだ。浩子は麻雀のことを差し引いてもこの宮守が大好きだった。麻雀部の方々も、クラスメイトたちも、千里山とはまた違う暖かみがあった。それだけに離れなければならないのは胸が痛む。

 

 すこしさみしげな笑みを浮かべて、浩子は豊音に語り掛ける。

 

 「大丈夫ですよ、豊音さん。いつだって会えますよ」

 

 「でもでも、ここからいなくなっちゃうんでしょ……?」

 

 手で拭われることもなく、隠されることもなく、長い下睫毛を湿らせてぽろぽろと零れていく。

 

 「次に会うときはとびきり麻雀強くなっておきますから、ね?」

 

 「……ふふっ、私もうプロだよー?」

 

 「ま、師匠が師匠なんで」

 

 「それはちょっと笑えないかなー」

 

 

 

 とりあえず宮守麻雀部の先輩方に二学期いっぱいで岩手を離れることをメールしたあと、浩子は自室として借りている部屋の畳の上に寝転がっていた。クラスメイトには明日言えばいいだろう。まだ十一月に入ったばかりだし、即座にいなくなるわけでもないのだから遅すぎるということはない。しかし今度はどこに連れていかれるのだろうか。もう並大抵のことでは驚かないくらいにタフになったと浩子は自分で思う。だいいち最初の訪問が小鍛治健夜なのだ。麻雀打ちにとってそれ以上の衝撃などどれだけあるだろうか。

 

 先のことを考えたところでどうしようもないと気づいた浩子は自分の麻雀へと思いを馳せる。もはや習慣になったと言っていいだろう。打ちながら相手の思考の源泉をつかむ技術は速度に揺らぎこそあるものの、習得はできた。だがもちろん他にも課題はある。先日の秋季大会では当たることのなかったオカルト能力持ち、とりわけ魔物級の対策が確立できていないのだ。手段そのものはだいぶ前にたどり着いているのだが、実行するには経験がなければどうしようもないだろう。能力を使わせないように誘導する打ち回し、と浩子は口に出してみる。いまひとつ実感のこもらない言葉だった。

 

 たとえば力を持っている人間がそれを使いたくなくなるような状況はどのようなものか。端的に言ってしまえばそれを作り出すことが浩子のさしあたってのゴールだ。それについては浩子自身も理解はしている。しかし浩子にはそういった特殊なものはないから、ひたすら想像に頼ることになってしまう。あるいは知り合いの異能持ちに聞いてみようかとも思ったが、そんな状況に追い込まれた経験のあるものなどいないだろう、と考え直す。肉体的負担から能力の使用を控える先輩はいたが、これは例外だ。だから浩子は、自分が能力を持っていると仮定して想像を膨らませるという手段をとることにした。

 

 この作業は浩子が考えていたよりもはるかに消耗するものだった。オカルト能力を持ってしまえば、打ち方が根本的に変わるのだ。牌効率のような一般的に通じる論理がことごとく捻じ曲げられていく。特定の条件下で欲しい牌が引けるような能力ならば、それはその特定の条件下まで必死で持っていくに決まっている。こうやってオカルト持ちの闘牌を想像することは、これまでに浩子が培ってきた基本的な麻雀の考え方をいったん放棄することと同義である。それは小さなころから麻雀に親しんできたからこそ、余計に疲れる作業だった。

 

 

 苦しみながらも何人かの知っている能力持ちの麻雀をシミュレートして至った結論の一つは、予想していたとおりに単純なものだった。対抗策を握られていたら、そのオカルトは使いにくい。仮に一巡先の未来が見える能力を持っていたとして、未来を見た後に手を変えられたらどうしようもない。もちろんそれは能力の発動が見破られるという条件のもとでしか成り立たないものではあるが。ならば、と浩子は思考を進める。ならば対抗策を握られたときのその人間はどのような感情を持ちうるのか。怖れだ。少なくともそれに類するものが感情として起きるはずだ。それが相手を縛り付ける。それなら自分のするべきことは何か、と浩子は考える。()()()()()()()()()()()と恐怖を植え付けることが最善のように思われた。

 

 ( なんや思いっきり悪役みたいやんなぁ )

 

 寝転びながら苦笑する。たかだか十七年やらそこらを生きただけの女子高生が悪役とはいったいどんな世界だ、と。だが考えてみれば麻雀という競技に正義の味方がいるというのもなんだか変な話で、本当はそういう考え方自体がおかしいのかもしれない。それでもどちらかといえば悪役の方が自分に似合っているのではないかと考えてしまうあたり、浩子は案外素直な面を持っているのかもしれない。

 

 外では浩子の知らない虫が鳴いている。真似をするのも文字にするのも難しそうだ。できそうだからといって別に真似をしてみせるわけではないけれど。月は屋根の真上にあるようで、庇が地面に影を投げかけている。まるで月明かりのある世界とない世界のふたつに分けられてしまったかのような錯覚を覚える。浩子は自分がない側の世界に含まれていることについてはとくに文句を言う様子はないようだった。

 

 

―――――

 

 

 

 紅葉が始まると宮守の景色は一変する。この季節の葉の色を綺麗だと思うのは見られる期間が短いからだろうか。それとも色そのものに魅力を感じているからなのだろうか。高校へと向かうバスに揺られながら塞は思う。散り始めると厄介なことこの上ないのだが、今から考えても仕方がないから目に映る変化を楽しむことにする。やっと車内に暖房が入るようになったバスはときおり弾みながら進んでいく。

 

 三年生の教室は受験に向かってピリピリし始めている。部活をやっていた生徒の多くは夏休みに入ってからが受験勉強の本番で、帰宅部だった生徒も大抵はそれに合わせて勉強を本格化させる。もちろん意識の高い生徒はもっと早い段階からきっちりとした準備を始めているが。だから塞が教室に入ってもクラスメイトが全員揃っているような日はここ最近でめっきり少なくなった。塞もちょくちょく授業には出ないで図書室で自習するようになってきた。環境が変わっていくな、と塞はセンチメンタルになったりもする。

 

 ( 浩子もここから離れちゃうんだもんなぁ…… )

 

 図書室はひどく静かで、生徒たちもそれぞれ集中したいのか距離をとって座っている。ときおり休憩を挟んだのかため息をつく音が聞こえてくる。室内にいる人がみんな机に向かってノートや参考書を広げている景色は奇妙な感じを塞に与えた。一年前どころか半年前でさえこんなことをしている同級生は一人もいなかったのに。時間の流れは目には見えないが、しっかりと状況をどこかに押し進めていく。

 

 

 

 「だからさ、二学期が終わる直前辺りでお別れ会でもやろうと思うんだけど」

 

 「そだね。私もやりたいかな」

 

 半ば賛成してもらえることを確信していたのか、塞は小さく笑んで胡桃の隣の席に座る。宮守女子高校麻雀部は人数が五人しかいないこともあってか結びつきが非常に強かった。しかしそれでも進路はそれぞれ変わってくる。普通に考えるのなら卒業式のあとにでも集まればよさそうなものだが、実はそれだと流れてしまう可能性があった。姉帯豊音のプロ入りがそれにあたる。豊音がプロチームの練習に参加しなければならない場合、おそらくこちらでゆっくりとすることは難しい。だから失礼な言い方だとは思うが、浩子が宮守を離れることはいいきっかけになると塞は考えた。もちろん浩子と離れがたいからこそお別れ会をやるというのもある。一挙両得というのはこの場合使い方が違うのかな、と塞は思う。

 

 

 この塞の企画はきちんと実を結んで、全員が離れ離れになる前に揃って過ごす最後の時間を提供することになった。バカみたいに笑って騒ぐ姿は、微笑ましくてどこか痛ましいものだった。別に彼女たちの今生の別れというわけではないのだが、それでも本人たちにとってはひとつの世界の終わりのかたちだったのかもしれない。十二月に入ってから何度目かわからない少し水分を多めに含んだ雪が彼女たちの頬を赤くしていた。決して積もることのないであろう雪が降りやむ気配はなかったが、六人の少女の時間はきちんと過ぎ去って行った。浩子にとっても決して忘れられない一日になったのは事実だが、それはまた別のお話。

 

 

―――――

 

 

 

 「で、今度はどこに行くんです?」

 

 コートを羽織った制服姿のまま浩子は赤木に尋ねる。

 

 「ん?横浜さ」

 

 おや、と浩子は片眉を上げる。たしか茨城から出るときの選択肢は岩手か九州だったはずだ。てっきりこれから九州に行くものだと思っていた。駅はこれから帰省あるいは旅行に行くだろう人々であふれかえっている。そのおかげか外と比べて暖かい。口元まで上げたマフラーの位置を下げ、コートのポケットから手を出す。

 

 「中華街かあ」

 

 健夜は幸せそうに表情をほころばせている。もう彼女が一緒にいるのが浩子にとっては当たり前なのでとくに大きなリアクションを取ることもない。それどころかどこかいいお店知ってるんですか、なんて聞いている有様である。日本全国を探しても小鍛治健夜を相手に緊張することなく話ができる高校生など浩子しかいないだろう。もともと緊張とはあまり縁のない性格だったが、赤木と出会って以降それに磨きがかかっているように見えるのは気のせいではない。

 

 新幹線の窓から見える空はまだまだ青い。なにせ浩子は終業式からまっすぐ駅に向かってきたのだ。このぶんだと日が沈む前に横浜に到着しそうだ。三人分の指定席の窓際でそんなことを思う。車内は人工的でやわらかい光で満たされており、そのなかで乗るや否や眠りにつく人や駅弁を開く人、読書を始める人など様々な人が見られる。浩子はとくにすることが思いつかなかったため、健夜と雑談をすることに決めた。

 

 

 「ところで健夜さん、なんで横浜に行くんか知ってます?」

 

 「まあだいたい予想はつくけど、断定はしないほうがいいかな」

 

 少し眉を困らせて言葉を濁す。浩子はこういう態度をとるときの健夜は本当に予想をしていて、その予想がほぼ当たっていることを知っている。だからおそらく中華料理を食べに行くだけ、というわけではないのだろう。

 

 秋季大会の前に浩子は第二の宿題である “打牌” について答え合わせをしていた。だが赤木の返答は、浩子の思っていたものと違っていた。いわく、“それじゃあ半分だ” 。浩子は相手の打牌の仕草が情報源になることがその解答だとてっきり思い込んでいた。もちろん赤木が半分だ、と言うだけあってそれは有用な情報源になった。それは直後の秋季大会でも使ったのだから実感としてよくわかっている。では残りの半分とはいったい何なのか。それがここしばらくの浩子の空いた時間に考えるテーマであった。

 

 手詰まり、というやつだろうか。赤木から出される宿題は常にそういった感じを浩子に与える。こういうときは灯台下暗し、といって答えは思っている以上に近くにあったりするものなのだが、じゃあ打牌の近くってどこだとなればそもそも近いも遠いもない気がする。いったん眼鏡を外して目の周りを軽く揉む。ここのところずっと頭を使いっぱなしだ。テスト勉強よりもずっと頭を使っているんじゃないのか、とひとつ息を吐く。新幹線は最高速を維持したまま進んでいく。

 

 

 新幹線の停まる新横浜は一般的な日本人が思う横浜のイメージとは遠い。そもそも横浜に新幹線が停まらないことを知らない人もいることだろう。あまり鉄道に詳しくない浩子もそのうちの一人であり、新横浜で下りて失礼なリアクションを取ってしまったことは避けがたいことだった。

 

 「おい、ひろ」

 

 普段はあまり自分から声をかけることのない赤木が珍しく話しかける。浩子はちょうどそのとき暖かいペットボトルのお茶を飲んでいたので、視線を投げて返事をする。

 

 「明日、なんとかあいつから一回和了ってみろ」

 

 「へ?」

 

 無論この横浜に来た目的が麻雀なのはわかっている。そして打って成長しなければならないのも自分だと浩子は理解している。そうして先の赤木の発言も含めて考えると、まさかと言いたくなるような結論が出ることに浩子は気づいた。横浜。なんとか一回和了る。健夜の困り眉。推測するには十分すぎる材料だ。虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うが、これは虎に食われてしまう可能性のほうが高いことに目をつぶった格言だ。おそらく自分は現役最強の虎と相対することになる、と浩子は悟った。

 

 

 翌日は日こそ出ているものの雲の多い、なんとも煮え切らない天気だった。みなとみらいにある喫茶店の窓から見える景色はなかなかだが、空模様がなんとも残念だ。赤木が待ち合わせ場所だと言って入ったこの喫茶店はそれなりに値段も張るようだ。コーヒー通の人ならば豆がどうだの焙煎がこうだのと話もできるのだろうが、生憎と浩子は詳しくない。というより普段からコーヒーを飲むわけでもないので味の差も正直わからないといったところだ。ただ、千里山の友達が言うほどブラックは飲めないとは思わない。

 

 扉が開いて、いらっしゃいませ、とよく通る店員の声が聞こえる。同時にからから、と音が聞こえた。木でできた軽い何かが立てる音だ。浩子は確信する。赤木がこの年の瀬に指定した相手は、まさかの日本代表プレイヤーだ。

 

 「よーっす、調子はどーだい、って……ん?おっほ!すこやんじゃんか!」

 

 綺麗な着物を揺らしながら、けらけらと楽しそうに笑う。

 

 「おや?そこのメガネの子は……、知ってるぜぃ?キミ、千里山の船久保ちゃんだろ」

 

 

 

 

 

 

 


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