ジョジョの奇妙な冒険、第?部『マジカル・オーシャン』   作:piguzam]

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お待たせしました。


台風だったり虫歯の治療だったり仕事だったりで執筆が手付かずで申し訳ありません。



あったけえェーー血(ry

 

 

 

「……ちょ、ちょっと何よこれッ!?これじゃまるで心霊写真じゃないッ!!何でこの時居なかったお義兄様が、真ん中に写ってる訳ッ!?」

 

岸治さんの持ってきた写真を見て、瑠璃さんは驚きながらもそう吠える。

他の人達も似たり寄ったりな表情で驚きを露わにしていた。

そして写真を撮ったカメラの持ち主である岸治さんも力なく首を横に振り、「検討も付かない」と零す。

 

「まさかアンタ、現像した時にイカサマやったんじゃ……」

 

「バァカッ!!この短時間でアナログフィルムにこんなイカサマなんて出来るかよッ!!」

 

驚く羽川の言葉に対して、岸治さんは目を吊り上げて反論する。

まぁこの写真を持ってきた岸治さんからすれば、自分の愛用してるカメラでこんな不気味な写真が撮れてるなんて、嫌に決まってるだろうな。

写真を見ながらそんな事を考える俺の目の前で、親族は全員不安げにしている。

……何にしても、不気味な写真が出来上がって、そこに迫弥さんの姿があるのは事実だ。

 

「じゃ、じゃあ、兄さんは噂通り吸血鬼にッ!?」

 

「馬鹿馬鹿しいッ!!吸血鬼なんて所詮、小説とか映画の中だけの存在よッ!!棺から姿を消したのも、その心霊写真も、全部迫弥兄さんが仕掛けたトリックよッ!!」

 

麻信さんは弱気な表情を浮かべてそんな事を言うが、それに対して実那さんは鼻を鳴らして笑う。

確かに実那さんの言う通り、この情報社会で吸血鬼なんてモノは創作によって生み出されただけの存在って認識が当たり前だ。

そんな超常現象を起こせて、世界中で確認されてる存在なんてのは……。

 

「……その迫弥さんって人、HGS患者じゃ無いんスよね?」

 

世界的に認知されてるHGS患者くらいなモノだ。

そう思ったからこそ出た俺の呟きに、実那さんは首を横に振る。

 

「いいえ。兄さんはHGS患者じゃ無かったし、この寅倉家全体にもHGS患者は居ないわ」

 

「そうッスか……っていうか、その心霊写真。おかしくねぇッスか?」

 

「え?」

 

とりあえずの確認が取れた所で、俺はさっきから思ってた事を口にする。

その言葉を聞いて、この場に居る全員の視線が集まるが、全てが好意的な視線では無い。

何割かは「ガキが何言ってるんだ?」っていう訝しむ表情だ。

 

「おかしいって、どうおかしいんだ、坊主?」

 

「おいおいアンタ。何をガキの戯言にマジんなってんだよ」

 

「そうよ。おかしいっていえばこの写真の存在自体おかしいじゃない」

 

「まぁ、良いじゃねぇか。どうせ皆良く分かんねぇんだし……それで、何がおかしいんだ?」

 

馬鹿にした表情で俺を見る羽川と瑠璃さんを制して、岸治さんはしゃがみながら俺に聞き返す。

例の写真を見える様に掲げながらだ。

 

「いや、その迫弥さんの写ってる部分。躰が無くて首だけ『鏡の中』に写ってる様にしか見えねえんスけど?」

 

俺はさっきから例の心霊写真を見ておかしいなと思ってた事を口にする。

それを聞いてハッとした表情を浮かべたコナンと服部さんが、ポカンとした表情の岸治さんの後ろに回る。

岸治さんが写真を見直す為に自分に写真を向けたからだ。

 

「……ホントだ。服を着てる様に見えるけど、ちゃんと見えるのは首だけで、写ってるのは鏡の中だけだ」

 

「なるほどな。こらぁ何かしらのトリック使うて、あの部屋の鏡に迫弥さんが首だけ写したっちゅう線が濃厚になってきたな」

 

「でもトリックってどんなトリックよ?あの時、守代姉さんはあの鏡で髪を整えてたのよ?その鏡であの写真を撮る時だけ自分の顔を写すなんて……」

 

「あるじゃないッスか。鏡の様に見えて、実は鏡だけじゃないガラスってやつが」

 

服部さんの言葉を聞いて馬鹿馬鹿しいと切って捨てようとした瑠璃さんに答える。

つうか、誰も知らねえのか?『警察』とかでも使われてる、あの特別な『鏡』を?

 

「……あっ!?」

 

「……ッ!?そうか、アレかッ!?」

 

「「マジックミラー……ッ!?」」

 

俺の言葉を聞いて、服部さんとコナンはハッとした表情で同時に答える。

そう、俺が言ってる鏡とはあのマジックミラーの事だ。

片側からは普通の鏡に見えるけど、反対側を明るくすると鏡の筈の向こうの様子が見える特殊な鏡。

良くドラマの警察で取調室に取り付けられてる一枚の鏡。

その向こうがマジックミラーで、反対側の見えない暗室には被害者が居て、犯人の顔を特定するのに使われる事がある。

二人が口にした言葉に、他の面々も「あぁッ!?」と納得した表情を浮かべる。

 

「そうかッ!!マジックミラーなら、光を当てれば反対側からも見える様になるッ!!」

 

「後は私達が席に着いてシャッターを切るタイミングで、自分の顔を写せば……」

 

「心霊写真の出来上がりって訳ね……でも、鏡の向こうって……確か隣の部屋は客室、だったかしら?」

 

「は、はい。お客様が来られた時だけ使う様にと旦那様から言われてましたが……」

 

次々と納得した様に言葉を発する岸治さんと麻信さん、実那さん達。

そして実那さんの質問に対して、メイドのひかるさんという人が答える。

 

「そういえば、確かあの鏡がある位置にはクローゼットがあったかと……」

 

「なぁ、その部屋、開けてもらえへんやろか?この坊主の言うとる通り、あれがマジックミラーやったら……」

 

「写真を撮った鏡と反対側の位置に、何かの仕掛けがある筈だからね」

 

ボソリと呟いた古賀さんの言葉を聞いて、服部さんとコナンがその部屋を開ける様に古賀さんに頼む。

それを古賀さんは了承し、とりあえずこの写真の疑念を晴らそうと岸治さんと古賀さん、そしてメイドさんも行く事になった。

他の人はまだその辺に旦那さんが隠れてるかもって事で一度解散して、俺達は鍵を取りに行った古賀さんをその場で待つ。

 

「それにしても、良ぅ分かったなぁ坊主。あの鏡がマジックミラーちゃうか、なんて」

 

「あぁ。俺って結構目は良いんですよ。それで良く見たら旦那さんは鏡にしか写ってねーし、蘭さんと和葉さんの言ってたボヤ~って出方もマジックミラー越しならそう見えるんじゃないかなって思っただけっす」

 

「ほぉ、なるほどなぁ(着眼点はあのおっさんよりも鋭いな……ホンマにこの坊主、何モンや?)」

 

「凄いね定明にーちゃん。僕なんか全然分かんなかったよ。やっぱり小五郎おじさんと同じで、名探偵になれるんじゃない?」

 

「あんな仕掛けなら、良く見たらおかしいなって誰でも思うと思うぞ?」

 

「そんな事無いわよ、ぼうや。私なんか怖いって気持ちが押しちゃって全然分からなかったから」

 

「女の人がああいうのを怖がるのは普通だと思いますよ?かくいう俺もジックリ見てたら、背筋がブルブルしましたし」

 

(良く言うぜ……コイツはあの写真を、岸冶さんが手に持ってる時にしか見てなかった……って事は、あの距離で違和感に気付いたって事だ。普通の子供にそんな真似出来るかっての)

 

手放しで褒めてくる服部さんやコナン、そしてメイドのひかるさんというお姉さんに返事を返す。

っていうかコナンと服部さんは純粋に俺を褒めてる訳じゃなくて、俺が何者かってのを知ろうとしてるっぽい。

まぁどう調べてた所で、俺の戸籍も生年月日もこの世界では嘘偽りの無い記録だ。

更に蘭さんも俺が赤ん坊の時に俺と会ってる。

どれだけ調べた所で、それは全く意味を為さないだろうな。

 

グウゥ~。

 

「ん?」

 

「あっ……ア、アハハ……」

 

と、何やらひかるさんの腹から盛大な腹の虫の声が。

それに気付いて視線を向けたらバッチリ目が合ってしまい、ひかるさんは恥ずかしそうに頬を赤くする。

 

「何かド派手な腹の音鳴ってますけど、腹ペコなんスか?」

 

「ス、ストレートだね、君……本当なら、他のメイドさんやシェフの皆さんと賄いを食べてる時間なんだけど、旦那様探しでそれどころじゃ無くなっちゃって……」

 

「あー、確かにそうっすね。旦那さんも居なくなるなら迷惑にならない様に時間帯考えろやクソボケって感じでしょ?」

 

「そこまで言ってないし思っても無いよッ!?」

 

「(何ともドギツイ事言うやっちゃでホンマ……)……な、なぁ。それよかちょっと聞きたい事あるんやけど……」

 

そんな風に雑談をしていた俺とひかるさんにの話に入り込んできた服部さんは、ひかるさんの事情を聴き始めた。

確か守代さんの話だと、ひかるさんは迫弥さんの婚約者の連れ子だったって話だったな。

その時の、つまりひかるさんの母親が死んだのは何故かという話を、コナンと服部さんは興味持っていた様だ。

そしてひかるさんは昔を思い出しながら語るが、どうやらひかるさんは昔は病弱だったらしい。

そして新情報で、この館の主である迫弥さんは、地元の大病院の院長をしていたらしい。

昔はその縁で迫弥さんの病院に入院していて、その入院していた時期に母親が亡くなってしまったそうだ。

他の人から聞いた話では、不運な事故だったとか。

 

「旦那様はとても優しい方で、私の入院費や治療費を肩代わりしてくださって……」

 

「じゃあここでメイドをやってるのって、旦那様の為なの?」

 

「そうよ。母が連れ添う筈だった旦那様を、私がお世話するの……まぁホントは、半年前に旦那様からメイドの欠員が出たから来ないかって誘われて、その話に乗っただけなんだけどね。メイドの経験なんて無かったけど、旦那様はそれでも良いよって言って下さったから……」

 

「ほー?」

 

と、コナンの質問に対してひかるさんは苦笑いしながら答える。

なるほどなぁ……一時期は婚約する相手の娘だった、謂わば自分の義理の娘になる筈だった訳だ。

それなのに婚約者が死んじまって天涯孤独になっちまったひかるさんを放置するのは忍びなかったって訳だ。

それで他の遺産相続人に波風立たない上で行く末を見守れる、自分の館のメイドという立ち位置に置いたのか。

 

「だからこの館にまだ慣れてなくて……今朝も旦那様に来る様にって言われてたのに、結局どの部屋か判らなくて、すっぽかしちゃったし」

 

それは館に慣れてない事と関係あるんだろうか?

俺と同じ事を思ったであろうコナンは半笑いを浮かべてる。

 

「じゃあ旦那様が見つかったら怒られちゃうね」

 

「だ、大丈夫よッ!!私、ここへ来て怒られた事無いし……他の皆は掃除のチェックとか厳し過ぎるってボヤいてるけど」

 

……それは義理の娘になる筈だったから優しいのか?

はたまた若くて綺麗なお姉ちゃんには甘いのか、判断に困る台詞だな。

何人か他のメイドさんも見たけど、体外の人が結構年上だし。

そんなこんなで色々な情報を集めているコナンと服部さんを眺める事10分。

古賀さんが鍵を見つけて戻ってきたと同時に、他の皆も一度合流した。

やはりまだ迫弥さんは見つからないらしく、とりあえず全員で例の部屋に向かう事に。

 

「それにしても、良くあの写真を見てあれがマジックミラーかもしれないなんて考えたな、坊や」

 

「もしもこれで当たってたら、さすがは眠りの小五郎の甥っ子って所ね」

 

「只のガキの浅知恵ですから、あんまハードル上げないで下さいって。外れた時は赤っ恥だし」

 

感心して俺を褒める実那さんと岸治さんにそう返しながら、俺は軽く溜息を漏らす。

やれやれ……『スタープラチナ』の目で迫弥さんの写ってた鏡を高解像度で解析してなきゃ判らなかったな。

羽川と守代さんの影になってて躰が写ってない様に見えたけど、実際はそうじゃない。

迫弥さんの躰は写ってなくて、あの鏡の中の首の部分だけしか無かったんだ。

だからこそ、アレはマジックミラーだと気付いたが……そんな都合の良いカラクリが普通の家にあるか?

あるとしたら、何かしらの目的で作られた筈――。

 

――prrrrrrrrrrrrrrrrrr

 

「ん?あぁ、大滝はんや。ちょっと待ってくれへんか?多分旦那さんの棺桶に付いた血の鑑定結果が出たんやと思うで」

 

と、皆で移動していた最中、服部さんが待ったを掛ける。

しかも内容が現在行方不明の迫弥さんの棺桶に残った謎の血とくれば、皆従って待機する事に。

そのまま服部さんは大滝さんとニ、三言葉を交わし――。

 

「……何ぃッ!?AB型ッ!?あの棺桶に付いてた血ぃが、ホンマにAB型やったっちゅうんか?」

 

と、何やら驚いた声で携帯に言葉を返す。

何だ?血液型はAB型じゃ何かおかしいのか?

 

「けど、この館の連中に聞いた旦那さんの血液型は確か……」

 

「A型でございます」

 

と、服部さんの言葉に横槍を入れたのは、執事長の古賀さんだ。

……ってA型?それじゃあの血は一体誰の……。

 

「旦那様がまだお若い頃、大怪我をなさった時に、及ばずながら我々のA型の血を使って頂いた記憶が御座いますので」

 

「おいおい……ほんなら誰の血ぃやって言うねん?」

 

「……この館の関係者でAB型の者は、メイドをしていた清水さんだけでございます」

 

服部さんの質問に難しい顔をして答えた古賀さんに、俺達は皆絶句してしまう。

なるほど、確かにそれならあの血の主は清水さんの線が濃厚になるが、それは有り得ない。

2年前に殺された人の血液があんな所に付着する筈は無いからな。

消えた旦那さんの死体に、2年前に死んだメイドの血液……訳分からねぇな、チクショウ。

どうにも不可解な事が多すぎる。

旦那さんは何で死んだフリなんかしたり心霊写真を撮らせて皆を欺いてるのか?

そもそもそうする事のメリットは何だ?

態々手の込んだトリックを使ってまで皆の前に姿を現さない事のメリットは?

そしてこの人数で探しても影も形も見えないってのは、ちょっとおかしいだろ。

悪戯にしてはちょっとその範疇を出ちまってる気がするし……。

 

「ってか、その血、もっとちゃんと調べた方が良いんじゃないっすか?DNAとか」

 

……ん?DNA?そこまで調べる必要があるか?

何かちょっと不気味そうな表情の羽川の言葉に、俺は違和感を覚えた。

って言っても、まぁ確かにあの棺桶に付いてた血がこの館の誰の血液でも無いってのも、不気味な話ではあるか。

 

「ねぇ、麻信さんはどうしたの?」

 

「え?あの人ならお義兄様の携帯に電話しながら、序にタバコを吸ってくるって言ってたから、タバコ部屋に向かったと思うけど?」

 

あれ?そういえばあの麻信さんって人が居ないのか。

まぁでも向かった先はちゃんと判ってるし、まだ事件が起きたと決まった訳じゃねぇから大丈夫だろ。

しかし、携帯に連絡しても迫弥さんには繋がらないのか……。

 

prrrrrrrrrrrrrrrrr

 

そう考えた時に、一斉に携帯の着信音が『複数』鳴り響いた。

 

「「「「ッ!?」」」」

 

「?なんや、どないしてん?」

 

そして、驚愕した表情で携帯を見つめる相続人の四人に、服部さんが質問した。

その問に対して帰ってきたのは驚くべき答えだった。

 

「メ、メールよ」

 

「迫弥兄さんからだわ」

 

……どうやら、この騒動の主催者からのメールの様だ。

 

「今から私の答えを皆に伝えるから、食堂に集まれ……って」

 

「って事はこれ、一斉メールかよ?」

 

四人同時に届いた遺産相続の遺言に対する指示。

それはつまり、探してた旦那さんが食堂に姿を現すって事だ。

……しかしまぁ、何ともタイミングが良すぎる気もするな。

まるで俺達が迫弥さんを探して騒いでる時に、冷水を浴びせる様な……考え過ぎだと良いんだが。

 

「兎に角、まずは旦那様の指示通りに食堂に向かいましょう。そして旦那様に会って、事の次第を説明して頂くのが懸命かと……」

 

「そうね。古賀さんの言う通りだわ」

 

「あぁ。兄貴が何を思ってこんな手の込んだ真似したのか、ちゃんと聞かせて貰わねえとな」

 

古賀さんの言葉に同意して、皆も食堂へ向かう事に賛成した。

旦那さんに直に会えるなら、あの写真の細工も本人の口から説明して貰えるから丁度良い。

まだ何も事件らしい事件は起きてねぇんだし……出来れば余命幾ばくかの老人が起こした悪巫山戯で終わってくれよ。

皆で食堂へと移動する中、俺は祈るかの様にそんな事を考えていた。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……結局、来る気配無いな、旦那さんとやら」

 

トイレから戻ってきた服部さんは頬杖を吐きながら呆れた様にそう言って椅子に腰掛ける。

あのメールから早30分くらい経っただろうか?

待てども待てども、一向に旦那さんが来る気配は無い。

一体どういうつもりだよ……人を呼んでおいて待たせるなんて。

溜息を吐きながらボーッとする俺の耳に、窓の外からゴロゴロと雷の音が届く。

 

「……一雨来そうだな」

 

――ガァアアアンッ!!

 

岸治さんが呟いて直ぐ、少々大きめの音と稲光が奔る。

雨雲が結構近づいてる様だ。

さっきウェザーリポートでこの近くに雨雲を生み出した所為か。

 

「……ねぇ、心配じゃないの?守代姉さんまだ見つからないんでしょ?」

 

と、紅茶を飲んでいた実那さんが、カップを置いて羽川に話しかける。

一方で話しかけられた羽川は両手を頭の後ろで組んだまま苦笑していた。

 

「ハニーは気まぐれで、直ぐどっか行っちゃうからなぁ」

 

「しっかり捕まえとくのね。折角の逆玉なんだから」

 

それを堂々と言う辺り、実那さんって結構ビシバシ突っ込む人なんだな。

暗にカネ目当てって事を指摘してる様にも聞こえるけど。

実那さんの遠慮の無い発言に対して、羽川はウインクしながら口元に手を当てる。

内緒話とかする時に使う手のポーズだ。

 

「まっ。愛想尽かされたら、元カノの君とヨリ戻しちゃうし♪」

 

「…………そう」

 

何とも呆れる羽川の寄生虫発言だが、そっけなく答える実那さんも何処か嬉しげに思える。

……こーいう事を気負い無く、しかも元カノに言う男ってどうなんだ?

しかもこれでモテてるってんだから……女ってのは良く分かんねえ。

俺が女ならこんな恥も外聞も無い台詞をのたまう奴は百回くらいブチのめしてるトコなんだがな。

最早呆れて言葉も無いって感じになり、俺も服部さんと同じく頬杖を付いて溜息を漏らす。

俺だけじゃなくてひかるさんも呆れてる感じだ。

 

「しかし……麻兄、何時までタバコ吸ってんだか……」

 

呆れて羽川から視線を外した俺だが、岸治さんの言葉を聞いてそういえばと思った。

あれからもうゆうに4~50分は経ってるってのに、まだ麻信さんが帰ってきてない。

大体人がタバコを吸っても、精々5分、長くても10分くらいな筈だ。

一度に何本も吸う様なヘビースモーカーじゃ無い限り。

 

(……な~んか、嫌な予感がするぜ……肌の上を虫が首元めがけて見つからない様にジワジワと這い上がってくる様な……そんな不快感に近い感じの……)

 

何とも形容しにくい思いを感じて、俺は少し眉を顰めてしまう。

瑠璃さんも帰ってこない夫の事が気になったのか、携帯を開く。

 

「まさかあの人、携帯変えたからお義兄様のメール、届いて無いんじゃ――」

 

――カッ!!

 

「――ヒッ!?」

 

「ッ!?な、何?」

 

突然、稲光が窓の向こうを照らして雷鳴が鳴り終えた瞬間、ひかるさんが悲鳴にも近い呟きを漏らした。

そのひかるさんに対して皆の視線が集まる中、ひかるさんは青い顔である一箇所を指差していた。

 

「い、今ッ。窓に変な『影』が……ッ!?」

 

……影?何だそりゃ?

ひかるさんの言葉に皆して首を傾げるが、カーテンの閉まってる窓を指さすひかるさんの顔色は悪い。

さっきの稲光で何かしらの影が映ったって事か?

窓の外に変な影……まさか、月村裕二か?

 

「変な影だと?」

 

とりあえず確認しようと思ったのか、窓に一番近かった羽川は席を立って、カーテンに手を掛ける――。

 

 

 

――シャッ。

 

 

 

――そこには、吸血鬼の様な衣装に身を包み、『屋根に逆さまでぶら下がった』迫弥さんの姿が。

 

 

 

「き――きゃああああああああああああああああッ!!?」

 

ひかるさんの絹を裂いた様な甲高い悲鳴が響く中、他の面々も驚愕に目を見開く。

かくいう俺も驚いてる1人だ。

おいおいおい冗談じゃねぇぞッ!?何で屋根にブラ下がってんだよアイツはッ!?

コウモリみてーな格好で逆さまにぶら下がるって……吸血鬼のつもりかッ!!

 

「まさか兄貴、本当に……ッ!?」

 

「き、吸血鬼にッ!?」

 

「……あ、有り得ねえよ。ど、どうせ、ロープか何かで逆さに――」

 

食堂の人間が色めき立つ中、羽川はドアをガシャガシャと弄くる。

どうやら開けるつもりみてえだ。

コナンと服部さんも急いで羽川の傍に向かう中、俺も直ぐに羽川の側に向かう。

トリックにしろ違うにしろ、このまま逃げられちゃ面倒になるし、スタンドで気絶させた方が良いだろう。

そう考えてベランダの扉を開こうとしてる羽川の側に寄りながらスタープラチナを呼びだそうとした時に、遂に扉が開かれた。

 

「ぶら下がってるだけだっつう――」

 

ガチャッ――シュンッ!!

 

「「なッ!?」」

 

「ッ!?……マ、マジかよ……ッ!?」

 

「上に、消えよった……ッ!?」

 

「……ホラー体験しにきたつもりは無えぞ、くそっ」

 

しかし羽川が片側の扉を開いた瞬間、さっきまでぶら下がってた筈の迫弥さんの姿が忽然と消えてしまった。

一瞬で殆ど音もさせずに、屋根の上へと。

開いてない扉の一番上の窓に映っていたから、上に登ったのは間違いねぇが……人間技じゃねぇ。

ちっ!!このまま逃げられて堪るかってんだッ!!

 

(行けッ!!『エアロスミス』ッ!!)

 

グオォオオーーーンッ!!

 

人間が逆さまの状態から消えた現象に誰もが開口する中、俺は『エアロスミス』を窓から外へ解き放つ。

あんな一瞬で音も立てずに消えたカラクリは判らねぇが、身柄を抑えちまえば後でどうとでも聞ける。

逃がしはしねぇと考えつつ、俺は『エアロスミス』のCO2レーダーを発動するが――。

 

ピコーン。ピコーン。

 

(……おいおいマジかよッ!?反応が『無い』だとッ!?んな馬鹿な事があるかッ!?)

 

右目の前に浮かんだレーダーの反応を見て愕然としてしまう。

レーダーにはさっき上に消えた筈の迫弥さんの呼吸が感知されていないのだ。

体感的にだが、『エアロスミス』のCO2レーダーの範囲は大体数十メートルといった所だ。

その範囲内に生物の呼吸反応が無いという事は……一瞬でエアロのレーダーの感知範囲から居なくなったという事になる。

俺は内心ふざけんなって思いでいっぱいだ。

だが、残った左の視界で窓の外を見渡しても、迫弥さんの姿は影も形も見当たらな――。

 

「ち、ちょっとッ!!『アレ』ッ!?」

 

「え?」

 

『キキッ!!キキッ!!』

 

しかしその時、ゴロゴロと雷の光が雲を照らす空に何かが浮かび上がった。

それは、鳥の様に羽ばたきながら空の向こうへと消えていく一つの影。

しかし鳥とは違う甲高い耳障りな鳴き声を発し、普通の鳥よりも何倍も大きな翼と体躯を持った謎のシルエット。

まるで、吸血鬼に従うコウモリの様な……え?何あれ?

 

「……お、おい服部?な、何だアレ?」

 

「と、鳥とちゃいますのん?」

 

余りにも現実離れした光景に口調が元に戻ってるコナンだが、俺もそれに呆れる暇も無い。

驚いてるのは俺も一緒――。

 

「で、でも、鳥にしちゃデカ過ぎるんじゃ――」

 

「ッ!?コナンお前……ッ!?」

 

「なッ!?工藤ッ!!お前『血』出てるでッ!?まさか噛まれたんとちゃうやろなッ!?」

 

「……は?何言ってんだ?ちょっと雨に濡れただけで――え゛ッ!?」

 

しかも事態はまだ俺達を混乱させにかかる。

この場に居る中で唯一ベランダまで出ていたコナンの頭から、急に血が流れ始めたのだ。

これにはさすがに服部さんも取り乱し、遂に俺の前で決定的な名前を呼んでしまうが、俺もそれどころじゃない。

コナンも服部さんに言われて気付いたのか、手にベッタリと血が付いて目を見開いて驚く。

一体何がどうなってんだよ……っていうか何でコナンは頭から血が出てるのにそんな平然として――。

 

「……雨じゃねぇ。『屋根の上から血が滴って』きてんだ」

 

混乱する二人を尻目にある一点を見ながらそう呟くと、二人も俺の視線を追って気付いたらしい。

ベランダの床には、上の屋根から滴り落ちてきた血がポタポタと落ちて、小さく血溜まりを形作り始めていた。

……ってちょっと待て?『エアロスミス』のレーダーには、『誰の呼吸も写ってない』ぞ?

それなのに、上から血が垂れてきてるって……最悪だ。

 

「古賀さんッ!!この上には部屋があるんですかッ!?」

 

「え、えぇ。タバコ部屋が……」

 

「タバコ部屋がどうかしたのッ!?」

 

俺の問い掛けに慌てながらも答えた古賀さんの言葉に、嫌な予感が更に増す。

しかしそれを抑えて廊下へ向かいながら、俺達の様子を見て焦る瑠璃さんに視線を合わせた。

 

「上の部屋から血が垂れてきてるんですッ!!」

 

「えぇッ!?ま、まさかあの人が――」

 

「ちッ!!」

 

「お、おい待て坊主ッ!!一人で行ったらアカンッ!!」

 

自分の旦那が居る筈の部屋から血が滴り落ちてくるという異常事態に、瑠璃さんは顔を青くして震えて動かない。

俺は舌打ちしながら、背後から静止する服部さんの声を無視して階段を駆け上る。

くそ、マジにヤベェぞこの状況ッ!!『エアロスミス』、この部屋の上の階辺りで待機しろッ!!

外を旋回していた『エアロスミス』に命令を出しながらホルスターから鉄球を取り出しつつ階段を上り、廊下の片隅に小さな階段があるのを発見。

その階段は小さな扉へと通じている様だが、そこがタバコ部屋だと直ぐに分かった。

扉の向こうに『エアロスミス』が居るのを感じ取れるからだ。

俺は鉄球を片手で回転させながら階段を上り、取っ手の付いた扉を押し開ける。

 

「(ガチャッ)ッ!?……なんてこった」

 

扉を押し空けた俺の視界の先、窓のある方向には、人が寄り掛かっていた。

俺はその人の様子を見て、手で目を覆ってしまう。

人である事は間違い無い。

 

「……」

 

「……麻信さん……」

 

……但し、床に座った体勢で窓の淵に寄り掛かった……『死体』になってる麻信さんだ。

後姿しか見えないけど、分かる……もう手遅れだ。

窓の外から『エアロスミス』を室内に入れてレーダーを発動するが……呼吸は『写らない』。

麻信さんは……誰かに殺されたって事だ……ッ!!

その光景に胸糞の悪さを感じている俺の背後から、ドタドタと階段を上る音が聞こえ、コナンと服部さんが姿を現した。

 

「坊主ッ!!勝手に現場に入ったらあかんや――ッ!?麻信さんッ!?」

 

「ッ!!」

 

二人は麻信さんの死体を目の当たりにして直ぐに駆け寄るが、俺は駆け寄らない。

もう、手遅れなのは分かってるからだ。

それは力無く首を横に振る服部さんの様子からも分かる。

……落ち着け……『ヘブンズ・ドアー』のお蔭で俺の精神状態はそんなに取り乱す事は無い。

呼吸のリズムを整えろ、リラックスして俺が今するべき事をするんだ、城戸定明。

動揺しそうになる心にブレーキを掛けて、俺はゆっくり呼吸のリズムを整える。

こういう時は焦ったり混乱したら泥沼だからな。

 

「アカン。もう冷たなっとる……死後一時間ってトコやな……死因は間違い無く頚動脈をバッサリ切った事での失血死やろ」

 

「……服部……この人、自分でナイフ握ってるぞ」

 

「ん?……ホンマや」

 

死体の状況を冷静に分析する二人を尻目に、俺は『ムーディブルース』を発現させてリプレイを試みる。

服部さんのお蔭で大体の時間は分かったから、これで犯人の正体に辿りつけ――。

 

「ん?こら坊主ッ!!はよ下に降りぃッ!!子供が見てええもんちゃうでッ!!」

 

「ッ!?(そうだッ!!さすがに定明も人間の死体を見たら――ッ!?全然驚いてない……だと……ッ!?)」

 

早速リプレイをしようとした所で、服部さんが俺に怒鳴り散らしてきた。

確かに俺みたいな子供が見て良い光景じゃねぇってのは分かるが……タイミングが悪いぜ、くそ。

しかも真っ当な事を言ってるから反論し難い所でもある。

でも服部さんにはスタンドは見えないから、『ムーディブルース』の説明も出来ない。

歯痒い気持ちになる俺だが、ここで俺を呆然とした表情で見つめるコナンと目が合う。

……そうだ、コナンも居る事を指摘すれば――。

 

「(こら不味いな。坊主の奴、目敏く工藤の事を持ち出すかもしれん)あー、そ、それと、コナン君もはよ下に降りぃ。何時も忘れとったけど、子供が現場に入ったらアカンぞ」

 

「えッ!?お、おいはっと――」

 

「ん?ハットトリック?サ、サッカーの話やったら後で聞いたるさかい、今ははよ下に降り。な?(我慢せぇ、工藤。あの坊主に怪しまれる訳にはいかへんやろ?後でちゃんと教えたるで、今はあの坊主をここから連れ出すんや)」

 

しかし俺がコナンの事を指摘してうやむやにしようとする前に、服部さんに先手を打たれちまった。

コナンも俺と一緒に下へ降りさせる事で、俺の居る理由を正当に消されてしまう。

しかも反論しようとしたコナンを誤魔化して肩を組むと、小声で何かを放し始めた。

多分、俺を出て行かせる為に我慢しろとかそんなトコだろう。

 

(う゛……わーったよ。その代わり、小さな事も見逃すんじゃねぇぞ)

 

(アホ。誰にモノ言うとんねん。この俺がんなヘマやらかすかい)

 

「ったく……定明にーちゃん。平次にーちゃんの言う通りにしよ。ね?」

 

「……あぁ」

 

仕方ねぇ。ここで駄々捏ねでもしたら怪しまれちまう。

俺はリプレイさせようとしてた『ムーディブルース』を解除して、コナンを伴って下の階へと降りる事にした。

くそ、結局『ムーディブルース』を麻信さんの傍に移動させる事が出来なくて、リプレイは失敗だ。

『ムーディブルース』は時間と場所を指定して、その場であった出来事を再生するスタンド能力を持ってる。

つまり、正確な時間と場所じゃないとリプレイは上手くいかないんだ。

『ムーディブルース』の射程距離はA(超スゴイ)とされているが、それは変身中に限った射程距離。

つまり素の時の射程距離は近距離パワー型とほぼ同じくらいしかない。

その所為で、今回はリプレイ出来ずに現場から追い出されちまう羽目になった。

多分現場保存って名目で、あの部屋にはもう立ち入れないだろう……犯人の手掛かりは得られず、か。

何ともままならない気持ちになりながら、コナンに話を聞いて泣き崩れる瑠璃さんをボンヤリと眺める。

 

「終わりだわ。私……主人だけが頼りだったのに……これから先……どうやっていけば……」

 

「お前一人ぐらい俺が何とかしてやるよ……知らねぇ仲じゃねぇしな……」

 

「う、ぅ……ううぅ……ッ!!い、今だけで良いから……今は、泣かせて……ッ!!」

 

泣き崩れる瑠璃さんを見ていられなかったのか、岸冶さんは傍に膝立ちになって瑠璃さんを抱きしめた。

……ほんの少し前まで普通に話して、生きていた麻信さんの死。

自分の夫が死んだとなれば、こうなるのも無理は無いだろう。

でも、これでハッキリした……この館の主が絡んだ騒動、これは決して悪戯なんかじゃねぇ。

この一連の吸血鬼騒動は、誰かが悪意を持って仕込んだ殺人劇の演出って訳だ。

しかも一番有力なのはさっき俺達の前に姿を現して、一瞬で消えた拍弥さんが犯人だという説。

でもそうなると、俺にしか分からない『矛盾』や、『謎』が出てくる。

拍弥さんの呼吸が『エアロスミス』のCO2レーダーに映らなかった事が一つ。

呼吸を発しないで行動出来る生き物なんて、普通に考えれば存在しねぇ。

俺のスタンドがおかしくなったんじゃないなら、拍弥さんはもう『死んでる』って事になる。

ひょっとして、この館に入った時に感じた濃厚な血の匂いは拍弥さんのモノだったんじゃないか?

しかしそうなると、ここまでの流れで姿を現してる拍弥さんは一体何か?

これが大きな『矛盾』。

そして二つ目は拍弥さんが部屋の棺桶から消失したトリックと、『ムーディブルース』がリプレイ出来なかった『謎』だ。

これもあの棺桶に何かしらのトリックが使われていた事と、多分『ムーディブルース』のリプレイしようとした位置が正しくなかった可能性がある。

後で部屋に寄って再チャレンジしたけど無理だったのは何故か分からないが。

とりあえずここまでで分かってる事だが……。

 

一、『この事件は月村祐二とは無関係である』

 

月村祐二は男であり、忍さんの情報通りなら狙われるのは女性の筈だ。

これは1年前の事件の被害者が身を持って証明してる。

更に月村の目を掻い潜らなきゃならない人間が、こんな屋敷の住人を殺すメリットも無いだろう。

 

ニ、『この事件の犯人は館の内部の人間の可能性が大きい。今一番疑わしいのはこの館の主の寅蔵拍弥』

 

状況じゃ遺産問題についてって感じがする。

つまりこの家で拍弥さんの遺産を受け継ぐ資格がある人間にこそ動悸は充分って訳だ。

と、まぁまだコレぐらいしか判明してねぇが……。

 

「……コナン。俺ちょっと気分が悪くなってきた。悪いが蘭さん達の所に行ってるからよ」

 

「う、うん。気を付けてね?(これは好都合だ。コイツの目が無いなら、俺も存分に動けるぜ)」

 

俺はここでこの事件を降りようと思う。

少し疲れた表情で話した俺に、コナンは不安を表情に貼り付けながらも少し嬉しそうだ。

これでコナンも俺の目を気にする事無く、捜査に打ち込んでくれるだろう。

さっさと解決して欲しいと願う俺が、探偵の足枷になって捜査が進みませんでしたじゃ話にならねぇ。

それと、俺にもちゃんとこの事件の捜査から離れる理由はある。

俺の中で渦巻くちょっとした不安と焦りを取り除く為にも、俺は独自に行動しなくちゃいけねえのさ。

目に力を漲らせながら、俺は廊下を歩いて蘭さん達の居る厨房を目指す。

 

 

 

 

 

――窓の向こうの木に逆さにブラ下がり、ジッとこちらを見続ける『蝙蝠』にも気付かず。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……綺麗だなぁ」

 

一切の灯りが無い暗闇の世界。

無音の世界に、粘ついた様な声が響き渡る。

その声の主は自らの眷属であるコウモリの目に映る光景を見ながら悦に浸っていた。

彼以外に誰も居ない暗闇の世界で、彼は誰に対してでもなく言葉を漏らす。

 

「あの家には、美味しそうな子は居なかったけど……今回はツイてる」

 

コウモリの視界の先では、調理場で楽しそうに料理に勤しむ二人の少女の姿が映し出されている。

花が開き始めたと表現するに相応しい、子供と大人の境の微笑み。

無垢な心を残しつつ、雄の気を引く為に花開き始めた悩ましい肢体。

人の努力では維持し続ける事は出来ない、今だけの瑞々しい肌。

コウモリの視界越しに二人の少女――蘭と和葉を見つめる彼の目は、まるで濁った血の色だ。

 

「最近は外ればっかりだったけど……あの子達は、絶対に美味しいだろうなぁ……血も……躰も」

 

いずれ愛する者に愛される事で女の悦びを知るであろう少女達の肢体。

だが、未だ誰にも穢されていない純潔を保つ二人の躰の隅々に対して、獣の様な欲望を持った眼を向ける。

既に彼の我慢も限界に達していた。

今宵、必ずあの二人を自分のモノに……そう考えながら、彼は今まで居た洞窟の出口へ向かう。

その端正な顔に、口元が張り裂けんばかりに開かれた醜い笑みを浮かべて。

 

「あぁ、今迎えに行くよ……何処かの下種に穢される前に、僕が愛してあげるからね……待ってておくれ」

 

まるでそこに居るかの様に、彼は虚空に手を伸ばして居もしない誰かを抱きしめる様に手を曲げる。

――そうして、彼の姿は幻影の様に揺らめき、その場から姿を消してしまう。

後に残されたのは、虫の鳴く小さな声。

 

 

 

――そして、乱雑に地面に捨てられた女性達の夥しい『死体』の山だけだ。

 

 

 

耐え難い腐臭を放つ腐りかけの死体や、骨だけになって最早性別の判断すらつかないモノ。

だが、微かに表情の分かる彼女達の死体は全て、最期に浮かべるには相応しくない笑みに彩られている。

――それは、本当に彼女達の最後の気持ちなのか?

 

 

 

既に何も言えない彼女達には、語る術は無い――。

 

 

 






これからも頑張って執筆しますのでよろしくお願いします。

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