それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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ざっと書いたので投稿します。

後書きやらサブタイやらは後でします。


五十話

 音を立てて扉が閉まる。

 

「ふっ……言うに事欠いて『覚えておけ』と来たか、くく……」

 

 それを合図にしたかのように、ジョゼフのかみ殺したような笑い声が一人きりの部屋にこだました。

 

「……流石にジョゼフ様に対して無礼が過ぎるように思います」

 

 だがその一人きりの部屋に、ジョゼフ以外の声が響いた。

 成人してしばらく経った年頃の女性だろうか、落ち着きを感じさせる少し低めのその声には少なくない苛立ちが含まれていた。しかし、部屋の中に他の人影は見当たらない。

 だがその声を聞いたジョゼフは、そのことに何の疑問も感じることなく、当然のように机の上へと、チェス盤の上の白のクイーンへと話しかけた。

 

「お前か……いや、むしろ古臭いトリステインの貴族にしては良くやった方だ」

 

「……お言葉ですが利用価値が皆無に等しいにも関わらず、シャルロットへの影響力が非常に大きくなっています。生かしておいてはシャルロットの言動の推測が、難しくなるように思います」

 

「ならばこそだ。俺の思い通りにならないものが、賽の目だけではつまらないではないか。駒の動きが完全には予想できないから、ゲームは面白いのだ」

 

「しかし、あんな凡百のガキ如きが……」

 

「……凡百だからだ、余のミューズよ」

 

 ミューズと呼ばれる白のクイーン、使い魔であるミョズニトニルンに返すジョゼフの声は、意外なほど小さいものだった。

 

「ジョゼフ様……?」

 

 いぶかるような声を気にも留めず、ジョゼフは立ち上がり、箱庭へと近づいた。そしてアルビオンを模した箇所に置いてあった二つの人形、アシルとシャルロットを模った物を掴みあげた。

 

「……」

 

 何も言うことなく、その二つを僅かな時間見つめると、それらをトリステインの学院らしき場所へと置き直す。

 

「……」

 

 口をはさむことすら躊躇させるような雰囲気の中、口をつぐんだミョズニトニルンの前で、ジョゼフは一つ大きく欠伸をした。

 

「昼寝でもするか……お前は引き続き頼む」

 

「……はっ」

 

 思うところはあったのだろうが、それを口に出すことなく再び静かになるクイーン。

 それを確認した後、ジョゼフはちらりと箱庭に目を向ける。だが、すぐに目を離し、ベッドに横になった。

 

 

 

 ……最初は私が先導していたはずだ。

 彼の様子からして、早く帰るべきだと思った私は、早足で外に待たせてあるシルフィードの元へと向かっていた。

 だが、先導できていたのは僅かな時間のみだった。何かに追い立てられるようにして足を速めて私を追い抜いた彼は、すれ違いざま手首を強く掴み、そのまま私を引っ張るようにして歩き出す。

 思っていたよりもずっと熱い彼の手に、鼓動が一つ大きく跳ねる。だがそれに関して何か思うよりも早く、私は駆け足になっていた。

 男性にしては平均的とはいえ、私よりもずっと体格の大きい彼と私では歩幅も大きく違う。それなのにほとんど駆けているような彼に手を引かれていては、そうなるのも当たり前だ。

 元々彼に何をされようが文句を言うつもりなど毛頭ない。だが、普段の彼ならば少なくともこんなことは間違いなくしなかった。もし緊急の事態だったとしても、急ぐよう一言かけるくらいだっただろう。少なくともこんな直接的に急かすことはしなかったはずだ。

 ……思い返せば私はこの時、彼から感じた違和感についてもっと深く考えるべきだったのだ。

 だけれども私の意識は前を歩く彼の背中に、私を守るようにしてジョゼフと向かい合った時に見た物で占められていた。

 

 

 

 そうしてお互いに一言も交わすことなく、シルフィードの所に戻ると、彼は少し荒くなった息を気にする様子もなく素早く辺りに目をやった。そして今自分が通ってきたところを確認するために後ろを振り向き、そこで私を掴んでいたことに気付いたのか、少し驚いたような顔をした後、申し訳なさそうに手を離した。

 

「あ、悪い……」

 

 自分に対してのものなのだろう、僅かながらも表情に嫌悪感を含ませながらもそう言う彼に少し悲しくなる。今回の件において、彼には何の非も無い。少なくとも私の目にはそう映る。先ほど声を荒げたのも、あの男の言葉からして治療の時の薬に何か入れられていたのだろうから、非とは言えないだろう。

 せめても私は何も気にしていないことを伝えようと、自分の気持ちを口に出した。

 

「大丈夫、気にしていない。本当に、全く、全然」

 

「そうか、ありがとうな」

 

 何が彼の琴線に触れたのかはわからないが、私のその返答に彼は頭を掻きながら僅かに頬を緩めた。

 その様子にほっとすると同時に、大事なことを思い出した。薬の影響だろうとはいえ、彼が状況を忘れ、声を荒げる原因となった彼女の件だ。

 

「あの……」

 

「悪い、文句もあるだろうがとりあえずここを離れてからにしてもらっていいか?」

 

 私の言葉を遮って言われたその言葉に、私も辺りを見渡した。別段変わった様子は無い。確かにもはやここは敵地と言ってもいいような場所だが、あの男が無事に帰した以上、ここでまた何かされるということはおそらくないだろうと思う。

 とはいえ……

 

「……わかった。乗って」

 

 間違っても長居をしたい場所ではない。

 私は彼にそう伝え、シルフィードに飛び乗った。そして彼が乗ったことを確認した瞬間、私たちは再び空へと舞い戻った。

 

 

 

「……ふぅ……」

 

 空へと飛び立ち、先ほどまでいた城が豆粒のような大きさになった頃、彼は内に溜まっていたものを全て吐き出しているような長いため息を一つついた。 

 学院でのこともある以上、彼の性格からして完全に気を抜いたという訳ではないだろうが、それでも何日という単位で張り続けだった緊張の糸が緩んだのは間違いない。

 ほんの少しの間、疲れきった表情で下を向いていたが、気を切り替えるためか目頭を強く揉むと顔を上げて私の方へと顔を向けた。

 

「タバサ、話がある」

 

「…………」

 

 彼が何を言おうとしているのかくらいのことはわかるつもりだ。返事をすることなく、彼の目を見返す。

 彼は座ったまま、姿勢を正すと口を開いた。 

 

「俺のせいで、ジョゼフに頭を下げることになって本当に悪かった」

 

 そう言って深く頭を下げる。

 

「重ねて庇いもしなかったことについても、本当に申し訳ない。この通りだ」

 

 さらにシルフィードの背中に着くのではと言うほど、一段と深く頭を下げた。

 ……そうだろうとは思っていた。

 予想はしていたにも関わらず、彼のその言動を止めようと私の手は無意識のうちに彼へと伸びた。『頭を上げて』、ほぼ反射的にその言葉を発しそうになる。

 だが私は喉元まで登ってきたその言葉を、すんでのところで飲み込んだ。彼へ差し出そうとした手を自分の胸元に戻すと、そのまま軽く目を閉じる。

 

 

 

 目を閉じ彼の事を想う。そうして浮かんでくるのは、アーハンブラで私を救い出してくれた時、傷だらけのままどこか楽しげに笑う姿。母様を治してくれた後、私の言ったお礼の言葉に頭を掻きながら少し照れ臭そうにする姿。

 そのどれもが今まで私が願って、いつか必ず叶えることを誓って、そして私の力では手に入らなかったものを彼が取り戻してくれた時に見たものだ。

 だからだろう。私に彼にそれらを与えてくれた、取り返してくれたことを感謝するだけでなく、いつからか崇拝に近い気持ち彼に抱くようになっていた。

 だからだろう。彼が戦争に参加することを心配していたことは嘘ではない。取り返しのつかないことが起きたならばどうしようと、不安に思っていたのも確かだ。しかし、心のどこかで常に思っていた。

 ……彼ならば無事に決まっていると。

 ゆっくりと目を開ける。何も変わらない、彼が自分に対して頭を下げている姿が目に映った。

 

 

 

 反射ではなく、自分の意志で私は彼の肩へと手をかける。

 

「頭を上げて」 

 

 自分でも気づいていたつもりだが、もう一度しっかりと自覚する。

 ……私は彼に勇者イーヴァルディを重ねていた。

 何者にも負けず、たとえ一度や二度挫けようとも強い精神力で再び立ち上がる。些細な理由で、いや理由すらなくとも何かのために命すらかけて戦うことができる。彼もそんな人なのだと、どこかでそう思っていた。

 でもそれは違った。

  

 

 

 強大な何かに負けることもあれば、感情のままに声を荒げることもある。……きっと彼は普通の人間なのだ。

 

 

 

 私にとって大きな意味を持つはずのその事実。だがそこに失望や落胆などの負の感情は微塵も無かった。

 彼が勇者でなく、ただの人であるのならば、私と母様を救ってくれたのは彼自身の意志によるものだ。

 私でさえ、攫われたあの状況下の私を助ければ、何らかの問題が発生するであろうことは予想がつく。どんなに甘く見積もっても、一筋縄ではいかない見張りが居て、それと闘うことになることくらいは彼も考えていたはずだ。にも関わらず、彼は助けに来てくれた。

 それと同じだ。私を助けてくれたことも、母を治してくれたことも、奇跡や特別な力などによるものなのではなく、彼の意志と努力によるものだったのだろう。勇者としてではなく、ただのアシル・ド・セシルとして。

 ……だと言うのならば、それはきっと、もっと素晴らしいことだと思うから。

 

 

 

 ……しかし落胆の気持ちが無かったとはいえ、何も感じなかったという訳ではない。少なくとも一つ、私の中で大きく変わった意識がある。

 今まで私は、彼のことを補助しようと考えていた。何が起きたとしても彼ならばきっと、私の手助けが無くとも最後にはなんとかすると思っていたからだ。なら私が出来ることは後ろから、そっと手助けすることだけだからだ。

 でも今回の事でそれは違うと言うことが分かった。ならば私のするべきことも変わってくる。

 私がするべきなのは彼の補助ではなく、支えること。

 彼が倒れそうになったのならば、私は後ろから支えよう。行く手を遮る物があるのならば、私が前へ出て取り払おう。彼が私にしてくれたことを、今度は私が彼にしよう。

 後ろに立つのではなく、横に並んで。それが私の中で変化した意識だった。

 

 

 

「謝らないでほしい。あれくらいのこと、私は欠片も気にはしていない」

 

「……でも…………いや、そうか、ありがとう」

 

 彼は続けようとした、おそらく謝罪の言葉を飲み込んだ。それは別に私の言う言葉に納得したからではなく、おそらくこれ以上謝っても、私は同じように気にしていないと言うだけだと、いうことを察したからだろう。

 どういった理由であれ、彼が頭を上げてくれるのならば、それで構わない。

 彼の気を紛らわせるためにも、別の話をした方がいいだろう。都合の良いと言うと少し違うかもしれないが、ちょうど私も彼に伝えなければならないことがあった。

 

「私も謝らなくてはいけないことがある」

 

「……え?」

 

 露骨に話が逸らされたことに対してか、訝しげに僅かに眉をひそめたが、話を逸らそうとした私の気持ちを酌んでか、普段通りの態度で話を合わせてくれた。 

 

「……来る時も言ったけど、ガリアに来た件に関しては気にしなくてもいいよ」

 

「そうじゃない」

 

 私はそう言って軽く頭を横に振る。

 随分と遅くなってしまった。私が謝りたいのは、彼女のことを伝えていなかったことだ。

 

「被害を受けたアラベルという使用人の女性について」

 

「…………ああ」

 

 私の言葉に、冷静にそう返す。一見すると何でもないように見えるが、先ほど声を荒げた原因の話だ。内心は穏やかではないだろう。その証拠に癖なのか、腕を組み、隠すかのように手で口元を覆っている。

 

「まず結論から言えば、彼女は無事。痕が残るような大きな怪我もしていない」

 

「そうか……。痕が残るようなってことは、多少の怪我はあったってことか?」

 

 まずは無事だと言うことを聞き、ほっとしたのかいくらか穏やかな表情になる。さすがに学院が襲われたという話を聞いた以上、ある程度の怪我は予想していたのか、怪我の有無に関してはそれほど心配はしていないようだ。彼自身、痕が残るほどのものでなければ、治せるからという理由もあるだろう。

 

「髪の毛の一部が燃えただけなので、怪我といってもいいのかはわからない」

 

「……………………それだけ? いや、それだけって言うのも最低だと思うけど、その、顔や頭に火傷を負ったとかはないんだな?」

 

「軽い火傷はあったけれでも、治療は済んでいる。私も確認したけれども、どれだけ目を凝らしても、痕はわからなかった。完治しているといっていいと思う」

 

 とはいえ、その程度で済んだのはただの不幸中の幸運だ。あの男が学院を襲った奴らにどういった指示を出していたのかは知らないが、少なくとも殺しても構わない程度のことは言っていたはずだ。

 心配させるだろうから言わないが、学院を襲った奴らは、彼女を人質に取った後、最初の見せしめにしようとしていたことは様子からしても確かだった。怪我があまりなかったのは、単に助けるのが間に合っただけだ。

 

「……………………ああ、そう。良かった……」

 

 彼はそう言って、大きく一つ息を吐いた。安心したのか、腕こそ組んだままだが、手で口元を隠すことは辞めている。

 腕組みは無意識下で相手との距離を取ろうとしている、一種の防衛反応のような癖だと聞いたことがある。彼にとっては、口元を隠すのも似たような意味合いなのだろう。彼の持つ癖がわかり、不謹慎ながら少しうれしくなる。

 戦場での彼に何があったのか具体的なことは知らないが、ロクでもないことだらけだったのは間違いない。良い知らせは久々だったのだろう、ほっとした様子の彼の表情には、抑えきれない喜びと安堵の気持ちがあふれていた。

 それにしても今回のことは私のミスだ。被害を受けたとはいえ、彼女の怪我はそれほど大きくなかったこと。ただでさえ疲れ切っている彼に、それ以上の負担を与えないために、学院でのことは彼に伝えていなかったが、それがさらに彼を追い詰めるとは考えていなかった。

 いや、あの男がここまですることを考えていなかったと言う方が正しいだろう。今思えば、彼と親しくしている彼女が、人質に取られたところで何かに感付くべきだったのかもしれない。注意力が足りなかった。

 ちらりと横目で彼を見る。

 大きな怪我こそ先ほどの王宮で治してもらったが、まだ小さな痣や擦り傷のようなものは多く残っている。今でこそ大丈夫だが、先ほどまでの彼は表情も辛そうだった。

 もう、彼をこんな目に合わせたくない。

 私はもう一度、強く決意をした。

 そして私と彼を乗せ、シルフィードはトリステインへと空を翔ける。


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