忙しいのはもちろんですが、他にもいろいろあり、これだけ時間が空いてしまいました。
「セシル小隊長殿。依然、状況に変化なしです」
「ああ、了解した。ならこのままだ。中隊長殿の指示を待つぞ」
俺は自分の部下の傭兵達に対してそう言った。するとそれに応えるように、声があがる。
「構うこたないですぜ、小隊長。どうせ中隊長様のご指示なんかいつも通りですよ。『そういった細々としたことは貴様にまかせてあるだろう! そんなことごときでいちいち私の手をわずらわせるな! わかったらさっさと大隊長のところに行って指示を仰いで来い!』ってなとこですわ」
部隊の一人が中隊長の真似か、そう偉ぶった言葉で茶化すと、笑い声が天幕の中でこだました。俺はそれに対して軽く苦笑する。頬が強張っているのが自分でもわかる。なにせ彼が言ったのは、ついこの間言われたばかりの台詞だ。それも100人あまりの中隊隊員たちの前で。
だが多少厳しい口調でそれをたしなめる。軍では上下関係は絶対だ。ガス抜きのために多少のおふざけはあっても、最低限締めるところは締めなければならない。
一応形だけでも中隊長の指示を仰ぐために、俺は報告に来た部下と共に天幕を出た。
トリステイン・ゲルマニアの連合軍がアルビオンの地に降り立ってから十日。そして、あれからツエルプストー家でタバサのお袋さんの治療をしてからは、早くも三か月近くが経っている。
戦争に参加しようと決めたはいいが、決めてすぐ参加できるものでもない。いくら魔法が使える貴族だとはいえ、何も知らないずぶの素人ではなんの役にも立たないからだ。そのため参加することが決まった後は、士官訓練を受けなければならない。時間がないこともあって、かなりの即席のものだが、それでも二か月近くそれに参加しなければならなかった。
毎日繰り返される怒鳴り声付きの腕立てや腹筋などの筋力トレーニングに、うんざりするような距離の持久走による体力作り。ひいひい言いながらそれが終われば、待っているのは戦略論、軍事史、士官心理論、軍事地学といった軍事教育……。そんな生活が二か月も続き、やっと士官訓練は終了する。
やった身からすると随分と成長したような気がするが、本来は四年も五年もかけるものをわずか二か月ぽっちで済ませたのだ。もはや付け焼刃やにわか知識と呼ぶことさえ、過大評価のようなものだろう。
しかし、そんな学生士官がこの戦争には数多く参加しているのだ。もちろん連合軍であるゲルマニアでも、そういったことはあると思うが、というより断られたとはいえキュルケが参加しようとしていた以上、間違いなくあるのだろうが、それでもトリステインのその割合は多すぎるように思う。
つまりそれは正規の王軍自体の貧弱さ、人材の乏しさを表している。前々から思っていたとはいえ、大丈夫かな、この国。
そして、士官訓練を終えた俺が配属されたのは、このドルー連隊の歩兵小隊の指揮官、つまり小隊長としてだ。
まあ『ドルー連隊の歩兵小隊』、と言えば名前こそは立派だが、実のところは傭兵をかき集めただけの軍だ。そんなに恰好の良いものではない。ただそれでも小隊とはいえ隊長なので、随分と肩の重いことになるかと思ったのだが、俺の想像とは少しばかり違った気苦労を感じている。
俺の仕事と言えば、基本的に中隊長からの指示を小隊のみんなに伝えるだけ。そのため自分の頭で考えて指揮する、ということがあまりないのだ。……本来ならば、だが。
小隊というのは基本的に30人ほどの傭兵達で構成されている。そしてそれを指揮するのが小隊長。そしてその小隊が四つで集まると中隊となる。そしてそれを指揮するのが、まあ当たり前だが中隊長ということになる。そして同じ様に、その上に大隊、連隊となっていくわけだ。
つまり中隊長というのは俺の上司のようなものなのだが、これがはずれもいいところだった。
スカンポン家だかなんだかという、どこぞの貴族の次男だか三男坊様だかなのだが、面倒事は嫌だとかで何もしやしない。精々がたまに来て、長々とお家自慢やよくわからん講釈を垂れるくらいだ。
そして上司がそんなザマな上に、俺以外の小隊の隊長は全員が傭兵であり、そいつら三人は逆にスカンポン中隊長様に媚を売るので忙しく、三人ともが小隊のことはほっぽり出している。
本来ならばビシッと言うべきなのだろうが、そいつらは小隊長である前に、一人の傭兵だ。俺みたいな学生がいくら怒鳴ったところで聞きやしない。
では権力で、とでもいけばいいのだが、それもできない。普段は平民と貴族という地位があるが、今は同じ小隊長という立場なのだから。
……となると残るのは俺しかいない。そんなわけで他の小隊の世話やら、中隊長としての雑務だのといったことを、何故か俺がこなしている。実質的に中隊長をやっているのと変わらない状態だ。
肩書きは小隊長なのに、仕事は中隊長。その上頑張ったところで、手柄は本来の小、中隊長のものなのだからやってられない。
だいたいスカンポン中隊長は、自分が家督とは少々遠いところにいる立場だからか、貴族の長男である俺に対してあまりいい感情を持っていないようなのだ。八つ当たりとはいえ、中隊長に気に入られている、という一点で他の小隊長に負けているのだからはなから俺にできることはない。
もちろん他の中隊長や大隊長に告げ口する、というのもありかもしれないが、正直戦場に来てまで、そんなガキみたいなことで上の人たちの手を煩わせたくない。俺が我慢すれば丸く収まるのなら、それで別に構わないのだし。
ただ俺みたいな学生が軽く理不尽な環境で使われているからか、他の隊員たちからは受けがいいというか、よくしてもらえている。傭兵にとって俺みたいな学生はひよっこもいいところなので、馴染めるかどうか不安だったのだが、同情や憐憫からくるものかもしれないとはいえ、受け入れてもらえたのはうれしい誤算だ。
「しかし膠着しているな。兵糧などの物資からしても、そろそろ動かないとまずいように思うんだが。何かそのあたりについて聞いていないか?」
俺は先ほど報告をしに来た、特に世話になっている副官のような部下にそう尋ねる。荒くれ者、といった印象の者が多い傭兵の中で、理知的な雰囲気を携えた彼は、非常に頼りになる存在だ。
空中大陸であるアルビオンは物資の輸送、補給ともに非常に困難なのである。そのため今回の戦争は、短期決戦になると思っていたのだが、ここ、アルビオンのロサイスという港町に駐留を始めてからもう十日だ。
当たり前だが攻め込む際に制空権を持っていたのはアルビオン側だったので、上陸と制空権の奪取をする際に激しい戦闘はあった。しかしそれでも、出た被害は全体からすれば大したものではなかったと聞いている。逆にアルビオン側は多大な被害を受け、今は首都のロンディニウムに籠っているらしい。弱った敵が籠っている、それならば攻めるべきだと思うのだが。もちろん攻撃三倍の法則などを鑑みた上で計画的に、といった前提の上でだが。
「ええ、確かにそう言った声が多いですね。具体的な軍略は今、将軍の方たちが話し合われているようです。おそらく数日中には、どこか近くの砦か城を攻めることになるのではないでしょうか」
「なるほど。正直戦場になんて出たくはないけれども、このままだとどんどん不利になっていってしまうからな。トリステインにも帰りたいことだし、できる限り早くしてもらいたいものだが」
「そうですね。私も傭兵なんてことをやっていますが、できれば戦場になど出たくはありません。ただ、出ないとメシが食えなくなってしまいますから。さっさと始めて、さっさと終わりにしたいものです」
「違いない」
そう言って鼻を鳴らすように軽く笑う。
さっさと始めて、さっさと終わらす。そして自軍は誰も傷つかない。それが理想だが、さすがに世の中そう上手くはいかないだろう。
戦争なんて規模がでかいだけで、とどのつまりは人間同士の喧嘩だが、結局最後にものを言うのは運だと思う。もちろん戦力や地形に圧倒的に不利な要素があればその限りではないが、今回の戦争ではどれもほぼ互角だ。つまり詩的な言い方をすれば、この戦の勝敗は神の采配まかせだと言って良いだろう。
空中大陸のアルビオンならば、天にいる神とやらにも普段より願いが届きやすくなっているかもしれない。
祈るのなんてどうせタダだ。ならば気休めに、神頼みでもしておこうか。
俺はトリステインで見ていたものよりも、幾分近くにあるような気がする空を見上げると、信じてもいない神様に、俺とこの戦争に参加している味方全ての、そして、学院にいるであろう人たちの無事を祈った。
ガリアの首都リュティスに建てられた宮殿、グラン・トロワ。その一番奥、そこに1500万もの国民を統べるガリアの王、ジョゼフの私室はあった。王としての力を表しているのか、恐ろしく広い部屋だ。
そしてその部屋の中に置かれているのは、いくつかの家具に寝具。おそらくそのどれもが、平民どころか並みの貴族では手が届かないような物なのだろう。気高さすら感じるほどの、格調の高さを纏った物ばかりだ。
だがその落ち着いた空間には、所々におもちゃが置かれていた。
ベッドの脇やテーブルの上には、チェスボードやその駒。
そして、まるで本物をそのまま縮めでもしたかのような数々の精密な人形。おもわずため息をついてしまうほどの出来だ。
だが、その持ち主であろう人物の年齢を、そしてそれを使っている様を見れば、そのため息は感嘆のものから呆れ、失望のものへと変わるだろう。
何よりも目につくのが部屋の中央に置かれた、巨大な箱庭だ。
ハルケギニアの大地を忠実に写し取ったそれの上には、山や川はもちろんのこと、都市や町までもが模型として表現されていた。そしてそこに住む人々を表しているのだろう、小さな人形も数多く置かれている。
そのそばに佇む一人の男。その男は美しい青髭に覆われた口元を楽しげに歪めながら、箱庭上のアルビオンへと兵士のような恰好をした人形を並べている。
ただ、寒々とした広い部屋にぽつりぽつりと置かれた高級な家具。その調和を壊すかのように点在する、玩具の数々。そして中央に鎮座する偽物の
それはまるで、部屋の主の心中を表しているのかのようだった。
「……皮肉な話だ」
ぽつり、と。楽しそうに、しかし、どこか自嘲するような色を漂わせながら部屋の主、無能王ジョゼフが呟く。
「俺を苛んだこの
そう言うと彼は箱庭をぐるりと見渡す。
よくよく見れば幾つかの人形は、箱庭上に数多く置かれた他の無個性な物とは違い、誰か特定の個人を模しているかのような、特別な細工が施してあった。
大陸に置かれた特別な人形。
神々しい聖衣をまとった若い男、褐色の肌に赤い髪をした女、小柄な体躯に青い髪をしたメガネの少女、王冠を被ったどこか儚げな雰囲気の若い女……。
だがすぐにそれらには興味を失ったのか、視線を海の向こうへ。アルビオンへと移す。どうやらそこは戦場らしく、兵士の形をした人形が多く置かれていた。
「さてここからアルビオンは、そして駒はどう動かしたものか」
ジョゼフは脇のテーブルに置かれた箱から、新たに三つの人形を取り出す。
ピンクブロンドの髪をした勝気そうな小柄な少女。古びた剣を持つ珍しい服装の黒髪の少年。杖を持った悪戯そうな表情の金髪の少年。
それらをアルビオン上へと置くと、顎に手をやり何やら考え始める。
そして考えがまとまったのか、テーブルの上に置かれたサイコロを手に持った。
「サイコロで決めるか。どうせ俺にとって、大した価値はないのだしな」
そう言ってジョゼフは、何でもないことのように賽を振る。
「こいつらの命も、富も、未来も。そしてこの戦の勝敗も」
ここから戦争編ということもあり、コメディ的な描写や表現は少なくなっていきます。また以前感想か何かで言った通り、主人公を挫折というか、少々悲惨な目に会わせるつもりです。
といってもまだまだ文章力が無いので、真に迫らない薄いものになるかもしれませんが(笑)。
コメディ的な表現や主人公が気に入った、という人にとってはあまり面白くない話になってくかもしれませんが、今後も読んでくださるとうれしいです。
あと気が向いたら戦争編での息抜きとして、アラベルの一人称で外伝的な話でも入れるかもしれません。十五話みたいな感じです。
もしやるとしたら、アラベルとアシルの過去回想的な話にしようかと思っています。