なんだかんだいって二月近く投稿していなかったんですね。
今後、どんなペースになるのかはわかりませんが、今回ほど遅れることは無いようにしたいと思います。
以前感想で『お茶自体が珍しい世界なのに、紅茶を常飲しているのはおかしいのでは』という意見を頂きました。自分もその通りだと思い、原作を読み返してみたのですが、何を飲んでいるのか、ということは結局わかりませんでした。現実のヨーロッパでは、紅茶が常飲される前は水があまりきれいではなかったため、子供でもビールなどをアルコールを飲んでいたらしいので、そうしようかとも思ったのですが、それはゼロの使い魔の世界観的にはちょっとどうかということでなしに。
結局雰囲気などを考えても紅茶が一番似合うと思うので、紅茶を常飲している世界である、ということにしました。感想をくださった方には申し訳ないのですが、ご理解頂けると幸いです。
……失敗したらどうなるんだろう?
俺の中に湧き上がってきたのはそんな、今まで考えなかったことが不思議なくらい、当然の疑問だった。いや、考えていなかったというと少し違うかもしれない。正確には、考えてはいたがそんなことは起こらないだろうと思っていた、というだけだ。もちろん、何の根拠も無いのにも関わらずだ。
未完成品だったとはいえ血液から解毒薬を作る、なんてことに成功したり、エルフを倒したりしたことで自分の実力を過信し、またそれに酔っていたからかもしれない。また以前も考えたことだがあのドーピング薬の効果が残っていた、ということも考えられる。
なんにせよこの瞬間まで、まるで物語の中の主人公のように、成功することを疑っていなかったということは間違いない。
仮に失敗して取り返しのつかない状態になったとしたら、タバサには恨まれるどころか殺意を抱かれることは間違いない。キュルケも似たような感情を抱くだろう。
『私がかね? 生徒のたっての頼みとあらば断わるつもりはないが……私は魔法薬について特に詳しいわけではないから、それほど力にはなれないと思うよ』
そこまで考えた時、何故か頭の中にコルベール先生の声が浮かび上がった。タバサの母親の血液から、解毒薬を作ることの協力を頼んだ時の会話だ。あの時も成功するという保証はどこにもなかったのにも関わらず、それほど失敗を恐れずに平然と薬を使うことができた。
それが何故なのか。特に深く考えることもなく、その理由に気付いた俺は自嘲するように軽く笑った。
「どうしたの? 大丈夫?」
「ああ、何でもないよ」
俺が笑ったことを不審に思ったのか、タバサが気遣うように声をかけてくる。それに対して返事をすると、蓋を開けたままの壜をオルレアン夫人の口元へと持っていく。右手を彼女の頭の後ろに回して、軽く頭を支えると、壜の縁をそっと唇に付けた。そしてこぼれないように注意しながら口の中へと薬を注ぎ込んでいく。特に吐き出すこともなく、薬を注ぐのに合わせるようにして、こくこくと動く喉を見る限り、きちんと飲めているようだ。
全部飲み終わったことを確認すると、頭に当てていた右手を離して、空になった壜を足元に置いた鞄へと戻す。そしてタバサから次の薬を受け取ると、一本目の時よりかはいくらか慎重に蓋を開けた。そして先ほどと同じように再び頭へと手をやると、逆の手で持った壜を口元へと近づける。情けない話だが、さっそく右手がわずかに震え始めたような気がする。
解毒薬を作る協力をコルベール先生に頼んだのは、純粋に自分の力不足を感じていたからこそだった。少なくともあの時はそう思っていたが、今考えるともう一つの目的があったように思う。
それは仮に上手くいかなかった場合、その時に俺だけのせいにならないように。とどのつまり、失敗したときのために責任や罪悪感を分担できる存在が欲しかった、という訳だ。無意識の行動だったとはいえ、自分に対して吐き気がするな。
まあ自分で頑張って薬を作っておきながら、その結果を見るのが怖い、なんて理由でそれを飲ませる役目を全てタバサにおっ被せた俺だ。別にコルベール先生を誘ったもう一つの理由に気付いたところで、別に自分をこれ以上軽蔑したりはしない。元々自分の事なんざ、大事ではあっても大して好きなわけじゃないしな。
手が震えるのもそこらの理由だろう。フーケ騒ぎだのアルビオンへでの内乱騒ぎだのでそこそこ上手くやったことで調子に乗って、解毒薬作りだのなんだのといった面倒事をわざわざ自分から引き受けて。それらに付いてくる責任は誰かと分担したり逃れたりすることで上手くやっていたが、今回ばかりは言い訳の使用が無い。
きちんとした解毒薬が作れるかも、と言い出したのは俺から。解毒薬の作製にこそ、タバサやアラベルの手を借りてはいたが、それは俺の指示のもとでだ。今回の事で失敗したとしたら、どう考えてもそれは俺一人のせいだということになる。責任も、罪悪感も、全てを俺が一人で背負わなくてはならない。もし責任を取れ、なんて誰にも言われなかったとしても罪悪感は消えはしないだろう。
つまりはそういうこと。一人で責任をとらなきゃいけないのが怖い、というだけ。意識の上ではそのことに気付いていなくとも、体はわかっていたってことだ。武者震いなんて恰好いいものじゃなく、緊張と恐怖でブルっていたという訳だ。
全く、『なんだかんだいって体は正直だな』って奴か。まさかこのセリフが自分に当てはまる日が来るとは思わなかったな。色気も何もあったもんじゃない。
……正直こんなバカなことでも考えていないと、プレッシャーでどうかしそうだ。
『……人の死に慣れることができるほど自分は強くない。そう君が自分の事を確信することができるほど強いのならば……』なんてことを、以前コルベール先生に言われたが、たかが『もしかしたら失敗するかもしれない』程度の事でこれほどきついものがあるんだ。どんなことを何度経験しようと、人の死なんてものに慣れる日が来るとは到底思えない。ただもし、もしも、だ。もしも、俺がそんなことになる日が本当に来るとしたら……。
「あいよ、っと。次のくれ」
空になった壜をタバサへと手渡し、最後の一つを受け取る。そしてそれをタバサに見られないように胸に抱えると、深呼吸を一つして蓋へと手をかける。
これは効果はともかく、薬であることは間違いない。使い方も口から飲ませるだけだ。それならば俺が飲ませる必要性は無い。ならば飲ませる役はタバサでもキュルケでも、極論その辺を歩いている使用人にやらせてもいい訳だ。ただ……俺にも意地がある。手が震える理由に気付いたからこそ、それから逃げるなんてみっともないことはしたかない。
壜の蓋を開けると、先の二回と同じように右手でオルレアン夫人の頭を抱え、左手に持った壜を口元へと運ぶ。壜の中へと目をやれば、手の震えのせいだろう、壜の中の水面に波紋が起きているのが見えた。それをねじ伏せるように、壜を持つ手に今まで以上に力を籠めると、ゆっくりとその中身を彼女の口へと注ぎ込んだ。
「お疲れ様」
「……ああ」
俺の苦労をねぎらうキュルケの言葉にに、俺は沈みがちな声でそう返す。そして喉に詰まった何かを押し流すように、カップになみなみと注がれた紅茶を呷った。
全ての薬を使い終えた俺は、キュルケの勧めもあって先ほどの部屋の隣にある客室で休ませてもらっている。ここならば何かが起きた時にはすぐに気付くことができるし、何か問題が起きたとしてもすぐに駆けつけることができる。一緒にいるのはキュルケだけだ。タバサは先ほどの部屋で、オルレアン夫人の目が覚めるのを待っている。何年来のものになるのか、細かいことは知らないが、しばらくぶりの本当の意味での母娘の再会だ。本人たちだけにしてあげるのが、気遣いというものだろう。……成功すれば、という一文が前提の話ではあるが。
毒薬を飲ませた動物に解毒薬を飲ませる、といった実験では、元に戻るのは薬を飲ませてすぐではなく、一度眠り、それから起きた時だった。そのため、薬を飲ませてすぐにタバサの『スリープ・クラウド』で眠らせた。長く眠らせても仕方がないため、極々弱めにかけてもらったので、起きて結果が出るのは十分後か、二十分後か……、いずれにせよそれほど長くはかからないだろう。
カチン、と音を立ててカップをソーサーに戻すと、疑問に思っていたことをキュルケへと尋ねる。
「聞きたいことがあるんだが……なんだか俺に対しての様子が少し変だったのは、何か理由があってのことなのか?」
俺の質問に、キュルケは軽く髪をかき上げると返事をした。
「まあね。自分では気づいていなかったみたいだけど、私の家が見えてくらいからあなた何か変だったもの。まるで何かに追い詰められでもしてるみたいにね。タバサもさすがに状況が状況だからわからなかったみたいだけど」
「そんなに変だったか……」
「ええ。ルイズから話を聞いて抱いていたあなたの印象が、一発で変わるくらいには変だったわ」
「はは。俺の事をどんな風に話しているのか、後でルイズに聞いとかなきゃな」
軽く笑うと窓の外へと目を向ける。こんな心境になって初めて分かったが、笑うというのは案外疲れるもんなんだな。
さすがに談笑をしようという気にはなれない。そのままどちらも口を開くことなく、沈黙が下りた。部屋に響くのは紅茶をすする音と、それをソーサーに置くときの音だけ。その沈黙を先に破ったのは俺の方からだった。
顔を窓の方へと向けながら、独り言のように言葉を漏らす。それは先ほどからずっと頭にこびりついていることだった。
「……もし失敗したとしたら誰のせいなんだろうな?」
「さあね。薬を作ったあなたのせいかもしれないし、たかが水のラインであるあなたを信じたタバサのせいかもしれないわ。もちろん止めなかったのが悪い、と私のせいにすることもできるわね」
それは俺の想像していなかった返事だった。誰がどう考えたって俺のせい以外には考えられない。それを言いがかりのようなこじつけとはいえ、タバサやキュルケのせいにできるとは。何事も物は言いようというが、どうやらそれは本当らしい。
だけれどもさすがに理由がひどすぎる。『自分を信じたのが悪い』と言って、タバサに母親殺しのような責任をなすりつけるくらいなら、まだ俺のせいだということにして罪悪感を背負って生きていく方が遥かにましだ。
そんな俺の考えを見通しているかのように、キュルケが話を続ける。
「誰かのせいにしたければ、誰のせいにすることだってできるわ。それであなたが楽になるなら、好きにすればいいのよ。それを口に出すのならともかく、頭の中で考えている分には私は何も言うつもりはないしね。でもね、大切なのは誰のせいかなのか、じゃなくて誰のせいにはしたくないのか、ってことよ」
珍しいキュルケの真剣な声に、窓の外へと向けていた顔を彼女へと向ける。キュルケはしっかりと俺の方を向いていた。
「私はどんな理由があろうと、あれだけ助けようとしていたお母さんの壊したなんて責任をタバサに背負わせたくない。それが私の心の中だけのことだけとしてもね。だからもしもそうなった時は、それはあなたのせいなのだと思うし、それを止められなかった自分のせいなのだとも思うでしょうね。それでいいんじゃないかしら。少なくとも私はそう思うわ」
……誰のせいなのかではなく、誰のせいにはしたくないのか、か。それは考えたことなかったな。どうせもう薬は飲ませてしまったんだ。不安になってもしょうがない、か。
「良い考え方だな、見習わせてもらうよ。俺もタバサのせいにはしたくないしな」
「そう? もっと褒めてくれてもよろしくってよ?」
その言葉に俺は軽く笑う。
「じゃあ口には出さないが、もしもの時は俺とキュルケが悪かったということにしておくよ、俺の中ではだけどな」
「それを言ったら口に出してるのと一緒じゃないかしら。まあ、好きにしたらいいわ。はい、じゃあこれはそのお互いに責任を取り合うことにした記念に、ってことで」
そう言うとキュルケはテーブルに頬杖をつき、手に持ったカップをこちらへと差し出した。その意図を酌んだ俺は、同じように手に持ったカップをキュルケのカップへと近づける。
「「乾杯」」
そしてどちらからともなくそう言った。
「しっかし、なんだな」
「何よ?」
欠伸をかみ殺しながら、キュルケへと話しかける。
「下手したらキュルケとこうして話すのも最後かと思うと寂しくてな」
「ああ、失敗したら、っていうこと? あなたもいい加減しつこいわね」
「そう言うなよ。これでも気は小さいほうなんだ。正直、緊張で今でも少し心臓がうるさいくらいだよ。このままじゃ今夜は眠れやしない」
「しょうがないわね。じゃああなたの不安を和らげて上げるために、不肖、このキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーが、アシル・ド・セシル様にこの世の真理を教授して差し上げますわ」
芝居がかったその口上に、俺は下手くそな口笛で応えた。お互いに酒でも入ってんじゃないか、ってテンションだが、これで完全に素面である。なんだかんだでお互いに緊張でもしているのか、変に気が昂ぶって仕方がない。
「タバサは本当に良い子よ。頭もいいし、メイジとしてのレベルも高い。優しいし、思いやりもある。他にも色々といい所があるわ。そんな子が今まで、お母様のために本当に頑張ってきたのよ。たぶん、私には想像もできないようなつらい目にも何度もあっているはず。それでもめげずに、今の今まで、精一杯ね」
そこでキュルケはいったん区切ると、何かに気付いたのか嬉しそうな表情になるとそのまま続きを話す。耳を澄ませば俺にも聞こえてきた。これは隣の部屋からの音、いや声だろう。
「いい? この世ではそんな女の子はね、最後には幸せになれる、って相場は決まっているのよ」
それはタバサが母親を呼ぶ、涙に濡れたどこかうれしげな声だった。
つまりはそういう結果なのだろう。全く……それにしてもタイミングのいいことで。
そう思いながら、俺はカップの中の紅茶を飲み干した。
「アーハンブラで一度見ておいて今更だが、タバサも泣くときゃ泣くんだな。なんだか意外だよ」
「失礼ね。あの子、あれで結構感情豊かなんだから。それに涙は女の武器よ? あんなにかわいらしい子が泣くことのどこに意外性があるのよ」
それにね、と言って話を続ける。
「泣くべき時に泣けるのは、泣けないのよりずっと素晴らしいことよ」
「……いい女は言うことも違うな」
「この間見た演劇の台詞だけどね」
「それでもだよ」
「あら、ありがと」
お互いに軽く笑うと、もう一度カップを触れ合わせた。
これで今夜はよく眠れそうだ。
今月はいろいろありました。
LINEやツイッターといったSNSも始めましたし、生まれて初めてライブに参加したりもしました。
アイドルマスターのライブだったんですが、いやー、すごい熱気でした。三時間が本当にあっという間で、その間ずっと立ちっぱなし、叫びっぱなしのうえサイリウムを振りっぱなしでした。運動不足気味だったというのによく持ったものだと思います。