それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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ついに後一話でストックが切れます。
ここのところいろいろと忙しくて、小説を書く時間がとれなかったのですが、やっといくらか余裕が出てきました。
今後も頑張ろうと思うので、できれば感想などよろしくお願いします。


三十一話 お金を借りる話

「ルイズ、愛してる。金貸してくれ」

 

「……帰ってちょうだい」

 

 俺の精一杯の媚と誠意を込めたセリフに対して返ってきたのは、ルイズからの奇妙な物を見るような視線と嫌そうな声だった。うげ、とでも言いだしそうな雰囲気だ。

 会うこと自体久しぶりだというのに、そのまま扉を閉められかけたので、慌てて体を滑り込ませる。そして体をてこのようにして扉をこじ開け、部屋へと押し入った。

 

「お前久しぶりだってのに、その対応はないだろ。俺悲しさのあまり、今ちょっと泣きそうだよ」

 

「無理言わないでよ。いきなりあんなこと言われたら、誰だってああするわよ。見てみなさいよ、私の腕。鳥肌が立っちゃったじゃない」

 

 そう言いながらも追い出そうとしないあたり、話は聞いてくれるのだろう。

 室内にあった椅子に座ると、ルイズは俺とテーブルをはさんで向かい側に座った。サイト君が見当たらないのが気にはなるが、変に聞いて機嫌を悪くさせては何の意味も無い。いや、テーブルの上に紅茶のカップが一人分しかないのを見る限り、喧嘩したとかではなく、ただたんに一人で休憩でもしていたのだろう。いくら主人と使い魔だって、ずっと一緒というのは気疲れするだろうしな。俺は勝手にそう結論付けると、ルイズへと向き直り軽く近況報告のような雑談を交わした後、本題について話し始める。

 

「で、今回来た理由なんだけどな、金関係の理由なんだよ。ルイズ、十五日ほどしたら返すから、お金を貸してもらえないか? 借りる側として当たり前のことだが、借用書の類も用意するしそれにきちんとサインもする。友人関係といえど金銭関係はきちんとしておきたいからな。それに実家からの仕送りとかで十五日後には間違いなく返せる。必要ならば常識的な範囲内の利子もつけてもらっても構わない。だから、どうか貸して欲しい。この通りだ」

 

 俺は机に手をつくと、頭を下げながらそう頼み込んだ。

 

「……ちなみに、もし貸すとしていくら必要なのよ?」

 

 その質問に俺は正直に答える。その公爵家ではもちろん、一般的な貴族にとっても大金とはいえないだろう額を聞いて、ルイズは眉間にしわをよせた。

 

「……それくらいなら、別に構わないけどね。あなたにはいろいろと世話になってるし。けどあなた、それくらいの額が払え無いほどお金に困っていたっけ?」

 

そう聞かれたので俺は、財布をすられたこと、それに加えいろいろとタイミングが悪く、必要なお金が少しだけ足りないことを素直に話した。

 それを聞いたルイズは、ため息を一つ吐いた。

 

「……呆れた。あそこはスリが出るって有名じゃない。用心くらいしときなさいよ」

 

ただでさえ普段から抜けてるんだから、と俺を叱るルイズ。

 

「頭ではわかってたんだけど今までされたことなかったから、どうも油断してたのは確かだな。まあ、さすがに返ってはこないだろうし、高めの授業料だとでも思うことにするよ」

 

「それがいいわね。今後は気を付けなさいよ。……はあ、仕方ないわ、貸してあげる。ちょっと待ってなさい」

 

 そう言ってルイズは席を立つと、棚から財布を取り出す。そして、俺の顔の前へと突き出した。

 

「ありがとう。迷惑かけてごめんな」

 

 それを受け取ろうと伸ばした俺の手を避けるように、ルイズは財布を持った手を上に上げる。そして、

その代わりだとでもいうようにもう一方の手で、俺の目の前へと指を突き出した。

 

「お金ならきちんと貸すわ。けどね、アシル。人にお金を借りるのなら、なぜ借りるのかを説明するのが筋ってものよ。 正直いって私にはね、あなたが人にお金を借りてまで買いたいものがあるとは思えないのよ。何か理由があるんじゃないの? 教えなさい、必要なら力になるわ」

 

 俺は突き出されたルイズの指を見つめながら、考え込む。

 ルイズの言うことはもっともだ。理由は言えないけれども金を貸してくれ、なんて図々しいにもほどがある。しかし、オルレアン家の事情が絡んでいる以上、全てを話すというわけにも、やはりいかないだろう。

 ……どうしたもんかね。まあ、話しても問題のない部分だけでも誠実に伝える、ってのがベストだろうな。

 

「……面倒な事情が絡んでいるんで、全部を話すことはできないんだけれどな……」

 

 俺は、どこまでをどう話すかを考えながら、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「……つまりどこかの誰かの病気を治すためのお金、ってこと?」

 

「ざっくばらんに言えばな」

 

 患者の正体や病状などは隠し、大まかに現状を説明した結果、ルイズから返ってきたのは、そんな言葉だった。なぜだかはわからないが、どことなく思案顔だ。今の話に何か感じるものでもあったんだろうか。

 

「へえ……そう。ちなみにその病気ってかなり重いものなの? あ、もちろん言いたくないのなら、わざわざ言わなくてもいいけど」

 

「重い、ってよりは複雑って表現のほうが似合うかな。一度は治せたんだが、再発みたいな感じになっちまってな、今度はそうならないためにも頑張っているところなんだよ」

 

「そう……」

 

 そう言ったきりルイズは口を閉ざし、真剣な面持ちでなにやら考え始めた。邪魔できる雰囲気ではなかったので、つい俺まで黙ってしまう。そのまましばらく経った頃、何らかの結論でも出たのか、独り言のようにルイズが言葉をこぼし始めた。

 

「……さっき言った通りお金なら貸すわ。ただ、もし……いえもし、何て言ったら不吉ね。その人を治したら、それを私に教えてちょうだい。それだけ、お願いしたいわ」

 

「別にいいけど、さっきも言った通りかなり特殊な症状の人だから、他の人に応用したり、金稼ぐのには使えないと思うぞ」

 

「わかってるわ。別に理由なんてどうでもいいでしょ。あなたはやるべきことをやって、それが終わったら、一言私に言ってくれたらいいのよ」

 

 少々横暴な言いぐさな気もするが、もともと少し傲慢な面もあるルイズだし、気にした方の負けだろう。

俺は頭を掻きながら、返事をする。

 

「わかったよ。それくらいのことなら、お安いご用だ。ま、貸した金が有効活用されたかどうかを教えるのは、借りた側の義務でもあるだろうしな」

 

「そう言うことよ」

 

 俺の返事に満足したのか、ルイズは一度頷くと差し出した俺の手の上に、財布から何枚かの硬貨を取り出して置いた。そしてそのまま椅子に座りなおすと何事も無かったかのように、優雅に紅茶を飲み始める。

 

「ありがとう。返すのとは別にそのうち何か、お礼でもするよ」

 

 貸してもらった金貨を握りしめながら笑顔でそう言うと、紅茶に口をつけたままゆったりと手を振り返された。

 ……普段忘れがちだがこういった淑女然とした洗練された動作を見ると、ああそういえばルイズは公爵家の娘だったのだな、と思わされる。こんな絵画から出てきでもしたような儚げな美少女が、サイト君がメイドに鼻の下を伸ばしただの、伸ばしてないだのでちょくちょく鞭を振りかぶっているってんだから、人はわからないものだ。

 

「……何か失礼なこと考えてない?」

 

 考えていたことが表情にでも出ていたのか、こちらをジト目で睨みつけるルイズ。何を考えていたのかがばれたら、怒るだろうし、金を貸してもらった分、世辞の一つや二つは言っておくべきだろう。

 

「いやいや俺はただ、ルイズさんの広い御心に感謝と感激を感じていただけだよ。美しいピンクブロンドの髪、整った顔立ち、その上器もでかいと来ている。全く見た目も中身も素晴らしいなんて、ルイズさんはすごいな、あこがれちゃうぜ。じゃ、そゆことで。金、ありがとな」

 

 一息にそれだけ言い終えると、立ち上がって扉へと足早に歩み寄る。そして扉を開け、

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。そのあまりにも棒読みな言い方は、逆に失礼じゃ……」

 

 追いかけてくる声を塞ぐように、扉を閉めた。

 

 

 

 

 自室に戻った俺は、まず借りてきた硬貨を袋に詰めて棚にしまった。

 そして以前作った解毒薬と、アーハンブラ城から持ってきた毒薬を机の上へと並べる。近くに置いてある籠の中には、使い魔に獲ってきてもらったネズミが入っている。動物で毒薬や解毒薬を試すのは可哀そうだと思うし、気分が良いものでもない。しかし、それを気にして友人の母親を見殺しにするよりは遥かにましだ。

 

「……だいたい三つくらいになるのか? したことないタイプの薬の使い方だから、今からおっかないな」

 

 棚から材料や器材などを取り出しながら、頭の中で今まで考えていたことをぶつぶつと小声に出しながらまとめていく。じっと黙って考え込んでいるよりは、口に出した方が考えがまとまるような気がするのだが、薬を作りながら一人でしゃべっているというのも気味が悪いだろうから、そのうちこの癖も直した方がいいだろうな。 

 ……まあ俺の癖の話は置いておいて、今考えているのは、完全な解毒薬の作り方。いや、正しく言うのならば解毒薬ではなく、タバサの母親をもとに戻すための薬だ。

 情け……なくはないと思いたいが、今の俺にあの薬の解毒薬は作れない。ならば、元に戻すために解毒する以外の方法を考えなくてはならない。それで思いついた方法が、毒薬で心を捻じ曲げられたように、別の薬でもう一度心を正しい形に捻じ曲げなおすというやり方だ。

 毒薬なんて物に対して褒め言葉を使いたくはないが、あれの完成度は凄まじいものがある。しかし、一つの薬で以前言った薬効。人形をタバサだと思い込ませる。異常なまでの疑心暗鬼と被害妄想を抱かせる。極度の精神的な緊張状態を維持する、といった三つの症状を発生させているおかげで、一つ一つの症状を起こさせる力はそこまで圧倒的に高いわけではないので、俺が作る薬で何とか上書きすることができると思う。つまり一つの症状を上書きするために薬が一つ、症状が三つあるので合計三つの解毒薬が必要だ、ということになる。これが先日言った、思いついたことだ。一つ一つの薬自体は、以前コルベール先生と作った解毒薬よりは作るのが簡単なものなのでそれほど時間はかからないと思うが、試したことが無い方法なので動物実験くらいはしておかないと、さすがに不安で人には使えない。

 俺は乳鉢に放り込んだ草をごりごりとすり潰しながら、自分の中の無力感を吐き出すように聞く人もいない愚痴をこぼし始める。

 

「しっかし単純計算でエルフ様の薬は俺の薬の三倍の力があるってことか。……ったく、嫌になってくるな。エルフならエルフらしく森の奥深くにでもに籠って、弓矢でも作ってるか、聖域の守護でもしてりゃいいのに」

 

 まあ今時聖域なんて厳かなモンがあるとも思えないが。

 それからもくだらないことを考えながら、材料をすりつぶしたり、液体を煮詰めたりしていると、部屋の扉がノックされた。

 

「アラベルです。食事をお持ちいたしました。入ってもいいでしょうか?」

 

「あいよ。鍵あけるからちょっと待っててくれ」

 

 地味な作業ばかりでダレてきたところだったので、一息つくのにちょうどいいタイミングだ。俺は椅子から立ち上がると、固まった体をほぐすように伸びをする。しかし、ここんところいろいろとあったせいか、筋肉痛のような鈍い痛みが残る。俺はお年寄りのように肩や腰を叩きながら、部屋の扉に歩み寄る。そしてアラベルを招き入れるために、扉のノブに手をかけた。

 




評価に0が一つあるんですが、その人の一言がないんですよね。
10と0を付ける時には一言が必須みたいなのですが、これはバグなんですかね?
運営さんに聞いた方がいいんでしょうか?

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