自由惑星同盟軍士官学校開放日最終日、この日は一段と多くの観光客で賑わっていた。
なんせ、ある意味最終日が一際注目すべきイベントが目白押しだったためだ。二年生の戦斧術トーナメントの最終戦に、有名軍人や政治家の講演会、マスコットキャラクターや軍部御用達の広報アイドルのコンサート、首都防衛軍テルヌーゼン管区隊所属の地上軍の師団行進や航空ショーまである。
尤も、それらは一般人から人気のある見世物だ。現役軍人が最も注目するのは、士官学校の英才のしのぎを削る四年生戦略シミュレーション大会である。現状8チーム56名が勝ち上がってきた訳であるが、実際問題見世物とはいえこれまでこの大会で勝ち上がった歴代の生徒達の大半が……それこそ戦死や早期退役でもしない限り……少なくとも将官にまで昇進してきた。歴代優勝チームのメンバーといえば、ダゴンの英雄リン・パオ、ユースフ・トパロウルをはじめ、「同盟侯爵」ギュンター・フォン・バルトバッフェル、シャンダルーアで帝国軍4個艦隊を粉砕したナレンドラ・シャルマにスパイマスター「蜘蛛の巣」フランシスコ・マカドゥー、そしてブルース・アッシュビーを筆頭とした730年マフィア……誰もが認める同盟軍の大英雄である。
近年卒業した上位チームのメンバーにおいても、既に多くの注目すべき人物が現れている。シンクレア・セレブレッセ大佐は準優勝チームの、ドワイト・グリーンヒル准将は3位チームの後方支援部隊司令官であったしジャック・リー・パエッタ大佐は優勝チーム第2分艦隊司令官、ウランフ中佐は準優勝チームの第4分艦隊の、ドミトリー・ボロディン中佐は第4位チームの代表であった。シドニー・シトレ中将、ラザール・ロボス少将は言うまでも無い。
これらの例からも、このシミュレーションが決して唯の御遊びでは無い事が分かるだろう。それだけに、観客席には相当数の将官や将来有望な佐官級の軍人が物見見物……卒業後の引き抜きのための品定めのために集まっていた。
無論、軍人以外にも観客はいる。同じ士官学校の学生や一般観光客、中には軍事関連雑誌のライターや評論家、マニア、個人のネット軍事掲示板の管理人なんて者も見学と取材のために集っていた。
そんな観客の中に、ワルター・フォン・シェーンコップ士官学校三年生とローザライン・エリザベート・フォン・クロイツェル士官学校三年生がいた。
「あっ!ワルターさん、いましたよ!伯爵さんとゴトフリートさんです!」
笑顔で指差すクロイツェル三年生。
「あれはあれは……随分とお叱りを受けたようですな」
シェーンコップ三年生は、腕を組みながら意地悪な笑みを浮かべる。
正確には叱ると言うより諭すでしょうがね……などとその先を呟く。
先日2000ディナールと映画ペアチケットの報酬と引き換えに食客(タダ飯食い)として雇用してもらっている門閥貴族様を人知れず監し……護衛をしていた帝国騎士である。その際に狙撃用ライフルのスコープ越しに護衛対象の行動を観察し、記録をつけていた。具体的にはガチャでどのキャラが出たとか、見ず知らずの幼女をどこに連れ回していたとか……。
夜中にレポートを従士殿に提出し、報酬を受け取った(効率が最高に良いバイトだ)。尚、地獄の断頭台から救出された伯爵家の嫡男がその後従士に泣きながら諭され死んだ魚の瞳になっていたとかいないとか。
恨めしそうに自身を見る伯爵を見下ろしながら珈琲を一口、最高の味であるように彼には思えた。
「ワルターさん、はい、あ~ん!」
「ん?ああ」
「えへへ……」
そこに横から士官学校内の激安屋台でやっていた(店員は一年生だった、やっぱり士官学校はブラックだ)ベビーカステラをシェーンコップはされるがままに口に入れる。温かいが火傷する程では無い。直前に横でにやけるドジな友人が冷ましてくれたらしい。
「ワルターさんって結構あ~んしてもらっている時可愛いですね!」
「フロイラインも御人が悪い。それこそローザラインの昼寝している顔は赤ん坊のようですが?」
「むぅ……」
シェーンコップの揶揄いに少しだけ拗ねるクロイツェル。物凄く距離の近いこの二人、実は同室暮らしだったりする(前線では男女区別が出来ない状況もあるため制度上は許可されている。尤も、実際には女性同士の場合が殆どではあるが)。周囲の他の学生が嫉妬の視線を向けているが、シェーンコップは軽く受け流し、クロイツェルは気付いてもいない。取り敢えずお前達末永く爆発しろ。
「どうですか?御二人共次のシミュレーション勝てると思いますか?」
わくわくとした表情で尋ねるクロイツェル。
「いや、無理でしょうな」
「即答!?」
淡々と当然の如く答えるシェーンコップに突っ込みを入れるクロイツェル。
「いや、流石に無理でしょうな。あの面子では……」
相手チームを見れば誰だって同意した事だろう。女王の如く君臨するのは燃えるような赤毛に鋭い目つきのコーデリア・ドリンカー・コープ四年生だ。その周囲のチームメンバーも皆席次40位内のエリートばかりと来ている。特に二枚目の俳優のような薄い茶髪の青年と、黒髪の意地の悪そうな少女は只者では無い。
第2分艦隊を率いる席次15位戦略研究科ミハイル・スミルノフ四年生は、アプス星系の自由惑星同盟軍創設期から続く軍人家系出身だ。先祖を遡れば1ダースの将官がおり、本人も学生としては、特に艦隊指揮に優秀な評価を得ている。尤も、秀才には違いないが少々協調性が低い所がありその点が難点とも言われているが……。
第5分艦隊率いる席次31位メリエル・マカドゥー四年生も同じく「長征一万光年」に参加した名家の末裔だ。マカドゥー家の初代は元々悪質な詐欺師として逮捕され死刑になる所だったのを口八丁で誤魔化し、アルタイル星系への流刑まで減刑せしめたという。アーレ・ハイネセンの壮大な計画に際しては情報統制と攪乱に活躍し、脱出の直前まで帝国に対する計画の外部流出を阻止した。その後の子孫達は同盟情報部や治安警察に多く所属し、数々の陰謀に加担してきたと言われる。彼女もまた人の精神面を突け狙った搦め手を得意としており、厄介な相手だった。
「今回ばかりは難しいだろうな」
そもそもここまで勝ち抜けたのも運が良かっただけだ。本選では全て薄氷の勝利であった。相手側の油断もあっただろうし、研究不足もあっただろう。だが、既にそれは過去の事だ。研究用の戦闘データも十分に記録し分析出来ただろう。そうなると地力の勝負になり、そうなれば到底勝負にならない。
世の中には、士官学校の成績に対して勉強出来るだけで実戦では役に立たない、等と偉そうに口にする者がいるが、そういう人物に限って士官学校に落第した奴だ。少なくとも、士官学校で上位の席次に潜り込むには全般的な分野に対する深い理解と素早い頭の回転が不可欠だ。150年も戦争をしているものの、無能者が上に立てる程同盟軍は腐敗してはいない。
「学生の間では勝敗のオッズはほぼ半々らしいが……流石に今回は賭けていないな。ここらが引き際だろうからな」
ここまで勝ち残ったからには今回ももしかするかも、という事だろうが……伯爵とその取り巻きの実力を知る身から言えばいくら何でも買い被りである事は明白だ。
「まぁ、それはそれとして……」
椅子の背もたれに深く座り、シェーンコップは不敵に笑う。
「まぁ、勝てないまでも少しくらいは楽しませてくれるかも知れませんなぁ」
観客席の帝国騎士に呪いをかけていた私は、審判役の教官が注意するように行った咳により飛び跳ねるように正面に視線を移す。取り敢えずコープさん、塵を見る目でこっち見ないで。
「お前が下らん事をしているからだ」
横からホラントが舌打ちしながら指摘する。仰る通りです。
「……ホラント、まさか貴方がそんなチームで勝ち上がってくるとは思っていなかったわよ」
コープはホラントを見据えるとそう口を開いた。
「そういう貴様は随分と豪華なメンバーを揃えたようだな。御苦労な事だ」
いつものように鼻で笑いながら淡々とそう語るホラント。
「あら、今更後悔でもしているのかしら?コナリーのチーム相手に随分苦戦していたようだけど。この分だと優勝は無理よ?」
「後悔?何を馬鹿な事を。俺に言わせれば貴様こそ哀れに見えるぞ。メンバーは豪勢だが、逆にいえばそれだけの奴らを集められなければここまで来る自信も無いのだろう?貴様こそ先日のシミュレーションでは随分と苦戦していただろうにな」
コープ達が昨日最後に戦ったチームは今期の優勝候補チームの一つだった。席次7位と9位を含む全員が30位内という手練れ揃いだった。終盤まで一進一退の戦闘が続き、最後はマカドゥー四年生と支援部隊司令官のファン・スアン・ズン四年生の陽動により敵部隊を分断、各個撃破により辛うじて勝利した。
「あらあら、まさか貴方……自分のチームがあいつらより強いとでも思っているの?」
嘲るように低く笑うコープ。心の底から、というより寧ろあからさまに嫌味であると分かる笑い方だった。
しかし、ホラントはその姿に怒りを見せず、寧ろ達観したように物静かに告げる。
「俺のチームでは無い。俺が貴様のチームより強いのだ」
「………」
コープが笑うのを止め、警戒するように目を細める。
「……貴方、正気?」
「至って正気だ。俺は貴様のチームより強い。なぜなら……俺は帝国を滅ぼす男だからだ」
その運命を確信するような口調で語るホラントに流石にコープも目を見開いて驚いたようだ。
「……高慢な事ね。大言壮語この上無いわ。それはリン・パオ……いえ、あのブルース・アッシュビーすら成し得なかった事よ?」
「そうだ。俺は奴らとは違う。リン・パオも、アッシュビーも超えて見せる。いや、超える。でなければ帝国を滅ぼし戦争を終わらせるなぞ夢のまた夢だ」
しばし険悪な、重苦しい空気が二人の間に流れる。
先にそれを破ったのはコープであった。
「……はっ。いいわ、そこまで言うのなら証明して見せなさい。いうけど……私のチームは甘くはないわよ」
そう言い捨ててコープとそのチームはシミュレーターに向け踵を返す。
「……ふん」
ホラントは、不快そうにそう鼻を鳴らすと同じくシミュレーターに向かう。
「………いや、待て。チームの代表私だからな!?」
取り敢えず色々無視して始まろうとしていた試合に私は軽やかに突っ込みを入れた。
まぁそんな感じで閉話休題。少々(?)問題はあるものの、改めて両チームで礼をした後私達のチームとコープのチームによる戦略シミュレーションが始まった。
「下らん事でやり直しやがって……」
「いや、流石に下らんは酷くね!?」
毒を吐くホラントに私は叫びつつ自身のシミュレーターに座る。うう……始める前から私の精神に大ダメージが……。
「はぁ……代表って私だよな?」
本気で自分が代表なのか疑いそうになる。何あれ、どう考えても主人公とライバルの会話だったよね?
まぁいい(良くないけど)、もうすぐシミュレーションが始まる。そろそろ気を取り戻さんといけない。
「さて、舞台は……これはまたやりにくい星系を」
私は渋い表情でランダムに選ばれた星系を見やる。
「アルレスハイム星系………」
よりによってこのタイミングでこの星系とは……悪意しか感じないんだけど?
観客席の空気が一瞬静まった。
それは驚きと困惑を、そして気まずさによるものであった。
「……これはまた、少しややこしい事になったな」
観客席に座っていた褐色肌の偉丈夫が顎を摩りながら呟く。
「確かにステージは国境星系の中からランダムで選ばれますが……何ともタイミングが悪い」
「……ステージをもう一度やり直させますか?」
副官や教官達が困惑しつつ彼に小さく、しかし深刻な表情で提案する。
実際問題、現在のシミュレーションは際どいまでに政治的だった。いや、なってしまった。
アルレスハイム星系の星都ヴォルムスはエルファシル、ヴァラーハに並び帝国国境に最も近い有人惑星の一つであり、国境星系諸惑星の経済の中心であり、同盟領の盾であり、そして何よりも……銀河帝国亡命政府の中枢である。
歴史的にはダゴン星域会戦後、多くの亡命者が押し込められ、コルネリアス帝の親征ではダゴン、ティアマトに並び真っ先に帝国軍による惨劇の起きた地であった。
親征後もダゴン、ティアマト等よりは侵攻されにくい航路と言う理由で市民の移住や亡命政府に別星系への移転を止められただけでなく、数十年に渡り市民の星間移動や辺境開拓事業に大きな制約をつけられた。それは正に、当時の同盟政府が亡命政府を防波堤に利用しようとしていた事に他ならない。長征派が政権を担当し、亡命政府と同盟政府の関係が険悪化した時には威嚇目的ではあるものの同盟軍と亡命軍が睨み合う事すらあった。
無論、全ては1世紀近く前の事だ。流石に今の同盟政府において、少なくとも亡命政府を解体してしまおうという過激な意見を口にする者は殆どいない(そして叫ぶ奴は大体現実を見ない教条的な部類の者だ)。亡命政府は同盟経済に融資し、亡命者の纏め役であり、同盟の非主流派と結びつき、軍隊を派遣する事で戦場で貢献し、莫大な戦時公債を購入している。今の同盟の戦争に対して、亡命政府は明らかに目的を一つとする協力者であり、同士であり、「同胞」だ。少なくとも、組織を解体する不利益はその利点を遥かに上回る事は同盟政府も承知だ。
それだけでなく、多くの高級軍人達の中で戦場での経験を基に、またその組織方針により亡命政府に好意的な軍人は少なく無く(安全な後方の椅子にふんぞり返る政治家よりはマシだ)、それ故に亡命政府が反応する危険がある現在のシチュエーションは非常に問題であった。
今の状況は、位置的にはまるで帝国系を中心としたチームがアルレスハイム星系で敵を待ち、長征派を中心としたチームが星系に侵入している形である。無論、シミュレーションとはいえ見ていて誰も愉快な話ではない。観客席の老軍人達は、それが同盟と亡命政府間におけるの静かな、しかし激しい対立の時代を思いおこさせた。
唯一の救いは、コープのチームが星系の帝国領側に配置された状態で試合が始まった事だ。これが同盟領側から始まっていれば大問題であった。
それでも非常に面倒な事態になったのは間違いない。
「よりによってこんな時に……!」
教官の一人が舌打ちする。
戦略シミュレーションには同盟と帝国のこれまで戦った国境星系を中心に200近い星系がステージとして準備されている。更にいえばその中でも実際に戦闘の起こった回数が多い星系ほど登場確率が高くなるように設定されている。
当然、アルレスハイム星系もまたコルネリアス帝の親征による総攻撃を受けた事があるために、シミュレーションの舞台として登場してもそれ自体はおかしくない。だが、逆にいえばアルレスハイム星系そのものが戦場になった事は150年の戦争期間の間にほんの数回に過ぎない。多くの場合、その前段階でフォルセティ星系やシグルーン星系で迎撃されるためである。
故にアルレスハイム星系が舞台として出てくる事は非常に珍しい。またこの方面は亡命軍が航路警備業務を受け持つことも多く、配備されている同盟軍が実戦参加する事は少ない。そのために数百ある星系の中でアルレスハイム星系での迎撃戦を想定した研究を行う者は滅多にいない。
そのために今回誰もこの星系が舞台になる事なぞ想像もしていなかったに違いない。
よりによって亡命者と長征系のチームが相対する試合で……!
「……いや、止めておこう」
腕を組みながら静かに同盟軍士官学校校長シドニー・シトレ中将は答える。
「なぜですか……!下手をすれば帝国系だけでなく長征系の将校も逆撫でする事になります……!」
教官の一人が異議を唱える。
「分からんか。だからこそだ。見たまえ、奴らを。誰もかれも雁首並べて学生の催しを凝視しているではないか」
そう言って首を振って指し示す先では、観客席にて二組の将校達が鋭い視線でシミュレーションを睨みつけていた。それは最早生徒の品定めなどと言うレベルでは無い。
「……っ、だからこそ無用なトラブル避けるために一旦シミュレーションの中止を……」
「あれは下手に横入りすれば敵意の矛先がこちらに向きかねんよ」
シトレ中将は呆れたように肩を竦める。彼らはきっと、自分達の生徒が相手チームを惨めに撃破するだろう、と本気で考えているだろう。下手に中止すれば、相手を打ち負かす好機を邪魔したとでも考えて士官学校に敵意が向く事だろう。いや、それ以上に……。
「士官学校は政治的には中立だ。外部に配慮なぞせんし、する必要も無い。下手に前例を作ればこれ幸いにと干渉してくるだろう」
学生単位では兎も角、学校自体が外の政治団体の顔を伺って行動すれば、今後それを持ち出して様々な問題の「配慮」を求めてくるだろう。派閥意識の無い……少なくとも出自による派閥を持たないシトレの代は兎も角、それ以降の校長が前例を持ち出されてそれを跳ね除けられるかは保証出来ない。ならば自身が悪例を作るわけには行くまい。
「出自も血縁も信条も知らん。所詮ただの学生同士の催しだ。我々大人がしゃしゃり出る事はあるまい。違うか……?」
鋭い視線で異議を唱えた教官に尋ねるシトレ校長。
「そ、それは確かにその通りですが……」
歯切れ悪く肯定する教官。
「……言いたい事は分かっている。負けた方は詰まらん大人達に責められかねんからな。そこは試合後に私がフォローしよう」
いかつい表情を柔らかくしてシトレ校長は答える。士官学校校長として試合後に公衆の面前で双方のチームを褒め称え、高評価すれば多少は負けた方への指弾を和らげられるだろう。少なくとも自身がどちらの派閥に属していない事も、自身が用兵家として平均以上の評価を受けている事も彼らは知っているし、認めている。それでも問題があれば、学生の生活のためと称して学校の立場として介入する覚悟はある。
「やれやれ……学生を下らん見え張りの道具にしよって」
士官学校としては出来得る限り生徒達の出自や信条に関わりなく仲間意識を持って欲しいのだが、理想と現実は違うらしい。結果として、上の世代からの圧力を受け若い世代も似たような考えに凝り固まる。そして何代にも渡って敵意を向け憎悪し合う訳だ。帝国を滅ぼすなり和平を結んでも、次は内戦が起こりかねない。
「……滑稽なことだな、魑魅魍魎の蠢く中央を嫌って校長になったと言うのにな」
そこまで考えて、シトレ校長は頭を振りながら自嘲する。中将昇進後も出来るだけ不毛で空しい政治に関わりたく無いために実戦部隊に就こうと考えていたら、肝心のポストが空いていない事態に陥った。そのため、次世代の若者達のために自身の経験を伝える士官学校校長を志望し、統合作戦本部や国防委員会の政治屋達もまた軍内政治に口を出させないためにそれを許した。結局、中将にもなってしまった以上完全に政治から逃げるのは不可能のようだった。
ちらり、とシトレは観客席の一角を見やる。そこには風船のようにふくよかに膨らんだ顔見知りの少将が座っていた。身を乗り出し鋭く真剣な目付きで試合を凝視している。
「ヴォル坊……!やれ!あの
小さい声で、しかし確かに興奮気味にそう言うラザール・ロボス少将。「蛙食い」は長征系市民に対する有名な蔑称の一つだ。長征中、彼らは天然の肉を食べる際にアルタイル星系に生息していた蛙を養殖して食していた。餌が虫で済むので航海中に重宝したようだ。
その後、同盟が旧銀河連邦植民地と接触し、同盟軍の進駐軍がファーストフードとして蛙の丸焼きを食べながら現地を巡回していたのを旧銀河連邦植民地の原住民が揶揄した事がこの蔑称の始まりと言われる。
「あいつも変わったな……」
昔はもう少し温厚な性格だったのだが。僅かに虚しさを感じるシトレ校長。時間と言う物は残酷だ。せめて若い世代にはこんな思いはして欲しく無いが……。
「……今は試合に集中するか」
シトレ中将はそう呟き、雑念を振り払い正面の戦況モニターを見据える。両軍はしばしの困惑の後、其々作戦行動に移り始めていた……。
最後まで読んだ人は蛙の丸焼きを検索ぅ検索ぅ!