仮面の理   作:アルパカ度数38%

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大分久しぶりの更新になります。
言い訳としては「ラブコメとか書くのってこんなに辛かったっけ……」という感じでした。


閑話2
閑話2


 

 

 

1.

 

 

 

「遊園地の事、教えてくれないかな」

 

 映像通信の先から、フェイトが言った。

いつも通りのウォルターとリニスが住むアパートの一室、生活感の薄いその部屋の中、映像と相対しつつ、リニスは顔をしかめる。

 

「エリオ、と言いましたか? その保護した男の子は」

「うん。その子が初めて言った我が儘が、遊園地に行きたいって事だったんだけど……。私、一度も遊園地に行ったこと無いから、楽しませてあげられるかどうか不安で……」

 

 というフェイトは、ウォルターに宣言した通りに人体実験の被害者を積極的に保護しており、中でも特に関係の深かったエリオという子供の保護責任者となっている。

エリオは、プロジェクト・フェイトで生まれた子だ。

オリジナル・エリオの代わりとして生まれ、自分が記憶転写クローンだなどとは思わずに生活していたが、ある研究機関にその事実を突き止められてしまう。

事実を突きつけられた両親はあっさりとエリオを手放し、エリオは非人道的な実験を繰り返されていた所をフェイトによって保護された。

当初エリオは人間不信状態に陥っていたそうだが、献身的なフェイトの言動により立ち直っている最中なのだと言う。

そんな子供の言った事だ、是非叶えてあげたいというフェイトの気持ちは分かるし、経験の無い遊園地での遊びで楽しませてあげられるか不安なのも分かる。

だが、とリニス。

 

「半ば分かっていたとは思いますが、私も遊園地、行ったこと無いですからねぇ」

 

 事実である。

リニスは時の庭園で生まれ、寿命の時が来るまで殆どの時間をフェイトと共に過ごしてきたのだ、当然と言えば当然か。

そしてそれからはストイックというか、遊びという選択肢を脳内に持たない、ウォルターの使い魔である。

別段それに不満を持ったことは無くむしろ誇りに思っている部分もあるが、遊園地に行ったことが無いという事実だけはどうしようもない。

 

「一応プレシアの記憶と経験も一部受け継いでいますけど、あの人も仕事一辺倒な人でしたから。アリシアが遊園地に行けるような年齢になった頃からは、離婚と仕事であまり構ってやれなかったようで。ピクニックぐらいなら行ったことはあるようですが……」

「そっか……」

「クロノの奴も遊園地は行ったこと無いって言ってるし、エイミィにでも頼むしか無いんじゃあないかい? なのはやはやてとは予定が合わないし。エリオを連れてくなら地球の遊園地には連れてけそうも無いから、アリサにすずかにも頼りづらいし」

 

 落ち込むフェイトと、通信先から声だけ出演するアルフ。

それぐらいしか、と思った瞬間、リニスは何時もの気配を察知。

視線をドアに、笑みを作る準備をし、ドアが開く音を待ち受ける。

どうしたものかとフェイト達が疑問詞を浮かべるのを尻目に、ドアが開く。

 

「ただいま~」

「おかえりなさい、ウォルター。今丁度、フェイト達と通信をしていた所なんですよ」

「お、そうか、久しぶりだなフェイト。ちょっと待ってくれよなー」

「うぉ、ウォルター!?」

 

 帰ってきたのは、管理局での書類申請の追加があり引き留められてきたウォルターである。

買い物を任され先に帰ったリニスよりも大分時間がかかったようで、何処かくたびれた様子が見えた。

しかしそれも、リニスの言葉を聞いてすぐにかき消える。

仮面。

親友と認めたモノを殺してでも、維持しようとする彼の信念。

陰鬱な気持ちが掠めるのを押し殺し、笑顔を維持するリニス。

そんなリニスを尻目に、ウォルターは手を洗ったりコートを脱いだりと格好を整え、リニスの隣に座り通信に参加する。

 

「ほ、本日はお日柄も良く……」

「お、応。地球は晴れなのか」

 

 クラナガンはどんよりとした曇りであり、陽光が差さない秋の終わりは肌寒く、コートが恋しくなるほどである。

あ、と目を泳がせるフェイトに、どうしたものかと思案顔のウォルター。

再生の雫事件以来、フェイトはどうもウォルターと顔を合わせる度に緊張する所がある。

その理由はリニスにも何となくは分かっているだけに、もどかしいものがあった。

なんとかできれば、と思った瞬間、ピンときた物があったリニス。

 

「ウォルターは、次の休養日は一週間後でしたっけ?」

「え? あぁ、今の所予定に変更は無いな。それまでの期間も、ちょっと技を磨きに山ごもりするだけだから、多分休養日のずれも無いと思うぞ」

「――っ」

 

 フェイトに聞かせようというリニスの意図を拾うウォルターに、息をのむフェイト。

子細を知らないウォルターが訝しげにするのに、フェイトが叫ぶ。

 

「うぉ、ウォルター! その、一週間後のその日、私と一緒に遊園地に行かないかな!」

「ん? そうだな……。うん、行こうか。俺も丁度、行ってみたかった所なんだよ」

 

 そう言うウォルターは、恐らくコミュニケーションを円滑にする為の話題作りとして遊園地に行ってみようという所である。

実を言うとウォルターは、数日前に管理局との共同作戦前の雑談において、遊園地に行ったことが無い発言で場を凍らせてしまったのであった。

幸い怪我人一人出さずに終わったとは言え、チームメイトのメンタルを乱すのはあまり宜しくない。

なので一回は経験してみても良いかもしれない、という話がウォルターとリニスとの間にあったのであった。

 

「ほ、本当!?」

 

 と、ウォルターの言に目を輝かせるフェイト。

本当本当、と苦笑気味に告げるウォルターに続き、リニス。

 

「丁度いいですから、二人で行ってきたらどうですか? 二人の年なら、保護者同伴よりも友人同士で、という方が一般的でしょうし」

「ふ、二人っきり? で、でも……」

「応、俺は構わないぞ」

 

 と、フェイトが戸惑いの声を上げるのに、ウォルターが何でも無いように言ってのける。

内心、ニヤリと微笑むリニス。

ウォルターはフェイトを善き友人と思っている節があるが、わざわざ二人っきりで遊びに行きたいと思う程の親密さは持っていない。

故にフェイトを遊園地経験者だと勘違いさせねば、経験者を混ぜて遊園地の醍醐味を教えて貰おうとする事だろう。

それには通信先で冷静に状況を聞いているだろうアルフへの説得も必要だ。

即座に隠匿長距離念話を発動するリニス。

 

『アルフ、今ウォルターについて疑問を持ったでしょうが、そこは一つ黙っておいてくれませんか?』

『へ? まぁいいけど、なんでだい?』

『くふふ……このままいけば、もの凄く面白い光景が見られるでしょうからね。後でティルヴィングとバルディッシュに録画録音と、後はエイミィ辺りも巻き込んで記録を残さねば……!』

『……ま、まぁ別にいいけど。あんたも偶にははっちゃけるんだねぇ……』

 

 視界内に居れば5メートルは距離を取りたそうな声色のアルフだったが、説得は完了。

内心でガッツポーズを取りつつ、初々しいフェイトと何にも気付いていないウォルターのいじらしい会話に耳を傾けるリニス。

その口元は押さえきれぬ愉悦に三日月を描き、すぐにそれに気付いてリニスは自然と口が隠れるように両手を組んだ。

 

 ウォルターとフェイトを、二人っきりで遊園地でデートさせる。

フェイトの初々しい感情を助けてやる事になり、ウォルターの心に幸せを与える可能性も増やすことになる事柄である。

リニスは再生の雫事件の渦中、ウォルターの信念を貫き通す精神に憧憬を憶えたのは確かだが、だからといってウォルターが幸せでなくて良いなどとは思わない。

故に、これは正しい選択な筈である。

それでも、胸の中にもやもやとした物が浮かんでくる事は避けられない。

恐らくは妹と弟が自分の手から離れてゆく、その感覚が少し寂しいのだろう。

そう納得しつつ、リニスは二人の会話から実は双方が遊園地未経験だとばれないうちに、会話を締めくくらせるのであった。

 

 

 

2.

 

 

 

 休日のミッドチルダは、何処でも人でごった返しである。

いささか二酸化炭素の多そうな空気に内心辟易としつつも、僕は遊園地の最寄り駅の広場で腕組みしていた。

当然ただ突っ立っているのが趣味という訳ではなく、フェイトとの待ち合わせの為である。

僕としては現地集合で良いのではと思ったのだが、フェイトとリニスが二人して力説するものだから、ついつい待ち合わせに同意してしまった。

男女で待ち合わせというと、かつてのスバルとギンガとの買い物、なのはとのデートを思い出す。

フェイトとは善き友人同士だと思うのだが、待ち合わせなどして恋人にでも間違えられたら、フェイトにとって迷惑ではなかろうか。

内心疑問詞に首を傾げていると、知った気配が索敵範囲内に。

山籠もり後で鋭敏になった感覚に内心満足を憶えつつ、そちらへと視線をやる。

小走りのフェイトは人混みを上手く避け、僕の目前へと駆け寄ってきた。

 

「ごめんね、待った? ウォルター」

「いや、今来た所だよ」

 

 告げると、えへへ、と破顔するフェイト。

こちらまで思わずにっこりと笑顔を作ってから、僕は視線をフェイトの服装へ。

優れたスタイルを活かした、体の線の出る服装であった。

黒く短いジャケットに黒く細いパンツ、丈の長い白いプリントTシャツは胸元が開いており、そこにはバルディッシュをネックレス代わりに。

ほぼ真っ黒なのだが、その明るい白い肌と黄金の長髪があるため暗く感じず、むしろ調和が取れた感がある。

 

「服、似合ってるよ。綺麗だなぁ」

「え、えへへ……」

 

 照れて頭をかくフェイト。

微妙にリニスの趣味と被る所に不安を覚え、このまま突き進んでラバースーツとか着られても反応に困るとは思うのだが、言わずに念じるだけにしておいた。

そんな僕の念が通じたのか、ててて、と可愛らしい動きで近づき、フェイトは僕の手を取る。

一瞬迷ったが、男として友人であれ女性と遊びに行くのなら、エスコートはするべきだろう。

なのはの笑顔が脳裏に走るも、かと言って付き合ってもいない相手の為に友人を避けるのはいかがな物か。

もっと良い手はあるのかもしれないが、今の僕には思いつかない。

そんなわけで僕が丁寧にフェイトの手を握ろうとすると、フェイトが呟いた。

 

「……いいよね」

 

 聞き取れない程の小さな声と同時、普通に繋ぐ筈だった僕に手に、フェイトの指が絡む。

指と指の隙間に、しっとりとして張り付きそうな、それでいてどこかつるつるとした感覚のある物が、滑ってゆく。

何処か官能的な感覚に、僕は内心生唾を飲んだ。

内心のドギマギを押し殺して怪訝そうな視線をフェイトにやる。

 

「い、行こうっ!」

「お、応」

 

 しかしすぐに出発を宣言されてしまったので、思わず僕は頷いてしまった。

僕を引っ張ろうとさえする彼女に置いて行かれないように、僕は足のコンパスを動かし始める。

それから僕の服装が品評されていない事に気付き、褒めづらかったのかと微妙に凹みながらも、僕らは遊園地に向かうバスへと乗車した。

 

「う、バス混んでるな……」

 

 と思わず呟いた通り、バス内は座る場所はなく、立つにしても狭苦しいぐらいである。

僕はとりあえずフェイトを奥の方に誘導し、つり革に捕まりフェイトと隣り合う。

発車音、窓の外の風景が流れていった。

 

「私、バスに乗るの久しぶりだなぁ。小学校に通っていた頃以来かも」

「俺もだよ。バス程度の距離だったら足で移動する事が多いからなぁ」

 

 などと他愛の無い話を続けていると、バスのブレーキが勢いよくかかる。

自然慣性の法則に従い前方へと進む肉体を、踏みとどまらせる僕。

しかしフェイトはタイミングを外したのか、上体をこちらへと押しつけるように傾かせた。

 

「わぷっ」

 

 と可愛い声と共に、思わず、と言った様相で片手をつり革に、もう片手を僕の背に回し捕まるフェイト。

向かい合って話していたため、半ば抱き合うような姿勢になる。

服の上からでも分かる、柔らかな乳房が僕の胸にあたってつぶれる感触。

髪の毛からするシャンプーの香り。

吃驚するぐらい近くにある、弾力を感じる見目の口唇。

脳の奥が痺れるような、甘い感覚が僕を襲う。

思わずフェイトを抱きしめたくなる自分を、根性で律し、仮面の要領でにこやかな笑顔を。

 

「大丈夫か? フェイト」

「う、うん……」

 

 と、肩を支えてやると、頬を林檎のように赤くしたフェイトが、俯きがちになりながら元の姿勢に戻る。

恐ろしく魅力的だった。

最近なのはとデートをする時も、たまに彼女がこんな風にどきっとするぐらい魅力的に見える事がある。

なのはは僕の仮面の事が好きなだけで、フェイトも僕の事を友人以上だとは思っていないだろう事は分かっている。

加えて、未だに僕の中にはクイントさんを思うと切なくなる気持ちがあるし、それは薄れてはきたけど、薄れる事自体を哀しく思う気持ちはまだある。

なのに他の女の子にドキッとするなんて、それも2人もの女の子に感じてしまうなんて、僕はひょっとして、とても軟派な男なのではなかろうか。

自分で考えておいて自分で凹む僕だが、そんな僕の太ももにふと、暖かな体温が。

何かと思うより早く、痛み。

 

「いてっ」

 

 思わず小さく呟きながら視線をやると、フェイトが僕の太股をつねっていた。

頬を膨らませている表情はとても可愛らしく愛らしいのだが、どうして怒っているのかは分からない。

疑問詞を視線に乗せると、視線を逸らしながら、フェイト。

 

「……他の女の子の事、考えていなかった?」

「え? あぁ、すまん」

 

 と頭を下げると同時、僕の太股はもう一つねりされる。

思わず眉を跳ね上げてしまう僕だったが、今度は声を漏らす事なく我慢に成功した。

それから内心首を傾げるも、答えがそれしか思いつかないので、告げる。

 

「えーと、すまん、女の子をエスコートするのに、それは失礼だったよな」

「えっと、そういうんじゃなくて……」

 

 しかし帰ってきたのは否定の意。

上手く言葉にできない様子のフェイトに僕が首を傾げていると、フェイトが首を傾げながら言った。

 

「あれ? なんでだろう?」

「う~ん、なんでだろうな? 俺もパッと思いつく事は無いんだが」

「不思議だね~」

 

 と、まぁ。

そんな間抜けな会話を続けているうちに、バスは遊園地前のバス停にたどり着く。

下車してみると、そこには。

 

「うっわ、行列凄いな……」

「うん、ちょっと酔いそう……」

 

 遊園地経験があるだろうフェイトですらそう呟くほどの、行列があった。

内心仰天しつつも、仮面の顔面でどうにかそれをやり過ごし、僕らも行列の中の一員となる。

他愛ない会話を続けながら暫く待つと、回転する入場バーに吸い込まれるようにして、僕らは遊園地の中に足を踏み入れていた。

煉瓦造りの床を踏みつつ、入り口の大きな道の真ん中で、僕とフェイトは2人で立ち尽くす。

手に遊園地内部の地図を持ち、口を開く僕。

 

「さて、まずは何処に行こうか?」

「経験のある人に任せよう?」

「あぁ」

「…………」

「…………」

 

 無言。

空気分子が死滅していくのを感じつつ、内心の焦りに冷や汗をかきつつ、続けて言う。

 

「遊園地行った事あるんじゃ無いの?」

 

 果たして言葉は、輪唱した。

僕とフェイトは見つめ合い、互いにその場で立ち尽くすのであった。

 

 

 

3.

 

 

 

「作戦会議だ」

 

 と、勢いよく面を上げながら告げるウォルター。

相も変わらず黒ずくめの彼の胸元に、陽光を反射するティルヴィングが煌めく。

ウォルターはいつものように真摯な視線でフェイトの瞳を射貫いていた。

これが戦場であれば心に灼熱の炎が沸き立つ行為だが、場所は遊園地の喫茶店である。

開園直後故に人気の無いそこに、客はウォルターとフェイトのみ。

何処か侘びしさを感じつつも、フェイトは頷く。

異論は無い。

 

「全くもう、リニスもアルフも念話切られちゃうし……」

「リンディさんもクロノも仕事中で、エイミィさんも繋がらず。俺の人脈も全滅だしなぁ」

 

 と、何処かすすけた顔で呟くウォルター。

フリーの魔導師という立場上弱味を握られるのが非常に辛いウォルターは、長いつきあいの相手にも中々弱味を見せられないのだと言う。

事実、恐らくリニスの策略である現状が無ければ、フェイトもウォルターが遊園地に来た事が無いなど思いもしなかっただろう。

何せウォルターは、何となく何でもできそうだし知っていそうな、とにかく頼りになる雰囲気を持っている。

遊園地を連想すれば、フェイトには自分を優しくエスコートしてくれる姿がありありと思い浮かぶぐらいだ。

それはそれで身もだえしそうなぐらいに嬉しいのだが、現状、2人で初の遊園地を回るというのも、それはそれで思い出に残る行為となるだろう。

そう思ってから、頭を振るフェイト。

違う、考えるべきなのは……そう、これでも一回分の経験にはなるんだから、エリオを遊園地に連れてくる時も役に立つだろう、それだけで十分だ。

そんな風に物思いに耽るフェイトを尻目に、遊園地の地図を広げ、ウォルター。

 

「さて、まずは遊園地のアトラクションについてだ」

 

 遊園地の顔と言えば、絶叫系、お化け屋敷、観覧車の3つである。

有名な遊園地であれば他にも様々なタイプのアトラクションがあるが、エリオの保護施設から近く、ほどほどの知名度で待ち時間が少なさそう、という方針で選んだここにあるのはその3種。

 

「まず、観覧車って普通最後だよね?」

「あぁ。逆に、絶叫系ってみんな乗りたがるみたいだし、待ち時間長そうだし、最初がいいんじゃないか?」

「じゃあお化け屋敷と観覧車が午後にしよっか。で、絶叫系はいくつもあるんだけど……」

 

 と、フェイトはウォルターと共に地図を指さしつつ、仮ルートを設定。

状況によってルート変更も視野に入れるが、基本はこれ、と合意に達する。

そうと決まれば、茶を飲む時間などありはしない。

そう思い立ち上がろうとするフェイトの側から、さっと伝票を取り上げるウォルター。

自然財布を取り出そうとするフェイトを尻目に、ウォルターは手で制する。

 

「ここは俺が払っておくよ」

「え? でも悪いよ、自分の分ぐらい……」

「少しぐらい俺にも格好付けさせてくれって」

「……え」

 

 とくん、と心臓が高鳴るのをフェイトは感じた。

ウォルターはフェイトの前で格好付けたいと言った。

つまりそれは、ウォルターが格好いい姿をフェイトに見せたいという事ではあるまいか。

そこから導き出される結論は。

ウォルターは、フェイトの事が……。

 

「フェイト? どうした、行こうぜ?」

「え、あ、うん。分かった」

 

 と、思考はウォルターの言葉で中断、フェイトは慌て喫茶店を出ようとしていたウォルターの後を追った。

歩幅を合わせ、先ほど決めた絶叫系アトラクションへと向かう。

途中フェイトは、先ほどの熱に浮かされたような結論を追い出そうと、思わず頭を振った。

まるでそれでは、ウォルターがフェイトの事を女性として好いているという事になるではないか。

 

 それはあり得ない、と内心フェイトは断言した。

何せ相手は、ウォルター・カウンタックなのである。

次元世界最強の魔導師なのである。

女の子なんて引く手数多だろうし、その中には自分よりも魅力的な女の子なんていくらでも居る筈だ。

ウォルターがフェイトに恋するなんて事柄は、ありえない。

なのに。

 

「……ぁ」

 

 喫茶店を出てすぐ。

石造りの床を踏みしめると、すぐにウォルターはフェイトへと手を伸ばしてきた。

歩幅を合わせ、ほんの少しだけフェイトをリードする位置から、その堅い戦士の手をだ。

胸の奥が高鳴るのを感じながら、フェイトは目を伏せ、思った。

仕方ないのだ。

ウォルターにも男の子としてのプライドがあるのだ、女の子として、男の子に見栄を張らせるのは義務なのだ。

だから、仕方が無い。

何時かエイミィに聞いた理屈をこねて、フェイトはウォルターの手を取る。

指と指の間、皮膚が柔らかく敏感な所を、硬質なウォルターの指が絡め取った。

その官能的な感覚に、思わずフェイトが視線をウォルターへやると、やや悪戯な笑みを浮かべている。

先ほどフェイトがウォルターに向けて自然とやってしまった、その仕返しなのだろうか。

文句を言ってやろうと思ったのだが、ウォルターの珍しい表情を見ると、そんな気も無くなってくる。

仕方なしに、とても仕方なしに、フェイトはされるがままに、ウォルターに手を繋がれるようにした。

顔が真っ赤に火照り、とてもウォルターの顔を見られない事も、仕方の無いことである。

 

「お、すっげぇ行列……」

 

 ウォルターが漏らすのに、思わずフェイトは面を上げた。

気付けばフェイトは、ローラーコースターの行列を前にしていた。

行列の凄さに唖然とし、次に看板に30分待ちと書かれている事に目を見開き、幻覚かと思ってウォルターを見ると、矢張り彼も驚いた様子であった。

数瞬立ち尽くす2人だが、すぐに最後尾に新たに人が並んでゆくのに気付き、我に返る。

 

「と、とりあえず最後尾、並ぼうぜ」

「う、うん」

 

 言って2人は最後尾に並んだ。

あとは順番が来るのを待つだけ、という事で、2人は安堵の溜息をつく。

 

「やっと並べたよ……。にしても、皆よく待つねぇ」

「それほど楽しいって事なのか?」

 

 などと、僅かに興奮気味に話す2人。

しかし最初は行列の熱気に当てられていたフェイトとウォルターだったものの、すぐに収まってきて、穏やかな空気になってくる。

 

「やれやれ、それにしても平日の朝に30分待ちとか、どうなってんだ? 遊園地ってのは」

「見た感じ学生の子が多いみたいだし、近くの学校で創立記念日とかの休みがあったんじゃない?」

 

 などと他愛のない話をしているうちに、順番はもうすぐと言った所に。

流石に生まれて初めて乗る絶叫マシンに、フェイトは内心落ち着かない部分があるものの、隣のウォルターが弱気を欠片も見せていないのだ、あまり弱気を見せるのは、そう、格好悪い。

なのでウォルターの手を握る力を少しだけ強くして、彼の体温からもらえる勇気だけで、心を落ち着かせる。

そんな風にしているフェイトに気付いているのかいないのか、ウォルターが口を開いた。

 

「さて、俺も絶叫マシンに乗るのは初めてだが。ま、原理としては韋駄天の剣と同じだからな、普通に楽しめるだろう。フェイトはどうだ?」

「大丈夫大丈夫。ウォルターこそ、本当に絶叫なんてしないでよ? 格好悪く見えちゃうかも……」

「そのままそっくり返すけど、お前こそ絶叫なんてするなよ? 腹抱えて笑ってやるからな?」

 

 冗談交じりの言葉に、フェイトは自身の強ばった体が柔らかになってゆくのを感じた。

気遣ってもらっているのだ、と思うと同時、ウォルターの自信あり気な言葉に、緊張が解けてゆく。

よくよく考えればフェイトは戦闘においては超速度で飛行魔法を使っているのだ、絶叫マシンに乗って楽しむ事はできても、絶叫する事まではできないだろう。

そこに幾ばくかの寂しさを感じつつも、2人はやっと来た順番に従い、コースターの席へと乗り込む。

体を固定するアームを下ろし、何となく肘掛けにあたる部分に手を乗せると、重なる体温。

見れば、フェイトの手にウォルターの手が重なっていた。

続いて何時もの、あの燃えさかる炎のような声。

 

「大丈夫だ」

「……ぁ」

 

 思わず頬を火照らせるフェイトに、微笑むウォルター。

胸の奥がまた高鳴り始めるのを感じつつ、フェイトは視線を前にやる。

がたん、と音を立て、コースターが動きだすのを、フェイトは感じた。

 

 

 

4.

 

 

 

 駄目だった。

 

「……はぁ、はぁ」

「……うー……」

 

 死屍累々とは、これを言うのだろうか。

虚ろな目をした僕とフェイトは、半ばベンチにへばりつくようにしながら倒れ込んでいた。

呼吸は乱れ、叫び続けた喉はヒリヒリと痛み、衣服は互いに乱れている。

フェイトの汗の浮かぶ肌や乱れた衣服から垣間見える肌は、かなり扇情的なのだが、それに何一つ反応しないほど僕は疲弊していた。

恐らくはフェイトも、同様にだ。

 

「の、飲み物、買ってきてあるから。喉、回復しようぜ、とりあえず」

「う、うん……」

 

 ベンチへの道中で何とか買っておいた缶ジュースを差し出しながら、告げる。

清涼飲料水で喉を潤しながら、荒い呼吸を繰り返す僕とフェイト。

僕らは2人とも、絶叫しすぎるほどに絶叫マシンで叫んでしまっていた。

幸い空戦魔導師なので三半規管などは無事だったのだが、怖いことこの上ない機械であった。

一体あんな物を作り上げた奴は何を考えていたのか、胸ぐらを捕まえて問い詰めたい所である。

そんな風に虚ろな目で数分ほど呼吸音のみの空間を作っていると、やっと回復してきて、どうにか喋れるようになってくる。

 

「ぜ、絶叫マシン……。とんでもない奴だったな」

「う、うん……。二度と乗りたくない……」

「……お前、エリオとかいう子と、少なくとも一回は乗る事になるんじゃ」

「…………」

 

 言うと、今にも地面にへばりつきそうなぐらい沈み込むフェイト。

慌て僕は続ける。

 

「ま、まぁ、あくまでそのエリオが乗りたいって言ったらの話だからさ。乗るとは限らないよなっ、そうだよなっ」

「う、うん……」

 

 が、僕の口から出たのはとってつけたような慰めだけ。

沈み込んだままのフェイトを放っておけず、思考を巡らせるものの、あまり良い手は思い浮かばない、

焦り、僕は仕方なしに話を逸らす事にする。

 

「そういや、そのエリオっていう保護した子は、どんな子なんだ?」

「あ、うん、とっても良い子だよっ。エリオはね……」

 

 と、勢いよく面を上げ、エリオの美点を話し出すフェイト。

一瞬で元気を取り戻す様にほっとするものの、僕は少し寂しさを感じてしまう。

彼女の元気は、自分の信念に向き合い、真摯に生きているからこそ得られる物。

UD-182の亡霊を斬り殺してでも貫くと決めた僕の信念は、しかし元を辿れば歪で狂った信念だ。

羨ましさ、なのだろうか。

そこだけスポットライトが当たっているかのように明るく感じるフェイトに比し、僕は暗い舞台袖からぼんやりと眺めているような気分であった。

暗く落ち込む内心を、せめて悟らせぬよう仮面の維持に力を入れる。

 

 フェイトが語るエリオは、悲しい過去を持ちながらもそれを乗り越えようとする立派な子であった。

親に代替品として製造依頼をされ、親愛を裏切られ、苦痛と絶望に満ちた実験材料生活。

それだけの苦難がありながらも、全てを乗り越え彼は明るく快活な人格を取り戻してきているのだと言う。

 

 何処か僕と似た過去に、思わず僕は自分を重ねて考えてしまった。

エリオも僕も、誰も信頼しようとしなかったのは確かだ。

けれどエリオは自分を偽る事をせず、僕は自分を偽る事に決めた。

だからだろうか、僕はリニスと出会っても他の人を欺し続けているというのに、エリオはフェイトと出会い全ての人に素直になりつつあるのだと言う。

年齢が倍ぐらい違う子だと言うのに、人間として先を行かれた気分で、嫉みは沸かないものの、正直もの凄い凹む。

 

「それでね、エリオったら、やっと我が儘を言ってくれるようになってね……」

 

 けれど、その話をしてくれるフェイトは満面の笑みで。

あまりにも幸せそうなその姿を見ると、なんだかまぁいいや、という気分になってくるのだ。

何せ僕は、フェイトが自分の信念を見つける為の一因になれたのだ。

別に僕がいなくとも、いつかは彼女は自分の信念に辿り着けただろう。

けれど、一瞬でも早くこの笑顔が訪れる為の力になれたのだと考えると、例え偽りでも、僕が誰かの力になれたんじゃあないかと思えてしまう。

勘違いだろうと知りつつも、僕は敢えてその勘違いの幸せに浸り、微笑んでいた。

 

「……うん、そろそろ回復してきたかな」

「あぁ。昼までまだちょっと時間あるし、絶叫マシン以外の奴で何か、定番の奴に乗って行こうぜ」

 

 軽く半時間は喋っていたと思う。

ようやく気力が戻ってきた僕らは、そんな会話をしつつ立ち上がり、再び手を繋いで歩き出した。

石造りの床を靴裏で蹴りながら、僕らは遊園地を無計画に回ってゆく。

メリーゴーランドは流石に勘弁してもらいつつ、水に突っ込むコースターを見て2人青ざめ、3Dショーは2人してあまり興味が無いのでスルーし、洞窟の暗闇の中を行くコースターに2人青ざめて。

そんなこんなでたどり着いたのは、コーヒーカップであった。

 

「ちょっと少女趣味だが、まぁ、物は試しって言うしな」

「とか言いつつ、さっきはメリーゴーランドに乗らなかったじゃない」

「いや、すまん、流石にあれは……」

 

 などと言いつつ、がらがらに空いているコーヒーカップの中に座ると、すぐに動き出す。

緩やかに回転するカップの台とカップ本体の、二重の回転。

普段中々体験する事のない動きは新鮮で、目前のフェイトも目をキラキラさせている。

 

「わー、なんか面白い」

「これ、真ん中のハンドルでカップの回転速度を調節できるみたいだな」

 

 言いつつ軽く回転させると、少しカップの回転速度が速くなる。

少し平衡感覚への負荷が強くなるが、空戦魔導師たる僕らにはさほど影響はない。

 

「あ、私にもやらせてくれる?」

「おぉ、いいぞ」

 

 とハンドルを渡すと、キラキラした目のまま回転速度を上げてゆくフェイト。

周囲の景色が回転する速度も増え、三半規管がじりじりと不平を訴えてくる。

あまりにも考え無しな速度向上に、思わず口を開く。

 

「なぁ、こんくらいにしたらどうだ? あんまり速度を上げてもだな……」

「あ、ウォルター、先にギブアップするんだ。負けだねー」

「……あ゛?」

 

 かちん、ときた。

僕は思わず無言のままコーヒーカップのハンドルへと両手を。

視線を鋭く、貫くようにしてフェイトの瞳を睨み付ける。

 

「おいおい、何言ってるんだ? 先にギブアップすんのはそっちの方だろ? 無理しない方がいいんじゃないか?」

「あれ、一瞬前まで腰の引けた事を言ってたのって、何処の誰だっけ?」

 

 視線と視線が激突、紫電が走らんばかりのスパークを上げた。

気付けばここは、戦場であった。

互いの能力を競う仁義なき戦いに、僕は内心が豪、と燃えさかるのを感じる。

血潮は熱く、全身が燃えたぎるかのよう。

熱量の根幹たる腹腔は、さながら恒星のごとき超熱量を孕む。

頭脳の片隅で「僕は何をやってるんだ?」という疑問が沸くが、沸騰しかねないほどの熱量に浮かされた頭脳は疑問を燃焼、灰化、熱風で空気分子の中にばらまいてゆく。

最早戦いは決定的だった。

強化魔法は意地で無しに、素の三半規管の能力を持ってして、の戦いである。

僕は口元を歪ませながら告げた。

 

「行くぞ――!」

「負けないよ――!」

 

 咆哮が輪唱。

ハンドルが2人分の力で速度上昇方面へと回転、どちらが先に降参するかのチキンレースが始まり……。

 

 

 

5.

 

 

 

 呆れられた。

 

「…………」

「…………」

 

 遊園地内のレストラン。

喧騒に満ちた空間に一席、フェイトとウォルターが座る席だけが沈黙に満ちていた。

運ばれてきたハンバーグランチをつつきつつ、フェイトは虚ろな瞳で先ほどの事件を回想する。

魔法なしでも超人的な身体能力を持つ2人の戦いは、制限時間切れという結末を迎えた。

互いの健闘を称えつつ立ち上がった2人だが、既に2人の三半規管は歩行能力を有しておらず、ふらつきながら出て行き、根性でコーヒーカップの外に出た辺りで力尽きてしまう。

遊園地の職員に呆れられながらも介抱され、流石に窘められるフェイトとウォルター。

平均就業年齢を過ぎた15歳にもなって、はしゃぎ過ぎで大人に呆れられるとは、恥辱の極みであった。

フェイトはもとより、流石のウォルターも目に虚ろな光を宿しており、カレーライスを一定のペースで口にしている。

珍しい光景だが、それを喜ぶ気力すらフェイトには無い。

それでもカレーライスを半ばほどまで食べ終えた辺りで、ようやく、と言った様相でウォルターが口を開く。

 

「……まぁとりあえず、馬鹿な事だったが、楽しかったし。それに怪我とかしなくて済んで良かったさ」

「うん……」

 

 まだ声に力は戻りきっていないものの、ウォルターの声は人の心に覇気を与えてくれる。

フェイトもどうにか沈みきった精神を引き上げ、弱々しくも声を返した。

返事がある事に満足したのだろう、ウォルターは頷き、控えめではあるが、いつものあの男らしい笑みを浮かべる。

 

「それにしても、遊園地の食事って、割高なんだなぁ……。缶ジュースの値段を見て予想はしていたけどよ」

「まぁ、ね……」

 

 と文句を言いつつハンバーグを口にするフェイトであるが、ふと目を瞬く。

確かに、酷いと言う程ではないが、値段不相応にハンバーグの作りは微妙だ。

リンディから料理を習っているフェイトは、すぐにこのハンバーグが手ごねもしていない事が分かるし、肉もそれほど良い肉ではないと、何となくだが分かる。

なのに何故だろうか、不思議と味は不味く感じない。

遊園地の空気がそうさせるのか、それとも、目前の男性が、ウォルターがそうさせるのか。

料理の味まで向上させるとは、流石ウォルターだな、と思いつつ、フェイトはウォルターと話に花を咲かせながら食事をした。

食後の、恐らく業務用の物をそのまま使ったと思われるコーヒーを口にしながら、フェイト。

 

「そういえば、次に行く予定なのは……」

「あぁ、お化け屋敷だな」

 

 何でも無いように言うウォルターに、フェイトは思わず視線を逸らした。

ホラー映画、特に地球の日本製ホラーが苦手なフェイトである。

アリサの家に5人で泊まって遊んだ時、夜中にホラーゲームをやった時も、涙目で悲鳴を上げながらの操作であった。

止める者もおらず全員で思いっきり悲鳴を上げてしまい、アリサの家が広大でなければ近所迷惑で怒鳴り込まれていた事だろう。

思わず唾をのむフェイトに、しかしウォルターは平然とした様子で続ける。

 

「ここの目玉らしいな、お化け屋敷って。って、目玉でも何でも無いコースターであんだけ凄かったのか……。いや、それはいいとして、楽しみだな、お化け屋敷」

「う、うん……」

 

 僅かな緊張と共にコーヒーを飲み干し、嫌な予感を振り払うフェイト。

ホラー映画やホラーゲームは確かに怖い。

けれどそれは、受動的にしか見られない映画や、決められた行動しかできないゲームだから怖いのだ。

だから現実にお化け屋敷なんてあっても、それほどは怖くない、筈だ。

それだとお化け屋敷が流行らないという現実を無視してそう考え、どうにか平静を保つフェイト。

そんな彼女に、心配そうにウォルターが口を開いた。

 

「……大丈夫か、フェイト。なんか顔色悪いけど」

「それはウォルターも一緒だよ。さっきの酔いが残ってるんでしょ?」

「まぁ、そうかもしれんが……。じゃ、そろそろ行けるか?」

「うん」

 

 短く答えるフェイトを訝しがりながら、ウォルターはさっと伝票を取り、会計に行ってしまう。

あ、と短く呟くフェイトだったが、レジに並んでいる客も居なかったので、支払いはすぐに終わった。

すぐに追いつくフェイトに、先ほど、格好付けさせてくれと言った時と同じ顔で見つめてくるウォルター。

 

「ずるいなぁ……」

「ん? 何が?」

「ううん、ありがとうっ」

 

 言ってフェイトは、ウォルターの手を掴み歩き出す。

体温と体温が重なり、安堵がフェイトの不安を塗り替えた。

ウォルターが揃えてくれる歩幅に、フェイトは胸の奥が暖かくなるのを感じながら、ヒールで石造りの床を叩いてゆく。

幸いと言っていいのか、お化け屋敷はレストランからそう遠くはなかった。

すぐに目前にたどり着き、数秒立ち止まる。

 

「うっ……」

「こ、こりゃあ随分と……」

 

 ボロボロになった廃館のような施設を前に、フェイトはもとより、ウォルターでさえ僅かに顔をひくつかせていた。

古びた植物の蔓が巻き付いていたり、蝙蝠の姿をしたオブジェが様々な場所に止まっていたりと、雰囲気満点である。

自然ウォルターの手を掴む力を強くするフェイトに、ウォルターもまたフェイトを安心させるように、柔らかにフェイトの手を握り直した。

はっとウォルターの顔に視線をやると、流石に顔をひくつかせながらも、緊張の汗も震えもなく、平常そのものであった。

 

 頼りになる彼の横顔だが、しかしウォルターの目には何時もの炎は宿っていなかった、

代わりに何処か、怯えているとまでは言わない物の、緊張しているような気がする。

ウォルターが緊張などと悪い冗談のような現象だ、と1年前のフェイトなら思っていた事だろう。

しかし再生の雫事件を終えて、フェイトはウォルターにも弱さと言える物があると知っていた。

 

 可愛いな、とフェイトは思った。

不思議と頼りないとは思えず、代わりに慈しむ心ばかりが沸いてきて、思わずフェイトは空いているもう片方の手を、ウォルターの手へと重ねる。

ぎう、と。

少し力強く。

 

「ん? どうしたんだ?」

「…………」

 

 視線を送るウォルターに何も言えず、フェイトはただただウォルターの手を握っていた。

どうしてだろうか、フェイトはウォルターの隣に居なければならない、という強い衝動を胸に抱えた。

可能であれば両手で触れるだけでなく、その腕に抱きつきたいぐらいな程にだ。

けれど、現実にそこまでする勇気はフェイトにはなくて。

大きく深呼吸をし、フェイトは少しだけ落ち着いた心のままに告げる。

 

「ううん、大丈夫。いこ、ウォルター」

 

 強がりの一言。

ウォルターは少し困ったような顔をしていたが、すぐにあの何時もの男らしい笑みを浮かべる。

 

「あぁ、行こうか!」

「うんっ!」

 

 弾む声で、フェイトは返した。

怖い物は苦手だけれども、彼と一緒であれば、きっと乗り越えられる。

だから、この手を離さなければ私は大丈夫だから――。

 

 

 

6.

 

 

 

 泣いてしまった。

 

「…………」

「あー、まぁ、ほら、女の子だし、良くある事だろ、うん」

 

 流石にフォローが拙くなってきているウォルターの言葉に、更にフェイトは頭蓋を重く感じる事になる。

溜息に混じって口から魂が出てきそうな気分であった。

落ち込むフェイトを半歩先導するウォルターは観覧車に向かっており、夕日が伸ばした影法師が床の石を染めていた。

落ち込んでばかりも居られない、と面を上げるフェイトの視界に、巨大な観覧車が入る。

 

「わぁ……」

 

 と、感嘆の声が漏れた。

気づき、歩調を合わせるウォルター。

 

「結構高いよな。街中であの高さまで飛行した事は、ここの所は無いかもしれんな、俺も」

「うん、そうだね……」

 

 事実、管理世界の都会の多くでは、安全のために飛行魔法は規制されている。

許可が出たとしても、特に管理局側は町への被害を押さえる為に上空に位置どる事はあまり無い。

フェイトが思い出せる街中でのあの高さと言えば、PT事件の頃の海鳴ぐらいだろうか。

宝石がちりばめられたかのような光景と、それを気にする余裕もなかった自分。

なのはとの出会い、復活したリニス。

そしてウォルター。

次元世界最強の魔導師にして、今隣を歩く彼。

 

「お、まだそんなに並んでないみたいだな、良かった良かった」

 

 と言いつつ、ウォルターはフェイトを連れ短めの行列の最後尾につく。

談話しながら暫く待つと順番が来て、2人は観覧車の一室へと入った。

ウォルターが先んじて座ったので、フェイトは少しだけ迷ってから、向かいではなくウォルターの隣に座った。

目を瞬くウォルターだが、すぐに落ち着いた様子であった。

すぐに観覧車の一室は僅かな揺れと共に上がり始める。

 

「お、いい眺めだな」

「うん……」

 

 硝子窓を大きく取られた室内からは、夕焼けに染められた町がよく見えた。

中々じっくりと見られない光景に、2人は自然口数も少なくなり、繋いだままの手を重ねただけで、じっと外を眺める。

遊園地に遊びに来たのだ、喋らなければ、と思わないでもないフェイトだったが、その気持ちもすぐに消えていった。

どうしてだろうか、今は喋らずとも互いに心地よい空気で居られると、そんな確信が胸にあったのだ。

故に沈黙のまま、フェイトは暫し夕焼けに染められた町を眺めていた。

 

 町が小さく見えてきた頃、ふと、フェイトはウォルターの横顔に視線をやる。

驚くべき事に、ウォルターは物憂げな顔で夕焼けに染まる町を見つめていた。

気怠く下りた瞼に遮られた、憂鬱そうな瞳が視線を外へ。

何時も堅く引き締まった口唇は緩やかに繊細そうなカーブを描き、何処か首の角度さえもから弱々しさが垣間見える。

どうしてだろうか、フェイトはそんなウォルターを見たその瞬間、確信に近い思いを得た。

 

 ——フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、ウォルター・カウンタックに恋をしている。

 

 激烈な自覚がフェイトの胸に浮かぶと同時、視線に気付いたウォルターが、何時もの表情に。

男らしく、それでいてにこやかな笑みを浮かべフェイトへと視線をやる。

 

「どうした、なんか俺の顔についてるか?」

「う、ううん、なんでもないっ」

「そ、そうか……」

 

 先ほどまではあんなにも自然体に話せていた相手なのに、急に恥ずかしさがこみ上げてきて、フェイトは赤面してしまう。

胸が飛び出んばかりに高鳴り、繋いでいる手から感じる体温は燃えるように熱い。

これが、恋なのだろうか。

フェイトは普段中学校で見る、相手は不明だが、明らかに誰かに恋をしているなのはの事を思い浮かべる。

断じて相手の情報を出さない彼女だが、その言動から推測される誰かに抱く感情は、間違いなく恋だ。

その表情はとても言い表せない程に幸せそうで、未だ恋を知らなかったフェイトにさえ恋の素晴らしさが伝わるぐらいで。

ならば、と自分の顔を片手で覆い尽くすフェイト。

触れた自分の顔は、記憶にある限り、あの恋するなのはと同じような表情をしていて。

故に先ほどの確信は、フェイトの中でより強固になってゆく。

 

「なぁ、本当に大丈夫か?」

「だ、大丈夫っ」

 

 尚も心配して話しかけてくるウォルターに、辛うじてフェイトは返事した。

彼の視線は明らかにフェイトの顔に向けられており、普通ならばその顔の赤面に気付かれてしまっていただろう。

だって夕焼けの朱に染められた自分の顔は、きっと普段と変わりなく見える筈だから。

夕焼けに感謝を捧げながら、フェイトはただただ観覧車が早く一回転し、外に出られるようになる事を祈る。

それでも離す事の無い繋がった手が、ただただウォルターの燃えるような体温を伝えていた。

 

 

 

 

 




こいつら爆発すればいいのに。

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