鎌月鈴乃さんに変な属性をつけた話。(はたらく魔王様)   作:ほりぃー

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御待たせしてもうしわけありません。前回の更新内容から、倍程度の分量になっています。

わざと話は分けていません。


属性9 逃亡者

 マリオカート。1990年代にスーパーファミコンのソフトとして発売された、レースゲームである。マリオの名を冠することからわかる通り、名作「マリオシリーズ」のキャラクター達が、敵味方入り混じってカートでレースを行うものだ。

 このソフトは発売当初から高い人気を誇り、その後に続くハードでも続編を出し続けた。そして2005年、満を持してアーケードゲームとして登場し、以来数々の名勝負を生み出してきた。

 今では全国のゲームセンターで、このゲームの筺体を見ることができる。その筺体の形としては、他のレースゲームと同じく車の運転席を切り取ったような形だから、設置されていればすぐにわかる。だから、「彼ら」はこれを見つけたのだった。

 いくつか並んでいるマリオカートの筺体に真奥と鈴乃は座っていた。隣り合って座っている姿は、傍から見れば仲睦まじく感じるかもしれないが、彼らは今から尊厳を賭けた真剣勝負に興じようとしていた。

「いいか、鈴乃。まずはこのまりおかーと、とか言うので勝負だ」

「いいだろう。真奥。この形から察するに、車のゲームなのだろう? それならば、貴様に負けるとはおもえないな」

「なっ。ほ、ほえ面をかかせてやるからな!」

 むきになって言い返す真奥。彼は今、この勝負に「魔王」としての誇りを賭けていた。こんなことにそんな大切なものを賭けるなどと、彼の部下が聞けば涙を流して嗚咽するだろう。

「ふん、ほえ面をかくのは貴様の方だ、真奥!」

 その点で言えば、この黒髪の女性。鎌月鈴乃も同様だった。彼女の言動は余裕の表れのようにも思えるが、そんなことは全くない。なんといっても、これから始まる勝負に負けのならば「おでこにキス」を罰ゲームとしてしなければならない。一応、真奥とは敵対関係にある鈴乃としては、避けなければならないことだった。

 二人は、それぞれ譲れないものを守る為に、今から遊ぶ。彼らは、互いに睨み合ってから、ふんと顔を背けた。敵対しているはずなのだが、妙に息が合っている。だが、ともかくお金をいれないことにはゲームを始めることもできない。

 真奥は小銭入れをかちゃかちゃとまさぐって、お金を筺体に投入した。今、これを芦屋あたりが見れば、「魔王の誇り」を投入しているようにも見えただろう。どこの世界に小銭入れなど持っている魔王がいるのだろうか。

 そもそも、片目で真奥がお金をいれるところを見ている鈴乃も、お金を出してもらっていることをすまないと感じていた。おそらく、ニートの考えた罰ゲームさえなければ、この二人はもっと親しくしていたのかもしれない。

 ――いやふうううう

 軽快な声を、画面のひげ面の男が出した。彼がマリオである。日本で育ったものならば、彼のことを知らない人はほとんどいないだろう。それほど、彼は有名である。

「なんだ、こいつ」

 真奥はいきなり現れた髭のおっさんを見て言う。なんで、いきなり奇声をあげて出てきたのかさっぱりわからない。真奥は、日本に来て数年たっているが家には長いことゲームなどなく、今でもテレビすらない。この髭の中年をどこかで見たことがある気はするのだが、真奥はピンとこなかった。

 この時点の真奥は、まさか自分の働くファーストフード店のハッピーセットのおまけにこのひげ面の男がなるとは思っていなかった。だがこれは蛇足だろう。

「なかなか、ふくよかな体をしている御仁だ……たぶん、審判かなにかだろう」

 そこを言えば、鈴乃の方がひどかった。彼女にはマリオが肥った中年にしか見えないのだ。彼女が日本に来たのはつい最近出である。一応彼女の部屋にはテレビもあるが、いかんせん少し前まで「人の入った箱」と思っていたのだから、まだ情報の吸収力が弱い。

「審判か……なるほどな」

 鈴乃の言葉に納得した真奥は適当に筺体のハンドル、その中央を押した。車ならクラクションに位置する場所に、決定ボタンがある。それで画面が切り替わり、モード選択になる。「グランプリモード」と「VSモード」と画面に表示された。

(VS? 鈴乃との勝負だからこっちか)

 真奥はそう思ったので、VSモードを選択した。鈴乃は真奥の方を見ながら、操作しているので同じ選択をする。

「うおっ、なんかいっぱい出てきた。なんだこいつら?」

 真奥は驚いて声をだす。画面はさらに切り替わり、キャラクター選択の画面に入っている。そこにはゴリラやらキノコ頭やら、はたまた恐竜やらと多種多様なキャラクターとその愛機が表示されている。

「…………」

 そんなキャラクター選択画面で鈴乃はある一点を凝視している。彼女の目線は、赤い服を着た髭の中年に向けられていた。

(し、審判じゃなかったのか……)

 知ったかをしてしまったことで鈴乃は、こめかみに手を当てた。純粋に恥ずかしい。だが真奥は特に気にする様子はなく、てきとうにキャラクターをスクロールさせる。そして、彼もあるキャラクターに目を止めた。

(こ、こいつは。ぜ、ぜってえ強え)

 巨大な体躯。禍々しいほどにむき出しになった牙、そして燃えるような赤い髪に飛び出した太い角。真奥はそのキャラクターをキラキラとした目で見る。それに反応したわけではないだろうが、画面の中のキャラクターも腕を組んで、ギラリと光る眼を真奥に向けていた。

その名はクッパ。主人公マリオの永遠のライバルであり、魔王クッパの異名を持つ男である。

(勝ったな)

 真奥はにやりとした。こんなに強そうなキャラクターが負けるはずがない。そう彼は確信した。なんか魔王っぽいところも大いに彼は気にいった。

 実際には、クッパは上級者向けのパワータイプなのだが、真奥は迷うことなくクッパを選択した。そんな彼の表情はすでに勝ち誇っている。

 一方の鈴乃はマリオを選択した。何となく間違ってしまい、申し訳なかったからだ。もちろん真奥はそれをみて、一層勝利への確信を深めた。

「ふふふ」

「な、なんだ真奥、気持ち悪い笑いをするな」

「この勝負は俺の勝ちだな……見ろ、この俺のクッパの威容を」

 真奥はビシッと画面を指さす。鈴乃はそれをみて、なるほど強そうだなと思った。だが、ゲームであるので負けるかどうかは分かるまいとも思う。それでも真奥の次の言葉には、反応せざるを得なかった。

「俺は魔王。方や鈴乃は……」

 ちらりと鈴乃の画面を見る魔王。そこにはマリオがいる。

「審判じゃ、相手になんねえよ!」

「し、審判ではない。れっきとした、そ、その選手だ」

「えっ? でもさっきお前」

「うるさい! さっさと勝負するんだろう!」

「お、おう」

 鈴乃にせかされて真奥は画面に向き直った。次の画面は「50」だが「150」だかの数字が並んだ画面だったので、とりあえず「150」にしておいた。そしてレースコースの選択である。

 真奥の目が光る。彼はいきなりそっぽを向いて言う。

「あっ、あれはなんだ」

「はっ? な、なんだ」

 鈴乃がそっぽを向いている隙に、真奥はコース選択をした。鈴乃が気づいた時には遅い。

「真奥! き、貴様、汚いぞ」

「くくく、悪魔に汚いなどという言い訳が通用するか」

 悪魔的な笑みを浮かべた魔王の選んだのは、灼熱の世界が広がる「クッパ城」である。彼はあの一瞬で「クッパ」の文字を見極めたのだ。鈴乃もその名前から、すぐに真奥のキャラクターのホームだと気が付いた。彼女は悔しげに顔を歪める。

「卑怯な……」

「ふははは、甘いぜ、鈴乃。勝負はもう始まっているのだっ!」

 真奥は普段の青年真奥の口調ではなく、少し砕けた魔王口調でしゃべっている。彼は彼で賭けている物があるので負けるわけにはいかないのだ。ちなみに、マリオカートではホームコースでアドバンテージが受けられるシステムはない。

「さあ、始まるぞ人間!」

 別に有利になるわけではないのに、上機嫌な真奥。

「くっ、こんな卑怯な相手に負けるものかっ」

 ハンドルを強く握る、鈴乃。

 一瞬、画面が暗転する。次の瞬間にレースの注意書きや、スタートのコツなどが簡単にかかれた画面を過ぎて、BGMが大きくなった。

クッパ城がその巨大な姿を現した。城の下は溶岩が流れていて、その上に架けられたコースに二人のキャラクターがその姿を見せる。

真奥の目の前にクッパ、鈴乃の目の前にマリオそれぞれがカートに乗って、スタートラインにつく。画面の中央に、巨大なシグナルが現れてカウントを始める。

 ――3

(私は、負けるわけにはいかない。そ、そのキスなんてし、したく……な……えっと)

 ――2

(くくく、鈴乃よ。貴様は気が付いておらんだろうが、さっきの説明画面で【スタートダッシュ】の説明があったのだ。ふはは、この勝負まさに盤石!)

 ――1

 ノリノリ魔王モードの真奥と、自分の言葉を最後まで言いきれない鈴乃。二人の心拍数があがっていく。

 ――スタート

 クッパが飛び出した。ものすごいスピードでマリオを突き放していく。マリオはのろのろとスタートした。

「なっ!」

 鈴乃は驚愕の声を出した。明らかに、スタートのパワーが違う。これはどういうことだと真奥を見る。真奥はニタニタしながら、ハンドルを切りながら鈴乃を見返した。

「はははは。スタートダッシュ成功だあっ」

「スタートダッシュだと、そ、そんなものが?」

 やはり気が付いていなかったようだな、とほくそ笑んだ真奥。そして彼の操る、クッパは軽快な走りでマリオをぐんぐんと離していく。鈴乃はしまったと臍を噛んだ。

(こ、このままでは、わ、私が負ける。まずい。まずい!)

 鈴乃は点の様になったクッパを追いかけるべく、アクセルを踏む。だが元々、クッパの方がパワーがある。加速力はマリオだが、トップスピードでは勝てない。さらに離されることになった。

「ははは。鈴乃、やっぱりこの勝負は俺の勝ちだなっ」

 カチンとした鈴乃は、真奥を見た。真奥も鈴乃を見ている、二人とも画面を見ていない。正確に言うと相手方の画面だけが見えた。

「鈴乃。次のゲームを何にするかきめておいたほうがいいぞっ」

「な、なにを言う……まだ勝負は……!」

 言いかけて鈴乃は目を見開いた。彼女の目は真奥を見ていない。相手の画面。つまり真奥の画面のクッパを見ていた。

 鈴乃にはクッパがコースから豪快に落ちていく姿が見えた。下のマグマにダイビングする姿は、滑稽だとか言いようがない。

クッパはトップスピードでカーブを曲がりきれなかったのだ。そもそも操作している人間がそっぽを向いているのだから躱しようがなかった。だがそれでも真奥は鈴乃を見ているので、全く気が付いていない。

「まおう……貴様、あの……」

「なんだ鈴乃? 命乞いなら今の内だぞ」

 鈴乃は少し、真奥を見た。明らかに勝ち誇ったその表情。さっきまでの優勢を笠にきた態度。そしてマグマに落ちたクッパ。全ての要素が、真奥の道化っぷりを修飾していた。

 途端にドヤ顔になる鈴乃。

「ふふふ、笑っていられるのも今の内だぞっ、真奥」

「負け惜しみは醜いぜ……クッパああああああああああああ!?」

 やっと自分の操作キャラがコースアウトしたことに真奥は気が付いた。真奥の絶叫に鈴乃は笑いを必死にかみ殺しつつ、マリオの操作に戻る。これでかなり距離が縮まった。だがまだ最初の遅れは取り戻せてはいない。

「おお!」

 真奥が声を上げた時、マグマの中からお助けキャラの「ジュゲム」がクッパを助けだした。ジュゲムは小さな雲に乗った、亀の様なキャラで、手には釣竿を持っている。それで釣り出して、コースアウトの選手を助けるのだ。

 鈴乃は焦った。このままでは追いつく前に、真奥が先を走ってしまう。それでは追いつくことができないかもしれない。だが現実は非常。ジュゲムはクッパを助け出して、コースに素早く戻した。それで真奥の高笑いも復活する。

「ふはは、魔王は不死身だ!」

 良くわからないことを言ってクッパは走り出した。実のところ、クッパはその重量ゆえに、走り始めが遅い。しかし、テンションの高い真奥はそのことに頓着しなかった。鈴乃に抜かれていない、ということもある。

 だが、マリオはすぐ後ろにいた。真奥は焦ってアクセルを踏む。

(ここが勝負だ、真奥)

(ぬ、抜かせっかよ、がんばれ、クッパ)

 マリオとクッパが並んだ。マリオの方がトルクがあり、クッパはスピードに乗るまでが遅い。鈴乃と真奥は同時にアクセルを全開にする。

 クッパ城のコースを、クッパとマリオ。二人のライバルが行く。お互いのエンジンが唸り声をあげて、並走する。それは、真奥と鈴乃の負けられない気持ちが伝わったかのようだった。

 走りながら、真奥は驚愕する。

(なんだ、あれ!)

 コースの先にブロックがあった、それは「?」などと書かれて、道いっぱいに広がっている。その七色に光るブロックを避けるのは至難の業と真奥には思えた。

(さすが、クッパ城。一筋縄じゃいきそうにねえ) 

「?」ブロックを障害物として認識する真奥。しかも、クッパが巧妙に設置したものだと思っている。だがブロックには鈴乃も気が付いたらしく。

「わ、わ」

 などと、焦っている。

 マリオが遅れた。鈴乃のアクセルが緩んだのだ。そして逆に真奥の心のアクセルがともる。ここが勝負の分かれ目だと、真奥は確信した。

 クッパはスピードを緩めない「?」ブロックに向かって全力で突っ込んでいく。

「!」

 鈴乃が一瞬、驚いた顔をした後、すぐに気付いた。真奥はここで勝負を仕掛けて、鈴乃はここで手を抜いた。歴然たる勝負師としての差である。いや、魔王という支配者と教会に仕える者の差なのかもしれない。ピンチはチャンスなどとはよく言われるが、それを行えるものは少ない。少なくとも鈴乃はできなかった。

「あ、あああ」

 そう、勝負を放棄した負け犬には、唸ることしかできない。

 マリオとクッパの差が開く。時間にすれば数秒の時間、その間に鈴乃は心で負けた。

「いっくぞお」

 真奥は「?」ブロック恐れず向かった。そして、その「?」ブロックの敷き詰められたラインの一歩手前で、ハンドルを切る。クッパの車体は、華麗に「?」ブロックの間をすり抜けていく。

「よっし」

 ふうと緊張を解いて、息を吐く真奥。反面、鈴乃は青ざめていた。ここで離されれば、もはや逆転は難しいかもしれない。少なくともあの「?」ブロックのラインを無傷で通過しなければならないだろう。

 悲壮な決意で鈴乃はアクセルを踏む。それでも真奥はさらに前を行くのだから、鈴乃の心は焦りでいっぱいである。

「あっ」

 鈴乃は「?」ブロックの前で、ハンドルを切りそこなった。そのままマリオは、「?」ブロックに突っ込んだ。

「くっ」

 鈴乃は目を閉じる。彼女の頭の中には、クラッシュしたマリオの姿が浮かんでいた。だが、次に目を開けた時、彼女は不思議な光景を見た。

 マリオは健在だった。ぶつかった衝撃もペナルティーのようなものもなく、軽快なエンジン音を出しながら疾走している。しかし、画面には一つだけ変化が訪れていた。

「なんだ、これは」

 画面上のアイコンが点滅、いやシャッフルされていた。鈴乃は良くわからなかったが、とりあえずハンドルの真ん中を押す。すると、シャッフルされていた反応がとまって、ひとつの絵が表示された。

 トゲのついた「青い亀の甲羅」。それが鈴乃の画面に出てくる。

「なんだ、これは」

 もう一度同じことを言ってから、なんとなく鈴乃はハンドルのスイッチを押した。

 

一方の真奥はマリオこと鈴乃のはるか先を走っていた。初めてやったゲームであるとはいえ、高い知能を誇る真奥である。そろそろ運転にも慣れ、ぐんぐんと鈴乃を引き離している。

(とりあえずは一勝できるな)

 真奥は鈴乃との距離を測りつつ、心の中でそう思った。ここから負けることは考えにくい。自分は操作に慣れてきたし、現在の距離は圧倒的にクッパに優勢である。

(さすが、クッパだぜ)

 さっき知ったキャラクターに知ったようなことを思う真奥。だが、職業的に一緒なためだろうか、彼らの相性は抜群だった。それは今の真奥の走りを見ていれば、一目瞭然だった。

「ま、真奥」

「ん、なんだ。鈴乃? 今度こそ、降参か」

 さっきのことで学習した真奥は、流し目で鈴乃を見た。体ごと彼女を見るようなことをすれば、またコースアウトしかねない。今の彼には油断はなかった。だが、真奥が鈴乃を見ると、彼女は憐れむような目で真奥を見ていた。

「なっ、なんだよ」

「い、や。その。なんだ……。私もよくわからないのだが……。真奥の方にだな……その」

「はあ?」

 真奥は困惑した。彼には鈴乃がなにを言っているのかさっぱり理解できない。それなのに、鈴乃は彼を気遣うような、申し訳ないようなそんな表情をしている。

「なんなんだよ……。まあ、でも今度こそ負けねえぜ! だってあの、コーナーを曲がれば、半周差くらいつくしな」

 真奥の言った通り、彼の走るコースの先は大きく湾曲していた。そこを曲がれば、一週走り終えることになる。マリオははるか後方なので、余裕がかなりある。だが、鈴乃はないかを心配するように。

「そうだな……」

 と憂い顔で言うだけだった。

「……?」

 真奥は鈴乃が何を言おうとしているのかは分からなかったが、気にせずハンドルを切った。モニターの中の、クッパが半身になってドリフト走行をしながら華麗にコーナーを曲がっていく。

 そのクッパのどてっ腹に「青い亀の甲羅」が直撃した。いきなりのことにクッパの車体が浮いた。クッパのカートは中に浮いたまま、彼を載せてコース外へ飛びだした。完全に位置が悪かったとしか言いようがない。

「ふぁ!?」

 なにがおこったかわからずに奇声を上げる真奥、目を背ける鈴乃。きりもみ回転をしながら、マグマに落ちていくクッパ。もう助かりそうにない。

「クッパああア?」

 悲痛な声を上げる真奥が「?」ブロックがアイテムボックスだと知るのは、数分後の話である。ちなみに「青い甲羅」は追尾機能を持った高性能な攻撃アイテムである。

 

結局、最初の勝利は真奥の物だった。元々、差が開いていたこともあるが、走っている真奥に甲羅をぶち当てた鈴乃が、気を抜いた為でもある。

「な、なんだ。真奥……」

 真奥はじとっとした目で、鈴乃を見ている。鈴乃は汗をかきながら、真奥から目線をそらした。彼女は「なんだ」などと言ってはいるが、なぜ真奥が非難がましい目を自分に向けているのかはよくわかっている。なんといっても。崖から突き落としたようなことをしたのだから。

 真奥は恨みを込めた目のまま、鈴乃に言った。

「……ひきょうもの……」

「だ、誰が卑怯者だ! それに、あの勝負は貴様が勝ったのだからもういいだろう」

 そもそも、あのアイテムはゲーム機能の一つなので、鈴乃は別段卑怯なことをしているわけではない。だが真奥としては、最高のタイミングでマグマに落とされたのだから、どうしても顔と言葉に出てしまう。

 真奥は、しかたなく顔を上げると鈴乃に言う。

「まあそのとおり、これで俺の一勝だからな」

「ぐっ」

 鈴乃はさっき自分で言ったことを、真奥に言われて焦りを覚えた。自分で言うのと、他人に言われるのはどうしてここまで、違うのだろうか。

(たしかに、このままでは私は……真奥に……)

 鈴乃の頭のなかで、真奥と鈴乃が向かい合うイメージが浮かびあがった。なぜか真奥は腰を曲げて、鈴乃の顔の前に額を持ってくる。そして、想像上の彼は言った。

 ――いいぜ、鈴乃。

「何がいいんだっ!」

「おわっ?」

 真っ赤になって、なにか叫ぶ鈴乃に真奥は驚いた。さすがの彼も、まさか自分が鈴乃のイメージ内で彼女を口説いているとは思うまい。だから彼は恐る恐る聞いた。

「いきなりなんだよ。いったい何が、いいんだ? 鈴乃」

「…………」

 真奥が鈴乃の前に来て、彼女の顔を覗き込む。まさに鈴乃のイメージどおりと言ってよい。だが、鈴乃はそんなことをされてはたまらなかった。

「は、はなれろ」

 頬を染めて、真奥から離れる鈴乃。彼女はすぐさまそっぽを向いて真奥から、顔を見られないようにする。真奥はなにがなんだか、わからず頭を掻いた。

「本当にどうしたんだよ……」

(い、言えるものか。わ、私が……真奥の、いや貞夫の……)

 おもいっきり、首を左右に振る鈴乃。頭の中で勝手に下の名前がでてきたことが、恥ずかしい。彼女はスカートの裾を握って、はあはあと荒い息を整える。これで、平静を取り戻せるはずだった。

(気の迷いだっ。気の迷いだっ。そもそも、貞夫は偽名じゃないか! )

 頭の中でぶつぶつと言い訳をする鈴乃。彼女の思うとおり「真奥貞夫」は魔王サタンの偽名なのだが、どうしても「貞夫」と思うたびに、心が小さく反応することを止めることができない。彼女は目を閉じて、呼吸だけに集中する。

(平静に、平静に)

 暗い闇の世界で呼吸を心臓の音に合わせる、鈴乃。それで、かなり落ち着いてきた。彼女はふうと息を吐いてからゆっくりと目を開ける。

「熱でもあんのか?」

 目の前に真奥の顔。沸騰する鈴乃の顔。しかも、悪いことに真奥は鈴乃の「イメージ」の通りに腰を曲げて、彼女に背丈を合わせている。だから、真奥の紅い目が鈴乃を覗き込んでいた。

「ま、真奥お」

「おわっ」

 鈴乃は沸き立つ衝動を抑えるために、というよりも自分と真奥を誤魔化す為に、彼の胸倉をつかんで引き寄せた。そんなことをするから、さらに,真奥と鈴乃の顔が近くなる。鈴乃の顔からほんの目と鼻の先に、真奥の顔があった。

(まままあああ、真奥アが目の前に)

「は、はやく次の勝負に行くぞっ! は、はやくしろお」

「お、おう」

 自分でやったことで、さらに赤くなった鈴乃は真奥の腕を掴んで、引きづるように歩いていく。

 

 マリオカートを選んだのは真奥だった。そのため次に、ゲームを選ぶのはなんとなく鈴乃の役割になる。別段取り決めをしたわけではないので暗黙の了解ではあった。

 鈴乃は真奥を後ろに引きつれて、ゲームセンター内をぐるぐるとまわり、とあるゲームの前でとまった。そのゲームの筺体は正面に大きなモニターが付いており、なぜか足元には「←↑→↓」と十字の方向が刻まれたものである。左右には大きなスピーカーが付いている。

その名はダンス・ダンスレボリューション。通称DDRとは一世を風靡したダンスゲームの名前である。

二十世紀末。いわばゲームセンターの熱気が最高潮に高まった時代である。今のようにネットゲームなどが発達しておらず、プレイステーションやセガサターンなどが活躍した時代だが、当時のゲーマー達はそんな家庭用ハードに満足せず、ゲームセンターで熱い戦いを繰り広げていた。

 そんな中で一線を隠したゲームがある。それこそがDDRである。

 DDRはゲーム筺体に張り付いてからかちゃかちゃとレバーを動かすのではなく、ステージと言われる台の上で十字の矢印を踏み鳴らすことによって、本当にダンスをするように動くゲームである。

 本当のようにと言ったが、それは誤解があるだろう。当時の人々は間違いなく「ダンス」を楽しんでいた。ゲーム自体はいわゆる「音ゲー」として、画面に表示される十時のマーク通りにステージ上で踊るだけである。だが、コアなファンはそれだけでは飽き足らずにあらゆるパフォーマンスを付け加えた。

 軽快なステップを織り交ぜ、体全体での表現。中には若い女性がくるりと回って、スカートの裾を揺らす。そんな若者達の情熱が人を引き寄せた。

 ひとたびDDRで踊れば、人だかりができる。そして、ダンサーと観客が一体となって遊ぶ光景が全国で見られた。そのことがゲームセンターとは不良のたまり場と言う一般概念があったが、DDRの登場によってその敷居を叩き壊すことになる。

 そんなことを鈴乃は知らない。なんとなく体を動かすようなゲームな気がしたから選んだだけだ。

(も、もう負けられない)

 汗をにじませた手をぎゅっと掴んで鈴乃はDDRを睨みつける。その後ろで真奥は腕を組んで、DDRの筺体を見ていた。

「これにするのか? 鈴乃」

 真奥が聞くと、はっとした鈴乃が彼を振り返る。

「ああ、これで勝負だ。真奥。今度は、私が必ず、絶対勝つ」

「くくく、聖職者のくせに後ろから狙うやつには負けねえ」

「な、なにっ。ま、まだ根にもっているのか。魔王のくせに度量が浅いぞっ」

「……い、いいやがったな!」

 魔王と聖職者がしょうもない言いあらそいをしながら、ばちばちと火花を散らす。

 

 なにはともあれ練習である。とりあえず真奥はステージに上がった。お金を入れてあるので、前方のモニターを見ながらモード選択をする。

「ん? よくわかんねえからこれにするか」

 よくわかんない真奥はモードを「EXPERT」に設定する。さしもの魔界の王とて知らないことは知らない。その後ろで、鈴乃が睨むような目で見ている。二人対戦ができるので、二人でやればいいのだが鈴乃はまず見たかった。

 真奥は設定をなんとなく進めていく。音曲のこともほとんど知らないから、曲名が女々しいうんぬんと書かれたものにした。ちなみにDDRはそのダンスの出来不出来に対してEから最高のAAAまでのランク付けがされるしくみになっている。

「黄金爆発? なんのことだ」

 真奥は横文字で書かれたアーティストの名前を直訳しながら、設定を進める。そして、全ての設定が終わったらしく、画面が切り替わった。そして真奥はステージの真ん中に立って腕を組む。その顔にはどことなく余裕があった。

「おい見てろよ。鈴乃」

「…………」

 鈴乃は真奥の言葉にうんともすんとも言わず、じっと険しい表情で彼の足元を見ていた。

「おい、鈴乃? 鈴乃さん?」

「…………」

 真奥がなんと言おうと、鈴乃は口を開かない。変わらずじっと見ているだけである。真奥はしかたなく、ゲームに向き直った。

 (要するに、画面の通りに踊ればいいんだろ! 楽勝じゃねえか)

 いきなりスピーカーから音楽が鳴り始める。ゲームが始まった。

「よしっ。うおっ?!」

 画面をすさまじい勢いで矢印が通り過ぎていく。その矢印に合わせて真奥は踊らなければいけないのだが、まるで音の濁流のように速く、多い。真奥はあわてて、足を動かしてもモニターを見ている目とダンスを踊る足がついてこない。

「は、はええ、なにこれ、はええ」

 真奥は必死に足を動かしてくらいつこうと努力する、それでもモニターを流れる矢印は止まらない。真奥はそのほとんどを踏み外している。

「こ、このちく、おっ」

 素っ頓狂な声を出しながら踊る真奥。ダンスというよりもてんてこ舞いと言った方が似合いそうな踊りだった。だんだんとステージを力強く踏み鳴らすのだが、単にべた足のせいで無駄に力が入っているだけである。

「…………」

 鈴乃はそんな真奥の無様な様を笑うこともなくみている。じっとじいいと擬音が付きそうなほどであった。

「う、おおお」

 真奥が動く。音が流れる。矢印が流れる。三つそろってミスが成立するのだ。そしてDDRはそのミスによってモニターの端にある。ゲージが下がっていく。そのゲージが0になった時が終わりの時だった。

 

ゲージが0になって曲が止まった。真奥はステージにつけられたポールに寄りかかって、はあはあと荒い息を吐いた。そんな頑張りもむなしく、画面には最低ランクの「E」が表示されている。

全力でダンスをしたはずなのだが、全く歯が立たなかった。正直言えばどこかの勇者よりも攻略に手間取りそうである。

「はあ、はあ。す、鈴乃、のばんだ、ぞ」

 急激な動きで、一時的にがくがくと震える足のまま真奥はステージを降りた。そして鈴乃の方を見る。鈴乃は難しい表情をしながら、赤のポンチョを脱いで真奥に手渡した。やはり無言である。

「……鈴乃?」

 訝しげに聞く魔王を無視して鈴乃はステージに上がった。その背中から、青いオーラがわずかに出ている。それで真奥も気が付いた。

「せ、聖法気!」

 聖法気。それは魔族にとっての魔力と対をなす、人間の力である。その力はあらゆる術式を構築する元素として使われる。さらに空を飛ぶことや、時空を通るゲートを作ることも熟練者であれば可能だ。そして何よりも、身体能力の強化という根本的なベースアップをすることができた。

 鈴乃はゲームで、それを使う気だった。

「ほ、本気、過ぎるだろ」

 真奥は額に汗を流しながら、鈴乃を見ている。鈴乃はちょっと真奥の声が聞こえたらしく、びくっと肩を揺らしたがそれでも無言で、振り向かずにゲーム画面に触れた。今、振り返れば恥ずかしがっていることがわかるので、絶対に振り向くわけにはいかない。

 DDRは真奥が失敗したからと言ってもすぐにゲームオーバーになるわけではなかった。さすがに大衆向けのゲームだけあって、ワンコインで何度か遊べるのだ。勿論、ゲームオーバーも存在してはいるが二曲目以降のことだった。

 鈴乃は真奥の真似をして設定していく。難易度も、曲も全て同じである。マリオカートの時もそうだったが鈴乃はずっと真奥を見て真似をしている。だが今度が違った。

 設定をし終えた鈴乃がふうと深く息を吸い、吐く。それは集中している証し。

「あんまりむりすんなよー。鈴乃」

 真奥は経験しただけあって、鈴乃にそう言った。だが、鈴乃は無理をする気はないが、引く気は毛頭ない。ここで勝たなければ、真奥のおでこにキスする羽目になるのだ。

 (絶対、負けん)

 鈴乃は心の中で誓った時。スピーカーから音楽が流れ始めた。モニターにはいきなり、大量の矢印が流れてきた。真奥は驚きの声を上げる。さっきまで自分はこんなものをしていたのかという、客観にたった驚きである。

 しかし、真奥の驚きはすぐに意味を替えた。

 鈴乃の体が揺れる。足が、動く。たたっと軽快な音を鳴らしながら、ステージの上の矢印を踏む。モニターに表示される大量の「GOOD」の文字。

「おおっ!」

 真奥が感嘆の声を上げた時。鈴乃には世界がゆっくりと見えていた。聖法気による身体の強化と精神の集中が合わさって、彼女の動きはもはや素人のそれではない。

 スカートが揺れる。鈴乃は鍛えた武術の足さばきを駆使して、重心を移動させている。

 黒い髪が鮮やかに流れる。体全体で小さな体を無駄なく使う。

「すげえ!すげえ!」

 やんやと真奥が囃し立てるが鈴乃には全く聞こえていない。ただ目の前のモニターと、足さばきのみに鈴乃は集中していた。彼女は全く足元を見ていない。そのためにさっきまで真奥の動きと、ステージを見ていたのだ。

 ゲームの概要も、筺体の形も鈴乃の頭の中に入っている・

 鈴乃は腕を振る。DDRは先に説明したとおり、足を動かすゲームであるがその実、ダンスを行うために体の使い方が重要しされる。勿論、ポールに捕まってやるやりかたもあるが、鈴乃はその方法をとらない。

 ゆえに自然に鈴乃は踊っていた。足を動かすときの最適な体勢を、数々の鍛錬を乗り越えた体が選択する。ステージの上で、鈴乃は腰を振って踊る。

「おおおおおおおおおお!」

 真奥は大声で驚く。そんなことをするから、周りの人がなんだなんだと一人、二人と集まってきては、DDRの上で踊る小さな女の子に魅了されていく。

 人だかりができ始めた。子供やカップル、または、何故かこの平日のいい時間にスーツの青年など様々な人がDDRの筺体を囲んだ。まるでここだけが十年前に戻ったようだ。

 そんなことを知らない鈴乃は最後の数秒で動きを速めた、周りから歓声が上がるが気に留めない。正確に言うと聞こえていない。ちなみに歓声の中心は真奥である。こんな時だけ魔王としての求心力というカリスマ性を発揮するのだから性質が悪い。

 モニターの矢印が途絶えた。あと少しで踊りきる合図だ。鈴乃は最後の矢印をみて体を動かす。たっと鈴乃が飛んだ。そして、ステージの中心でぴたりと動きを止める。少し斜に構えた姿勢と、モニターを見る流し目。そして美しい黒髪。様になっていた。

 (ど、どうだ)

 鈴乃はわずかに息切れしつつ、モニターを見た。ここまでやれば真奥よりも上であることは間違いないのだが、踊ることに集中しすぎていて忘れていた。ついでにこれは勝負ではなく練習であることも完全に忘れている。

 

モニターが暗転して、ポイントが表示される。鈴乃にはその数値が何を意味するのかさっぱりと分からないが、どくどくと心臓の鳴る音が彼女には聞こえた。周りの観客も固唾をのんでモニターを見ている。

――AA

表示されるランク。それは、最高ランクの一つ手前の物。だが、真奥にたいする大金星。鈴乃は思わず、飛び上って、ぐっとガッツポーズする。火照ったからだが、解放感か高揚感でなのだろうか、とてつもなく心地よい。

(勝った。勝った!)

鈴乃は思わずにやけてしまった顔のまま、真奥を振り向いた。そこには悔しげな顔をしている彼がいるはずである。

「みたか、ま――」

 万雷の拍手。店中に鳴り響く、大勢の拍手が鈴乃を包んだ。鈴乃からしたらいつのまにやら、大勢の人々が自分を囲んでいるのだからわけがわからない。

鈴乃はなにが起こっているのかわからずに口をぽかんと空けたまま、ぎりぎりと首を動かして、真奥を見る。

「すげぇな鈴乃」

 真奥はキラキラした目で、全く悔しそうなそぶりを見せずに鈴乃に近づいた。真奥は鈴乃の手を取って、はしゃぐ。

――彼氏さんかな。

――仲好さそう。

 冷えてきた鈴乃の頭に、観客の声が聞こえる。あきらかに自分たちのことを言っている。違うと心の中で否定しても、誰にも聞こえない。それでも大衆の前で真奥は手を取ったまま、鈴乃に話している。

「鈴乃! あれ、教えてくれ」

「ま」

「は? ま?」

「ま」

 鈴乃は金魚のように口を開け閉めするしかない。だんだんと冷えたはずの頭に血がのぼってくることを彼女は感じていた。頬が赤くなり、目に涙がたまる。

「あほう!!」

 「真奥」と「阿呆」が合体した言葉を叫んだ鈴乃は真奥の手を引いて、人ごみの中に飛び込んだ。パフォーマンスなどではない、鈴乃は単にこの場から逃げようとしているのだ。しかし観客はそうはとらずに「すごかった」やら「かわいかった」などと囃し立てながら、二人を通すための道を作った。鈴乃と真奥の為の道である。

「う、ああああああああ」

 変な声をあげながら鈴乃はその道を通って逃げさった。

 

 

「貴様、ど、どういうつもりだ。あれは」

 真奥の胸倉をつかんで、ぎろりと鈴乃は睨んだ。ただし目は涙がうっすらと浮かんでいるので、あまり迫力はない。

「な、なんのはなしだ」

 苦しげに真奥は唸る。彼からすれば今何故怒られているのかさっぱりと検討が付かない。しかし聖法気によって腕力を強化している鈴乃に締められているのだから、たまったものではない。

「……れ、練習だったけどさっきのは鈴乃の勝ちでいいだろっ。て、手を、ぐるじい」

「…………」

 鈴乃は黙ったまま手を放した。だが、ふんとそっぽを向いて不満をあらわにする。真奥は乱れた襟を直しつつ、鈴乃に言った。

「ま、まあいいじゃねえか。みんな楽しんでいたし」

 みんな。それが問題なのだ。どこの誰かもわからない大勢の人々の中で鈴乃は踊ったのだ。真奥の魔王としての求心力というべき「サクラっぷり」がその元凶なのだが、彼は気が付いていない。ついでに鈴乃は彼が意図的に集めたのではないかと思っている。

 それに鈴乃としては真奥が悔しそうにしていないことも不満だった。

「二勝」

「あん? 鈴乃」

「さっきのは二勝分だと言っている!」

「そ、それはないだろ! 逆転されちまうじゃねえか」

「うるさい! も、もとはと言えば貴様が、あの、あのみんなの目の前で」

 手とか繋ぐから。と言いかけた鈴乃はあわてて、真奥の後ろを指さした。

「つ、次はあれだ」

「……なんだよいきなり。次は俺の番じゃないのか?」

「いいいだろう! 別に」

「お、横暴だ」

 鈴乃は照れ隠しもありつつ、怒っていることもあり、さらに喜んでいることもあるという、何とも複雑な心境である。真奥はしかたなく肩をすくめて、後ろを見る。

 UFOキャッチャーのコーナーが合った。巨大な筺体がいくつも並んでいる。

さすがに鈴乃も真奥もそれは知っていた。

「あれ、勝負できるのか?」

「……先に、景品を取ったら勝ちだ」

 自分で言っていてなんだか変な気持ちになってきた鈴乃。少なくともUFOキャッチャーに対戦モードはない。

 

「むう」

 幾度目かの挑戦に失敗した鈴乃は唸る。なんどやっても景品が取れない。ちなみに比較的簡単に取れる、小さなUFOキャッチャーは真奥も鈴乃もしていない。

「これは、弱すぎるのではないか」

 鈴乃はアームと呼ばれる、UFOについた景品を取る場所をじとっとした目で見た。うまくアームを景品に対してひっかけてから、引き上げるのがこのゲームの趣旨なのだが、どううまくひっかけていてもアームが景品を取りこぼしてしまう。

「鈴乃」

「む。真奥……」

 真奥は今鈴乃がプレイしていたのとは違うUFOキャッチャーをしていたのだ。もしも彼が景品を持っていれば、それだけで鈴乃は負けになる。

 だが、真奥の手には赤いポンチョだけが握られていた。真奥は首を横に振ってから、そのパンチョを鈴乃に返す。

「だめだ。どうやっても取れそうにねえ」

「……これだけやっても、か」

 さっきから真奥と鈴乃は述べ十プレイはしているはずだった。しかし、どこをやってもなかなか景品は手に入らない。鈴乃は釈然としないものを感じたが、引き分けを考えた。

「真奥、とりあえずはこの勝負」

「おおっ。あれ恵美の好きな奴じゃねえか?」

「恵美殿の?」

 真奥はとある筺体を指さして言った。鈴乃は彼の見ている方向に目を向ける。

 すぐ近くにあったそのUFOキャッチャーの筺体の中には、大量クマのぬいぐるみが入っていた。そのクマ達は目元が垂れていて、だるそうな顔を一様にしている。

「ああ、確か恵美殿が集めていた……りらっくすぐま、と言ったな」

「いつみても変な趣味だな、あいつ」

 恵美とは今朝あった遊佐恵美のことである。UFOキャッチャ―内のクマことリラックス熊は、世間では上々の人気を博しており、勇者のくせに可愛いものを好きな遊佐恵美もそのファンだった。ただし、真奥が苦い顔をして、鈴乃が眉をひそめていることからわかる通り、敵にも味方にも理解されてはいない。

「まあ、これで最後にすっか。とれたらあいつにやろう」

 そう言いながら真奥は、筺体に近寄ってお金を入れた。鈴乃はその様子に知らず、むっとする。なぜかは分からない。

「あれ、このなかに入ってんのは恵美だけじゃねえな」

 リラックス熊こと遊佐恵美のような言い方をする真奥。彼はガラスケースに張ってある、景品紹介のシールをみて言う。

「えっと、く、クマき――なんだこれ」

 そのシールには青いシャツを着た涎を垂らしているクマのぬいぐるみが載ってあった。よくよく見ればガラスケース内にもいくつかある。その造形たるや面妖であり、鈴乃はぞわっとしたものを覚えた。

「ま、まおう。あれはとるな」

「えっ? でも、とれば勝ちなんだ」

「ダメだ! と、とにかくあれはだめだ」

 真奥は少し考えたが、まあいいかと承諾した。真奥が手前のコンソールを動かすと、中であUFOが動く。鈴乃はそんな彼の背中を見ていた。ふと、鈴乃は小声で言う。

「…………さだお」

「あん? なんかよんだか」

「よ、呼んでいない!」

「でも今、さだ――」

「呼んでいないと言っているだろうが!」

「お、おこんなよ」

 鈴乃は焦って取り乱したことで、また後ろを向いた。彼女はふうと息を吐きつつ、ポンチョを羽織る。

(魔王が買ってくれた服をきている……冗談のような、話だな)

鈴乃はポンチョの裾を握りつつ、そう思った。数か月前ならば、絶対にありえなかっただろう。そもそも、真奥と自分が敵対する関係にあることは、特に変わっているわけではないのだ。

鈴乃は少しだけ頭を振った。それで真奥から目線が反れる。彼女はこれ以上、無言のまま真奥を見ていたくはなかったのだ。それは、自覚してしまいそうで恐ろしかった。

「おい、ケン、カツジ。はやくこいよー」

 鈴乃の目の前を子供たちが走っていく。もう学校は終わったのだろうかと鈴乃は思い、かわいらしい子供たちの様子にふっと笑う。

(本来ならば、勝負するのではなく、あの純粋な子供たちのようにするのがいいかもしれないな)

鈴乃はそう思うと、きゅっと胸を締め付けられるような痛みに襲われた。また、彼女は首を振って思いを振り払う。彼女の思考「子供たちのようにする」というのは「誰と」と言う言葉がない。今更かもしれないが、この状況は仕方がないものなのだと、一応でもしておかなければならない。

「うおっ」

 真奥が叫んだ。鈴乃ははっとして彼を見る。

「どうしたんだ真奥」

「いや、あ、あれ」

「?」

 真奥が指を刺す。その先にはガラスケースの中。アームの先である。

 涎を垂らしたクマのぬいぐるみが引っ掛かっていた。鈴乃が絶対にとるなと念を押したものである。そのぬいぐるみは自らアームにへばりついた形で、ゆっくりと真奥達の元へ向かってくる。

「まま真奥! 貴様、あれはとるなと言っただろう!」

「いや、そんなこといっても……あれ、俺はいらねえ」

「わ、私だっていらないからな!」

 慌てふためく二人。そんな様子を勘違いしたのか、店員がよってきた。

「お客様。宜しければ取りやすいところに景品を置きましょうか」

 完全に勘違いしている店員。取れていることが二人を慌てさせているのだから、余計なお世話である。しかし、このことで真奥は悪魔のひらめきを得た。彼は途端に営業スマイルを作って、店員に向かう。

「実は、あの商品をあげます」

「えっ、あの実は?」

 わざと分かりにくい日本語を言いつつ真奥は、鈴乃を連れて逃げ出した。とにかく逃げることの多い日である。

 




お疲れ様です。
明日発売ですね。新刊。

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