鎌月鈴乃さんに変な属性をつけた話。(はたらく魔王様)   作:ほりぃー

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エピローグ

「ほら、真奥。弁当だ」

「さんきゅ、助かるぜ」

 仏頂面の鈴乃が朗らかに笑う真奥へ風呂敷に包まれた弁当を手渡す。彼女の格好はいつも通り、抑え目の色をした和服。髪型はサイドテールだった。

ここは魔王城ことヴィラ・ローザ笹塚201号室。悪魔の根城としては少々手狭すぎるきらいはあるが、日当たりのよい部屋ではあるのだが、その反面夏は地獄と化す。そんな場所である。

 あのデートから二日。この三人の悪魔達は、数日の間だけ鎌月鈴乃に朝食の用意を一任していた。おしつけたわけではなく、鈴乃が自らそれを言い出したのだ。ここ数日迷惑をかけてしまったことに責任を感じているのだろう。というのが漆原と芦屋の出した結論だったのだ。

 つまるところ、帰ってきてからの二人には何ら変わったところがなかった。それで漆原は不満げな表情をし、芦屋はほっと胸をなでおろした。彼とて、多少は懸念があったのだろう。

「ねえー。芦屋」

「うるさい漆原、黙っていろ」

 漆原は鈴乃と真奥を見て言う。だが、それを遮ったのはこの悪魔上の「会計上の王」と言ってよい芦屋四郎だった。ただ、黙れと言った彼も二人の様子を観察するように見ている。

「デートってすればさー、なーんかあるもんじゃないのー?」

 蒸し返すように言う漆原だが、すぐにつまらなさそうに畳に転がった。芦屋は、そんな彼を睨みつけてから言う。

「あるわけがなかろう。貴様は千年程度生きていて、その程度もわからないのか? 最近のゲームに毒され過ぎだ。一時間だけにしろ」

「いや、どちらかというと芦屋の方が毒されてない? その発言、主に人間に」

 漆原の口応えに、芦屋が反論しようとした時。真奥が掛け声をかけた。

「いってくるぞー、芦屋、漆原」

「いってらー」

「はっ。今日も一日よろしくお願いいたします。真奥様」

 漆原と芦屋はそれぞれ個性のある返答をしつつ、玄関から出て行く彼を見送った。

 鈴乃はもっと近くで真奥の出て行くのを見た後に、ぎゅっと手を握った。それからひょっこりと玄関から顔を出す。足には何も履いてはいないので玄関から足を延ばして外へ顔を出している。

「真奥、その弁当なのだが」

 鈴乃は真奥に向けて言う。彼は今からアパートの階段を降りようとしていたところに声をかけられて、彼女の方を向きながらゆっくりと足を滑らせて、そのまま階段から転げ落ちていく。すさまじい音をたてながら真奥は鈴乃を視界から消えた。

「……はっ!」

 鈴乃は目の前で起こった珍奇な光景に一瞬我を忘れた。だが、すぐに正気に返るとあわてて駆け出した。履物を気にしている余裕はない。彼女は階段の前に行くと、階段の下で仰向けに倒れている真奥の姿があった。

「真奥っ!」

 かんかんと錆びついた階段を鳴らしながら鈴乃は階段を下りる。後ろでは騒ぎを聞いた芦屋が来ており、何かを言っているような気が彼女にはしたが聞き取れなかった。もちろんそこには漆原の姿はない。

「いてて」

 鈴乃が近付く前にむくりと真奥が起き上った。彼は手で鈴乃に平気だと示す。鈴乃はその姿をみてほっとした。しかし、次に彼の言った言葉に少しだけむっとすることになる。 

 真奥は言う。

「あー大丈夫、無傷みたいだしな」

 半身だけ振り返り真奥は鈴乃にそう言った。鈴乃はあきれるように彼を見る、肘を擦り剥き血が滲んでいる。あれだけ豪快に落ちたのだから、もしかするとどこか打撲をしているかもしれない。

「ど、どこが無傷だ」

 真奥のことに怒る鈴乃。彼女は真奥に駆け寄って、膝を落とす。見ると真奥の胸元には風呂敷が抱かれていた。その中には弁当が入っているはずだ。

「いや、だからこれが無傷だって」

「…………」

 最初から真奥は自分のことを言ってなどいない。それは鈴乃が勝手に思ったことだ。だから彼女は彼に言うべきことが見つからなくなってしまった。

「真奥様大丈夫ですか」

 遅ればせながら芦屋が下りてきた。真奥は「平気、平気」と彼にも手を振って見せる。

「全く、魔界の王たるものがこんなところで躓いていてどうするというのですか」

 比喩表現ではなく本当に躓いたのだから、これは笑い話なのだろうか。少なくとも真奥は軽く笑って部下に謝った。鈴乃はにこりともせずに、顔を俯かせる。その頬が少しだけ赤い。

「とりあえず行ってくっか。悪かったなお前ら。あっ鈴乃」

「……なんだ」

 真奥が立ち上がったのに合わせて鈴乃も立つ。少しだけ目線が下がっているのは、彼の目を今見るのは恥ずかしいからだった。

「いや、呼んだのはお前だろ。弁当がなんだって」

「ああ、そのことか。それはもう別にかまわない。あまり揺らすと偏ると言いたかっただけだ。揺らしすぎているから、もう関係はないだろう」

「ぐへえ」

 聞かない方が良かったとばかりに真奥は顔を歪める。そんな彼を鈴乃は小さく笑ってから、見る。

 黒い髪に赤い眼。悪魔には見えない好青年。

「ああ、あと言っておくことがある」

 鈴乃はさりげなく芦屋に背を向ける。真奥だけに顔を見せるように。

 真奥は鈴乃の顔を見る。まっすぐに彼女は彼を見ていた。

「 」

 鈴乃の口元が動く。だが声は出さない。

「 」

 もう一度。

「 」

 そして最後にも一回だけ。

「 」

 鈴乃は言い終わった顔をして「?」マークを浮かべている真奥の手で押した。

「そろそろいかなければいけないのではないか?」

「あっそうだ。やばい、芦屋。今何時だ」

「私が部屋を出てきたのが7時20分だったかと」

「うおお。8時までにいかないかんのに」

 真奥はそれだけ言うと弁当を持ったまま、駐輪場に走っていく。それから彼がデュラハン号と名付けている自転車にまたがって、アパートの入り口から出て行った。

 鈴乃はその後ろ姿に小さく手を振る。それは芦屋に見えないようにだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真奥はバイトへ働きに、芦屋はスーパーに買い出しに。そして漆原は部屋でぐうたらする。

「まるで、昔話の様だと思ったが貴様だけは蛇足だな」

「へあ?」

 漆原は何かの雑誌をごろ寝しながら読み、どこに隠していたのかポッキーを口に咥えたまま鈴乃に目を向けた。すでに日は中天にかかろうとしているというのにこの男はなにも変わってはいなかった。

 鈴乃が受け持ったのは朝食だけだったから、別に今の時間に真奥の部屋のいる必要はなかった。だが、今日だけは昼食も用意してやろうと彼女は思ったのだ。

 ある意味ではここ数日の元凶となり、全ての因果を作った男である漆原半蔵に鈴乃は多少だけ、感謝していた。とは言っても彼は何一つ「いいこと」をしているわけではないのであくまで今日だけ昼食を作ってやろうと思っただけだ。

 そのことを「感謝」の言葉を使わずに、「昼食をつくってやる」とだけ彼に伝えると彼はこういった。

「あっそうなんだーさんきゅー」

 鈴乃はそれで少しだけ自分を抑えなければならなくなった。しかし、いつものことだと気を取り直して、エプロンをつけて台所に向かう鈴乃。

 とりあえずはまな板を水で洗い、その後に包丁を洗う。そうしながら彼女は思った。

 (そういえば、私がルシフェルに怒ってしまったのが事の発端だったな……)

 鈴乃は少しだけ口元を綻ばせる。彼女はこの煩わしい男は意外なことを引き起こすのだなと思う。

 (どちらにしろ、私も修行が足りないな……ルシフェルはまだ子供と変わらないのだ。多少のことは聞きながさければ)

 そう鈴乃は思うのだが、ルシフェルはすでに千三百年ほど生きている。いつになったら彼は周りから大人と認識してもらえるのだろうか。

 そんな千三百歳児が鈴乃に向かって口を開いた。寝そべったまま。

「ねえーべる。ベルってさ、時代劇とかすきじゃん」

「む、まあ。多少は見ているが」

「あれでさー。暇つぶしにネットで見たんだよねー。そこで疑問がでてきてさー」

 雑誌を読みながらしゃべっている漆原の声は間延びしていて聞きづらいが、鈴乃は台所で調理器具を洗いながら聞く。少しくらい聞き逃してもどうでもいい話題と思っていた。話の内容を彼女はしらないが、しゃべっているのは漆原である。

「でさーベル。日本の江戸時代って大人になるのがはやいじゃん」

「ああ、それは元服と言って男児ならば大体一五歳程度で大人と認められる。昔は栄養が悪いからな、世代交代が早かったのだろう」

「エンテ・イスラも同じ感じでしょ? でさー」

 鈴乃はぞくりとした、今すぐにでもこの話題を切り上げないと大変なことになると思ったのだ。それでも彼女は直感を信じることなく、漆原の話を聞く。

「日本の江戸時代は女性も十代には結婚してたらしいんだよねー。んで、エンテ・イスラと江戸時代って同じぐらいでしょ」

「なにが、いいたい」

 手が止まる。鈴乃は漆原に見えないように真顔になる。だが、空気を読めない男がそんなこと、彼に見えていたとしても気にするはずはない。

「ベルって二十代でしょ、もしかして」

 びきびきと鈴乃は腕に力が入る。

「いきおくれ?」

 ばきっとまな板があり得ない音をたてた。

 一つの話が終わっても、時間は進んでいく。綺麗なスタートはあまり望めそうにはない。

 

                  了

 




これにてこの話はおしまいです。最後までお付き合いいただきまして誠にありがとうございました。


鎌月さんは4か月程度の連載になり、正直いえば元々はラブコメではなかったですし、この話が生まれた理由もそもそもが本当にひょんなことから生まれたものです。それでも長期(あまり長くはないかもしれませんね) 連載をすることができて楽しかったです。

今考えるとああすればよかったな、というのはこの話にはあまりなかったのでなかなか未熟なりには書くことができたのではないでしょうか。

重ねてにはなりますが、最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。

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