鎌月鈴乃さんに変な属性をつけた話。(はたらく魔王様)   作:ほりぃー

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属性10 卑怯者 後篇

 二戦目である。

 画面にはベガとダルシムが雌雄を決するべく、互いに睨み合っている。

 ストリートファイターⅡの対戦モードは通常、二本先取の勝負である。つまり無様に倒れた真奥ことベガもまだ負けているわけではないのだ。しかし、悪の秘密結社の首領がたかがヨガの達人に手も足も出ずに負けた事実は変わらない。

「…………」

 真奥は集中していた。ここで負けるわけにはいかないのだ。罰ゲームうんぬんよりも魔王として負けるわけにはいかない。というか、自分が使っているベガのメンツにかけて負けるわけにはいかなかった。

 一方の鈴乃は内心ほっとしていた。どうやら罰ゲームを自分で行うことはなさそうであるとさっきの勝負の結果が彼女に思わせているのだ。少なくとも、今から新しく勝負をしようともダルシムの攻撃に真奥が対応できるとは思えない。

(真奥には悪いが……速戦で叩く!)

鈴乃はそう思うのだが、彼女も真奥と同じ素人である。速戦と言うのは以下に早くボタンを押してパンチやらキックを繰り出すかというものだ。したがってどれだけ速くがちゃがちゃできるかである。さっきの闘いでコツを掴んだと彼女は思っているが、かなり勘違いしている。

 ベガが動いた。赤い巨漢が素早く突進する。すかさず鈴乃のダルシムが伸びる腕で攻撃する。ベガの顔にダルシムのパンチがクリーンヒットする。

ダルシムよりも数歩離れた場所でのけぞるベガ。彼の顔がどことなく、悲壮感を増した。もしもゲームキャラクターに自我があるのならば、彼は自身の醜態が信じられまい。

それでも体勢を立て直したベガは再度の突進をする。そしてダルシムの攻撃にのけぞる。

まるでさっきの焼き直しの様な光景が繰り広げられていた。

(真奥……なんのつもりだ)

 鈴乃は真奥が無策でベガに突進させるのに違和感を抱いた。しかし、迎撃しない訳にはいかない。鈴乃は近づいてくるベガに対して、先ほどと同じようにパンチを繰り出してのけぞらせた。

 そう、同じようにである。

 画面のダルシムが一歩前に出る。ベガは再度突進する。すでにベガの体力のゲージは半分を切っている。翻ってダルシムの体力は満タンだった。優勢なのはどちらなのかは明白である。だが優勢であるから勝利できるとは限らない。

 再度ベガが突進した。鈴乃は完璧にタイミングを掴んでいる。

「もらった。とどめだ」

 鈴乃がボタンを押す。ダルシムの手がベガに迫る。これで勝負は決まったかに思われた。だが、そのくらいで終わるものはない。

 ベガが飛んだ。なんとジャンプしたのである。ダルシムのパンチはベガの足元を通過して、戻っていく。

「甘いぜっ、鈴乃」

「な、なに」

 筺体の向こう側から聞こえてくる真奥の声。鈴乃はあわてて再度の攻撃を敢行した。しかし、ベガはすでに間合いを詰めている。鈴乃がボタンを押そうとする。

 ベガの拳がダルシムにつきささった。強パンチをもろに喰らい、ダルシムはたたらを踏む。鈴乃はあわてた、この状況になるのは初めてだ。今日初めてストリートファイターⅡをやったのだから当たり前ではあるのだけれど。

「うおおお」

 真奥が叫ぶ。鈴乃の向こうの側でボタンを連打する。必殺技とかコンボとか難しいといいうよりも知らない。それでもベガの拳が脚がインドの怪僧に突き刺さる。そのたびにゲージが減った。

「う、ああ」

 鈴乃はとにかくボタンを押しているのだが、ダルシムの弱点はインファイトには長い手足が邪魔となり、向かないことである。たまらず後退した。

「逃がすかっ」

 ベガが迫る。ここでやらなければベガのメンツがまずいことになる。実際ジャンプしてからの強と弱パンチ連打をしているだけなので、別にすごいことなど一切していない。それでも真奥はある必殺技を閃いた。

「後ろが……」

 ダルシムがステージの一番後ろに追い込まれてしまった。逃げ場のない空間でベガと戦わなければならない。ダルシムは必死に応戦するがどんなに足掻いてもインファイトでは不利である。しかも後ろには下がることができない。

 これぞ伝統の技「壁ハメ」である。遊びの対戦で使うと間違いなく嫌われる技であり、全盛期には大人が喧嘩する要因の一つになった。勿論真奥も鈴乃もそんなことを知ることはないし、これは真剣勝負である。

 ダルシムの顔に拳が突き刺さる。ふわりと彼の体が浮いて、地面にどさりと落ちた。

 ――KO

「ま、負けた」

 鈴乃は呆然としていた。何が何だかわからないうちに体力を削られて負けてしまったのだから、それも仕方ないかもしれない。画面の中ではそれはもう嬉しそうにベガが喜んでいる。

「鈴乃」

 ふと、真奥の呼ぶ声がした。鈴乃は顔を出して彼の様子を伺う。

 真奥も顔を出して、ふふんと勝ち誇っている。鈴乃はそれを見てぐっと頭に血がのぼることを覚えた。たかが一戦敗北しただけなのだが、彼女は悔しくて仕方がない。ついでに真奥の態度が気にくわない。

「き、貴様、真奥。まだ勝負はついていないぞ、それなのになんだその顔は」

「くくく、もう鈴乃の闘い方は分かったからな」

「なんだと!」

「今ので我が盟友ベガの闘い方も分かった、もう負けることはないぜ」

 盟友。いつの間にかベガはそんな需要なポジションになっていた。悪の組織の首領として、悪魔の大将に魅入られるとは彼も本望ではないだろうか。

「……真奥、おまえ……」

 そんなこととは関係なしに、鈴乃としてはここで負けるのが本当にだめなのだ。真奥は罰ゲームのことを忘れているのか、気にしていないのかは彼女にはわからないが、おでこにキスをするなんてとんでもない。

 鈴乃は無言で勝負に戻った。実際のところ、ベガに懐に入られれば負ける。逆に言えばアウトレンジでの攻撃を的確に行えば近づかれることなく倒すことができる。

 自然と鈴乃の手に力が入った。負けるわけにはいかない。これに負けて行うことは、酒の力を借りたようなことではない。自分の意思で真奥にキスをしなければいけないという、そんなものなのだ。鈴乃はここ数日のことを思いだした。全てはあの日の喧嘩から始まった。

「全部あのにーとが悪い……」

 よくよく考えれば、全部漆原が悪い。こんな状況なのも、真奥と罰ゲームを争っているのも全てがあれのせいである。かといっても鈴乃は安易に漆原を憎むことができなかった。この状況が鈴乃にとって良くないことかというと、彼女にもわからない。

「とにかく、勝たなければ」

 鈴乃はそう気合を入れなおした。ここで負ければ恥ずかしい目にあわされるのだ。とりあえずそれは回避したい。それに真奥の勝ち誇った顔も癪に障る。

 

 画面に三戦目の文字が映った。正真正銘これが最後の決戦である。

 右にベガ、左にダルシム。お互い一勝一敗同士の闘いである。ゲームには引き分けもあるが、それはほとんど起こらないだろう。

 じりじりと両者が距離を狭める。ベガはダルシム間合いの一歩外。ダルシムはゆっくりと近づく。ダルシムは無駄に攻撃をしようものならば、間合いに入られる危険がある。そこを行くとこの勝負は常にベガの先手であった。

 ベガが動く。すかさずダルシムのパンチ。ベガはかろうじて後退して、躱す。互いにダメージはない。時間だけが過ぎていく。

 まるで剣豪同士の闘いの様だがそんなに二人の技量は高くない。単に素人同士で拮抗しているのだ。それでもぴりぴりとした緊張感がある。

 ベガが動いた。今度はダルシムの圏域に深く踏み込む。しかし安易に踏み込んだからだろう、素早くダルシムが迎撃のパンチを繰り出して、オープニングヒットを当てる。すこしだけベガの体力が減少した。

「よし」

 鈴乃は息が詰まりそうな戦いの中で先手を取り、ほっとする。それは緊張のゆるみだった。

 ベガはすぐさまダッシュを繰り出す。鈴乃はさっきのことで、ワンテンポ反応が遅れてしまった。ダルシムが攻撃するが、ベガにジャンプをされて躱される。「しまっ」と鈴乃が呻く前に、ベガはダルシムの前に降り立った。

 鈴乃がガチャガチャと操作する。制空圏を突破されたことでさっきの敗北が脳裏をかすめた。それで慌てたのだ。

 鈴乃の押したボタンに反応したダルシムがジャンプする。その足に、ベガのパンチがヒットした。

 吹き飛ぶダルシム。少し遠くに倒れて、すぐに起き上った。鈴乃は幸運と言っていいだろう、これでベガとダルシムは互いにワンヒットずつ、それに間合いはスタート時のままである。

鈴乃はそれでも油断しなかった。先ほどはオープニングヒットを当てて油断したせいで、危うくインファイトまでもつれそうになり、負けそうになったのだ。顔の見えない真奥はさっきから黙っているが、おそらく集中を切らしてはいないのだろう。

 鈴乃はダルシムに攻撃させる。ここで、弱パンチはそれなりにけん制効果があるのではないかと思ったのだ。その弱パンチが画面でベガに数発当たったのは、ベガの突進を数度阻止したことに他ならない。

 それでも決め手にはならなかった。ベガに間合いに入られれば負けである。いくら体力が残っていようと、鈴乃の技量ではどうしようもないからだ。

鈴乃はベガを牽制しつつ、額に玉の汗を浮かべた。本気の目である。

 ベガもダルシムも若干ダメージを負っているが、まだ互いに危険な領域にはない。そもそもこの勝負は体力よりも、間合いの計りあいであるといっても過言ではない。

「……」

 鈴乃は牽制をしながらも一歩近づいた。それが勝負の合図になる。

 ベガが突進する。全力でダルシムの方向へ向かってきた。ダルシムのキック。ベガはジャンプをしようとして間に合わない。そのまま後ろへ倒れる。

 ベガは立ち上がった、ここで勝負に来るのだろう鈴乃は直感する。ダルシムを一歩前に出す。これが勝負を受けたのだというサインのつもりだった。

 再度ベガの突進。ダルシムのパンチ。ベガにヒットして、ダメージを与える。だがすかさずベガはダルシムに向かって行く。彼には前進の二文字しかない。悪の首領として引くわけにはいかない。

 ダルシムは伸縮自在の足でキックを繰り出す。かろうじてベガはジャンプするが、先ほどのように鮮やかにダルシムに接敵できない。それは鈴乃の腕が戦いの中で進化していることを表している。

 ちなみに二人ともガードのやりかたを知らないので、基本的にノーガードである。うまくなっているとしても二人とも三戦目でしかない。

 ベガが飛んだ。ダルシムが迎撃の手段がなく後ろへ後退して、距離を稼ぐ。

「ぐ、しまった」

 鈴乃は唸った。ダルシムの後ろは壁である。先ほどのように追い込まれた状態で戦えば、まず間違いなく負ける鈴乃は冷や汗をかきつつボタンを押していく。ベガはそれにひるんだわけではないだろうが、中々突っ込んでは来ない。

 ベガはその場で拳を素振りする。ダルシムのように牽制ができるほどリーチは長くないので、あくまで動きによるフェイントだろう。だが、真奥も鈴乃も思いもよらぬことが起きた。

 ダルシムのパンチがベガの素振りに当たってはたき落されたのだ。ダルシムはそれで体勢を崩してしまう。このインド人の手には実のところ当たり判定があり、タイミングよく攻撃することができれば、それでダメージを与えることができた。

「いまだっ」

 真奥が叫ぶ。なんでダルシムがダメージを受けたのかなど、どうでもいい。今こそ間違いなく勝機である。全力で突進するベガを止めることはダルシムにはできない。

「あっ」

 鈴乃が叫んだ時にはもう遅かった。ダルシムの一歩手前にはベガがその凶悪な顔で立っていた。彼のダメージも大きく、あと数発も持たないほどゲージが減ってはいるが、その不敵な笑顔は嬉しそうである。

「いくぜ、鈴乃」

 鈴乃は真奥の声が遠くに聞こえた。このままでは負ける。だが起死回生の手はない。後ろは壁、現状は絶望的。ただ無意識にガチャ操作をする。

 ベガの手が引かれる。強パンチのタメを作っているのだ。

 ダルシムのお腹が膨れた。そしてベガのパンチの届く刹那、なんと火を吐いた。

「ヨガファイヤー」

 ダルシムの口から勢いよく日が噴き出る。これはダルシムの必殺技の一つ「ヨガファイヤー」である。ガチャ操作でてきとうに出したのは、鈴乃にとっても偶然の産物でしかない。

業火に包まれてベガが飛ぶ。体中を燃やしながらのグラフィックはなかなかに刺激的である。

「べ、べがああ」

 泣きそうな真奥の声が鈴乃には聞こえる。なんでいきなり自分のキャラクターが火を吐いたのかさっぱり訳が分からない。しかも明らかに、パンチやらキックを出した時よりも威力が上である。

「ひ、卑怯だぞ鈴乃。格闘技で魔術なんて使いやがって!」

 情けないことを言う真奥。

「し、しかたないだろう、わ、私だってわからないうちにでたんだ!」

 一応ベガにも「サイコパワー」という一種の超能力を使った技もあるが、今度の勝負ではボクシングよろしく「強パンチ」と「弱パンチ」しか使っていない。まさにクリーンファイトである。そのせいでダルシムが火を使ったことが、なおさら悪く見えた。

「く、くそおお、ベガ。すまねえ俺がふがいないばっかりに……お、おい」

 真奥が驚きの声を上げた。鈴乃ははっと画面を見ると、火を纏って倒れたはずのベガが起き上ろうとしているではないか。まだ彼の闘志は尽きていなかったのだ。

「が、がんばれベガ」

 応援する真奥。鈴乃もベガの雄姿に一瞬釘付けになってしまった。

 ベガはゆっくりと立ちあがると、瀕死の身でありながらも両手を上げてファイティングポーズを取った。その顔にはあの不敵な笑顔を張り付けている。こんな状況でもくじけない彼は、まさに悪の首領にふさわしい。

「うおおおお、さ、さすがだ、ベガっ!」

「…………うう」

 真奥も鈴乃もベガの行動に感嘆の声を上げた。それにこたえるかのように、ベガはその場でシャドーボクシングをする。おそらく真奥がボタンを押したのであろう。

「よし、勝負はこれからだ。行くぜベガ」

 真奥がベガに激励の言葉をかけると、そのままダルシムに突っ込んでいった。鈴乃はそれを倒すのが忍びない。パンチを繰り出せば倒せるのかもしれないが、それではだめな気がする。完全に心をシンクロさせている真奥とベガに心が負けていた

 だが、現実は非情である。

 ――タイムアップ

 画面にその文字が映し出された。

 

 結論から言うと鈴乃の勝ちである。ストリートファイターⅡに限らず、多くの格闘ゲームでは勝負ごとに制限時間が設定されている。それまでに決着がつかなかった場合。その時点で体力ゲージの残りが多い方が勝者となる。今回の場合はダルシムであった。

「ふう」

 鈴乃は釈然としない何かを感じながらも安堵の息を漏らした。これで真奥へキスをするなどと言う醜態をさらすことはなくなるのだ。

(少し残念な気も……するわけないだろう!)

鈴乃は自分で想ったことを即座に否定した。かといって、完全に否定されたかというと怪しいことこの上ないが、それでも彼女はストリートファイターの筺体から立ち上がった。

 (……まあ、真奥の悔しげな顔でも見よう)

 自分が先ほど思った不穏な思考を消すために、彼女は無理にそう思った。だが、さっきの勝負の途中で真奥は勝ち誇った顔を鈴乃に向けてきたのである。それはそれで、やり返したい気持ちがないわけではない。

「こほん」

 少しわざとらしく鈴乃は咳払いすると反対側の筺体へ目をやった。そこでは黒髪の青年が少し悔しげな顔をしている。鈴乃はそれで多少、溜飲を下げた。しかし、当の真奥は口をとがらせたまま何も言わない。

「おい、真奥?」

 鈴乃が訝しみながら彼に近寄る。

「……」

 真奥の紅い瞳がちらりと鈴乃を見た。それで鈴乃はぐっと身を強張らせてしまう。真奥の顔が少しだけ、凛々しく見える。そこにはふざけた様子はない。

「……?」

 鈴乃はなにか感じながらも首を傾げるしかなかった。椅子から立ち上がった真奥はそんな彼女に真正面から向き合う。じっと赤い目で見られると鈴乃は気恥ずかしさで目を逸らしそうになった。しかし、真奥の声に止まる。

「鈴乃」

「な、なんだ」

「多少は俺も恥ずかしいからな……さっさと終わらせておこうぜ……」

「は? なんの話だ」

「あれだよ。あれ。まあいいや、動くんじゃねえぞ」

 真奥は鈴乃の頭に手を載せた。鈴乃はがっと顔が熱くなる。思わずその手を払いのけた。

「な、なんのつもりだ! ひひとの頭に」

「いや、だから」

 怒る鈴乃に真奥がなにを言っているんだとばかりに言う。

「罰ゲームだろ、でこにキスが。髪をのけようとしただけだって」

「…………ア!」

 そこではたと鈴乃は気が付いた。今まで鈴乃は「自分がまければ真奥のおでこにキスをする罰ゲーム」ばかりを想定していたが、そもそもそんな約束など最初からしてはいない。この戦いの罰ゲームは「おでこにキス」だけである。勿論やるのは敗者、受けるのは勝者だ。

「あ、あああ。い、いや真奥、そ、それは」

「んだよ。今更言い訳なんてしねえよ。負けた責任はとるに決まってんだろ」

(そ、そこは言い訳をしろお)

鈴乃の心の叫びは真奥には届かない。彼は言う。

「だってよ。ここで勝敗をあいまいにしちまったら、ベガに悪いだろ」

 ベガのせいで真奥が言い訳をしないとなると、彼は悪の首領兼恋の使徒であるのだろうか。

「まっ、とにかく、早く終わらせて……」

「ま、まて真奥」

「なんだよ」

「そ、そのこんな人の多いところで、あの」

「ああ?」

 真奥はそう言われてみればとあたりを見回した。当たり前だがゲームセンターの中で、人通りは多い。確かにこの空気の中で罰ゲームをするのはいささか抵抗がないでもない。

「そうだな、ちょっと恥ずかしいかもな」

「だ、だろう。だから。な」

「ああ、場所を変えるか」

 (ち、違う。そうじゃない!)

 真奥から言い訳をしてくれたのなら鈴乃としても「あきらめがつく」のだ。鈴乃はどくどくとなる自分の心臓の音を聞きながらも、なんとか真奥へ言う。

「あ、あの真奥」

 すっと真奥が鈴乃の方向を向く。大きな赤い瞳。今朝から何度もみたその美しい目が、鈴乃の言葉を奪っていく。彼女は人形のように真奥を見て固まってしまった。

「何回もどうしたんだよ」

「……い、や。なんでも、ない」

 そう鈴乃は言ってしまった。言うべきことなどいくらでもあるだろう。良識問えば、常識聞けば突き放してでも真奥を止めるべきだろう。だけれども鈴乃にはそれができない。彼女は自分ができない理由に気が付く、一歩手前にいる。

「? まあ、いいか。なんかあれば言えよ」

「……ああ」

 真奥はそういうと鈴乃を目で促しつつ、歩き出した。とりあえずは人の少ない場所を探さなければいけないのだ。

 

 そんな都合のいい場所などそうそうない。真奥はきょろきょろと店内を見回しながら探し、鈴乃はその後ろをとぼとぼという擬音の似合いそうな歩調でついていく。

「あっ、そうだ」

「どうしたのだ……」

 真奥はなにか思いつように言うと、鈴乃はびくっと体を震わせて聞いた。

「中に入ってするゲームの中でなら誰も入ってこないだろ」

 真奥の言っているのは、例えば体感型ガンシューティングのようなものだ。筺体一つがかなり大きく、車一つ程度の大きさであるものが多い。プレイヤーはその中に入ってゲームをするというものだ。

 無論、真奥は今から鈴乃とゲームする気はない。そんなゲーム筺体を探して、罰ゲームを敢行してようとしているのだ。

「そ、それはどうだろうな。……それなら外にでて路地裏にでも」

 今鈴乃と真奥の間で罰ゲームが行われていない理由は一つ。場所の問題である。それが解決されそうで鈴乃は焦った。断ることはできないが、積極的にしようとも思わない。だからあいまいな提案を彼女はする。

「いや、なんかこそこそ隠れてすんのは俺は嫌だ。まあ……あんまり変わんねえかもしれないけどな」

 真奥は腕を組んで返答した。鈴乃はそれで黙らざるを得ない。理屈ではなく「嫌だ」などと言われれば、もはや言う言葉はないのだ。彼女はもじもじと左右の指を絡めては解く、という不思議な行動をしている。

(まるで針の蓆だ…………さっき真奥にキ……あれをさせてしまえば、こんなことはもう終わっていたのに)

鈴乃はそう思うと。瞬間、頭の中に映像ができてしまった。真奥と鈴乃が向かい合って、唇と唇を――。

「そういえば、なんかあのでかい箱みたいなのいいじゃないか? 鈴乃あれに」

「うあああ、やめろお!」

「ぐへえ」

 いきなり鈴乃が真奥のみぞおちに正拳突きを食らわす。真奥は何とか持ちこたえた。

 理由は分かりやすい。さっきから「おでこに」と言っているのに、鈴乃の頭が自動的に作成した映像が、それに反していたから彼女は耐えられなくなったのだ。勿論真奥はわけわからない。

「な、なにをする……だ」

「ち、違うんだわざとじゃ、その真奥」

 思わず無抵抗な真奥を殴ってしまっておろおろとする鈴乃。真奥は少し青い顔で遠くにある「大きな箱」のようなものを指さした。それもゲームの一種なのだろうか。その「箱」はいくつか並んでいて、若い女性が大勢周りにいる。

「あ、あそこでやろうと、言ったんだが、い、いやなら拳じゃなくて、口で言え」

「い、いや。いやとか。そういうのではなくてだな」

「じゃあ、あそこでいいな?」

「う、うむ」

 多少、怒気を募らせた有無を言わせぬ真奥の言葉に「うむ」と答えた鈴乃はしまったと臍を噛んだ。もうどうしようもないだろう。彼女は否応もなく、真奥の後ろをついていくしかなかった。

 

 箱のようなものは、入り口にすだれがかけてあって。中に入る前にお金をいれなければならないらしかった。真奥としては、ただで使わせてもらうのも悪いので、しっかりとお金を投入する。ただしゲームの説明などは一切調べなかった。正直言えば、どうでもいい。

「なんか履歴書を取る時の証明写真の奴みたいだな」

 履歴書の話をする魔王こと真奥は、箱の中に入ってそうつぶやいた。中には巨大なモニターが置いてあり、シンプルなボタン配置がされているだけである。

正確に言うとこの箱はゲームではない。

 ――フレームを設定してね!

 そう機械音線を響かせるその名は「プリントクラブ」。説明の由も必要もないほどに有名なゲームセンターの定番である。真奥もその存在は知ってはいるのだけれど、そうそう男所帯でプリクラはとらないし近寄らない。だが「証明写真」のようだというのは的を得ていた。

ちなみに鈴乃は過去に撮ったことがあるのだが、

(人人人人人人人人人人人人)

 現在の彼女は緊張しなくなる呪文を緊張しながら唱えるのに忙しいので全く気が付いていない。

鈴乃はここに近づくまでに頬の紅さを増して行った。今ではゆでだこの様である。

 真奥は鈴乃の方を向きなおった。さっきからときおり「フレームを設定してね」などと聞こえるが、元からプリクラなど撮る気もなく、これがそうだとも気が付いていない真奥は気にしない。

「鈴乃」

「は、はひい?」

「……?……はっ。へんな声を出すから驚きすぎて、ぼやっとしちまった! な、なんだ今の!?」

「ち、違う。私は断じて緊張してない!」

「緊張? なんで」

「してないと言っているだろう!」

「わ、わかったから、近い近い」

 いつの間にやら鈴乃は真奥へ詰め寄っていた。鈴乃はそれに気が付くと、わなわなと肩を震わせて下がろうとする。それを真奥が両肩を掴んで止めた。逃げようとした彼女の目が真奥を真っ直ぐ見てしまう。

「は、ななにを」

「いや、さっさと罰ゲームを」

「意味の分からないことを言うな!」

「い、いや。そのためにここに来たんだろうがっ。とにかくでこを出せ」

「…………」

 鈴乃の目が泳ぐ。真っ赤にした頬に小さく噛んだ唇。一目で緊張しているとわかる。真奥はなんだか罪悪感すら感じてしまう。しかし、うやむやにしてしまえばベガに申し訳が立たない。

「鈴乃。落ち着け」

 優しい声音で真奥は鈴乃を諭す。それで鈴乃ははっと真奥を見た。真奥の顔が目の前にあることが、改めて認識してしまう。

「ま、まおう」

「おう」

 名前を呼ぶ。返事をされる。それだけで鈴乃はどくと心臓が動くのが分かった。

 真奥に掴まれた肩が熱い。指が動く。足が震える。情けないほどに鈴乃は自分のことが分かってしまう。ただ、ある一点いや一線は自覚してはいけない。そう彼女は心に思う。

 ――フレームを設定してね!

「落ち着いたか?」

「あ、ああ」

 真奥が言う。鈴乃が答える。短い会話が鈴乃には心地よい。機械音が頭に入らない程度には。

 真奥の右手が鈴乃の方を離れて、彼女の頭にのる。それから鈴乃の額を覆っていた黒髪を優しくかき分ける。彼はそのまま、顔を近づける。鈴乃は怖いのか、それとも他の感情があるのか目をぎゅっとつぶった。

 ――フレームを設定してね!

 何回も響く、その機械音はだんだんとテンポを速めてくる。

 真奥の顔が近付く。鈴乃のおでこに軽く、唇を触れた。

 ――ハイチーズ、カシャ!

 何か撮ったような音が響いて、フラッシュがあたりを包む。

「ん?」

「?」

 真奥と鈴乃は同時に疑問符を浮かべた。「なんだ今の音と光は」とその顔は言っている。鈴乃はそれでもはっと気が付くと、真奥から離れた。

「こ、これで終わりだからな! ま、真奥」

「えっ? ああ、おう」

 気のない返事をする真奥はきょろきょろとあたりを見回している。さっきの音はなんだろうかと思っているのだ。反面鈴乃はそっぽを向いて、俯いた。

 感触が残っている。目をつぶっていたから良くわからないがそれでも間違いなく、鈴乃の額には記憶があった。それだけで、

 (あ、ああ)

 体中が火照ってしまう。今朝から何度も感じたそれが、何度真奥と接しても消えない。

 (わ、私は)

 彼女は思う。自分の気持ちのありかを、だがそれを自覚することはいろいろなものへの背信を伴う。絶対にそれだけは避けなければならない。それを思うと、体温が急に下がっていく気が彼女にはする。

「おい鈴乃」

「……いきなり話しかけるな」

「普通に話しかけただけなんだけどな。まあ、いいや。もう六時近いし、ゲーセンを出ようぜ」

「わかった……」

 鈴乃はうんと頷いて、振り返った。多少冷静になったからか、真奥とは普通に話をすることができた。

 だから分かる。ここに見覚えがあることが。

 前方に張り付けられた、巨大なモニター。今鈴乃と真奥のいる、大勢の人間が入ることのできる空間。昔の記憶。

 (ここ、ここは? 確か……ぷりくらとかいうところでは……はっ)

 鈴乃は何かに気が付くとばっと外へ飛び出した。いきなりのことに真奥が面食らってしまったが、鈴乃は遠くに行ったのではなく、筺体のすぐ手前で足を止めている。だから慌てることなく、真奥も外へ出た。

 ところでプリクラの機種によっては、お金を入れてなんの設定もしなかったり、いつまでたっても撮影しなかった場合。キャンセルされたり、自動的に撮影されてしまうものがある。後者の場合は筺体の外につけられた取り出し口から、プリクラが出てくる。

 鈴乃は後者だと分かった。彼女は筺体の前にしゃがみ込んで、なにか紙のようなものを掴んでいる。それはさっき筺体から出てきたらしく、ほのかにあったかい。

 それは真奥と鈴乃が互いに目をつぶって、鈴乃がおでこにキスをされているプリクラであった。しかもフレームを選ばなかったあてつけなのか、ハートマークのフレームまで勝手に設定されている。しかも、プリクラは一枚の写真を数枚のシールに分割するものだから、なんと一六分割。それが鈴乃の手元にあった。

「鈴乃。それなんだ?」

 びくうと鈴乃は肩を震わせた。もはや声もない。数秒間プリクラを眺めているうちに、彼女の中で何かが崩れた。元々、さっきのことも意図的にあいまいにして、考えないようにしていたのだ。

「しょ、証明写真か?」

 ひょいと鈴乃の手元を覗いた真奥は、さすがに自分と鈴乃が写ったプリクラを見つけて、乾いた笑いを浮かべた。さすがに一六分割は精神的に来るものがあるらしい。冗談にもキレがなかった。

 鈴乃は何も言わない。彼女は顔を見せることもなくすっと立ち上がると無言で走り去る。その背を丸めて走る姿は、逃げて行くようだった。

「あ、おい!」

 真奥から見ればもはや鈴乃は点である。元来身体能力の高い鈴乃である上に、とっさに追いつこうとしても人ごみが多く、どうにもならない。真奥の近くでは女子高生らしき女の子達が「ケンカ?」などと、ひそひそと話している。

 真奥は頭を掻いて、考えた。

 

 

 トイレのドアを締める。鈴乃はそのままドア背を預けて、息を整えた。さしもの真奥も女子トイレの中までは探しには来ないだろう。いや、どこにいたとしても探しにきてもらったらもう、だめだった。

 鈴乃は両手で持ったプリクラを見る。それを見るたびに、いや、

 ――何度見ても

 ――何度見ても

 ――何度見ても

 (まおう)

 嬉しくて、仕方がない。

 鈴乃は両手でプリクラを持って、胸に押しつける。見てしまわないように、離してしまわないように。そんな相反する気持ちが鈴乃の中で渦巻く。

 もう鈴乃は隠すことも、偽ることもできなかった。

 (まおう、まおう)

 その名を呼びたい。もう少し近くに居たい。ただ、そう思う。

「だめだな、私は、そんなのはダメだ……」

 だが口から出るのは、自重の言葉。

 (だめ、なんていやだ)

 胸の内にあるのは、彼女の気持ち。

 鈴乃が真奥へ好意を向けること。それは道徳的の倫理的にも間違っている。それに鈴乃の立場は、基本的に真奥達とは敵対せざるを得ない立場である。つまり、彼女の気持ちは一個人の物を超えて、多くの人間への裏切りになってしまう。

 彼女が組織を大切にするのなら、友人を大切にするのなら。今ここで、全てを諦めてしまうことが、何よりも正しい。それは誰もが認めてくれるだろう。もしかしたら誰かが褒めてくれるかもしれない。

「いやだ……いやだよ。真奥」

 他の誰かが認めてくれなくても、鈴乃はそれを否定できない。しかし、彼女には他の誰かを否定できるほど、敵対できるほどに勇気も蛮勇もない。今の関係が、今の自分の境遇の全てを取りかえることが、彼女にはできない。

 それでも鈴乃は、

 (真奥のことが、すきだ)

 声には出せない。それを出してしまえば、もはや言い訳は聞かない。心の奥底に置いておくだけの、そんな気持ちであらなければならない。鈴乃はそれを思い、ははと自らを嘲るように笑った。

「私は卑怯者だな」

 そうではないだろうか。何を変えることもせず、もしかしたらと言う希望に縋っているだけで、それ以上のことはなにもできない。自らの気持ちに立ち向かうことも、他人の心と対峙することもしないことは彼女にとって卑怯そのものだった。

 (ここ数日いろんなことがあったな)

 多少の逃避を込めて、鈴乃は思い出す。

 ――漆原と言い合いになって、酒のことで暴れまわったらしい。

 ――新しく初めてみたアルバイトでは、散々な目にあったが楽しかった。

 ――オセロで負けて、その後真奥に三つ指をついてなにか言った。

 ――今日、朝から真奥と出かけて、洋服なんて着てみて、普段いかない場所でいろんなことをした。

「ああ、ああ――」

 現実逃避をしていたはずなのに、どんな時でも、どんな記憶にも彼がいる。「真奥貞夫」がいつも、そこにいる。たいてい、彼は笑っている。

 鈴乃はポンチョの裾をたぐって、顔に当てた。そうしないと、視界がぼやけてきてしまいそうだったからだ。鈴乃は暗闇の中であることを思いだした。

 

 ――「一日だけ、デートしていただきましょう。それで今回の件は解決です」

 

 それは真奥の部下の声。芦屋の言葉だった。そう、今日彼女の真奥が一緒にいるのはそういう約束の上でしかないはずだった。鈴乃は顔を少しだけあげて、もう一度手に持ったプリクラを見た。

 真奥と鈴乃がそばにいる、そんな光景。鈴乃はそれを大切そうにしまうってから言う。

「卑怯者は、卑怯者らしく……今日一日くらいは……」

 鈴乃はごしごしと目元をぬぐってから、首を振った。あと数時間しかない、この時を大切にしていくしか自分にはないのだと思おう、彼女は自分に言い聞かせるかのように言う。これは裏切りではないとも自分を納得させる。

 

「居た!」

 真奥は鈴乃の姿を見かけると、すぐに走ってきてくれた。

「ああ」

 鈴乃は少し目線をそらして、真奥に言った。赤い目など見せたくはない。

「……大丈夫か?」

「すまないな。取り乱してしまった」

「いや、俺ももう少し気にしておけばよかったとは思うからな」

 鈴乃はできる限り感情を抑え込みながらしゃべる。真奥の方向を向いていはいないから、彼の様子は分からない。あとわずかの時間しかないのに、と思ってもどうしようもない。

 だが、真奥が先に動いた。鈴乃は彼を見なかったから気が付けなかったが、彼は手に白い紙袋を持っていた。そこから何かを取り出す。

 ぬっと出てきたのは、だらけた顔をしたクマ。リラックス熊だった。

「真奥それは、さっきの」

 鈴乃はそのクマの人形を見て言う。これはさっき真奥とやったUFOキャッチャーの景品だったはずだ。それを今真奥が持っているということは、彼がとってきたのだろうか。鈴乃は目で真奥に聞く。だが彼は少し複雑な表情で、

「取れればよかったんだけどな……店員に頼み込んでもらった。あっ、勘違いすんなよ! しっかりと金は払ったからなっ」

 なにかどうでもいいことにむきになる真奥だが、彼は手に持ったクマを鈴乃に押し付けるように持たせた。

「デパートの中でとかなら、いろいろ探せるんだけどな。ここじゃこれくらいしかなかった……すまん」

 鈴乃はその柔らかい肌を持ったクマを受け取ると、じっと見つめる。恵美が虜になっているのはこのなにも考えてなさそうな顔なのだろう。普段ならば、あまり興味を引かれないが、鈴乃はぽつりと言う。

「私も……好きになりそうだ」

「えっまじで?」

 渡したくせに驚く真奥。彼は彼なりに考えて、鈴乃へもらってきたのだろう。鈴乃はそのクマに顔をおしつけて、ぐりぐりとそのクマの腹で顔を撫でる。真奥は鈴乃が気にいったようで、少しだけほっとした。

「とりあえず、ここを出ようぜっ。とっておきの場所があるんだよ」

「とっておきだと?」

「ああ、聞いて驚くなよ。東京タワー」

「ありきたりじゃないか」

「違うって、途中だっつーの。東京タワーと同じ高さの景色が見れる場所があんだよ。この近くに」

「すかいつりいではないのか?」

 真奥はひるむ。スカイツリーはそれなりに遠い。がネームバリューやその大きさは当巨タワーよりもはるかに上だ。

「い、いや。そうじゃねえ。それを言われるとつらいんだが……東京都庁に行くぞ」

 鈴乃はぽかんとした。今から役所の親玉である新宿「東京都庁」などに言ってどうするのか。訝しげに鈴乃は真奥を見る。彼は鼻を鳴らして言う。

「いいか都庁には展望台があって、東京タワーレベルの高さがあるんだ。しかも無料でなっ」

「東京都庁、無料……」

 鈴乃はそれを繰り返してから、ぷっとふきだした。一応はデートなのである。だからいろいろと考えて上で空回り、ひねくれてそんな場所になったのだろう。

「は、ははは都庁か……あはは」

「と、都庁は悪くねえぞ。ち、ちかいし。いったことねえけど」

 何を焦っているのか真奥は弁解する。鈴乃は別に怒っているのはなく、あまりに「真奥るらしい」考えに笑ってしまったのだ。それだけで、鈴乃の心が温かさを取り戻していく。

 反対にさもおかしそうに笑う鈴乃へ真奥が膨れ面を見せた。それはそれでまた真奥らしくて、鈴乃はつい笑い声を大きくしてしまう。

「だ、だめなのかよ」

「いや。唯、魔王らしい場所ではないなと思っただけだ」

「く」

 悔しげに唸る真奥をみてまた微笑む鈴乃は、わざと仕方なさそうに言う。

「それでも、連れて行ってくれるんだろう? 私を」

 今だけは自分のことを考えてくれている、真奥へ鈴乃は言う。真奥は膨れ面のまま頷いた。少ししてさすがに大人げないと気が付いたのか、真奥は鈴乃を促す。

「いこうぜ」

「ああ、いや」

「えっ? 嫌なの?」

「ち、がう。い、今のはだな。その」

 引いてしまいそうになる体を、鈴乃は止める。自分は卑怯者で、今日はどんなことでもやれるのだと、そう願う。思うのではなく、自分に懇願する。

「その、だな」

 鈴乃はクマのぬいぐるみで顔を隠しながら唇を開いた。真奥へそれを頼む。

 

 二人は、手を繋いで外へ出る。

 

 

 

 


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