大変遅くなってしまい、申し訳ありません。
プライベートが忙しいとか、いろいろとあるのですが、なんとか更新していきたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。
では、どうぞ。
地球周辺の宇宙に、一隻の次元航行艦船がいた。
真紅のカラーリングに包まれたその機体には、《Hunter Pigeon》と書かれていた。
それは今ではそれなり名が知られている、通称《人喰い鳩》とも呼ばれている――ヴァーミリオン・CD・ヘイズの艦船だった。
そして、そのHunter Pigeon内部では、ヘイズが操舵席に腰掛けており、映し出されていたモニターを見つめながら驚きの表情を浮かべていた。
「マジかよ……祐一の旦那が、消えちまったぞ」
『――文字どおり、影も形もありません』
律儀にヘイズに言葉を返したのは、ヘイズの相棒でもあり、このHunter Pigeonを管理しているデバイスのハリーである。
そんなハリーの言葉に、ヘイズは「マジかよ……」と同じ台詞を吐きながら、右手で額を押さえていた。
『索敵、続けますか?』
「……いや、もう無駄だろうからな、止めとこう」
ハリーに言葉を返し、ヘイズは指を鳴らしながら今後のことを考えていた。
(さて、これからどうするかな。闇の書に吸収されたって言っても、旦那が完全に消滅したってわけじゃねぇし。よしんば俺が闇の書を倒せたとしても、吸収されちまった旦那が戻ってこれなくなっちまうし、どうせ闇の書はまた転生しちまう)
八方塞がりな状態に、ヘイズは自身の頭を乱暴に掻いた。
『どうしますか、ヘイズ。すでに八方塞がりな感じは否めませんが……』
「あー、言うな。わかってるよ。……とにかく、俺たちに出来ることは今はねぇ」
『祐一さんを放っておくのですか?』
ヘイズの言葉に、ハリーが僅かに非難めいた声を上げる。
「まてまて、そんなに怒るんじゃねぇよ。今、俺たちがあそこに行ったところで状況が改善されるわけじゃねぇし、確かに旦那は闇の書に吸収されちまったが、そう簡単にやられる玉じゃねぇ」
『祐一さんを信じているということですか?』
ハリーの言葉に、ヘイズは「ああ」と頷きを返した。
「あんな怪我を負っている状態だったが、旦那が"やる"と決めたんだ。そんな旦那の気持ちを無視して、俺たちがしゃしゃり出るもんじゃねぇしな。それこそ旦那の男が廃るってもんだ」
『そのような気持ちは、私には分かりかねますが……』
「まぁ、そうだろうな」
ヘイズは椅子の背もたれに体を預けながら、一度指を鳴らした。
パチン、と音を響かせながら、ヘイズは話しを続ける。
「それにこの戦いは旦那にとって、前に進むチャンスでもあるしな」
『前に進むチャンス……?』
「ああ、そうだよ」
『それはあの《紅蓮の魔女》と呼ばれた、七瀬雪に関することですか?』
「まぁ、そうだな」
ヘイズはハリーの言葉に頷きを返しながら、かつて祐一とともに管理局で働いていたときのことを思い出す。
◆
管理局に入隊したとき、ヘイズには少しやさぐれていた時期があった。
ヘイズは産まれたときから親はおらず、孤児であった。
自分の産みの親の顔も知らず、何のために産まれてきたのかもわからないまま、ヘイズは管理局へと入隊した。孤児院で暮らしていくということも考えたが、外の世界に出れば何かわかるかも知れないという願望と、魔導師としての適正も低くなかったことから、ヘイズは若くして管理局に入隊した。
そうしてしばらく管理局で働いていたとき、ヘイズは二人の人物に出会った。
――それが、黒沢祐一と七瀬雪だった。
二人と出会った当時、ヘイズは魔導師として力を付けていたことから少し天狗になっていた。
そんなとき、「期待のルーキーがいる」という噂を耳にし、興味もあったことから、その「期待のルーキー」がいる部隊へと転属し、二人の力量を見てやろうと軽く思っていた。
しかし、ヘイズの目論見はすぐに外れることとなった。
――完敗とは、こういうことを言うのだろうと、当時のヘイズは思った。
ヘイズは部隊へ配属されてすぐに二人に戦いを挑み、結果、敗北した。完敗だった。祐一と雪の両方と模擬戦を行ったが、結局、ヘイズは二人に手も足もでなかった。
自分は強いと、当時思っていたヘイズは結果的に二人の鼻を明かすどころか、長くなっていた自身の鼻をへし折られる形となってしまった。大人に負けたのならまだ諦めがつくというものだったが、ヘイズが敗北した相手は同年代ほどの少年と少女だったこともあり、ヘイズはそのとき、悔しくて泣いた。
そんな風にヘイズが悔し泣きしていたとき、雪は優しげな笑みを浮かべながら手を差し伸べてきたのだ。
――君、強いね。これからお互いに頑張ろうね。
ヘイズの心の内を何も知らずにそう笑顔で声を掛けてきた雪を見て、もはや張り合うのもばかばかしくなり、思わず笑みを浮かべたのをヘイズは覚えていた。
そんなヘイズを見て雪はさらに笑みを深め、変わりに現場を見ていた祐一が溜め息を吐いていたのが印象的だった。
それからヘイズは、七瀬雪、黒沢祐一、そして後から知り合ったリチャード・ペンウッドと親交を深めていった。
後に知り合ったリチャード・ペンウッドは、メンバーの中では戦闘が得意な方ではなく、技術面に特化している人物だった。メンバーの中で、唯一、デバイスマイスターの資格を持ち、医学の知識も豊富な頼れる人物であった。
玉に瑕なのが、説明するのが好きなのだが、話しが長くなりがちで、やや説教のようになってしまうことであった。
だが、技術者としての腕前は超一流であり、雪と祐一が使用しているデバイスを作成したのもリチャードである。
また、頭が切れることもあり、このメンバーの中ではアドバイスをすることが多い。
七瀬雪は明るく前向きで、とても綺麗な女性だった。
そしてそれとはまた別に、魔導師として圧倒的な力の持ち主であった雪は、その実力から管理局員たちからは敬意を、犯罪者たちからは畏怖を込めて、《紅蓮の魔女》と呼ばれ、管理局内でも指折りの実力者であった。
刀身が真紅に染め上げられた騎士剣型デバイスである《紅蓮》を携え戦闘を行う姿が名前の由来となっている。
また、祐一とは幼い頃からの付き合いで、お互いに相思相愛の仲であった。
そして、黒沢祐一。
ヘイズが対戦したもう一人の人物であり、雪と同じく圧倒的な力を持つ魔導師である。
漆黒の黒髪に、一般よりも身長の高いヘイズよりもさらに頭一つ分は高く、鋭い目付きも相まって威圧感を感じる人物ではあったが、話してみると常識人で優しい面もあることから、同じ部隊の中でヘイズが一番仲良くしていた人物であった。
また、ヘイズは祐一に敗北したことと、その威風堂々とした祐一の姿を見て、「旦那」と呼び慕っていた。祐一は軽く嫌がっていたが……。
そんなメンバーが集まり、慌ただしく騒がしい生活がヘイズにとっては心地よかった。
だが、そんな心地よかった生活も終わりを向かえた。
――部隊の中心であった、《紅蓮の魔女》七瀬雪の"死"によって……。
そして、祐一は管理局を辞め、ヘイズとリチャードの前から姿を消した。また、その後を追うようにヘイズも管理局を辞め、リチャードも部隊を離れた。
仲が良かったメンバーはちりじりになり、ヘイズは現在やっている《運び屋》を始めたのだ。
◆
「――とまぁ、こんなことがあったわけだ」
そこまで話すと、ヘイズは静かに息を吐いた。軽い口調で話しをしているヘイズであるが、その瞳には深い悲しみが宿っていた。
「だから、今、俺がおいそれと手を出していい状況でもねぇんだよ。折角、旦那が前を向こうとしてるんだからよ」
『そうですか。……私のマスターはあなたですから、マスターの決定には従います』
ハリーのいつもどおりの言葉を聞き、ヘイズは苦笑を浮かべた。
そして、深く腰掛けた椅子から体勢を整えつつ、ヘイズは続けて口を開く。
「まぁ、とは言ったものの、いくら旦那の気持ちを尊重するといってもだ。流石に旦那が駄目だった場合に地球が滅びるってのはな。とりあえず、警戒だけはしておこう。そして、もしものときは、俺たちでやるぞ」
『了解しました』
ヘイズがそう話すと、もう聞くことはなくなったのか何も言わなくなった。
そんなハリーに感謝しつつ、ヘイズは心の中で《闇の書》に吸収されてしまった祐一のことを考える。
(――頼むぜ、旦那。あんたはこんなところで終わるような人じゃねぇだろ)
負けるんじゃねぇぜと、ヘイズはモニターを見つめながら、そう祈っていた。
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