魔法少女リリカルなのは~黒衣の騎士物語~   作:将軍

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投稿します。
楽しんで頂ければ幸いです。
では、どうぞ。


《闇の書》覚醒

 ――今、なのはとフェイトの目の前で"八神はやて"であった少女が、違う"モノ"へと変貌を遂げた。

 

「はやてちゃん……」

 

 なのはは呆然とした表情で、変貌したはやてを見つめる。その隣には、同じくその光景を見つめているフェイトの姿もあった。

 姿を変えたはやて――いや、《闇の書》は美しい銀髪の見た目は二十歳ぐらいの女性へと姿を変えた。

 完全に変貌を遂げた闇の書は、その瞳から涙を流していた。

 

(泣いてる……?)

 

 なのはが見つめる視線の先、無表情の闇の書が涙を流していることに気がついた。

 

(闇の書というプログラムのはずなのに、なんて……)

 

 悲しい瞳をしているんだろうと、なのはは思った。闇の書の瞳を見ていると、なのはは胸が締め付けられるような思いに駆られた。

 フェイトも同じように闇の書の瞳を見ていると、悲しい気持ちになると同時に、闇の書の"力"を感じ取り、僅かに身震いしていた。

 

(これまで蒐集してきた魔力が全て集まってるんだ。並の相手じゃないことは分かってたつもりだけど……)

 

 なのはとフェイトを含めた数多の生物から魔力を蒐集してきた闇の書の魔力は、途方もなく強大なものとなっていた。その事実に、フェイトはバルディッシュを掴んでいた手に思わず力を込めた。

 そんな二人が見つめているのを知っているのかいないのか、闇の書である銀髪の女性が、涙を流しながら静かに口を開いた。

 

「――また、全てが終わってしまった。いったい幾たびこんな悲しみを繰り返せばいい……」

「はやてちゃん……っ!」

「はやて……」

 

 なのはとフェイトの悲しみを含む声を聞き、闇の書は瞳を閉じ、悔しげに天を仰いだ。

 

「我は《闇の書》、我が力の全てを――」

 

 そう話す闇の書が、静かに右腕を天に掲げた。すると、彼女が掲げた右腕の先に膨大な魔力が集まっていく。

 

「「……っ!?」」

 

 その膨大な魔力を見て、なのはとフェイトは息を飲んだ。

 

「主の願い、そのままに――デアボリック・エミッション――」

「あっ!?」

「空間攻撃……っ!?」

 

 なのはとフェイトが叫び声を上げると同時、集められた魔力が爆発して広がった漆黒の光の渦に、なのはとフェイトは飲み込まれた。

 

 ◆

 

 ――なのはたちが闇の書の攻撃を受けている光景を遠くから見ている二つの影があった。

 

「持つかな? あの二人……」

「暴走開始の瞬間まで、持ってくれるといいんだが……」

 

 そう話しをしているのは、《仮面の男》たちであった。

 

「周囲に結界は張ったが、あまり長くは持たない」

「そうだな。できるだけ、早く決着を着けたいところだ」

 

 一人の仮面の男が僅かに嘆息した。

 闇の書が目覚める前に、仮面の男が周囲に結界を張り、街への被害を減らしていた。仮面の男たちにとって、決してこの街、ひいては地球を滅ぼす気は到底なかった。

 あくまで、彼らの目的は《闇の書》だけであったのだから。

 

「デュランダルの準備は?」

「もうできている」

 

 二人の仮面の男は、表情は見えないが、お互いに顔を見合わせ頷いた。

 ――そのときだった。

 

「「……っ!?」」

 

 自分たちの周囲に、僅かに魔力の反応を感じた。

 

(この反応は……っ!?)

 

 咄嗟に一人の仮面の男はその場から飛び退いた。

 だが、もう一人の仮面の男は反応が遅れ、"それ"に捕まった。

 

「バインドっ!?」

 

 逃げ遅れた仮面の男が叫んだ。

 彼の言うとおり、それはバインドであり、彼の体を拘束した。

 

「くっ!? 誰だっ!」

 

 何とか難を逃れた仮面の男が、そう叫んだ。

 すると、その場に一人の少年の声が響いてきた。

 

「――ストラグルバインド。相手を拘束しつつ、強化魔法を無効化する。あまり使いどころのない魔法だけど、こういうときには役に立つ。……変身魔法も強制的に解除するからね」

 

 その場に現れたのは、管理局執務官のバリアジャケットを纏い、右手にデバイスである《S2U》を持った――クロノ・ハラオウンだった。

 そう話すと、クロノのデバイスが小さく光、

 

「っ……うあぁぁぁっ!?」

 

 バインドで拘束されている仮面の男が、強制的に魔法を解除されることに苦悶の声を上げる。それと同時に、仮面の男の体が光、その姿が別の人物へと変わっていった。

 そして、完全に仮面の男の姿から別の人物へと姿が変わり、その人物を見て、クロノの表情が悲しみのそれへと変化した。

 

「こんな魔法、教えてなかったんだがな……」

 

 そう皮肉そうに言葉を口にしたのは、女性であった。クロノと同じような管理局のバリアジャケットを身に着けた獣の耳を持った女性。

 

「一人でも精進しろと教えたのは、君たちだろう――アリア、ロッテ」

 

 クロノの言葉を聞き、バインドで拘束された女性――アリアが悔しげに唇を噛み、もう変身していても無駄だと悟ったもう一人の仮面の男――ロッテが姿を変えた。

 

「よく、私たちだとわかったね」

「ちょっと調べればわかることさ。腕の立つ一流以上の魔導師、同じ姿をした仮面の男、まるで管理局の行動を読んでいたかのような行動。挙げればキリがない」

「そうか……」

 

 クロノの言葉を聞き、ロッテが僅かに嬉しそうに笑みを浮かべた。

 まるで、クロノがここまで立派になったことを喜んでいるようであった。

 

「二人とも、もう無駄なことは止めて投降してくれ」

「…………」

「こんなことをしても、誰も喜びはしない。……そんなことは、二人もわかっているだろう」

 

 クロノの言葉に、アリアとロッテが悲しげに、そして悔しげに唇を噛んだ。

 

「そんなことはわかってるんだよ、クロノ。だけど、それでもあたしたちはやらなくちゃいけなかったんだ。父様のために……」

「それが、わたしたちの生きる意味だからね」

「……それが、君たちの答えか。アリア、ロッテ……」

 

 二人の言葉に、クロノが悲しげに顔を歪めた。

 

「悪いね、クロノ。あたしたちにも、ゆずれないもんがあるんだ。……こんなところで、捕まるわけにはいかないんだよっ!」

「僕にだって、ゆずれないものがある。だから、二人とも大人しくしてもらうっ!」

 

 二人は声を上げると同時、クロノは後ろへ、ロッテはクロノに接近するため、前へと飛んだ。

 

「さっきは不意を突かれたけど、接近戦ならまだまだ負けないよっ!」

「させないっ!」

 

 ロッテに言われなくとも、クロノには分かっていた。ロッテは接近戦を得意とする、あのギル・グレアム提督の使い魔だ。接近されれば、いくらクロノといえども、分の悪さは否めない。

 故に、クロノは後ろへと下がりながら、迫り来るロッテと一定の距離を保つために魔力弾で牽制する。

 

「はっ! そんなもんで、このあたしを止められると思わないでよねっ」

「ちぃっ!」

 

 しかし、クロノが牽制で放った魔力弾を己の拳で打ち消しながら、ロッテはすさまじい勢いで迫ってきた。

 

(流石、というべきか。僕の近接戦闘の師匠だけのことはある)

 

 クロノは心の中でそう思いながら、迫り来るロッテを目を逸らさず見つめた。

 かつて、クロノはアリアから魔法での戦闘方法を、そして、ロッテからは近接戦闘方法を教わっていた。二人はグレアムとのチームを組むと、管理局でも最強クラスの実力を兼ね備えていた。

 自身の父――クライド・ハラオウンの上官であり、自分と母親のリンディとも親交深く、いろいろとお世話にもなっていた。

 そんな人たちを、クロノは尊敬していたし、慕ってもいた。

 だからこそ、ギル・グレアム、リーゼアリア、リーゼロッテの行為を許すことなど出来ない。

 一人の少女の人生を犠牲にし、多くの命を救う。なんてことはない、良くある話しだ。管理局で働いていれば、そんなことはあるだろうし、普通ならば切り捨てるところだろう。

 だが、それはクロノが望んでいることではなかった。

 

(もうこの方法しかないと諦め、一人の少女の未来を壊すなんて、そんなのは馬鹿げてる)

 

 クロノは引き続きロッテと距離を取りながら、デバイスを握る手に力を込めた。

 

(それに、そんなこと父さんが望んでいるはずがないっ)

 

 そう思い、クロノは距離を取るために後ろに下がっていた動きを止めた。

 

「っ!?」

 

 急に動きを止めたクロノに、ロッテは警戒心を露にするが、すぐに気を取り直し、クロノへと突撃した。

 

「諦めるのは、最後まで足掻いてからだっ!」

 

 クロノは叫び、逆にロッテへと突っ込んで行った。

 

「っ!? おもしろいっ! あたしに接近戦で勝てると思わないでよっ!」

「望むところだっ!」

 

 ロッテとクロノの思いがぶつかり合うと同時に、拳とデバイスもぶつかり合った。

 ロッテは機敏に動き、クロノへと拳を放っていく。

 しかし、そんなロッテの攻撃をクロノはデバイスで捌いたり、シールドを張って防いでいた。

 

「「……っ!?」」

 

 お互いに息を飲み、数瞬のうちに攻防を繰り広げていた。

 

「ふっ!」

「はぁっ!」

 

 二人の裂帛の気合いだけが周囲へと響き渡り、それと同時に二人を中心に衝撃波が周囲を襲い、その余波でピルが崩れていく。

 

「くっ!?」

「ちっ!?」

 

 攻撃で二人はお互い距離を取り合った。

 

(流石に、強い……)

(クロノのやつ、こんなに強くなってたのか……)

 

 二人は肩で息をしながら、お互いを心の中で賞賛した。クロノはかつての師匠であるロッテの技量を、ロッテはかつての弟子であるクロノの成長を。

 しかし、今はお互いに譲れぬもののために戦わなければならず、そんな状況に二人は握っていた手に思わず力を込めていた。

 

(ロッテを倒して、なのはたちの加勢に向かいたいが……どうやら、そう上手くはいかないみたいだな……)

 

 そう思っていたクロノの眼前に、ロッテとは別にもう一人の人物が佇んでいた。

 

「遅かったじゃない、アリア」

「ええ。クロノのバインドが思った以上に強力だったから、解除するのに時間が掛かっちゃったわ」

 

 ロッテと見た目が瓜二つ女性――アリアがクロノへと視線を向けながら答える。

 

(くっ……アリアが来る前にロッテを倒しておきたかったが、考えが甘かったか)

 

 一気に形勢不利となったクロノは、油断なく二人を見つめていた。

 ロッテだけならば、時間を掛ければなんとかなったというのが、クロノの本音であった。しかし、そこにアリアも入ってくるとなると、状況は変わってくる。

 ロッテは接近戦に特化しているが、逆にアリアは遠距離とサポートに特化した使い魔であり、これでバランスが取れているのだ。

 だからこそ、管理局最強のオプションと呼ばれているのだ。

 結果、二人が揃ってしまった今、クロノが二人に勝つことはかなり困難になってしまったのだ。

 

(勝てるのか……今の僕に……)

 

 思わずそんな風に考えていたクロノは、すぐにその考えを振り払った。

 

(こんなことじゃ、いつまで経っても"あの人"に追いつくことなんてできやしない。"あの人"は、一人でもこの二人と戦っていたんだ)

 

 クロノが思い出すのは、漆黒のロングコートを纏った、かつて管理局で最強クラスの力を誇っていた青年の姿であった。

 

("あの人"がいない今、なのはやフェイトたちを助けることが出来るのは、僕だけなんだ。だから、例えアリアとロッテ二人が相手でも、負けるわけにはいかないっ)

 

 クロノはアリアとロッテの二人を見据え、自身のデバイスであるS2Uを構えた。

 そんなクロノを見て、二人は弟子が強くなっていることの嬉しさと、その弟子を今から倒さなければならない悲しさで満ちていた。

 

「悪いな、クロノ。あんたはここで終わりだよ」

「いくらあんたでも、あたしたち二人を一度に相手に出来るわけがないだろうからね」

 

 アリアとロッテはそう話したが、クロノはそれでも表情を変えることなく、二人を見つめていた。

 

「……もし例えそうだったとしても、僕はこんなところでは引かないよ。君たちが諦めない限りね」

「っ!? どうしてだよっ! 会ったことのない他人が一人犠牲になるだけじゃないかっ! それだけで、過去たくさんの命を奪っていった《闇の書》を封印できるんだよっ! あんたの父親――クライドの敵だって討てるんだよっ!」

 

 頑ななクロノの態度に、ロッテが悲しげな表情で叫んだ。

 しかし、そんなロッテの叫びにもクロノは首を横へと振った。

 

「他人かどうかなんて、関係ないんだよ。ただ、一人の女の子を犠牲にして勝ち得た平和なんて、悲しいだけだよ。それに、父さんの敵を討つために、僕は管理局に入ったわけじゃない。ましてや、こんなことを父さんが望んでいるはずもない」

 

 クロノの力強い視線に、アリアとロッテは一瞬だけたじろいだが、すぐに表情を戻した。

 

「……どうやら、あたしたちはやっぱり相容れないみたいだね」

「僕としては投降してくれると助かるんだが?」

「それはできないよ。あたしたちにも目的があるからね」

 

 クロノの言葉にアリアが答えると、アリアとロッテの二人は戦闘の構えを取った。

 

「あたしたちは八神はやての命を犠牲にして、《闇の書》を永久に封印するっ!」

「父様のためにっ!」

 

 その叫びと同時に、アリアが砲撃魔法の構えを取り、ロッテはクロノへと突撃を開始した。

 

(……やるしかないか)

 

 クロノは心に決め、二人を迎撃する態勢を整えた。

 

 ――その瞬間、三人が予想だにしないことが起こった。

 

「っ!? やばい……アリア……ッ!」

 

 反応が一番早かったのは、クロノへと突っ込もうとしていたロッテであった。

 それに気付いたと同時に、ロッテは空中で急ブレーキを掛け、アリアへと叫んだ。

 

「え……?」

 

 ロッテの声を聞いていたが、アリアはそれを呆然と見てしまった。

 

 ――上空から降り注ぐ真紅の砲撃を――。

 

 それはアリアを飲み込んでもなお止まらず、周囲のビルをも飲み込み、地面へと突き刺さった。

 

(この攻撃は……っ!)

 

 その光景を一部始終目撃していたクロノは、驚愕していた。

 轟音とともに、周囲に土煙が舞い上がり、クロノとロッテは腕で顔を覆っていた。

 

「アリア……っ!?」

 

 砲撃に飲み込まれたアリアを心配し、ロッテは叫んだ。

 そのロッテの視線の先、土煙が晴れた場所に砲撃魔法に飲み込まれたアリアの姿を見つけた。気絶し、怪我もしているが、どうやら無事なようであった。

 無事なアリアの姿を見て、ほっとしたロッテに対し、どこからか声が響いてきた。

 

「悪いが、お前たちの野望はここまでだ。――早々に退場願おうか」

「っ!? あんたは……っ!」

 

 背筋に悪寒を感じ、ロッテは振り返りながら瞬時にプロテクションを張った。

 轟音が周囲へと響き渡り、ロッテは衝撃を殺すために歯を食いしばってそれに耐える。

 そして、アリアを砲撃魔法で沈め、ロッテへと攻撃をしてきた人物へと視線を向けた。

 

「生きていたのかっ! 黒沢祐一……っ!」

 

 長剣をロッテのプロテクションへと叩きつけていた人物――黒沢祐一はいつもと同じ漆黒ロングコートを纏い、その顔にはサングラスを掛けていた。

 ロッテへの攻撃を止めることなく、プロテクションへと叩きつけている長剣型デバイス《冥王六式》に力を込める。

 

「はっ!」

「っ!? かは……っ!?」

 

 ロッテが張っていたプロテクションが叩き割られ、祐一の長剣がロッテの腹部へと叩き込まれ、ロッテは弾丸の如くビルへと激突した。

 そして、祐一はロッテの姿を確認することなく、別の方向へと視線を向けた。祐一の視線の先には、闇の書と激しく戦闘を続けているなのはとフェイトの姿があった。

 

「……借りは返したぞ」

 

 一瞬だけ、吹き飛ばしたロッテの方へと視線を向け、祐一は静かに呟いた。

 そして、未だに呆然としているクロノへと視線を向け、

 

「クロノ、後を頼む」

「あ、はい。わかりました」

 

 そう言い残し、祐一はこの場を去った。

 祐一が去っていった方向を見つめ、クロノは嘆息した。

 

「……はは、流石は祐一さんだな。……僕の出番じゃなかったみたいだ」

 

 クロノは苦笑を浮かべ、《黒衣の騎士》になのはたちのことは任せ、執務官としての仕事へと戻った。

 




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