大変遅くなり、申し訳ございません。
リアルに時間が取れませんでした。
楽しんで頂ければ幸いです。
では、どうぞ。
「――ここは……」
そう静かに呟いたのは、一人の青年だった。
ここは病院の一室であり、青年はそこのベッド眠っていたのだ。
ベッドで眠っていた青年――黒沢祐一はぼんやりした表情で白い天井を見つめていた。
「お、旦那。やっとお目覚めかい?」
一度、指をパチンと鳴らし、ベッドで眠っていた祐一の隣にある椅子に座っている青年が口を開いた。
全身を赤一色でコーディネートした格好をしており、髪も真紅に染まっていた。だが、前髪の一房だけが真っ青に染まっていた。それも相まって、その異端さが窺えるようであった。
赤髪の青年――ヴァーミリオン・CD・ヘイズは、軽薄そうな表情をしながらも、本気で祐一のことを心配していたのか、ほっとした表情を浮かべた。
「心配を掛けたみたいだな」
「なに、良いってことよ」
祐一の言葉に、ヘイズは恥ずかしそうにしながら手を振った。
そんなヘイズを見て、祐一は僅かに苦笑を浮かべた。
「俺はどのくらい眠っていた?」
「ざっと一週間とちょっとってところだな」
「そんなにもか。……鈍ったものだな」
「いやいや、そんな短期間で重傷だった怪我をほとんど治しちまうって……どんなんだよ……」
ヘイズが呆れたように言うと、祐一は寝ていた体を起こした。
「……っ」
「旦那、駄目だって! 流石にあと二週間ぐらいは安静にしてねぇと!」
「いや、問題ない」
ヘイズの注意も聞き入れず、祐一は完全にその体を起こした。
そして、怪我の具合を確かめるように、祐一は体の調子を確かめる。
(傷は塞がってはいるが、あまり激しく動くと開く可能性はあるといったところか……一週間も眠っていたことによる身体能力の低下の方が問題か……)
そう自身の調子を祐一は一つずつ確かめていた。
そんな調子の祐一に、ヘイズは頭を掻きながら嘆息した。
(ったく、相変わらずだな、祐一の旦那は……昔から自分の周りにいる人間に危険が迫ったら、自分のことなんかお構いなしだ)
昔から祐一はそんな男だったと、ヘイズは目の前にいる祐一を見ながら思った。
自分の体の調子を確かめている祐一に、ヘイズは一度指を鳴らしてから声を掛けた。
「まぁ、旦那が行くって言うなら止めねぇけどよ。……こんなこともあろうかと、いろいろと調べておいたぜ。……《闇の書》の情報について、な」
「すまないな、ヘイズ……」
「だいたい、こうなることは予測できてたからな。乗りかかった船だし、地球まで送っていくから、その間にでも確認してくれや」
ヘイズの言葉に、祐一はもう一度、「すまんな」と言うと、ベッドから降り、久しぶりに両足を地面に着けた。
そして、祐一は立ち上がると掛けてあった自身の服へと近づき、病衣を脱いだ。病衣を脱いだ祐一の体には包帯が巻かれており、重傷であったことがありありと認識できた。
だが、そんなことは気にせず、祐一は服を身に着けていった。
「この服も着るのは久しぶりだな」
いつも着ていた漆黒の衣服を身に纏い、感慨深げに祐一は静かに呟いた。
漆黒の衣服を身に纏った祐一を見て、ヘイズは笑みを浮かべた。
「やっぱり、旦那にはその格好が似合ってるよ」
そんなヘイズの言葉に祐一は苦笑を浮かべた。
二人がそんなやり取りをしていると、部屋の扉が開き一人の男性が入ってきた。
「起きたのか、祐一」
僅かに安堵したように、男性が言った。
その男性は白衣を着用しており、なにより特徴的なのが、モノクルを掛けているところであった。
そんな男性を見て、祐一は僅かに頭を下げる。
「先輩にも、今回はお世話になりました」
「先生、来てたんだな」
「ああ、そろそろ祐一が目覚めるだろうと思ってな」
祐一に先輩、ヘイズに先生と呼ばれた男性――リチャード・ペンウッドは白衣のポケットに手を入れたまま、笑みを浮かべていた。
「って、先輩っ!? ここは禁煙だってのっ!」
「……ん? ああ、すまないな。つい、癖でな」
「ったく、マジで勘弁してくれよ。ここは病院で、しかも病室なんだからよ。いくらここが個室で俺たちだけしかいないからって、非道徳的なことは止めてくれよ」
リチャードがポケットから煙草を取り出し、口に咥えようとしたところで、ヘイズが叫ぶように止めた。
リチャードは二十歳を過ぎてから煙草を吸うようになり始めたのだが、今ではすっかりヘビースモーカーとなってしまっていた。なので、いつも口元が寂しくなると、思わず煙草を吸おうとしてしまうのだ。
リチャードは煙草は再びポケットへ仕舞うと、今度は別のポケットからガムを取り出し、それを口に放り込んだ。
「もう行くのか? 祐一」
「ええ。怪我の治療、ありがとうございました」
リチャードに祐一は頭を下げた。
「……そうか」
リチャードは静かに頷くと、おもむろに胸ポケットへと手を入れ、何かを取り出し、それを祐一へと手渡した。
「……先輩、これは……」
「手入れはしていたようだが、一応"メンテナンス"をしておいた。すまんな、勝手に持って行って」
リチャードが祐一へと渡したのは、祐一がいつも首から下げていた剣型のアクセサリーであった。それを受け取った祐一は、黙ってじっとそれを見つめていた。
そんな祐一を見つめながら、リチャードは両手をポケットへと入れながら静かに口を開いた。
「きっと今後の戦いで必要になるはずだからな」
そんなリチャードの言葉を聞きながらも、祐一は受け取った剣型のアクセサリーをジッと見つめていた。
「……もう、いいんじゃないか……」
リチャードの言葉に、祐一の表情が僅かに動いた。
リチャードは祐一の表情の変化に気付いていたが、構わず話しを続けた。
「それそろ、自分を許してもいい頃ではないか?」
リチャードの言葉を聞いても、祐一は黙ったままであった。
僅かに表情が変化したものの、そこから祐一が何を考えているか、付き合いの長いリチャードとヘイズも分からなかった。
だが、一つだけわかったことがある。
(やっぱり、祐一の旦那は……まだ、雪姉さんのことを……)
黙ったままの祐一を見つめながら、ヘイズは僅かに表情を歪めた。
そして、しばらくの間沈黙が続いたが、黙っていた祐一が静かに口を開いた。
「――確かに先輩の言うとおり、もう、過去とは決別した方がいいのかもしれません」
祐一は静かに言葉を紡いでいく。
「ですが、先輩とヘイズには申し訳ないですが……俺はまだ、自分の気持ちにケリをつけることができていない。雪がいたら、いつまでも悩んでるんじゃないと言われそうですがね」
そう祐一は話しながら、僅かに苦笑を浮かべた。
「情けない男だと、自分でも思います。……だが、こんな俺にもできることはある。だから、俺は戦い続けます」
「……そうか。なら、"それ"は使わないのか?」
祐一の言葉を聞き、リチャードがゆっくりと息を吐き、祐一が首に掛け直した剣型のアクセサリーを指差す。
「これは、まだ使えません。――ですが、俺の中で踏ん切りがついたそのときは……」
「……そうか。なら、俺からは何も言わんよ」
「俺は元から何も言うつもりもなかったですけどね」
リチャードは祐一の言葉に溜め息を吐き、ヘイズは苦笑を浮かべながらそう言った。
「――ありがとう。二人とも……」
そんな二人の言葉を聞き、祐一は静かに頭を下げた。
◆
――一方その頃、管理局メンバーは《闇の書》の核心に迫ろうとしていた。
「――《闇の書》というのは、本来の名前じゃない。古い資料によれば、正式名称は《夜天の魔導書》。本来の目的は、各地の偉大な魔導師の技術を蒐集して、研究するために作られた、主とともに旅する魔道書――」
管理局執務官であるクロノ・ハラオウンは、現在、無限書庫にいるユーノ・スクライアと連絡を取り合っていた。そこには、クロノの補佐官でもあるエイミィ・リミエッタ、そして、ギル・グレアム提督の使い魔の一人であるリーゼロッテの姿があった。
今、ユーノが今まで調べた内容をクロノたちへと話しているところであった。
クロノはモニターに映っているユーノを真剣な眼差しで見つめていた。
「破壊の力を振るうようになったのは、歴代の持ち主の誰かが、プログラムを改変したからだと思う」
「今も昔も、ロストロギアを使って絶大な力を得ようとする輩は変わらないってことだね……」
そう溜め息を吐いているのは、ギル・グレアム提督の使い魔の一人であるリーゼアリアである。彼女は使い魔であり人間ではないため、人のこういった考えは理解出来なかった。
だが、全ての人間がこのような考えを持っているわけではないということも理解していた。
「その改変のせいで、旅をする機能と破損を修復する機能が暴走しているんだ」
「転生と無限再生についてはそれが原因か……」
「古代魔法なら、それくらいはありかもね」
ユーノの言葉に、クロノは表情を歪め、リーゼロッテは淡々と言葉を口にした。
「一番酷いのは、持ち主に対する性質の変化。一定期間蒐集しないと、持ち主の魔力を侵食しはじめるし、完成したら持ち主の魔力を際限なく使わせる。――無差別破壊のために……」
そこまで話すと、ユーノは大きく息を吸い込んだ。
「だから、これまでの主は、皆魔導書が完成してすぐに……」
「――ああ……」
皆まで言わずとも、クロノにはユーノが言う言葉を知っていた。故に、先んじてクロノはユーノの言葉に被せるように、声を放った。
「停止や封印方法についての資料は?」
「ああ。それは今調べてる。……だけど、完成前の停止は難しい」
「なぜ?」
ユーノの言葉を聞き、クロノが僅かに表情を変えながら話した。
《闇の書》を破壊することは困難であり、それを実行してしまうと、また転生してしまうため、根本的な解決にはならないことはクロノは重々承知であったため、被害を最小限に抑えるためにも、完成する前に対処できるのがベストであった。
クロノの質問に答えるように、ユーノはモニター越しに首を横に振った。
「《闇の書》が真の主と認識した人間でないと、システムの管理者権限を使用できない。つまり、プログラムの停止や改変が出来ないんだ」
そう話しをするユーノの表情は悔しげに歪んでいた。
「無理に外部から操作しようとすれば、主を吸収して転生しちゃうシステムも入ってる」
「そうなんだよねぇ~。……だから、《闇の書》の永久封印は不可能って言われてる」
ユーノの言葉を引き継ぐように、リーゼアリアがそう話した。
二人の話を聞き、話を聞いていた者たちが溜め息を吐いた。
「《闇の書》――いや、《夜天の魔導書》も可哀そうにね……」
そうクロノの横で椅子に腰掛けているエイミィは一人静かに呟いた。
クロノはそんなエイミィの言葉を聞きながら、ユーノへと声を掛ける。
「調査は以上か?」
「現時点では、ね。まだいろいろと調べてる。でも、流石は無限書庫。探せばちゃんと出てくるのが凄いよ」
「っていうか、わたし的には君の方がすごいと思うよ。すごい捜索能力だし」
リーゼアリアがここまでの情報を調べ上げたユーノに対し、感嘆の声を上げた。
この短期間でここまでの情報が調べられたユーノの捜索能力に関しては、目を見張るものがあった。故にこそ、クロノはユーノに対し、《闇の書》――いや、《夜天の書》の捜索を依頼したのだ。
(効果覿面だったな)
そう内心でクロノは微笑んだ。だが、普通に褒めるのは悔しいので、顔には出さない。
「すまないが、引き続き調査をよろしく頼む」
「うん。わかったよ」
「アリアも頼む」
「はいよ」
話を終え、モニターを切った。
エイミィとリーゼロッテが談笑を始める中、クロノは次の問題を考えていた。
(あとの問題は《仮面の男》か……)
こちらに関しては、未だに情報が少なかった。
(唯一、祐一さんのお陰で、こいつらが二人いるということが分かってる。それだけでも貴重なヒントだ)
そう、祐一と《仮面の男》の戦闘で分かったこと、それは《仮面の男》が"二人"いるということだった。
(祐一さんも言っていたが、奴らは並の魔導師ではない。普通に戦闘すれば、僕では勝てないだろうな……悔しいことだが……)
クロノは客観的に見て、自分では《仮面の男》たちには勝てないと踏んでいた。
(だが、それは正面からぶつかった場合の話しだ。それ以外でなら、やりようはいくらでもある)
そう考え、クロノは心に決意を灯した。
(祐一さんはいない。なら、奴らの相手をするのは僕だろう。祐一さんの変わりが務まるとは思ってない。……だけど、自分にできることを全力でこなしてみせる)
クロノは今、この場にはいない祐一の姿を思い出し、さらに決意を漲らせた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、ご指摘をよろしくお願いします。
次回もおそらくは二週間ぐらいあとになってしまうかと思います。
気長に待っていただければ幸いです。