魔法少女リリカルなのは~黒衣の騎士物語~   作:将軍

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投稿します。
楽しんで頂ければ幸いです。
では、どうぞ。


助力

 ――管理局本局――

 

 ここ、管理局本局のとある一室に一人の男性が椅子に座っていた。

 乱雑に伸ばされた髪を適当に流し、しわだらけの白衣を局員の制服の上から身に纏っている。印象的であるのが、片目だけに掛けられているモノクルであった。

 年齢は祐一よりも上であろう。壮年と呼ぶにはまだ若さが感じられるが、口元に加えられた煙草とその疲れた表情から、年齢よりも年上に見える。

 

「――なに? 祐一がここに来ていたのか?」

「あ、はい。事件に巻き込まれた女の子の付き添いで、ここに来ていたんですよ。そのとき、"先生"のデバイスのメンテナンスを頼まれて……それで聞いてみたら、先生の知り合いだって聞いたんです」

 

 "先生"と呼ばれた男性の質問に、ショートカットの髪に眼鏡を掛けた女性――マリエル・アテンザが答えた。

 "先生"と呼ばれた男性――リチャード・ペンウッドはそうか、と静かに頷きを返した。

 

「でも、先生があの《黒衣の騎士》――黒沢祐一さんの知り合いだったなんて、それもそんな人のデバイスを作成していたなんて知らなかったですよ」

「特に人に教えるような話しでもなかったからな」

「もう、そんなことないですよ。なんといっても《黒衣の騎士》と言えば、あの《紅蓮の魔女》の相棒で、当時は管理局最強コンビと言われていたぐらいなんですから……」

 

 何やらテンションが高くなってきたマリエルが話す内容に、リチャードは僅かに嘆息しながら、口から紫煙を吐き出した。

 

「――って、先生、何煙草吸ってるんですかっ! この間、煙草吸うの我慢するって言ってたじゃないですかっ!」

「……そんなこと言ってたか……?」

「言ってましたよ。もうっ、すぐに煙草吸うんですから……」

 

 マリエルに怒られ、仕方なくリチャードは吸っていた煙草を携帯灰皿へと放り込んだ。

 だが、口元が寂しく感じられたので、リチャードはポケットからガムを取り出し、それを口の中へと放り込んだ。

 そんなリチャードの姿を見て、マリエルはやれやれといった風に首を横に振っていた。

 

(しかし祐一のやつ、また何か事件に巻き込まれたのか。まぁ、あいつのことだから何も問題ないとは思うが……)

 

 付き合いは祐一が管理局辞めるまでと、期間としては短いが、それでもかつては同じ部隊に所属し行動を共にしていたため、リチャードは祐一の強さを分かっているつもりだ。そんじょそこらの魔導師に、祐一がどうにか出来るとは思えなかった。

 それこそ、本気の祐一と戦って勝てるのは、今は亡き《紅蓮の魔女》ぐらいであろうと、リチャードは思っていた。

 

(だが、今の祐一は昔とは違う。自身の魔力をセーブし、本気を出さないようにしている。まるで本気になることを忌避しているかのように……)

 

 リチャードは今の祐一の現状を考えるが、すぐに首を横に振った。

 

(まぁ、私がこんなことを考えていても何も始まらんか。きっと、祐一ならばなんとかするだろう)

 

 リチャードはそう考えると、祐一のことは頭の隅へと追いやり、自分の仕事へと戻る。

 それからしばらく仕事をしていると、リチャードの携帯端末に一通のメールが送られてきた。

 

(この忙しいときに、誰からだ? もう今月は仕事はせんぞ……)

 

 心の中でそうボヤキながら、リチャードはメールの差出人の名前を確認し、その名前を見て僅かに目を見開いた。

 

(……おいおい、こいつから連絡があるときは、だいたい何か良くないことがあると相場が決まっているんだが……)

 

 リチャードが僅かに眉を顰めながら嘆息した。

 差出人にはこう書かれていた。

 

 ――《Hunter Pigeon》と……。

 

(……また忙しくなりそうだな)

 

 リチャードはそう思いながら、紫煙を口から吐き、もう一度嘆息した。

 

 ◆

 

「――祐一お兄さん、どこに行ったんだろう……」

「わからない。祐一のことだから心配することないんだろうけど……」

 

 なのはとフェイトが寂しそうに話をしていた。

 今、なのはとフェイトは通常どおり小学校へ登校していた。なのはは休み明けなだけで久しぶりというほどではなかったが、フェイトは生まれて初めての学校であり、登校した当初は緊張しっぱなしであった。

 休み時間になると、フェイトへの質問で他の生徒が殺到していたものの、アリサの助力により、それも緩和しており、今は落ち着いた状態となっていた。

 

「え? 祐一さん、またどこかに行ったの?」

「この前お仕事から戻ってきたんじゃなかったっけ?」

 

 なのはとフェイトの会話を聞き、アリサとすずかも会話へと混ざってきた。

 

「うん、そのはずなんだけど……」

「連絡が取れないんだ」

「そうなんだ……」

 

 寂しそうに話すなのはとフェイトに、すずかも心配そうに頷いた。

 そんな沈んだ空気を和ますように、アリサが元気な声で話しを始めた。

 

「みんな心配しすぎよ。あの祐一さんよ? 心配するだけ無駄よ」

「アリサちゃん……」

 

 アリサの言葉に、すずかは困ったように苦笑を浮かべた。

 

「だってそうでしょ? そもそも、なのはもフェイトもわたしよりも祐一さんとの付き合いが長いんだから、それくらいは分かるでしょ? それともなに? あんたたち、祐一さんのこと信頼してないの?」

「そ、そんなことないよっ!」

「そ、そうだよっ! わたしは祐一のこと、とっても信頼してるよっ!」

 

 アリサの言葉に、なのはとフェイトが慌てたように声を上げた。

 その言葉を聞き、アリサは優しげな笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、いいじゃない。あんたたちは、祐一さんが帰ってきたら笑顔で迎えてあげればいいんじゃない。その方が、きっと祐一さんは喜ぶわよ、きっと」

「うん。わかったよ。ありがとう、アリサちゃん」

「ありがとう、アリサ」

「ふ、ふんっ! べ、別にあんたたちがうじうじ悩んでるのが、気に入らなかっただけよっ!」

 

 ふんっ! と、頬を赤く染めながらそっぽを向くアリサを、なのは、フェイト、すずかの三人は優しげな表情で見つめていた。

 

 ◆

 

 そして、時刻は放課後となり帰宅する時間となった。

 

「じゃあ、あたしとすずかはここで」

「またね、なのはちゃん、フェイトちゃん」

「うん。また明日」

「ばいばい、アリサ、すずか」

 

 アリサとすずかは迎えの車で帰るため、ここでなのはとフェイトとはお別れとなる。

 車が見えなくなるまで手を振っていた、なのはとフェイトはそれを確認すると、帰路につく。

 しばらく二人で世間話をしていたが、話題は魔法関係へと変わっていった。

 

「――祐一のことも気になるけど、今は《闇の書》の方が問題だから……」

「うん。そうだね」

 

 フェイトの言葉に、なのはも真剣な表情で頷きを返した。

 

「なのはは、あの人たちのことどう思う?」

「あの人たちって、《闇の書》の……?」

「うん。《闇の書》の守護騎士たちのこと……」

 

 フェイトの言葉になのはは僅かに考えた後、言葉を返した。

 

「えっと、わたしはいきなり襲い掛かられてすぐに倒されちゃったから、よくわかんなかったよ。フェイトちゃんは?」

「わたしも騎士の一人にすぐに倒されちゃったから、詳しいことはわからない。……けど、少し不思議な感じだった」

「不思議な感じ?」

「うん。なんていうか、上手く言えないけど悪意みたいなものは何も感じなかったんだ」

 

 俯き加減に話しをするフェイトの言葉を聞き、なのははそっか、と僅かに天を仰いだ。

 

「《闇の書》の完成を目指す目的とか話しを聞ければいいんだけど、それも出来そうな雰囲気じゃなかったもんね」

「強い意志で自分を固めちゃうと、周りの言葉ってなかなか入ってこないから……わたしもそうだったしね」

 

 そう自嘲気味な笑みを浮かべるフェイトを、なのはは心配そうな瞳で見つめた。

 そんななのはの表情を見て、フェイトは慌てて口を開いた。

 

「あっ! で、でも母さんのためだとか、自分のためだとか、そんな風になかなか周囲の言葉が耳に入りにくかったときでも、何度もなのはが言葉を掛けてきてわたしの心は揺れたから……」

 

 フェイトは僅かに頬を染めながら、なのはへと笑顔を向けた。そんなフェイトの笑顔を見て、なのはも僅かに笑顔を浮かべる。

 

「祐一も言ってた。『相手が確固たる意思を持っていた場合、どうしても戦わなければならないときもあるだろう。相手にもゆずれないものがあり、こちらにもゆずれないものがあるならば、そのときは互いの想いをぶつけ合うしかない。自分たちの想いを伝えるために戦って勝ち取る必要があり、自分がそうしたいと願うならば、その想いを貫くことだ』って……」

「ふふ、祐一お兄さんぽいね」

 

 フェイトの言葉を聞き、なのはは祐一の姿を思い、笑顔を浮かべた。

 

「こちらの言葉を伝えるために、戦って勝つことが必要ならわたしも迷わずに戦えると思うんだ。だから、わたしは言葉を伝えるために戦うよ。なのはがわたしにそうしてくれたように……」

「……うん。そうだね」

 

 なのはは真剣な表情で頷きを返した。

 

「だから、強くなろう。相手にわたしたちの想いを伝えるために……」

「そうだね。わたしも強くなるよ……」

 

 フェイトとなのははお互いの手を取り、そう誓い合った。

 

 ◆

 

 静かに瞑想するように目を閉じている一人の女性がいた。

 ベランダで自身の相棒である剣型のデバイス《レヴァンティン》を正眼に構え――《闇の書》を守護する騎士の一人シグナムは一人息を吐いた。

 季節は冬であるため、その吐く息は白かった。

 

(――黒沢は無事だろうか……)

 

 切れ長の瞳を開きながら、謎の《仮面の男》たちの襲撃によって、怪我を負った祐一を心配していた。

 互いにゆずれない想いがあったために戦うことになってしまった、《黒衣の騎士》――黒沢祐一。

 結果的にではあるものの、シグナムたちと戦うことになってしまったために、祐一は怪我を負ってしまった。

 

(あの仮面の男の目的は、一体なんだったのか……)

 

 シグナムはいろいろと考えてはみたが、結局は答えはでなかった。

 祐一が退却した後、シグナムたちに何かをするでもなく仮面の男は撤退していった。

 唯一、最後に仮面の男がしていったことといえば、自分たちに施していたバインドを解除したことと、"祐一の魔力をこちらに渡してきた"ことだった。

 最初の攻撃のとき、あの仮面の男は祐一のリンカーコアから魔力を吸い出していたらしく、去り際に《闇の書》で蒐集するようにと言ってきたのだ。

 

(あいつらの言うことを聞くのは癪だったのだがな……)

 

 僅かにシグナムは表情を歪めた。

 結局、仮面の男が言った通りにシグナムたちは祐一の魔力を蒐集した。もはや残しておいても無駄になるということと、自分たちの主を助けるためだと思い、その誘いに乗ったのだ。

 

(――だが、次に私の前に現れたら、そのときは……)

 

 シグナムはそう考えながら、正眼に構えていた剣を振り下ろした。風を切る音が周囲に響くと、シグナムは一度深呼吸した。

 

「シグナム、そろそろ晩御飯よ」

 

 自分を呼ぶ声が聞こえたので振り向くと、そこには同じく守護騎士の一人であるシャマルがいた。

 

「ああ、もうそんな時間か……」

「ええ。……何か考え事をしてるようだったけど、やっぱり……」

「ああ。黒沢のことを考えていた……」

 

 レヴァンティンを待機状態へと戻しながら話すシグナムに、シャマルは悲しそうな表情でそう、と静かに頷いた。

 シャマルも短い付き合いではあったが、祐一の人となりに触れ、数少ない信頼できる人物だと思っていた。そのため祐一と敵対することに、少なからず悲しみがあり、また仮面の男によって怪我をしてしまった祐一を心配していた。

 

「祐一くんは大丈夫かしら?」

「……あの程度でやられるような男ではないさ」

「そうよね。……このことははやてちゃんには……」

「……少なくとも我々の目的が達成されるまでは黙っていようと思う。心苦しいがな……」

 

 シグナムは苦虫を噛んだ表情をしながら、そう答えた。

 

「そうよね。今、はやてちゃんに祐一さんのことを言うのは避けた方がいいわよね」

「ああ、よろしく頼む。それと、明日からは地球ではなく別のところで蒐集をメインに行っていく。もはや管理局にも目をつけられているからな」

「了解」

 

 シグナムの言葉に、シャマルは真剣な表情で頷きを返すと、すぐに柔和な笑みを浮かべた。

 

「さ、それそろ中に入りましょ。はやてちゃんも待ってるわ」

「ああ」

 

 パタパタと家の中へと入っていくシャマルの後姿を見届けた後、シグナムは夜空を見上げた。

 夜空を見つめるシグナムの瞳には、強い意志と、僅かな迷いが感じられていた。

 

 




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