魔法少女リリカルなのは~黒衣の騎士物語~   作:将軍

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投稿します。
遅くなりました。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


決別

 久しぶりに祐一に会えたことにより、はやては上機嫌だった。満面の笑みを浮かべながら、はやては料理を作っていた。

 料理を手伝いながら、嬉しそうなはやてをシャマルは複雑な表情で見つめていた。

 

(祐一くんが帰ってきてから、はやてちゃんとても嬉しそう……)

 

 最近、シャマルたち守護騎士は魔力を集めるため、必然的に帰るのが遅くなってしまい、はやてといっしょにいる時間が減っていた。そのため、はやてが寂しそうな表情をしているのをシャマルはときどき見掛けていた。

 そんなはやてが、今は他人が見て分かるぐらい嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

(それだけ、祐一くんははやてちゃんにとって大きな存在ということなのよね)

 

 だけど、とシャマルは僅かに表情を曇らせる。

 

(……だけど、そのはやてちゃんにとって大事な人と、私たちは戦わないといけないかもしれない)

 

 そう考えていると、シャマルは思わず溜め息を吐いてしまう。

 

「……? どないしたん、シャマル? なんや、元気ないみたいやけど……」

「えっ!? 全然、そんなことないですよっ!?」

 

 はやてはそんなシャマルの小さい溜め息に気付き、そう聞いてきた。シャマルは自分の溜め息が聞かれていると思っていなかったため、驚きながらも笑みを浮かべながらそう言葉を返した。

 

「そう……? 何か困ってることがあったら、すぐに言ってな。わたしでよければ力になるから」

 

 そう微笑みながら話すはやてにシャマルは驚きの表情を浮かべたが、すぐに優しい笑みを浮かべた。

 

(こんな優しい主を悲しませたくない。……だけど、この今の生活を失うのはもっと辛い。だから、もし誰かがそれを邪魔してくるのなら、相手が誰であろうと容赦はしないわ)

 

 シャマルは心にそう決意しながら、はやてへと笑顔を向けた。

 

 ◆

 

 一方、はやての料理ができるのを祐一、シグナム、ヴィータ、ザフィーラはソファーに座って待っていた。

 祐一はいつもと表情が変わらず無表情でシグナムたちと話しをしている。

 また、シグナムとザフィーラ(狼形態なので表情は不明)もいつもと変わらない態度で祐一と接していた。

 ――だが、ヴィータだけはいつもと少し違っていた。

 

「……ヴィータ、そんなに警戒するな」

「…………」

 

 シグナムが僅かに呆れ気味にヴィータへと声を掛けるが、ヴィータは何も言わず、ただ祐一を睨みつけていた。

 そんなヴィータにシグナムとザフィーラは仕方ないなという思いと、はやてがいるこの場所で険悪な雰囲気を作ろうとしているということ思いがせめぎあっていたが、やはりこの場所ではそのような雰囲気にしたくないのか、先ほどからヴィータを説得しているが、効果はイマイチだった。

 

「おい、ヴィータ……」

「いや、構わないさ、シグナム。ヴィータが俺を警戒している気持ちは十分に分かっているつもりだし、和気藹々というわけにもいかないだろう」

「…………」

 

 祐一の言葉に今度はシグナムが黙った。

 

(確かに、現状、黒沢と我々の関係は複雑ではあるが、黒沢には主も世話になっているし、我々にとってもこの世界で暮らしていく上で、必要なことをいろいろと教えてくれた恩人でもある)

 

 そう心の中で思いながら、シグナムは祐一を見つめる。

 本人が好きなのか、基本的に黒を基調とした服装でまとめられた格好はファッションセンスに疎いシグナムでも、好感の持てるものであった。短髪黒髪、長身の祐一にはとてもよく似合っていると、シグナムは思っていた。

 

(……世話になった恩人とも戦わなければならないかもしれないとはな。これほど自分たちの境遇を呪いたくなったのは、初めてかもしれんな)

 

 シグナムはそう心の中で思いながら、静かに溜め息を吐いた。

 この世界で新しい主――はやてと出会い、幸せな時間を手に入れることができた。そしてそれを手伝ってくれたのが、祐一であった。

 だからこそ、シグナムは祐一とは戦いたくはなかった。

 

(――だが、それでも我々は主のために何者をも越えてゆかねばならない)

 

 シグナムは守護騎士の将――リーダーのような存在だ。だからというわけではないが、気持ちが揺らぐような存在であってはならない。

 

(私は烈火の将シグナム。主のために、邪魔をするものは全て切り伏せ、打ち倒すだけだ)

 

 そう心の中で思いながら、シグナムは祐一たちと会話を続けた。

 

 ◆

 

 ザフィーラは黒沢祐一という青年を認めていた。

 守護騎士の中で、唯一の男性であった彼はすぐに祐一と打ち解けていた。

 同じ男であったこともあるが、何か祐一とは通ずるものがあるようにザフィーラは思っていた。

 

(――祐一も誰かを守るような存在なのかもしれないな)

 

 その立ち振る舞い。相手を冷静に観察する視線。シグナムと同等か、それ以上の力を持ち、何よりザフィーラたち守護騎士と同じようにはやてを守るという姿勢が守護騎士たち皆にとっても好印象であった。

 

(だが、きっと祐一は我らの行いを手伝ってくれることはないだろう……)

 

 祐一は自分が認めた者が助けてくれと言ったなら、全力でそれに応える人物であると、ザフィーラは思っている。

 だが、祐一は良くも悪くも相手に合わせる傾向がある。そのため、はやての意思を汲む可能性が非常に高い。

 

(我らが主の願いは平穏。……例え自分の命が危険だと知っても、他人に迷惑を掛けることは望まないだろう。だからこそ、祐一は我らの意思には同調してはくれない)

 

 自分たちははやての守護騎士。主の命は絶対であるが、今回の件は自分たちの独断で、はやての意思に反していた。

 

(我らが間違っているのか……? ……いや、それは考えても仕方ないことだな)

 

 そう心の中で思うが、ザフィーラはそれを振り払うかのように首を横に振った。

 

(間違っているかではない。……やるか、やらないかだ)

 

 そう心の中でザフィーラは強く思った。

 そして、シグナムと話しをしている祐一へと視線を向ける。

 

(お前が俺のことをどう思っているかは知らないが、俺はお前のことを良き友人だと思っている)

 

 ザフィーラにとって、シグナム、ヴィータ、シャマルの三人以外でここまで話しをした人物は少なかったし、それに男性であることを考えれば、もっと少なかった。

 それゆえに、ザフィーラは祐一のことを良き友人だと思っていた。

 

(その友人の気持ちを裏切っているかもしれん。だが、それでも我らは止まれない)

 

 だから、とザフィーラは心の中で思った。

 

(――我らを止めたいのであれば、全力でぶつかってこい。そのときは、俺もこの拳でお前の思いに応えよう)

 

 そうザフィーラは、心に決意を宿した。

 

 ◆

 

 祐一が来てから、ヴィータは機嫌が悪かった。シグナムが言っていたように、祐一を睨んだり、厳しい物言いをしていた。

 ――だが、その内心は違っていた。

 

(祐一があたしたちの敵になるなんて……はやてを助けることを止ようとするなんて、信じられねぇ)

 

 むくれた表情で、ヴィータは心の中でそう思っていた。

 そして、目の前に座っている祐一を静かに見つめていた。

 

(初めて会ったときは、なんだか物静かで何考えてるかわかんなくて、いけ好かない奴だと思ってたっけな)

 

 ヴィータがというか、守護騎士たちと祐一が初めて出会ったのは、闇の書が起動し、皆が目覚めたときだった。自分たちが急に現れたことによって、主であるはやてが気絶した後、黒衣の青年はやってきて、はやての知り合いだと名乗り、すぐにはやてを病院へと連れて行ったのだ。

 そんな青年にヴィータは始めは警戒心を強めていた。

 はやてからも祐一は大事な人だから仲良くしてと言われたが、ヴィータはそれでも警戒心を解かなかった。

 

(あのときは自分で見極めようと思ったんだっけな)

 

 はやてがいくら良い人だと言っても、内心では何を企んでいるかわからない。ヴィータは主を危険から守護する者だ。だから、おいそれと相手を認めるわけにはいかなかった。

 そして、そこからヴィータは祐一を観察していったのだ。

 

(だけど、結局、シグナムもザフィーラも祐一をすぐに認めていった。シャマルははやてに言われてすぐに認めてたけど。だけど、あたしはしばらくの間は祐一を認めなかった。だけど……)

 

 だが、結局、ヴィータが祐一を認めるのも時間は掛からなかった。

 

(確かあたしが本格的に祐一を認めた始めたのって、二人で買い物に出掛けたときだったっけ……)

 

 ヴィータはその日のことを思い出す。

 その日は、たまたま皆が忙しく、買い物を頼めるのがヴィータしかいなかったときだった。

 はやてに買い物を頼まれたヴィータは一人で出掛けようとしたが、流石に一人では荷物がかさばり過ぎるため、はやてがそのときはやての家を訪れていた祐一へと荷物持ちを頼んだのだ。

 当然、ヴィータは嫌そうな顔をしたが、はやての笑顔には逆らうことは出来なかった。

 

(あの時はほんとに祐一といっしょに買い物に行くのが嫌だったんだけど、そのときだったっけな……)

 

 祐一といっしょに出掛け買い物をしていると、ヴィータは意外なものを目にしたのだ。

 それは、行く店の先々で祐一が町の人に声を掛けられている光景だった。

 この前は世話になった。また、店にきてくれ。助けてくれてありがとう。

 そんな風に町の人から色々と話しかけられている祐一を見て、ヴィータは心の中で祐一のことを認めたのだ。

 

(祐一は無愛想だけどとっても優しい奴なんだって、町のみんなの顔を見てたら、とても慕われていることがわかった)

 

 だからこそ、きっと祐一ははやてを助けるためとはいえ、他人を犠牲にしなければならない方法は取らないだろうと、ヴィータは思っていた。

 

(だけど、あたし――いや、あたしたち守護騎士は主のため、はやてのために、それをやらなくちゃいけねぇ)

 

 自分たちが不甲斐ないゆえ、このような方法でしかはやてを救うことができないことをヴィータは歯痒く感じていた。

 

(でも止まれねぇ。例え祐一をぶっ飛ばさないといけなくても、あたしたちは止まることなんてできねぇんだ)

 

 そう僅かに表情を歪めながら、ヴィータは心の中でそう思っていた。

 

 ◆

 

 しばらくして、料理が出来上がったため、皆での晩御飯となった。

 祐一とシグナムたちの間にあったぎくしゃくした空気も、はやてとの晩御飯ということもあり、それも緩和されていた。

 久しぶりの祐一を交えての晩御飯ということもあり、はやては終始笑顔で話しをしていた。そんなはやての笑顔を見て、守護騎士たちも嬉しそうに微笑んでいた。

 

 はやての料理を堪能した後、片付けも終え、しばらくの間はやてたちといろいろな話をした後、祐一は丁度切りの良いところで口を開いた。

 

「さて、そろそろ俺は帰るとするよ」

「え~さっき来たばっかりやん。もう少しお話したかったのに……」

「すまないな」

「まぁ、でもこれで会えなくなるっちゅうわけやないし、今日はこれくらいで我慢しとく」

「ああ。また遊びに来るし、それに勉強もちゃんと教えてやる」

 

 祐一はそう言いながらはやての頭を軽く撫でた。

 はやてはそれを嬉しそうに、「約束やからね」と微笑みを返しながらそう言った。

 そんなはやての顔を見た後、祐一はシグナムへと視線を移した。

 

「……じゃあ、またな、シグナム」

「ああ。どうせまたすぐに会えるさ」

 

 祐一の言葉に、シグナムは僅かに微笑みを返しながら話した。

 

「ほなね、祐一さんっ!」

「じゃあな、はやて」

 

 笑顔のはやてにそう言葉を残し、祐一ははやての家を後にした。

 

 ◆

 

 それから、祐一は一度家へと戻り準備を終えてから、また家を出た。

 目指すのは近くの公園である。今はもう日付も変わろうかという時間のため、人通りなど皆無であった。

 そんな暗い道を祐一はいつも通り、漆黒の服装で公園へと向かった。

 そして祐一が公園へと到着し、しばらくして、目当ての人物たちが姿を見せた。

 

「――来たか」

「ああ。来たぞ、黒沢」

 

 祐一の呟きに言葉を返したのは、桃色の長髪をポニーテールに束ねた女性――守護騎士たちのリーダー的存在のシグナムだった。

 そして、その隣には小さな影があった。

 

「……祐一」

 

 勝気な瞳を宿しているその表情からは、いつものらしさが見えない真紅の髪の少女――鉄槌の騎士ヴィータであった。

 そしてそんなヴィータを心配そうに見つめる女性――シャマル。

 祐一へと鋭い眼光を向けている筋骨隆々な男性――ザフィーラ。

 これで守護騎士全員が揃った。

 そして、祐一は自信を見つめる守護騎士たちへと視線を送り、静かに口を開いた。

 

「用件はわかっているだろ?」

「ああ。先日の件のことだろう」

 

 祐一の言葉を待っていたように、シグナムはすぐに言葉を返した。

 

「単刀直入に言おう。――今すぐ蒐集を止めろ」

 

 瞳に力を込めながら、祐一はそう言い放った。だが、シグナムはすぐに首を横に振った。

 

「断る。こればかりは黒沢の言うことでも聞けん」

「なぜ今更このようなことをする? これがはやての願いだとでも言うつもりか?」

 

 祐一の責めるような言葉に、シグナムが冷静に返そうとしたが、別の人物の声によって掻き消された。

 

「――このままじゃ、はやてが死んじゃうんだっ!」

「なに? それはどういう意味だ?」

 

 ヴィータの言葉に、祐一は滅多に崩さない表情に驚きを貼り付けていた。

 そして、シグナムたちは祐一へと現状の説明を行った。

 はやての命が短いこと。それが《闇の書》が原因で起こっているということ。そして、はやてを助けるためには、《闇の書》を完成させなければならないこと。

 

「――なるほど。そういうことだったのか……」

 

 話しを聞き終え、祐一は表情を歪めた。自分が思っていたよりも、事態が切迫していることに、祐一は僅かに呻いた。

 そんな祐一を見つめながら、シグナムは話しを続ける。

 

「だから、我々の邪魔をしないでくれ」

 

 シグナムの言葉に、祐一は歪めていた表情を元へと戻すと、静かに口を開いた。

 

「――断る、と言ったら……?」

「――例え黒沢が相手でも、切り伏せて進むだけだ」

「そうか」

「だが、我々も恩人であるお前とは戦いたくはない。――蒐集が終わるまで、手を出さないでくれ」

「…………」

 

 シグナムは僅かに表情を悲しみに歪めながら話し、祐一はそれをじっと聞いていた。

 隣にいるヴィータ、シャマル、ザフィーラも悲しみの表情を浮かべていた。皆、思っていることは同じだった。

 ――祐一とは、戦いたくない。

 シグナムもヴィータもシャマルもザフィーラもそう考えていた。はやての大事な人であり、自分たちも認めた青年であり恩人。そのような人物と戦いたいわけはなかった。

 そんな視線を一身に受けている祐一はいつの間にか目を閉じていた。

 そして、黙っていた祐一の目がゆっくりと開かれると、静かに口を開いた。

 

「――悪いが、それは了承できない」

 

 そんな祐一の静かな、しかしはっきりとした言葉が周囲を支配した。

 

「っ!? な、なんでだよっ! どうしてなんだよっ! 祐一!」

 

 もはや涙すら浮かべたヴィータの表情を見つめた祐一は、僅かにその表情を歪めた。

 

「それをはやてが望んでいないからだよ、ヴィータ」

「そんなのはわかってるっ! はやては自分のために他人を犠牲にすることを認めない。だけど、あたしたちは、はやてに死んでほしくないんだよっ!」

 

 ヴィータの慟哭が周囲に木霊する。

 しかし、そんなヴィータの言葉を聞いても、祐一の決意は揺らがなかった。

 

「俺もそんな結末は望んではいない。そのためにベストを尽くすつもりだ」

「その結果が、私たちの邪魔をすることだというのか?」

「ああ、そうだ。お前たちがやろうとしていることは逃げだ。なぜもっと良い方法を探さない?」

「私たちは《闇の書》の一部。ゆえに、最善の方法は"これ以外"にないという結論に至ったのだ」

 

 シグナムの言葉を聞き、祐一は首を横に振った。

 

「……今、俺がお前たちに何を言ってもきっと納得しないだろう」

「……ならばどうする?」

「決まっている。白黒はっきりさせるしかあるまい」

 

 祐一の言葉に、守護騎士の面々は表情を変えた。ヴィータは未だに目に涙を浮かべているが、その表情はもう気持ちを切り替えたようだった。

 

「……いいだろう。どのみち我らの邪魔をするならば、お前の存在は厄介だ」

 

 シグナムは祐一に向かってはっきりと言い放った。

 

 ――そして今、黒衣の騎士と守護騎士たちは相反する思いからぶつかり合う。

 

 




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