魔法少女リリカルなのは~黒衣の騎士物語~   作:将軍

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遅くなりました。
投稿します。

楽しんでいただけたら幸いです。


模擬戦

side 黒沢 祐一

 

 ――あれから一年が経とうとしていた。

 

 あれからプレシアさんは気を紛らわせるようにさらに研究に没頭するようになってしまった。そのような状態で体調が回復するはずもなく、悪化の一途を辿っている。

 リニスはあの一件のことは顔に出さないようにしていたが、プレシアさんの容態が悪くなっていることと、フェイトとプレシアさんの埋まることのない心の溝に、時折辛そうな表情をしていることがあった。

 

 ――結局、あの一件から状況は何も変わっていない。

 

 いや、変わったことはあった。――それはフェイトが一人前の魔導師に近づいているということだ。

 フェイトは頭も良く、努力も人一倍するし、魔導師としての才能も十二分にあったことから、俺が予想していたよりも早い速度で一人前の魔導師に近づいていっている。

 また、そんな主に感化されているのか、使い魔であるアルフも順調に力を付けていっている。

 

 ――この分だと、俺の出番もそろそろ終わりだろう。

 

 フェイトが一人前の魔導師となったときが、フェイト達との別れとなる。――それが少しでも寂しいと思えるくらいには、俺もここでの生活が楽しかったのだと感じている。

 それにフェイトはよく俺に懐いてくれていた。朝のトレーニングをするときも、

 

『見るだけなら、いいよね?』

 

 と言い張り、結局こちらが折れる形となり、それ以来、フェイトは真剣な表情で俺のトレーニングを見学することが通例となっていた。

 出会った頃はビクビクしながら話しかけてきていたのに、最近では自分から話しかけてくるようになり、その変わりようにも驚かされた。

 リニスにそのことを話したら、

 

『ふふ、祐一の温かい雰囲気が気に入ったのでしょうね』

 

 と笑いながら答えてくれたが、俺のような男のどこに温かい雰囲気があるのだろうかと首を捻った。そんな俺を見て、さらに笑みを深くしたリニスが印象的であった。

 

 ――そんないろんなことがあり、俺はテスタロッサ家との友好を深めていった。

 

 そして、今、俺は成長著しい、フェイトとアルフの二人との模擬戦の真っ最中であった。

 

 

 

 

 

「フォトンランサー、ファイアー!!」

 

 フェイトが自身の得意技である、槍のような魔力弾を放ってくる。数は四つ、どれも魔力がしっかりと込められており、直撃すればかなりのダメージとなるだろう。このフォトンランサーはフェイトが最初に習得した魔法だ。そのため、それだけに熟練している技であり、フェイトがもっとも多用してくる魔法の一つでもある。

 また、この一年間で知ったことだが、フェイトは魔力変換資質【電気】を有している。そのため、魔力弾の一撃を喰らえばその痺れからしばらく行動不能になったりもする。麻痺効果というものだ。

 

「ソニックムーブ」

 

 だが、それも当たらなければどうということはない。

 俺は素早く移動しながら攻撃をかわしていく。……が、急に左腕を引っ張られるような感覚を覚え、動きを止められた。

 

「……バインドか」

 

 どうやら、先ほどの攻撃は俺を誘導するために放った罠だったようだ。

 俺が少し驚いていると、今度はアルフが拳に魔力を込めながら殴りかかってくる。

 

「うぉぉぉぉ!!」

 

 セオリー通りの良い攻撃だ。バインドで敵の足を止め、そこを叩く。基本的だがもっとも効率の良い戦い方である。

 ――だが、それ故に読まれやすい攻撃でもある。

 

「フレイムシューター」

 

 俺はそう呟くと、周りに赤い魔力弾が表れる。アルフの攻撃がくることは読んでいたので、あらかじめ自分の周りに魔力弾を生成していたのだ。

 

「シュート」

 

 その内の二つをアルフに放ち、残りをフェイトに向けて放つ。アルフは俺の予期せぬ反撃に驚いていたが、即座にプロテクションを張り攻撃を防いだ。残りの魔力弾をフェイトが即座にフォトンランサーを放ち迎撃する。

 俺はその隙にバインドを解除し、右手に魔力を込めアルフへと突撃する。

 

「いい攻撃だった。――だが、この一撃は受け止められるか?」

 

 俺は自分の拳が届く距離までアルフに接近すると、魔力を込めた右腕からの一撃をお見舞いする。

 

「くっ!?」

 

 アルフは苦しそうにしながらも、プロテクションで俺の攻撃をしっかりと受け止めていた。

 最初の頃は、俺の攻撃をくらった瞬間にプロテクションが破れていたが、この一年で見違えるほどに成長した。――教えている方としては嬉しい限りだ。

 少し口元に笑みを浮かべながら、アルフに声を掛ける。

 

「どうした、アルフ? もう降参か?」

 

「誰が!!」

 

 犬歯を剥き出しにし、アルフが負けじと押し返してくる。相変わらず直情的だな、と俺は思いながら、アルフと押し合っていた右手の力をふっと緩める。

 

「わわっ!?」

 

 急に俺が力を抜いたことにより、アルフの体勢が崩れたので、そのまま右足に魔力を込めながら後ろ回し蹴りを放つ。

 

「ぐわっ!?」

 

 アルフは咄嗟に右腕を上げてブロックしたが、そのまま勢いよく樹に激突した。

 

「アルフ!?」

 

 フェイトが叫ぶと同時に、フォトンランサーを放ってくる。

 俺はその攻撃を回避しながら、二人に向かって声を上げる。

 

「さっきの攻撃はなかなか良かったが、バインドでの拘束が少し中途半端だ。もっと強固なバインドならもう少し状況が変わっていたかもしれんぞ? あと、アルフは挑発に乗りすぎだ。もう少し落ち着いて戦え」

 

 説明を終えると、フェイトがアルフの傍に移動していた。アルフは少し息が上がってはいたが立ち上がっていた。そんな二人の姿を見て、俺は笑みを浮かべる。

 

「さて、もう一本いくか?」

 

 その言葉に二人は頷く。

 先ほどアルフに放った攻撃も少し手加減したとはいえ、それを咄嗟に防御しダメージを軽減した。少し息は上がっているが、かなりの進歩といってもいいだろう。

 すると、俺が考えている間に二人は戦闘モードに入ったようだ。フェイトがフォトンランサーを展開し、アルフも手に魔力を込めている。二人の瞳からは、俺から一本取ってやろうという意気込みが感じられた。

 そんな二人に少しだけ苦笑した後、表情を引き締める。

 

「さぁ、来い」

 

 言葉と同時に、アルフが突撃してくる。間違いなくアルフは囮として突撃してきたのだろうが――どういった攻撃をしてくる?

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

 アルフが雄たけびを上げながら、俺に魔力を込めた拳を打ち込んでくる。当たればかなりのダメージだろうが、そんな攻撃に当たるほど甘くはない。

 俺はアルフの攻撃を捌き、がら空きになった体にボディーブローを放つ。

 

「ふっ!」

 

「ぐっ!?」

 

 アルフは辛うじて右腕でガードしていたが、先ほどの攻撃が効いていたのか表情が苦痛に歪んだ。俺はさらに攻撃を行おうと思い、アルフに追撃を仕掛けようとしたところで、フェイトがフォトンランサーを俺に放ってくる。

 

「むっ?」

 

 かなりきわどいタイミングで放ってきた攻撃を俺はプロテクションで防ぐ。フェイトの攻撃を防いでいる間に、アルフが俺から距離を開けていた。

 そのアルフが移動して、フェイトを守るかのように俺の方を向いて構える。

 さて、次はどのような攻撃をしてくるのか。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 そう考えていると、アルフがまた手に魔力を込め突撃してきた。

 

(またか。流石に馬鹿の一つ覚えすぎじゃないか? それとも何かを狙っているのか。――それなら乗ってやろうじゃないか)

 

 そう考えながらアルフの攻撃を捌こうと構えると、急にアルフが俺に手が届く前にしゃがみこんだ。

 

「む!?」

 

 いきなりしゃがまれたため、俺は思わずアルフの方に意識が集中してしまう。そして、アルフの方に意識がいっていた俺目掛けて、フェイトがフォトンランサーを放ち、それがアルフの後方から頭上を抜け、俺に目掛けて迫ってきていた。

 

「くっ!? プロテクション!」

 

 俺は驚きながらも、プロテクションを張り防いだが、それが致命的な隙となった。

 アルフが一度しゃがんだ後、また俺に突進してきたのである。

 

「今度はもらったぁぁぁぁぁぁ!」

 

 叫びながらアルフが拳を振るってくる。俺はフェイトの攻撃を防いだ後だったので、アルフの攻撃もプロテクションで防いだ。

 だが、先ほどと違い焦ってプロテクションを生成してしまったため強度が落ちている。

 

「うぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 アルフは俺のプロテクションも関係なく、力で押してきた――すると、俺のプロテクションにひびが入った。

 

「ちっ!!」

 

「ぐっ!?」

 

 俺はたまらずアルフを蹴って後退する。

 ――が、どうやらそれも罠だったらしい。

 

「む!? またバインドか!?」

 

 俺が後退するの読んでいたのか、バインドが設置されていた。しかも、今回は片手両足という徹底ぶりで、先ほどのバインドよりも強固に作られているようだ。

 決定的な隙がフェイト達の戦術によって――生み出された。

 

「フェイト! 今だよ!」

 

 アルフの叫び声とともに聞こえてきたのは――

 

「アルカス・クルタス・エイギアス」

 

 フェイトの澄んだ声だった。

 

(っ!? この呪文は……まさかっ!?)

 

 声がする方に目を向けると、フェイトが目を瞑り詠唱していた。その足元には金色の巨大な魔方陣が展開されているのを、少し遠めではあるが確認した。

 驚いている俺を他所に、フェイトは淡々と詠唱を続ける。

 

「疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ」

 

 やはり、フェイトには並外れた才能があるようだ。

 まだ、この魔法を覚えるのは先になるかと思っていたがもう使えるようになっていたとは、俺も驚きであった。

 

「バルエル・ザルエル・ブラウゼル」

 

 フェイトの周囲に大量のフォトンランサーが展開されていく。流石にあの数のフォトンランサーを避けきるのは無理だ。

 

(まさか、こんなにも早く"この技"を使うことになるとはな)

 

 フェイトの成長速度が俺が思っていた以上に早かったため、あまり使用したくはなかった技まで使用する羽目になってしまった。だが、そんな些細なことよりも、俺はフェイトの成長が嬉しかった。

 

(――まったく、素晴らしい教え子だな)

 

 俺はそんなことを考えながら笑みを浮かべる。

 ――そして、フェイトが閉じていた目を開いた。

 

「フォトンランサー・ファランクスシフト。――撃ち砕け、ファイアー!!」

 

 フェイトの叫びとともに、俺は金色の光に飲み込まれた。

 

side out

 

 

 

 

 

side フェイト・テスタロッサ

 

「フォトンランサー・ファランクスシフト。――撃ち砕け、ファイアー!!」

 

 わたしはありったけの魔力を込めて、バインドで拘束されている祐一に目掛けて魔法を放つ。

 この魔法は呪文詠唱にかなりの時間が掛かるし、魔力も膨大に消費するから必ず当たるような状況を作らなければならなかった。

 正直、祐一にこの《フォトンランサー・ファランクスシフト》を当てるのは至難の業だ。詠唱に入ってしまえば、祐一は当然こちらの意図に気付くだろうし、そうなってしまえば詠唱を完成させることさえ難しくなってしまう。

 だから今回は、アルフに囮として祐一の足を完全に止めてもらうために動いてもらった。そのために入念にアルフと作戦を立てて、そして祐一を追い込むことに成功して、こちらの攻撃を当てることが出来た――はずだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

 もうわたしの体には魔力も体力もほとんど残っていない。だけど、もしこの攻撃に祐一が耐えていたとしても、かなりのダメージを与えているのは確かだと思う。そうなれば、まだ比較的元気なアルフがこちらにはいるから、きっと勝ち目があると思う。

 

「やったね、フェイト!! あの祐一に勝ったんだよ!!」

 

 アルフが両手を挙げて、元気良く喜んでいる姿を見てわたしも嬉しくなり笑みを浮かべる。

 ――だけど、相手はあの祐一だ。まだ、油断は禁物だ。

 

「待って、アルフ。まだ勝ったかどうかわかんないよ。祐一の姿を確認しないと……」

 

「大丈夫だよ。バインドでしっかり逃げられないようにしたし、祐一が当たるところまでは見えたんだからさ。――というか、直撃だったけど大丈夫かな?」

 

 確かにわたしも祐一が、フォトンランサーに飲み込まれていくのが見えた。……わたし、本気で射ったけど、祐一大丈夫かな?

 今更、わたしは祐一のことが心配になってきた。

 

(祐一なら絶対に無事だとは思うんだけど)

 

 そんな話をしながら、未だに攻撃の余波で煙が立ち込めている祐一がいた場所を見つめる。

 煙がだんだんと晴れてきた。祐一の姿を見つけるために、視線を彷徨わせるが、

 

「――祐一が……いない?」

 

 煙は完全に晴れたのに、祐一の姿がどこにも見えなかった。

 

「なんでっ!? 威力が強すぎて、吹っ飛んでいったのかい?」

 

 アルフが驚愕しながら声を上げる。わたしも姿が見えないことに不安を覚えた。

 

「そ、それはないと思うけど……」

 

 わたしとアルフが困惑して、祐一がいた場所を見ていると――

 

 

 

 

 

「今のはなかなか良い攻撃だった。――間違いなく、今までで最高の攻撃だ」

 

 

 

 

 

 わたし達が立っている後ろから、祐一の声が聞こえたのだ。

 

「「っ!?」」

 

 わたしとアルフが同時に後ろを振り返ると、服は所々破けたりしておりダメージも負っているようだが、そこにはいつもの調子の祐一がいた。

 

「な、なんでこっちにいるんだい!? そもそも、あれだけの攻撃を受けてなんで少ししかダメージがないんだよ!?」

 

「そ、そうだよ! なんで無事なの!? 祐一!?」

 

 わたしとアルフは祐一に向かって叫ぶ。

 そんなわたし達を見て、祐一は「落ち着け」と言いながら苦笑していた。祐一の表情は、なんだかいつもよりも心なしか嬉しそうな表情をしているような気がした。

 わたしがそんなことを考えていると、祐一が話を始めた。

 

「――ほんとは使う気はなかったのだがな。あれは俺の稀少技能(レアスキル)で避けたんだ」

 

「ゆ、祐一ってレアスキルなんて持ってたの!?」

 

 わたしは思わず叫んでしまう。

 今まで祐一に訓練してもらってきたのに、そんなことは全然知らなかった。なんだか、少しショックだった。

 そんな風に思っていると、祐一がわたしの頭に手を乗せてきた。

 祐一は気付いているかはわからないけど、わたしが落ち込んだときや、失敗したときは必ずこうやって頭を撫でてくれる。最初は少しびっくりしたけど、祐一に頭を撫でられていると、なんだか安心できた。――祐一の大きな手で頭を撫でられるのが、わたしは好きだ。

 

「黙っていたのは悪かったな。俺の奥の手のようなものだから、あまり知られたくはなかったんだ」

 

 祐一が少し苦笑しながら、そう言ってきた。

 

「その祐一のレアスキルってどういう能力なの?」

 

 祐一は教えるかどうかを迷っているようだったが、わたしとアルフになら教えても大丈夫と思ったのか、説明を始めた。

 

「名は【自己領域】――その能力は『自分の周囲の空間を自分にとって都合のいい時間や重力が支配する空間に改変する』というものだ」

 

 そう祐一が説明してくれるが、わたしはあまり理解が出来なかったので少し首を傾げてしまった。アルフも理解出来なかったのか、同じように首を傾げていた。

 祐一は少し苦笑しながら、さらに説明してくれた。

 

「例えば通常の時間だと三十秒掛かる距離で【自己領域】を使用すれば、半分の時間にすることなどが可能となる。まぁあれだ、相手からしてみれば俺が瞬間移動でもしたかのように動きに見えるということだ。なんとなくは理解できたか?」

 

「「なんとなく……」」

 

 わたしとアルフは、うんうん頷きながら祐一に理解したことを伝える。

 祐一はわたし達が頷くのを確認すると、よしと頷いた。

 

「さて、今日はこれで終わりにするか」

 

 祐一が説明も終わったので、そう告げてきた。

 

「でも、結局今日も祐一に勝てなかったね。今日は勝つためにアルフとたくさん相談して作戦も練って、完成した魔法も使ったのに……」

 

「そうだねぇ。今日こそ祐一に勝ってやろうと思ったのにさ」

 

 わたしとアルフが残念そうな顔をしていると、

 

「いや、今日の勝負はどちらかというと俺の負けだろう」

 

 と、祐一がわたし達に言ってきた。

 その言葉にわたしとアルフは首を傾げる。

 

「俺は【自己領域】を使うつもりはなかったんだが、最後の攻撃を避けるために使用してしまった。――それだけ、お前達は俺を追い詰めたと言うことだ」

 

 わたし達がポカンとしながら祐一の話を聞いていると、祐一がわたしとアルフの頭に手を置いてさらに言った。

 

「この【自己領域】を使用した時点で、俺は自分自身で課した約束を破ったんだ。だから、今回の勝負はお前達の勝ちということだ。――よく頑張ったな」

 

 祐一がわたしとアルフの頭を撫でながら優しく話す。祐一に褒められたことが嬉しくて、わたしはアルフと顔を見合わせて笑いあった。

 

「それに、最後にフェイトが使用した魔法だが、俺はもっと習得するのに時間が掛かると思っていた。まさか、フェイトがもう習得しているなんて思ってなかったから俺としても嬉しかったよ」

 

 祐一はそう言いながらさらに頭を優しく撫でてくれた。少し恥ずかしかったけど、とても嬉しかった。

 

「もちろんアルフの近接戦闘もかなり習熟してきているし、バインドを含めたサポートの魔法も精度が上がってきている。アルフもよくやっているよ」

 

 アルフも祐一に撫でられながら、嬉しそうに笑っていた。

 そんな中、わたし達が笑い合っていると、ふいに祐一が少しだけ……ほんの少しだけだけど、悲しそうな表情をしたような気がした。

 わたしはなんとなく気になり、祐一へと声を掛ける。

 

「どうしたの? 祐一?」

 

 わたしがそう言うと、祐一は少し笑いながらなんでもないと首を振った。

 

「さて、話はこれぐらいにしてそろそろ戻るか。リニスも待っているだろうし、シャワーでも浴びてさっぱりしてこよう」

 

 祐一はそう言うと、屋敷に向かって歩いて行く。

 さっきの祐一の表情がなんだかとっても引っかかる。屋敷に向かって歩いていく祐一の大きな背中を見ながら、わたしは妙な胸騒ぎを感じていた。

 そしてわたしはすぐに祐一の後を追い、追いつくとこの胸のもやもやから、思わず祐一の服の裾を掴んでいた。

 祐一は少し驚いた顔をしていたけど、少し笑った後、いつものようにわたしの頭を優しく撫でてくれた。

 それだけで嬉しくなって、さっきまでの胸騒ぎも落ち着き、祐一もそんなわたしを見てまた歩き出した。

 

(さっきの胸騒ぎはなんだったんだろう……?)

 

 そう思ったけど、わたしはその考えを振り払うように首を振る。

 魔法の勉強も順調だし、今は祐一やリニスにアルフも居てくれる。母さんは研究が忙しくて、あまり部屋から出てこないから話も出来ないけど、わたしが早く魔導師として一人前になって、母さんに楽をさせてあげるんだ。

 

 ――だから、今はそのために頑張ろう。

 

 わたしはそう決意し、アルフと共に祐一の後を追った。

 

 この時のわたしは何も知らなかったし、気付けなかった。

 このとき感じた胸騒ぎが、すぐそこまで迫ってきているということに。

 祐一が何故、悲しそうな表情をしていたのかということに。

 

 ――このときのわたしは気付けなかったんだ。

 

side out

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をお願いします。

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