楽しんでくれたら幸いです。
では、どうぞ。
side 高町なのは
わたしが祐一お兄さんと出会ったのは、今から三年前――わたしがまだ小学校にも通ってないときだった。
祐一お兄さんと初めて出会った場所は、海鳴にある公園。
日が沈みかけていた時間。わたしは公園にあるブランコで、一人静かに泣いていた。
――そんなわたしに声を掛けてきたのが、祐一お兄さんだった――
――当時、高町家では大きな事件があった。
わたしのお父さんが、当時、仕事であったボディーガードをしていたとき、テロに遭って、生死の境を彷徨うほどの大怪我を負ってしまった。
今でこそ元気なお父さんだけど、このときは本当に死んでしまうほどの怪我を負っていた。
それを期にわたしのお母さんは、わたしとお兄ちゃんとお姉ちゃんの三人の面倒を見るために、一人で遅くまで喫茶《翠屋》を切り盛りしていた。
お兄ちゃんもお姉ちゃんもそんなお母さんを見て、学校から帰ってくると、毎日お母さんのお手伝いをしていた。
その結果、わたしが一人でいる時間がとても多くなっていった。
当然だった。お父さんが怪我で入院してしまって、それでお母さんも仕事が忙しくなって、お兄ちゃんとお姉ちゃんもお母さんのお手伝いをして、わたしの相手をしている暇なんてあるはずもなかった。
わたしは、それがとても寂しかった。でも、みんなが頑張っているのに、わたしだけがわがままを言うわけにはいかなかった。
だからこそ、出来る限り自分の寂しい気持ちを隠して、みんなの前では笑顔でいようと思った。
――わたしには、そんなことしか出来なかったから。
わたしも、みんなのために何かできることはないかと考えたけど、当時のわたしは何も出来なくて、それがとても悲しかった。
だからこそ、みんなの前では元気な自分でいようと、泣かないと決めた。……だけど、それも時が経つにつれて辛くなっていった。
幼稚園では、友達もいるから自然と笑顔になることも出来たけど、帰る時間が近づくにつれて、わたしの気持ちは曇っていった。
他の子たちは家に帰ったら"家族"がいるんだろうけど、わたしは帰っても誰もいなかった。……いつも、わたしは一人だった。
だからわたしは、いつも公園へ遊びに行っていた。そこへ行けば、少なくとも一人ではなくなるから……。
だけど、日が沈んでいくにつれて、一人、また一人と家族の人たちと一緒にみんなは帰っていき、公園には誰もいなくなりわたしは一人になると、家に帰るという行為を繰り返していた。
――そんな日が続き、わたしはある日、自分の気持ちを抑えられなくなってしまった。
その日、いつもと同じように公園で遊び、いつもと同じように遊んでいた子たちが家に帰るまで公園にいた。
そして、一人だけとなった公園で、わたしは一人、泣いていた。
「うっ……ひっくっ……」
どんなに辛くても笑わないと、笑顔にならないといけない。そう思えば思うほど、寂しくて、涙が止まらなかった。辛くて、悲しくて、わたしは泣き続けていた。
――そんなときだった。祐一お兄さんが声を掛けてきたのは……。
「――何で泣いてるんだ?」
「っ!?」
わたしが急に聞こえた声に驚いて顔を上げると、そこには上下ともに黒を基調とした服を身に纏った、お兄ちゃんと同い年ぐらいの長身の男の人が少し離れたところに立っていた。
その男の人――祐一お兄さんは手をポケットに突っ込んだまま、身長差からわたしを見下ろす形で声を掛けてきた。
「もう日も暮れる。……家族は迎えに来ないのか?」
「っ!? ……みんな、忙しいから、来れないの……」
「……そうか」
そうわたしが静かに告げると、祐一お兄さんは何か察したのか、少しだけばつが悪そうに頭を掻きながら言葉を返した。
だがすぐに、祐一お兄さんはおもむろにポケットからジュースを取り出し、わたしに渡してくれた。
「ほら、これやるよ。あと、顔を拭け。可愛い顔が台無しだ」
「……あ、ありがとう、ございます」
そう言いながら、ハンカチも貸してくれて、当時のわたしはこのお兄さんはとてもいい人だと感じていた。
わたしはジュースを受け取り、貸してもらったハンカチで顔を拭いた。
そして、祐一お兄さんは何も言わずにわたしが座っていたブランコの隣に座り、もう一つ持っていたジュースを飲んでいた。
「それで、どうして泣いていたんだ?」
「……えっと、それは――」
不思議な感じだった。初めて会った人で、しかも男の人なのに、怖いとか、そんな気持ちには全然ならなかった。
だからだろうか――わたしは、今まで誰にも話してこなかったことを、祐一お兄さんに全て話していた。
「……そうか」
祐一お兄さんはそれだけ言うと、黙って目を瞑った。
しばらく祐一お兄さんは考え事をするように目を瞑っていたが、静かに目を開くと、静かに口を開いた。
「お前は、本当にそれでいいと思っているのか……?」
「……そう、思ってます。だって、みんな大変なのに、わたしだけわがままを言うわけにはいかないから……」
俯きながら話すわたしに、祐一お兄さんは言葉を返した。
「本当か? それが、お前の本当の気持ちなのか?」
「わたしの、本当の気持ち……?」
「ああ。お前の本当の気持ちはどこにある?」
「わたしは……」
「家族のためにと自分の気持ちを押し殺し、仮初めの笑顔でいる……それで本当の家族と言えるのか……? 俺はそうは思わない。本当の家族というものは、本音で物事を言い合えるものだと俺は思っている」
「――わたしは……」
祐一お兄さんの言葉を聞き、わたしの瞳からは自然と涙が零れ落ちてきた。
そして、今まで我慢していた自分の感情が溢れ出してきた。
「ひっく……わ、わたし、本当は寂しかった……っ! でも、みんな、お父さんが怪我して、大変だから……だから、何もできないわたしは、せめていい子でいようって、そう思ったんだ」
わたしがとめどなく流れてくる涙を拭っていると、何かがわたしの頭に添えられた。それはとても温かくて、とても安心できる――祐一お兄さんの大きな手だった。
「よく、がんばったな。泣きたいときには、泣けばいい――それが、子供の特権ってものだからな」
祐一お兄さんは、そう話しながら、優しくわたしの頭を撫でてくれた。
それの言葉が引き金になり、わたしは込み上げてくるものを押さえきれず、
「う、ひっく……うぅ……うわぁぁぁぁん……っ!」
わたしは祐一お兄さんの胸の中で、涙が出なくなるまで泣き続けた。
その後、わたしは泣き疲れて寝てしまって、祐一お兄さんはどうしたもんかと悩んだそうですが、結局、わたしをおぶって家まで連れて帰ってくれました。
家に着くと、お兄ちゃんとお姉ちゃんが血相を変えて飛び出してきたそうで、後からその時のことを祐一お兄さんに聞いたら、
『あの時は、恭也さんに殺されるかと思ったよ……』
と、言っていました。でもその後、祐一お兄さんがお母さんたちに事情を説明すると、三人とも祐一お兄さんにお礼を言っていました。
それからお母さんたちに、わたしの気持ちを聞いてもらうと、お母さんが、
『ごめんねぇ、なのはぁ……』
目に涙を浮かべ、わたしを優しく抱きしめてくれました。そして、また、わたしは泣きました。
その後、帰ろうとする祐一お兄さんを引き止めて、まだ聞いていないことがあったので質問しました。
『あ、あの、お兄さんのお名前、何て言うんですか?』
『ん? ……あぁ、まだ名乗ってなかったか――俺の名前は黒沢祐一だ』
『黒沢、祐一……じゃあ、祐一お兄さんって、呼んでもいいですか?』
『……好きに呼べばいいさ。それで、お前の名前は何て言うんだ?』
祐一お兄さんの問い掛けに、わたしはしばらく出来てなかった、満面の笑みで答えた。
『わたし、高町なのは。なのはって、呼んでっ! よろしくね、祐一お兄さん!』
――これが、わたしと祐一お兄さんの初めての出会い。
――ここから全てが始まったんだ。
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