また遅くなりました。
そして、本編ではなく、閑話になります。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。
とある日の昼休み。
今、高町なのはは親友であるアリサ・バニングス、月村すずかと一緒に昼食を食べていた。
そんな三人は今、とある人物について話をしていた。
「――祐一さんてよく考えると、とても素敵な人だよね」
そう話すアリサに、なのはは食べていたお弁当を落としそうになりながら言葉を返した。
「ど、どうしたの? 急に……」
「いや、前から思ってたんだけど、祐一さんて素敵な人だなって思って。祐一さんて基本的に何でも一人でできるし、高校には通ってないみたいだけど、頭もいいじゃない? それに見た目もカッコいいと思うし、とても強くて頼りがいがあるし……まさに大人の男性って感じじゃない?」
アリサが顎に手を当て、祐一のことを褒め称える。そんなアリサに対し、なのはは祐一が褒められるのは嬉しいのだが、他の女の子が祐一を褒めていることに対し、胸の奥がもやもやしてしまい、少々微妙な表情となっていた。
すると、二人の話を静かに聞いていたすずかも、アリサの言葉に同意の言葉を示す。
「そうだね。わたしも祐一さんは素敵な人だと思うよ。寡黙なんだけど、小さな気配りとかもしてくれるし……」
「でしょ~?」
「す、すずかちゃんまで……っ!?」
なのははすずかまでそんなことを言うとは思っていなかったのか、たまらず声を上げ驚いた表情となった。
なのはが驚いた表情となったのを見ると、アリサは少し意地の悪い笑みを浮かべ、
「ふっふっふ、なのはも油断してると、祐一さん誰かに取られちゃうわよ~?」
「にゃ!? べ、べべ、別に、祐一お兄さんはわたしのとかじゃないし……というか、この話前にもしなかったっけ!?」
「なのはちゃん、すぐに恥ずかしがるから……」
頬を真っ赤に染めるなのはを、アリサとすずかは笑顔で見つめる。
しばらくの間、なのははアリサとすずかに弄られ――流石に耐えられなくなってきたのか、二人に別の質問をした。
「そ、そういえば、二人は祐一お兄さんといつ知り合ったんだっけ……?」
「あ、話逸らしたわね。……まぁ、いいけど。そうね、今から二年前ぐらいじゃなかったっけ?」
「そうだね。確かそれくらいだったと思うよ」
アリサの言葉にすずかが顎に手を当て、思い出したことを口にする。
「どんな感じの出会いだったの?」
すずかの言葉になのはが二人を見ながら質問を返した。
そんななのはにアリサは少し笑みを浮かべ、
「――仕方ないわね、話してあげるわよ」
そう言うと、アリサは話を始めた。
――二年前――
アリサとすずかがまだ小学一年生だったときのことだ。
その日、アリサとすずかは習い事が終わった後、迎えの車を待っている最中であった。
「もうっ! 鮫島のやつ遅いじゃない!」
「仕方ないよ。混雑しているみたいだから……」
両手を腰に当て怒っているアリサに、すずかがおずおずといった体で言葉を返した。
丁度この日は道路が混雑していたため、アリサの執事である鮫島が二人を迎えにくのが遅れていたのだ。
そのため、アリサとすずかは鮫島を待っていたのだが、
「じゃあ、すずか。今日は歩いて帰りましょう!」
待つことに痺れを切らしたアリサがすずかにそう提案した。
「えっ? で、でも、大人の人と一緒に帰らないといけないって、先生が言ってたよ? 最近は物騒だし、危ないからって……」
「大丈夫よ。そんなに遅い時間でもないんだし、たまには歩いて帰るのも悪くないわよ」
「で、でも……」
「じゃあ、すずかは待ってたらいいわ。わたしは歩いて帰るから……」
「あっ……待ってよっ! アリサちゃん……!」
すずかはこのまま向かえを待とうとアリサへと話したが、結局、アリサは一人で歩いていこうとしたため、すずかはアリサの名を叫びながら、その後を追いかけて行った。
二人はあれからしばらく歩き、公園へと入っていったのだが、道を間違ってしまい、現在は迷っていた。
「あ、アリサちゃん、本当にこっちでいいの……?」
「だ、大丈夫よ!」
普通ならばこのような道で迷うことはないのだが、二人は俗に言う"お嬢様"というカテゴリに分類される人間であったため、普段は傍に誰かがいるため、あまり道を覚えるということをしなくてもよかったため、その結果、二人は道に迷うという結果になってしまったのだ。
二人が迷い始めしばらく時間が経ったため、もう日も暮れ始めていた。
辺りには木々が多いせいもあってか不気味さも増しており、すずかはビクビクしながら歩いていた。
「アリサちゃん、このまま進んでも道わかんないよ。……元の場所まで戻って、鮫島さんに連絡して来てもらおうよ」
すずかの言葉にアリサは何かを言いたげであったが、すずかをここまで連れ回してしまった罪悪感もあったのか、
「……わかったわよ。……ごめんね、すずか」
「ううん、いいよ、別に」
アリサの消え入りそうな声を聞き、すずかは笑みを浮かべながらそう言葉を返した。
「じゃあ、戻るわよ」
「うん」
そして、二人が来た道を戻ろうとしたとき――
「――悪いがお嬢ちゃんたち、少し待ってくれるかな……?」
二人は急に発せられた声に驚き、体を震わせた。二人が声がした方へと視線を向けると、そこにはスーツを着た男が立っており、その隣にも同じくスーツを着た男が二人立っていた。
そんな怪しげな人物たちに怯えるすずかを守るように、アリサは前へと出た。……だが、そんなアリサも怪しげな人物たちを前に恐怖からか体が小刻みに震えていた。
「……どちら様ですか……?」
「いやなに、道に迷っているようだったんでね? 声を掛けたんだよ」
「それはありがとうございます。……でも、わたしたちは知り合いに迎えに来てもらうので大丈夫です。……行くわよ、すずか」
「う、うん……」
アリサはそう言うと、すずかへと声を掛けると男に背を向け歩き出そうとした。
だが――
「それは困るなぁ~」
「っ!? ……何のつもりですか……?」
二人の進行方向からも、さらに二人の男が現れた。
「なに、少しだけ付き合ってもらいたいんだよ。悪いようにはしない」
にやにやと笑みを浮かべる男に、アリサとすずかは寒気を覚え、二人で体を寄せ合った。そんな二人の反応に男は笑みを濃くし、
「そんな怖がって、二人とも可愛いねぇ~。大丈夫、騒がなければ何もしないから――おい、連れて行くぞ」
男がそう言うと、横に待機していた二人の男がアリサとすずかに近づいてきた。
(逃げなきゃいけないのに……っ! わたしのせいで、すずかまで……っ!)
アリサは体を寄せ合っているすずかだけでもここから逃がしたかった。だが、前後ともに男たちに道を塞がれ退路はない。
(わたしがしっかりしなくちゃいけないのに……っ!)
そうアリサは思ったが、その体も震えていた。
当然の反応である。小学生の女の子が、知らない怪しげな男たちに囲まれ、どこかへ連れて行かれそうなのだ。恐怖を感じないわけがなかった。
そして、二人の男がアリサとすずかへと近づき、手を伸ばしてくる。
(っ!? 誰か……助けて……っ!!)
アリサはぎゅっと目を瞑り、心の中で叫んだ。誰でもいいから、助けて欲しいと強く願った。
そして、男たちの手が二人に触れそうになった――そのとき――
「ぎゃ!?」
「ぐぇ!?」
そんな声がアリサとすずかの耳に聞こえてきた。
その声にアリサとすずかは目を開けるとそこには、道を塞いでいた二人の男が――"何故"かアリサとすずかの近くで気絶していた。
そんな光景に他の男たちも驚愕の表情を浮かべ、同じようにアリサとすずかも目を見開いていた。
(な、なにがあったの……?)
アリサが心の中でそう思っていると、
「あ、アリサちゃん……」
隣にいるすずかがアリサの服の袖を引っ張りながら、二人が来た道を見つめていた。それにつられるように、アリサもそちらへと視線を向ける。
その視線の先には、一人の青年が佇んでいた。
全身を漆黒の服に身を包み、日本人特有の黒髪を短く切って立たせている。身長は一八〇cm以上はあり、まだ若そうに見えるが、落ち着いた表情と力の篭った瞳のおかげで、実年齢より高く見えた。
(これを、あの人がやったの……?)
皆、驚いて何も言えない中、視線を集めていた渦中の青年が静かに口を開いた。
「おっさんたちは、いったい何をしてるんだ? まぁ、聞かなくてもわかってはいるんだがね」
そう淡々と話す青年を警戒しながら、アリサとすずかに話しかけてきた男が口を開いた。
「お前、こんなことしてただで済むと思ってねぇだろうな……? 邪魔するんなら、容赦しねぇぞ?」
男がそう話すと、アリサとすずかを捕まえようとしていた二人の男が青年へと近づいていく。
青年は男の言葉を聞くと、あからさまに嘆息し、
「いつの時代の人間だよ。そもそも、邪魔するために出てきたに決まってるだろ。見てわからないのか?」
やれやれ、といった風に首を振った。
それで怒りが爆発したのか、男が声を上げる。
「やっちまえっ!!」
男が叫ぶと、青年に近づいていた二人の男の内の一人が拳を振り上げる。
「危ない……っ!」
アリサは青年に相手の拳が当たると思い、思わず声を上げた。
だが、そんなアリサの心配は杞憂に終わる。
青年は男の拳を事も無げに外側へと弾き、がら空きになっていた顎へと掌底を放った。
ガゴッ!!
「かは……っ」
男は青年の掌底をもろに喰らい、そのまま仰向けに倒れてそのまま動かなくなった。ぴくぴく動いていることから、どうやら気絶したようだ。
一人が青年に気絶させられたと同時に、もう一人の男が青年へと攻撃を仕掛ける。
「しっ!!」
男はボクシングでもやっていたのだろう。軽快なフットワークから、両手の拳で鋭い攻撃青年へと繰り出す。アリサの目からみると、その拳は速く、一般人ならそれを受けると一撃で倒れそうなものだった。
だが、青年はその攻撃さえも同じく両手で捌き、ときには頭をずらして避けていた。
そんな青年の立ち回りを、アリサとすずかは驚きに満ちた表情で見つめていた。
(なんだかよくわかんないけど――あの人、すごい……っ!)
アリサがそう思ったのと同時、二人の勝負に決着が訪れた。
「くっ、そ……なめんじゃねぇっ!」
男が自分の打撃がクリーンヒットしないことに痺れを切らし、明らかに精彩を欠いた大振りの右フックを青年へと放った。
だが、今までの攻撃が当たらなかったのに、そのような大振りの打撃が青年に当たるはずもなかった。
「ふっ!」
「っ……がはっ……!?」
めきめきという音とともに、男が前のめりに崩れ落ちた。
男が放った右フックを回避すると同時に、青年はそのままの勢いで自身の膝を相手の腹部へと叩き込んだのだ。
「ふぅ……」
青年は僅かに乱れた息を整えると、残り一人となった男へと視線を向けた。
男はそれだけで、「ひぃ!?」と悲鳴を上げた。もはや自分一人しかこの場にはおらず、自分がこの青年を倒せるとは到底思っていなかった。
そして、動揺した男は咄嗟な行動へと移った。
「く、クソがっ!!」
「っ! きゃあ……っ!?」
「っ!? すずか……っ!?」
動揺した男は、自分の近くにいたすずかを捕まえると、青年に向けてお決まりの台詞を吐いた。
「動くんじゃねぇ!! 動いたらこいつの命はねぇぞ!!」
「ひっ……!?」
男は隠し持っていたナイフを出し、それを捕えたすずかへと向けた。
すずかは突きつけられたナイフに声も出せず動けなくなり、その光景にアリサは表情は青くなり、青年は無言であった。
青年が無言であったのに気をよくしたのか、男が流暢に口を開く。
「よぉ~し、動くんじゃねぇぞ。俺が逃げるまではじっとしてろよ?」
「っ!? すずかを返しなさいよっ!」
「言われて返す馬鹿がどこにいるよ。本当は二人とも捕まえてこいっていう命令だったんだがな。……予定が狂っちまったぜ」
男は後ずさりしながら饒舌に口を動かしていた。青年との距離はすでに一〇m以上も離れており、この距離では何もすることはできない、と男は勝ち誇っていた。
そしてこの距離なら大丈夫だと思った男は足を止め、さらに話を続けた。
「ったく、餓鬼二人拉致るだけの簡単な仕事だと思ったんだが、とんだ邪魔が入ったもんだぜ」
男はそう話しながら笑みを浮かべた。
すずかはナイフを突きつけられている恐ろしさから涙を浮かべ、アリサも自分の力ではどうすることもできないことに、悔しげな表情を浮かべていた。
そんな中、今まで黙っていた青年がゆっくりと口を開いた。
「――その娘を放せ」
「……は? おいおい、何、わけのわからないことを……」
「聞いてなかったのか? その娘を放せと言ってるんだ。今、放すのなら逃がしてやらないこともないぞ?」
青年の言葉に男はおろか、アリサと目に涙を溜めていたすずかも青年を見つていた。
そしてさらに、青年は口を開く。
「もう一度言おう――その娘を放せ」
その言葉に、周囲の空気が重くなったようにアリサは感じた。
そんな青年の鋭い眼光に気おされながらも、男は自分の優位からか、青年へと声を上げる。
「ふ、ふざけんなっ! そんな言うこと聞けるかよ!」
「……そうか」
青年が、そう静かに呟いた瞬間だった。
「――なら、仕方ないな」
「……は……?」
青年が"いつの間"にか男の横に移動しており、ナイフを持っていた方の手を力強く握り締めていた。
急に自分の横に現れた青年に男は顔を青くしながら、青年へと叫んだ。
「て、てめぇ!? いったい、いつの間に……!?」
「さてな。……では、報いを受けてもらおうか」
「っ!? ちょ!? ま……っ!?」
男が何かを言おうとするが、問答無用といわんばかりに青年の拳が男の顔面へと直撃した。
ミシミシという音が聞こえた後、そのまま男は後方へと吹っ飛んでいった。
「きゃ!?」
そして、男の拘束から急に開放されたすずかがバランスを崩して倒れそうになった。
「大丈夫か?」
「あ、はい、大丈夫です」
青年が倒れそうになったすずかを優しく抱きとめた。
吹き飛ばされた男は二mもの距離をダイブした後、地面へと落ちたが、気絶したのかピクリとも動かなくなっていた。
そして、青年は男が起きないことを確認すると、すずかから離れ電話を掛けた。この場を収めてもらうため、警察に連絡を取っているのだ。
そんな青年を横目に、アリサはすずかへと走り寄る。
「すずかっ! 大丈夫……っ!?」
「うん。大丈夫だよ、アリサちゃん」
「……ごめんね、すずか……わたしのせいで……」
「いいよ、気にしないで……」
その大きな瞳に涙を浮かべそう話すアリサに、すずかは微笑みを浮かべた。
そして、電話を終えた青年が近づいてくると、二人は少しだけ警戒の色を強めた。当然の反応であろうと思う。先ほどの男たちのように、自分たちをどうにかしようという気配こそないが、どちらにしても二人はこの青年のことを全く知らないのだ。
そんな二人の反応に気付いたのか、僅かに距離を離した所で立ち止まると、青年は口を開いた。
「警察に連絡しておいた。もう少ししたら警察がやってくるだろうが、二人とも怪我はなかったか?」
「あ、はい、大丈夫です。……あ、あのっ! 助けてくれて、ありがとうございました!」
「いや、たまたま通りがかっただけだ。……あまり人気の無いところをうろうろしないようにな」
青年はそう話すと、二人に背を向けた。
それを見て、アリサが慌てたように口を開く。
「こ、この人たちはどうするんですか?」
「こいつらを捕まえるのは警察の仕事だ。後はそちらに任せるさ」
じゃあな、と背中越しに青年は挨拶をすると、歩みを始めた。
すると、すずかが思い出したように口を開いた。
「あ、あの……! あなたの名前は……?」
「――黒沢祐一だ」
青年はその言葉を最後に、そのまま二人の下から姿を消した。
――これが、アリサ・バニングスと月村すずかが黒沢祐一と出会った瞬間だった。
二人の話を聞き終えたなのはは、マンガのような話だなぁ~と苦笑を浮かべていた。
「これが、わたしとすずかが初めて祐一さんと会ったときの話しよ」
「あのときは本当に怖かった。でも、祐一さんが助けてくれて、本当にほっとしたよ」
「まぁ、それからしばらくしてなのはの家に行ったときに、当たり前のように祐一さんがいたことには驚いたけどね」
「あの時は祐一さんとなのはちゃんが知り合いだったなんて知らなかったもんね」
「にゃははは……」
二人の言葉になのはは苦笑してしまう。
その後も三人は会話に花を咲かせ、あっという間に昼休みは終わりを告げたのであった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をお願いします。