少し遅くなりましたが、楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。
今、管理局次元航行艦船《アースラ》の一室で、二人の人物が対峙していた。
一人は、先の戦闘の怪我から頭に包帯を巻いている管理局執務官のクロノ・ハラオウンであり、腕を組んだ状態で祐一をほとんど睨みつけるように見つめている。
対するは、そのクロノとの戦闘でボロボロになったバリアジャケットをそのまま纏っている黒沢祐一であった。だが、クロノに対して祐一はいつもと変わらぬ表情であった。
「――いい加減、武装を解除してほしいのだが……?」
「断る。出来る限りのことは協力する、だが、武装を解除して管理局に捕まるわけにもいかないのでな」
そんな祐一をクロノは睨みつけるが、そんなクロノなど気にする風もなく、祐一は椅子に座っていた。
さきほどからクロノは祐一にバリアジャケットの解除を申し出ているのだが、祐一はそれを断り続けている。
「お前は自分の立場が分かっているのか……?」
「ならば、無理やり俺を拘束するか? それならばすぐにでも実行しているはずだ。だが、それをしない……いや、正確には出来ないか。今、ここで俺とお前が戦闘でもすれば、この艦船ごと皆で次元の藻屑となりかねないからな」
「ぐっ……」
祐一の言っていることはもっともで、祐一を拘束したいのはやまやまであるのだが、現在、アースラの周囲は次元震の余波から外には出られない状態にあり、おいそれと暴れることは出来ないのだ。
もし暴れてアースラが破壊でもすれば、祐一の言ったとおり次元の海に放り出されることになってしまう。
そんな状態であることから、クロノは祐一に手を出せず、歯痒い状況が続いていた。
そんなピリピリした空気の中、二人がいる部屋に一人の人物が訪れた。
「ごめんなさい、遅くなってしまったわね」
そう言いながら部屋へと入ってきたのは、このアースラ艦長であり、クロノの実の母親であるリンディ・ハラオウンであった。
(――この人が噂のリンディ・ハラオウン提督、か)
過去、祐一は管理局に所属していたが、その頃からリンディのことは知っていた。見た目は綺麗な女性であるのだが、非常に強かであり、仕事に関してはかなりのやり手であると、祐一はそのように認識していた。
そんな祐一の視線に気付いたのか、リンディは笑みを浮かべながら向かいの席へと腰を下ろし、話を始めた。
「――さて、まずは自己紹介から始めましょうか。私はこの次元航行艦船《アースラ》の艦長を務めているリンディ・ハラオウンです、よろしくね」
「プレシアさんに雇われていた黒沢祐一です、よろしく」
祐一の挨拶を聞き終えると、リンディは浮かべていた笑みを消して真剣な表情となる。
「さてと、本当は世間話にでも花を咲かせたいのだけど……黒沢祐一くん、話を聞かせてもらえるかしら? 今回の事件の全容を――」
「ええ、話させて頂きます。そのために俺はここにいるのですから」
そして、祐一は今回の事件の全容をリンディとクロノに全て話した。
――プレシアが娘のアリシアを失った経緯と、それから行っていた研究の全て。
――最終的にプレシアが叶えたかった願い。
全てを話し終えると、祐一は少しだけ息を吐いた。その表情に変化は無いが、向かいに座っているリンディと壁に背を預けて立っているクロノの表情は暗くなっていた。
しばらくの間三人は黙っていたが、リンディが静かに口を開いた。
「――壮絶ね。もし、私がプレシア・テスタロッサと同じ立場だったら、同じことをしていたかもしれないわね……」
リンディは切なげな表情を浮かべながら話す。
一児の母親であるリンディにとって、プレシアの気持ちは理解できた。もし、自分の息子であるクロノが同じように不条理な事故や事件に巻き込まれたら――自身も同じことをしてしまうかもしれない、そうリンディは感じていた。
そんなリンディの表情を見て、祐一は静かに口を開く。
「――そして、これがアリシア・テスタロッサが死亡した事故の件を俺なりに調べた内容になります」
祐一はそう言いながらポケットから記憶媒体を取り出し、リンディへと渡す。
「ありがとう、というのは変かしらね。先ほどの話が本当なら、プレシア・テスタロッサが起こしてしまったとされる事故は第三者が関与していた可能性が高い。もしそれが事実なら、管理局……いえ、私が責任を持って調査します」
「ありがとうございます」
「――ですが、流石に事故が起こった時からかなり経っていますから、あまり期待はしないでください」
リンディはそう申し訳なさそうに話す。
だが、それでも祐一はお礼を言いながら頭を下げていた。そんな祐一の姿にリンディはおもわず苦笑してしまう。
(悪い子ではないのよね。ただ、少し不器用なだけ。……だからこそ、プレシア・テスタロッサの願いを叶えてあげたかったのね)
祐一のことは調べていたので、その人となりは分かっていたが、実際に話をしてみてリンディはそう感じた。
リンディがそんなことを考えていると、祐一が顔を上げ話しかけてくる。
「俺から話せることはこれが全てです。……それで、これからどうするつもりですか?」
「どうする、とはどういう意味かしら?」
「俺の処遇についてです。今回の一件に関して、俺は自分の意思でプレシアさんの手伝いをしている。したがって、フェイトと同じような理由を付けて罪を軽くする、またはその罪を無くすことはできないでしょう」
「……そうですね」
祐一の話を聞き、リンディは僅かに思考すると、真剣な表情で祐一を見つめる。
「単刀直入に言いますけど。黒沢祐一くん、あなた、管理局に戻ってきてはくれないかしら?」
「なっ!?」
リンディの言葉に祐一ではなく、クロノが驚愕の表情を浮かべた。祐一もクロノほどではないが、僅かに驚いた表情をしている。
そんなクロノの驚きにも構わず、リンディは話を続ける。
「現状、私たちの戦力ではあなたを捕まえることはできないだろうし、それに管理局は年中人手不足だから、正直なところ、あなたのような優秀な人材は喉から手が出るほど欲しいのよ。管理局に復帰してくれるなら、今回の一件は上手く"対処"しておきます。……どうかしら?」
「か、艦長……っ!?」
クロノはリンディに向けて叫び声を上げるが、リンディはそれでも表情を変えず、じっと祐一を見つめていた。
そして、しばらく祐一は黙っていたが、静かに口を開いた。
「――魅力的な話ですが、お断りします」
祐一の言葉を聞き、リンディは僅かに残念そうな表情を浮かべた。
「理由を聞いてもいいかしら?」
「まず、そのような理由で管理局に復帰するは俺の意思に反します。今回の件は、俺が自分の意思で行った結果であり、俺が背負うことです。それに――」
祐一がそこで言葉を切ったことに、リンディは僅かに首を傾げる。
「――それに、そのような理由で管理局に復帰すれば――"あいつ"に怒られてしまいますから」
「……なら、あなたは管理局と敵対することになっても構わないというの?」
「そうしなければならないのなら、そうするかもしれません。ですが、理由もないのに管理局と敵対はしません」
リンディはそう、と静かに頷くと手を組み顎の下に添えながら目を瞑った。
そして、しばらくリンディは黙っていたがゆっくりと口を開いた。
「……そういうところは流石ね。管理局と敵対するかもしれないのに、自分の意思を貫き通すなんて簡単にできることではないわ」
「いえ、そんなことはありませんよ」
祐一はそう言葉を返しながら苦笑を浮かべると、リンディは笑みを浮かべていた。
そして、リンディはゆっくりと口を開いた。
「――合格よ。流石は《黒衣の騎士》と呼ばれていただけのことはあるわね」
そう笑顔を浮かべながら話すリンディを祐一は驚いた表情で見つめていた。クロノは何も話を聞いてなかったのか、ポカンとした表情でリンディを見つめていた。
「俺を試したんですか?」
「ええ。さっきの私の話しに乗るような人物だったなら、本局に着いたら拘束するつもりだったわ。試すようなことをしてごめんなさいね?」
そう笑顔で話すリンディに、祐一は内心で舌を巻いていた。
(食えない人だ。話には聞いていたが、ここまで強かだとはな。提督の名は伊達ではないということか……)
そう祐一はリンディの評価を上方修正した。流石に祐一は、リンディには話術では全く相手にならないだろうと感じていた。
そんなことを祐一が考えていると、リンディは話を続けた。
「では、黒沢祐一――もう、祐一くんと呼ばせてもらうわね? 祐一くんは次元震の余波が収まるまでは、護送室に入ってもらいます」
リンディの話を聞き、祐一は静かに頷いた。
祐一が頷いたのを確認すると、リンディは話を続ける。
「そして、次元震の余波が収まったら、なのはさんが家に帰るとき――いっしょに祐一くんも解放しましょう」
「は……?」
「……いいんですか?」
リンディの言葉にクロノは目を丸くして呆然としていた。祐一も僅かに驚いた表情をしながらもリンディへと質問を返した。
そんな二人の反応にリンディは笑みを浮かべる。
「いいのよ。結果的には大事に至っていませんからね」
「か、かあさ、艦長、いいんですか……?」
「いいのよ。それに、今、祐一くんを捕まえようとして戦ったらこちらもただでは済まないし、捕まえれるとも限らないですからね」
「では、上にはどう報告するのですか?」
「祐一くんのことはオブラートに包んで報告するから大丈夫よ」
リンディは微笑みながら、クロノの質問に答えていく。そんな自身の母にクロノは微妙な表情となっていた。
「リンディ提督、自分で管理局には捕まらないと拒否しておいてなんですが、本当にいいのですか?」
「いいのよ。今回の事件の元凶であるプレシア・テスタロッサは消えてしまったし、プレシア・テスタロッサの事故や実験には関与していないしね。……それに、このような形で若い人の力を失うのは惜しいですからね」
「……あなたは、変わった人ですね」
「あなたこそ。他人のためにここまで出来る人は、なかなかいないわよ」
祐一は苦笑しながら言葉を返す。その言葉を聞き、リンディも苦笑しつつ言葉を返した。
そして、リンディは話を終えると席を立つ。
「じゃあ、私は戻るわ。クロノ、祐一くんを護送室に連れていってあげなさい」
「……わかりました」
クロノはリンディの言葉に少しだけ間を置いて頷く。
「じゃあ祐一くん、次元震が収まるまではそこでじっとしててね?」
「わかりました」
リンディはそう話しを終えると、部屋の扉へと歩いていく。
「……リンディさん」
「ん……? なにかしら?」
部屋を出て行くリンディの背後から祐一が声を掛ける。
「ありがとうございます」
祐一の急なお礼を背中に受けながら、リンディが振り向くと、そこには祐一が席を立ち頭を下げていた。
そんな祐一の姿を見て、リンディは思わず微笑みを浮かべる。
「どういたしまして」
そして、リンディはそう言葉を口にすると、部屋を出て行った。
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