ちょっと遅くなりました。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。
「――来たか、フェイト」
「――うん。このまま終わるのは、嫌だから」
フェイトは、決意に満ちた瞳を祐一へと向けながら話す。
祐一は、まだ息が上がっているクロノを警戒しながらも、フェイトの瞳をその漆黒の瞳でじっと見つめていた。
「そうか。プレシアさんはこの先の扉の向こうにいる。……だが、行ってどうする? プレシアさんはお前のことなど、気にも留めていない。ましてや、アリシアの代替品として利用していたんだぞ。それなのに、お前はプレシアさんの下へと向かうのか? 辛い気持ちが増すだけになるかもしれないぞ」
祐一は表情を変えることなく淡々と話す。
その口から語られる言葉は全て事実であり、実際、フェイトが例えプレシアの下を訪れても、良い結果になるとは、誰も言えなかった。
祐一の言葉を聞き、俯きそうになる自分を心の中で叱咤し、祐一へと口を開く。
「確かに、わたしは母さんのほんとの子供じゃないかもしれない。母さんが自分の本当の娘である、アリシアのために作った代替品なのかもしれない。――だけど――」
フェイトはそこで大きく息を吸い、次の言葉を口にする。
「それでも、わたしは母さんの娘で――母さんが大好きだから」
そう笑顔で話すフェイトに、祐一は目を見開いた。
そして、フェイトは自身の想いを伝えるように、祐一へとさらに話を続ける。
「祐一は何度も言ってたよね? 『お前はどうしたいんだ?』って、前のわたしは母さんの役に立つことに必死になって、母さんの言うことばかり聞いてた。それが、わたしの願いだと思ってた」
過去のフェイトは、プレシアの言うことを聞くばかりであった。
母親のためにと言えば聞こえはいいが、それではただの小間使いとなんら変わらない。そこにはフェイトの本当の願いはなかったのだ。
「母さんの役に立てるのは嬉しかった。だけど、それだけじゃ駄目だったんだ。ちゃんと話をして、自分の想いをぶつけて、それでやっと始めることができる。……母さんがわたしのことを嫌いだったとしても、わたしの想いを母さんに伝えないと、何も始まらない」
フェイトは少し息を吸い込み、そして告げる。
「だから、わたしは母さんに会って、自分の気持ちを伝えたい。――それが、今、わたしが一番やりたいこと」
最後まで言い切ったフェイトの視線を、祐一は瞳を逸らすことなくじっと見つめていた。
(――それがフェイトの願い、か。……強くなったな、フェイト)
祐一が初めて出会った頃のフェイトは、魔導師としての才能に溢れていたのに、その内面は酷く弱々しかった。そんな弱かった少女が、力強い瞳で祐一を見つめていた。
「それがお前の意思なんだな、フェイト」
「うん」
「そうか……」
祐一の言葉にも動揺することなく、その真紅の瞳で見つめ続けていた。
(本当に強くなったんだな、フェイト)
そう心の中で思いながら、祐一は笑みを浮かべた。フェイトがここまで立ち直ってくれたことと、これで少しはリニスへと顔向けできると、嬉しく思っていた。
(俺の役目もここで終わり、か)
祐一は右手に持っていた騎士剣を落ちていた鞘へと収めると、デバイスを待機状態へと戻した。
「……なんの真似だ、黒沢祐一」
「見ての通りだよ、クロノ・ハラオウン。俺の役目はここで終わりのようだ」
「どういうことだい、祐一?」
「俺の目的はプレシアさんの"願い"を叶えることだ。そして、その役目はもう終わった」
そこまで話すと、祐一は三人へと背を向け扉へと歩みを進め始める。
「祐一、母さんの願いは何なの? アリシアを甦らせるだけじゃないの……?」
そんな祐一をフェイトは呼び止め、質問する。祐一は歩みを止め、僅かにフェイトへと顔を向ける。
「"それもある"。だが、それだけではない。……ここから先はプレシアさんに聞くんだな」
「祐一……」
フェイトに名前を呼ばれ、祐一は僅かに思考すると、フェイトへと顔を向ける。
「プレシアさんの下へと向かうなら、心を強く持ち、覚悟して来ることだ」
「祐一……?」
フェイトがそう呟くと同時、祐一は扉の向こうへと姿を消した。
一方その頃、駆動炉を暴走させたことで揺れている《時の庭園》最深部で、プレシアは培養液に入っているアリシアをじっと見つめていた。
(もうすぐ、もうすぐよ。間もなく、《アルハザード》へと至る道が開かれ、私の願いが叶う)
そう思いながら、プレシアはアリシアが入った培養液を優しく撫でる。アリシアには触れられないが、アリシアを優しく撫でているようであった。
そして、そんなプレシアの表情には笑みが浮かんでいた。その笑みは今までプレシアが見せていた笑みとは違い、優しさで満ちている笑顔であった。
(もうすぐよ。……待っててね、アリシア)
プレシアが優しい表情でアリシアを見つめていると、背後から声が掛かった。
「プレシアさん」
「……また、こっぴどくやられたようね」
「少しばかり。相手がとても優秀な人物だったんですよ」
プレシアがその声を聞き僅かに苦笑しながら振り返ると、そこにはいたる所に怪我をしている祐一の姿があった。
プレシアはそんな祐一へと近づく。
「プレシアさん……?」
「――無茶をさせてしまったわね」
「いえ、俺が自分からしていることですから、プレシアさんが気にする必要はありません」
「それでも、よ。本当にありがとう、祐一くん」
プレシアのお礼の言葉に、祐一の表情が僅かに揺れた。それは、あまり感情を表に出さない祐一にしては珍しいことであった。その表情に浮かんでいるのは、これから起こることへの悲しみであった。
そんな祐一の感情の揺れに気づいたのか、プレシアはハンカチを取り出し、それで祐一の頭から流れ落ちてきていた血を拭った。
そんなプレシアの行動に、祐一は気恥ずかしさを感じていた。
「……すみません、プレシアさん」
「別にいいのよ、このくらい」
珍しく祐一が恥ずかしがっていることに、プレシアは笑みを浮かべる。
そして、祐一はプレシアの手が離れたのを確認すると、静かに口を開いた。
「――フェイトがもう少しでこの最深部へとやってきます」
「……そう……」
「プレシアさんにあんなことを言われたにも関わらず、あなたと話がしたいそうです。……本当に、強くなりましたよ、フェイトは」
「……そう。あの子がそう言っているのなら、話だけは聞いてあげないといけないわね」
祐一の言葉にプレシアが表情を曇らせると、今まで揺れていた《時の庭園》の揺れが急に弱くなっていった。
それに気付いた祐一が周囲を見渡すように視線を動かしながら、静かに口を開く。
「やはり、今、ここに来ている管理局員は優秀なようです」
「そのようね」
祐一の言葉にプレシアがそう返すと、凛とした声が周囲に響き渡る。
『プレシア・テスタロッサ、黒沢祐一、もう終わりですよ。次元震は私が抑えています。駆動炉もじきに封印されるでしょうし、そこには皆が向かっています』
その声の主――リンディ・ハラオウンが凛とした声でそう告げる。
『忘れられし都《アルハザード》。そして、そこに眠る秘術は存在するかどうかも曖昧なただの伝説です。もし、《アルハザード》があったとしても、この方法はずいぶんと分の悪い賭けだわ。……あなたはそこに行って、何をするの? 失った時間を取り戻そうとでもいうの?』
リンディはそう言葉を口にする。《アルハザード》など、所詮はただの伝説だと。そうプレシアに言っているのだ。やっていることは無駄であると、投降して、"これから"のことを考えろと、そう言っているのだ。
(それが"普通"よね。……だけど、わたしは……)
プレシアはリンディの言っていることは頭では理解している。それが一番ベストな選択なのかもしれない。……だが、それでも、プレシアはそれを受け入れることが出来ないのだ。
プレシアは僅かに瞠目した後、すっと目を開く。
「――そうよ、私は取り戻す。そして、"あの子"の前から姿を消すの――例え、それがベストな選択じゃなくても、私はもう後には引けないのよ」
『……プレシア・テスタロッサ、あなたは……』
プレシアの言葉に、リンディが驚いたように声を上げると、それと同時にクロノが祐一たちのいる最深部までやってきた。クロノは体力は回復したのだろうが、祐一との戦闘で負った傷は消えておらず、両手で杖を持っているものの、その手は震えていた。
祐一はそんなクロノの姿を確認した後、クロノに続いて部屋へとやってきた人物に視線を向ける。
「……フェイト」
「……母さん」
プレシアとフェイトはお互いを見つめながらそう呟いた。
フェイトは僅かに戸惑った表情で、プレシアは見た目では何も表情に変化は見えなかった。
しばらく無言で二人はお互いを見つめ合っていたが、それは唐突に終わりを告げる。
「――っ!? ごほっ、ごほっ!」
プレシアが口元を押さえながら激しく咳き込んだ。最後に使用した次元魔法が、プレシアの体に負荷を掛けたことと、もはやその体を蝕んでいる病にプレシアの体は限界まできていたのだ。
「か、母さんっ!?」
突然咳き込み始めたプレシアにフェイトが駆け寄ろうとするが、
「……何しにきたの……?」
「っ!? わ、わたしは……」
プレシアは顔色を青くしながらも、フェイトへと厳しい言葉を投げ掛ける。フェイトはその言葉を聞き、駆け寄ろうとしていた足を止めた。
祐一に肩を借りながら、プレシアはさらにフェイトへと口を開く。
「……消えなさい。もうあなたに用はないわ」
「…………」
フェイトは何も言えず黙ってしまうが、その瞳はしっかりとプレシアへと向いていた。
(――そうだ。お前の想いをぶつけるんだ。思い残すことがないように……)
祐一は心の中でフェイトを鼓舞する。
その思いが通じたのか、フェイトがゆっくりと口を開いた。
「――あなたに、言いたいことがあってきました」
「…………」
フェイトの言葉に、僅かに意表を突かれたような表情となるプレシア。フェイトが自分から何か言ってくるとは思っていなかったのだろう。
「わたしは……わたしはアリシア・テスタロッサじゃありません。ただの人形なのかもしれません」
「…………」
プレシアは黙ってフェイトの話を聞く。
フェイトは少しだけ目を瞑り深呼吸した後、すっと目を開けると口を開いた。
「――だけどわたしは、フェイト・テスタロッサは、あなたに生み出してもらって育ててもらった――あなたの娘ですっ!」
「……っ!?」
フェイトの言葉を聞き、プレシアの表情が僅かに動いた。その表情は、嬉しさと悲しさがない交ぜになっていた。
(この子はどこまで……何故、こんな、私のような母親を……っ!)
プレシアは心の中で叫んだ。
フェイトが自分をここまで想ってくれていることへの嬉しさと、自分がこれから娘の前から姿を消さなければならない寂しさから、悲しみが溢れていた。
(だけど、私はもう駄目……もう、"永くない"……だから、私は……)
プレシアは培養液に入ったアリシアを見つめた後、フェイトへと視線を戻す。フェイトはそんなプレシアを静かに見つめている。
(私が望んだのは、アリシアとともにアルハザードへと至ること。そして、フェイトが一人でも大丈夫なように、生きていけるようにしてあげること)
なんとも分の悪い賭けだとは思うが、自分の命も残り少ないと分かっていたプレシアはアリシアとともに、アルハザードを目指そうと決めた。
そして、一人になってしまうフェイトのために、教育係りとして祐一を呼んだ。彼ならばフェイトを護ってくれるだろうと、プレシアは感じていた。
また、ジュエル・シードを集めていたら管理局が来るであろうことも予測していた。そしてここで、自分がこの事件の元凶だということで決着を着ければ、フェイトの罪も軽くなり、その後は管理局が対処してくれるだろうとプレシアは思った。
(――だから、今までやってきたことを無駄にするようなことはできない)
だから、フェイトとはここまでなのだと、プレシアは心に決めていた。
プレシアは決意を決めると、その口元には自然と笑みが浮かんでいた。
「――ここまで芯の通った娘に育つとはね。リニスの教育の賜物かしらね」
「母さん……?」
フェイトは、プレシアの表情を見て困惑していた。ここ数年、プレシアが自分の前で笑みを見せたことなど、ほとんどなかったからだ。
そして、口元に浮かんでいる笑みを消すことなく、プレシアはフェイトへと話し掛ける。
「今更、あなたのことを娘と思えと……あなたはそう言うの?」
「あなたがそれを望むのなら、わたしは世界中の誰からも、どんな出来事からも――あなたを守ります。わたしがあなたの娘だからじゃない。――あなたがわたしの母さんだから――」
フェイトが力の篭った瞳でプレシアを見つめ、最後まで自分の想いを口にした。これこそが、フェイトが強くなった証であった。
そんなフェイトの姿に、祐一もプレシアも嬉しさを感じていた。
そしてプレシアは肩を借りていた祐一から離れ、一人でしっかりと立ちフェイトを見つめ――今までに見せたことのない、本当の"笑顔"をフェイトへと向けた。
「――そう、それがあなたの願いなのね」
「かあ、さん……?」
困惑するフェイトを余所に、プレシアは続けて口を開く。
「――"ありがとう"――」
「……っ!?」
プレシアの言葉に、フェイトはその綺麗な瞳に涙を浮かべた。フェイトが望んでいた、プレシアからの本物の感謝の言葉。それだけで、フェイトは堪らないくらい嬉しかった。
だが、次にプレシアの口から出てきた言葉は、
「最後だけど……あなたの母親で、本当に良かったわ」
「母さん……?」
プレシアの言葉に、涙を瞳に溜めたフェイトは首を傾げる。
そして、プレシアは自分が持っていた杖を地面へと静かに打ちつけた。
すると、プレシアを中心に巨大な魔方陣が展開されたかと思うと、収まっていた揺れが再び起こり始める――《時の庭園》が崩壊を始めたのだ。
『まずいっ!? 艦長、クロノくん、まもなく《時の庭園》が崩れます! このままじゃ、崩壊に巻き込まれます!』
「っ!? 了解した。……フェイト・テスタロッサ!」
エイミィの言葉から、まもなく《時の庭園》が崩壊することを知り、クロノがフェイトへと叫ぶ。だが、フェイトはプレシアを見つめたまま動かなかった。
そんなフェイトの姿に、プレシアは僅かに苦笑した後、自身の背後に控えている祐一に声を掛ける。
「祐一くん、もういいわ。今までありがとう」
「――いえ、結局、俺には何も出来ませんでした」
「そんなことはないわ。少なくとも、私はとても感謝しているのだから。……ただ、もう一つ頼みごとがあります」
「はい……」
プレシアは静かに祐一へと告げる。
「――フェイトのこと、よろしくお願いね。確かに強くはなったけど、あの子はまだ弱い。だから、祐一くん。少しでいいから、フェイトのことを見ててあげて――これが、あの子を置いていってしまう、愚かな"母親"の最後の願い――」
祐一はプレシアの言葉に驚いたように目を見開いた後、すぐにいつもの表情へともどると、しっかりと告げる。
「――了解しました」
「ありがとう、祐一くん」
胸に手を当てながらそう話す祐一に、プレシアは笑みを浮かべつつお礼を述べた。
そして、祐一から視線を外し、未だ呆然としているフェイトへと向ける。
「フェイト」
「っ!? は、はい!」
「あなたには、辛い想いばかりさせてしまったわね」
「そ、そんなこと……っ!」
プレシアの優しい言葉に、フェイトは瞳に涙を溜めたまま叫ぶ。
「だけど、ごめんなさい。……もう、行くわ」
「なら、わたしも……っ!」
「それは駄目。あなたはここに残りなさい。……大丈夫、あなたは一人じゃないわ」
「で、でも、母さん……っ!」
もはやフェイトは涙を流すのも気にせずプレシアへと叫んでいた。
そんなフェイトをプレシアは悲しみに満ちた表情で見つめていた。
「――強く生きなさい、フェイト。あなたはこの大魔導師、プレシア・テスタロッサの"娘"なのだから」
「……母さん……」
フェイトは大粒の涙をぽろぽろ零しながらプレシアを見つめていた。
そして、プレシアも同じように瞳に涙を浮かべながらフェイトを見つめていた。
「……もう、時間ね」
プレシアがそう呟くと、揺れが激しさを増し、プレシアが立っている地面にも亀裂が入り始める。
「母さん……っ!」
フェイトはプレシアの元へと走り寄ろうとするが、地面が激しく揺れているため、それは叶わなかった。
そして、プレシアが立っている地面も崩壊を迎え、プレシアはアリシアとともに空中へと投げ出され、虚数空間へと落ちていく。
しかし、そんな状態にも関わらずプレシアの表情には笑みが浮かんでいた。
「――いっしょに行きましょう、アリシア、今度は離れないように。――そして――」
プレシアは虚数空間へと落ちながらも、フェイトへと笑顔を向ける。
「――フェイト。本当は私、あなたのことが――大好きだったのよ――」
「っっ!? アリシア! 母さん!!」
フェイトはプレシアへと手を伸ばすが、その手が届くはずもなく――プレシアは笑みを浮かべたまま、アリシアとともに虚数空間へと消えていった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をよろしくお願いします。
ついに無印編もあと数話で終わりです。
相変わらずスローペースですが、頑張って更新していきます。