魔法少女リリカルなのは~黒衣の騎士物語~   作:将軍

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投稿します。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


《黒衣の騎士》 vs 《管理局執務官》

 ――《時の庭園》内部、大広間――

 

 そこでは、二人の人物が対峙していた。

 二人とも漆黒のバリアジャケットを纏っている。

 一人はまだ幼さの残る顔立ちをしている少年。その手には杖を持ち、油断なく相手を見つめている。

 その人物は、今回の事件の捜査にやってきた次元航行艦《アースラ》に搭乗している管理局執務官を務めている――クロノ・ハラオウン。

 対してもう一人は、クロノよりも頭二つ分は身長が高く体躯も立派であるため、クロノが子供に見えてしまう。その手には長剣が握られており、サングラスに隠れていて表情は窺えないが、油断は見えない。

 その人物は、今回の事件の首謀者であるプレシア・テスタロッサの協力者であり、地球で便利屋を営んでいる――黒沢祐一だ。

 

 しばらく、二人は一定の距離を置いたまま見合っていたが、クロノが先に口を開いた。

 

「――何故、"あなた"がこのようなことに手を貸している? 元管理局員――黒沢祐一二等空尉」

 

 その言葉を聞き、祐一は僅かに眉を顰めた。

 祐一は元管理局員であり、階級は二等空尉。当時の祐一の年齢で考えれば、異例の階級であった。

 

「懐かしいな、その呼び名は。それにしても、こんなに早く調べれるとは、こちらに来ている管理局員たちはとても優秀なのだな」

 

「質問に答えろっ! 黒沢祐一!」

 

 クロノは苛立ちを募らせ、思わず叫んでしまった。

 そんなクロノの態度に、祐一は僅かに驚いた後、苦笑を返した。

 

「少しは落ち着けよ。それでは管理局執務官の名が泣くぞ、クロノ・ハラオウン」

 

「――あなたとこれ以上悠長に話をしている暇は、僕にはない。だから、もう一度だけ聞きます。――何故、あなたはプレシア・テスタロッサに手を貸しているんだ?」

 

「……何故、か……」

 

 クロノの言葉に、祐一は思わず自嘲的な笑みを浮かべたが、表情をすぐに戻すと、サングラス越しにクロノを見つめながら、言葉を返した。

 

「――理由などないさ。俺がプレシアさんの願いを叶えてあげたいと、そう思った。だからプレシアさんに協力している。――その回答では不満か?」

 

「アルハザードへと至る――それがどんなことか、わかってないわけじゃないはずだ。死人を甦らせる。そんなことが、過去を取り戻すということがどういうものか、"あなた"ならよく知っているはずだっ!」

 

 今度は、一転してクロノは僅かに悲壮感すら漂わせながら祐一へと言葉を口にした。

 だが、その言葉を聞いても、祐一の表情は変わることはなく平然と言葉を返す。

 

「――ああ、よく知っているさ」

 

「だったら、どうして……っ!?」

 

「それでも、プレシアさんの"夢"を叶えてあげたいと思ったからだ」

 

 祐一の言葉を聞き、クロノはデバイスを持っている手に力を入れた。その表情は、何か悲しげな、それでいて怒っているような表情であった。

 

「――プレシア・テスタロッサの行動が、"悪"だったとしてもか……?」

 

「それでも、だ」

 

「そうか……」

 

 クロノはそう呟き少しだけ俯いた後、覚悟を決めたように顔を上げ、祐一へとデバイスを向ける。

 

「――なら、キサマを倒して、プレシア・テスタロッサを捕縛するっ!」

 

「最初からそのつもりだろうが。――やれるものならやってみろ」

 

 祐一はそう話すと、鞘からデバイスを抜き放ち、その鞘を投げ捨てる。

 そして、その鞘が地面に落ちた瞬間――

 

「スティンガースナイプ!」

 

「フレイムシューター」

 

 轟音とともに、祐一とクロノの戦闘が開始された。

 

 

 戦闘開始直後から、クロノは魔力弾を祐一へと放ち続けていた。

 理由は不明だが、今の祐一の魔力量はAランク相当。それならば、クロノの方が魔力量では優位に立っている。

 そのため、クロノは単純な撃ち合いをしようと魔力弾を祐一へと撃ち続けていた。

 

(――やっぱり、そう上手くはいかないか)

 

 そう思いながら、クロノが視線を向けた先では、祐一が漆黒のロングコートを翻しながら、ぎりぎりのところで魔力弾を回避している姿があった。

 間髪入れず魔力弾を撃ち続けてくるクロノの攻撃を、祐一は自身の魔力弾で相殺し、ときには騎士剣を振るい魔力弾を打ち消していた。

 しかし、さしもの祐一も全ての攻撃を対処しきれないのか、バリアジャケットに魔力弾が掠ったりもしており、バリアジャケットが僅かながら汚れていた。

 

(自分を褒めるわけじゃないけど、僕の攻撃をここまで紙一重で避け続けるなんて、流石と言うほかない)

 

 クロノは集中を切らさず、祐一を心の中で称賛する。

 そして、クロノは思う。なぜ、と。

 

(なぜ、あなたは管理局を辞めて、こんなことをしているんだ)

 

 思い出すのは、まだ管理局に居た頃の祐一の姿だった。

 あの頃の祐一は、管理局内でも勝てる人間がいないほど、優れた魔導師であり――クロノの憧れでもあった。いつかはこんな人になりたいと、そう思ってもいた。

 そんな憧れていた人物が今は犯罪者に加担しているなど、クロノは信じたくはなかった。

 

(――いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。今はこの男を倒し、一刻も早くプレシア・テスタロッサを捕縛しないと)

 

 そう、心に強く思い、クロノは気合いを入れるように祐一へと叫ぶ。

 

「これを、受けきれるかっ!」

 

 その言葉とともに、クロノの周囲にさらに魔力弾が生成された。その数は、ゆうに二〇を越えている。

 

「――なかなかの数と精度だ」

 

 襲い掛かる無数の魔力弾を見ながら、祐一は静かに呟き、直後、同じように魔力弾を生成する。だが、魔力量の関係上、今の祐一では最大でもクロノの半分ほどしか魔力弾を作り出せない。

 だが、それでも祐一の表情は変わることはなかった。

 

「――だが、まだまだだな」

 

 瞬時に自分の魔力弾をクロノの魔力弾へとぶつけ相殺する。

 だが、祐一も表情にこそ出してはいなかったが、クロノの強さに驚嘆していた。

 

(流石はあの若さで執務官を務めているだけのことはある。残りの魔力弾は剣で相殺するしかない、か)

 

 そう頭で考えながらも、祐一は動きを止めず、クロノの魔力弾を自身が持つ長剣型のデバイス《冥王六式》で打ち消していく。

 

(――残り、五つ)

 

 瞬く間に残りの魔力弾は数を減らし、祐一はそれと同時に次の攻撃のプロセスを組み立てる。

 

(一度に大量の魔力を消費したんだ。おそらく、次の攻撃は遅れるはず……そこが狙い目だな)

 

 そう思考しつつ、祐一は騎士剣を上段から振り下ろす。

 

(――残り、一つ)

 

 クロノが放った最後の魔力弾を、祐一は視界に捉える。だが不意に、祐一は違和感を感じた。

 

(――まて、おかしい。いくらなんでも攻撃が単調すぎる)

 

 そう思考するが、祐一はすでに最後の魔力弾を打ち消すため、騎士剣を振るおうとしていた。

 そして、祐一は視界の端にクロノ姿を捉えた。

 

(――っ! そうか、やつの狙いは……っ!)

 

 この"最後の魔力弾"が、クロノが仕掛けた罠であった。

 祐一はそれに気付き、魔力弾へと振るおうとしていた騎士剣を無理やり停止させる。だが――

 

「もう、遅いっ!」

 

『Explosion』

 

 クロノの叫びと同時に、最後の魔力弾が祐一の目の前で爆発した。

 

「ぐっ!?」

 

 祐一は爆発をまともに受けるが、寸前に障壁を張ることに成功していた。ダメージもほとんどない。だが、祐一はその爆発で僅かに気がそちらに逸れる。

 だがそれが、この戦闘が始まってから、初めて祐一にできた隙であった。

 

「――っ!? バインドかっ!?」

 

 クロノが仕掛けたバインドが祐一の両手足を拘束する。

 祐一は舌打ちしながら、そのバインドを解除しようと魔力を込めるが、流石の祐一も即座にクロノのバインドを消すことはできない。

 

「くらえっ!!」

 

 クロノの叫びに、祐一はそちらへと視線を向ける。

 そこには、こちらにデバイスを向けているクロノの姿があり、その先端にはクロノの魔力が込められていた。

 

(――悔しいが、見事だな)

 

 そう、祐一は覚悟を決めるとともに、クロノの戦術の見事さと、僅かに慢心していた自身を恥じた。

 ――そして、

 

『Blaze Cannon』

 

 クロノが込めた青い魔力が砲撃となり、その光は祐一を飲み込んだ。

 

 

「――はぁ、はぁ、やったか……?」

 

 クロノは肩で息をしながら、祐一が居た場所を見つめていた。だが、先ほどの砲撃で辺りには煙が立ち込めており、視界が悪くなっていた。

 

(――いくら魔力差があったとはいえ……こんなものか……?)

 

 息を整えながらクロノはそう、頭の中で思っていた。自分が憧れた男は、この程度の力であったかと。

 

(それとも、僕が強くなったのか――)

 

 自分も訓練を重ね、執務官にもなった。努力もせず、執務官になれるようなことはない。だからこそ、クロノは自分が力を付けてきているという、自覚もあった。

 ――そう、クロノが思っていたときだった。

 

「――業炎」

 

 その声を聞いた瞬間、クロノは背後から悪寒を感じ取り、何も確認せずフルパワーで背後へと障壁を張る。

 

「――一閃っ!」

 

 轟音が辺りに響き渡り、クロノが張った障壁がビキビキと悲鳴を上げる。

 クロノは震える腕でなんとか相手の攻撃を防ぎながら、こちらを攻撃してきた人物を見る。

 ――そこには先ほど砲撃魔法を浴びせた、黒沢祐一がいた。

 

(なんで、いつの間にっ!?)

 

 そうクロノは頭の中で叫ぶ。

 そんなクロノの気持ちなど知らないというように、祐一は騎士剣を持つ腕に力を込める。祐一が持つ騎士剣には真紅の炎が纏われており、その攻撃の高さを物語っていた。

 そんな攻撃を、クロノはなんとか障壁で防いでいたが、背後からの不意打ちだったこと。また、砲撃魔法を放った直後であったことから、障壁の精度は下がっていた。

 ――故に、祐一の攻撃に障壁が耐えれるはずもなかった。

 

(っ!?)

 

 バキンッ! という音が周囲に響き渡り、

 

「がは……っ!?」

 

 クロノの掠れた吐息が口から漏れる。

 祐一が放った騎士剣による横薙ぎの一撃は、クロノの腹部へと直撃し、その衝撃からクロノは吹き飛び壁へと激突した。

 

 

(――ここまでやるとは、たいしたものだ)

 

 祐一は騎士剣を下げながら、そう思っていた。

 祐一の格好は、戦闘が始まる前にくらべ、かなりぼろぼろであった。漆黒のロングコートは所々焦げ落ちて穴が空いており、頭からは僅かに血が流れ落ちてきていた。

 表情こそいつもと同じであるものの、肩で息をしていることから、さしもの祐一も疲労が大きいことが分かる。

 

(流石は管理局執務官といったところか)

 

 祐一は未だ煙が立ち込め姿が見えないクロノから視線を外し、左腕を見つめる。

 祐一の左腕は傷だらけでぼろぼろであり、動かそうとするたび祐一は激痛に表情を顰めそうになっていた。

 この傷は、さきほどクロノの砲撃を受けたときにできた傷であった。

 祐一は両手足がバインドで拘束された瞬間、全てのバインドを解除するのは不可能と判断し、左腕だけバインドを外したのだ。

 そして、祐一は最小限のダメージで済むように左腕を犠牲にして砲撃を防いだのだ。

 

(流石に左腕はしばらく使えないか……)

 

 祐一が今後のことを考えていると、クロノが瓦礫を押しのけながら姿を現した。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 その姿は満身創痍であり、祐一の一撃を受けた腹部はアバラが何本か折れており、息をするだけでも苦しく、頭からは血が流れ、その影響で片目が塞がっていた。

 

(――僕が強くなっているなど、考えが甘かった。――これが、《黒衣の騎士》と呼ばれた男の力か……)

 

 かつて、管理局に所属しており、《黒衣の騎士》とまで呼ばれた青年――黒沢祐一。

 当時、管理局の最高戦力とまで言われていた青年と、今、自分は戦っているんだなと、クロノはその事実に思わず笑みが零れる。

 そんなクロノの表情を見て、祐一は怪訝な表情となる。

 

「どうした。頭でも打ったのか?」

 

「いや、世の中、わからないことばかりだ――そう思ってね。思わずおかしくなってしまったんだ」

 

「ふっ、そうか。俺もまさかこんなことになるとは、思っていなかったさ」

 

 クロノの言葉に、祐一も僅かに苦笑する。

 そして、クロノは再びデバイスを構え、それを見た祐一も右腕のみで騎士剣を構える。

 

「――時間も惜しい。そろそろ通らせてもらうよ」

 

「ふっ、その怪我でよく言う」

 

「そっちこそ、片腕だけで大丈夫かい?」

 

「丁度いいハンデだろう? お前もアバラが何本か折れているようだが、大丈夫か?」

 

「それこそ、丁度いいハンデだよ」

 

 クロノは頭から血を流しながらも不敵な笑みを浮かべ、対する祐一も同じように笑みを浮かべていた。

 

「――では、いくぞ」

 

「――ああ」

 

 そう、どちらともなく言葉を交わす。

 祐一は右手に騎士剣を持ち、クロノは杖を両手で持ち、しっかりと構える。

 そして、お互いが戦闘を再開しようと、足を踏み出そうとする。

 ――そんなときだった。

 

「――祐一」

 

 この戦闘には似つかわしくない、澄んだ声が部屋に響き渡る。

 その声を聞き、クロノははっとした表情でそちらを見つめ、対する祐一は、表情を変えることなく、その声の"主"へと視線を向ける。

 そこには、今回の事件の首謀者であるプレシア・テスタロッサの娘――フェイト・テスタロッサがバリアジャケットを纏った姿で立っていた。隣には、使い魔であるアルフの姿もあった。

 

「――フェイト」

 

「――うん。来たよ、祐一――決着をつけに……」

 

 祐一へと語りかけるその瞳には、今までになかった力強さがあると祐一は感じ、思わず笑みを浮かべていた。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をよろしくお願いします。

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