魔法少女リリカルなのは~黒衣の騎士物語~   作:将軍

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投稿します。
楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。


想いの強さ

 なのははまだ夜が明けて間もない道を走っていた。――フェイト・テスタロッサとの決着をつけるために。

 

「はっ、はっ、はっ」

 

 なのはは息を切らせながら、以前、祐一に言われたことを思い出していた。

 

『いいか、なのは。互いに譲れないものがあるなら、ぶつかり合うのも仕方のないことだ。――ならば、自分の想いを相手に思い切りぶつけてみろ。その想いが本物ならば、きっと相手にも届くだろうさ』

 

 以前は言われてもぴんとこなかった言葉であったが、今は分かる。だからこそ、なのはは自分の想いをフェイトへと全力でぶつけるつもりでいた。

 なのはは視線を自分の肩へと向ける。そこには、いつものフェレットの姿となっている友人であり、魔法の師匠でもある――ユーノ・スクライアが乗っていた。

 知り合ってあまり時間も経っていないが、今は心強く感じていた。

 

「なのは」

 

 ユーノがなのはの名前を呼ぶ。

 ユーノが見つめる視線の先、祐一に負わされた怪我も完治したフェイトの使い魔である、アルフが狼の姿でなのはたちに並走していた。

 なのはは横目にアルフの姿を確認すると、前を向き、目的地へと急いだ。

 

 

 ――しばらく走ること数分、目的地である海鳴臨海公園へとなのはたちは到着した。

 

「――ここなら、いいよね。出てきて、フェイトちゃん」

 

 そうなのはが呟くと、すでに漆黒のバリアジャケットに身を包み、その手に自身の相棒であり武器でもあるバルディッシュを握っている少女が姿を現した。

 美しい金髪をツインテールにまとめた少女――フェイト・テスタロッサがなのはの背後へと静かに降り立った。手に握るバルディッシュは、すでにサイズフォームへと変化しており、今回の戦いへの覚悟が窺えた。

 

「祐一お兄さんは、来てないのかな?」

 

 辺りを見回しながらなのはが質問すると、無表情だったフェイトの表情が僅かに動いた。

 

「祐一はここにはいない。あなたの相手は、わたしだから」

 

 そう決意を込めるようにフェイトは話す。

 

「フェイト! もう止めよう! あんな女の言うこと、もう聞いちゃ駄目だよ! このままじゃ、フェイトが不幸になるばかりじゃないか……だから、フェイト!」

 

 アルフの悲痛な叫びがこだまする。だが、悲しみに表情を歪めながらも、フェイトは首を縦に振ることは無かった。

 

「だけど、それでもわたしはあの人の娘だから……」

 

「フェイト……」

 

 フェイトの言葉を聞き、アルフは悲しい表情で呟いた。

 なのはは真剣な表情でフェイトを見つめ、自身の愛機であるレイジングハートを起動し、純白のバリアジャケットを身に纏った。

 フェイトを見つめるなのはの瞳には、並々ならぬ力強さが宿っていた。

 

「ただ捨てればいいってわけじゃないよね。逃げればいいってわけじゃ、もっとない。きっかけは、きっとジュエル・シード……だから賭けよう。お互いが持ってる全部のジュエル・シードを! それからだよ。全部、それから……」

 

「…………」

 

 なのはとフェイトはお互いにデバイスを構える。

 そんな二人をアルフとユーノは少し離れたところから、心配そうに見つめていた。

 

「わたしたちの全ては、まだ始まってもいない。だから、本当の自分を始めるために……始めよう! 最初で最後の本気の勝負!」

 

 なのはの決意を込めた叫びと同時、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 なのはとフェイトの戦闘が開始されたのを、遠くから見つめている一人の青年の姿があった。

 日本人にしてはかなりの長身の青年で、全身を漆黒の服で身を固めていた。

 背中には鞘に収まった長剣を携えており、知っているものが見ればそれがデバイスであろうと気付くだろう。

 漆黒の青年――黒沢祐一は、いつものサングラスを胸ポケットに仕舞い、海上で激しく交錯している金色と桃色の光を静かに見つめていた。

 

「遂に始まったか……」

 

 なのはとフェイトの戦闘を見つめながら、祐一は一人呟く。

 

(魔力量はほぼ互角。だが、戦闘経験では圧倒的にフェイトが上だ)

 

 祐一は客観的に判断し、フェイトの方が優勢であろうと考えていた。

 しかし、なのはも魔導師としての潜在能力は計り知れず、ジュエル・シードの件から戦闘経験をそれなりに積んできてもいる。

 

(それに、なのはの表情には不安が一切見られない。ユーノと何か戦術を考えてきたのか、あるいは何か切り札でもあるのか。……どちらにせよ、これが最後の勝負に変わりはない)

 

 祐一の視線の先、なのはとフェイトは相手の出方を窺うように戦闘を行っている。

 祐一は不謹慎に思いながらも、嬉しさから笑みを浮かべてしまう。二人の無事を願っているのに、二人が立派に戦っている姿を見てそのような気持ちとなったのだ。

 

「どちらが勝利するか――二人の想いの強さ、見せてもらおう」

 

 静かに呟いた祐一の言葉は、虚空へと消えた。

 

 

 フェイトとなのはの戦いは、次第に激しさを増していた。

 

『Photon Lancer』

 

『Divine Shooter』

 

 バルディッシュとレイジングハートの声が響き、フェイトとなのはから魔力スフィアが放たれる。お互いの攻撃を、空中で回避したり、防御魔法で攻撃を防いだりして、お互いに決定的な攻撃を相手に当てられないでいた。

 

「っ!」

 

 フェイトが僅かに焦ったように息を飲んだ。

 なのはの魔力スフィアを数発避けきれず、魔力障壁でそれを防いだのだ。そして、その隙になのははさらに魔力スフィアを生成し、

 

「シューート!」

 

 掛け声とともに、なのははフェイトへと魔力スフィアを放った。

 だが、フェイトはそれに動じることなく対処する。

 

『Scyth form』

 

 瞬時にバルディッシュをサイズフォームへと変化させ、その光の刃で魔力スフィアを切り飛ばして消滅させた。そして、勢いそのままにフェイトはなのはへと突撃する。

 

「くっ!?」

 

 フェイトが持つバルディッシュの斬撃を、なのははなんとか障壁を張って防いだ。フェイトはこの障壁なら破れると思い、バルディッシュを握る手に力を込め、そのまま押し込む。

 だが、フェイトの攻撃を防ぎながら、なのはは先ほど自身が放ったまま残っていた魔力スフィアを操作し、それでフェイトを背後から攻撃した。

 

「っ!?」

 

 僅かに驚いたフェイトであったが、空いていた片腕で障壁を張り、その攻撃を防いだ。

 

(――今だっ!)

 

 フェイトが攻撃に気を取られた隙に、なのはは瞬時に上空へと移動し、

 

「せえぇぇぇぇいっ!」

 

 その叫びとともになのはは上空から加速し、レイジングハートをフェイトへと叩きつける。

 

(当たらないっ!)

 

 だが、フェイトも寸前で攻撃に気付き、バルディッシュで受け止める。

 ガキンッ! というデバイス同士がぶつかり合う音とともに、二人の魔力もぶつかり合い爆発を引き起こす。

 

「「っ!?」」

 

 二人は爆発の余波で吹き飛ばされる。

 すると、いち早く体勢を立て直したフェイトがバルディッシュを持ち直し、再度なのはへと攻撃を仕掛ける。

 なのはも何とか体勢を立て直し、フェイトの攻撃を回避する。だが、逃げた先にはフェイトの魔力スフィアがいくつも展開されていた。

 

『Photon Lancer』

 

「くっ!?」

 

 フェイトのフォトンランサーがなのはへと襲い掛かるが、それも寸での所で障壁を張ることで防いだ。

 だが、流石に全ての攻撃を防ぐことは出来なかったのか、なのはのバリアジャケットが所々黒く焦げたようになっていた。

 

(――やっぱり強いな。流石はフェイトちゃんだ)

 

 そう心の中で、自分の視線の先にいる少女に称賛を送る。

 自分もジュエル・シードの一件から、相当鍛錬を積んできたと思っていたが、それでもフェイトの方が一枚も二枚も上手だと、なのはは感じていた。

 

(なにより、あのスピードは驚異的だ。真っ正直な攻撃じゃあ、簡単に避けられちゃう)

 

 なのはは息を整えながら、打開策を頭の中で巡らせていった。

 

 そして同じく、なのはと相対するフェイトも驚きを隠せないでいた。

 

(初めて会ったときは、魔力が強いだけの素人だったのに――もう、"違う"。速くて、強い。迷っていたらやられる)

 

 そう思考しながら、フェイトも同じように乱れた呼吸を整えていく。

 正直、フェイトは相手がここまでやるとは思っていなかった。――いや、認めたくなかった。

 そして、フェイトはバルディッシュを正眼に構える。

 

(わたしがここで負けたら、母さんを助けてあげられなくなる。――こんなところで、わたしは負けられないっ!)

 

 思い出すのは、優しかったプレシアの姿。

 

(わたしが頑張れば、きっと優しかった母さんに戻ってくれるはずなんだっ!)

 

 そう心の中で思った瞬間、フェイトの頭の中をフラッシュバックされる。

 優しかったプレシア――そして、プレシアに甘える"一人娘"である自分の姿が――

 

『――アリシア――』

 

 プレシアが呼ぶ名前は、自分ではなく――別の誰かだった。

 そこまで考えた後、フェイトは現実へと引き戻される。

 

(今のは、いったい……? ……いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない)

 

 フェイトは思い出していた記憶を振り払う。

 そして、この勝負を決するために巨大な魔法陣を展開する。

 それを見たなのはも、レイジングハートをぎゅっと握り締め、何が起きても対処できるように周囲を警戒する。

 

『Phalanx Shift』

 

 バルディッシュの声が辺りに響いた直後、フェイトの周囲に尋常ではない数の魔力スフィアが展開される。

 なのはは相手に攻撃をさせるわけにはいかないと思い、攻撃を止めようとレイジングハートを構えた。――だが、

 

「えっ!?」

 

 なのはの両腕がバインドによって拘束された。

 先ほどの攻撃の最中に、フェイトがあらかじめ設置していたバインドだ。フェイトの巧妙さに、なのはは舌を巻かざるをえなかった。

 

「ライトニングバインドッ!? まずい、フェイトは本気だっ!」

 

 アルフが焦ったように叫び、それに続いてユーノが声を上げる。

 

「なのは、今サポートを――」

 

「だめーー!」

 

「……っ!?」

 

 なのはの叫びに、なのはを助けようとしていたユーノが硬直する。同じようにアルフも驚いた表情で固まっていた。

 それに構わず、なのはは声を上げ続ける。

 

「アルフさんもユーノくんもきちゃだめっ! わたしとフェイトちゃんの全力全開の一騎打ちだから――この戦いだけは、誰も邪魔しないでっ!」

 

 覚悟を決めたなのはの言葉を聞き、ユーノとアルフは黙るしかなかった。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・プラウゼル。フォトンランサー・ファランクスシフト――」

 

 そんなやり取りをしている間に、フェイトが詠唱を終えようとしていた。

 そして、フェイトは静かにスッと目を開くと、なのはを見据え、息を吸い込み、声を上げた。

 

「――撃ち砕け、ファイヤーー!」

 

 フェイトの声が響くと、フォトンランサーが一斉になのはに目掛けて放たれた。

 次々とフォトンランサーが放たれていき、もはや黒煙が立ち込め、なのはの姿は見えなくなっていた。

 そして一際大きなフォトンランサーがフェイトの頭上へと生成されていき、

 

「――ふっ!」

 

 フェイトが息を吐きながら手を振ると、すさまじいスピードで放たれた。

 

「――スパーク……エンド……」

 

 特大のフォトンランサーが激突し、周囲に轟音が響き渡り、爆発の余波で海水が跳ね上がった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 流石に消耗が激しいフェイトは、肩で息をしていた。額からは汗が浮かび、その表情も疲労の色が浮かんでいた。

 フェイトは、なのはが居た場所を見つめていた。だが、未だに黒煙が立ち込めており、なのはの姿を視界に捉えることができなかった。

 

(――手応えはあった。これで……)

 

 フェイトは黒煙が晴れるのを息を整えながら見つめていた。これで終わってくれていたらいい、フェイトはそう思っていた。

 

 

 フェイトのフォトンランサー・ファランクスシフトが放たれ、黒煙が立ち込めているのを祐一は遠くから見つめていた。

 

「相手の動きを止めるため、バルディッシュが単独で相手を拘束。そして、動けなくなったところにフェイトが最強攻撃魔法をぶつける。……見事な攻撃だ」

 

 フェイトの一連の戦闘の流れを見ていた祐一は、自分がリニスと共にフェイトに教えた戦闘方法を忠実に守っていたことに、嬉しさを感じていた。

 だが、と祐一は思う。

 

「もしこれで決まらないようならば、あるいは……」

 

 祐一が見つめる視線の先、黒煙が段々と晴れていく。

 

 ――煙が晴れると、そこには一人の少女が佇んでいた。

 

 白かったバリアジャケットは所々破れ、顔や腕には傷ができており、そこからは血が滴り落ちている。その姿は痛々しかったが、少女の瞳から力強さは消えていなかった。

 

「――なんとか、耐え切ったよ」

 

 自身のデバイスであるレイジングハートを構え、そう静かに少女――高町なのはは呟いた。その視線の先には、フェイトが驚愕に目を見開き同じくなのはを見つめていた。

 なのははそんなフェイト見つめ、ニコッと微笑み、

 

「今度はこっちの番だよっ!」

 

『Divine Buster』

 

「ディバイィィィィン――」

 

 なのはの次の行動が分かっていても、先ほどの疲労もありフェイトは咄嗟に動けない。

 

「バスターーーー!!」

 

 なのはが放った桜色の砲撃がフェイトへと放たれる。

 

「くっ!? あぁぁぁぁ!!」

 

 なのはの十八番、ディバインバスターはフェイトへと直撃する。

 フェイトはそれを回避することができず、残り少ない魔力量を使用し障壁を張る。

 

(あの子だって、もう限界なはずっ! これさえ凌げば……っ!)

 

 フェイトはそう思い、障壁にさらに魔力を込める。

 そして、しばらく砲撃は続いたが、フェイトは何とかそれを絶え凌いだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 だが、すでにフェイトは満身創痍であった。バリアジャケットは所々が破れ、腕には裂傷ができ、そこから血が滴り落ちてきていた。

 

「耐え切った。これで、わたしの――」

 

 勝ち、と言おうとしたところで、フェイトは違和感に気付いた。

 

(あの子は、どこ……? それに、この光は……)

 

 フェイトの周囲を魔力の残滓が舞い、その光が上空へと集まっていく。フェイトがそのまま視線を上空へと向けると、そこにフェイトが探していた少女の姿があった。

 レイジングハートを天高く構え、今まで見たことのない巨大な魔法陣を展開しているなのはの姿がそこにあった。

 

「受けてみてっ! ディバインバスターのバリエーションッ!!」

 

『Starlight Breaker』

 

 自身の本気の気持ちをぶつけるため、なのはは叫ぶ。

 そして、なのはの声が響くと魔力の残滓が集まっていき、一点へと集中されていく。その光景をフェイトは呆然と見つめていた。

 

「しゅ、集束砲撃魔法……」

 

 なのはとの戦いの中、フェイトがここまで無防備な姿を見せるのは初めてであった。それほどまでに、なのはの魔力は驚異的であったのだ。

 だが、フェイトは負けそうになる気持ちを必死に振り払うかのように叫び声を上げる。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

 後のことは考えず、フェイトは自身の中に残ったありったけの魔力で障壁を展開する。その巨大さから、かなりの魔力が込められていることがわかる。

 それを見てなお、なのはは声を上げる。

 

「これがわたしの全力全開!! スターライト――」

 

 なのはは叫ぶ。――これが自分の想いだと言うように。

 

(わたしは――負けるわけにはいかないんだっ!!)

 

 フェイトは叫ぶ。――自身の母親のために。

 そして、なのはが天空へと向けていたレイジングハートを振り下ろし、

 

「プレイカーーーー!!」

 

 その声とともに、特大の一撃が放たれる。そして――

 

「っ!?」

 

 フェイトが張った幾重にもなる障壁をものともせず、その一撃はフェイトの想いもいっしょに飲み込んでいった。

 

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をよろしくお願いします。

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