楽しんで頂けたら幸いです。
では、どうぞ。
side フェイト・テスタロッサ
リニスに連れられて、今わたしは客間までの道程を歩いている。その途中、わたしは母さんに呼ばれたお客さんについてリニスに質問をした。
「ねぇリニス、今来てる人って母さんの知り合いなんだよね?」
「そうらしいですよ? でも、会ったのはたったの一度だったそうです。友人、とは少し違うような感じでしたね」
わたしはリニスの言葉を聞き、少し首を傾げる。
(たった一度しか会ったことないのに、母さんがわざわざ呼ぶような人なんだ……)
わたしはまだ見ぬ人に尊敬の念を抱いていた。
「それって、男の人? 女の人?」
正直、男の人だったらちょっと怖いな。昔からリニス達以外と話したことないし、外にもそんなに出掛けたこともないから、男の人と話なんてしたことなんてない。ちょっと買い物に出掛けたときくらいだ。
そんなわたしの心情を読み取ったのか、リニスが苦笑しながら答えてくれた。
「男の人ですよ。黒沢祐一さんと言います」
黒沢祐一――男の人なんだ。怖い感じの人だったらどうしよう。優しい人だったら嬉しいな。
「その黒沢祐一さんって、どんな感じの人だった?」
わたしが少しビクビクしながら質問すると、リニスは少し苦笑しながら答えてくれた。
「私もまだ会ったばかりですから、何とも言えないんですけどね」
リニスが頬に手を当て、少し考える仕草をした後、口を開いた。
「正直、見た目は――結構怖いかもしれませんね」
リニスがあっさりとそう口にする。
怖い感じの人なんだとわたしが緊張していると、リニスは微笑みながら口を開いた。
「だだ……見た目は確かに威圧感があるのですが、何と言うか……こちらを包み込んでくれるような優しさを感じたような気がします」
リニスは微笑みながらそう話す。その黒沢祐一って言う人をリニスは認めているようだ。
リニスがそう言うなら安心してもいいのかな、とわたしは少しだけホッと胸を撫で下ろす。
「リニスがそう言うなら、良い人なんだね。それに母さんのために早く一人前の魔導師にならないといけないし、もし怖い人でも我慢しないと……」
その黒沢祐一って人は、わざわざ母さんが呼んでくるような人だからとても優秀な人なんだと思う。
そんな人からいろいろ学んでいけば、早く一人前の魔導師になれると思うし、そうすれば母さんに喜んでもらえる。
(早く一人前になって、母さんの手伝いをしないと)
気付かない内に手に力が入っていたようで、しっかりと手を握っていた。
「頑張ってくださいね。私も祐一のサポートという形ですが、今まで通りフェイトの教育係りをやりますから、何かわからないことがあれば聞いてくださいね?」
そう笑顔で話をするリニスに、わたしも嬉しくて笑みを浮かべた。
「さて、着きましたよ。心の準備はいいですか?」
話をしているうちに着いたらしく、リニスが呼びかけてくる。
私は深呼吸を一つして、
「――うん。大丈夫」
と、リニスへと答える。
リニスは一度わたしを見た後、頷き、扉をノックする。
「フェイトを連れてきました」
「入りなさい」
リニスがノックをして、声を掛けた後、部屋の中から母さんの声が聞こえた。
(――母さんの声を聞くの、久しぶりだな――)
母さんは研究で忙しくてめったに部屋からは出てこないし、廊下などで私と会っても少しこちらを見るだけで声も掛けてくれなかった。それはきっと、研究が忙しくてイライラしていたからなんだと、わたしは自分に言い聞かせていた。
だから、わたしは母さんのために早く一人前の魔導師になって、母さんに楽をさせてあげることを目標としている。
今回の教育係りの件は、わたしにとっても嬉しいことだ。
「失礼します」
考え事をしている内にリニスが扉を開けて部屋の中へと入っていったので、わたしも慌ててリニスの後を追う。
「し、失礼しますっ」
わたしは緊張しながらも、リニスと同じようになんとか挨拶をしながら、件の人物がいる部屋へと足を踏み入れた。
するとそこには、向かい合ってソファーに座っている男女の姿があった。一人は言わずもがな、母さんだ。わたしの方を見てきたので微笑んだのだが、母さんは表情を変えずに視線を逸らしただけだった。……少しだけ、胸がチクリと痛んだ。
そして、母さんの対面に座っている男性。この人が黒沢祐一さんなんだろう。
「今日からあなたの教育係りをしてくれる黒沢祐一さんよ」
母さんが紹介すると、黒沢さんが立ち上がってこちらに近づいてきた。座っていたときはあまりわからなかったけど、黒沢さんは普通の人よりも頭一つ分は高い長身だった。私の頭がちょうど胸より少し下にくるぐらいの高さだった。
短く切った黒髪に、黒いズボンに黒い服と、全身を漆黒で統一していた。
黒沢さんはわたしが緊張していることがわかったのか、目線をわたしに合わせるために屈んでくれた。
「初めまして。今日から君の教育係りを任された黒沢祐一だ。よろしく頼む」
黒沢さんは笑顔でそう話し、右手を差し出してきた。
本当にリニスが言ってたとおり、そんなに怖い人じゃないかも、と思いながら黒沢さんが差し出してきた手を握る。
「短い間かもしれないが、これからよろしくな?」
「え、えっと、よろしくお願いしますっ!」
緊張していたわたしは右手を掴んだまま、自分でも少し驚くぐらい大きな声が出てしまった。そんなわたしの態度に黒沢さんは笑みを深める。
(リニスが言ってたとおり、優しそうな人だ。この人となら上手くやっていけそうな気がするな。……あっ! まだ、自己紹介してなかった!?)
わたしは少し慌てながら自分の名を告げる。
「あっ! わ、私の名前は――フェイト、フェイト・テスタロッサです!」
これが、わたしと祐一の初めての出会いだった。
side out
挨拶を終えると、祐一はフェイトに合わせて屈んでいた体を起こす。そこへ、見計らっていたのかプレシアが祐一へと声を掛ける。
「フェイトのことを頼むわ。私は部屋に戻るから、後のことはリニスに任せるわ」
「わかりました」
プレシアはそう話すと足早に自分の部屋へと戻っていった。そんなプレシアをフェイトが少しだけ悲しそうに見つめていたのを、祐一は横目に見ていた。
(お世辞にも親子の関係が良好とは言えないようだな。……そんな簡単に割り切れる話では、ないのだろうな)
部屋から出て行くプレシアの背中を見ながら、祐一は心の中でそう思った。
プレシアは最愛の娘である"アリシア"を生き返らせるために、"フェイト"を造った。だが結果として、"フェイト"は"アリシア"ではなく、"フェイト"という意思を持つに至った。プレシアの最愛の娘である"アリシア"ではなく、"フェイト"という別の存在となったのだ。
(プレシアさんからしてみれば、娘と同じ顔をした別の人間だ。アリシアと同じように接するわけにはいかないんだろう。……全く、儘ならないな)
祐一はふぅと溜め息を吐き、気を取り直すとリニスへと声を掛ける。
「リニス、すまないが、俺は一度戻って荷物などを用意してからまたこちらに戻ってくる」
「わかりました。お待ちしていますよ、祐一」
笑顔で話すリニスにああ、と祐一は返事をしプレシア邸を出ようとすると、フェイトが声を掛けてくる。
「あ、あのっ!」
祐一はフェイトの言葉に足を止め、そちらへと振り向く。
「? どうした?」
少し首を傾げながら質問する祐一に、フェイトは少し言い辛そうにモジモジしていたが、意を決したように口を開いた。
「い、いってらっしゃい……」
その言葉に祐一は少しの間驚いた表情をしていたが、その表情を笑みに変える。
「ああ。行ってくる」
祐一はそう言葉を返し、フェイトに背を向けプレシア邸を後にした。
祐一は一度家へと戻り、荷物を持ってプレシア邸へと再び戻り、リニスに案内された部屋で荷物の整理を終わらせた。
そして、今はリニスとともに今後のことについて話し合っていた。
「――なら、俺が実戦訓練担当でリニスが座学担当ということでいいか?」
「はい。それが適任でしょうね」
祐一の言葉にリニスは頷く。
話をしている間に、祐一とリニスは少しずつ打ち解けてきたようで、最初の頃よりも口調が砕けた感じになっている。
「フェイトのデバイスはどうするんだ?」
「フェイトが一人でも魔法を上手く扱えるレベルになってから渡すつもりですよ。今、私が製作中です」
「リニスはデバイスを作成することもできるのか?」
「できますよ。ただ、少々時間が掛かってしまうんですけどね」
リニスが苦笑しながら話す。
祐一はそんなリニスを見ながら、心の中で流石だなと思わざるを得なかった。深い知識も持ち、かつ自身も魔導師として戦え、その上デバイスまで制作できてしまうのだから祐一としても舌を巻かざるを得ない。流石の祐一もデバイスの整備は可能でも、制作まではできなかった。
「流石はプレシアさんの使い魔、というところか」
「ふふ、ありがとうございます。それよりも、祐一の実力はどのくらいなのですか? プレシアからはかなりの実力者ということを聞いているのですが……」
リニスが話を変えるように祐一に質問を投げ掛ける。
「プレシアさんのは過大評価だ。俺なんぞ魔力量Aクラスのどこにでもいるような魔導師だよ」
「そうなんですか? ですが、魔力量Aクラスなら多い方だと思いますけどね」
苦笑する祐一にリニスが答える。その表情は祐一の実力を推し量っているように見えた。
「少し腕に覚えがある程度だ。魔力が少なくとも、上手く戦えば勝てる戦いもあるからな。まぁ、魔力量が多いに越したことはないんだがな」
「そうですね。確かに、戦術を駆使すれば魔力量が多い相手にも引けを取らないような戦いは可能でしょうね」
「そういうことだ」
なるほど、と頷くリニスに祐一は本当に真面目な使い魔だなと感心する。
「戦い方も人によって千差万別だ。フェイトに魔法を教えていくにしたがって、得意な戦闘方法など見つけてそこを伸ばしていけたらいいと思ってる」
「そうですね」
リニスが頷いたのを確認すると、祐一は話を締めくくる。
「今日はこれくらいにして、明日からフェイトの教育を始めていこう」
「そうですねって、もうこんな時間でしたか」
時計を見ると、18時とそろそろ夕食の時間であった。
「では、私は夕食の準備をしてきますから」
「俺も手伝おうか?」
「祐一は料理ができるんですか?」
小首を傾げながら聞いてくるリニスに祐一は苦笑しながら頷く。
「多少だがな。最低限の料理なら可能だ」
「そうですか。なら、少し手伝ってもらいましょうかね」
「了解だ」
微笑むリニスに祐一はそう答え、二人は夕食の準備を開始した。
夕食の準備を終え、祐一が静かに待っていると、こちらに近づいてくる何人かの気配を感じた後、扉が開きその人物達が姿を見せた。
「お待たせしました。さぁ、二人とも早く座ってください」
そう話すのは、フェイトを迎えにいったリニスだ。
「う、うん。アルフ、早く座るよ」
まだ、少しだけ祐一を見て緊張しているのは、金髪の少女フェイトである。
「あいよ~」
そして、最後の一人は祐一が知らない人物であった。
性別は女性。リニスとは違い活発な印象を受ける人物であるが、女性らしい体つきをしている。髪の間から獣のような耳がピョコンと出ているのと、尻尾が見えていることから、リニスと同じく使い魔であると祐一は判断した。
そんな祐一の行動に気付いたのか、リニスが話しかけてくる。
「あ、祐一は会うのは初めてでしたね。アルフ、ちゃんと挨拶しなさい」
「はいはい。フェイトとリニスから話は聞いてるよ。あたしはアルフ。フェイトの使い魔だ」
リニスと真逆の性格なのか、臆することなく話掛けてくるアルフに祐一は苦笑を浮かべる。
「今日からフェイトの教育係りとなった、黒沢祐一だ。よろしく頼む」
「ああ、よろしく。祐一って、呼んでいいかい?」
「構わんよ」
話の区切りがついたのを見計らって、リニスが皆に声を掛ける。
「では、そろそろ頂きましょうか」
その言葉から夕食は始まった。
夕食も食べ終わり、リニスは後片付けを、祐一も手伝おうかと思ったのだが、
『では、フェイトとアルフの相手をしてあげてください。今のうちから仲良くしておいた方がいいでしょう?』
リニスにそう言われた祐一は逆らうことも出来ず、言われるままフェイトとアルフの話し相手をしている。
初めの方こそ遠慮していたフェイトも、祐一の話を楽しそうに聞き、ときには質問もしてくるようになっていた。アルフは性格なのか、初めから祐一に対して遠慮する素振りなどは見せなかった。
「祐一は母さんと知り合いなんだよね? どうやって知り合ったの?」
「ん? そうだな……」
フェイトの言葉に祐一は顎に手を当て考え込む。
「俺がプレシアさんの元を訪れたのが切っ掛けだったな」
祐一はプレシアと出会ったときのことを思い出し、懐かしなと呟く。
「そうなんだ。でも、何で祐一は母さんに会いに行ったの?」
フェイトが可愛らしく小首を傾げながら質問してくる。祐一はそんなフェイトに笑みを浮かべながら答える。
「それは――内緒だ」
「えぇ!? なんで!?」
「一度に全部話してしまっては面白くないだろ? この話は次の機会にな?」
そう話す祐一をフェイトはうぅ~っと声を上げ、恨めしそうに見つめている。
(まだ、プレシアさんに会いに行った理由を言うのは早いだろうからな)
祐一は別にフェイトを弄りたくて内緒にしているわけではない。ただ、祐一がプレシアに会いに行った理由を話してしまうと、他にも話さなければならないことなどが浮き彫りになってくる。それを防ぐためと、今はまだフェイトのために教えるわけにはいかないと、祐一が判断したためであった。
そして、しばらく祐一とフェイトとアルフの三人で談話していると、片づけを終えたリニスが戻ってきた。
「あらあら、たいぶ仲良くなったみたいですね? よかったです」
「うん。祐一の話はとっても面白いよ」
笑顔で話すフェイトにリニスも笑みを浮かべ、本当によかったですと頷いていた。
「さて、リニスも戻ってきたことだから、明日からのフェイトの教育の話をしようか」
「そうですね」
「うん。お願いします」
「了解だ。フェイトの教育内容についてだが――」
それからしばらくフェイトの教育内容について話をした。
「――という感じで、リニスとともにフェイトを一人前の魔導師に育てていくつもりだ。何か質問はあるか?」
「ううん。わたしは大丈夫」
頷くフェイトに同じように祐一も頷き返す。
「あ、ちょっといいかい?」
「ん? どうした、アルフ?」
今まで黙っていたアルフが口を開く。その表情は真剣なものとなっている。
「あたしも魔法とか戦い方とかを教えて欲しいんだけど――駄目かい?」
「ふむ。駄目ではないが……理由を聞こうか?」
祐一は顎に手を当て、アルフへと質問を返す。祐一は理由は分かっていたが、確認の意味を込めて聞く。
「――フェイトの役に立ちたいからだよ。それ以外にあるかい?」
アルフは不敵に笑いながら祐一の質問に答える。
(――良い目をしている。本当に主が大事なのだろうな)
祐一がそう思っていると、フェイトが慌てたように声を上げる。
「べ、別にアルフも魔法を習う必要はないんだよ? わたしはアルフが居てくれるだけで嬉しいし」
「いや、あたしも魔法を教えてもらうよ。――ご主人様だけに大変な思いをさせるわけにはいかないしね」
フェイトの言葉にもアルフは折れず、自身の思いを言葉にする。フェイトは嬉しそうな、それでいて危ないことはして欲しくなさそうな、微妙な表情となっている。
二人の話が平行線になりかけると、祐一が口を開く。
「では、アルフも同じようにフェイトと魔法を習得してもらおう」
「ほんとかいっ!?」
「えっ!? ゆ、祐一!?」
祐一の言葉にアルフは笑みを浮かべ、フェイトは驚いた表情を見せる。
「アルフはフェイトの使い魔なんだろ? 主のためにと言っているのだから、その願いを聞いてやってもいいんじゃないか?」
フェイトは祐一の言葉に少し考える仕草をした後、顔を上げた。
「――わかった。じゃあ、アルフもいっしょに勉強しよ」
「ああ! 必ずフェイトの役に立ってみせるよ!」
アルフが拳を握りながら声を上げ、そんなアルフを優しげな表情でフェイトは見つめていた。
そんなアルフを見つめていたフェイトが視線を祐一へと視線を移す。
「でも、アルフとわたし二人いっしょなんていいの? 祐一達は大変じゃないの?」
心配そうに話すフェイトに祐一は苦笑を浮かべ、自身の右手をフェイトの頭に乗せた。
「あっ」
「一人増えたところでそこまで変わらん。――それにだ、フェイト」
祐一は話しながらフェイトの頭を優しく撫でる。
「お前は周囲に気を使いすぎだ。少しぐらいは周りを頼れ。――お前は一人ではないのだから」
フェイトは驚いた表情をしていたが、しばらくすると、頬を赤く染めながらも笑みを浮かべ小さく頷いた。
それを祐一は確認すると、フェイトの頭から手を放す。そのとき、フェイトが少々残念そうな表情をしていたが、祐一は気づかなかった。
「さて、今日の話はこれくらいだ。明日からよろしく頼む」
「うん。よろしく、祐一」
「よろしくっ!」
「よろしくお願いします」
祐一の言葉に三人は言葉を返し、本日は解散となった。
祐一は部屋へと戻り、シャワーを浴びた後ベットに寝転んで考え事をしていた。
母のために頑張ろうとする少女――フェイト・テスタロッサ。
フェイトは、確実に遠くない未来に大きな障害や問題にぶつかるだろうと、祐一は思っている。
プレシアの問題がそれだ。プレシアは未だにアリシアのことを引きずっており、フェイトのことを気に掛ける余裕がない。いや、気にかけようとしても心のどこかでそれを拒否しているようであった。
(本当に儘ならんな。この世界というものは……なぁ、"雪"?)
祐一は目を瞑り、一人の女性へと問い掛ける。心の中にいる女性は笑っているような気がした。
(考えても仕方ない、か……俺は出来ることをやろう)
今はあの少女が一人前の魔導師になれるように、自身が手を引いてあげよう。
祐一はそんなことを思いながら、眠りに付いた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をお願いします。
更新は少々不定期ですが、頑張ります。